英雄伝説 斬の軌跡(凍結)   作:玄武Σ

11 / 38
今度はいろんなところで色んな動きが出る話です。


第9話 動き出す者達・運命の時

北方異民族

帝国と敵対する異民族の中でも最大勢力とされており、自国に設けた城塞都市を拠点に帝国への進行を勧めていた。そんな北方異民族の国に、一人の英雄的人物がいた。

ヌマ・セイカという異民族の王子で、槍を持てば全戦全勝と言われる武力と、凄まじい軍略を併せ持ち、”北の勇者”の異名で知られる男だった。

過去に滅ぼされた南西の異民族も、かつては天候や地の利、現地に生息する危険種を武器にわずか一万の軍勢で帝国側の十二万という軍勢を迎撃したという。しかし、当時帝国の将軍だったナジェンダと現在帝国最強と言われる女将軍エスデスが派遣され、見事南部異民族の壊滅と制圧に成功した。そんな武勲からエスデスは、この北方異民族の制圧に少数精鋭の部下を率いて出撃していった。

余談だが、ナイトレイドはこの制圧に一年かかると予測していたのだが……

 

 

 

「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」」」」」

 

武装した数百の戦士達と、彼らによって調教された特級以上の危険種の大群が、たった一人の人物に襲い掛かる。その人物は女性で、腰まで伸ばした青白い色の髪と、身長170セルジュと女性としては長身に部類される、かなりの美人だった。しかし、この危機的状況でありながら女性は笑みを浮かべていた。

それも、とびきりサディスティックな笑みを。

 

 

 

 

 

「その程度か?」

 

女性が呟くと同時に、虚空から氷の塊が無数に出現して迫りくる大軍勢に跳んでいったのだ。そして氷塊は立て続けに出現し、そのまま戦士にも危険種にも絶え間なくぶつけられていき、そのまま絶命していった。

さらに近くにあった砦が投石器で女性を目掛けて岩を飛ばすが、それがたいして飛ばないうちに、突如上空に出現した砦の大きさを上回る巨大な氷塊に押しつぶされてしまう。

その女性はそのまま辺りを見回したかと思うと、地面に手をつき始めた。何事かと思ったその時、今度は地面から特大サイズの氷柱が無数に生えていき、遠方にある砦に先程落とした氷塊と同じ大きさの氷柱が生えてきたのだ。

しかしその隙をついて、背後から別の異民族兵達と危険種の大群が女性に襲い来る。

 

「おらぁあ、経験値をよこしやがれぇえ!!」

 

男の怒号が聞こえたかと思いきや、何かが飛んできて危険種達の体を立て続けに両断していく。投げられたそれが投げた本人と思われる白目の大男の手元に戻ったかと思うと、それが手斧だということが判明。威力と言い自動で戻ってきた特性と言い、帝具と思われた。

更にどこかから笛の音色が響いたかと思いきや、いきなり異民族兵達の目がうつろになり、そのまま膝をついてしまう。そしてその隙を突かんとばかりに、大きな水の塊が飛んできたかと思うと、巨大な竜の形になって異民族兵達を飲み込んだ。

 

「エスデス様、敵の撃破に成功しました」

 

低い男性の声が聞こえたかと思うと、声の主と思われる白髪と髭の男と、笛を演奏していたらしい小柄な少年の二人組が近寄ってくる。笛も水も、恐らくは女の氷の力も帝具によるものと思われるが、そのいずれもが大軍戦で真価を発揮する帝具のようだ。

 

「エスデス様、わざわざ俺達に経験値を回してもらってありがたいです」

「まあな。本来、私一人でも充分なんだがお前らも暴れたいだろうと思ったんでな」

 

斧の帝具を持っていた大男によるとこの女、わざと味方に戦わせるために仕向けたというのだ。つまり、一国を相手に一人で攻められるだけの武力を持っていたという。

 

