タツミとサヨがルーレで新武器とARCUSを手に入れてから三日後、今度は帝都ヘイムダルにやって来た。
エレボニア帝国の首都であると同時に、ゼムリア大陸で最大級の規模を誇る都市としても知られている。人口もそれに合わせて80万という物だ。緋色のレンガを基調にした建物が立ち並ぶ美しい街並みで、歴史的な建造物も数多く存在している。導力革命による近代化の煽りを受けて、帝国全土に張り巡らされた鉄道網が帝都に集まり、街にもトラムという路面鉄道が走っている。面積だけで言えばタツミたちのいた帝国の帝都に匹敵するだろうが、街の様相や住民の活気を考えると、発展度合いはこちらの方が上と思われる。
「ほげぇ……凄い街だなぁ」
「タツミ、バカ丸出しだからやめて」
「俺からも言っておく。マジでバカに見えるからうぜぇよ」
ヘイムダルのあまりの発展度合いに、タツミはつい間抜けな声を出してしまう。あまりにも間抜けすぎる様子に、サヨだけでなくアガットまで辛辣な返事を返した。
「でもよサヨ、ここスゲェよ。車も人もスゲェ多いし、向こうの帝都とは違った活気があるし……とにかく、スゲェ街なんだよ」
「わかったから、さっさと行くよ。魔獣退治の依頼の話を聞いて、その依頼の後は筆記試験もあるんだから」
クロスベルの解放後、帝国政府は内戦の発生などの災難に見舞われたため、不測の事態に備えてレグラム以外の遊撃士協会支部を、帝国内で再開することを認めていた。しかし、鉄血宰相オズボーンがなかなか首を縦に振らず、帝都ヘイムダルとバリアハートのみで再会する形となった。
ヘイムダルは首都として、バリアハートは領主であるアルバレア侯爵家の長男がオズボーンの精鋭”
今回はそんな形で再開された、帝都支部で筆記試験を行うことになったのだった。しかし、その前にシェラザード達が受けた地下水道の魔獣討伐に参加、A級遊撃士である二人の戦闘分析及び、指南を受けることとなった。
ちなみに、サラとトヴァルは試験の準備のために支部に向かっていた。
~ヘイムダル・地下水道~
「街の地下にこんな空間があるなんて……」
「下水道っつって、掃除や排泄に使われた水を街の外に流すための施設だな。基本的に中世からある大都市の設備だな」
「案外、貴方達の帝都にもあったりするかもね」
田舎の村出身であるタツミたちにとって、都市の地下に作られた水道はそれそのものが珍しかったのだった。
「お、早速出て来たな」
そんな地下水道をいくらか進むと、アガットが視線の先に目当ての手配魔獣を発見した。巨大なスライム状の体に触角を生やした奇怪な生物で、その周囲に黒い色で小型の個体が複数いた。
それぞれ、ビッグドローメとブラックドローメという魔獣だ。そのスライム状の体には、打撃攻撃を始めとした物理攻撃が効きづらいという特性があり、アーツを攻撃のメインにすると戦いやすい。ちなみに、体を構成するゼラチン質の成分は食用にもなる。
「うわぁ……魔獣って危険種よりも変なのいるけどこれは」
「うん。一応調べはしたけど、実物は流石にあれだね……」
タツミとサヨは戦闘手帳をサラ達から借りて魔獣の特性や容姿についても勉強したが、流石にこれはビックリだ。名前通り飛行能力を持った猫の”トビネコ”、拳法家の羊型獣人”ヒツジン”、竹を鈍器代わりに攻撃に用いる”ササパンダー”など、危険種と違い滑稽な名前や容姿の生物が多かったので、最初に見たときはつい固まってしまったのだ。
「この魔獣はアーツ、特に火属性に弱いからそれを攻撃の主体にするとやりやすいわ」
「後、物理攻撃だと斬撃主体に弱いから、タツミや俺が適任だな」
「なるほど。それじゃあ、私とシェラザードさんがアーツの準備をして、タツミとアガットさんが崩しに行けば……」
「察しがいいな。それじゃあタツミ、先手は譲る」
「わかりました!」
そしてタツミが取り出した、自前とイエヤスの形見の二振りの剣。その刀身は、たまたま工科大学がサンプルとして採取したゼムリアストーン、それが余っていたため強化に使用、独特の美しい輝きを発した刃となっていた。しかし、改造はこれだけではなかったのだ。
「行くぜ……ブレードスロー!」
なんと剣の柄同士を連結したかと思うと、それをビッグドローメに目掛けて投げたのだ。これは今は亡きクロウが使っていた、
「今だ、サヨ!」
「オッケー!」
