「さーって、どこで飯を食うかな」
あかりとのデートが想像以上に早く終わってしまったものの、内心ホッとしている俺がいた。
というのも、女の子とのデートで一番気を使うのは昼食なのだ。
ファストフードなんて論外、かといって高級料理店に行くわけにもいかない。金が無いからとかそういう理由ではなく、一般の高校生が入っていい場所じゃ無い。
……あかりは一般の高校生じゃないな。
今回の反省を踏まえ、今すぐにでも次のデートプランを練りたいところだが、とりあえず今は腹ごしらえが先だ。
そう考えた俺はコンビニへ入ろうとしたが、そこで謎の女性に声をかけられた。
「そこの殿方、少しお待ちになって」
……訂正しよう、これは俺に向けられた言葉ではない。
俺にこんなザ・お嬢様って感じの知人なんて存在しないはずだ。もちろんあかりも含めて。
一瞬振り返りそうになったものの、俺はそそくさとその場から立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと!無視しないでくださいな!!」
……俺なのか?これは俺に対する反応なのか!?
はっきり言って関わりたくないが、立ち止まった俺はゆっくりと後ろを振り返る。
するとそこには赤いドレスを身に纏った一人の女性が立っていた。
こんな派手な服装で外出するなんて一体何を考えているのだろうか。
もう少しTPOをわきまえる努力をするべきではないだろうか。
「……コスプレ?」
「……はい?」
女性が怪訝な顔をして首を傾げた。
秋葉だしその線が最も濃厚だと思ったんだが……。
「で、一体俺に何の用ですか?」
「貴方にお尋ねしたいことがありますの。……ここじゃ目立ちますわね」
周囲をキョロキョロと見回した後、女性は右手の指をパチンと鳴らした。その瞬間、どこから現れたのだろうか、三人の黒服の男が俺を囲んだ。
周りにいた人々が一斉に俺たちに注目する。
いやいやいや、どう考えてもこっちの方が目立つだろ!?
「屋敷に連れて行きなさい」
「「「はっ」」」
「えっ、ちょまっ、え?えぇぇぇえ?!」
俺は黒服の男たちに無理やり車へ乗せられてしまう。
「おい、おとなしくしろ!さもないと……」
そう言って男が取り出したのは透明のナイロン袋。中にはなにやら怪しげな白い粉が入っている。
「まってまって、ヤバいよそれ。本当にマジで……アッーーー!!」
両手両足を抑え付けられた俺は、抵抗もできないまま口の中へその粉を入れられてしまった。
(あれ、なんだか気持ちよくなって……)
まどろみの中、俺の意識は段々と遠退いて行った。
◆◆◆◆◆◆
―――いったいいつまで眠っているつもりなのかしら?
暗闇の中、どこからともなく声が聞こえてきた。
まるで自分を包み込んでくれるような、鋭くも温かい女性の声。
―――起きなさい、一ノ瀬和也。
女性の声が徐々に鋭さを増している。
どうやら怒っているらしい。
そんなこと言われても……。もうちょっと寝かせてくれてもいいじゃないか。
―――井上、叩き起こしなさい。多少の怪我は仕方ないわ。
いや仕方なくないだろ!?
なにやら身の危険を感じ始めたので、俺はそろそろ起きることにした。
なぜか麻痺して動かない身体を、腹筋を使って無理やりに起こす。
「ううん……はっ!ど、どこだここ!?」
気づけば俺は知らない部屋に連れてこられていた。どうやら意識を失っていたらしい。
部屋の中には高そうな絵画やら壺やらが飾ってある。それらの中には俺が知っているほど有名なものもあったが、見なかったことにしておく。
「もしかして俺は怪盗の住処にでも連れてこられたのか……?」
「はぁ?何を言っていますの?ここは由緒ある天堂家の屋敷ですわよ」
天堂家?知っているような知らないような……。
たしかそんな名前の会社があったよな?
「もしかしてゲームとか開発してたりする
?」
「してませんわよ、そんなこと。そもそも天堂家は貴族の家系であって企業を立ち上げているわけではありませんのよ?」
どうやら違うらしい。一人のゲーマーとしてはとても残念だ。
「ふーん、そうなんだ」
「ふーんとはなんですの!?人が折角教えて差し上げたというのに……」
「いや、誰も聞いてないし」
そもそも俺は拉致されてここに連れてこられたんだ。家柄なんてどうでもいいから早く解放してくれ。
「はぁ、これだから殿方というのは……。まぁいいですわ。貴方に聞きたいことがあるのです」
「そういえばそんなこと言ってたな。で、何が聞きたいんだ?」
まさかとは思うが奥手なお嬢様が俺のメアドを聞きたいがためについ拉致してしまったとかいうラブコメ的展開じゃないよな?
