堕ちた勇者は彼の地にて   作:胸焼け

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第3章 勇者と魔王
第12話 国境を越えて


 

 ――セアール地方。 

 

 其処は、一年を通して温暖な気候であり、土地の大部分が山岳や深い森林地帯によって占められている。

 この地に生息する魔物は力の弱い種しかおらず、人間族にとっては比較的安全で住みやすい環境であった。その為、新天地を求めた多くの人々がこの地に渡り、広大な森を切り拓いて自分たちの生活圏を築き拡げていった。

 

 ……しかし、いくら力が弱いといっても相手は魔物。紛れもない怪物だ。戦闘訓練を受けていない開拓者達で果たして太刀打ち出来るのだろうか。

 例えば、魔物の代表格として広くその名が知れ渡っている『ゴウモール』は、殺した人間の武具を奪って武装し、常に群れで行動する。そして自分達よりも劣る獲物を見つければ、相手が身構える前に一斉に襲い掛かるのだ。

 低級の鬼族であるゴウモールは個としての実力は乏しいが、奇襲からの物量攻めをまともに受ければ、熟練の戦士にとっても十分な脅威と成り得るだろう。 

 勘違いしてはならないが、ゴウモールは魔物全体で見れば最下層に位置する存在にすぎない。それでも只の村人程度なら簡単に殺せるだけの力を持っており、この事実が人間族と魔物の種族としての力関係を如実に示していた。

   

「――とまぁ、そんな感じで俺たち人間は肩身の狭い思いをしてる訳だな」

「はぁー……改めて聞くと、とんでもないハナシっすねぇ」

 

 のどかな草原の真中を行進する人間の一団。積荷を満載した何台もの荷馬車が縦に並び、平坦な道に灰色の長い列を作っている。

 雲一つ無い快晴の空の下、聞こえてくるのは馬の蹄と車輪の回る単調な音。そして、荷馬車を護衛する傭兵達の足音だ。 

 

「お陰で俺達みてぇなヤツらは何処でも人気者よ。がははは!」

 

 商隊の先頭を護衛している者達のうち、恰幅の良い大柄な男と、逆に細身で背の高い男の二人が雑談に興じている。随分と気の抜けた様子であるが、そんな二人を周りの者は特に咎めたりはしない。出発してから数日余り、目にしたのは若草色の絨毯と地平線に続く一本の道だけ。襲撃者の影すら感じられず、実に順調で穏やかな旅路だった。

 

「にしても、こうまで何も起こらないと流石にアレだな。これが不吉の前兆ってヤツかね?」 

「じ、冗談でもないこと言わんでくださいよ!?」

「心配すんなや。他の地方ならともかく、此処でヤバいことが起きる訳ねぇよ」

 

 動揺する細身の男の姿に、口端を吊り上げて笑い出した大柄な男。それに釣られて周囲からも押し殺した笑い声が漏れる。

 

「と、ところで兄貴! 兄貴はこの地方に詳しいって前に言ってたじゃないすか」

「あん? ああ、そういやそんな事も話してたな」

「そうでしょう! じゃあ、ここらで一番強いヤツってのは誰なんすかね!」

「一番つえぇヤツか? そうだなぁ……」

 

 細身の男は自分が周囲の人間から笑われていることに気付き、青白かった顔を赤面させ、話題を逸らそうと咄嗟に思い付いた話を大柄な男に持ち掛ける。幸いにも大柄な男は機嫌が良かったため、細身の男の突拍子のない話にもすんなりと付き合った。

 

「おお、そうだ。此処らを仕切ってる神殿の連中でな、飛燕剣を使う奴らがいたんだよ」

「飛燕……? よく分かんないすけど、この地の神殿って事は……バリハルトの神官戦士っすかね?」

「そうだ。まぁ、俺がまだガキだった時の話なんだけどな」

「兄貴の子供の頃の……」

 

 話題を逸らすためだけの筈が思ったよりも大柄な男の語る話が真面目な内容だったからか、細身の男は当初の目的も忘れて兄貴分の昔話に耳を傾けていた。

 

「俺が知ってる使い手は二人だけだ。一人はムカつく禿親父で、もう一人のガキがその禿から教えを受けてたって感じだな」

「頭の悪い兄貴が今も覚えてるなんて、ヤバい連中だったんす――ぐぇっ!?」

 

