堕ちた勇者は彼の地にて   作:胸焼け

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 第1話になります。書き溜めが無いので更新はゆっくりとしたものになりますが、それでも良ければ今後もよろしくお願いします。


第1話 這い寄る混沌

 

「グオオオォッ!!」

 

 雄叫びを上げながら繰り出される戦斧。刀身にびっしりとこびり付いた血糊が、今までに相当数の獲物を狩りとって来たのだと嫌でも連想させる。ましてやこの凶刃を握っているのが、二本足で大地に立つ姿は大の大人の背丈を優に超え、筋骨隆々な体躯と凶暴な雄牛の顔を持った魔物であるのだから、その迫力は想像を絶するものだろう。常人なら視界に映っただけで混乱して逃げ出すか、もしくは硬直したまま無残に殺されてしまうに違いない。

 

 しかし――

 

「せぁッ!!」

 

 力強い掛け声と共に拳が振るわれる。

 残像すら残さない恐るべき速さで繰り出されたそれは、目の前に存在した暴力の塊のような魔物に接触した瞬間、まるで大量の火薬を爆発させたかのような轟音を立てながら対象であった魔物を粉砕した。

 あまりの衝撃に周囲で軽い地鳴りが起き、遠くで鳥獣の鳴き声が響き渡る。

 

 これを成したのが一人の女性であると、誰が信じられるだろうか。

 首元に届くぐらいの短めの髪は、藤の花を思わせる美しい色合いで風に揺られている。引き締まった身体には無駄なところが一切無く。胴体はレオタードのような薄い生地の衣服で包まれ、女性特有のまろみのあるラインが際どく浮き出ている。手足は剥き出しになっており、ハリのある白い肌が陽の光を浴びて輝く様は、世の男共の視線を釘付けにするだろう。

 だが、銀色の腰当と、両手首にはめられた捩れた角のように見える手甲が、その女性を只者ではないと主張している。何よりも異質なのは、後頭部に上下左右一本ずつ生えている真直ぐな角と、背中に見える一対の翼だろう。これだけで普通の人間ではないのは明らかだ。

 

「愚か者め。この地に侵入することが何を意味するか、それすら理解出来ぬとは」

 

 そう呟くと、一筋の汗も流すことなく平然した様子の女性は戦闘の構えを解く。しかし、ふとそこで何かに気付いたかのように何処か遠くを見やった。

 

(――何だ、この気配は? ……近いな。山の頂上……向こうか)

 

 急に現れた気配に違和感と警戒心を抱いた女性は、翼を広げすぐさまその場を飛び出す。行き先は謎の気配の出現場所。目的地に向け、空気を裂きながら一直線に翔けていった。

 

 

 

 

 

 

 周囲一帯が厳かな空気に包まれた大地。そこに存在するは、悠久の歳月を重ねた山々。

 まるで城壁のように厳格に、そして延々と連なるこの一帯はリブリィール山脈という名で呼ばれており、天翔ける竜達の住処として近隣諸国から畏れられている。

 そのような聖域とも呼べる地の、決して竜以外が立ち寄ることの出来ないだろう奥地にある山の頂に、一人の人間が倒れていた。  

 黄金色に輝く髪は収穫期の麦穂を思わせ、白い肌に精悍ながらも端整な目鼻立ちは一見すると、女性の様に見える。だが、首より下からはっきりと主張する筋肉が、彼が立派な男性であると告げている。

 鍛え上げられた身体には身軽さを重視したのか、動物の皮を加工して作られたであろう軽装の防具が身に付けられている。

 腰には一本の剣が鞘に収まった状態で提げられており、飾り気の無い無骨な見た目からそれが実用性重視のものであることが伺える。剣の柄は両手で握れる位には長く、鞘に収められている刀身部分は男の足元から腰に届くまでの長さがある。さらに、反りが無いことからそれが直剣の、所謂片手半剣という分類の武器であることも判断出来る。

 男はうつ伏せの状態で地面に倒れており、呼吸をしていることから死んでいる訳ではないのだろうが、固く閉ざされた瞼からは本人に意識があるのか伺うことができない。

 

