黒い夢と黒い神父と黒い麻婆豆腐
――ある
自分がどこにいるのかはおぼろげで、そもそも立っているのか座っているのかさえ分からない。そもそも目の前で広げられているこの光景は何なのだろうか?
大勢の人間が火に焼かれ、炎に包まれ、倒壊してきた建物に潰される。聞こえてくる音は悲鳴と火が木を焼く音のみ。妙にリアルで、凄惨でこれは本当に夢なのか怪しく感じる。だが一方でこの光景は現実のものではないという確信がある。
違和感があるのだ。うまく言葉にできないが強いて言うなら”映画”を見ているような感覚に近いのだ。目の前に人がいて、叫ぶ。その姿に心が痛むが心のどこかで自分とは縁がない出来ごとだ思えてしまう。そもそもこんなにも炎に囲まれているのに自信は熱さを一切感じない時点でやはり夢なのだろう。
夢だとしてもこの夢はあまり良い気持ちがするものではない。早く覚めてほしい。
そう考えていると比較的炎の被害が少ない小屋の中から一人の男性が現れた。その形相は鬼気迫るものだった。しかしその男性の視界の中に俺の姿は入っていない。どうやら俺の少し後ろを見ているようだ。
つまり、後ろになにかがいるのだ。男がこのような形相になるような
恐る恐る振り返ってみるとそこには
思わずへたりこんでしまう。だが影もこちらのことを認識していないようだ。
その影は俺よりもわずかに身長が低いということがわかるいや、それ以外の情報がわからないのだ。男は刀を抜き黒い影に切りかかろうとする。
「あぁああああああ!」
おびえる己を鼓舞するように叫び声を上げながら黒い影に近づき刀を降り下ろした。――しかし
「あらあら、すごい勢い。まるで発情期の猪みたい」
影はその刀の一撃をよけようとも、それどころか防ごうとすらしなかった。ただ微動だにせず立ったまま降り下ろされた一撃を受けた。それなのに刀は触れた部分から黒く染まり、その後灰のように白くなり消え去った。
その光景に俺も男も唖然とし、ただ黒い影のみが笑っていた。その笑みには単純な憎悪と歪んだ歓喜が入り交じった負の感情のみで作られているように感じられた。
「この炎は私の怒り。味わえ有象無象」
そうつぶやくとともに影は手を払うような動作をする。すると軌跡から炎が生まれ男の方に向かう。反射的に男は顔面をかばう。しかし意外なことに炎は男を襲わず通り過ぎたのだ。
きょとんとした表情で呆けていた男だったが小屋の中からつんざくような声が聞こえて来たと同時にそれが絶望に染まる。獣のような叫び声だったがかろうじて女性と子供の声だということがわかった。かろうじて、だが。
「あ、あぁあ!」
急いで燃え盛る小屋に入ろうとしたが男はなにもない入り口で弾かれて小屋からは離れてしまい、勢いのまま転んでしまう。
落ちていて石にぶつけたのか頭から血が流れている。しかし男はそれでも諦めずに小屋に入ろうと繰り返す。
だが無情にも一歩も男は小屋に入ることは叶わなかった。そして、男が諦めたのは悲鳴が聞こえなくなった時だ。その場にへたり込み、泣き叫ぶ。
小屋に入れなかったのは恐らく影の仕業なのだろう。男が弾かれた直後に虫の羽音のようなイメージがする不快な笑い声が聞こえたからだ。そしておそらくだが小屋の中にいるのは、
「せめてあなたが出てこなければ家族で最期の時ぐらい一緒にいられたのにねぇ」
猫がしなだれるように影がへたりこんだ男に抱き着き囁く。
想像通り小屋の中にいたのは男の家族だったようだ。その家族は生きたまま燃やされ死んだ。その苦しみは先の叫びから痛いほど伝わってくる。
「う、おぉえ」
嗚咽を漏らしながら男の体も黒く染まり始める。このまま先の刀のように白く染まり、灰になるのだろう。しかし、
「かっ、は」
絶句する出来事が起きた。
「死ね! 悪霊!」
それはいつの間にか影の後ろに人がいたことに、そして躊躇なく男ごと槍で貫いたこと。そして何よりも驚いたのは体を貫かれてもなんともなさそうにしている影の姿がそこにあったからだ。
