堕ちた勇者は彼の地にて   作:胸焼け

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第五話になります。


第5話 巡り来る災い

 ――地下都市フノーロ。

 地下に位置するこの街には当たり前だが光源が少ない。家屋から漏れ出る人々の営みの光だけでは、とてもこの空間全体を照らすことなど出来はしない。

 そこで登場するのが街灯の存在だ。元々この街は何者かによって生み出された地下迷宮であり、当時から稼動し続ける無数の照明を街灯として活用することによって、此処は地下であっても常に一定の明るさが維持されているのである。

 しかし流石に街の隅から隅までという訳にもいかず、例えば路地裏のような場所ではそれこそ気休め程度の数しかないため、結果的にどうしても死角が生じてしまう。

 

 そして暗い場所には、胸を張って表を歩けぬ者達が自然と集まるものであった。

 

 

 

 

 

 

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 街の住民達が寝静まった頃。表通りから外れた街の片隅で、微かにだが複数の息遣いが聞こえてくる。

 迷路のように入り組んだ細道のずっと奥、暗い通路の行き止まりにて何かを囲む男達の姿があった。

 

「コイツ……!」

「テメェ何モンだ!?」

 

 人相の悪い彼等が動揺しながらも睨みつけているのは、現在自分達が追い詰めている二人の人物の、その内の片方である。一人は紅い髪を伸ばした若い女であるが、彼女に視線を向けている者は誰一人としていない。本命はその隣にいる……いや、()()()()()()()男だ。

 

「……大丈夫か?」  

「えっ……あ、あぁ。わ……ワタシっ! なら、心配いらぬ」 

 

 男は背後の女に声をかけると、自分が身に着けていた外套を女に向けて放った。後ろを振り返らないままに放られた外套は、風に揺られ緩やかに女の頭上に落ちる。

 

「それを着て、その場で大人しくしておけ」

 

 腹から背中にかけて大きな穴の開いているインナーを着た男は、一言だけ喋ってそれきり押し黙る。

 

「何じゃ、別に寒くは……むっ。さてはお主」

 

 こちらを一向に見ようとしない男の態度に、女は僅かばかりの疑問を覚えるも、すぐに納得がいったのか口を歪ませてニタリと笑う。

 

「照れておるな!」

「……大丈夫そうだな」

 

 この場にそぐわない態度で自信満々に指摘した女を、男は取り敢えず意識から外して足下を見る。其処には自分がつくった血の海があった。

 

(殺す程の力を込めたつもりは無かったのだが……まぁいい) 

 

 死体を一瞥した後、何でもなかった様にすぐに目線を上へと持ち上げ、目前の敵を見据えた。

 

 

(一、二、三…………十二、か。数は多いが……) 

 

「聞いてんのか、こらぁ!?」

「ナメんじゃねぇ!」

 

 男達が口を揃えて女を背に隠した男を罵るのも気にせず、渦中の男は視界が悪い中、既にこの集団の中心人物に目星を付けていた。

 

「頭を潰せば問題ない」  

「これ、待つのじゃ」 

 

 速やかに片を付けようと一歩踏み出した男の背中に、声をかける者がいた。

 

「そなた、名は何と言う?」

 

 それまで一人騒いでいた女は一転して、男に対して真顔でそう問いかける。

 

 

「……オルステッドだ」

 

 足を止めた男はそれだけ言い残し、今度こそ歩み出す。その後姿を黙って眺めていた女は。

 

(オルステッドか。予定とは違うが……まぁよいわ。高みの見物と参ろうかの)

 

 内心で打算しながら、紅い眼を細めた。

 

 

 

 

 

 

「いい加減何とかいいやがれっ!!」

 

 突然現れてから一言も喋らない男――オルステッドに、段々と苛立ちを募らせていた男の堪忍袋の緒が遂に切れる。奇しくもその男は、オルステッドが目星を付けた人物であった。

 

「さっきから黙りやがって……ビビッてんのか!? こらァ!!」 

 

 そう声を荒げた男の格好を、当のオルステッドは相手に気付かれないように、注意深く観察していた。

 

 下は濃い緑色のズボンを穿いており、腰の辺りから数本の短剣が光っている。

 上は何も着ておらず、分厚い筋肉には無数の古傷が刻まれている。

 

(この男だけ身のこなしが違う。元は傭兵でもやっていたのか)

 

 一切こちらに反応せずに、黙って近づいて来るオルステッドの姿を見た男は、ますます怒りを大きくしていく。

 

「クソ野郎がッ! 今すぐぶっ殺してやる!!」

 

