赭石のイアーティス  ───What a beautiful dawn───   作:6mol
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戦闘のショボさはお察し。……すみませんでした


《アーテル姉さん》

 

 

 

 

 

───ズシリ、と。重厚な音が響く。何かを受け止めたかの様な重厚な音。

目の前に迫っていた死は消え去り、代わりに私の視界に映っているのは……青い、青い背中だけ。私を守るように《霧の災厄(マリ・クリッター)》と私の間を遮るように立っている。

 

───あぁ、来てくれた。本当に、呼べば来てくれた。

それが誰かなんて、すぐにわかる。だって呼んだのは私ですから。

 

「───エドさん」

 

もう一度、呼ぶ。彼の名前。

こうして守ってもらうのは、2回目。1回目は夢の中で。

あの時は不思議な夢だと思っていたけれど、今なら確信を持って言える。あれは普通の夢ではないと。

───守ってくれたんですよね?あの時も。今のように。

状況があまりにも似ていたから、思わず私は聞いてしまう。

───どうして助けてくれたんですか?

 

すると、彼。前を見たままムスリと答える。

 

「───呼ばれたから」

 

ほら、あの時と同じエドさんの答え。顔なんて見なくてもわかる。きっと、いつも通りのしかめっ面。

 

『───AAAAAAAAAA!!!』

 

怪異が彼に向かって咆哮をあげる。あの、お腹の底から凍えてしまいそうな怖い声。……けれど、先程よりも怖くない。

 

───きっと、エドさんがいてくれるから、ですね。

《霧の災厄》の《黄金瞳》が彼を捉える。

彼の視線と、交わって。

 

「───やはり、君だったのか。アーテル・カストロフ」

 

そう呟いた、エドさんの言葉。それはアーテル姉さんの名前で……

 

───やはり?やはりと言ったのでしょうか。それはつまり……

───何が起きたのか知っているということ。

この街がなんなのか。どうしてアーテル姉さんが《霧の災厄》となってしまったのか。

 

私の考えていることがわかったのか、エドさんはやはりこちらも向かずに答える。

 

「───ユノコスは諦めた者から死にゆく都市だ。ならば、諦めた者達は死んだらどうなる」

 

死んだら、どうなる……?そんなの、そんなの決まっている。何も、何も残らない。『生きていた』という過去だけを残して、明日を迎えることができなくなる。

 

「いや、違うな。諦め、死んでいった者達は……羨み、憎むんだよ」

 

───生きている、人達を?

 

「そう。いや、それは正確ではない……彼らが憎み恨むのは彼等が『耐えられなかった現在』を耐える者。この《大洞窟》で諦めず笑顔を絶やさない者」

 

───自分達は耐えることができなかった。

───だから、それに耐え生きている者達が許せない。

───それはつまり……

 

「君のことだよ、フィリア。彼等は君が羨ましく妬ましいんだ」

 

───私の、ことが?

 

「だから、彼等は君に向かって手を伸ばす。本来この時間世界でしか形を持てないそれ(怨み)は……君の瞳によって現実へと形を与えられる」

 

瞳?私の、目……

 

「それが君の瞳……《夢幻黄金瞳》の持つ、夢に過ぎないもの達を現にする力だ」

 

───《夢幻黄金瞳》。

 

そう言われたって、理解なんてできない。だって、私の目は皆と一緒。いたって普通の緑色をした瞳だから。

 

「そうだ、君の瞳は既にその権能のほとんどを奪われている。でなければ、君はとうに狂っているはずだ」

 

《夢幻黄金瞳》は夢を現実へと変えてしまうから。

───夢で見ていたあの無数の腕、怨嗟の声が現実へと侵食していってしまうから。

狂うしかない。

発狂しか待っていない。

起きていても寝ていても怨嗟の声を聞き続け、諦めという死に引きづりこもうとする無数の腕が絶え間なく責め立てる地獄。

 

「だから不思議だった。僕が初めて君を見た時、君は《狂っていなかった》から」

 

───狂っていなければならなかった。

───普通の少女、普通の感性を持った子がそんな力を持てば、破滅するのは自明の理。

───なのに、私はそうならない。

 

「君が狂わないように守っていた者がいる。君が鋭角時間世界(こちら)に来れないように手を引いていた者がいる」

 

そのエドさんの言葉に、私は先ほど言われた事を思い出す。

 

『そうならない様に。嬢ちゃんがこちらに来れないように手を引いていた奴がいる……俺の知り合いだ』

 

あの、暖かいお茶をくれた人。美味しいお茶をくれた人。

同じ事を、言っていた。

それは誰なんですか?───なんて、今更言わない。それが誰かなんてもうわかっている……ううん、わかっていたの、初めから。

 

