堕ちた勇者は彼の地にて   作:胸焼け

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第16.5話 ムラマサ

 ――レウィニア神権国 王都プレイア

 

 水の巫女の治世の下、今日も城下町は沢山の人々の活気で溢れていた。

 町の中心部には各地方から集まった商人らの店が軒を連ね、少しでも多くの通行人の目を惹く為にと、どの店舗も派手な装いがなされている。

 だが、そんな彼らの涙ぐましい努力を小馬鹿にするかの様に、煌びやかな商店街のとある一角で無骨な看板を掲げて営業する一軒の武器屋があった。

 

「すいませーん! ルーノ様の使いで来たキスケです! おじさん、頼んでいたモノはありますか?」

「あいよ。研磨材にミスリル鋼の矢、それと闘技石だったな。注文分、全部用意してあるぜ」

 

 店の奥にある倉庫で店主の男と会話しているのは、この国のとある貴族に仕える少年、キスケ・クレイン。

 彼は今日、己の主からの命で、屋敷を警備する兵士達に支給される各種消耗品の調達の為にこの武器屋を訪れたのだ。

 

「お前さんも、まだ若いのに大変だな」

「これくらいどうって事ないですよ」 

 

 用意された品の確認を終え、代金の支払いと屋敷への運搬の手続きまでを済ませて一息吐いた様子のキスケに、店主が労いの言葉を掛ける。しかし、当の本人はこれぐらい余裕であると店主に明るい笑顔を見せた。

 そうして手早くこの店での用事を片付けたキスケは、取引に関する詳細が纏められた羊皮紙を丸めて懐に仕舞い、店主に礼を述べて店を出ようとした。……が、ふと倉庫の片隅を見ると、以前来た時にはあった“例の物”が無くなっている事に気付く。 

 

「おじさん、あそこに置いてあった剣って処分したんですか?」

「ん? ああ、あの剣ならとっくの昔に売っちまったよ。金髪の若者にな」

「……ええっ!? 売ったんですか、アレを!?」

 

 軽い調子でとんでもない事を宣った店主に、キスケは思わず叫んでしまう。

 彼が驚くのも無理はない。店主が売り払ったという剣は凡そ世間一般に普及している量産品とは根本から異なるのだ。希少であるが、武器としての価値は無く。切れ味は他の刀剣類と一線を画しているが、戦場での実用性は無い。何故なら、その剣は“呪われている”からだ。

 

「どっ……、どうしてあんな危険な物を売ったんですか!?」

「どうしてって言われてもなぁ。目の前であんな大金見せられちゃあ、誰だって首を縦に振るだろうよ」

 

 問い詰めるキスケに、しかし店主は特に反省の色も無く。もし購入した客がその剣が原因で死んでしまったら、それは自己責任だと片付けるだけ。飄々とした態度の店主にキスケは驚きを通り越して呆れた溜息を吐き、それ以上は何も言わずに武器屋を出た。

 

「全く……ルーノ様が聞いたら何て仰られるだろうか。今度から別の店と取引するよう打診した方が良いかもしれないな……」

 

 ぶつぶつと独り文句を言いながら商店街を歩くキスケ。

 だが、何気なく腰に手を置いた拍子に、急にキスケの顔色が青くなる。

 

「……あれ? おかしいな……え、嘘だろ……! 財布が無いぞ!?」

 

 武器屋から出るまで確かに腰に巻き付けていた革袋が、無くなっている。

 その事実に気付いた瞬間、キスケは冷や汗を流しながら身に着けていた物を解いて、手当たり次第に探し回る。だが、いくら探しても目的の品物は姿を見せてくれず、キスケの顔にますます焦りの色が積もっていく。

 

「何処だ……! 何処に落としたんだ!? くそっ……確か、ここら辺を通って来た筈……違う……じゃあこっちか……あッ、あった!」

 

 必死に自分が通って来た道を思い出しながら、目を皿のようにして路上を練り歩くキスケ。何時間も掛け、少しだけ涙目になりながらも、その後なんとか財布を見つけ出す事が出来たらしい。

 喜びのあまりその場で彼が飛び跳ねている頃には、空はもう夕暮れを通り越し、夜の王都を蒼い月が優しく照らしていた。

 

「うわっ、や、ヤバい! もうこんな時間に……早く屋敷に戻らないと!」

 