 無精髭の生えた顔は怒りで真っ赤に染まり、禿げ上がった頭からは湯気が昇りそうな勢いである。啖呵を切って自らの得物を二本抜き取った男に対し、お互いの表情が分かるぐらいの距離まで詰め寄っていたオルステッドはようやく、その重い口を開く。

 

「私は別に争うつもりは無い。後ろの彼には申し訳ないことをしたが、君等がこれ以上何もしないならば見逃そう」

「ぁあッ!? こ、この野郎ッ!!」

 

 やっと喋ったかと思えば、自分達を見下しているかのような発言をした人物に、大分前から限界を超えていた男は血走った目で叫んだ。

 

「死ねェッ!!」 

「……これは」

 

 叫びながら男が繰り出したのは、オルステッドが今まで見たことの無い剣術であった。

 両手でそれぞれ構えた短剣で幾つもの残像を生み出す斬撃の嵐は、激しいながらも見方によっては、舞でも踊っているように鮮やかだった。

 上下左右と不規則に迫る無数の刃に、オルステッドは腰元の剣の柄に手を添えた状態で、ひたすらそれを避け続ける。

 

「運が悪かったな! 飛燕剣の達人である俺に狙われるなんてなァ!!」

 

 此方の攻撃に一切反撃してこないオルステッドの様子に、二振りの短剣を振り回す男は得意気な顔で嗤う。舐められた分だけ惨たらしく殺してやろうと、更に勢いを強めようとした瞬間。

 

 

「はっはァ!! くたばりやが――」

「もう分かった。十分だ」

 

「――れッ……」

 

 

 横一閃。

 

 白銀に輝く半月は嵐を切り裂き、男の太い首を酷くあっさりと切断した。

 

 剣を抜いた瞬間すら分からない。たった一度の、刹那の反撃によって男の首は宙を舞う。見物の叶わない技を披露したオルステッドはというと、血飛沫を上げて崩れ落ちる男の身体を背に、呆然とした顔の取り巻き達に告げる。

 

「君等の大将は死んだ。……敵討ちをしたい者は――」 

「うああぁ!!」

「化けモンだぁ!!」

 

 しかし、状況を理解した男達はオルステッドが何か言い切る前に、全員血相を変えて逃げ出していた。烏合の衆と化した人間達を見届けた彼は後ろを振り返ると、其処には身体を震わせた女が座り込んでいた。

 

 

「怪我は無いか?」

「…………あ、あぁ。大丈夫じゃ」

(コヤツ、何者じゃ!?)

 

 口を開いたままオルステッドを凝視する女へと、彼は剣を収めながら近づいていく。

 

「どうした、腰が抜けたのか。――淫魔よ」

(ッ?!)

 

 己の正体がばれていたことに驚いたのか、声をかけられた女は慌てて後ろへと飛び退いた。

 

「……何のことかの」

「惚けなくてもいい。私は遥かな過去に、君と似たような魔も……存在と戦った経験がある」

 

 警戒心を露にした女を宥めるかのような態度でオルステッドは語りかける。だが、流石にそれだけでは落ち着けないのか、女は後ずさるもすぐに背後の壁にぶつかった。

 すると女は観念したのか、無言で俯いた……と思った直後、いきなり笑い声を上げた。

 

「ハハハハハッ!! 見事よ、オルステッド!」

 

 そう言いながら外套を翻した女。いつの間にかその背には一対の翼が現れていた。

 

「だが淫魔ではない、睡魔と呼べ。そして我は睡魔達を統べる者――睡魔王女クルージェじゃ!」

 

 先程の怯えぶりはどこにいったのか。自身に溢れた表情でそう宣言した女――クルージェは、口を三日月の様に歪めて、細く白い腕をオルステッドへと向けた。そして、男を惑わす妖しい色香を漂わせながら、そっと囁く。

 

「そなたは人間族にしては中々やるではないか。……どうじゃ、我のモノにならぬか? さすれば甘美な一時を――」

「悪いが結構だ」

 

 オルステッドは動じない。悪魔の誘惑を受けようと一切戸惑うことなく、恐ろしく鋭い切れ味で断った。

  

「お前を助けたのも気紛れだ。用が済んだら大人しく住処に帰れ」

 

(――は? ……こ、コヤツ! ヒトが優しくしたら、付け上がりおって!)

