僕はらしからぬため息をついた。
「どうした明久。バカにため息は似合わないぞ」
「雄二の生き方を見せられたから、僕もこんな風になっちゃったんだ。僕はそう思うぞ!」
「無意味で楽しそうな毎日じゃないか。何が不満なんだ?」
「全部だよ全部。僕のこの不可思議な世界は全部雄二が原因なんだ:
「お前、そんな人として恥ずかしい言いぐさを、よくもまあ堂々と断言できるな」
「いいもんいいもん、全部雄二のせいだもん」
「その椎茸、妄想きのこじゃねえのか?」
鴨川デルタでの奇襲攻撃は、秀吉の謎めくも的確な言葉、目の前に座る雄二、あれこれが積み重なって僕の脳内はオーバーヒートを迎えていた。
「そういえば明久。島田ってどうなの?」
雄二が言った。
「どうって?」
「明久と言う馬鹿な人間を理解できる不幸な人間は数えるほどしかいないぞ」
「うるさ~い」
「その中の一人が俺だよ」
「ンなバカな」
「他には島田。彼女にはできてしまうわけだよ」
「・・・・・・」
僕は黙りこくってしまった。決してお腹が痛くなったわけではない。
「これは好機じゃねえのか?」
「好機」
「そうだよ。この好機をつかまないと、お前はもう手の施しようのないバカになるぞ」
雄二は笑みを浮かべて僕を見つめた。
「雄二。僕は僕みたいなのを理解できる人より、なんかこう・・・本当の愛だけを理解できるような乙女がいいの」
「意味不明なこと言ってんじゃねえよ」
雄二は妙に楽しそうだった。
確かに退却には成功して(まあ翌日に鉄人に怒られたけど)これは僕たちの完全な敗北じゃないかと思うと実に哀しくなるよ。雄二は面白ければ何でもいいよと思ってるらしいけど。
「不景気な話はやめようぜ。これは戦勝祝いだ」
「もう雄二と恋の話なんかしたくない」
雄二は身体を背もたれに当てて、鼻で笑いやがった。
「じゃあこの好機俺がとっちまおう。お前の代わりに幸せなってやろう」
「美波はアレでも僕並に人を見る目があるからね、雄二じゃ無理だよ」
「どうかね。もしかしたらすでにもう恋人がいたりして」
「ねえそれはどういうこと?」
「ヒミツだ」
そんなこんなの苛立たしいやりとりをしているうちに、不意に僕の心の中に浮かんできたのは猫ラーメンでのムッツリーニとの会話。この頃よくそれが思いだす。なんで。どうせなら勉強の内容を思い出せばいいのに。だからこの前の試験もボロボロだったんだよ。
もしかしたらムッツリーニは神様で僕を薔薇色の高校生活へと導かせてくれるのかな。ムッツリーニは僕の恥ずかしい棘だらけの人生を言い当てることができた。
そうだとしたらラッキー極まりないけど。
「えへへへへへへ」
そんなことを考えているうちに、肉の食べ過ぎか段々と目の前がゆらゆらしてきて、どうやら油っぽさでぐるんぐるんになっていると遅かれ早かれ気づきだしたときに、雄二がいない。
トイレに行くと言いながら戻ってこない。
「ああああああ!僕にお会計をすべて押し付ける気だな!!!!」
ショック。
初めのうちは、ショックを一人ぼっちの妄想で補おうとしたけど、やっぱり雄二は戻ってこない。やっぱり逃げたんだ。
「くやしいいいいいいいいい!!!」
そうやって雄二は宴半ばで春風のように去って、相手に精算を押し付けるのは彼の十八番。
「まただよ。僕はなんてバカなんだ」
僕が机にうつぶせになりながらつぶやいていると、なんと雄二が戻ってきた。
「なんだ」
ホッとして向かい側の人物を見たら、ところがどっこい。雄二じゃない!