そんな彼女こそが帝国最強の将軍エスデス、そして三人の男は直属の配下である三獣士であった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「以上で映像は終わりです。これ以上は巻き添えを喰らいかねないとして、撤退せざるを得ませんでした」

 

ザンクが死んでから三日後、リィン達はケビンがこの大陸に来る際に乗ってきた飛行艇”守護騎士専用作戦艇メルカバ”を尋ねていた。目的はアルティナが撮影したという、エスデスとその配下の戦闘映像を見る為だ。映像を見たリィン達は、戦慄していた。

元々帝具という規格外の力を、ここに来てから何度も目の当たりにしてきた。

掠り傷でも相手を呪い殺す村雨、身体能力を強化する鎧インクルシオ、頑丈な上に束ねて他の武器を作るなどの応用力がある糸クローステール、相手の心を読んだり幻を見せたりするスペクテッド。

しかし、このエスデスと配下たちは帝具の性能も練度もすさまじい物だった。大型の危険種も両断する斧に精神に干渉する音色の笛、水を自在に操る何かと氷を操る何か。特にエスデスが使っていた氷の力は、数の差も防御も全くの無意味とする圧倒的な攻撃力を見せつけていた。氷柱が生えてきた際、遠目だったので黒い点に見えていたが氷柱の中には城塞内にいた異民族たちと思われる異民族たちが閉じ込められていたのだ。これでは戦車や機甲兵をぶつけようと、中に乗っている人間ごと氷漬けにされるという危険性も見られる。エスデスが偶々驚異的なレベルに使いこなした所為という線もあるが、それでも何もないところに氷を生成して設置するという能力は、奇襲にも使える為、充分強力だ。

 

「……これは、流石に強すぎじゃないか?」

「うん。レーヴェとかワイスマンがかすんで見えるわね」

「ああ。少なくとも人の域を超えた、鋼の聖女クラスには達しているだろうな」

 

エスデスのあまりにも規格外すぎる強さに、リィンもエステルもロイドも驚愕していた。

 

「これがつい最近のことなら、エスデスって人も近い内に帝都に来てしまうわね」

「もしも目を付けられたら、私達が全滅させられそうで怖いわ」

 

アリサもエリィも、近い内にこのエスデスと対面しかねないことに戦慄を覚える。しかしそんな中、ヨシュアはあることが気になりケビンに問いかけた。

 

「そういえば、他のみんながいないみたいだけど、ケビンさんは何か聞いてませんか?」

「ああ。帝都の全容を把握できていないってことで、ミリアムって子の案内で帝都の見回りに行ったで」

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「そういえば、わたし達ってちゃんとこの帝都を見て回ったことないんですよね」

「ああ。ここに来てから、何かしらの事件が毎回起こっているからな」

「おかげで、先に来てた俺らでさえ帝都の全容を把握できていないんだな。フィーとか情報局組は、あちこち飛び回ってるようだから別みたいだが」

「だから、街の見回りでミリアムちゃんが案内役なんですね」

 

帝都のスラム街を、ノエル、ガイウス、ジン、エマが会話しながら歩いている。エマが言うように、帝都の全容を把握できていないメンバーの為にミリアムが案内を買って出ていたのだ。

ミリアムやレクターは帝都のあちこちを歩き回っていたようで、市場の人々とも面識があるようだ。そして、そんな人々は貧困層ながら他の帝都市民よりも生き生きしている印象があった。

 

「この街って、あんな頭のおかしい悪者がいなくても、大臣が重税を敷いているせいで貧乏が多くて苦しいみたいなんだよね。だからレクター曰く、もともとそういう人が多いスラムだと、住民が自然とたくましくなってるみたい」

「なるほど。いわゆる雑草根性ってやつか」

 

ミリアムからその意味を聞いて納得するジン。そんな中、正面から誰かが走ってくるのが見えた。

 

「あれ? あの人って……」

「確か、ナイトレイドの……」

 