「…………ほ、ほう。言うではないか」

 

 不遜な態度の男へ内心で怒りを覚えるも、先程の攻防を目の当たりにした女は、引き攣った笑顔を維持して男の隙を伺う。

 

(ぐっ……この我が、人間如きにぃ……だが、接近戦ではホンの少しだけ我の分がわる……いや、少々手間が掛かるやもしれぬ)

 

「用が無いなら失礼する」

 

 自尊心の高い彼女は、目の前の愚かな男に制裁を与えようと考えあぐねるが、どうにも良い案が浮かばない。すると棒立ちしている彼女の企みなど眼中に無いと言わんばかりに、オルステッドはクルージェに背を向けて歩き出した。

 その行動で不安よりも怒りが勝ったのか、途端に笑顔を崩したクルージェは両手に紅い魔力を込めると、その矛先をオルステッドへと向けた。

 

 

「我を愚弄したこと、あの世で後悔するがよいッ!! くらえ、火炎――」

「遅い」

 

 

 呪文を紡ごうと震わせた喉元に、白刃が突きつけられる。

 

 片手で剣を握る男は刀身を微動だにさせないまま、己の命を狙った女へ淡々と事実を告げる。

 

「私はお前より、もっと発動が速く、もっと威力がある、多彩な魔法を使いこなした男を知っている。……少なくとも、彼より弱いようでは私は殺せない」

 

 「――っ! …………ま、待つのじゃ!」

 

 言いたいことを全て言ったのか、オルステッドはクルージェの制止も聞かずにさっさと元来た道へ戻っていく。二度も間近で神業を見せられた彼女は、それを止める術を持たなかった……

 

  

 

 

 

 

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 アビルースと雇用関係を結ぶことになったオルステッドは、雇い主であるアビルースからの依頼を週に三、四日の頻度で受けていた。とは言っても、基本的にやることは迷宮の奥へと赴く彼の護衛であり、時間が掛かる時でも精々半日程度で事が済んでしまう。

 

そのため、空いた時間はアビルースから借りた教本でこの世界の文字や地理について学ぶか、或いは――

 

 

 

 

「せぁッ!」

 

 腹に力を込めて叫ぶ。縦一文字に振るわれた剣は、巨大な魔物の身体を真っ二つに切り裂いた。

 

 此処はアビルースの護衛で何度か訪れた、とある迷宮である。実力的に一人でも問題は無いとアビルースから太鼓判を押されたオルステッドは、己の鍛錬と街の脅威を減らすことの、二重の目的のために此処で魔物を狩っていた。

 

(やはり……魔物を倒せば倒すだけ、自分自身が強くなっていく)

 

 片手で剣を投げる。

 

 一直線に飛んで行ったそれは、遠くの魔物を串刺しにして、そのまま通路の壁へと縫い付けた。

 

(それも技術や経験が積まれて強くなるというよりも、もっと根本的に、肉体が強化されていくような感覚がする……)

 

 ふとオルステッドは横を見た。目に映るのは大きな石材が積まれて作られた、いかにも頑丈そうな灰色の壁だけだ。

 

「…………ッ!」

 

 右手を固く握りしめると、オルステッドは無言で――壁を殴りつけた。

 

 

 

 

 一人だけしかいない広い空間に、何かが砕ける鈍い音が響く。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 拳から滲み出た血が、小雨の様にポタポタと足元へ落ちていく。……が、その傷もすぐに、異様な早さで塞がっていく。一般人が見たら間違いなく驚くだろうこの光景にしかし、張本人である彼は己の拳ではなく、壁の方を見詰めていた。

 

 

 

 

 頑丈そうな石造りの壁に、拳大の穴が穿たれていた。

 

 

 

 

 

 

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「人間じゃない?」

 

 怪訝そうな顔で聞き返したのはアビルースだ。その手には紅い液体の入ったカップが握られている。

 

「ああ。……とは言っても私自身、自分がどんな存在なのか理解が及んでいないがな」

 

 オルステッドは誠実な彼に、自身の身体の秘密を打ち上げることにした。

 博識な彼ならば自分一人であれこれと考えるよりも、問題の解決に繋がる答えがすぐに見出されるのではと、淡い期待を込めて。

 

「…………そうですか。事情は何となくですが分かりました。……その、ご自分が生き返った経緯について、何か心当たりはありますか?」

 

 悩みながらも慎重に、そう尋ねたアビルース。

 オルステッドはその質問に、自分の過去を振り返る。

 

(死んだ人間達の怨念が化物となる……かつて、そんな存在がいたな)

「……第七騎兵隊の亡霊」

 

「えっ?」

 