「あら、体が貫通しちゃったわ。はずかしー」
何が楽しいのかクスクスと嗤いながら自らの体に突き刺さった槍を勢いよく引き抜いた。
「うそ、だろ?」
刺した方が刺された方よりも驚いているという異常な事態に驚いていると影が動いた。
「――シネっ!」
影は刺されたにも関わらず血の一滴も流さない。それどころか刺さってある槍の穂先を抜きとり刺した男の体に突き刺す。
短い悲鳴が男の口から溢れる。しかし影は凌辱は止めず、むしろ男の悲鳴が燃料となってその勢いは加速する。男は痛みに耐えながらも抵抗を試みる。
「くそっ! まだ!!」
男は『影が刺す』歯を食いしばりながらも影の『影が刺す』首に両手を『影が刺す』かけ、力を『影が刺す』入れて『刺す』へし折ろうと『刺す』する。しかし『刺す』男の『刺す』体には『刺す』もう力が『刺す』残っていない。『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』『刺す』
――――繰り返されるのはもう攻撃とは言えない。一方的な殺戮などという表現すら生ぬるい。
「アハハ、アハ、アハハッハアハアハハ!!」
いつの間にか男の体は動かなくなっていた。穴だらけになった男の死体、肉塊を狂ったように笑いながらもてあそぶ影に恐怖を感じながら、意識は消えて、いった。
◻
「夢、か?」
辺りを見回しても先ほどのような光景はどこにもない。燃えている小屋はなく男の死体もない。あつのは畳と障子という和室、つまりマイルームだ。
「ぐへへ……上の口ではそういっても……下の口は……」
ホッとしていると聞こえてきたのはこのような寝言。言った当人を見ると毛布にくるまっていた。
近くに行き顔を覗きこむと。間抜けな表情でよだれを出して寝言を言う姿は幼い子供のようにほほえましさを感じる。内容はほほえましさとはかけ離れたものだが。
「なんつー寝言を言ってんじゃこいつは」
無防備な彼女の頬を指でつついてみる。ほんのり温かく柔らかい。その新感触につい夢中でつついてしまう。
「むー」
くすぐったいからか逃げるように寝返りを打つ。その様子にやり過ぎたと思い心の中で反省する。
ふと部屋にある時計を見てもまだ早朝。起こすのも悪いと思い寝かしたままにしよう。
そう思い乱れた掛け布団をかけ直そうとすると腰に違和感を感じる。ゆっくりと視線をそこに移すと、
「まじか」
自らの見に起きた事態を把握しどうするべきかを考え、まずはキャスターを起こすことにした。
「おい、キャスター」
「……なんですか。朝の処理はご自分でどうぞ」
寝起きながらもいつものように下ネタから会話に入るスタイルにもはや感心すら抱くが今はそれどころではないので置いておく。
「これ! 見てみろ!」
「礼装のキューブですね。緑色のそれがどうしたんですか。解凍できないんだから使えないでしょう」
あくびをしながらこちらをにらみつけてくる。朝早く起こされて機嫌が悪くなるのはわかるが起こした用件が用件だから我慢してほしい。
「解凍、できる」
俺の言葉で絶句する彼女にキューブを見せつける。手の平にあるそれは輝きが先程よりも増していく。比例するように帯びる熱も高まるのがわかる。まるでキューブが意思をもって早く出せとせがんでいるようにも感じる。
しかしここで一つ問題が出てくる。礼装というのは基本は安全だが中には使用者に危険を及ぼすものもあるのだ。つまり今この手の平の礼装がそれ系統だった場合最悪命に関わることが起こる。いざとなったらキャスターに破壊してもらう。そのつもりでキャスターにいつでも動けるように頼む。
いつでもいける。そう彼女が目で訴えかける。俺は息を吸いひと言呟く。
「解凍」