さすがに現実でそんなことになったら引いちゃうぞ。
「先ほど貴方と一緒にいらっしゃった女性、あの方はもしや七瀬あかりでは?」
「そうだけど……それが?」
もしかしてこの人はあかりに気があるのだろうか。
さっき「これだから殿方は……」とか言ってたし。
百合なのか、そうなのか!?
「いえ、なんでもありませんわ。それで、お二人はどのような御関係なんですの?」
「どのようなって……ただの親友だよ」
それ以上でもそれ以下でもない。
ごくごく普通で、とても大切な親友だ。
「ただの親友、ですか。わかりましたわ、ご協力感謝いたします。もう帰ってよろしくてよ」
「えっ」
それだけ?そんなことを聞くためだけに俺は拉致されたのか?冗談じゃないぞ!?
女性はなぜかニヤニヤしているが、俺にとってはまったく笑えない状況だ。
困惑する俺を差し置いて彼女が再び指を鳴らすと、今度は若いメイドさんがどこからともなく出現した。
さっきの黒服の男たちといい、こいつらは普通に登場できないのか?
(うぉぉぉお!!本物のメイド!?すげぇ!!)
心中で愚痴をこぼしながらも、初めて見る―――というより実在するかどうかすら疑わしかったメイドに、俺はつい興奮してしまう。
ふわっとしたフリル付きのスカートに純白のヘッドドレス。ストッキングを吊るすガーターベルトが締めつけている脚は、甘味な魅力を醸し出している。
実際に目の当たりにして感じたけど、メイド服はやっぱり若い子が着るべきだな。
「お呼びでしょうか、お嬢様」
呼び出されたメイドがそう言った。
声と見た目からして10代後半から20代前半といったところか。どちらにしてもかなり若い。
バイトか何かだろうか?
さすがに本職じゃ……ないよな?
「客人がお帰りよ、屋敷の前まで送って差し上げなさい」
「かしこまりました」
命令されたその若いメイドは、ペコリとお辞儀をした。さすが本物といったところか、背筋がしっかりと伸びていて、清楚なイメージを漂わせている。
それにしても客人って俺のことだよな?
天堂家では客人を招く時には睡眠薬(?)で眠らせた後に車に放り込んで運ぶのか?
「和也様、どうぞこちらへ」
「あっはい」
突然
メイドが扉を開けてくれたので、俺はそのまま部屋の外へ出る。
「一ノ瀬和也、ぜひまたいらしてくださいな」
ドアが閉まる直前、天堂さんがそんなことを言ってきた。
別に俺の意思でいらしたわけじゃないから。
お前に誘拐されたんだよ。
その後、数人のメイドに見送られながら俺は天堂家の屋敷を去って行った。
あのメイド曰く、俺が誘拐された場所までは歩いて一時間以上もかかるらしい。
時刻は十六時を過ぎており、空を見ると日が落ち始めているのが見える。
(ほんとにお嬢様ってのはどいつもこいつも……)
自らの不幸を呪いながら、俺は夕暮れの帰路についた。
「腹減ったなぁ……」
◆◆◆◆◆◆
翌日の夜、いつものようにFQにログインすると、あかりからコチャでメッセージが送られてきた。
『きのう天堂澪花に会った?』
どうやら彼女も聖女に通っているらしい。
貴族の家系って言ってたし、当然と言えば当然だが。
『あの自己中女がどうかしたか?』
『なにそれ……。なんか今日カズくんの生徒手帳渡されたんだけど』
俺の生徒手帳?なんでそんなもの……。
俺は念のため昨日持ち運んだバッグの中を確認してみる。
生徒手帳は映画やカラオケなどで学割が効くかもしれないと思い、昨日のデートに持って行ったのだ。
と、そこで俺は重大なことに気がついた。
(そういえばあいつ俺の名前を知ってたよな。まさか他人のバッグから勝手に生徒手帳抜き出したのか!?)
おそらく生徒手帳を見て俺の名前を知ったのだろう。
あかりとは違って言葉使いはお嬢様っぽいと思っていたら、どうやら行動に難ありらしい。
『悪い、次会う時に持ってきてくれ』
『はーい、りょうかい。それで、天堂澪花と何かあったの?』
『話せば長くなるから、また今度教えるよ』
『え〜……絶対だよ??』
『わかってるって。それより早くクエスト行こうぜ』
『あっ、そうだった。あれ今日までだから早く終わらせないと!!』
これ以上の追及を避けるために、俺はあえて話を逸らした。
これ以上話を進めると厄介なことになりそうだと判断したのだ。
(金輪際あの人に関わるのはやめておこう。なんだか危険な匂いがする。……おもに俺の身が危ない)
俺を眠らせたあの白い粉が地味にトラウマになってしまった俺であった。