そして体勢の崩れたビッグドローメに、サヨが追撃の為に矢を射る。ダメージは薄かったが、サヨがARCUSにアーツ耐性を下げる効果のあるクオーツを取り付けたため、矢にその効果が反映されていた。
しかし、ビッグドローメも反撃しようとアーツを発動しようとする。魔獣は七曜石を体内に取り込む習性があり、その影響かアーツを使える種類が存在し、ドローメ型の魔獣も該当していた。しかしその攻撃は、未然に阻止されることとなる。
「させるか! ドラグナーエッジ!!」
アガットが技名を叫びながら重剣を地面に振り下ろすと、そのまま衝撃波が地面に沿って一直線に放たれ、その延長線上にいたビッグドローメと何大火のブラックドローメに命中した。すると、アガットの攻撃を受けたドローメがアーツの発動を中断してしまったのだ。
「これでも喰らえ! ヴォルカンレイン!」
「続けて、サウザンドノヴァ!」
そしてその隙にシェラザードとサヨがAECUSの駆動を完了し、アーツを発動する。サヨの発動したアーツは虚空から無数の火炎弾を降らせて、周りのブラックドローメ達にもダメージを与える。そしてシェラザードはブラックドローメの足元に魔方陣を展開、そこから火柱を無数に発して大爆発を起こした。
アーツ耐性を削られた上に弱点属性のアーツで立て続けに喰らい、ビッグドローメはそのまま絶命した。
「よし。後は、周りの雑魚どもを蹴散らせば、依頼達成だな」
「それじゃ、一気にたたみかけるわよ!」
アガットとサヨが声を上げ、一同は残ったブラックドローメの群れに立ち向かっていく。
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その日の夕方、魔獣討伐とその後の筆記試験を終えて……
「もう残すは、明日の実技試験だけね」
「……燃え尽きたぜ」
試験会場から出てきたタツミとサヨだったが、伸びをしながら充実感のある表情を浮かべるサヨに対して、タツミは魔獣討伐後よりも疲れている様子だった。やはり体育会系のタツミでは、頭を使うことには慣れていないのだろう。後はこの試験と明日の実技試験の結果を合わせ、合格判定が出たら二人は晴れて準遊撃士になるというわけだ。
「タツミ、そんな調子で明日の実技試験を突破できるの?」
「いや、それは大丈夫。頭使うのに慣れてないだけだから」
タツミはサヨと会話を交わしながら、今日の宿泊先へと向かう。
「そういや、サラさんって最年少でA級遊撃士になったらしいんだよな」
「うん。で、私達も年齢的に近いからトヴァルさんもそれに次ぐんじゃないかって、驚いてたわね」
「最低でも準遊撃士になれば、サラさん達はまた帝国に戻してくれるかもって言ってたしな。気合い入れていくか!」
タツミはすぐにでもリィン達の手伝いに入れるかもということで、先程まで燃え尽きていたのが嘘のように元気になっている。恩人の手助けと、自分達のいた国の危機を救う、これを成し得ることもすぐに可能と思えば当然だろう。
「やっぱり貴方達、素質あるわね。それに、その気概も嫌いじゃないわね」
そんな中、いきなり何処からか艶っぽい女性の声が聞こえた。タツミもサヨも得体のしれない物を感じ取り、辺りを見回して声の主を探すが何処にもいない。
「はいはい。すぐに出てくるから待ってて」
その直後、先程まで感じられなかった人の気配がしたためその方を振り向く。
「あ、貴方は一体……」
そこにいたのは、一人の女性だった。腰まで届く長さの灰色の髪で、妖美な雰囲気を纏った美女だ。裾の長さが地面まである青いドレスを纏い、大きく開いたスリットから左足が露出して扇情的なオーラを醸し出していた。
「私は身喰らう蛇の第二使徒”蒼の深淵ヴィータ・クロチルダ”。身喰らう蛇の名前は、聞いたことあるんじゃないかしら?」
「え!?」
「リィンさん、エステルさん、ロイドさんがそれぞれの事件で戦ったってあの……!?」
ゼムリア大陸で暗躍する巨大な秘密結社、その最高幹部の一人が今目の前にいるのだ。タツミもサヨも、警戒して武器を構えながらヴィータを凝視する。
「そんなに身構えなくていいわよ。貴方達を取って食おうというわけじゃないから」
しかし彼女自身は、そんな二人の警戒すら軽く流している。巨大な裏組織の最高幹部だけあって、相当肝が座っているようだ。
「もう率直に接触を図った理由を伝えるわ。あなた達に、強大な力を与えてあげようと思うの」