直後ピシリと罅がはいり四角形が崩れ始める。内側からゆっくりと、卵が孵化するように罅が広がっていく。欠けた部分から緑色の光が漏れ、手の平に重なるように現れたのは。
「鏡、ですか?」
八枚の鏡、すべて手の平に収まる程の大きさだ。裏側には大きく一~四までの漢数字がそれぞれ赤と黒色に彫られている。見た目は確かにきれいでどこかの貴族が使っていたものといわれても違和感はないだろう。だが俺の心なのかはそんな明るいものではない。
「よりによって”
「は、はずれなんですか?」
俺の落胆ぶりにキャスターが若干引き気味に尋ねる。そんな様子のキャスターにため息を交えながら理由を話す。
「外れも外れ、大外れだよ。だってこれ”移動させるだけ”の礼装だからな」
「といいますと?」
「見た方が早い。ちょっとこのコップと鏡を持っててくれ」
鏡面をコップの内側に向けるように持たせる。不思議そうに首をかしげながらも彼女は従ってくれた。彼女に渡したのは赤色の一の文字が彫られた鏡だ、対して俺が使うのは黒色の一の文字が彫られた鏡だ。
「起動」
宣言と共に俺のもつ鏡と彼女に渡した鏡、その両方が緑色の淡い光を帯びていく。
「まるで蛍の光ですね」
それに同意する。現在の地上では見ることができず、資料としてしか見たことがなかったがそのきれいさは資料ごしでも十分に伝わった。それに比類する光景でもっと眺めていたいがいつまでもこうしてはいられない。
「よしじゃあ見てろ」
あらかじめ用意していた水の入ったコップを傾け俺がもつ鏡の方の鏡面に注ぐ。当然、普通の鏡なら水は鏡に当り鏡からこぼれてしまうだろう。だがこれはそんなことにはならない。
注がれた水は鏡面に当たるとともに跡形もなく消え去る。かと思えばキャスターのコップの方に音をたてながら水が注がれていく。これで、移動は完了した。
「おぉ!」
彼女が感嘆の声をあげる。それを見て俺は上手く起動出来ていて良かったと安堵の息を漏らす。
「コップの中が水で満たされましたね。これは先ほどの水ですか?」
彼女はコップを揺らしてチャプチャプと音をたてる。そして飲んで確かめていた。確かに危険でないものなのは確かだが確証のないものを進んで飲む気にはなれない。彼女のクラスがキャスターだから未知への探究心が恐怖を上回っているのだろうか?それとも彼女の性格から細かいことは気にしないものだからだろうか?
そんなことを考えているとコップ内の水をすべて飲み干した彼女がコップを置く。
「うん、普通の水です」
ぺろりと濡れた唇を艶めかしく舐め納得した様子のキャスターに説明をする。
「簡単に言えばワームホールだな。この黒文字が入り口で、お前に渡した赤文字が出口。入口と出口を繋ぐ道は省略される」
「某猫型ロボのドアみたいなもんですね」
「……お前その作品好きなの?」
以前もアリーナで扇を出したときにその作品の効果音を出していたのを思い出す。彼女は俺の問いかけに真顔で答えた。
「アニメは良い文化です」
「……さよか。つかアニメの知識はあるんだな」
サーヴァントというのは遙か昔の生き物だ。現代の知識はあるのだろうか?
「そりゃ聖杯からある程度の知識は与えられてますから」
「そうなのか?」
「ええ、基本的に現代の生活で必要な知識は得ています」
確かに色々な時代の英雄が参加するのだ。最低限の現代知識がなければ面倒だろう。納得した。
「でもこれなら相手の攻撃を鏡で受けて出入り口の鏡からだせば奇襲できるのでは?」
彼女は名案を思い付いたというように顔を輝かせる。しかし、
「ところがどっこい、そんなに甘くない。この鏡は鏡以上の大きさは移動できない、また鏡が割れる攻撃には耐えられない。だがこの鏡はそこまでの強度はない、精々銃弾を数発耐えるぐらいだ」
「うわぁ」
輝きは失せキャスターが顔をげんなりとさせる。
銃弾数発耐える程度ではサーヴァントの軽い攻撃を防ぐことさえ難しいだろう。精々エネミーの攻撃を数回耐えられるのが限度か?