 暗くなった空を仰いで、キスケは主から「日が落ちるまでに戻れ」と厳命されていた事を思い出すが、誰がどう見ても手遅れである。それでも歩いて帰る訳にはいかぬと思ったキスケは、全力で通りを駆け抜け、近道の為に途中で裏路地に入り、行き止まりの石垣を飛び越えて屋敷を目指す。

 

 そんな時だった。

 

「――小僧、足元に気を付けろ」

 

 屋敷へと急いでいたキスケが街の広場を過ぎようとすると、その肩を掴むかの様に闇の中から低い男の声が囁かれる。

 

「え……うわぁ!?」

 

 突然の忠告にキスケが意識を取られたのと同時に、走っていた身体が宙に浮く。普段ならば受け身を取る事も出来ただろうが、焦っていたキスケはそのまま頭から地面に落ちて、ごろごろと路上を転がってしまう。

 

「痛たた……何だってんだもう……」

 

 埃だらけになって痛みに悶えるキスケの目の前を緑色の空き瓶が通り過ぎていく。

 どうやら、落ちていた空き瓶に躓いてしまったらしい。何処かに転がっていく空き瓶に文句を言いながらよろよろと立ち上がったキスケに、先程の声の主が愉快げに語りかける。

 

「騒々しい餓鬼よ。人の話には耳を傾けろと親に習わなかったのか?」

「う……い、いきなりアンタが話しかけてきたせいじゃないか!」

 

 明らかな嘲笑を含んだ忍び笑いに、キスケはつい苛立ち紛れに声の主に文句をぶつけた。

 

 広場の中心には厳かに街を俯瞰する女神像があった。像が座している噴水からは清らかな水が絶えず流れ、透明な水面に蒼く輝く満月が浮かんでいる。

 キスケは急ぐ足を止めて広場に戻り、よく目を凝らして噴水を見詰めた。すると、全身を黒装束で覆い隠した怪しげな男が噴水の縁に腰掛けているのが分かった。男は憤るキスケの心中など意にも介さず、身体の中で唯一外気に晒していた口元を吊り上げ、手に持っていた物をキスケの目の前に翳す。その手には黒い艶を放つ見事な盃と、年季を感じる古びた瓢箪が握られている。

 

「な、なんだよ……」

「見て分からぬか? 月を肴に一杯()っていたのだ」

 

 動揺しながら身構えるキスケの姿に男は滑稽だと嗤いながら瓢箪を傾け、盃の中を薄い琥珀色の液体で満たす。そして盃を口元に寄せ、豪快に中身を吞み干した。

  

「むう……『喉殺し』と言ったか、中々悪くない。物見遊山に暫しこの国を歩き回ったが、随分と栄えているものだ。まるで、堺か長崎の出島を見ている様だ」

 

 そう呟きながら怪しげな男は上機嫌に酒を呷る。

 だが、キスケには男が呟いている言葉の意味が理解出来なかった。それよりも重要なのは、相手は顔を隠して夜中に一人で街を出歩いていたという事だ。いかにも怪しい風体の男にキスケは警戒心を抱き、腰の刀に手を添えながらにじり寄る。

 

「おじさん、いくらこの国が平和だと言っても夜中に歩いてたら危ないよ」

 

 諭すように語りかけながら、一歩ずつ男に近付いていく。

 その手に握る得物は男の位置からでは見えない。まさか十五にも満たぬ子供が、武器を携帯しているとは男も思うまい。そう考えていたキスケだったが、いざ自分の間合いに達するかといったところで、男は急に酒器を地面に下ろした。

 

「……やはり、違いない」

「どうしたの? 酔っ払ったのなら肩を貸すよ?」

「案ずるな。俺は素面よ。……小僧、お前に面白いモノを見せてやろう」

 

 代わりに男が背後から取り出したのは、淡い月の光を浴びて薄っすらと光る一振りの刀だった。

 紅い柄に、紅い鞘。男がするりと刀を抜けば、中から出てきた刃もやはり紅い。あまりに美しいその真紅の刀に、警戒していたキスケも目を奪われてしまう。

 

「凄い……今まで、オレの刀が世界で一番だと思っていたけど、世の中にはこんな凄いものもあるのか……!」

「どうだ、美事であろう。寧ろ、驚いて貰わなくては困る。コイツは数多の魂を吸った妖刀なのだからな」

「えっ?」 

 

