『テニス部 “キューピット“』
黒髪の乙女達と爽やかに汗を流しながら恋のラリーを打ち合ってやる!そう考えてた私は手の施しようのない馬鹿だった。
僕だって生まれてからずっとバカだった訳じゃないんだ。生まれて間もないころの僕は純真無垢の権化で、だれもかれもが「かわいい」といっていたはず。幼少期はなぜか女装させられた思い出があるけど、まあそれもかわいいがゆえの宿命だよね。
高校2年生になってからはイケメンになったと思う。人がどれだけ言おうと・・・
「365度どこからみてもカッコいいよ」
「実質5度な」
これが現時点における僕の総決算。まだ若いのだからと僕は思っている。人間いくらでも変わることができる。
「お前は正真正銘のバカだ」
2年生の初めに鉄人から言われた言葉はまだちょっとだけ覚えてる。そこまで昔のことを覚えてられるなんて頭いいんじゃないのかな?
今ここにある僕という存在を引きずって、生涯を馬鹿として全うしなければならない。
それはいささか見るに堪えないよ。
いまから事の顛末をみんなに話してあげる。途中退席は認めないよ。
○
テニス部に入って1年生の夏。まだそれなりに薔薇色だった僕を現実という鋭い刃が切り裂いた。
「ひゃあああああああああああ」
ともだち百人出来るかなの歌詞の通りに行くかと思って、その日のうちに入部を決めてしまったのは、来るべきバラ色の未来への期待に我を忘れていたとしか思えないよ。
「そもそも自分でいうのもなんだけどバカの僕にあの話題はきつすぎる」
キューピットの会話はまさにまじめそのもの。政治の話題なんかわかるわけがないよ。精子の話題だったらちょっとは分かったかもしれないけど。
精子の話題なんかした瞬間みんな馬鹿を見るような目で僕を見てきた。
「そんな目で僕を見ないでえええ!」
ラリーどころかまともに打ち返すこともできない。ていうか卑猥なボールを打ちつけてもそのボールはまったく帰ってこないじゃん。
真面目な会話こそがその社交性だと気付くのは入部してから随分経ってからで僕はもう手遅れだった。
「僕はどこまで哀れなの!」
と、僕の傍らに赤毛で背の高い男が不敵な微笑みを浮かべながら立っていた。
「これは繊細な私だけに見える地獄からの使者?」
「お前酷いこと言うな。安心しろ。俺はお前の同士だよ」
○
2年生序盤、ある日の午後五時。
僕は天才的な美少女、木下秀吉との和気あいあいとした妄想をしていたら雄二が訪ねたきた。
「相変わらずバカ面してるな」
「雄二もね」
雄二と僕は同学年でFクラス所属のバカ。昔は頭が良かったみたいだけど、1年生が終わるころの成績は僕と同じ超低空飛行。それでも本気を出せばAクラス並の成績を残せることが許せない。
弱者に鞭打ち、強者にへつらい、それでもどこかで裏切りのチャンスを狙ってる。他人の不幸を置かずにしてご飯を食べることができて、傲慢で、怠惰で、およそ褒めるべきが一つもないバカだ。
「それはお前のことか?」
「ちっが~~う!」
もし雄二と出会わなければ、僕の魂はもっと清らかだったに違いない。
「用意はできたの?」
雄二は手にぶら下げたビニール袋を、かすかに揺らして見せた。赤や緑や青といった毒々しい色合いの筒がいっぱい飛び出していた。
「良し行くぞ明久」
「おう!」
僕と雄二は家を後にして文月学園を通り、鴨川デルタまでやってきた。夏にはよく部活の祭りなるものが開かれてるんだ。
「本当にやるの?」
「天誅を加えてやるって、昨日言ってたじゃないか」
「も、もちろんさ!でも・・・」
「ほら来たぞ」
同級生たちが鴨川デルタに集まってきたのが見えた。ブルーシートを広げて楽しげに和気あいあいとしているのが見える。いいなぁ。
「ほら見つからないように気をつけろよ」
デルタで思うがままに戯れている敵陣営に見つかるとせっかくの奇襲作戦がおじゃんになっちゃう。このまま水に流すなんて。
できない。
「ほらほら、雄二。さっさと出してよ」
雄二はビニール袋から打ち上げ花火を取り出して地面に並べ、双眼鏡でじっとチャンスを狙っている。
「どう?」
「異端審問会以外の奴らはみんないるな」