「此処か、気配の元は」

 

 ――とそこへ、羽ばたく音と共に先程の人外たる女が降り立った。周囲の様子を確認しようとしてすぐに倒れている人間の存在に気付くと、警戒心を強めながらゆっくりと近寄っていく。

  

 「……気絶しているのか? 外見だけを見れば旅の剣士……といったところだが」

 

 そう呟きながらもさらに近づいていく女。一見すると普通の人間であるが、そうなると新たな疑問が湧いてくる。 

 

 「だが問題なのはそこでは無い。魔物共が蔓延るこの地方を旅するならば、それ相応の武装をするのは当然の事だろう」

 (ましてや目の前にいるのは人間の男。種族として脆弱である筈の人間が何も持たずにいるなど、ただの自殺行為でしかない。問題なのはその人間が何故、この聖域の奥に存在しているのかということだ)

 

 「それもこの儂が直前まで、全く気付けなかったということがな……」

 

 まるで何処ぞの地よりこの場所まで一瞬で転移してきたかのような、それにしたって目の前の男の見た目はとても魔術師の類には見えない。

 

 「もしくは組織的に仕組まれたものかもしれぬが、儂等を相手にそのような事を行う愚か者達なぞ、ここ数百年間は覚えが無いな」

 

 男に対する警戒心は維持しつつ、されど考察は深める中で、彼女は同族の間で雲居と呼ばれている存在が最近もたらした、御告げという名の予言のことを思い出す。

 

(まさか雲居の御告げにあった、『災厄の種』に関する者…? いやしかし……)

 

 そこまで考えたところで、目の前の男が微かに動いた。だがよく見ると、顔は血が通っていないかと疑う程に青白く、額から汗も滲んでいる。

 

「……仮にもしもあの御告げに関する存在なら、ここで放置する訳にはいかぬな」

 

 そう一人ごちながら幾ばくか逡巡した後、おもむろに目の前の男を抱き寄せたと思うと、そのまま小脇に抱え直した。

 竜は基本的に中立の立場であり、相手から手を出されない限り神々や人間達の争いに関わることはない。ましてや正体不明の人間を助けることなど、本来ならあり得ない話だ。しかしながら何故かこの時の彼女は目の前の男をほおって置けず、自分でも理解出来ぬまま最もな理由を付け、男を抱えた状態で慎重にその場を飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――夢を見ていた。まだ私が友情や愛を信じていた頃の、もう二度と戻ることのない刹那の夢を――

 

 

 

 

 ――夢ヲ見タカッタ。人間ヲ信ジテイレバイツカキット叶ウト、争イヤ悲シミノナイ永遠ノ夢ヲ――

 

 

 

 

 

 

 

(……ここは?)

 

 男が目にしていたのはかつての故郷の風景であった。空は青く澄み渡り、穏やかな風が若葉色の絨毯を撫でていく。しかし、優しい風の抱擁が男に向けられることはなく、全身に浴びることで得られる冷たい気持ちよさを感じることはなかった。

 

(眼は見えている。声は出せるし、大地に足を踏みしめる感触も確かにある。だが、幾つかの感覚が分からない。当たり前に存在していたものが急に無くなったような、虚無感を感じる……)

 

 この不可思議な出来事に、冷静になって状況を把握しようとする男。周囲を見渡しまずは現在地を特定しようとする。

 

(ここは……なおり草の群生地だったか。ならば近くに見える村は……)

 

 「わぁ、すごい! たくさん生えてるっ!」

 

 思考に耽る最中、こちらへと近づく足音と無邪気な子供の声が聞こえてきた。

 

 かつての所業を自覚している男は、見つからないように傍で生い茂る木々の一つに身を隠し、やって来た人間の様子を伺う。

 

「ほっほっほ。どうじゃ、すごいじゃろう! 親御さんには内緒じゃよ?」

「うん、ばくたち二人だけのヒミツだね!」

 

(あれは……あの二人はッ!)