 感心していた細身の男の腹に強烈な一撃が入り、無防備だった男は悶絶しながら大地に沈む。  

 

「ヤバかったさ。特にガキの方は狂犬みてぇな野郎でな、喧嘩を売ったヤツは相手が大人だろうと関係無くぶちのめしてたんだ」

「い、今の……俺みたいにっ……すかね……!」

 

 気にせず昔語りを続ける大柄な男の後ろを、腹を押さえた細身の男がよろよろとついていく。

 打たれ弱そうな見た目に反して意外と根性のあった男は、掠れた声で目の前を歩く兄貴分に必死に相槌を打っていた。

 

「まぁ、ヤツは辺境の原住民の生まれだったからな。どんなに腕っぷしが強くても出世が出来ないんだ。暴れたい気持ちも分かるってもんだ」

「……そんな兄貴みたいに単純な理由で暴れるもんすかね……あ、やばッ!」

 

 やっと痛みから立ち直った細身の男がぼそっと小言を呟くと、しみじみと語っていた大柄な男はピタリと動きを止め、後ろにいた細身の男へと振り返った。その顔は非常に険しい。

 

「ち、違うっす! 今のはその……と、とにかく誤解っすよ!」

「馬鹿野郎ッ! 頭を下げろッ!!」

「え――うわぁ!?」

 

 言われるままに細身の男が頭を下げるのとほぼ同時に、男の背後の地面が爆発し、激しい勢いで盛り上がる。

 それはまるで土塊で出来た柱のようであり、斜めに突き上がった柱は直前まで細身の男の頭があった位置を貫いた状態で停止した。

 

「コイツは……お待ちかねのお客さんだぜぇッ!」

 

 その場にいた人間で唯一、突然の事態による硬直から免れていた大柄な男が柱に向けて両刃の斧を叩き込む。すると砕け散った柱の中から蚯蚓を巨大化させたかのような醜悪な魔物が現れ、それを見た商隊の人間が驚きで息を飲んだ。

 

「わ、ワームだッ! 奴ら、地面の中から俺達を狙ってやがったんだ!」

 

 千切れかけた胴体から緑色の体液を垂れ流していたワームに止めを刺した直後、商隊の前後を挟む形で無数のワームが地中から顔を出し、慌てふためく傭兵や商人らに次々と襲い掛かる。

 

「どんどん溢れてきやがる! クソッ、何匹いるんだよ!?」

「散らばるな、囲まれたら終わりだぞ!」

 

 のどかだった草原は一瞬で焦燥と怒号の飛び交う戦場と化した。

 魔物の恐ろしい唸り声が辺りに響く度に、犠牲となった傭兵の悲鳴が混沌とした空間に消えていく。

 

「オラオラァ!! くたばりやがれッ!!」

 

 目に付いた獲物を手当たり次第に斬り殺していく大柄な男。だが、他の者は男と比べて明らかに力量が低く、一人、また一人と力尽き、ワームの餌食となっていく。

 

「やべぇな……不意を突かれちまったせいで、味方の動きが鈍い。コイツは不味いぞ……」

「うわぁあ!? た、助けてくれぇーッ!!」

「ッ! アイツ、また油断しやがって!」

 

 昨日まで同じ飯を食べていた仲間達が悍ましい化物に丸呑みにされる光景を見せつけられ、歯痒そうに顔を歪めていた大柄な男の耳に相方の悲鳴が届く。振り返れば、少し離れた位置で細身の男がワームに巻き付かれ、頭から飲み込まれる寸前であった。 

 

「世話の掛かる野郎だッ! チッ……コイツは高く付くぜ!」

 

 今から向かったのでは到底間に合わない。冷静に判断した大柄な男は懐から赤い札を数枚取り出すと、足元に落ちていた小石に括り付け、細身の男を喰らおうと口を開けたワーム目掛け全力で投擲する。

  

「死ねやぁあ!!」

 

 小石は短弓から放たれた矢のように真っ直ぐに飛んで行き、円形に生え揃ったワームの牙を叩き折りながら口の中にすっぽりと収まった。すると、灰色に近かったワームの体表がじわじわと赤く染め上がっていく。

 