「だから奪ったんだろう?……アーテル・カストロフ、彼女から、その左目の権能を」

 

───ああ、やはり。

アーテル姉さん……でも、どうして?どうしてアーテル姉さんは……

 

『どうして?お前さんは、お前さんだけは知ってるだろうが。お前さんだけは知らないはず無いだろうが』

 

───また、聞こえる。男の人の声。私の瞳を覗いていた男の人の声。

その男の人の言葉を、エドさんが引き継ぐ。

 

「───優しい人、なんだろう。彼女は……よほど君のことが大切で、愛おしい様だ」

 

正面の災厄を見つめながら、エドさんのつぶやく様な声。

 

「自らが身代わりになってまで君を救った」

 

───身代わり(・・・・)

ゾクリ、と背筋に氷柱が立った様な錯覚さえ覚える。身代わり?アーテル姉さんが……私の?

 

「言っただろう?夢幻を持つ君は狂わなければならない。決して完全ではないが、権能の大方をアーテルは君から取り上げた。つまり」

 

───君が堕ちる筈だった発狂の地獄に、アーテルは自ら身を投じた。

フィリアが水を汲む1分、眠っている1秒、正真正銘休むことなくアーテルは無数の腕と声を見聞きしていたのだ、と。

エドさんは言う。いつも通りの、しかめっ面。

 

「彼女は黄金瞳を得るためにクリッターになったんじゃない。『黄金瞳を得たから』クリッターになったんだろう」

 

本来フィリアに宿り、フィリアにしか扱えない夢幻黄金瞳の権能。その強大な力をアーテル・カストロフという普通の人間である彼女が制御できる筈はない。

だが、制御するしかなかった。でなければ、たちまちのうちにその権能はフィリアに還り、フィリアは発狂してしまう。

だから無理矢理に抑え込むしかなかった。無論、アーテルの精神とて無事な筈はない。

───フィリアのために。

───ただ、ただフィリアを守るために。

この鋭角時間世界(ティンダロス)で殺し続けるのもそうだ。時間世界に住まうものはまともな者では決してない。存在していれば必ず夢幻黄金瞳の大演算装置である《フィリア》を殺そうとするだろう。

───故に、殺す。

殺して殺して、殺し尽くす。フィリアに手を伸ばそうとする者たちをアーテルは赦しはしない。

例え人間性というものを削ぎ落としてでも、化け物に成ってフィリアを守る事を選んだ。

 

───例え、最後は完全な化け物となり、最愛のフィリアに殺される結末となってしまっても。

 

「───本当に、心から君の事を愛していなければ出来ない事だ。だからこそ、君は決断しなければならない」

 

───あの災厄を、姉を、フィリア……君が殺さなければならない。

エドさんの言葉が、再び重なる。男の人の声ではない、今度は……誰よりも優しい人の声。

 

『───だから、あなたが殺しなさい』

 

アーテル姉さんの声。アーテル姉さんの……最後の言葉。きっと、ううん、絶対に……私のことを誰よりも案じてくれていた姉さんの願い。

今なら、わかる。

 

『貴女に返さなければいけないものがある』

 

───黄金瞳のこと、だったんだよね?私の……私のために、持っていてくれたんでしょう?

 

『本当は返したくないの。本当はずっと持っていたいの』

 

───どこまで優しいの、アーテル姉さん。持っているだけで辛いものなんでしょう?どうしてそんなにまで……私の事を愛してくれたの?

うん、うん……わかってる。私も。

───貴女のことが大好きだから。

 

「私は、《出口》に行きます」

 

はっきりと、そう告げる。背中を見せたままのエドさんに。災厄となってしまった、アーテル姉さんに。

アーテル姉さんを殺したくない。そんなこと、当たり前。アーテル姉さんを殺すくらいならば私が死んだ方がマシ。

───けど、そうじゃない。死ぬ、それだけは許容できない。

他ならない、アーテル姉さんが繋いでくれた命だから。

だから───私に出来ること。私に出来ることをするの。

 

「───エドさん、私を守って」

 

「───御意、我が飼主(イエス・マイ・レディ)

 

「アーテル姉さん……貴女を」

 

殺します。

 

迷うことなく、再び告げる。

頬、流れていく涙に気付かないフリをして……

 

 

 

「示そう、揺るぎなき愛を謳うもの」

 

枷のはめらた腕を天に掲げ、エドさんは上を指し示す。

指し示したのは、大洞窟の赭き天板───

 

───いいえ、いいえ。違う。彼が示しているのは、もっと上。

岩盤の上。

地面の上。

街の上。

灰色をした、雲の上───

 