 刀から目を離し、顔を上げたキスケに男は嗤いながら語る。

 この、呪われた刀が誕生する切実となった、遠い過去に起きた悲劇を。

 

 ――二つの世界がまだ、それぞれの繁栄を謳歌していた時代。

 人間達が住まう世界“イアス=ステリナ”が高度な科学文明を築き上げる、その遥か昔にまで時は遡る。

 

 人間達が神や悪魔の存在を信じ、大陸の一部で異教徒に対する苛烈な弾圧や迫害が行われていた頃。

 当時、“極東”と呼ばれていた地域に小さな島国があった。後に戦国時代という名で歴史に多くの逸話を残したその時代、人々は終わりなき戦火の渦に怯えながらも、隣人同士が支え合って今日という一日を力強く生きていた……

 

「お父ー! 薪を集めて来たよー!」

「おう! ありがとよ、其処に置いといてくれ」

 

 人里離れた山奥に、とある集落があった。 

 戦火を逃れた難民達によって作られたその村は、貧しいながらも争いとは無縁であり、いつも優しい笑顔に溢れていた。村人は皆、家族の様に互いを思いやり、どんな困難が迫っても、皆が一丸となって困難から打ち勝ってきた。

 

「へへ、次は何を手伝えばいいんだい?」 

 

 背負っていた薪の束を家の裏に置いて、少女は家の隣に設けられた工房に顔を出す。

 中では、この村唯一の刀鍛冶である少女の父親が、今まさに新しい刀を作り上げるところであった。

 

「そうだなぁ。そろそろ夕時だから、飯の用意をしておいてくれねぇか?」

 

 汗だくになりながら父親は持っていた鋼の塊を目の前の水槽に入れる。

 真っ赤になった鋼が水面に触れ、大量の水が一気に蒸発する。途端に、水槽の上から白い湯気がもくもくと立ち昇った。

 

「いいよ! アタシね、日が出る前に川に罠を仕掛けておいたんだ。今日は期待しててくれよ!」

「へっ、この前もそんな事言って、トボトボと食い破られた仕掛けを持って来たのは誰だった?」

「こ、今度は大丈夫だよ! この前よりもっと丈夫に作ったんだから!」 

 

 顔を赤くした娘を一瞥し、おどける様に笑いながら父親は作業を続けていく。

 そんな父親に少女は馬鹿にするのも今のうちだと勇み足で工房から出ようとしたが、その時、足に何かが引っ掛かった。

 

「なんだい、これは……?」

 

 足元に落ちていた物を拾い上げる。それは白い布で包まれた、棒状の何かだった。

 何気なしに少女が包みを解くと、中から出てきたのは地味な木の鞘に収められた一振りの刀。鍔も無く、遠目からでは質素な杖の様にも見えるその刀を抜くと、不思議な事にその刃は全体が薄い紅色に染まっていた。

 

「……綺麗……まるで桜の花弁みたいだ……」

「お? なんだって、ソイツがそんなところにあるんだ?」

 

 刀に見惚れていた少女の背後で、父親の素っ頓狂な声が上がる。

 

「ソイツは地下に隠していた筈なんだが……」

「お父。この刀もお父が打ったものなの?」 

「いや、ソイツは……うーむ……」

 

 歩み寄って来た父親に少女が刀を見せるも、父親は難しそうに唸るばかりで、明確な答えが返ってこない。

 やっと口を開いたかと思えば、「お前には関係無い」と言って少女から刀を取り上げてしまう。  

 

「あっ! 何するんだい!」

「うるせい、お前はさっさと魚を獲ってこい! 俺を飢え死にさせる気か!」

 

 話も聞かずに父親は追い立てる様に娘を工房の外に締め出した。その失礼な対応に少女は工房の扉を叩いて抗議するが、いくら騒いでも中からの返答は無く、諦めて渋々と川に向かう事にした。

 

「もう、年頃の娘にあんまりじゃないの!?」

 

 川に到着しても少女の怒りは収まらず、仕掛けを回収しながら父親への悪態を吐く。だが、思ったよりも罠に掛かっていた魚の数が多かったためか、いつしか少女は怒りを忘れて昼間の笑顔に戻っていた。

  

「フフ……きっとお父、驚くだろうな。結構な数が獲れたから、干物にして村の皆にも分けてあげようっと」

 