 

 姿を見せたのは二人の人間だった。一人は温厚そうな老人であり、もう一人は遊び盛りの子供である。どうやら子供の両親には内緒で此処へ来たらしく、老人は子供の手を引いて自慢げに笑いつつも、さり気なく周囲に魔物が潜んでいないか眼を配っている。 

 

 その姿を見た途端、男の脳裏をかつての記憶が過ぎった。

 

 

 ――人が人を信じなければ何を信じるのじゃ……――

 

 ――やっぱり! 武闘大会で優勝したオルステッド様だ! ――

 

 

 ――さ……行くのじゃ……お前には……まだすべきことが……信じるものがいるではないか……――

 

 ――ウソだよね! オルステッド様が魔王なんてっ!! ――

 

(……ウラヌス、それにファミリオ村の少年。彼等だけは最後まで私を信じてくれていた……それを私はッ!!)

 

 知らず歯を食い縛り、後悔の念が胸の内を支配する。脇目も振らずに今すぐその場を逃げ出したい衝動に駆られたが、己の弱い心を押さえ付けて無理矢理耐える。眼には涙が滲み、口からは力を入れ過ぎたせいか血が流れ落ちている。それでも男は耐える。そして二人がなおり草を満足するまで摘んで仲の良い様子で帰っていき、完全に姿が見えなくなるまで、ひたすら耐え続けた。

 

「無様なものだ……私は……」

 

 半ば茫然としながらも男は歩みを進める。その先には遠くからでも見える、華やかな王国が存在していた。

 

 

 

 

 ――ルクレチア王国。旧き世界において中世と呼ばれた時代に繁栄した彼の王国は、歴代の国王を決める際に決まって伝統ともいえる催しを開く。数日間に渡って続くそれは、城下町を丸ごと含めた盛大なお祭りのようであったという。

 

 

 男の視界には城下町を忙しなく行き来する人々の往来がはっきりと映し出されている。それだけでなく、自分の屋台を仕切る商人達の掛け声や辺りを楽しそうに走り回る子供達の姿に、男は混乱しながらも無意識に町の中心部を歩いていた。

 

「――っとすまない!」

 

 それゆえか目の前に飛び出して来た子供の存在に気付かず、あわやぶつかりそうになる。咄嗟に避けようとしたが、しかし子供は男の身体をそのまま通り抜け、すぐに後ろの人込みの中へと消えてしまう。

 

(これは……やはり此処は現実ではないのか?)

 

 薄々感付いていたが、周囲の人間達はまるで自分の姿が見えないかのように――いや、むしろ自分がこの世界を魂だけの状態で彷徨っているかのような現象にとても理解が追い付かない。どうしたものかと考えたその時、遠くの方から歓声が響いて来た。

 

(この方角は……王城に続く道か……)

 

 頭では躊躇しながらも足は既に進路を変えていた。王城に近づくにつれ段々と耳に届く歓声が大きくなる中、男は唐突に思い出した。このいつになく晴々とした天気に、普段以上の活気を見せる城下町の記憶を。

 

(武闘大会……か。――思えばここから全てが始まっていたのか)

 

 木製の重厚な正門を潜り抜けた先にあったのは、多数の兵士達によって隙間無く囲まれた正方形の空間。幾つもの色鮮やかな鉱石を切り抜いて造られたであろう豪華な舞台では、丁度勝負が決まったのかこれまでで一番の大きな歓声が沸き上がっていた。

 

「あれは私と……ストレイボウ! ……ならば奥に居るのはッ!?」

 

 思わず飛び出しそうになるが、今の自分の状態を思い出した彼はなんとか踏み止まる。そして固唾を飲んで、過去の記憶と全く同じ光景を見詰めた。

 

 

「立てるか? ストレイボウ」

「くッ……大丈夫だ……お前の勝ちだ……オルステッド」

 

 向かい合う二人の男。一人は短い金髪の剣士で、もう一人は黒髪を伸ばした魔法使いのようだ。勝負はどうやら剣士の勝利で終わったらしく、知り合いなのか自分が倒した魔法使いに手を差し伸べようとするも、魔法使いはそれを断り自らの足で立つ。

