天は歩む。桃源郷へと   作:十三

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どうも、十三と申す者でございます。

『英雄伝説 天の軌跡』を読んでいただいている方は覗いていただいてありがとうございます。
初めましての方も、覗いていただいてありがとうございます。

衝動が迸って書いてしまった『東亰ザナドゥ』の小説でございます。
原作ネタバレ要素もあるので、それが駄目だと思われる方はバックしていただいた方が良いかもしれません。


稚拙な文章で申し訳ありませんが、お楽しみいただければ幸いです。




10年前
緋色の残響


 

 

 

 

 

 その日を言葉で表せというのなら、まさに”地獄”と称するに相応しかった。

 

 

 昼間であるというのに、血のように赤く染まった空。大地は激震し、人々の絶叫と慟哭が木霊する。

 首都直下型地震など妄言の類であると安心していた人々は、その災厄を目の当たりにしてただ逃げ惑う事しかできなかった。

 ただ遠くへ、ひたすら遠くへ。怒号と車のクラクションの音が絶え間なく鳴り響くアスファルトの道を、パニックになった老若男女が走っていく。

 

 震災の影響は東亰23区のみならず、西東亰をも飲み込んだ。

 後に語られる被害は歴史に刻まれるほどの影響を残し、かの関東大震災にも匹敵する大災害へと発展した。

 

 故に称して、《東亰震災》。日本国の政治経済に色濃く傷跡を残す事になるその出来事は、人々の記憶に確かに刻まれる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そこまでは、”表”の話である。

 

 

 実のところ、震災発生当時に、その災厄の”裏”に潜んでいた事実を理解していた人間は多いとは言い難かった。

 中央省庁の官僚たちが被害の把握、被災者の支援に忙殺される中、その”元凶”に立ち向かった者たちがいる。

 

 

 断じてそれは、地殻の変動による自然災害ではない。

 

 常人には知覚できない”ナニカ”が齎した、人類を滅ぼしかねない災厄の一端。

 

 現世とは位相の空間を異にするバケモノが、理を捻じ曲げて東亰を蹂躙するという悪夢。

 

 

 ―――結局のところ、その”元凶”は多くの犠牲という名の代価を払った末に鎮圧された。

 「仕留めきれなかった」というその結果が後に齎す影響は除き、10年前のその日、《適格者》と《異能者》の死闘によってバケモノの侵攻は食い止められたのだ。

 

 

 

 そしてその運命の日―――この世界に二人の《適格者》が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 佐伯吾郎(さえきごろう)にとって、その日は一生の記念になる筈だった。

 3月15日、午前11時38分。夢にまで見た大学の入学式を目前に控え、恋人となった幼馴染と共にはるばる上亰して来たその日、彼らは震災に巻き込まれる事となった。

 

 それ自体に何か恨みを抱いているわけではない。

 環太平洋造山帯に属しているちっぽけな島国の宿命のようなものだ。自然災害にいちいち目くじらを立てるほど彼は狭量ではなかったし、何より恋人とはぐれずに行動できただけでも僥倖だった。

 

 しかし何せ、修学旅行以来の東亰という事で物珍しくなり、各地の名所を巡っている時にいきなり巻き込まれた形になる。大地震の際は下手に動かないほうがよいという災害マニュアルくらいは知っていたが、それでもまさか首都直下型の、それもじっと立ち続けていることすらもままならないレベルの地震が起こるとは予想していなかったという事もあり、彼は恋人の手を握りながら、避難場所に向かってただひたすら走る事しかできなかった。

 家の外壁がはがれ、店舗の看板が落ち、大地が揺れ動く轟音を耳にしながらの避難はお世辞にも順調とは言えなかったが、それでも半ばパニックになりかけている心の奥底で「どうにかなる」という安堵感があった事は否定できない。

 断続的に続く揺れに怯え、しがみついてくる恋人を何としても守らなければならないという使命感が、その時の彼を強く突き動かしていた。

 

 そしてその願い、望みは叶う筈だった。

 彼が、《適格者》の適性を持っていなければ。

 

 

「ッ……何だ、コイツ‼」

 

 避難をしている最中、突如彼の視界に飛び込んできたのは、異形の形をしたモノだった。

 大きさは凡そ3メートル弱。両手両足がついて二足歩行をしているという情報だけで鑑みれば大型の類人猿か何かだと思うかもしれないが、ゴロウはそれを”生物”と認識する事はできなかった。

 体躯の色は墨汁をぶちまけたかのような深い黒。そこに血管のような真紅の筋が浮かび上がって鼓動しており、その両腕は大木のように太く変形している。

 更に言うなら頭部であろう場所についていた瞳は単眼で、金色の邪光が二人を完全に捉えていて逸らさない。

 果たしてそんな容貌の存在を、既存の生物などとのたまう輩がいるだろうか。

 

「■■■ガァ……ッ■■■■ァァ■■■■アアアアッ‼」

 

 聞くに堪えない咆哮を挙げるソレに対して、ゴロウは恋人を背に隠す以外の行動は出来なかった。

 既に避難しきった道に人気はなく、巻き込む可能性がないことだけが唯一の救いであることは確かだったが、それを幸運と捉えるだけの余裕などある筈もない。

 