「それでも攻撃を移動できるのは結構使えるような……ああ、鏡面に合わせないといけないんですね」
その通りだ。この礼装は鏡部分に触れたものを移動させるのだ。縁にでもあたり弾いてしまったら移動は発動しない。鏡を越える大きさの物はつっかえてしまって無理、部分的な移動はできるかもしれないが手鏡ぐらいの大きさでは限られてしまうだろう。
つまり、この礼装が使える条件はかなり限られてしまうのだ。
「ムーンセルめ……狙ってこの礼装にしたんじゃなかろうな」
だとしたら本当に性格の悪い。願いをかなえてくれるというのも怪しくなってきたぞ。
「……まぁ使い方を考えていきましょう」
ムーンセルに毒づいているとあまりにも気の毒だったようだったのかフォローされる。
「それにしても、まだ朝早いですね」
伸びをする彼女に言われて今の時間を確認してみる。針が示す時間は六時よりも早い。
「かといって二度寝する気分じゃありませんし……あ、いまなら対戦者が発表されているんじゃないですか?」
なるほど。一回戦が終了した今、二回戦の対戦相手が発表されていてもおかしくない。
「では、善は急げ! 精も急げ! とにかく行動しましょう!」
「なんじゃそりゃ」
そんなよくわからない言葉を発しながらキャスターは俺をマイルームから押し出す。
出た瞬間、キャスターが霊体化する。あたりには誰もいないが念には念を入れてのことだ。
マイルームをでて掲示板に向かう。俺らと同じことを考えている人も多かったようで朝早いのにもう人だかりができている。
するとその中に見覚えのあるヘルメットが見えた。
「優香」
名前を呼ぶと彼女はゆっくりと振り返る。最初は名前を呼ばれたことで警戒していたようだったが
「あら、黒野。貴方も見に来たの?でも残念ながらこの有様よ」
彼女の指さす先には一枚の張り紙が掲示板に貼られていた。本来だったら対戦者の名前が書かれているはずのそこにはただひとことこう書かれていた。
『本日は、致命的なエラーが発生しました。しばらくのお待ちください』
それは慌てて書かれたような乱雑さが感じられるような、いわば焦りというものが感じられた。
「なんじゃそら」
「ほんとにね」
俺の声に同意するように肩をすくめる優香。
「なんでも致命的なバグが見つかったから修正に時間がかかるらしいの。そこのNPCが言ってたからこの情報は確かよ」
優香の言う通りすこし離れた先で数人のNPCが通りかかる人に説明をしていた。当然不満をこぼす人達が多く、事情説明や説得の作業に追われている。
「仕方ないから今日はのんびりしようかしらね。貴方は?」
「これから朝飯だよ。お前もくるか?」
そんな眺めをよそに伸びをする優香に朝食の誘いをかける。サーヴァントのような聖杯戦争に関することは教えられないが、それでも彼女とは長い付き合いなのだ。世間話ぐらいしたい。
「ぜひ」
即答され、すこし驚くが下手なことを言って機嫌を損なわれてしまったら面倒だ。何も言わずに食堂に向かうことにしよう。
◇
「あ、いらっしゃい岸波くん」
階段を降りて食堂に着くと真っ先にほんわかした声がかけられた。声の主は声色と同じようにほんわかした印象を感じさせられる。声の主の顔を見て数秒考え、なんとか思い出す。
「ん……三枝だっけ」
「正解だよ。忘れてたね?」
にっこりと若干黒い笑みで微笑まれる。ははっ、忘れるなんてそんなこと……ナイヨ?
彼女の名前は三枝由紀香。予選では氷室と蒔寺の友人だった女性だ。氷室、蒔寺、三枝の仲良し三人娘の中では唯一の真人間ともいえる。保護欲を刺激させるイメージだが実は我慢強く、人間的に一番大人な印象がある。友人や家族を大切にし、良識を持って行動する。その面倒見の良さや家事能力などから未婚の良妻賢母と生徒間では言われていた。あくまでムーンセルが設定した性格、だが。
「お前もNPCか」
「そうだね。あ、鐘ちゃんと蒔ちゃんには会った?」
「氷室にはあったが蒔寺とはまだだな」
氷室は図書室にいたが蒔寺は……グラウンドで走ってるとか?