 

「ではオルステッド、前へ!」

 

 舞台の傍にいた中年の男から声を掛けられる。一目で上等な生地を使っていると分かる高級感溢れた衣装と装飾から、この男が相当な身分を持っていることが伺える。どうやらこの大会の司会を担当しているようだ。

 発言してからすぐに中年の男は脇へ控えると、奥の玉座に座っていた老人が静かに立ち上がる。途端に剣士と魔法使いの二人は老人に対して跪き、老人は勝者である剣士へと語り掛けた。

 

「よくやった、オルステッド! ――さ、アリシアよ」

  

 そう言って隣へと振り向いた先にはもう一つの玉座があり、今までこの玉座から戦士達の闘いを真摯に見詰めていた女性が上品に立ち上がる。

 

 会場にいる全ての人間の視線を一身に受けたこの女性の何と美しいことか。

 少女から大人の女性へと成長する過程の丁度真ん中にいるような、白百合のように可憐でありながも、時折り見せる黒薔薇のように妖艶な雰囲気が、言葉にし難い浮世離れした美を表している。

 まるで神が特別に、丹精込めて創り上げた彫刻のような顔立ちと、この世の黄金比を極めたかの如き身体のバランスが、彼女が同じ人間であることを疑わせる。

 これならいっそ人間ではなく、天から舞い降りた天使であると言われた方がまだ納得出来るだろう。

 そんな彼女の小さくも愛らしい口から、透き通った高い声が零れ落ちる。

 

「オルステッド様とおっしゃいましたね?」

「とても男らしい……戦いぶりでした」

 

 一言声が発せられる度に、先程までの観客達の熱狂ぶりが静まっていく。主役である筈の剣士も目の前の女性から響き渡る美しい声の旋律に、ただただ魅了されるだけである。そして……

 

「喜んであなたの妃となりましょう」

 

 次の瞬間、決勝戦の決着時を更に上回る大歓声が王城の至る所で沸き上がった。王女の父親でありこの国の王である隣の老人が、嬉しそうな表情で兵士達に宴の用意を命令する。慌ただしく準備がされる中、剣士と王女の二人は国中の人間の祝福を受けながら、宴の中心へと進んでいく。

 

 

 ここまでの様子を部外者として一部始終見ていた男は言葉を発することもなく、複雑な表情で彼等を見続けていた。その眼には様々な感情が宿っているが、最も色濃く表れているのは困惑の色だろう。男もまた彼等の後を追うように、賑わいを見せる宴の中心に進んだ。

 

 

 

 

 どれだけの時間が過ぎたのだろうか。燦燦と輝いていた太陽も気付けば地平線の向こうへと沈み、夜のとばりが落ちている。宴の熱はまだ冷めてはいないが、流石に疲れたのか王女はこっそりと剣士を連れ二人だけで会場を抜け出し、王城の最上階に位置するテラスへと続く階段を登る。

 

 王女の後ろに続いていた剣士が階段を登り切った先で見たのは、月明かりに照らされた王女の儚き美貌だった。手摺に身体を預けて何気なく眼下の城下町を眺めている後姿も、何だか一つの絵画のように見えてくる。

 

「とても素敵な宴でしたね……父上ははしゃぎすぎのようでしたけど、父上も嬉しいのです。あなたのような跡継ぎができて……」

 

 楽しそうにそう語る王女は、微笑を浮かべながら剣士の方へと振り向く。

 

 

 

 

 

 

 

「もちろん、(ワタシ)もです」

 

(――――なッ!?) 

