1話 出会い
住宅街に隣接される形で混在するその神社の境内には、剣術や剣道を指南する道場が併設されていた。
休日の道場には、道場主の親しい者達が殆ど貸し切り状態で使用していた。
二人の正面が対面し、互いに竹刀を構える。
誤差の範囲内ではあるが……1,2センチ程背の高い方の少年が先に仕掛けた。
「めぇんっ!」
バチィーン!という竹刀の乾いた音が道場に響き渡ると、打ち抜かれた少年は数歩後退りし、かと思うとドサッと尻餅を付いてしまった。
「っう…………」
「立てよ、一夏」
「…………うん」
少年はヨロヨロと立ち上がり、再び竹刀を構えた。
「そらっ、どおっ!!」
「あ、ぐっ……!?」
今度は胴に鋭い一撃が突き刺さり、相手はその場で片膝を立てて沈んだ。
「ほらほら、全然効いてないぞ?」
「ぅ……ああっ…………」
そこには、最早試合という体裁など微塵も無く、ただ一方的に虐げられていた。
彼等に実力差があるのも原因の一つだが、なりよりもこの状態が既に二時間近く……100を越える竹刀の応酬が抵抗という手段を削いでしまっていたのだ。
「おい、誰が座って良いって言った?」
「っ……ご、ごめ…………」
「んの、グズ!」
謝罪する少年に、問答無用に竹刀が振り下ろされた。
「痛っ……!」
「ノロマ!そんなんだからお前さあっ!」
一撃、二撃、三撃…………繰り返し、何度も何度も竹刀が打ち付けられていく。
最早それは剣道とは言えない……ただの、暴力に成り下がっていた。
「やめっ、にぃさ、痛いっ……!!」
「うるせえっ!」
「ひっ、がぁ……!?」
「アハハハ!何その声?もっかいやってよ!」
「や、め…………」
「もう一回鳴けって言ってるだろ!!」
「うぃぎっ!」
頭を、首を、背中を、胸を、腹を、腰を、脚を、身体のあらゆる場所を隙間無く埋めるように竹刀が叩き込まれていく。
苦痛に悶え、声を上げるもその暴挙は止まることを知らなかった。
やがて………本当に突然、ピタッとその動きは止まった。
「つまんねぇの……おーい、箒ぃ!」
「何だ十春?」
道場には二人の少年の他に、同じ年頃の少女が観客していた。
少女は今まで行われていた惨劇を気にも止めない様子で、十春と呼ぶ少年の声に応えた。
「剣道飽きたし、家の中で遊ぼうぜ」
「うむ、そうだな。
今日はおやつに龍屋の羊羹があると言っていたし、早く着替えて行こう」
「マジか、オレ羊羹大好きっ!」
「私もだ。フフッ、どうやら私達は似た者同士のようだな」
「じゃあ箒は先に行っててくれ、俺は着替えたら直ぐに追いかけるからさ」
「ああ、待っているぞ」
そして、うずくまる少年を余所に、二人は道場から去ってしまった。
「…………今日の夕飯、十春兄ぃが当番だったのに。
あの様子じゃ、夕方まで帰ってこないよなぁ」
くぐもった声で、少年は呟いた。
散々竹刀で叩かれた彼の口腔内は割けてしまい、唾液と血が混じった液体が溜まって上手く喋れないのだ。
それを激痛に耐えながら飲み込むと、言葉を続けた。
「千冬姉ぇもバイトで遅くなるし……冷やし中華にでもしよっかな……」
誰に言うでも無く、虚空に向かって天井に向かって喋り続けた。
少年の心の中に渦巻く行き場の無い感情の奔流を、どうにかして外へ出そうとする、無意識の中での対処方法だった。
「………………っ」
それから暫くして、歩き出そうと身体を起こしたところで、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら、その場で立ち尽くしてしまった。
散々竹刀で痛めつけられ、膝が笑ってしまい脚が前に出なかったのだ。
そして、両膝を押さえながらそれが治まるのをただ待っていた。
「何やってんの、お前?」
だから、その声に反応するのに遅れてしまった。
神経が耳よりも脚の方に集中していたからだ。
「ねえ、聞いてんの?」
「えっ…………?」
辛うじて顔だけ動かして振り返れば、そこには姉と同じ中学校の制服を身に纏った女子がこちらを見下ろしていた。
彼、織斑一夏も別段異常に小さい訳では無かったが、流石に小学一年生と中学生とでは身長に大きな開きがあった。
「あれ……お前、アイツと似たような顔してんね?知り合い?」
その一言で、織斑一夏には察しが付いた。
「ああ……十兄ぃのこと?うん、僕は、その……双子の弟だから…………」
織斑一夏と、先程彼を打ちのめした織斑十春は双子の兄弟だった。
双子であり容貌が瓜二つである二人だったが、その能力には大きな開きがあった。
片や、竹刀を振るえば中学生に肉薄しペンを持てばテストで100点はザラで小学生にして英語にまで精通する織斑十春。
片や、小学一年生にしては利口で運動も得意であるが優秀な十春と比すれば何段と落ちる織斑一夏。
二人はことある毎に比べられ、そして如何なる時においても十春が勝利した。
「ふーん……で、お前は箒ちゃんが変になった理由、解る?」
「え、箒ちゃんが変……?」
「そうだよ、アイツと仲良くなってから箒ちゃんの態度が何か変でさ……兄弟なら、知ってるでしょ?」
「いや、僕はその前の箒ちゃんを知らないから……」
織斑一夏にとって、篠ノ之箒は織斑十春の友達で、彼と共に在ることが多い故に顔と名を見知っているだけの存在だった。
故に、篠ノ之箒のその人となりを知っている訳では無かった。
「あっそ、でもまぁいいや……ちょっとさ、箒ちゃんを元に戻すために協力してよ」
「あっ……えっと……?」
気がつけば、一夏は目の前の少女の名前さえも知らないことに気がついた。
「私は篠ノ之束、箒ちゃんのお姉さんだよ」
少女は無表情でそう言ってのけた。
それが、織斑一夏と篠ノ之束の出会いであり、彼の数奇な運命の幕開けでもあった。
だが…………数々の物語に準じて、彼はまだその波乱万丈の未来が訪れることを知る由も無かった。
それこそ God only knows……神のみぞ知る、というヤツだ。