「そんなこと言わずにさ。何卒何卒……」
いくら俺と
そんなことを考えつつも、俺は後輩から向けられる冷たい視線を必死に耐えるのだった。
「はぁ……わかりましたよ」
「えっ?」
頼み込んでから五分弱、今まで無言を貫いていた美雪ちゃんがついに口を開いた。
クールビューティーな彼女もどうやら先輩のしつこい頼み込みには敵わないらしい。
努力の勝利というわけだ。
「先輩のお話を聞いてあげると言っているんですよ。……九条先輩についてでしたよね?」
「そ、そうそう!九条の弱みとか知らないかな?コンプレックスとかでもいいんだけど」
「弱み、ですか?特にそういった話は聞きませんが……」
「そうか……。これで振り出しに戻っちゃったなぁ」
クラスメイト、生徒会、そして保健室。これで見事に三連敗というわけだ。
こんなことなら帰ってゲームでもすればよかったな……。
「あの、どうして私に聞いたんですか?」
「え?えっと、神楽坂先輩は何か知ってるらしいんだよ。でももう帰っちゃったみたいだからさ。妹の美雪ちゃんなら、って思ったんだけど……」
「神楽坂……姉さんですか。姉さんは九条先輩についてはあまり話さないですね」
「うーん。やっぱり本人から聞き出すしかないのか」
しかし九条があかりをパートナーに誘う前となると……やはり今日中に聞く必要がある。
あいつもあいつで俺に邪魔される前に誘おうとしているはずだ。
「あ、でも先輩についてはよく話しますよ」
「……俺のことを?神楽坂先輩が?」
「はい。それはもうとても楽しそうに語ってます」
なんだろう。さっきまでのこの子の態度を見る限りろくなことを話していない気がする。
「先輩がゲームの大会で優勝したこととか、生徒会の仕事を手伝ってくれたこととか」
ん?思っていたよりも普通だな。
生徒会の仕事は半ば強制的にやらされただけだけど。
「テストの度に追試をくらってるとか、課題の提出率が学年最下位クラスだとか」
……だんだん雲行きが怪しくなってきたぞ?
てか課題の提出率に関しては初耳なんだけど!?
生徒会ってそんな権限もあるのかよ。てか、あっても見るなよ。
「着替え中に部屋へ入ってきたとか、あられもない姿を見られたとか」
あの人は妹になんてことを言ってるんだ!?
確かに着替えを覗いたのは悪かったけど……あられもない姿ってなんだよ?!抽象的すぎて全然心当たりがねぇよ。むしろあんたの行動の方があられもないよ!!
「そ、それは違うよ!」
「……そうなんですか?」
「えっ?あー……うん。違う違う。事実無根だって」
故意か無意識かはさておき、実際にはその通りなのだが、俺はあそこは否定するべきだと判断した。……というより、単にあのセリフを言ってみたかっただけだ。
「そうですか。じゃあ姉さんに確認しておきますね」
「すいませんマジ勘弁してください」
あの人がそんなこと知ったらどうせ俺に絡んでくるに決まっている。そして大勢の生徒の面前で俺の醜態を晒すのだろう。……とうぜん無意識で。
「それじゃあ犯行を認めるんですね、先輩」
「あ、あぁ……。だけどそれにはちゃんとした理由が」
「それじゃあ先輩にはオシオキを受けていただきますね」
「…………アポ?」
俺の言葉が遮られた上に彼女の言葉が予想外すぎたので、つい変な声を出してしまった。まさかお仕置きすると言いだすとは思わなかった。
ところで彼女と会話してるだけでも俺のライフポイントが急速的に削られていくのだが、それはお仕置きにはならないのだろうか。
「そうですね……一週間に一度は私に会いに来る、とかどうですか?」
「え、そんなのでいいの?というより、そんなことがいいの?」
そんなことをするだけで神楽坂先輩の着替えを覗けるのならむしろ大歓迎なんだが。
そもそもあんなに悪態をついてたのにまた会いに来て欲しいって……ツンデレなのか?
「ええ。正直保健室に一人でいるのは退屈なので。話し相手がいてくれた方が助かります。先輩なら遠慮なく愚痴をこぼしたりもできるので」
「さいですか……」
まあ、そんなことだろうと思ったよ。
「それに先輩はとても大切な人なので……」
「えっ、それって……」
「私の代わりに姉さんにいじ……構われてるみたいですし」
「今いじられてるって言おうとしたよね!?」
この子完全に俺のこと犠牲にしようとしてんじゃねぇか!!
「何言ってるんですか、先輩。
「余計ひどいわ!」
お前どんだけ姉のこと嫌ってるんだよ。
気持ちは分かるけどさ。
「あ、和也くんいた!」
俺と美雪ちゃんがそんな討論を繰り返していると、不意に背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。
後ろを振り返ると、そこには俺の恋人、葉月の姿があった。
「葉月、生徒会の仕事は終わったのか?」
「うん。まだいるかなって思って来てみたんだ!あ、美雪さんもいたんだね。一緒に帰る?」
「いえ、私はもう少し残ります。仕事が残ってるので」
仕事があるのに俺と無駄話をしていたのかよ。そこはなんだか姉似だな。今になってやっと共通点を見つけた気がする。
「よかったら手伝おうか?」
「いえ、すぐ終わると思うので。お二人は気にせずに先に帰ってください」
「うん、わかった。何かあったら連絡してね?すぐに駆けつけるから!」
「ありがとうございます、姫宮先輩」
彼女の態度を見るに、どうやら葉月相手だと素直で良い子らしい。
どおりで葉月が言っていたのと印象が違ったわけだ。
「それじゃ行こっか、和也くん」
「お、おう。そうだな。それじゃ美雪、頑張れよ」
そして俺たちが保健室を立ち去る瞬間、俺は見てしまった。
彼女がジト目で俺を見つめているところを。
「や、約束は守るから……」
「約束?」
「いや、なんでもない」
俺の言葉を疑問に思う葉月を適当に誤魔化し、俺は早々にその場を立ち去った。