 父親の驚く顔を思い浮かべ、嬉しそうに顔を綻ばせる少女。

 

 ――しかし、彼女の期待が叶う事は無かった。

 

「……えっ……? なに……これ……」

 

 期待に胸を膨らませ、軽やかな足取りで戻ってきた少女が目にしたのは、轟々と燃え盛るかつての少女の村だった。

 村人は悲鳴を上げて逃げ惑い、汚い身なりの男達が彼等を執拗に追い立てている。平和だったこの村に、山賊達が襲撃してきたのだ。

 

「やめて、助け……ぎゃああ!!」

「お願いします、この子だけは……! い、嫌、止めてぇ!!」

「殺せ殺せ! ヒャハハハ!」

 

 男衆はあっという間に皆殺しになり、若い娘達は山賊の慰み者にされた後に、無残に殺されていく。 

 村中に響いていた悲鳴は段々と小さくなっていき、下卑た笑い声が村人達の死体の上で湧き上がる。

 

「な、なんでこんな……! そうだ、家は! お父は!?」

「おい、こんなところにまだ生き残りが居るぞ!」

「しかも若い女だ!」

 

 信じられない光景を目の当りにしながら、それでも家族の安否を気遣った少女の周囲を山賊達が囲い込む。

 咄嗟に少女は逃げようとするも、非力な只の村娘が血気盛んな男達の囲いを破れる筈も無い。抵抗したがすぐに捕まってしまい、その場に捻じ伏せられる。

 

「親分、生き残りを見付けやしたぜ! 若い女だ!」

「でかしたぞお前等! まだヤリ足りねぇと思ってたんだ」 

 

 山賊達は少女を拘束したまま、首領の下に連れて行く。

 村の奥で奪った金品を物色していた首領は、必死に暴れる少女を見て厭らしく表情を歪める。

 

「お前、どうしてこんな酷い事を! お父をどうしたんだ!?」

「ああー? 知らねぇよ、この村に居た奴等は全員殺したんだからな。知りたきゃ死体の山から探しな」

「そ……そんな……っ!」

 

 首領の言い捨てた残酷な言葉に、少女は一筋の涙を零して項垂れた。

 最後の希望が潰えてしまった彼女の気持ちを嘲笑うかの様に、首領は少女の衣服を乱暴に引き裂き、頭を地面に押し付ける。

 

「ゲヘヘ、俺達にも分け前をくださいよ親分」

「そう焦るんじゃねぇ。俺が使い終わった後はお前等の好きにさせてやるよ」

「さっすが親分! 話が分かる!」

 

 それからの少女に行われたのは、口にする事も憚れる様な山賊達からの惨い仕打ちの数々であった。

 

 ……一体、どれだけの時間が経ったのか。

 燃え盛っていた炎が消え失せ、黒煙と共に肉の焦げる不快な臭いが村だった廃墟に充満する頃。夜空に浮かんだ満月の下で、山賊達は酒盛りに興じていた。

 

「いやぁ、今日は久々に大漁でやしたね!」

「当たりめぇよ。なんたってコイツが居たんだからな」

 

 ぐびぐびと酒を呷りながら、首領は地面に倒れていた一人の若者に目を向ける。

 若者は首から大量の血を流し、既に事切れていた。

 

「女房を人質にとって、村の警戒が薄まる日に俺達を村の中に迎え入れる。そして用が済んだら殺しちまうと。流石、親分は頭が良い!」

「よせやい、ちょっと頭を捻りゃあ誰だって思い付く事だ」

 

 部下からの賞賛に満更でもない様子で首領が答えていた一方で。

 山賊達の片隅で、一体の死体の指がピクリと動いた。否、それは死体ではない。凌辱の限りを尽くされ、塵を捨てるかの如く粗雑に打ち捨てられた、あの少女だ。

 

「……う……うぅ……」

 

 体中が痛い。

 

 目が良く見えない。

 

 寒い。凍えてしまいそうだ。

 

「あ……ぁあ……?」

 

 消え入りそうな意識の中で、少女は自分が右腕を伸ばしていた事に気付く。

 何故、腕を伸ばしたのかは分からない。遠ざかっていく生を掴み取ろうと、無意識に体が動いたのだろうか。

 疑問は晴れないが、兎に角、この時の少女の行動が彼女の結末を大きく変えた。

 