走ってきたのは金髪女性で、複数人の男達に追われている。ガイウスの言う通り、彼女はナイトレイドのレオーネだった。

 

「お。お前ら、リィン達の仲間の。すまないけど、あいつら撒くの手伝って!」

「え、ちょ……」

 

そのままレオーネがすぐ隣に来ると、彼女を追っていた男達も目前に迫っていたため、自然と一緒に逃げる形になってしまった。

 

「あの、これって一体!?」

「いや~、呑み屋のつけを払えってうるさくてさ」

「つまり、原因はあなたじゃないですか!」

 

ノエルが追われる理由を聞くと、完全にレオーネ自身に原因があった。そのため、ついツッコみ返してしまう。

しかし、現在進行形で一緒に追われてしまっているため、無下にすることも出来なかった。

 

「仕方ないなぁ。レクターならここで恩売りそうだから、ボクが助けてあげるよ。ガーちゃん」

 

すると、ミリアムがそんなことを言ってアガートラムを呼び出す。そして、その片腕に飛び乗ってそのまま腰かけた。

 

「ガーちゃん、そのお姉さんも一緒にお願い」

「子供だけじゃ心配だから、俺も行くぜ」

 

そのままレオーネをアガートラムに掴まらせ、ジンも飛び乗って一気に上昇していく。

 

「あの、ジンさん!?」

「すまないな。俺らはこいつと話したいことがあるから、いったん外れる! 合流出来そうになったら連絡を入れるから、それまで待ってくれ!!」

 

ノエルの反応を他所に、ミリアムに付いて行ってしまうジン。そのまま小さくなっていき、やがて見えなくなった。

 

「さて。このままじゃ俺達が彼女のつけを払うことになるだろうから、逃げた方がよさそうだな」

「ガイウスさん、何を冷静に分析してるんですか!?」

「けど言う通りだから、早くいきましょう!!」

 

普段ツッコミなんてしないであろうエマだが、状況が状況だけに取り乱しているのだろう。しかし今はノエルの言う通り、逃げるのに専念するべきだろう。

 

暫くして……

 

「ぜぇ、ぜぇ……ここまで来れば大丈夫、ですよね?」

「ああ。彼らの物と思しき気配は、もう感じられない」

「そう、ですか……よかった……」

「あんた達、よく逃げられたわね」

 

どうにか追っ手を撒いた三人に、いつの間にか合流したセリーヌが声をかける。遊牧民出身で高原育ちのガイウスは一番体力があり、逆に後衛ポジションのエマは一番体力がないようだ。しかし相当な距離を走ったのか、ガイウス同様に前線での戦闘になれているであろうノエルまで息切れしている。

そして現在、逃げ切ったはいいが新たな問題が発生していた。

 

「迷いましたね。明らかに……」

「ヘイムダルと同等の広さの街だそうだからな。闇雲に走っては迷うのは当然だろう」

 

まだ三人とも帝都の全容を把握できていないのが、ここで災いしてしまった。どうしようかと途方に暮れていたその時だった。

 

「どうかしましたか?」

 

いきなり三人+一匹に声をかける人物が現れたが、それは帝都警備隊の制服であるプレートメイルを纏った女性だった。ポニーテールにまとめた茶髪に活発そうな表情の女性で、どこか活力にあふれた印象だ。更にそれ以上に目を引く物が、彼女の足元にいた。見た目は犬のぬいぐるみなのだが、何とそれが生きて動いていたのだ。

色々と気になることがあったが、道に迷った三人は渡りに船と思い相談に乗ることにした。

 

「それが、道に迷ってしまったんです。まだ帝都に来て間もないので、慣れていないんです」

「ああ、そういうことですか! せっかくですから、案内してあげますね」

 

そのままノエルが代表して話をすると、女性は案内を買ってくれた。

 

「それで、何処までお連れしましょうか?」

「大通りにさえ出れたら、後は何とかなります。だから、大通りまでで」

「わかりました。それじゃあ、案内しますね」

 