「ご、吾郎ちゃん……なに、アレ……怖いよ……」

 

 涙声でそう言ってくる恋人を背に隠しながら、ゴロウはジリジリと退避する。

 子供の頃こそ悪の怪人に立ち向かうヒーローに憧れていたが、18歳にもなれば分かる。アレは、自分が対峙してどうにかなるような存在ではないと。

 幸い、すぐ傍には入り組んだ路地が幾つか存在し、そこを使えば逃げ切れるかと思案を巡らせていると、その側方からまた別の鳴き声が聞こえてくる。

 

「くそっ……‼」

 

 それは、大きさこそゴロウの腰元くらいまでしかないが、ファンタジーで言うところのゴブリンのような恰好をしたバケモノだった。

 大方先ほどの咆哮に釣られて寄って来たのであろうそれらは、細い両手の爪の部分だけが異様に長く、そして鋭く発達しており、それで攻撃でもされれば確実に肉は抉られるであろう事は容易に想像できた。

 それらが6体、二人を囲むようにして集まってきていた。「キシャ、キシャァ」という耳障りな声を出しながら、狼狽する二人を眺めて嗤っているかのようだった。

 そうしている間にも、正面のバケモノは二人の下へと歩みを進める。どう考えても友好的ではない雰囲気をひしひしと感じていたが、とはいえ、何とか隙を作らなければ逃げる事もままならない。

 

「フタバ、ちょっと耳を貸してくれ」

 

「え……?」

 

「俺があのデカい奴を引き付けるから、お前はそのまま走れ。走って、避難所まで行ってくれ」

 

「だ、ダメだよゴロウちゃん‼ それじゃあゴロウちゃんが―――」

 

「今の状況じゃ、こうでもしないと生き残れないんだよ‼」

 

 思わず声を荒げてしまった事で肩を震わせてしまった恋人に「すまない」と告げてから、しかしゴロウはその作戦を変更するつもりはなかった。

 このバケモノ達がどういった存在で、どこから来て何が目的なのかなどは、この際どうでも良かった。確実なのはただ一つ、この場で大人しく見逃してくれる事はないということ。

 なら、取れる策はそれしかなかった。二人で手を繋ぎながら逃げ切れるほど、甘くはないだろう。恋人を―――フタバを見捨てるのは論外だ。最初から視野に入れていない。

 だから、自分が囮になるしか方法はなかった。

 

 しかし、そんな吾郎の一世一代の賭けを小賢しいと嗤うかのように、巨躯のバケモノは一気に間合いを詰めて来た。

 

「っ―――‼」

 

 振り下ろされる剛腕の一撃。それを紙一重でどうにか避けたものの、飛散したコンクリートの塊が直撃し、肺の息が一気に外に飛び出す。

 しかしゴロウは、攻撃を食らう直前でフタバの手を引いてバケモノの視界から外れる位置に突き飛ばした。

 

「ご……ゴロウちゃん‼」

 

 涙を浮かべるフタバに向かって、しかし心配は要らないといった気丈な笑みを浮かべる。

 とはいえ、身体の節々は悲鳴を上げていた。それなりに運動は得意だという自負はあったが、まさかコンクリートの塊に吹き飛ばされるという経験を、人生の最期になって体験するとは思ってもみなかった。最初の一撃を躱せただけでも御の字である。

 これで後はフタバが逃げてくれれば何の後悔もなく逝ける筈だった。彼女が生きていてくれさえすれば、守れたのならば、未練などはなかったのだから。

 だが、そんな思惑とは裏腹に、フタバはバケモノの横を無我夢中で走り抜けると、壁に寄りかかっているゴロウの上に覆い被さった。

 

「ふ、フタバ、何をしてるんだ‼」

 

「嫌っ‼ ゴロウちゃんを見捨てて行けるわけないじゃない‼ 私はそんな薄情な女じゃないよ‼」

 

 数ヶ月前に想いを打ち明けて、それを涙混じりに受け入れてくれた幼馴染は、覚悟の籠った口調でそう叫ぶ。

 しかし、その覚悟をバケモノが考慮するはずもない。打撃では殺せないのではと考えたのかは知らないが、ミチミチという肉が避ける音を響かせて、腕の内側から黒光りする鎌のような刃を出現させた。

 

「やめろ……おい、やめろよ。フタバも早く逃げろよ‼」

 

 その心の底からの声に、しかしフタバは答えない。口を真一文字に結んで、最後の抵抗とでも言わんばかりにバケモノを睨み付けていた。

 やがて、刃が振り上げられる。流れが緩くなったような時間の中で、ゴロウは口の端から血が漏れている事も構わずに声を張り上げた。

 

「やめろ……やめろおおおおおッ‼」

 

 バケモノは答えない。答えるはずもない。

 無常に、無謬に、それこそ作業の一環であるかのように腕を振り下ろそうとして―――

 

 

 

 

 

「おらそこのデカブツ‼ 交通の邪魔だとっとと道空けろやぁ‼」

 

 

 

 

 突如真横の道路から飛び出して来た大型のバイクの直撃を受け、つんのめるようにして瓦礫の山へとダイブした。

 

「「……えっ?」」

 