 

 

 

「───さあ、空を見よ」

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

時計が回る。─────チク・タク

運命が回る。─────チク・タク

 

『時間だよ。……物語を紡ぐ時間だよ』

 

誰も居ないはずの部屋で、あり得ない筈の声が、一つ。

───その声、およそ女ではない。……男でもない。

それは、人ですらない物から発せられた声。

そう、無数の(パイプ)がまるで編み込まれているかの様に絡み合った、未だ稼働し続けているこの異形都市唯一の大機関(メガ・エンジン)。その、機関から吹き出す蒸気に呼応するように、または溶け込むように異形の声は発せられていた。

まるで、誰かに囁きかけるが如く。

まるで、誰かを嘲笑するかの如く。

 

───この声が聞こえる者はここにはいない。この都市には、どこにもいない。

この声が聞こえるとするなら、あるいはかつて穴を掘り続けた狂人か。または、碩学詩人と称えられた無二の狂人か。

 

───否、かの狂人でさえ聞き届けられないだろう。

───赫い男と、白い女以外には。

 

どちらにせよこの声が聞き届けられたなら、それはまごう事なく気が狂っている証だろう。聞こえるはずのない声が聞こえるなど、道外れた狂人に他ならないのだから。

だから─────どうか、誰も聞かないで。

この声を。

この、狂った幻聴を。

 

───いや、あるいは。この声を聞き届ける者もいるのかもしれない。

あらゆることが想定の外に位置するこの《大洞窟》では。……あり得ないことも、起こり得る。

 

だから、そう。この声を聞き届ける者。

聴くもの。

見つめるもの。

幻想に形を与える生贄。

それは─────

 

─────塔の遥か頂にいる《彼女》に他ならない。

 

「────わかっているとも。あぁ……あぁ、わかっているとも」

 

そして、ここにもその声を聞くものが、1人。

誰もいない筈の部屋に存在する、それは奇矯な男であった。

……いや、その男は真に奇人であり、奇矯であり、そして奇怪ではあったが、それは自らが狂っている事を自覚していた。自らが取り返しのつかない所まで来ているという、漠然とした絶望も。

《3月のウサギのように気の狂った》その男は、この都市にて物語を紡ぐもの。そして、この都市……中央機関街(ティンダロス)中枢機関室(セントラルエンジンルーム)、そのただ1人の主人。

 

「物語、それは人によって紡がれるもの。形なきもの。無形の愛。────そして、この都市を《 揺るがない愛》に染め上げるもの」

 

低い低音が部屋の中に響く。

それは男の声だ。

不気味な程に響く声だ。

その身、すでに異形であるというのに、皮肉なまでにその声は人間味に溢れていた。

 人を惑わせる、それは真なる魔女の言霊───

 

「─────物語は永遠だ。人の心の中にて顕現する永遠の幻想。───今、王子は遂に物語を手に入れた」

 

語る、語る。

 

「そうとも。例えそれが《這い寄る混沌》であろうとも。例えそれが《発狂する時空》であろうとも。例えそれが《世界の果てにて猛る雷電》であろうとも。……物語を終わらせることなどできはしないのだから」

 

聞くものなどいなくとも、男は語る。

なぜならば、そう……男はまさしく3月のウサギのように気が狂っているのだから。

 

『時間だよ……深い眠りにつく時間だよ』

 

男に呼応するかのように声が聞こえた。

先程と同じ、奇怪の声。

管から漏れ出す蒸気の音。

蒸気を吹き出す無数の管。反響するそれはまるで美しい旋律のようで。

事実、それは大機関の唄声である。

───唄う、唄う、唄う。

歓喜の歌声を高らかに。祝福するかのように、少女の物語、その序章を喝采する。

─────祝福ではない。

─────祝福はここにはない。

その唄は、まさに塔の上……黄金色の螺旋階段の果てに眠る少女に向けて捧げられた。

 

……男は、語る。

少女の夢は歩みを進めた。ならば、向かうのは《出口》のみ。

 

「───この瞬間を待っていた!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、木槌を叩く男は紡ぐ。

 

「───この瞬間を待っていたよ」

 

 

 

 

 

そして、白き女は果てにて囁く。

 

「───この瞬間を待っていたの」

 

 

 

 

 

『───時間だよ。深い眠りにつく時間だよ』

 

 

 

 

 

* * * *

 

 

 

 

『───AAAAAAAAAAAA!!!』

 

目の前の災厄が動き出す。

巨大な腕を打ち振るい、身を揺らすごとに大地をも揺らす。

眼光は鋭く、その赫い瞳は万象を射殺す呪いの瞳。

 