そのまま女性に案内され、ノエル達は帰ることが出来そうと安心するのだった。

 

「ところで、女の人みたいですけどその恰好は警備隊員のですよね?」

「ということは、ここの警備隊は女性でも入れるのだな」

「おっと。私としたことが、自己紹介を忘れてました」

 

エマとガイウスに声を掛けられた女性は、案内を中断して向き合いながら敬礼して自己紹介を始める。

 

「帝都警備隊所属、セリュー・ユビキタスです! こちらは私の帝具”魔獣変化”ヘカトンケイルで、私はコロという愛称を付けています」

「キュキュー!」

 

女性、セリューは声高々に自己紹介をするが、そこで聞き捨てならない単語が聞こえたので一同が反応する。

 

「ええ!? 帝具は話に聞いてますけど、これがそうなんですか!?」

「はい。生物型帝具という分類に入りまして、適合者の指示に従って独自で行動する帝具なんです」

 

驚愕するノエルに対し、セリューは嫌な顔一つせずに丁寧に説明する。

 

「このコロちゃんはとりあえず凄いとして、やっぱり同業者だったんですね」

「同業者、ですか?」

「はい。私も旅行でここに来てるんですが、向こうでも警備隊に属しているんです」

 

そしてノエルは、セリューに倣って敬礼しながら自己紹介を返した。

 

「クロスベル独立国警備隊所属の、ノエル・シーカー少尉といいます。以後、お見知りおきを」

「エマ・ミルスティンといいます。ノエルさんとはこの旅行で親しくなりました。足元の猫は飼い猫のセリーヌと言います」

「同じくガイウス・ウォーゼルだ。よろしく頼む」

 

そのままエマとガイウスも、ノエルに倣って一緒に自己紹介をする。そして大通りに案内してもらう道すがら、一行は話し込んでいた。

 

「なるほど。セリューさんもお父さんに憧れて警備隊に入ったんですね」

「ということは、ノエルさんも?」

「はい。クロスベルが国になる前の自治州だったころ、領土にしようとしていた二つの国の陰謀で、事故死に見せられて殺されたんです」

 

その最後故、ノエルは父の死に目に合えていない。しかし、それでもまっすぐな彼女は思った。

 

「それでそんな歪みの中でもクロスベルを守りたいという一心で、私は警備隊に入りました。母も父の二の舞を恐れていましたが、今ではクロスベルも国として独立できたので安心です」

「そうですか。良かったですね……」

 

そんな中でセリューは、どこか嬉しそうな表情をしている。そしてセリューも自身の身の上を話し始めた。

 

「私の父も殉職しましたが、そんな複雑なものじゃなくて堂々と賊に殺されました。それで、父は最期に『正義は決して悪に屈してはいけない』と、私に伝えたんです。だから、私も警備隊に入って正義を執行しようと決意しました」

 

そんな中、セリューが話し始めた内容は自分達にとっても身近なものだった。

 

「実は最近、私のいた隊で隊長だったオーガという人が悪人だったということが分かったんです」

 

セリューの口からオーガの名前が出てきたことに、ノエル達はつい反応しそうになるも堪える。

 

「オーガは私の格闘技の師匠でもあって、面倒見のいい尊敬できる隊長だったんです。それがまさか、悪に染まっていたなんて……」

 

顔を伏せながらセリューは拳を握った。相当強い怒りや憎悪を持っていたようで、爪が手の平に食い込んで血がにじんでいるのが見えた。

 

「けど、別の隊で隊長をしていた方がとある民間人の協力で、オーガを逮捕したので、そのうち極刑は確実ですね。それで、私は思いました」

 

しかし顔を上げると、それまでに負の感情を抑えたのか何かを決意したような表情となっていた。

 

「誰がいつ悪に染まるかわからない。だから、それがどれだけ強くても信頼できる人でも、私は正義を執行できるようになろうと決意しました」

「……セリューさん、立派です」

 