 その、一見すれば有り得ないような光景に瞬きを数回してから、二人の視線はその大型バイクを運転していた人物の方へと向けられた。

 

「あ、ヤベ、タイヤとクラッチレバー死んだぁ‼ うぅ……バイク屋のおっちゃんに怒鳴られる……まだ新品なのに」

 

「あの……」

 

「あー、でもフレームまでは壊れてないから不幸中の幸いか? どっちにしてもひとまず置いて行くしかねぇわなぁ。はぁ……」

 

「あのぉ……」

 

「あ、ゴメン。思ったより新車がオシャカになったのがダメージデカくて落ち込んでたわ。大丈夫、アンタら。無事?」

 

 そう言ってその人物は、頭に被っていたメットを取り外す。

 

 身長はゴロウと然程変わらない程度。髪色こそ日本人らしい混じり気のない黒髪が首筋の辺りまで伸びているが、少し吊り目がちの瞳の色は鳶色に輝いている。

 世間一般での、所謂”イケメン”の部類に入るであろうその容姿は、バイクを台無しにしてしまった悲壮感で多少落ち込んでいる。

 だがそこに、バケモノを目の前にした恐怖感などは、見当たらなかった。

 

「っしょっと。そっちの……彼氏さん? は怪我してるみたいだな。取り敢えず治療しておきたいんだが……チッ、面倒なのが集まってきてるな」

 

 取り外したメットをバイクのハンドルに引っ掛けると、青年は周囲をグルリと見渡して、集まってきているバケモノを視界に収める。

 二人が震えあがったその光景を目の前にして、それでも彼は、舌打ち一つと眉を僅かに顰める程度の反応しか見せなかった。

 

「そこでじっとしててくれ。えーっと……」

 

「あ……俺―――自分は佐伯吾郎です」

 

「わ、私は蒔那双葉(まきなふたば)といいます」

 

「オッケー。あ、別に敬語も要らんよ? 同世代っぽいし。それよりまぁ、まずはこの場を生きて潜り抜けなきゃならんしなぁ」

 

 努めて明るい口調を崩さないその言葉に、二人が僅かに安堵の息を漏らす。

 張り詰めて切れそうだった緊張感と恐怖感が和らいだ瞬間を見計らって、青年は”ソレ”を顕現させる。

 

「斬り開闢(ひら)け―――≪アメノハバキリ≫‼」

 

 青年の右腕が発光し、虚空から武器が現れてその右手に収まる。

 装いそのものは近未来を舞台にした作品などで見られるようなモノだが、細長く、それでいて僅かに反りがあるその剣身は、日本人にとっては馴染みの深い兵装だった。

 刀だ。一転の曇りもない清廉な色に染められたそれを正眼に構えるその姿は、まるで長らく刀を振るって来た熟練者のそれにも見えた。

 

「―――フッ‼」

 

 一閃。横から襲い掛かって来た小さなバケモノの胴体を袈裟斬りにしていとも簡単に斬り捨ててみせ、返す刀で対角線上のバケモノも難なく両断する。

 その一連の動きに派手さはなく、無駄もない。ただ目の前の敵を淡々と、粛々と葬っていく。

 彼が6体いた小柄な方のバケモノを駆逐し終えるのに、掛かった時間は数分程度だった。

 

 まさに”処理”とも取れるその作業を終わらせて一息を吐いた瞬間、先程バイクで撥ね飛ばした巨躯のバケモノが瓦礫の山を吹き飛ばして姿を現す。

 斃れていなかったのかと驚愕する二人を他所に、青年は一つ嘆息してから再び刀を正眼に構えた。

 

「アイツらはな、”ただの”衝撃を与えた程度じゃあ大人しく死んでくれねぇんだわ。まぁアンタらを助けられたんだからバイク一台オシャカにした甲斐もあったんだが……」

 

 今度は潰す、と、そう言葉にした瞬間に青年は駆け出した。

 それを迎え撃つ形になったバケモノは拳で的確なカウンターを撃ち込んできたが、青年はそれを半身になって紙一重で躱す。そのまま体を半回転させた勢いで刀を上段へと持っていき、そのまま肘から下を斬り落とした。

 

「■■■■■ガァ――――■■■■■ッ⁉」

 

「喚くんじゃねぇよ。そら、時間もねぇから手短に行くぞ」

 

 斬り捨てられた断面からは血が噴き出す事はなく、代わりに黒い靄のようなものが噴き出している。

 その後の光景に、フタバとゴロウは思わず身を震わせてしまった。

 実に無謬に、徹底的に効率よく追い詰めて行く戦い方だった。次々と繰り出されていく攻撃を悉く見切って躱しながら、四肢を順繰りに斬り落としていく。

 傍から見れば甚振っているようにも見える光景ではあるが、それは違う。

 彼は安全を第一として戦っているのだ。万が一にも二人に被害が出ないように、可能な限り敵の攻撃能力を削ぐ形で追い立てている。それは、凡そ武道には縁がなかったゴロウですら分かった事だ。

 

 未だに、頭の中は混乱している。それは無理からぬ事だった。

 突如局地的な大地震に襲われた事に加えて、現実世界には存在しないようなバケモノの急襲。そして、窮地に陥った自分達を救ってくれた青年の存在。

 それら全てを一瞬で受け入れる事ができるというのなら、恐らくそれはどこか壊れた人間にしかできない所業だろう。だからこそ、ゴロウは命の恩人の青年の戦いをずっと見続ける事しかできなかった。