 ――大柄な男が投げた赤い札の正体。それは、『炎の絵札』と呼ばれる魔術道具の一種である。

 効果は札に込められた火炎魔術を開放し、敵を焼き尽くすというもの。魔術の才を持たない者でも容易に扱える便利で強力な武器であった――

 

「ギギ、ギ――――ッ?!?」

 

 感情の無いワームの口から苦悶の叫びのような異音が漏れたが、それは体内からこみ上がった赤熱の波によって掻き消される。直後、獲物を呑み込む大口は溢れんばかりの業火を外界に吐き出す噴射口となり、高温で蒸発した体液が周囲に不快な臭気を撒き散らす。やがてワームは細身の男を拘束する力を失い、真黒な炭となってぼろぼろに崩れ落ちた。   

 

「ッたく……おい、まだ生きてるな?」 

「な、なんとか……アチチ!」

 

 大柄な男が黒焦げになったワームの下まで歩み寄ると、死骸の下から細身の男が這い出し、煤けた顔でぎこちなく笑う。割と元気そうな姿に一先ず安心した大柄な男は、身体をふらつかせた相方に肩を貸そうとするが――

 

「ギギギギギ!!」

「……な、なにィッ?!」

 

 突如、二人の周りを地中から飛び出したワームの群れが取り囲む。その数は今まで大柄な男が倒した数を上回るほどの、信じられない量と密度であった。

 

「へッ俺が一番の脅威ってか! 嬉しいじゃねぇかよ、おい」

「あ、あにきぃ……やばいっすよぉ……」

 

 軽口を挟む大柄な男の頬に一筋の汗が流れる。

 己が疲労している現状、傍には負傷者。完全に包囲され、逃げ場は無い。

 

(絵札はさっきので全部使っちまった。俺一人ならなんとか切り抜けられる。けどなぁ……)

 

 隣の様子を窺えば、情けない顔でがくがくと震える相方の姿があった。

 

(…………たくよぉ、本当に世話が焼けるぜ)

 

 わざとらしく舌打ちをしてから視線を正面に戻す大柄な男。その表情は足手まといの相方に対する侮蔑ではなく、自身に対する自嘲で小さく緩んでいた。黒く汚れた顔を汗と涙でぐちゃぐちゃにした見っとも無い相方の姿を見た時点で、とっくに彼の中の答えは決まっていたのだ。 

 

「おい、俺は今からコイツらの目を引き付ける。その間にお前は商隊の連中と合流しろ」

「……え!? そ、それじゃ兄貴は……!」

「はん、別に死ぬつもりはねぇよ。ちょっと暴れるだけだ」

 

 これから行わんとしている行動を察したのか、細身の男は兄貴分に問い詰めようとするも大柄な男はその手を突き放し、尻餅をついた相方の頭に治癒の水をかけた。

 

「いいか、俺が一、二、三と言ったらお前は何も考えずに走れ。分かったな」

「あ、兄貴……」

「うるせぇ! 俺は説明が嫌いなんだ、つべこべ言うんじゃねぇ!!」

 

 大柄な男は納得出来ずに縋ろうとする細身の男に一喝すると、斧を両手で持ち直し、じりじりと迫るワームの群れを睨み付ける。有無を言わさぬ兄貴分の背中を見た細身の男も漸く覚悟を決め、ゆっくりと立ち上がった。

 

「慌ててコケるんじゃねぇぞ?」

「大丈夫っすよ。そんでもってすぐに応援を呼んで来るっす!」

「その前にこの雑魚共を全部ぶっつぶしてるかもなぁ。がははは!」

 

 両手に構えた斧を振りかぶり、静かに力を蓄える。

 その間にもワーム達は止まることなく近付いてくるが、二人の男に焦りの色は無い。

 

「やるぞ……イチ…………ニィ…………」

 

 程なくして大柄な男の握る斧に淡い闘気の光が集まり、準備完了の合図が告げられる。仲間を守る意思によってその光は今日一番の輝きを魅せ、意思無き魔物共の行進を僅かに止めた。

 その絶好の機会を逃しはしないと、遂に奥義が――――

 

「邪魔じゃ。人間よ、其処にいては火傷をしてしまうぞ?」

「サ……ッ!? なん――」

 

 ――――火炎魔術、『大熱風』

 