 

 いや、剣士ではない。王女が振り向いた先にいたのは……テラスの端に佇んでいた男自身であった。

 

 

 

 

 ここにきて突然の行動に男は戸惑うが、王女は構う様子もなくゆっくりと男へ近づいていく……

 

(カミ)というのはやめてください……今は(ワタシ)とあなただけ……」  

 

 思わず目を見開いた。何故なら王女の身体にはどす黒い瘴気のようなものが噴出し始め、体内から次々とナニカが突き破ってきたからだ。よく見ればそれは、光を吸い込むかのように黒く濁る粘液に塗れたおぞましい触手であり右、左、上下と逃げ場を塞ぐかのように、無数に忍び寄ってきていた。 

 

 

 

 

 

 

「これからは父上よりも……アネウエよりモ……イイえ、ダレヨりも……」

「やめろ…近づくな……!」

 

 抵抗しようとするも、時すでに遅く。右腕を、左腕を、両足を、胴体を、首を…全身をおぞましい触手によって拘束されていた。

 

 愛しいモノを放さないように。

 

 美しいモノを愛でるように。

 

 ()()()()()を取り戻すように。

 

(ッ!? …………なに……?)

 

 一瞬のことだった。

 

 必死になってもがきながらも、男は何か違和感を……既視感を覚えた。

 目の前のナニカから伝わってくる、底無し沼のような憎悪の果てに、確かな哀しみが沈んでいることを。

 

 

 

 

「アナタヲ……」

 

「おまえは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「  () () () () ()  」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はッ?!」

 

 そこで男の意識は途切れ、現実へと覚醒した。

 寝てる間に汗をかいていたのか、全身はビッショリと濡れている。激しく胸を叩く心臓の鼓動が、直前に見ていた悪夢の残滓を物語る。

 辺りを見渡してみる。ここは王城のテラスではない、何処かの山の中にいるようだ。空気は冷たく、透明度の高い清き水で満ちた清流が己のすぐ傍で静かに流れている。

   

(今のは……()()は一体?)

「ようやく目が覚めたか、人間よ」

(ッ!!)

 

 背後から突然掛けられた声に、興奮がまだ落ち着いていない為か反射的に腰の剣を抜き振り返ろうとする。だが――

 

「……剣が無い?」

「ああ、お主の身に付けていた装備ならば後ろにある岩の陰にまとめてある」

 

 男の疑問に対し、何てことはないように答えるのはここまで男を運んできた人外の女だ。ここで自らの過ちに気付いたのか、男は女に謝罪の言葉を掛ける。

 

「もしや貴女は私を助けてくれたのか? ……すまない、恩人に対しこのような無礼を――」

「気にするでない。偶然お主が倒れていたところを見かけて、気紛れでここまで運んだだけだ」

 

 謝罪の言葉を遮り、そう答えた女性は本当に気にしていないように見える。今も背中の翼を伸ばし敵意の感じられぬ様子を――

 

「……翼?」

「何を物珍しげに見ておる」

 

 不躾な視線に晒されるのが不快だったのか、女は少し語気を強めながら軽く男を睨む。

 

「す、すまない。人間とも魔物とも違う、今まで見たことのない姿につい……」  

「……確かに、竜は基本的に人前に姿を見せぬ。話に聞くことはあっても、実際の姿を見たという者はそうはいないだろうが……いや、それよりもお主に問いたいことがある」

 

 急に雰囲気を変えた相手に、男は思わず身構える。華奢な見た目からは想像も付かない程の覇気が、目の前の女から感じられるからだ。恐らくこれでも抑えているのだろうが、もし本気で襲い掛かられたら今の自分が果たして敵うか否か。

 

 

「単刀直入に聞く。お主……何者だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――某所。

 

 

 鬱蒼と茂る深い森の片隅で、黒いナニカが蠢いていた。周囲には腐敗した無数の魔物達の骸が散らばっている。空間そのものが腐っているようなおぞましい気配の中心で、それはゆっくりと動き出す。まるで引き寄せられるかのように、辺りを死で染め上げながらただ一点を目指す。

 遥か遠くに見えるは竜達の住処にして聖域である、リブリィール山脈。

 どこに目が付いているのか、迷わずにひたすら進むその光景は、逃れられぬ死の運命を形にしたかのようだ。

 

 遥か西の地で風に選ばれた若き戦士が今日も鍛錬を行っている。

 

 世界を巡る美しい赤毛の女性が、一縷の望みをかけて斜宮を後にした。 

 

 そして……

 

 

 堕ちた存在が邂逅する時は、そう遠くない――

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