 

 強い。それは見るだけでも分かる。

 虚空から取り出した武器をまるで手足のように手繰って攻め続ける彼の姿は、憧憬というフィルターを通してゴロウの記憶に刻まれ続ける。

 自分にもあの力があれば、自分の力でフタバを守る事ができるのに―――という渇望が、心の奥底から湧き上がってくる。

 

「……っく」

 

「ゴロウちゃん⁉ まだ動いちゃ駄目だよ‼」

 

「大丈夫だフタバ。俺は、彼の戦いを見届けなければならないんだ」

 

 出来る事ならば、と願う。

 

 自分にも、彼と同じ”力”を与えてくれ。―――一度は最愛の恋人を喪いかけた、自分の無力さが許せない。

 自分にも、戦える”力”を与えてくれ。―――一方的に守られるだけではなく、守る側でいられる手段が欲しい。

 自分にも―――自分にも―――――――――

 

 

「―――(はし)れ」

 

 その渇望に、魂が応える。

 ゴロウの願いが、形となって具現化する。煌々とした光と共に現れたのは、形状こそ前衛的ながらも、アサルトライフルのような形をした、一丁の銃。

 

「≪アーク=トリニティ≫‼」

 

 ”それ”をどう使うのか、どうすれば敵を斃せるのか。

 知らない筈の知識が、まるで前世の記憶のようにすんなりと脳に入り込んで来る。十年来を共にした相棒であるかのように、ゆっくりとゴロウは≪アーク=トリニティ≫の引き金に指を掛けた。

 標的までの距離はおよそ30メートル。素人が狙いを定めて当たるような距離ではない。

 だがそれでも、ゴロウには”当たる”という確信があった。

 

「フタバ」

 

「……うん」

 

「悪い。俺は今から危ない橋を渡りに行く」

 

 恐らく、この引き金を引いてしまったら、もう後には引けないのだろう。

 守る力を手にしたのだから、先程以上に危ない目に遭わなければいけなくなるのだろう。あのバケモノらを相手にして、戦わなければいけないのだろう。

 正直に言えば怖い。今この瞬間も、足と手が震えて銃口の照準が定まらないのが現状だ。

 それでも、ただ見て守っていられるだけの、命の恩人に恩も返せない弱者には、なりたくはなかった。

 

「うん、うん。大丈夫。大丈夫だよゴロウちゃん。私も、一緒にいるから」

 

 その心情を理解したフタバは、震えるゴロウの手にそっと自らの手を添えた。

 情愛が籠ったその手が触れた瞬間、震えていたという状態そのものが嘘であったかのように鎮まる。―――ピタリと、その照準が定まった。

 

「―――下がってくれッ‼」

 

 青年に対して発せられたその言葉に、向けられた本人は即座に反応し、ゴロウの手に握られた銃を見やる。

 それがどういう存在なのかという事を直感的に判断し、一回のステップで退避するまでにかかった時間は1秒弱。

 それを見届けたゴロウは、≪アーク=トリニティ≫の引き金を引いた。

 

「■■■■■■■■■ッ―――‼」

 

 銃口から飛び出したのは、黄金色のレーザー。

 一直線に放たれたそれは、過たずバケモノの中心部分を穿つ。反動で僅かに後ろに転がったが、バケモノはその攻撃がトドメとなり、靄となって消滅した。

 

「―――はぁっ、はぁっ」

 

 勝った、という実感が湧く前に、息が断続的に口から洩れる。

 刀を肩に担いだままの青年は一瞬だけ驚いたような表情を向けて来たが、やがて男らしい笑みを向けて歩み寄って来た。

 

「お疲れさん。まさかアンタも≪適格者≫だったとはなぁ。ナイスファイトだよ」

 

「あ、あぁ。ありがとう。……改めて礼を言わせてくれ。君が助けに来てくれなかったら、俺とフタバは死んでいた」

 

「なに、気にすんな。彼女さんの方も問題ないか?」

 

 尻餅をついていたゴロウに手を貸しながら、青年がフタバに問いかける。彼女も、ゴロウに続いて深く頭を下げた。

 

「その、ありがとうございました‼ 私と、ゴロウちゃんを助けてくれて」

 

「ほいほい。ま、バッドエンドは趣味じゃないんでね。取り敢えず、持ち合わせの道具で応急処置するからそこでジッとしててくれ」

 

 そう言って停めていたバイクの方に向かおうとしていた青年を、ゴロウが引き留める。

 

「あ、ちょっと待ってくれ」

 

「ん? どーしたよ」

 

「君の名前を、教えてくれないか?」

 

 その言葉に一瞬だけ目を丸くした青年だったが、思い返して自己紹介をしていなかったことを思い出すと、バツが悪そうに後頭部を掻きながら告げた。

 

 

 

 

天城黎(あまぎれい)ってんだ。今は18歳。―――ま、テキトーにレイとでも呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――*―――*―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局のところ、その後の道程も決して平和とは言い難かった。

 