「こ……れは……この、刀……は……!」  

 

 焦点の合わない目で、右手で掴んでいた物を見る。

 白い鞘から覗く薄紅の刃。少女にはそれが、太陽よりも温かい存在に思えた。

 

 

 

 

「ちょいと小便に行ってくるぜぇ」

  

 酒盛りに興じていた山賊の一人が立ち上がる。千鳥足で仲間達から離れた彼は、適当な場所を探してフラフラと村の隅まで歩いて行く。

 すると、焼け落ちた家屋の影から薄汚れた襤褸を纏った半裸の女が現れ、無言で男の前に立ち塞がる。 

 

「ヒック! 飲み過ぎたかなぁ、目の前に女の幽霊が――」

 

 ヒュッ……と風を斬る音が男を通り抜けた。

 直後、男の体に縦の線が走る。振り上げた刀を女が鞘に収めた瞬間、男は血を撒き散らしながら頭から二つに裂けて絶命した。

 

「ヒャハハ! そん時の母親が泣き喚く顔が面白くてよ! ありゃあ傑作だったぜ……あん?」

 

 膝を叩いて笑っていた山賊が背後で聞こえた物音に思わず振り向く。

 ――そして、目の前に迫る紅い影に何かを考える暇も無く、山賊の首は宙を舞う。

 

「な、なんだテぶぇ!」

「ぎゃあああ!?」

「に、逃げっ……うぎゃあ!!」

 

 忽ち、辺りは山賊達の悲鳴に包まれた。仲間を見捨てて我先にと逃げ出す山賊達に、しかし少女の刀は彼等を平等に斬り捨てていく。一人、また一人と倒れ、遂には無数にいた山賊達は首領を残し、その全てが血の海に沈んだ。 

 

「ま、待て! 俺達は元々、戦火に追われて住む場所を失った農民の集まりなんだ! 俺達は生活に困って仕方なく……ッ!? や、やめ――」

 

 地面に頭を擦り付けて命乞いをする首領に、しかし少女は躊躇う事無く刀を振り下ろす。

 紅い剣閃が幾度も煌めき、更に深く、更に鮮やかに、その刃を鮮血で染めていく。

 

 耳障りな音を垂れ流す舌を削いだ。不快な視線を向ける両目を潰した。動けないように手足を落として、なるべく苦しむように肺を片方だけ貫いた。息を吐く度に口から大量の血を吐く男の傍で腰を下ろし、男が動かなくなるまでの様子を少女は無表情で眺めていた。

 

「……ふ、はは……アはハハは……!」

 

 やがて男が死に絶えると、少女はゆらりと身を起こし、堪え切れない様に笑い出す。

 帰る場所を失い、最愛の家族をも失った少女は、狂った笑い声を上げながら闇の中に溶けていった…… 

 

 

 

 

「――その後、娘は各地を放浪しながら出会った賊の一切を斬り捨てていくのだ。幾度も死線を掻い潜り、蛆虫の如く湧き出る賊共を、嗤いながらな」

 

 語りを終えた怪しげな男は、見上げていた蒼い夜空から視線を下ろす。

 

「……」

 

 肩を震わせ、悲し気な表情で話を聞いていた少年が其処に居た。

  

「……その人は、どうなったの?」

「娘の最期か? ……十年が経ち、二十年が経ち、皺枯れた老婆となった娘は故郷へ帰り……そして、朽ちた家の中で己の心の臓に刀を突き立て、自害した。これで終いよ」

「そんな! そんなのって……」

「まぁ待て。娘は死んだが、まだ俺の昔話には続きがあるのだ」

 

 男の語った顛末を聞いて、キスケは力なく項垂れる。

 そんな少年の姿を可笑しく眺めながら、男は徐に物語の続きを語り出す。

 

 老婆となった少女が果ててから月日は流れ、ある時、物好きな若い盗賊が朽ちた村の跡地を訪れた。

 風化が進み、特に目ぼしい物も見当たらず、盗賊は拍子抜けしながら村を後にしようとしたが、そんな彼の背後を一陣の風が通り抜ける。突拍子も無く吹き付けた風に、何だと盗賊が振り向けば、其処には一振りの刀が落ちているではないか。