 ぼそりと何かを呟いたオルステッド。独り言だったのか、アビルースは彼が何を言ったのか聞き取ることが出来なかった。

 

「すみません、もう一度よろしいですか?」

「いや……何でもない。それよりも聞きたいのだが、この世界には死者の怨念……などを集めて、形にする魔法は存在するのか?」

 

 気になることでもあるのか、オルステッドはアビルースに新たな問いを投げかけた。それを受けた彼は、額に指を当てて考え込むような仕草をした後、傍にあった羊皮紙と羽ペンを手繰り寄せる。

 

「存在します。禁じられた魔法、儀式の類では、割と代表的ですが……死者の霊が集まる場所、と言うと一つ心当たりがあります」

 

 そう言いながら羊皮紙を差し出すアビルース。其処には大陸や海洋の描かれた絵があった。

 

「これは、この世界の地図でして……この部分を見てください」

 

 アビルースが指を差した辺りを注目するオルステッド。よく見てみると、何かの地名が記載されていた。

 

「此処は?」

「僕達がいるニース地方の北、大きな山岳を越えた先の、ケレース地方と言う地域です。その中央部にそびえる山脈の北部……これです。此処に『冥き途(くらきみち)』と呼ばれる迷宮が存在します」

 

 彼が指差したのは、とある地域に存在する迷宮であった。

 まだ疑問の解けないオルステッドの顔を見て、更に言葉を続ける。

 

「この迷宮は、死者達が向かう冥界に繋がっていると昔から言われてまして……もしかすれば、貴方の身体の秘密に繋がる何かがあるかもしれません」

 

 若干自身が無い様な調子で語るアビルースに、説明の意味を理解したオルステッドは満足そうに「十分だ」とお礼を述べた。 

 

「元々答えの見つからない問題だったんだ。手掛かりになりそうな情報が得られただけでも大きな収穫だよ」 

「そう言って頂けるのであれば幸いですが……ところで」

 

 一先ずオルステッドの問題についての目処を立てたアビルースは、話題を変える様に横を向いた。其処には――

 

 

「何じゃ、長話は終わったのか?」

 

 

 ……紅い髪の女が、来客用の椅子に座っていた。

 

「……オルステッドさん、彼女は――」

「理由は知らないが、気付いたら勝手に付いてくる様になってな……」 

 

 顔をしかめながらそう話すオルステッド。そんな彼の様子など知らないとばかりに、話題の女――クルージェは細い足を逆向きに組み直し、手に持った紅茶を優雅に飲んでいる。

 

「……この街は魔族に対して比較的穏やかな対応ですが、他ではそうはいかないですよ?」 

「分かっているんだが……な」

 

 どうしたらいいかと二人して悩む中、そんな彼等に向けて何故か偉そうな態度で話しかけるクルージェ。 

 

「フフフ……オルステッドよ、高貴な我の眼に適ったのだ。そう謙遜するでない」

 

 

 

 

「……知恵ある魔族の方のようですし、いっそ旅に同行してもらうというのは?」

 

「……まさか。確かに言葉はある程度通じるし、力も多少あるみたいだが……」

 

 だが彼女の言葉に耳を傾ける者はこの場に存在しなかった。

 そっちのけで話す二人に気付いていないのか、それとも気にしていないのか、クルージェは「独り言」を続ける。

 

「無礼を働いたのはこの際大目に見よう。どうじゃ、我と手を組もうではないか?」

(まさか帰り道の途中で結界に阻まれるとは……こうなれば、何が何でもコヤツを我の下僕にせねば気が収まらぬわ!)

 

 ……そのうち意見が纏まったのか、二人の男は壮大な野望を企てる女の方を見た。そして、オルステッドが彼女へと話しかける。

 

「確か……クルージェだったか。敵意は無いようだが、一緒に来るつもりならば使い魔になるか?」

 

「……な、何ッ!? 我に使い魔になれと! 貴様、我を……侮辱……して……」

 

 クルージェが怒りで思わず魔法を行使しようとした瞬間、またしても喉元に剣の切っ先が突きつけられる。

 

「嫌なら自分の住処へ帰れ。今すぐにだ」 

「オルステッドさん、そんな乱暴にしなくても……」

 

 傍から見たらあんまりな光景に、思わず隣のアビルースが口を挟む。……が、彼の言葉も意に介さず、オルステッドは再度クルージェに問いかける。

 

 

「どうするんだ?」

 

 

 

 

 

 

「…………つ……使い魔に、なり……ます……」

 

 

 

 

 

 

 ―― たびの なかまが くわわった。 ――

 

 

 

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