───けれど。

 

私には、届かない。

万象を殺す瞳も。

大地を揺るがす腕の一振りも。

恐怖を掻き立てる咆哮でさえ。

 

青い背中が守ってくれる。視線、私に向けていなくてもわかる。

 

───彼女(姉さん)の腕は届かない。いや、私の騎士が届かせない。

 

「教えて、エドさん───彼女の、名前」

 

震える声を抑えるのに、苦労した。だって、それを銃で例えるなら、姉さんに銃口を向けるのに等しく。

 

「─────《愛のマーズ》」

 

───聞いた。私は確かにそれを聞き届けた。

アーテル姉さんの成れの果て。アーテル姉さんの愛の証明。

 

「君が《出口》へと向かうのなら、僕は君の旅路を守ってみせよう」

 

災厄の咆哮が再び轟く。

形も違う。姿も違う。

けれど、それは間違いなくアーテル姉さんで。

こんなに、こんなに傷付いてまで私を守ってくれて。そんなことをされたら、私は……

私は。

───もう、引き返すことなんて、出来ない。見て見ぬ振りも、出来ない。《出口》を、諦められない。

 

─────だから、私は

─────彼を縛り付ける枷に

─────口付け、一つ。

 

それを、銃で言うならば……安全装置(セーフティ)を解除したのに等しく。

 

「赭の石戸よ、目を覚ませ。我が力を以て、この地を恐慌に染め上げよ」

 

───無骨な銃口を向けるのに等しく。

 

「破壊者を名乗る暴力の園。───静まれ、君の愛は美しい」

 

───引き金を引くのに等しい。

 

彼の言葉に呼応する様に、周りに濃霧が立ち込める。まるで、エドさんの腕に集まるがごとく。

 

───なぜ、彼の腕は暗いの?

枷を外した彼の腕。

暗い、暗いよ。とっても、暗い……

そう、それはこの《大洞窟》唯一の真なる黒。

 

───すなわち、《黒色腕(ターゲスアンブルフ)》の起動に他ならない……!

 

その腕を見て、《霧の災厄》は再び咆哮する。

───私にさえわかるほどに、それは今までと様相を代える。

黒色の腕に怯える様に、その巨大な腕を叩きつける!

 

───しかし。

 

「不可侵の障壁。その数は1万枚だ。その1枚の強度はヤディス=ゴの赭い岩盤に匹敵する。─────いくら君が焦がれようと、届かなければ意味はない」

 

彼の腕が受け止める!

正確には腕ではない……その周りの霧が、まるで実体を伴うかの様に異形の腕を絡めとって離しはしない。

 

「君の歓喜が、憤怒が、哀憐が、享楽が……君の全てが、僕に何者も砕き得ない力を与えてくれる」

 

腕を向ける、異形へと。

霧が異形の進撃を押しとどめ、力の奔流を押し返す。

 

『───AAAAAAAA!!フィリAAA!!』

 

───絶叫。

それは、アーテル姉さんの最後の声。

頬を伝う涙は止まってくれない。けれど、エドさんの腕は止めない。

 

「───全ての命は我が手中

───あらゆる思いは我が手中

───さあ。讃え、仰ぐがいい」

 

異形の叫びが搔き消える。───その、巨大な体躯と共に。

 

消える。消える。消える。

アーテル姉さんの、何もかもが消える。

エドさんの操る霧によって、消える。

 

───姉さんの笑顔も。

───優しかった声も。

 

───幸せだったあの日々も。

 

もう、止められない。アーテル姉さんの死を止めることは、できない。

───それでも、私は……

 

「───エドさん。私のお願い、一つだけ聞いてもらってもいいですか?」

 

───せめて。

───他の何を消したとしても。

 

「───楽しかった思い出だけは……」

 

───消さないで。

 

『───AAAAAAAAAAAAAAA……』

 

「───御意のままに。君の思うままに」

 

霧と共に、その声も遠くなっていく。

全てをかき消す、エドさんの霧。ううん、───私の霧。

今まで、アーテル姉さんは私の瞳を奪ってくれていた。

だから、今度は私が奪う。

───全部全部、私が奪う。

悲しみも。

苦しみも。

痛みも。

辛い記憶も。

もう取りこぼさない。全て持っていくの。

全て、私が《出口》へ持っていくの。

 

───今まで私に黙っていたお返しなんだから。

───許してなんて、あげない。

 

───アーテル姉さんが持っていていいのは…

 

 

 

───幸せだった思い出だけ。

 

 

 

『───おやすみなさい、フィリア』

 

 

 

───うん、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

───大好きでした、アーテル姉さん。

 

 

 

 

 

 







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