「異端審問会?」
「こっちのことだ。それにしても見事に明暗を分けたな」
僕は当時異端審問会の存在を知らなかった。なにせ周りに女性などいなかったからね。いたのは天才的な美少女秀吉だけ。
「うるさい、いいの僕たちはここで」
「でも向こうは楽しそうだな」
「もうっっっ!雄二はどっちの味方なの」
「もうこんな実りのないことはやめて、俺もあっちの方に行こうかな」
「ここにきて裏切るの?」
「冗談だ」
「裏切らないで~」
僕が雄二の肩に抱きつくと雄二が恐い目で僕のほうを見てくる。
「だってさびしいんだもん」
「くっつくなよ、このさびしがり屋が」
「きゃ~」
僕は棒読みで小さな悲鳴を上げた。鴨川デルタから遠く離れたところで意味不明の睦言をかわす男二人は人から見ればむなしさを感じる。
雄二の品性を軽蔑するような愚行も、僕は自分の信念に忠実であるために前に進んでいく。
「あっ、あれは島田じゃねえか」
「えっ?どこ」
「ほらあそこ」
「ちょっとその双眼鏡僕に貸して」
僕が雄二から双眼鏡を借りて島田さんのほうを見てみると、島田さんは同級生の清水美春と戯れていた。戯れているというのかはよく分からないけど。
「島田はバードマン研究部だからな。その縁で来てるんだろう」
「あんま楽しそうに見えないね」
「まああいつにとっては宴会なんかより・・・」
雄二は僕のほうを見る。なんで?」
「鈍感だよな」
美波はよく僕に関節技をかけてくる。もしかしたら嫌われいるのかも。
「やっぱりやめにしない?島田さんを巻き込むのは」
「何言ってるんだよ。黒いキューピットとしての誇りはどうした?」
「でも周りから見ればこれはただの」
「周りの目を気にして信念を折り曲げるのか?俺が身も心もささげたのはそんな人じゃねえ」
「だって、僕だって」
「孤独と偏見に耐えてこそだろ。奴らは現実を見失っているんだよお前が軽佻浮薄な夢に浮かれる者達に鉄槌を下さねえと!」
「貞操腐乱って何?」
「いいから!さあ、いざっ!」
「やあ、やあ、僕こそは恋の邪魔者!浮かれた者たちに対して鉄槌を下す!」
僕は川向こうの敵陣に対して大音量で言った。
大声を上げた後、僕は対岸の人々を見渡した。みんな「なんのこっちゃ」という顔をしている。なんのことか今分からせてやる。
ふと島田さんの姿が目に入った。
「バ」「カ」
声には聞こえなかったけど確かにそういった。
「そうさ、僕はバカさ大バカさ!くれぐれも目には注意してね!雄二よろしく」
「あいよっ!」
打ち上げ花火という物は夜空に打ち上げるべき物なのはさすがの僕でも知ってる。決して手に持ったり、人に向けたり、川向こうで和気藹々と祭りをしている人達を爆撃するのに使っちゃダメ。でもそんなの僕には関係ない。
「いけいけ~!」
ある程度花火を打ち込んだ僕は颯爽と逃げるつもりだったけど、怒り狂う同級生の男連中が下級生又は女の子にいいところでも見せようと思ったのか追いかけてきた。ってやばい!
「ひるむな!反撃しろ!」
「この狼藉者めが!」
「手内にしてくれる!」
体が濡れるのいとわずに川を渡ってきた。こいつらバカなの?
「明久!逃げるぞ」
「待って待って、まだ火の始末が終わってないよ」
「いいよそんなの、ていうか川浅っ!?」
「まだ何本か撃ち残しがあるけど」
「放っておけ」
僕たちが叡山出町通りに逃げようとしたら、土手の上から駆け下りてくる人影が見える。それはバカな同級生たちと違って何やらただならぬ雰囲気が。
「あれは鉄人!?」
なんと鉄人が「オマエらッ!」と叫びながら僕たちの下へ迫ってきた。
「なんで鉄人かこんなところにいるの?」
「知らねえよ。それにしても間が悪い」
雄二はすぐさま方向転換をして、僕の傍らをすり抜けるように別の道へ逃げた。僕はそれを後ろから追いかける。
「吉井!坂本!いつまでこんなことやってるつもりだ!!!!!」
僕は鉄人に危うく襟首をつかまれそうになったが、一瞬の判断で豹のようにすり抜けた。
「これが逃げのエキスパートだよ鉄人!」
「吉井!お前らには地獄の補習1週間コースだ!」
そのまま僕たちは一晩中逃げ続けた。
~つづく~