 道を歩けばバケモノの襲撃に遭い、その度に足を止めてフタバを守りながら殲滅し、また移動する。

 その繰り返しを五度程も続けると、流石にゴロウも戦い方というものに慣れて来た。

 

「あのバケモノ共の名前は≪怪異(グリード)≫。現実世界とは位相が違う空間から湧いて出てくるゴキブリよりもタチが悪い奴らだ。さっきも言ったが、奴らに通常兵器は通用しない。確実に殺すには俺やお前が持つ”それ”が必要不可欠になる」

 

 荒廃した様相を呈する街中を警戒して歩きながら、レイはゴロウから問われた現状について説明する。

 

「≪ソウルデヴァイス≫。≪適格者≫の魂が具現化した代物だ。魂から飛び出してくるから、使い方は本能で理解してるんだな。

 俺もお前らと出会う数時間前に顕現させたばっかだけど、もう使いこなせるようになったし」

 

「……ん? ちょ、ちょっと待て。お前はずっとコイツらと戦って来たんじゃないのか?」

 

 同じ年齢、加えて今年から同じ大学に通う同級生であったという事が幸いしてすぐに打ち解けた三人は、年齢相応の口調で、しかしそれでもやはりまだ”隔たり”はあった。

 何せ、バケモノやこの摩訶不思議な武器の詳細を知っているレイの正体を、二人はまだ知らないのだから。

 

「いや? 今日はナイトでシフトが入ってたバイト帰りにバイク走らせてたらこんな感じになってな。寝不足だってのに死にかけたらコイツが出て来たんだ。まぁ、親父仕込みの剣術も、少しは役に立ったってトコか」

 

「…………」

 

「加えて親父もお袋も”コッチ”方面に詳しい人間でな。……ま、俺自身が”コッチ”側に踏み込むとは思ってもみなかったが」

 

「じゃあ、レイ君が色々知ってるのって……」

 

「ただの聞きかじり程度だがな。それでも、ないよりはマシだろ?」

 

 カチャリカチャリと肩に乗せた≪アメノハバキリ≫を鳴らしながら、悪戯っぽい笑みと共にそう応えるレイの姿に、ゴロウも釣られて笑みを見せた。

 

「そうだな。俺とフタバだけじゃここまで来る事はできなかった。改めてありがとな」

 

「別にいいっての。目の前で死にかけてる人間放って逃げたりなんかしたら、それこそ親に怒られちまう」

 

 口調こそ少し荒っぽいが、それでも彼の快活さや正義感の強さが垣間見える会話に、微笑ましく思っていると、徐にレイが立ち止まった。

 敵襲かとゴロウが臨戦態勢に入ると、レイも刀を構えたままに口を開く。

 

「さて、講義の続きだ。俺も実際に戦ってたわけじゃないから偉そうな事は言えないんだがよ。どうやらグリードは≪適格者≫(俺達)に惹かれて集まる傾向があるらしい」

 

 こんな奴らにモテても困るんだがなぁ、と言いながらも、中央にフタバを残し、レイとゴロウがお互いに背を向ける形で迎え撃つ形をとる。

 空間が軋み、人外の咆哮が響く。ただの数戦で戦いに慣れたらしいゴロウには恐らく戦う才能があるのだろうが、それに対して慢心を起こさせてくれるほど安穏な時間は過ごさせてくれないのが現状だ。

 

 現れたのは、イソギンチャクを更に醜悪にしたかのような不定形の生命体。それが建物の壁に、倒壊した電柱に、垂れ下がった電線に絡みつき、ウネウネと蠢いている。

 人間ならばよほど特異な性癖がなければ生理的に受け付けない形状のグリードであり、無論、三人ともが背筋にうすら寒いモノを感じた。

 

「う、キ、キモチワルイ……」

 

「男の触手プレイとか誰得って話だからとっとと切り抜けるぞ。―――つーか俺こういうのホント駄目なんだわ。殺意湧くわ」

 

「いやもう漏れてるだろ、殺気」

 

 本来ならば前衛として有能なレイは自ら前へ出て斬りかかる役なのだが、≪適格者≫ではないフタバを守っている限りそうもいかない。

ゴロウと一瞬視線を交わしてから、前へ出過ぎない範囲内で斬り捨てて行く。

 人間のような、高い知能を持つ存在が相手ならば、幾ら剣術の稽古を受けていたレイとはいえ多数を相手に立ちまわるのは難しかっただろう。しかし幸いにも、低級のグリードの思考能力は皆無と言っても差支えがない。

 即ち、獲物を見つければ一直線に向かってくるしか能がないのだ。

 

 触手の猛攻を掻い潜って銀閃を奔らせ、防衛線を越えようとするグリードを叩き斬って行くレイと、本来の用途として殲滅戦と防衛線に長ける≪アーク=トリニティ≫の引き金を絞って弾幕を張り続けるゴロウ。

フタバは戦う事ができず、歯がゆい思いをしていたが、それでも二人の戦いから目を背けようとは決してしなかった。脅えながら、足を震わせながら、琥珀色の瞳は二人の荒々しくも鮮烈な戦いを見届けている。

 だからこそ―――第三者の視点からその戦いを見ていたフタバだからこそ、その異常性にいち早く気が付いた。

 

「ゴロウちゃん、レイ君」

 