「蒔ちゃんも岸波くんと会うの楽しみにしていたからあとで探してみて」
「へいへい。花束でも持っていけばいいか?」
「メッセージカードも添えればいいかも」
冗談を交えて会話が弾む。温かい、というよりも緩い印象を与えてくる彼女。NPCでこれは作られたものだとわかっているがやはり癒される。蒔寺楓、氷室鐘そして三枝由紀香。新聞部での仲良し三人組が全員NPCというのは狙ってのものなのか、はたまた偶然によるかはわからない。どちらにしろあの三人は揃っていないと違和感しかないのだ、俺的にも嬉しいものだ。
そんな会話をしていると後ろからあからさまな咳払いが一つ。振り替えるとつまらなそうな表情の優香が腕組みをしながら立っていた。不味い、完全に存在を忘れていた。
「黒野、早く用件を済ませなさい」
不機嫌そうに眼差しを鋭くしている優香に促され会話を断ち切りショーウィンドウを眺める。
「礼装も補充したんだな」
以前来たときにはsoldoutの張り紙が張られエーテルしか購入できなかった。しかし今ではそこにはパンなどの食品から礼装まで幅広い商品が陳列されていた。
「ああ、どこぞの誰かがわざわざ苦情を申し出ていたからなまったくこちらの苦労も考えてほしいものだ」
背後から聞こえてきた低い声につい顔が引き攣る
「……言峰神父」
油がきれたロボットのようにぎこちない動きで見るとこには一人の男性がいた。神父服を身にまとい、髪は長すぎずも短すぎでもない。
強いて言うならば瞳が濁っているところが特徴だろうか。俺とは違うベクトルで目つきがあまり良くないといえるかもしれない。
「ふむ、どうした? 苦虫をかみつぶしたような顔で」
「いや、なんでもない」
何がどうした、だ白々しい。俺がお前を嫌っているのを知っているくせに 。当然、その事を口に出せば嫌みを言われるのはわかりきっている。
そもそもこいつとは最初の出会いからして最悪だった。予選が終わり、カレンとの会話を終えた後すぐに奴とであった。こちらは初対面だったが相手は丁寧に自己紹介をしてくれ、その時には礼儀がいい男だと思ったがそれはすぐに撤回することになった。なぜなら伝言役担当したのだから報酬を寄越せと、伝言を伝えられた側の俺に要求してきたのだ。
当然、俺はそんな要求答える気はなく断ったがそれからもしつこく迫られ結局少しばかりのppを支払ったのだ。
その際も払った量にたいして嫌みを言っていた。これで嫌いにならない奴は聖人ぐらいではないだろうか?
「それより礼装だ」
こいつを相手にすると疲れるし、健康にも悪影響を及ぼすことは確定だ。さっさと買い物をして朝ごはんにありつこう。
「さて、と」
どれにしようかとショーケース越しに見て回っているとまだ後ろにいたらしい言峰が話しかけてきた。
「ちょうどいい岸波黒野。お前は好きかね?」
「ん? なにがだよ」
声をかけられたので無視するのも悪いと思い視線はショーケースに向けたまま返事をする。
しかし言峰は話を続ける気配はない。どうやらしっかりと話を聞く姿勢を見せないと口を開かないようだ。
いつまでも後ろにいられるのは困る。仕方なく後ろを向くことにする。そこで俺は気づいた。
――言峰の手には1つの皿をもっていることに。
当然中には料理がある。だがなぜその料理なのだろう。
「麻婆、豆腐?」
赤く刺激的なイメージを持つそれはどうみても麻婆豆腐だ。別に変ったものではない。持っている人物が、変わっているが。
「ご名答、くうか?」
「くうか!」
「ふむ、意見を聞きたかったのだがしょうがない。所詮子供の舌には合わないか」
いらっとするがここで口車にのってはいけない。
「2000ppといったところか」
「聞いてねぇし、払わねぇし、そもそもそんな金ねぇよ。たった今礼装やらなんやらに全部使っちまった」
どうせこいつのことだ、購入できるほどのPPがあれば何が何でも買わせることだろう。だがすでに俺はもう色々と購入して財布には2000PPも残っていない。
策略通りに事が進まず言峰が悔しそうな表情をしているかと思いきや愉悦に満ちた笑みを浮かべている。俺はその笑みにいやな予感がした。それとともに、
「あれ? 二千pp分の引換券持ってるっすよね?」
ひょっこりとカウンター裏から出てきたのは金髪少女、リエだ。彼女は記録NPCという役職のはずだ。なぜこんなところにいるのだろう。
「ユキっちの手伝いっすよ。ボクは決戦が終わるまで出番無いっすから」
自身満々に小振りの胸を張り心を読んだように俺の疑問に答える。
「それより、持ってるっすよね? 引換券」
ニヤリと笑う金髪小娘。その口を縫い合わせたくなるが俺は悪くないと思う。
「ではそれと交換でもいい」
ニヤリと嗤うクソ神父。その口引き裂いてやりたくなるがむしろ俺は正しいことだと思う。
そもそもなぜ俺が買うことになっているんだ?