 天上から降り注ぐ女の声。

 それは誰のものだったのか、女の声に反応した二人が思わず空を見上げると――――紅蓮の髪を靡かせた妙齢の美女が二人の頭上を()()()()()

 

「――だとぉ!? いつの間に……どわぁああ!!」

 

 正体不明の女の登場に驚愕していた二人は、突如として巻き起こった突風によって商隊の方向へと纏めて吹き飛ばされてしまう。大地を離れ空を泳ぐ奇妙な感覚と、天と地が目まぐるしく移り変わる視界にいよいよ混乱の極みに陥った二人の頭には、『女の背に翼が生えていた』記憶などを留めておく余裕は何処にも無かった。

 

「いてて……くそ、何が起き……て……!?」

 

 荷台の上に叩き付けられ、荒々しい着地を済ました大柄な男がなんとか身体を起こすと、目を疑うような光景が視界を埋め尽くした。

 

「なんだ、これは……! ま、魔術なのか? これが……人間に成せるのか……?!」

 

 自分達を散々苦しめていたワームの群れを紅い風が襲い、風に巻かれたワーム達が業火に焼かれて灰となっていく。己が使った炎の絵札とは比較にならない、何倍、何十倍もの熱量が風に乗って虫けら共を無造作に焼き払っていく。あまりにも一方的だった。それは戦いではなく、一方的な殺戮。単なる害虫の駆除であった。

 

「ツマランのう、もっと骨のある敵はいないのか?」

 

 数分と掛からずに全てのワーム達を駆除し終えた女は、ワームの死骸を避けつつ焼け焦げた荒野を悠々と歩く。その美貌は未だ燃え残る魔術の残火に照らされる事で、より艶めかしく輝いていた。 

 

「……ふむ、こんなものか。やれやれ、オルステッドの奴も人使いが荒いものよ。我が態々出向かずとも一人で十分過ぎるだろうに」

 

 整った顔にありありと不満を乗せた女が、歩く向きをくるりと変える。その際に後ろで一つに纏められた艶やかな紅髪が踊るように跳ね、髪を留めている金具から翡翠の光が零れた。

 

「おい、生きておるか?」

「……あ……お、俺か……!?」

 

 女はそのまま商隊の下へ戻ると、一番近くの荷台の上で転がっていた二人を見比べ、意識のあった大柄な男へと声を掛ける。

 

「……お、おうっ! お……お陰で助かったぜ。えーと、アンタは……」

「クルージェ様じゃ。我を称えるのは大いに結構じゃが、ちと頭が高いのではないか?」

「あッ!? す、すまねぇ! すぐに下りる!」

 

 クルージェの忠告で大柄な男は自分が荷台の上から彼女を見下ろしている状況に気付き、慌てて荷台から飛び降りた。そして彼女の機嫌を損ねないよう気を払いつつ、改めて自分達を助けてくれた礼を述べる。

 

「本当に助かったぜ! アンタがいなかったら正直ヤバかったんでな」

「フッフッフ……そうじゃろう。そなたらでやっと最後なのじゃ、ちまちまと助け続けた我の寛容な心に感謝せよ」

「ん? そりゃあどういう意味なん……うぉッ!?」

 

 大柄な男の疑問が言葉になる前に、またしても異変が起こる。

 地響きと共に商隊の前方から巨大な火柱が噴き上がり、燃え盛る鎌首をこちらへと向けたのだ。

 

「アレは……ヒートワームか!? なんてデカさだッ……!」

「嘘だろ、何でこんなところにあんなのが……ッ」

 

 全身が炎の鎧に覆われ、これまでのワーム達より二回りは大きいだろう体躯を誇る魔物に絶句する傭兵達。大柄な男だけは辛うじて正気を保っているが、それだけだった。頭の冷静な部分があの魔物に対し、自分達に抗う術が無いことを理解してしまっていたからだ。

 

「ふむ、火炎属性の魔物か。我が魔術と相性が悪いのう」

「んなこと悠長に言ってる場合かよッ!」

 

 危機的状況にも関わらず全く動揺する素振りを示さないクルージェに、半ば自暴自棄になって怒鳴りつける男だが、クルージェはそれを無視して男に怪しい笑みを見せつける。

 

「見苦しいぞ、もう決着は着いておるわ。のう、オルステッドよ?」

 