唐突に掛けられた言葉に、思わず二人は首を傾げる。しかし、直後にヴィータ自身が告げたあることに、真っ先に反応するのだった。
「順を追って説明するわ。まず、私は魔女の眷属の一人で、あなた達が以前会ったエマは妹弟子に当たるの」
「「ええ!?」」
「魔女の眷属はある力とそれを手にする資格を持ったものを、導き見守るという使命がある。リィン君は内乱が始まる直前あたりで、エマに導かれる形でその力を手に入れたわ」
ヴィータが意外な事実を語っていると、聞き覚えのある男の声が聞こえた。
「二人とも、離れろ!」
振り向くと、トヴァル達がこちらに駆けつけてくるのが見えた。そしてサラとアガットの前衛組が、タツミたちを庇うように先頭に立つ。
「まさか、蛇の使徒がこんなところに出てくるとはな」
「うわさに聞いた第二柱がこの女ってわけか……何を企んでガキ二人に近づいた!」
「あらあら、血の気の多い男ね。教授の所為で私や他の使徒の評価、低いみたい」
アガットが先頭に立って重剣を向けながら問いかけると、冗談交じりにヴィータが答える。
「今、私は使徒じゃなくて魔女の眷属として彼らに話をしに来たの。ちょっと、そこのタツミ君に興味があってね」
「魔女の眷属としてタツミに用が……まさかとは思うけど」
ヴィータの言葉にサラは何か思い当たる節があるようで、思わず反応してしまう。
「まあ、明日にでもある場所に連れて行こうと思ってね。準遊撃士の実技試験、それに合わせてもらえないかしら?」
そしてヴィータの誘いに、サラが警戒しながら答えを出す。
「……まあ、あの力があれば帝国の力に対抗できるかもってことで、手に乗らせてもらおうかしら。でも、変な真似をしたらすぐに拘束するから、覚悟しておきなさい」
「まあ、完全に信用しろって方が難しいのは私もわかってるから、それでいいわ。それじゃあ、マーテル公園で待ってるから、来てくれるなら明日の早朝にそこでね」
ヴィータがそう言った直後、彼女の足元に魔方陣が出現する。そしてそれを通して、彼女は消えたのだった。
そしてその日の夜。
「クロチルダさんが、まさかねぇ」
タツミたちは今日泊まることになった家で、そこに住むオレンジ寄りの赤毛をした青年と話しをしている。年齢で言えばリィンと同い年だが、童顔で声も若干高く少年染みている。
彼の名はエリオット・クレイグ、リィンのクラスメイトで帝国軍第四機甲師団を率いるオーラフ・クレイグ中将の実子である。本来は姉や亡き母と同じ音楽関連の進路に進もうとしていたが父が許さず、妥協する形で吹奏楽部があるトールズ士官学院に入学した。現在は内乱後に父に認められ、VII組を早期卒業して帝都の音楽院に入学するのだった。
そして同じく家を訪ねていたクラスメイト、マキアス・レーグニッツも会話に参加している。マキアスは現帝都知事の息子で、卒業後は政治学院に入学して勉強中である。
「クロチルダさんが接触ということは、まさかあれをタツミ君に託そうってわけじゃないだろうな?」
「あれ?」
マキアスの言葉を聞き、タツミが真っ先に反応する。
「魔女としての接触、タツミ君がクロウの戦い方を継承、判断材料としてはまあいいんじゃないかしら?」
「トヴァルから聞いたが、中々とんでもない物が内戦で関わってたらしいな」
「で、それをタツミたちに託そうとした……何を企んでいるんでしょうね」
当事者であるサラや、ベテラン遊撃士であるアガットとシェラザードも首を傾げる。
「賭けに出る必要があるけど、それを踏まえても強力な力になる筈だわ。あちらさんに狙いがあったとしても、上手くいけば出し抜けるだろうし」
内戦の最後、狙撃されたと思われたオズボーンが姿を現し、結社が内戦に合わせて実行していた”幻焔計画”の乗っ取りを宣言。つまり、結社を出し抜くことに成功していたのだ。自分達に同様の真似が出来るという確証は無いが、もしできればこちらが結社の企むを止められる可能性があった。
「あの、さっきから俺達置いてけぼり状態なんですけど……」
「ああ、ごめん。それなんだけど」
「みなさん、お夕飯が出来ましたよ~」
サラがタツミに説明しようとした矢先、エリオットの姉フィオナが夕食の準備を終えてこちらにやって来た。
「後で説明するとして、取りあえず腹ごしらえしましょうか」
「あ、そういえばお腹空きましたね」
サラの言葉の直後にサヨが思い返すと、タツミと揃って空腹に襲われる。ひとまず事情は夕食の後に保留となった。
