あの二人より先に建て物から出たわたしは、なるべく離れた曲がり角から二人の様子を伺っていた。
そして二人が突然別れたかと思ったのも束の間、彼と一緒にいた女の子がわたしのところに走ってきたのだ。
「わたしに気づいていたんですか?」
「当然でしょ。あんなの気づかない方がおかしいわ。ずっとこっちを見ていたんだもん」
さすがに近づきすぎただろうか。
もしかしたら、駅前で和也くんを見つめていた時に気づいたのかもしれない。
もしくは、電車に乗っている時からか・・・。
「あと、ため口でいいよ。一応同い年だしね」
「……単刀直入に聞くわ。あなたは和也くんのなんなの?」
彼女のことはテレビで見たことがあるので知っていた。
七瀬財閥のお嬢様で聖アルブレヒト女学院の二年生。
彼女の噂はうちの学校にまで行き届いている。
「親友、ね。それ以上でもそれ以下でもない、私の大切な親友」
その言葉にどこかホッとしたわたしがいた。
彼を疑いたくないと言いながらも、結局は信用しきれていなかった証拠だ。
「どうやって知り合ったの?」
彼女と和也くんに接点があったとは思えない。
もし可能性があるとするなら・・・。
「とあるオンラインゲームよ。三年前にね」
(やっぱり……)
しかし三年前というと中学二年生の頃ということになる。
つまり、わたしよりも付き合いが長いことに・・・。
「私からも一ついい?」
彼女が真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
わたしは無言で首を縦に振った。
「彼と……カズくんと、別れて欲しいの」
何を言われるのかは大体察しがついていたが、改めて口に出されると背筋が凍ってしまいそうになった。
自分が彼女よりも劣っていると感じている証拠だ。
彼女が自分の想いを彼へ伝えた時に、彼がわたしを選んでくれる自信がない。
「あなたも和也くんが好きなの?」
できればこの話はしたくなかった。
この質問を彼女が肯定した場合、きっとわたしの心はガラス細工のように粉々に砕け散ってしまうだろう。
しかし、彼女の返答はわたしの想像とはかけ離れたものだった。
「もしあんたの言っているのが『ラブ』の方なら、それは違う。何度も言うように、彼は私の親友なの」
・・・『親友』?
友達以上恋人未満の関係ってことだよね?
もし彼女が今の関係に満足しているのなら、わたしが彼と別れる理由は何?
「どうしてそれでわたしたちが別れるという話になるの?あなたたちが友達として仲良くする分にはわたしは構わないけど」
「私が構うのよ。あのね、彼女より友人を優先する男がどこにいるの?あんたに限らず、私にとっては彼と親しい人全員が邪魔なの」
「なっ……!!」
なんてワガママなお嬢様なのだろうか。
いや、お嬢様だからこそかもしれないが。
「彼はね、私のたった一人の親友なの。ううん、親友に限らず、一人だけの友人なのよ」
「一人だけ……?学校やゲームのお友達は?」
わたしがそう言うと、彼女は鼻で笑った。
「心配してあげているのにその反応は失礼すぎるのでは?」と言ってあげたくなったが、ここは堪える。
「クラスの人はわたしにペコペコしてばっかで文字通り話にならないわ。ゲームの友達なんていないようなものだし」
そうか、とわたしは思う。
日本、いや世界中でも上位に食い込んでくるほどの大企業の娘には、みんな近寄り難いのだろう。
お嬢様同士仲良くするといっても、その中にお姫様がいたところで、興味は持っても友達になろうなんて思わないはずだ。
「でも和也くんとはゲームで知り合ったんだよね?」
ゲームの友達はいていないようなものだ、と彼女は言った。
そこに彼は含まれていないのだろうか。
「カズくんは別よ。三年も付き合ってるんだから。実際、私の正体をバラしても彼は私を拒絶しなかった」
むしろ彼女の方から言い出すまで気が付かなかった彼も彼だが、それでも彼女を受け入れるところが彼らしい。
彼のそんなところがわたしは大好きだ。
「三年の付き合いなのは結果論でしょ?出会った当初はどう思っていたの?ゲームの友人を本当の友人と思えないあなたが、どうして彼に近づこうと思ったの?」
彼女の顔がだんだんと険しくなってきた。
どうやらわたしの言葉が癪に障ったらしい。
しかし、わたしは言葉を続ける。
「彼は拒絶しなかった?そもそも、あなたを拒絶した人なんかいたの?あなたに友達ができないのは、あなたが自分から歩み寄ろうとしなかったのが原因なんじゃないの?」
「―――さい」
まだまだ言いたいことは山ほどあったが、そこで彼女がわたしの言葉を遮った。
「うるさい、うるさい、うるさい!!理屈で人の感情を語るな!私に踏み込んでくるなぁ!!!」
どうやら彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
怒ってはいるものの、彼女の言葉には否定の文字が含まれてない。
おそらく自分でも分かっているのだろう。
僅かに目元が濡れているのが見えた。
「……やっぱり私はあんたが嫌いよ」
気分が落ち着いたのか、彼女が小さな声で呟いた。
「わたしも。あなたとは仲良くなれる気がしない」
もともと仲良くする気なんてなかったが。
「あんた、名前は?」
わたしを睨みつけながら、彼女がそう聞いてきた。
わたしは一瞬躊躇ったが、堂々とその質問に答えた。
ここで下手に出るわけにはいかない。
「姫宮葉月。清秋学園の二年三組で……」
まるで宣戦布告をするかのように、わたしは告げる。
「一ノ瀬和也くんの彼女よ」
この小説はコメディ作品です。