 自信満々にそう告げた瞬間、ヒートワームの長い胴体に白い稲光が走った。

 

 ――――一撃、『神極剣』  

 

「ギギッギィギ――!?」

 

 真っ赤に燃える胴体が白く罅割れ、長大なヒートワームの全身に歪な模様が拡がり、伸びていく。

 最初に見えた白い稲光――――それこそが、一人の青年が繰り出した必殺の一撃であった。

 

「恨みは無いが……消えてもらう」

 

 荷馬車の列の上を駆け抜け、人外の膂力で跳び上がった青年――オルステッドは空中で姿勢を変え、白い燐光を放つ剣をヒートワームの胴体に突き立てると、落下の勢いを利用し滑るように斬り裂いた。そして地面に衝突する寸前に胴体を蹴り上げ、クルージェ達の傍に着地。崩れ落ちるヒートワームを背に、元の黒い刃に戻った剣を鞘に収める。

 

「遅いぞオルステッド! そなたが来るまで、我がどれ程の苦労をしたと思うておる!」

「すまない、後方の魔物を撲滅するのに手間取ってしまった」

   

 やっと来たかと、クルージェが己の主である青年に早速詰め寄る。オルステッドは大人しくクルージェの文句の聞き相手となって、彼女の鬱憤が晴れるのを待った。そんな二人のやり取りを呆然と眺めていた大柄な男の隣に、今まで気絶していた細身の男が片手で頭を抑えながら立ち並ぶ。  

 

「イタタタ……兄貴、あれからどうなったんすか?」

「……世の中にゃあ、すげぇヤツがいるもんだな……」

「へっ?」

 

 

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「ほぉー、修行の旅をしてんのか。どぉりでな!」

「まさか俺が寝てる間にそんな事があったなんて……」

 

 魔物の襲撃を退けた一行は犠牲者の弔いを済ませ、遅れた分の時間を取り戻すべく足早に移動を再開する。生き残った傭兵達はオルステッドの力を恐れて距離を置いていたが、二人だけ例外が存在した。

 

「小奇麗な面の上に、剣の腕もすげぇなんてな。かーッ! まるで絵に描いた騎士様みてぇだな!」 

「あ、姐さん! 俺にも姐さんみたいな魔術を教え――」

「無理じゃ。そなたには才能が無い」

「てくださ……あ、はい」

 

 勇気を振り絞った細身の男をあっさりと撃沈させるクルージェ。彼女らの前を歩くオルステッドの隣には、気さくな態度で彼に話し掛ける大柄な男の姿があった。初対面の筈が何故か酷く気に入られていることにオルステッドは若干困惑しつつも、何か有益な情報はないかと男の話に付き合う。

 

「それでよぉ、そのガキは男の癖に古臭ぇ人形を大層大事にしてたのよ。それが可笑しいもんだからちょっと馬鹿にしちまったのさ」

「で、当時の兄貴はそのガキにボコボコにされた訳っすよね」

「がっははは! あの時は本気で死ぬかと思ったぜ!」

「それほど大切な思い出の詰まったものだったのだろう。……その人物は今、何をしているんだ?」

 

 話題は丁度、大柄な男の子供の頃の話に移っていた。やんちゃをしていた当時の出来事を笑いながら語る男に、オルステッドはさり気なく己の疑問を挟む。

 

「さぁな、まだ死んでなかったらバリハルト神殿の戦士をやってんじゃねぇか? アンタ程じゃねえが、ヤツの剣の腕も相当だったからな」

「飛燕剣、か……使い手は少ないと聞くが」

「ああ、俺も二人しか知らねぇよ。禿親父の方は忘れたが、ガキの名前はしっかり覚えてるぜ」

「ほう? ちなみに何という名なんだ」

 

 興味を惹かれたオルステッドが更に問い掛けると、大柄な男は拳を固く握り締め、力強くその名を告げた。

 

「いいぜ、教えてやる。ソイツは『ダルノス・アッセ』。いつか俺が、ガキの時の借りを返してやる野郎だ」

「成る程……その名、覚えておこう」

「兄さん兄さん! 俺からも聞きたい事があるんすが、いいっすかね?」 

 

 大柄な男からもたらされた情報を脳裏に仕舞い、話も一段落したところで、今度は細身の男からオルステッドに問いを向けられる。

 

