Fate/Whose   作:もち米@田中

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美少女として生まれたかった。

ほっそりとした手足に、ふっくらとした胸。華奢な指先には桜色の爪が佇み、白い肌は透き通るような、そんな美少女に。

 

そんな妄想を拗らせて幾数年――布団に入ってから眠りに落ちるまで、俺は毎日《理想の俺》……もとい《理想の美少女》を思い描く。

夢の中でくらい、こんな姿で過ごしてみたい。

そんなごくありふれた、小市民的な願望を胸に、俺は微睡の中に沈んだ。

 

 

 

 

 

 

嫌な臭いが鼻についた。

血生臭いような、少し籠った芳しくはない臭い。吐き気がする。むかむかする。そんなありふれた言葉でしか表現できないが、今までに嗅いできたありふれた臭いとは違う。

死の臭い。

緩やかに動き出した脳がそう呟く。

なるほど。今日の夢は少し きな臭い夢であるらしい。

それが現実だなんて疑いもしない俺は、その匂いの正体を確かめん と重いまぶたを持ち上げた。

 

暗い。

どうやら野外ではないようで、暗がりにだが内装が確認できた。割れた窓からの月明かりが光源となってそれらを映す。シャンデリアのついた高い天井や燭台のついたひび割れた壁がぼんやりと見えるが、使われなくなって久しいだろうことも感じ取れた。

夜目の利かない自らに辟易としながらあたりを見渡す。血の臭いが濃く、あまりいい雰囲気はしないのだが――

 

「あなたが、」

 

「!」

 

少女がいた。

黴臭く埃っぽい洋部屋の床に崩れ落ちた、まるで人形のような少女がいた。

暗闇に白い肌が浮き上がり、ただしその全てが血まみれの、まるで亡霊のような少女がいた。

立つ気力はもはやないらしく、だらりと弛緩した足は血だまりの中に放り出されている。

 

年の頃はやっとこさ高校生と言ったところだろうか、幼い顔立ちはパッと目を引く類ではないが可愛らしい。腰まである栗色の髪、白くてすらっと伸びた手足。クラスで目立たないけれど、実は美少女と言うやつだ。

紺色のセーラー服からのぞく足がただならぬ色気を纏っているが、それ以上に瘴気……というか血まみれで、いやらしい目で見るより先に痛々しさで目をそむけてしまう。

 

「君は」

 

 

あまりにも現実離れした状況にいる。

だが俺は、なぜかこの空間すべてに――特に目の前にいる少女に既視感を抱いた。

俺はどこかでこれに似たものを見たのではないか?

そう、例えば……

 

Fate/EXTRA、というゲームがある。

Fate/staynightというゲームのスピンオフ・ゲームなのだが、なかなかどうして面白い。

聖杯戦争という、万能の願望器・聖杯を求める魔術師による闘争を描いた作品なのだが、主人公の設定や世界観がかなり魅力的な作品なのだ。

 

岸波白野。

Fate/EXTRAの主人公。

 

 

EXTRAの舞台は電脳世界――コンピュータによって作られた仮想現実で、言うなれば超高性能パソコンによって構成された超リアルなバーチャル・ワールドだ。魔術師たちはその世界で聖杯戦争を繰り広げるのだが、基本的に一般人はその存在すら知らない。

なんせそのスーパーコンピュータは、そのあまりに高い演算能力によって世界のあらゆる可能性を計算し、結果――未来を希望通りにリデザインすることが出来るほどの代物なのだから。

EXTRAの世界において、電脳世界を知覚・侵入、つまりハッキング出来る者を魔術師と呼ぶのだが、主人公・岸波白野は――ハッキングの際にだろうか、現実世界の記憶を失っていた。自身が魔術師であること、そしてこの電脳世界で行われている聖杯戦争の参加者であることしか覚えていなかったのだ。

無数とも思える魔術師たちに、戸惑いながらも 自身を知るためにもがく無名のハッカー。

しかし、彼女の努力を踏みにじるような結果が、正体が、願望が、目の前に立ちはだかる――。

 

と、言うのがEXTRAの大筋であるが、これ以上語ることはあまりに無粋なのでよしておこう。

さて。そんな、近年稀にみる努力型主人公の白野がいるということは、ここは電脳世界と言う設定……の夢なのだろうか。

 

夢は往々にして、そうと感じさせないものだ。夢の中では自分が世界を救う勇者で、銃刀法違反の武器を携行していることに何の疑問も抱かないように。だが今日、俺はこの夢が夢だと気が付いていることからすると、どうやら詰めの甘い夢らしい。それとも所謂明晰夢――思い通りのことが出来る夢、と言うものなのだろうか。

が、いずれにせよ、ともかくこの目の前の少女をどうにかせねば どうしようもないだろうと結論付け、少々見守ることにした。

 