「ほらアキ。さっさと食べちゃおう。ウチもこれ食べていい?」
そこにいたのは美波だった。美波はお皿に残った焼き肉を焼き始めた。
「美波!?なんでここにいるの」
僕が訪ねると、美波は「はぁ」とため息をついて口に人差し指を当てた。
「アキ。ここはいろいろな部活おなじみの店だって忘れたの?」
「そういえばそうだね」
美波は店の出口の方を指さした。僕は椅子から伸び上って衝立の向こうを見ようとしたけど「見つかるわよ」と制止されて身を縮めた。
美波は焼けた肉を僕に押し付ける。そういいながら僕もバクバク食べる。でもすぐにお腹がいっぱいになってしまう。
「雄二は?美波は見なかった?」
「すでに裏口から逃げたわよ」
さすがは『逃げの坂本』
この前も鉄人に一切捕まらなかっただけあるよ。
「お金は・・・やっぱり僕が払うのかあああああああ」
「はぁ。アキ、私が払っておいたから」
「えっ?本当」
その段取りの良さに僕は涙が流れた。
「いや~ありがとう美波」
「ど、どういたしまして///」
「先に払ってくれるとは何とも男らしい。先に帰った女々しい雄二と違って美波は本当に指が折れる痛い痛い痛い痛い!!!」
美波が僕の指をつかんでボキボキと関節技を決めてくる。
「アキは余計なことを言い過ぎなのよ!」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ~~~い」
痛い・・・・・
「話は済ませてあるから、裏口から逃げられるわよ。急いで」
僕は焼き肉の代金を美波に渡した。
「この借りは必ず返すからね」
「借りはいいからウチとの約束をちゃんと守ってね」
「約束ってなんだっけ」
僕が首をかしげると、美波はパタパタと手を振った。
「もういい。とにかく早く逃げて、ウチも早くあっちに戻らないと」
僕はジュースをぐびりと飲んで、衝立に身を隠すようにして立ち上がって、暗い廊下の奥へと進んだ。従業員用と書かれたドアのわきに白い割烹着を着たおばさんが立っていて、僕が行くとドアを開けてくれた。
「どうもありがとうございます」
「お若いのにいろいろ大変ねえ」
同情のこもった声で言われて恥ずかしくなってくる。ていうか美波は何と言ってこのおばさんに説明したんだろう。
外へ出るとそこは暗くて狭い路地。
僕は夜の木屋町界隈へと抜け出して、雄二を探したけど、どこにも見えなかった。
「雄二めええええええええええ!」
○
翌日。日曜日
僕は夕方にゲームを買いに町に出た。
鴨川デルタの傍を抜けた僕は、夕日に照らされる大文字がくっきりと見えた。ここらは送り火がよく見えるはずだよね。ここで誰かと一緒に大文字を眺めたらどんなものかを妄想する。決して、雄二なんかじゃない。秀吉とか美波とか。
「どうして美波のビジョンが」
風に吹かれて妄想を更けても寒いだけだから、僕は早めに切り上げて帰った。1人暮らしの家に戻ると、そこには雄二がソファーの上に座ってた。
「よお、昨日は帰れたか」
「あーっ、よくもぬけぬけと!」
「とりあえず風呂借りるぜ」
雄二そういうとすぐに風呂場に向かっていった。なんだかむかつくからあのこと言わなくてもいいか。雄二が風呂に入って数秒後。
「ぎょええええええええええええええ」
悲鳴が聞こえた。
そう、今はガスが止められてるのだ。だからお湯が出るはずもない。
「先に言えやゴラァ!」
ガタガタ震えた雄二がどなりながらやってきた。
「ゴメンゴメン。まず心臓から離れた手や足に少しずつかけてから、徐々に心臓や頭に」
「誰が冷水シャワーのやり方を言えといった!」
「何熱くなってるのさ。そうだ!冷たいシャワーを浴びて冷静に」
「浴びたから熱くなってるんだボケェ!」
雄二はすぐさま着替えた。
「ったく。恋人もいない、部活からも自主追放された、その上ガスまでない。お前はいったいどうするつもりだ」
「いいんだ、僕はゲームやってる方が幸せなんだ」
「ほら、お土産持ってきたぞ」
「珍しいね。雄二がお土産なんて」
「カステラだ。ムッツリーニからたくさんもらったからな。おすそわけだ」
「珍しいね、ムッツリーニからもらうなんて。なんか写真でも渡したの?」
「大きなカステラを1人で切り分けえ食べるのは孤独の極地だからな。人恋しさをしみじみと味わってくれ」
そういうことだったのか。ならいい。味わってやる。飽きるほど味わってやる。因みに1年の終盤ぐらいからムッツリーニともある程度の交流が深めた。それに関してはまた今度。
「ていうか雄二は帰れ!僕はゲームをしたいんだ」
「いいじゃねえか。日曜の夕方ってつまんないんだよ」
「ちびまる子ちゃんでも見てればいいじゃん」
「すまねえ俺はサザエさん派なんだ」