「お二人さんは東のレウィニアから来たんすよね。なんで船を使わずに陸路を選んだんすか?」

「それは……」

「船には良い思い出が無いのじゃ」

 

 レウィニア神権国から出発するなら態々徒歩で国境を渡るより船に乗って移動した方が早いのではないか。

 考えてみれば当然の疑問について、二人の間を割り込んでクルージェが代わりに答える。

 

「初めての船旅で酷い目にあったのでな、もう船は懲り懲りじゃ!」

「はぁ……酷い目っすか? 例えばでっかい烏賊に襲われたとか……」

「喧しいわッ! そなたも男なら余計な詮索をするでない!」

「す、すんません! 姐さんの気を悪くさせるつもりは無かったんす!」

「…………船か」

 

 憤慨するクルージェに汗を流して謝り倒している細身の男を見ながら、オルステッドは遠い過去の記憶を思い浮かべる。 

 

(確かに、船には良い思いが無い。……正確には()()()と言うべきか)

 

 ――今となっては遥か昔になるが、かつては遥か未来だった世界で起きた事件。

 民間輸送船『コギトエルゴスム号』。その船に搭乗した六名の乗組員。密閉された空間に渦巻く暗く淀んだ空気と、容赦なく襲い掛かる未知の生命体。終わらない惨劇に誰よりも勇敢に立ち向かったのは、乗組員の一人の手によって製作されたちっぽけな作業用ロボットだった。 

 

(機械も、人間も……姿形が違えど、中身は何も変わらない。……()も、私と同じだったのだろうか……)

 

 しかし、オルステッドの心に浮かび上がったのは心優しいメカニックでも、寡黙な軍人でも、かつての己が招いた丸いロボットでもない。

 

 青年の心中を占めている者、その名は――――『OD-10』

 

(……彼も人間を信じられなくなった結果、凶行に及んでしまった)

 

 己が人間に課せられた使命、すなわち調和のとれた船の運航。それを妨げる人間の醜態を目の当たりにして、創造主である人間に対し疑心暗鬼に陥ったOD-10は、己の使命を妨げる障害を排除すべく独自の行動を開始する。最終的にメインコンピュータと遮断され機能を停止させられるが、そこに至るまでに多くの犠牲を払う事となった……

 

(だが、それなら……彼も私と同じなら、もしかすれば分かり合える可能性も有ったのではないか? もし、彼が私のように…………むっ?)

 

 期待と確信の混ざった想いを胸に灯らせた時、小さな違和感を感じた。

 思考を中断したオルステッドが、慎重に周囲の気配を探ると……

 

 ――…………た……けて…………――

 

「……これは……ッ」

 

 声が聞こえる。

 気のせいかと思うほど僅かだが、商隊の進行方向から外れた森の奥から助けを求める声が聞こえてくる。

 

「……クルージェ、先に行っていろ」

「ん、どうしたオルス――」 

 

 返答を待っている時間も勿体無いとばかりにオルステッドは駆け出し、先のヒートワーム戦の焼き直しのように空高く跳躍。クルージェが振り返った時には、オルステッドの姿は何処にも無かった。

 

 

          ・

          ・

          ・

          ・

          ・

 

 

 ――カバキ砦。

 

「いやぁ、離してッ!!」

 

 重い石を重ねて造られた堅牢な砦の裏で、少女の悲鳴が木霊する。

 

「へへ、手間取らせやがって」

「まだ自分の置かれた立場が分かってねぇようだな、あん?」

 

 人目の届かぬ闇夜の中で幼い少女を数人の男達が囲み、逃げ出さないように砦の壁に手足を抑えつけていた。それでも暴れ続ける少女に業を煮やした一人の男が、乱暴に少女の頭を鷲掴み、生臭い息を吐き付けながら少女に告げる。

 

「お嬢ちゃんはな、これから大人になるのさ。なぁに怖がることは無ぇ、俺達が優しく教えてやるからよぉ」

「あ、ぁあっ……ひ、ぃ……ッ!?」

 

 無造作に服を剥ぎ取られ、抵抗しようともがけば目の前の男達はますます下卑た笑みを深めるばかり。

 遮るものの無くなった少女の未成熟な肢体が男達の前に晒され、穢れの無い少女の肌を無数の汚い視線が舐め回していく。

 