「? どうしたんだ、フタバ」

 

「…………」

 

 可能な限り広域に攻撃を撒き散らしながら恋人の言葉に疑問を差し挟んだゴロウとは対照的に、レイは頬に玉雫を一筋浮かべ、それを荒々しく拭いながら、敵をただ見据えていた。

 戦闘を始めてから数十分が経過し、二人が潰したグリードの総数は50を優に超える。だというのに、襲撃してくるその数は、一向に数を減らしているように見えなかった。

 

「チッ、これはちっとマズいか?」

 

 思考を巡らせながらも、レイは≪アメノハバキリ≫を振るう手を止めない。常にフタバの近くで射撃を行っているゴロウとは違い、動きを一切緩めずに攻撃を続けるレイの体力は、確実に底をつこうとしていた。

 こんな事になるんだったらもっと真面目に修練に挑んでおくべきだったかと、人知れず後悔しているレイを他所に、突如としてフタバの近くにあったマンホールが爆発する。

 

「キャッ‼」

 

「なん―――ってうお⁉」

 

 振り向いたレイの目の前に広がっていたのは、マンホールの中から這い出て来る触手の群れ。

いつのまに下水道にまで潜り込まれていた事に驚きながらも、この状態が凄まじくマズいという事はすぐに理解できる。それに、ゴロウもすぐさま反応する。

 

「させるかッ‼ 『ライオットバスター』ッ‼」

 

 それは、これまでの戦闘でゴロウが発見した、≪アーク=トリニティ≫の”変型機構”の一つ。

 銃を象っていた形態が一瞬で変形を遂げ、身の丈程もある戦斧(ハルバード)として手に収まる。それを振り抜く事で、膨大なエネルギーが触手の主柱へと叩きつけられる。

 

「クソが……『マガツハライ』‼」

 

 それと重なるようにして、レイが腰だめに構えた≪アメノハバキリ≫を鞘から抜刀するように振り払い、巨大な弓張状の斬線を飛ばす。

 それらの力任せの伐採に大方の触手は千切れ飛んだが、しかし大樹のように鎮座した主柱だけはしぶとくその姿を残していた。

 しかし攻撃の手が少しでも緩んだ隙に、ゴロウがフタバを小脇に抱えて窮地からギリギリで脱出する。

 それでも進行方向には逃げる事ができず、三人は路地の壁際に追い詰められた。

 

「あー……ここまで来て大物のご登場ってか?」

 

「で、デカい……」

 

 地下水道を辿って侵攻して来たのは、半径十数メートル、高さは目測で60メートルにも達しようかという斑模様の触手の大樹。”枝”に当たる部分は邪神のように醜悪に蠢き、所々に埋まっている大理石模様の宝珠のような部分から、下水道から泥が滴り落ちるが如くイソギンチャク状のグリードが産み落とされている。

 

「中ボスにしては趣味が悪いよなぁ」

 

「母体がアレだとするなら……どうにかしないとどうにもならないって事か」

 

 悔しそうにそう言うゴロウは、既に肩で息をしている。レイもそれは同じであり、滝のように汗を流す二人を眺めて、それでもフタバは何もする事ができない。

 それがどうしようもなく悔しく感じ、二人の見えない所で人知れず拳を握る。

 

「ごめん……ごめんね二人とも。ゴロウちゃんもレイ君も頑張ってるのに……凄い危ない思いをしてるのに……私、何もできなくて……」

 

 自分を守るために全力で戦う事ができないという現状は、つまり自分がお荷物である事と同義。

 そんな立場にいる自分が許せなくなり、フタバは目尻から涙を滴らせる。

 しかし、そうして自分を責めようとするフタバの頭を、ゴロウが優しく撫でた。

 

「そんなわけないだろ? フタバが居てくれるから、俺は挫けずにいるんだ。何もできてないなんて事はないさ」

 

「あ……」

 

 恋人同士として何かを通じ合わせるような雰囲気を眺めながら、レイは苦笑を漏らす。

 

「ま、往々にして男ってのはお姫様を守る時は強くなるモンだ。―――問題はその姫が彼氏持ちだって事なんだがなぁ」

 

「フタバは渡さないぞ」

 

「バーカ、寝取り寝取られは専門外だ。恋人は大学に入ったらキャンパスライフの中でゆっくり探すとするさ」

 

 そんな軽妙なやり取りを交わしながら、それでも≪ソウルデヴァイス≫を抱えた二人の視線は、眼前の大樹に注がれている。

 

「そんじゃ、お姫様を安全に避難所までお連れするために、いっちょ踏ん張るとしましょうかね」

 

「というか大丈夫か? レイ。さっきからお前、死亡フラグ連発してるような気がするんだが」

 

「死亡フラグだって分かってて言ってるセリフは逆に生還フラグ。これ常識な」

 

 とはいえ、今までのそれとは格が違うオーラを纏っているグリードと相対して、何のリスクも負わずに勝てると思う程甘い考えは抱いていない。

 死ぬ思いはするだろうが、死ぬつもりは毛頭ない。ゴロウは≪アーク=トリニティ≫の銃身に『鋼』の属性を纏わせ、レイは≪アメノハバキリ≫の刀身に『風』の属性を纏わせる。