どうにかしてほしいと三枝に目で訴えてみるが返答は苦笑い。無理そうだ。
まぁこの三人の中では彼女の階級は一番低いだろう。言峰神父やリエは上位npc、逆らえないのだろう。
それでも乗り気じゃない俺に言峰は渋々といったような表情を浮かべる。
「なに、いまならば特別サービスもつけてやろう」
「サービス?」
「今後この麻婆豆腐が改良されていく度に無料でお前に提供しよう」
「いらん!」
なにがサービスだ。こちらに特なんて何一つ無い。この一回ですら嫌なのにこれからも食わされる羽目になるなんてなんの冗談なんだ。
「いや黒野さん、貰っておいたほうがいいっすよ」
「あ? 何でだよ」
リエの言葉に怒りを隠さずに応える。この男が作るというだけで録なことにしかならないのだ 。貰っておいた方がいいなど正気の沙汰ではない。
「言峰神父の作る麻婆豆腐はいろんな強化効果が含まれているっすから」
冗談のような内容だがリエは至極真面目だという表情をしている。
様々な効果、確かにそれは役立つかもしれない。しかし、この男が作ったという条件が付くだけで躊躇してしまう。
「貰っておいたら? 貴方、ただでさえ弱体化してるんでしょ?」
「い、胃薬は用意するから!」
優香、三枝の後押しに意を決し、渋々了承をする。
「……わーったよ」
半ば押し付けるように引換券を言峰に渡す。
「ご購入ありがとうございます」
無駄にいい声で礼を告げる言峰に舌打ちで返事をし、食堂の席に座る。優香も焼きそばパンと牛乳を買って俺の隣の席に腰を下ろす。
「一口ちょうだいね」
一口とは言わずに全部もらってくれたら俺的には大分嬉しいのだが。
「ん?」
よく見るとこれは圧縮されたものだ。実物はこれではない。この赤い麻婆豆腐はサンプル画像のようだ。仕方なくアイテムを解凍する。そこに現れたのはーー
「なん……だこれ」
――異物、俺が見た中でもトップクラスの異物がそこにいた。
「泥? かしら」
かもしれない。
「匂いは麻婆豆腐だけど……」
四川省では花椒は粒で入れるほかに仕上げにも粉にひいたものを表面が黒くなるほど大量に振りかけるらしい。これはそれ式で作られたものだろうか?
レンゲで掬ってみる。感触はドロリとしたわずかに粘っこいものでそこまでは通常の麻婆豆腐とあまり違いはない。
次に鼻に近づけて匂いを嗅いでみる。
「っ!」
涙が出るほどの辛さだ、口に含めば当然これではすまないだろう。
情けないが恐怖しているかもしれない。だが、同時に興味も持っていた。知的好奇心といったものだろうか?笑える。一体どんな辛さが、どんな刺激が来るのだろう。
「ああ」
恐る恐る口に含む。その直後――
「黒野?」
――声がでない。
優香が肩を揺さぶってくるが反応できるほど余裕がない。
辛い、つらい、痛い、苦しい。この感覚が繰返し襲ってくる。しかも強弱、種類を変えて。汗、涙が止まらない。鼻からも何か熱いものが流れている。だがそれをぬぐうことすらできない。
「水、く……れ」
かろうじてひねり出せたその言葉とともに俺の意識は山椒のにおいを感じながら途絶えた。
キャスターのスキルについて。EXTRA風に表すと以下の通り。
『雷天』
相手のブレイクにダメージ+スタン。
『封界』
相手のアタック&スキルにダメージ、次のコマンドがスタン。
『流星』
相手のガードにダメージ、一定確率でスタン。
こんなかんじでしょうかね?