セリューのその決意を聞き、ノエルは称賛の言葉を贈る。

 

「私も、向こうで自分の正義を貫くために精進しますから、お互い頑張りましょう」

「ですね! あ、そろそろ大通りです」

 

そうして大通りに出た一行。

 

「それじゃあ、私は次の仕事があるのでこれで」

「はい。ありがとうございます」

 

そうして、ノエル達はセリューと別れた。そして走り去る彼女とコロの背を見送り、見えなくなったところで三人は大通りを通って帝都を出るのだった。

 

 

 

しかし、ノエルとセリューは後に思わぬ形で再会することとなる。

 

 

その頃、レオーネに同行したジンとミリアムはというと

 

「おっさん、強いねぇ! それ、アタシでも飲めないのに」

「なに。リベールにはもっと強い、それこそウワバミ通り越してザルクラスの人もいるくらいだぜ」

 

何故か酒場で二人して飲んだくれており、ミリアムはその様子を面白半分で見ている。しかし、いい加減本題に入らないといけないと思ったようで話を促した。

 

「ねえ、流石にそろそろ話に入ってもいいんじゃないかな?」

「おっと、そうだったな。けど、流石に革命軍の全容とかは話せないぜ?」

「ああ、そう言うのはいいんだよ。俺は民間組織の人間だから、政府や反政府の実情はどうだっていいんだ。ただ、あんた達個人についていろいろ気になったんだよ」

 

ジンがそう切り出し、話が始まった。

 

「まずはこの間フィー、ウチの仲間でちっこいのがザンクってのと戦ったんだが……」

「ああ、アカメから聞いたよ。まあ、帝具は帝国側に渡さなければ破壊ってのはアタシらも考えてるから、異存はないぜ」

「それを聞いて安心した。下手して革命軍全てを相手にするのは、俺らとしても避けたいからな。で、次なんだが……」

 

とりあえず帝国側は別として、革命軍は帝具の破壊についてある程度認めているようなので安心する。しかし、次の話が本題だった。

 

「ザンクって悪党に改心の余地があったのにアカメに殺されちまったって、そのフィーやヨシュアが悲しそうに言っててな。で、流石に全員に聞く余裕はないから、あんたにだけ聞く。もしも帝都を腐らせる外道の中に、すぐにでも殺さないといけないが改心の余地がある奴がいたら、どうする?」

 

その話題を口にした後、ジンは続いた。

 

「俺は活人の拳を修めた身としても、遊撃士としてもそう言う人間は法の下に捕えて改心を促すつもりだし、留守番してる仲間達も同じだ。けど、あんたらはどうなんだ? この国の状況からしたら余裕がないかもしれないが、そう言う人間にも悲しむ奴はいるかもしれない。そう言うことは考えたことあるのか?」

 

そんな問いかけに対し、レオーネはというと

 

 

 

 

 

 

 

「……考えなくもないかな。でも、さっきアンタも言ったように帝国にそんな余裕ないから、あたし等みたいなロクデナシが報いを受ける覚悟で殺す。そっちを優先するように踏ん切りも付けちまったよ」

 

返事を返した後、レオーネは自嘲気味に身の上話を始める。

 

「それに、アタシがナイトレイド入りしたのも馬でスラムの子供踏みつぶして遊ぶ外道を、偶々闇市で手に入れた帝具でぶっ殺したのがきっかけだ。外道相手でも感情に従って殺った以上、もうそれしか選べないのかもな」

 

レオーネの帝具”百獣王化”ライオネル。ベルト型の帝具で装着者の身体能力と五感を強化し、野生の勘をも身につける帝具だ。戦闘時にレオーネは獅子を思わせる耳や手足を手にするのは、この強化の影響によるものだった。

裏に流れていたこの帝具を手にした、腐った国に生まれて正義感を持ってしまった、そんな偶然が重なってしまったが故の選択だった。

 