 悪魔の軍勢と対峙するという、神話の英雄のような事をやってみせている二人は、その瞬間笑みを伏せ、同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、やっと見つけたわよ。レイ」

 

 

 

 

 

 

 しかし、幸か不幸か、極限まで研ぎ澄まされた感覚が”局地的な危機”を感じ取り、二人は本能に従ってそれぞれ横へと跳ぶ。

 その直後、虹の如く七色に光る幾百、幾千という数の光線が空から飛来し、大樹を守ろうと待ち構えていたイソギンチャクのグリード達を―――一瞬で蒸発させた。

 

「な、何だ⁉」

 

「この出鱈目な攻撃……ちょ、まさか……」

 

 驚愕の色を隠せないゴロウと、嫌な予感を思い浮かべて顔面を蒼白させているレイを他所に一方的な虐殺が続き、数十秒間の轟音と衝撃が止む頃には、グリード達は一体残らず殲滅されていた。

 それに同情するような神経は持ち合わせていないが、流石に圧倒的過ぎる力の奔流を見せられて、呆然とするしかなかった二人の前に、一人の女性が舞い降りる。

 

 鴉の濡れ羽のような艶やかな腰辺りまで伸びた黒髪。外見上の年齢は20代の前半か中盤辺りといったところのその美女は、何故か巫女服の姿で足場が不安定なアスファルトの上に立つ。

 大和撫子という言葉を具現化したかのようなその女性が、しかしその左手に手にしていたのは先端に紫色の宝玉が鎮座する魔導杖(ワンド)。そのアンバランスさに、しかし無秩序さは感じる事ができず、ゴロウは困惑する。

 敵、ではないだろう。だが、味方なのかどうなのかは分からない。しかしレイは、そんな思考を巡らせるゴロウを横目に女性に近寄ると、口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「何でここにいるの? お袋」

 

「街中のグリードを滅殺滅殺してたら自分の息子がピンチだったんだもの。行くでしょう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え? 母親? ちょ、マジで⁉」

 

 言われてみれば瞳の色や全体の雰囲気などが似ているように見えるが、それにしても”親”というには若すぎる。何も知らなければ姉弟にしか見えないのが、正直なところだった。

 そうして先程とは別の意味で呆然としていたゴロウを見やると、その女性は恭しく一礼をした。

 

「あら、レイのお友達ですか? 初めまして。レイの母の天城咲夜(あまぎさくや)と言います」

 

「あ、これはどうもご丁寧に。佐伯吾郎と申します。息子さんにはグリードに殺されかけたところを助けていただきまして……」

 

 丁寧な態度に思わず反射的に礼を返してしまったが、よく考えてみれば未だ大樹のグリードは斃せていない。

 その証拠に、”枝”の部分が怒り狂ったように叩きつけの攻撃を行っていたのだが、サクヤが持つ魔導杖(ワンド)の光に呼応するかのように三人の周囲に張られた薄紫色の結界が、その全てを無効化している。

 やがて安全である事を感じ取ったのか、フタバがゴロウの傍に寄り添った。

 

「まぁ、積もる話はあるでしょうし、私としても色々と説明したいところなのですけれど、まずは―――」

 

 サクヤはそこで言葉を区切って大樹に向き直ると、魔導杖(ワンド)を両手で持ち、高く掲げる。

 

「息子と友達がお世話になったお礼をしなければいけないわね。行くわよ、≪テュルソリア≫」

 

 その言葉と共に宝玉が一際大きく輝き、それを中心に膨大な力が渦を巻く。紫色の光は、やがて九頭の竜を象り、大樹に向かって大牙を剥く。

 

「滅びなさい―――『ナインヒュドラス』」

 

 始まったのは蹂躙。光の頸木から放たれて、紫色の竜は暴食を開始する。

 牙が触れた場所から広範囲の爆発が起こり、それが連鎖的に大樹を抉って行く。”枝”の攻撃などものともせず、螺旋を描くようにして数秒で大樹を覆いつくした。

 そして、緋色に染まる異常な空を嘲笑うかのように撃進の限りを尽くしたそれは、大樹のグリードが崩れ落ち、消滅すると共に霧散して消え失せた。

 

「ん。下級の≪グリムグリード≫ってところだったかしら。何にせよ、貴方達が足止めしておいたお陰で周囲に被害が出なくて助かったわ。ありがとうね」

 

「ちょっと今俺実力差的な何かに打ちのめされてるんだけど」

 

「経験の差よ。こういうものはね。特に私は、一応現役の≪白の巫女≫なんだから」

 

 嫋やかな笑みを浮かべながらさらりととんでもない事を言ってのけるサクヤ。そんな母親を目の前にして、レイはただただ溜息を吐くしかできなかった。

 

「……親父はどうしたんだよ? お袋がいるんなら、親父も同じ事やってそうなモンだと思ったんだが」

 

「あの人は”あそこ”に行ったわ。―――≪神話級グリムグリード≫を斃しにね」

 

 そうして視線を向けた先にあったのは、東亰を覆う緋色の空に浮かび上がった紋様。

 まるで、神が創造した巨人のようにも見えるそれは、まさしくこの大震災を―――否、大災厄を引き起こした元凶の姿だった。

 

「あれは……一体」

 

「…………」

 

 キュッと、フタバがゴロウの服の裾を掴む。

 形容し難い恐怖感からその行動を取った彼女を嗤う者など存在しないだろう。実際ゴロウも、そしてグリードと≪異界≫の存在を知っていたレイですらも、まるで地面に縫い付けられるかのように、その場から動く事ができなかった。

 

「数多の災厄を遍く世界の全てに降り注ぐモノ―――”アレ”の下に行くには、私は力不足だったのよ」

 

 ギリッと、レイが歯軋りをする。

 アレが顕現した所為で、どれだけの人が死んだ? どれだけの人が泣いた? どれだけの人が、大切なものを喪った?