「うっ……」

 

目の前にいる白野がうめく。苦しそうに歪んだ瞳、どす黒い血がべったりとこびり付いた頬。薄汚れた額には脂汗が浮かび、苦悶の声を噛み殺しているのがありありと伝わってきた。よく見えないものの、腹に大きな穴でも空いているらしい。抑えた左手の下から強烈な鉄錆の臭いが漂っている。どこか他人事として冷静に観察している自分が信じられないほどの重症だ。

 

周りは薄暗くてよく見えはしないが、染み入るような冷たい空気、むせ返るような生臭さがあたりを包んでいるここは、古城のような所らしい。EXTRAというよりは、staynightのアインツベルン城のような趣だ。石で出来た建物固有の、しっとりとし どこか黴臭い独特の雰囲気が陰惨さをさらに高めている。

 

えらく現実離れしていながらリアリティのある夢を見るものだ。

明晰夢を見たことがなかったので意識できなかっただけかもしれないが、夢とはこんなににおいや温度まで再現されるものだっただろうか。

もっとも、血の匂いが非常に濃く、現実で遭遇したら即リバースするような惨劇を前にしてどこかぼんやりとしてしまう辺りは、やはり夢らしいと言えばらしいのだが。

 

数分は呆けていただろうか。

このままじゃ埒が明かないので、まず白野に何と話しかけるべきかなど、少し鈍ったことを考える脳を刺激しようと眉間に指をやる――と、その指が(正確には手が、か)白手袋でおおわれていることに気が付いた。

 

――白手袋?

 

そう、疑問に思った瞬間だった。

一瞬の動揺。脳が揺さぶられるかのような衝撃とともに、大量の知識が上書きされた。

 

■ 《聖杯戦争》 トハ 《7人の魔術師》 ニヨル闘争デアリ。

■ 《英霊》 ハ魔術師ニヨッテ召喚サレ、 《サーヴァント》 トナル。

■召喚者タル 《マスター》 ニハ3画ノ絶対命令権、 《令呪》 ガ与エラレル。

■ 《勝利》 ヲ――ソノ身ニナオ 《願い》 ガアルノナラバ。

 

知っている。――全て知っている。

だがそこに、看過できない情報が混ざっていた。

 

――《第4次聖杯戦争》

 

この言葉を掴みとった瞬間、俺の緩やかだった脳は勢いよく回転し始める。

第四次聖杯戦争。日本・冬木における聖杯戦争。電脳世界ではなく現実世界における、残酷な魔術師の争い。

それに自身が、しかもまさか、その武器として参加することになったことを唐突に悟った。

我が身は英霊――人の理を超えた、信仰による超越的存在なのだと。

 

 

夢であるのに。

まるでたった今 夢から覚めたような、謎の覚醒の感覚。

 

これに伴い俺を襲ったのは恐怖や畏怖ではなく――興奮と愉悦だった。

そう。

俺は!このような刺激を日々求めていたのだ!

さて、ここで問おう。――諸君、戦争は好きか?

嗚呼、俺は今その問いに大声で答えよう、大好きだ、愛していると!

 

「っつぅ……」

 

俺の昂りに気付いたのだろうか、目の前に転がる白野――何となく「つながっている」感覚があるので、俺を召喚したマスターに違いない――が苦しそうにうめく。

理想的な夢を見ることが出来、思わず興奮してしまったが、いざ現状を確認してみると、これがハードモードな夢であることは断定できそうだった。

 

まず、かなり衝撃的な英霊的欠陥なのだが、俺には、記憶を探っても、与えられた知識を探っても――英雄としての記録がなかった。

 

英雄としての記憶がない。

これは聖杯戦争においてあまりに致命的だ。

Fate/staynight、もとい、第5次聖杯戦争において弓兵のクラスにて現界したアーチャーがまさにこの状況であったのだが、彼は自身のマスター・遠坂凛にこう言っている。

「宝具の使用は不可能だ」と。

 

宝具。

それは英雄を英霊足らしめる、最たる奇跡の兵装どもを指す。

例えばアーサー王。彼の王が持つエクスカリバーは宝剣としてあまりに有名だ。数多の異敵を撃ち滅ぼし、勝利を導く黄金の剣。

彼に対する尊敬、信仰、希望、賛美――それらは全て、エクスカリバーをより高みへと導く。ただでさえ至高の名剣と謳われたエクスカリバーに、アーサー王の伝説や名声が付加されると言うのだからその威力は推し量ることすら烏滸がましい。

だからこそ。宝具とは こと聖杯戦争において、サーヴァントがもつ最終武装であり、切り札となりえるのである。もっとも、宝具を使うことはサーヴァントの正体の露見を意味するのだが、それでもなお宝具を捨てるということはありえない。

 