「そうか。なら、俺からは何も言わない。手間を取らせた詫びに、俺が奢っておく」

「すまないね。まあここはその恩を買ってやるよ」

 

そして、そのままジンは代金を置き、ミリアムを連れて店を出た。そしてノエル達に先に帝都を出るように連絡を入れ、自分達もアガートラムで空から帝都を出るのだった。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

同時刻、帝国の宮殿・謁見の間にて

 

「申し上げます。ナカキド将軍、ヘミ将軍の両将軍が離反、反乱軍に合流した模様です!!」

「戦上手のナカキド将軍が……」

「反乱軍が恐るべき勢力に育っているぞ……」

「早く手を打たねば帝国は……」

 

謁見の間を訪れた兵士の言葉を聞き、控えていた文官たちが狼狽えている。彼らが大臣派なのか政治で対抗しようとする良識派なのかは不明だが、どちらも帝国を一度破壊して作り直そうとする革命軍を快く思っていないのだろう。

 

「狼狽えるでない!」

 

そんな中、玉座に座っていた少年が片手でマントを翻しながら告げた。この少年こそがこの国の現皇帝である。

 

「所詮は南端にある勢力……いつでも対応出来る! 反乱分子は集めるだけ集めて掃除した方が効率が良い!!」

 

幼いながらに凛とした物言いで告げる皇帝。その姿には強いカリスマ性が垣間見えた。

 

「……で、良いのであろう大臣?」

「ヌフフ……さすがわ陛下。落ちついたモノでございます」

 

かと思いきや、玉座の傍に控えていた男に問いかけると肯定する。謁見の間という格式のある場所で、周りの目も気にせず大きな焼いた肉を手づかみで食べる男は、白髪に髭の初老の男性だが病気一歩手前と言えるほどにまで肥え膨れた体をしている。

この男こそが、帝国の腐敗のを増長させる元凶”オネスト大臣”その人だった。

 

「遠くの反乱軍より近くの賊、そして正体不明の不穏分子、これらの問題を優先すべきです……オーガ警備隊長を始めとし何故か逮捕され続ける有力者たちやナイトレイドに暗殺された我が遠縁イオカル、そして持っていた帝具を壊されたまま行方をくらました首切りザンク、しかも壊したのがそのどちらかなのか不明……我々はまさにやられたい放題! 私の体重も悲しみで増えてしまいます!!」

 

そのまま声を荒げながら再び肉に齧りつき、大臣は堂々と叫んだ。普通に考えれば喰いすぎで太るということになるが、この場合は悲しみを誤魔化すために空から体重が増えると言いたいのだろうか?

そんな中で、大臣は持っていた肉を食い尽くした後である答えを出す。

 

「……エスデス将軍を呼び戻しましょう」

「!? しかし、帝都にはブドー大将軍がおりますでしょう!!」

 

大臣のその選択に、文官の一人が真っ先に異を唱える。やはり味方側でもエスデスの所業は恐ろしいことこの上ないのだろう。もう一人の最強であるブドー大将軍を引き合いにした辺り、必死なのが伺えた。

 

「大将軍が賊狩りなど、彼のプライドが許しないでしょう」

 

しかし、大臣も政治の顕現を掌握している辺り、軍の最高責任者であるブドーの人柄を把握しているようでそれを引き合いに打ち消してしまう。

 

「エスデスか……ブドーと並ぶ英傑の彼女なら、安心だな」

「ええ。異民族四十万人を生き埋め処刑した、氷の女ですからな」

 

皇帝もこの選択に異は唱えていないが、大臣の言葉からエスデスの強さと残虐性の異常な高さを聞いても顔色を変えない辺り、何かの感覚がマヒしているのかもしれない。大臣としても傀儡にするにはちょうどいいのだろう。

 

「もはや生死は問わず、一匹でも多くの賊を捕えて始末するのです!!」

 