「や、嫌だ……やだよぉ……」

「良い反応してくれるねぇ。さぁて、こっちの具合はどうかなっと」

 

 身体を震わせ、涙を流す少女の姿に興奮した男の片手が少女の下半身にゆらゆらと伸び――――そして、根元から無くなった。

 

「あ? ……あぁッ!? な、手ぇ?! 俺の手がァああッ!!」 

 

 片手が無くなった事実を認識した途端、想像を絶する激痛が男の身に襲い掛かる。あまりの痛みに堪らず地面に転げ落ちた男の真上から、黒い影が降り立った。

 

「な、なんだテメェは!?」

「俺達ゃバリハルト神殿の人間だぞッ! 分かってんのかコラぁ!!」

 

 降って湧いた予想外の事態に動揺を隠せない男達であったが、言い慣れた台詞だけはどうにか吐くことが出来た。

 これで影の主も怯むだろうと誰もが思ったが……

 

「そうなのか。このような蛮行を許す神など碌なものではないのだろう」

「なん――ぎゃあああッ!?」

 

 影から現れた青年――オルステッドは無感情に一言だけ呟くと、虚勢を張る男達を一太刀で斬り捨てた。

 雑音を生み出す存在がいなくなったことで砦は本来の静けさを取り戻す。後に残ったのは血溜まりを作る数人分の肉塊と、怯える少女に近付くオルステッドだけだ。

 

「安心しろ、もう大丈夫だ」

「ひッ!? た、助け……あうっ」 

 

 男達を一瞬で葬った謎の人物が手を伸ばして近付いて来る。 

 恐怖に耐え切れなくなった少女が意識を手放し、頭から倒れそうになったところを咄嗟に受け止めたオルステッドは、少女を膝の上にそっと下ろす。

 

「褐色の肌……この娘、もしやスティンルーラ人か?」

「オルステッドよ。そなた、急に飛び出したかと思えば……これはお楽しみの邪魔だったかの」

「……クルージェか」

 

 少女を観察していたオルステッドの背中に重みが掛かる。

 耳をくすぐる囁きにオルステッドが視線を横に移すと、胸を押し付けて彼の肩にもたれ掛かるクルージェと目が合った。

 

「丁度良かった。この娘の介抱を頼む」

「ツマラン奴じゃのう。もっと愛い反応を見せてもよかろうに……まぁよいわ」

 

 全く動じないオルステッドの様子にクルージェは溜息を吐き、手渡された少女をまじまじと見詰めた。すると不満げに閉じていた口元がニヤリと曲がる。

 

「頼まれてもいない無用な人助けを、そなたが買って出るとはのう。相手が可愛らしい女の子じゃからか?」

「……その娘はスティンルーラ人だ」

「ほう、それで?」

「彼女の部族は不思議な呪術を扱うらしいが、外との交流を好まぬらしい。恩を売っておけば後で役に立つかもしれない。それだけだ」

 

 淡々とクルージェに説明しながら、砦を囲む高い塀の前に立ったオルステッド。 

 背後のクルージェが面白そうに笑っているのを見なくとも察していたが、それ以上何かを言おうとせずに両足に力を籠める。

 

 ――――『ジャンプショット』

 

 船の化物、昼間のヒートワームと、これまで何度も使用してきた技を迷わずに行使。身の丈の数倍はあろうかという立派な塀を一足で跳び越え、敷地内への侵入を成功させたオルステッドはその足で砦の内部へと走り去って行った。

 

「恩を売ると言うたか。なるほど、最もらしい理由じゃ」

 

 クルージェはオルステッドが塀の中に消えるのを見届けると、辺りに散らばっていた肉塊を魔術で丸ごと焼き払った。

 

「フッ……果たしてそなたは、相手がお目当ての部族だとあの時点で知っておったのかのう?」

 

 森を抜け、この砦に辿り着くまでに日は落ち、辺りは暗闇に包まれている。

 戦闘の直後の筈なのに、あの男は疲れを知らないのか。相も変わらず訳の分からない人間に呆れていたクルージェだったが、直後に複数の足音がこちらに近付いて来ていることに気付き、表情が変わる。彼女の紅い目が捉えたのは二人の若い男女だった。