 見た目小奇麗なその刀を試しに抜いてみれば、盗賊の目に映ったのは見るも鮮やかな真紅の刃。コイツは掘り出し物だと、盗賊は喜んで刀を持ち去った。

 

 更に時代は流れ、盗賊の手から離れた刀は、武士に、商人に、代官に、医師に、大工に、そして最後は盲目の浪人の手に渡る事になる。

 

「数多の時を渡り、その刀は数多の人間共の手を血に染めた。戦場を求めた者、権力を求めた者、平穏を求めた者……正に十人十色であったが、どいつも最期に待っているのは、悲惨な末路だった」

 

 男は嗤いながら、地面に置いていた盃に手を伸ばす。

 そんな男の話を聞いていたキスケはふと、男に対して疑問を抱いた。

 

「ねぇ、なんだか懐かしそうに話してたけどさ。何でそんなに詳しいの? まるで、その人達の人生を()()()()()()()に……」

「……小僧。この世は理不尽だとは思わぬか?」

 

 

 疑問を口にしたキスケに、男は的外れな答えを述べながらゆっくりと立ち上がる。

 気付けば、男の纏う空気は冷たく、暗いものへと変化していた。変貌した男の気配を察したキスケは刀を構え直し、緩んだ警戒心を張り詰める。 

 

「善行を積んだ者は報われず、悪事を働いた者は裁かれず。この世は不条理塗れよ。……若しくは、この不条理こそが、この世の真なる道理なのやもしれん」

「質問に答えろ。お前は、何者だ!」 

 

 答えは無い。

 

 立ち上がった男は刀を振り翳しながら、いきなりキスケに飛び掛かる。

 

「くっ!」

 

 男の抜いた刃を躱す為、地面擦れ擦れまで身体を折り曲げるキスケ。

 紅い一閃が空を切る。間一髪で男の刃を回避したキスケはすかさず抜刀、擦れ違いざまに男の横腹を抉る様に斬り裂いた。途端に飛び散る血の飛沫。確かな手応えを感じたキスケが振り返る。愚か者の顔を拝んでやろうと、倒れ伏した男が被っていた頭巾を外し……見覚えのあるその顔に、血の気が引いた。 

 

「な!? そ、そんな……まさか、何で……!?」

 

 其処に倒れていたのは、紛れもなく昼間に会話をしていた武器屋の主人だった。

 理解の及ばない異常事態に直面し、キスケは完全に動揺していた。そんな彼の背後に、一人の男が忍び寄る。

 

「ッ! 後ろ――」

 

 土を踏み締める僅かな足音に気付いたキスケが咄嗟に振り返ろうとするも、時既に遅く。

 一瞬だけ早く放たれていた男の拳がキスケの懐に突き刺さり、刀を途中まで振り抜いたままキスケは意識を失った。

 

「……で、あれば。俺がこの地で目覚めた事も、そしてお前の生が此処で途絶えるのも、道理に従っていると言えよう。言わば、()()()()()()()()()()のだ」

 

 倒れかけたキスケを横に抱え、男は背後に目を向ける。

 視界に広がるのは、先程まで男が座っていた噴水だ。

 

 だが、先程と明らかに異なる点が一つだけあった。 

 

「やはり勘付かれたか。()()で事を起こしたのは早計だったな」

 

 男の見詰めている先――其処に、街を見下ろしていた女神像の姿は無い。

 確かな存在感を放っていた石像は影も形も無くなり、残された噴水からは相変わらず水が流れ続けている。

 

「そう怒るな、仕方が無いだろう。酒盛りの最中に飛び切りのお宝が二つも転がってきたのだぞ。俺は武士ではない、刀に楊枝は咥えられぬて――おおっ?」  

 

 男が身を翻し、弾ける様にその場から離れる。

 直後、それまで男が立っていた地面が割れ、地中から激しい水流の柱が何本も立ち昇った。柱は男を逃すまいと大きく湾曲し、まるで生きているかの様にとぐろを巻いて瞬く間に男を包囲する。

 

「面白い……この国を離れる前に、少しばかりお前に付き合ってやろう」

 

 足元以外の全方位を膨大な量の水の壁に囲まれ、徐々に包囲を狭めていくそれらを男は嬉しそうに見やる。

 

 ――そして、男が紅い刀の鯉口を切った瞬間。完成した水の檻が男を押し潰した。

 

 

 

 

 

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