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そして翌日、早朝から一同は帝都庁に近いマーテル公園へと集まっていた。
「来てくれたのね。警戒されてたから、昨日言ったのが嘘じゃないかとも思ったのだけど」
「正直信用しづらかったけど、あんた達が企んでいる前提で出し抜こうとも思ったわけよ」
待っていたヴィータに、サラも悪態をつく。一応、敵対勢力の幹部なので信用できないのは当然だったが。
「強いて言えば、結社としてもあの帝国が邪魔になりそうだったから、かしらね?」
「え?」
「厳密には帝具が、かしらね。これ以上は深く話せないのだけど」
ヴィータは最後にそれだけ言って会話を打ち切る。すると、足元にタツミ達全員が入る大きな魔方陣が描かれた。
「それじゃあ、行きましょうか」
直後、魔法陣内がまばゆい光に包まれて一同は目を瞑る。そして目を開けると、何処かの石造りの遺跡に転移していた。
「ここは?」
「海都オルディス。エレボニア帝国の海洋都市で、ここはそこにある遺跡よ」
オルディスは帝国西部の沿岸部にある湾口都市で、人口40万と帝都に次ぐ規模の都市である。かつては四大名門の筆頭であるカイエン公爵家が統治していたが、内戦で貴族派を率いていたこと、内戦の末に皇太子セドリックをあることに利用したこと、といったことから拘束されて統治権を失った。そして現在は、帝国政府で政治を管理されている。
「例の力については、サラさん達から聞いた。あんた、何の目的で俺達にそれを渡そうとするんだ?」
「帝具の存在を結社も警戒してるって言いましたけど、本当にそれだけなんですか?」
「実を言うと、私的な事情もあるのよね」
タツミたちも警戒して問い尋ねると、ヴィータが唐突にそんなことを言う。そして、語り始めた。
「その力の前の持ち主、クロウとはちょっとした仲でね。彼が死んだの、結構堪えたの」
内戦の最後に、リィンはカイエン公爵がセドリック皇子を利用して召喚した
「そんな中で、ルーレで貴方がクロウの戦い方を継ぐって話を聞いて、託していいかなとも思ってね」
「き、聞いてたんですか……」
ヴィータからの予想外の答えに、ついギョッとするタツミたち。まあ、あの場で危険視されている組織の幹部に話を聞かれたと知ったら、驚かずにはいられないだろう。
「それじゃあ話をここについてのことに戻すけど、ここには例の力を有する資格があるかを試す試練の場なの。力量に合わせて入れる階層が増えていって、各階層の最奥にいる魔物、魔獣や危険種と違う異質な怪物を倒せばその階をクリアになるわ。ちなみに、全七層ね」
ヴィータが丁寧に遺跡について説明を始める。この遺跡は古代ゼムリア文明ではなく、その滅亡後にしばらく続いた暗黒時代という時代の産物だという。魔導が一般的だった異質な時代だが、その割にはシステマチックな仕組みだった。
「特定の階層に大きな試練があって、第四階層にある第一の試し、第七階層にある第二の試し、この二つを突破すると挑める最後の試し、これをクリアできればあなた、タツミ君はその力を得るに足る存在
ヴィータは問いかけるが、タツミとサヨの返事は決まっていた。
「今の俺達には力が必要だ。だったら、それを遠慮なく使わせてもらうぜ!」
「仮に罠だとしても、修行の一環として挑ませてもらいます!」
「あらあら、聞くまでも無かったわね。後でここへの転移が出来る魔道具を渡すから、見聞の旅も遠慮なく続けていいわよ」
タツミもサヨも、決意の固まった眼をしている。罠だとしても挑むというその気概、闇そのものと言ってもいい帝都に挑むのにも必要だろう。
「話が纏まったなら、実技試験はこの第一階層突破に急遽変更ということにするわ。最初の層でへばってたら、そもそも準遊撃士にすらなるのも遠慮してもらいたいし」
サラも二人に触発されたのか、そのままノリで試験内容の変更を了承する。
「じゃあ、早速行かせてもらうか」
「そうね」
そして、タツミとサヨは巨いなる力を得るための試練へと向かうこととなった。
話の進行スピードが落ちるので、階層攻略は省略していく方向で行こうと思います。
ヴィータは閃Ⅱの終章の様子から、こう思うだろうなという自分の想像で書いています。違和感を感じる方もいるかもですが、この方向性で行くのでご了承ください。