最後に大臣が拳を握り、憤怒の表情を浮かべて宣言した。リィン達も、この国の戦力と本格的にぶつかり合う時が近いのかもしれない。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

エスデスが去った後の北方異民族の城塞都市。

 

「戦は常に非常。しかし、それでもこれは許容しかねません」

 

辺りが凍り付き、地面から生き埋めにされた異民族たちの手が這いだそうとして息絶え、そのままこと切れている。そんな中にいる一人の人物がいた。

それは、一人の女騎士だった。それまで被っていたと思われる兜を手に持ち、全身に甲冑を纏った端正な顔立ちの美女だった。腰まで届く長さの金髪と、地面に届く長さのマントを風になびかせ、廃墟と化した城塞都市に物憂げな顔で佇んでいる。

そんな中で、女騎士は男性の死体を発見した。彼は全裸に剥がれたまま首をへし折られて死んでおり、何故か顔は恍惚とした表情を浮かべている。

 

「この者が北の勇者ヌマ・セイカ。例の将軍とやらに犬に調教されたわけですか。……なんと惨い」

 

ヌマ・セイカの亡骸を目撃した女騎士は、次第に表情を怒りに変えていく。するといきなり、虚空から巨大な馬上槍が出現し、それを右手に取ったかと思いきやそれで地面を大きく抉る。そしてそこに、ヌマ・セイカの亡骸を埋めて簡素な墓石を備えた。

 

「安心しなさい。我が盟主と我ら使徒、そして執行者たちが帝国の脅威を退け、貴公の不安を取り除くでしょう。ですから、空の女神(エイドス)の下で安らかにお眠りなさい」

 

それだけ伝えると、兜をかぶってその場を去っていった。

 

 

同時刻、ハーメル村にて

 

「レーヴェ、盟主からの許可が下りた。故に、貴方の剣を持って行かせてもらう。ここに眠る家族や恋人も、彼の力を使うことを許してくれ」

 

ハーメル村の悲劇で死んだ村民たちの慰霊碑。その前に供えられた一振りの剣を、金髪の青年が手に取る。かつてヨシュアと共に身喰らう蛇の執行者として属していた、No.II 剣帝レオンハルトの操っていた魔剣ケルンバイターであった。レーヴェはエステル達が解決した事件”リベールの異変”にて、首謀者だった使徒がハーメル村の悲劇の真の黒幕であったことに気づき、ヨシュアを救うためと亡き幼馴染カレン達の無念を晴らそうとその使徒に仇なし、そのまま亡くなった。ケルンバイターはヨシュアに回収され、ここに亡骸代わりに納められたのだった。

 

「しかし、律儀なもんだな。レーヴェの阿呆とその家族に、わざわざ挨拶をしに来るなんざ」

 

そんな青年に付き添っていたのは、浅黄色の髪で眼鏡をかけた気怠そうな青年で、胸元を肌蹴たシャツの上に赤いコートを着ている。レーヴェと面識がある様子から、二人揃って身喰らう蛇の関係者だというのが見て取れた。

 

「あの人は俺の命の恩人にして、剣の師だ。故に、この程度の礼儀は当然だ」

「そーいや、そうだったな。任務で隣の大陸に行ったら、血だらけで崩れた遺跡に埋もれてたのを阿呆が見つけて、そのまま救出した」

「あの後、俺は盟主から自分の国の腐敗具合をこれでもかというほど教えられ、執行者候補としてレーヴェに鍛えられた。それで、彼の亡き後に特例で彼のナンバーを継ぐことになった。……せめて、剣の腕を超えてからナンバーとケルンバイターを継ぎたかったんだが、贅沢も言ってられない」

 

男の発言から、どうやら帝国の出身らしく、国の腐敗を知らずに利用されていた過去があるようだ。

 

「……死んでいった雑魚どもの為にも、俺は帝国を潰す。革命軍でも帝国軍でもなく、身喰らう蛇として」

 

着実に、運命は動きつつあった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。