 

「あの、少しお聞きしたい事があるのですが……」

 

 男女はクルージェの前で立ち止まり、片割れの青年が彼女に対して声を掛ける。月の光に照らし出された青年の髪は、紫水晶のように鮮やかで深い色合いをしていた。

 

(おっ、なにやら弄りがいのありそうな小僧じゃな。ムフフ……)

 

 オルステッドよりも少しばかり年下に見える青年から真っ直ぐな目を向けられたクルージェは、彼の凛々しい姿を見て意地悪い笑みを作る。

 

「その前に、そなたらは誰じゃ? こんな夜更けに何をしておる」

「あっ、すみません! 俺はバリハルト神殿の魔法剣士でセリカって言います。隣の仲間は……」

「サティア・セイルーンと申します。今夜は良い風が吹いてますね」

 

 セリカと名乗った青年の自己紹介に合わせて、青年の横で静かに佇んでいた紅髪の女性――サティアがにこやかに笑う。

 

「ふむ、セリカにサティアか。悪くないぞ。じゃが……乙女の柔肌をそう無遠慮に見詰めるのはいかがなものかのう?」 

「え……うわっ!? す、すみません!!」

 

 半裸の少女の存在に気付いたセリカが、冷や汗をかきながら後ろを向く。その初々しい反応に満足したクルージェは、自身の着ていたローブの端を千切って少女の身体を上から覆い隠した。 

 

「ク、フフフっ……! 面白い小僧じゃな」

「ウフフ、そうでしょう? でも、出来ればあまり彼を苛めないであげて」

「分かった分かった。心配せずともこれ以上は何もせぬ」

 

 困ったように苦笑するサティアにクルージェは調子良く答え、恐る恐る振り返ったセリカに問い掛ける。

 

「それで、そなたらは何を聞きたいのじゃ?」

「その、実は……」

 

 セリカの語った話は、クルージェにとって正直どうでもいい内容だった。

 ある日、この砦の近くにある村に派遣されていた神官が行方不明になる。その捜索のため村で聞き込みを行い、この砦に辿り着いたまでは良いが、門を守るバリハルト神殿の兵士に邪魔をされて砦の中に踏み込めないらしい。しかし、神殿からは砦に兵士を送り込んだという話は聞いておらず、どうにも怪しいと感じて周辺を調べていたのだという。

 

「ほー、そりゃー大変じゃなー」

「……何だかやる気無さそうですね」

「いやいや、そんな事は無いぞ? ほれ、其処を見よ」

 

 疑いの眼差しでこちらを見詰めるセリカに、クルージェは砦のある一角を指差す。

 暗がりで分かり辛いが、よく見れば塀の一部が崩れて人が通れるだけの穴が出来ていた。

 

「こんなところに抜け道があったなんて……!」

「其処を通れば中に入り込めるじゃろう。……まぁ、どこぞの金髪は非常識な手段で侵入したが……」

「ありがとうございます、それでは!」

「ありがとう、次に会った時はもう少しゆっくりとお話しをしましょうね」

 

 礼を告げ、早足でその場を立ち去る二人の男女をヒラヒラと手を振って見送るクルージェ。

 不満も晴れて実に清々しい表情になった彼女は、膝の上に寝かしたままの少女の頬を軽くつついて暇を潰していたが、唐突に「あっ……」と声を漏らした。

 

「……この状況であの二人とオルステッドが出くわしたら、ちと不味いのではないか……?」

 

 あのいかにも正義感溢れる好青年がオルステッドを……呪われた武具を纏った見るからに怪しい男と出会った場合。考えられる展開は――――勘違いからの戦闘。

 仮に、オルステッドと二人が戦ったら……

 

「うむ、間違いなく死ぬな。……あの二人が」

 

 膝の少女を木陰に隠し、砦の最上階を睨んだクルージェの背中から一対の黒い翼が広がる。

 

「もしかすれば、案外上手いことやってるかも知れぬが……念のためじゃ」

 

 嫌な予感を振り払うように翼を大きく羽ばたかせ、軽く助走を付けて飛び立つクルージェ。

 すやすやと穏やかな寝息を立てて眠る少女を青い月が優しく見守る中、夜のカバキ砦に波乱が訪れようとしていた。

 

 

 

 

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