宝具は英雄の偉業の具現化でもある。

だからこそ、夢から覚めたらただの平民――英雄でも何でもない俺が宝具を持っていないことは自明の理である。が、そこは夢特有のご都合主義で最強チート兵器をだな……と思ってしまったことは仕方のないことだと思う。

ともかく、奥の手であり、必殺技とも言える技がないことは、テンションをわずかながら下げると同時に、この夢に妙なリアルさを演出していた。

 

そして。

この夢の難易度とリアルさを底上げしているのは何より、目の前にいるマスターだろう。

ぐったりとした四肢に力はなく、指先や顔は白を通り越してもはや青い。普段は艶やかなのだろう髪はざっくばらんに荒れ果て、眼だけがぼんやりと、しかし必死で虚空を睨み付けていた。痛々しい、それはまるで手折られた百合のようで。

一見、非現実的な状況。

しかしこれはあることを示していた。

 

理由はわからないが、彼女は何者かに害されたことは明白である。

つまり、加害者が魔術師であれ一般人であれ、彼女はそれに対抗しうる力を有していないのだ。仮に一矢報いていたのだとしても、こんな瀕死とも言える状態にされているのでは、損失との兼ね合いが取れていない。

 

彼女は未熟だ。おそらく、ほぼ一般人レベルの魔術行使しか望めないだろう。

それはつまり、サーヴァントへの魔力供給――サーヴァントはマスターの魔力を糧に活動する。故にマスターなしでこの戦争を勝ち抜くことは定石では不可能だ――が十分に行われないだろうという予想が簡単に立つ。

決定打の欠如と兵糧の不足。

戦争においてかなりスタンダードは敗北要因である。

これらを内包した我が陣営は、聖杯戦争に――戦争に、あまりにも向いていない陣営であった。

 

しかしなるほど、聖杯戦争夢ならば、目の前にいる少女は本当に岸波白野の可能性も出て来よう。いや……しかし。

 

聖杯によって与えられた知識によれば、第4次聖杯戦争に招かれたらしい我が身。つまり、常世に召喚されたはずだが、何故、常世に存在しないはずの岸波白野がここにいるのか。そして彼女が、何故メイガスとしてマスターたり得ているのか。

勿論我が身に関してもそれは言えるのだが。ごく一般的な人間であるはずの俺が、何故英霊として機能しているのか。何に依拠した英雄であるのかは全く分からないのだ。

 

まぁ。所詮は夢。夢に根拠を求めることなどあまりに無意味なことだ。

俺はサーヴァントで彼女がマスター。俺はSNアーチャー状態in4次聖杯戦争、そんな夢。

適当に面白おかしく過ごせばよい――と考えを放棄しながら、しかし気付く。

 

岸波白野。

彼女はEXTRAにて当初、記憶喪失を患っていたのではなかったか。

自身が何者であるかを知らず、アイデンティティの確立を目指して生きたのではなかったか?

 

似ていた。

自らの名を知りながら、自らを知らず――自らの偉業を持たず英霊となった俺に。

 

――夢とはいえ、今日は本当にクオリティが高そうだ。

面白い。今日の夢は、過去最高と言ってもいいだろう。

 

「……あなたが、私のサーヴァント?」

 

鈴を転がすような声とはまさに、といった声だった。この声音は天使のようであったが、救いを授けるというよりむしろ救いを求めるという点において、敬虔な信徒・聖人のようだと感じた。すがる眼。薄い唇から洩れる息は白く細く、だが限りなく彼女は生きていた。

 

生きたいと。

ただひたすら願っていた彼女を知っている。

電脳の海の中で、彼女は必死に生を掴んだ。

そしてまた状況は変われど、今もまた同じ願いを彼女は抱いているのではないのか。

 

 

自分のものとは思えないほど細い腰に吊られた指揮刀。体の奥底から湧き出でる力。

これらはきっと、俺が《英霊》として変質した故のものなのだろう。自分が何の英霊であるのかよくわからない。これはSNのアーチャーが召喚された当初に主張していた状況に酷似している。もっとも、彼と違い、宝具の開帳なしで戦えるほどの地力が俺に備わっているかははなはだ疑問だ。

むしろ、戦場に身を置いていたわけでもない ごく一般人の域を出ない俺にそれを見込むのはおこがましいというものだろう。

――だがそれでも、この身はすでに《剣》であった。

――だがそれでも、この身はすでに《英雄》であった。

 

そしてその身が震えている――この戦いを俺は待っていたのだと!

 

所詮は夢だ。

だがこんなにも心躍る夢はまたとない。ならば尽くさねば。

全霊を以て、この戦争を楽しまねばならないだろう。

 

だから問おう。

 

血塗られた、座敷牢とでも称すべき石造りの部屋に、まばゆく輝く魔方陣。

その上に降り立った麗しき英霊は問う――

 

「――君が私のマスターか?」

 

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