 その理不尽が、大自然が引き起こしたものではなく≪異界≫の存在が撒き散らしたモノならば、”どうにかできたのではないか?”と、そう思ってしまう。

 強ければ、自分がもっと強ければ、可能性として潰しきる事ができたかもしれないのに、と。

 

 恋人の背を支えながら、ゴロウは空を睨み付ける。

 運が悪ければ、この日、彼は一番大切なものを喪うところだった。

 自分が愛すると決め、自分を愛してくれると言ってくれた唯一無二の存在を、喪うところだったのだ。

 恐らく、自分は幸運だ。人としての生き方を、踏み外さずに済んだのだから。

だが、その生き方を見失った人は多いだろう。悲嘆と怨嗟に暮れて、自分自身を見失った被害者に対して、悼む言葉を送るしかできないのが悔しくて堪らない。

 

 

「なぁ、ゴロウ」

 

「なんだ、レイ」

 

 そんな想いを胸に抱えて、若き≪適格者≫の二人は互いの目を見据える。

 無力さを知った。力不足を知った。今の自分達では手も足も出ない領域で、足掻く事すらできなかった自分達を恥じた。

 恋人をかばって命を落としかねなかった気丈な女性を助ける事には成功した。それで充分だ。彼らにとって、それは確かに”成し遂げた”証だった。

 ならばそれは、最初の一歩に過ぎない。

 強くなるための道程の、スタートラインに立ったに過ぎないのだから。

 

「俺は本格的に”裏”に踏み込む。……お前はどうする?」

 

 生まれが特異なレイとは違い、ゴロウは正真正銘の一般人だ。

 聞けば、実家が貧しくて国立大学を受験した身の上だという。フタバも同じ境遇らしい。

 なら、”裏”に関わって命を落とすような生き方はしてはならないだろう。出来る事なら、恋人と共に普通に生きる人生を送る事が好ましい。

 レイは、今日であったばかりの友人に対して本気でそう思っていたし、彼が”表”で生きることを決めたのなら、二度と二人が≪異界≫関連の事件に巻き込まれる事がないように最大限配慮するつもりだった。

 しかしゴロウは、フタバと顔を合わせて頷き合うと、それに対する答えを出す。

 

「愚問だな。放っておけるわけないだろう。関わるなと言っても関わるからな」

 

「ゴロウちゃんは一度決めたら頑固なところがあるから。でも大丈夫。私がちゃんと見張っておくから」

 

 ボロボロの体と顔でそうハッキリと言い切ったゴロウに向けて、レイは笑顔で拳を突き出す。ゴロウも、その意図を理解して拳を合わせた。

 

「んじゃあ、お互い後悔しないように強くなるとしようぜ」

 

「あぁ」

 

 そんな男の友情が結ばれた瞬間をニコニコと微笑ましく見守っていたサクヤの近くに、ボロボロの国道を爆走して来た一台の車が停車する。

 運転席から出て来たのは、黒服とサングラスを掛けた、如何にも一般人には見えない男性。しかしその人物は、カグヤとレイ達に対して、恭しく頭を下げた。

 

「それじゃあ、こんな場所で立ち話も何だし、場所を移しましょうか。ゴロウ君も、ちゃんと治療しなきゃいけない傷があるみたいだしね」

 

「あ……」

 

 他人から言われてそれを自覚した瞬間、腹部から激痛が走った。

 レイに応急処置をしてもらって今まで来てたものの、アドレナリンが大量に分泌されていたせいで気付かなかった本来の痛みが、今ここにきて復活したのだ。

 痛みに顔を歪めるゴロウと、それを支えるフタバ。レイはゴロウに肩を貸し、そのまま車の後部座席へと座らせた。

 

「おう、しっかりしろや親友」

 

「そうは言ってもなぁ。今まで生きていたのが奇跡みたいに痛いんだぞ……ってイタタ」

 

「そうか、まぁ仕方ないよなぁ。―――んじゃ、そんなお前に朗報をやろう」

 

 脂汗を浮かべながら見上げるゴロウに対して、レイは努めて明るく、恐らく事実になるであろうことを告げた。

 

 

「喜べ。大学入学前に就職内定が決まったぞ。俺ら」

 

 座席の真正面のシートにプリントされていたのは、歯車のような形の縁の中央にZのアルファベットが入った青いマーク。

 

 それが指し示すのは、70年前の技術革命以降、世界の経済・産業を主導して来た12の巨大企業連合に所属しているという証。

 それをゴロウが理解するのは、まだもう少し後の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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