更識簪は驚きを隠せなかった。
突然、地震に見舞われたかと思えば、空から妙な物体が落ちてきたのだから、驚くなと言う方が無理な話だ。
黒い、IS。
だがそれは簪の知るISとはかなり違っていた。
バランスが悪いし、設計思想が見えてこない。
砲撃型にも見えたが、あそこまで腕や脚を大きくするよりもアンロック・ユニットに砲門を設けた方が良さそうな物なのに、その肝心なアンロック・ユニットも無かった。
「なっ、何なのよアレ…………?」
「わからない……」
今のさっきまで戦っていたロミー=ベンサムも、戸惑いながら簪に話し掛けてくる。
彼女も、悠長に戦っている場合ではないと思ったのだろう。
そして黒いISは────荷電粒子砲を発射した。
「キャアアアッ!?」
一発、二発、三発…………
試し撃ちのつもりなのか、簪たちを狙うことは無く、観客席に向けて放たれていた。
そして、観客席とピットへの入口に隔壁が降りた。
「う、嘘でしょ!?」
閉め出されたことに、ロミー=ベンサムは怒りに吠えた。
命の危機が目の前にいるのに、見捨てられたように退路を塞がれたのだ。
出来ることなら簪も叫びたかった。
『更識、ベンサム、聞こえるか?』
「あ…………」
「千冬さまっ!!」
ISの無線から織斑先生の声が聞こえた。
ロミー=ベンサムは明らかな安堵と尊敬の混じった声を出している。
それだけかつてのブリュンヒルデである織斑千冬という人物を信頼し、助かったという思いが強いのだろう。
『今、教師達の迎撃ISがそちらに向かう、何とか持ちこたえてくれ』
「はいっ!」
「…………織斑先生、それはどれくらい掛かりますか?」
それでも、簪は冷静に聞いた。
日本の代表候補生として、今の状況を楽観視できない。
正確な情報を集めるべきだと思ったからだ。
『…………早くて30分は掛かると思ってくれ』
「そ、そんな!?」
「承認が…………下りないんですか?」
「ああ…………」
競技用設定のISを単騎で向かわせるだけなら、10分足らずで向かわせる事が出来ただろう。
だが、明らかな脅威…………軍事兵器である可能性が高いあの黒いISを迎撃する為には、リミッターを解除した戦術用設定の解放されたISが必要になる。
例えリミッターが設けられていたとしても、20機近くのISが一堂に会することになり……それはつまり、国を一日で占領出来てしまう程の戦力になる。
よって、その出動許可には国連常任理事国の承認が必要になるのだ。
今頃、お偉方の情報収集と外交的戦略が交わされ、膠着していることだろう。
『緊急出動も足止めされているんだ…………すまない、私が無力なばかりに』
「…………いえ」
「そんなっ!どうすれば良いのよ!?」
ロミー=ベンサムの顔が絶望の色で染まった。
その気持ちは簪にも痛いほど解ったが、しかしどうしようも無いのもまた事実だった。
つまり、織斑先生の言うとおり先生達のISが来るまで持ちこたえなければ…………
「…………っ、後ろ!!」
「え────」
怒りに思考が鈍らされ、周りが見えていなかったロミー=ベンサムの背後から、荷電粒子砲が迫ってきた。
漸く彼女が気付いた頃には、既に直撃していた。
「ベンサムさんっ!?」
ラファール・リヴァイヴは大きく空中へ投げ出されたかと思えば、重力に従って自由落下し、簪の前に辿り着いた。
簪は、慌てて駆け寄る。
「バイタルは……大丈夫、絶対防御が間に合った!」
ロミー=ベンサムは気絶していたが、恐らく痛覚を刺激しないようにISが敢えて眠らせたのだろう。
しかし…………戦闘の後でシールドエネルギーを消費していたとは言え、たった一発の荷電粒子砲で此処まで酷くやられてしまうとは思ってもみなかった。
「私が……やるしか、ないっ……!」
簪は覚悟を決めた。
自分を鼓舞して恐怖を麻痺させてないと、恐怖でおかしくなってしまいそうだった。
背中に備え付けられた2つ砲門が前を向く。
連射型荷電粒子砲・春雷。
まだデータも少なく、試作兵装の域を出ていないが、それでも何もしないよりはマシだと考えた。
「当たって!!」
照準、瞬時に春雷から荷電粒子が連射された。
一発一発の威力は黒いISのものに大きく劣るが、連射されればそれは充分な脅威となり得る。
黒いISも、荷電粒子砲の応酬に思わず身をたじろぐ。
「このまま、やれれば……!」
しかし、そうは問屋が卸さなかった。
黒いISは春雷の砲撃を振り切るように突然上昇すると、今度は急降下し始める。
その目標は、目下の脅威である打鉄弐式……!
「っ!?」
接近してくるのならばと、夢現を展開しようと腕を前に出す。
しかし、想像していたよりも黒いISの機動性は高く…………
「そんな、速っ…………うわああああっ!?」
巨大な拳を加速させながら運動エネルギーを乗せて、打鉄弐式に振り下ろす。
ただのパンチの筈なのに、そのまま簪は10m近く吹き飛ばされてしまった。
着地も受け身も失敗し、地面に叩きつけられた。
「うっ……く、ぐうっ…………」
身体中が、痛い。
今すぐ立ち上がらなきゃいけないのに、腕が、脚が動かない。
そして残酷にも、黒いISは倒れこむ簪にゆっくりと接近してきた。
「ひっ……!」
『────』
擬音で無理矢理表すのなら、ピポロピポロと言ったところだろうか。
何かの作動音なのか、いっそコミカルに聞こえる音が黒いISから発せられた。
黒いISその見た目と、直面する死への恐怖から、巨大特撮ヒーロー物に出てくるラスボスのようにも見えた。
無機質な瞳のような物が、簪を無感情に見下ろす…………
「たす、けて…………」
無意識に、簪の口から弱音が漏れる。
恐怖で瞳には涙が浮かび、顔は痙攣したようにワナワナと震える。
「誰か、たすけて…………」
簪の頭の中には、様々なヒーローの姿が浮かんだ。
本当に存在したら、こんな絶望的な状況でも逆転してしまい、簪を助けてくれるような頼もしいヒーローを。
そして──もう一人、この世で一番偉大であると思っている人物の姿が浮かんで…………
「おねぇ…………ちゃ……」
しかし、無慈悲にも黒いISは荷電粒子砲のチャージを始める。
砲門は全て、打鉄弐式に狙いを定めていた。
死を、覚悟した。
「…………………?」
ところが、痛みは無い。
衝撃も無く、まるで荷電粒子砲を撃たれなかったような感覚に、違和感を覚えた。
恐る恐る、目蓋を開くと…………
「大丈夫、更識さん?」
「いち、か…………くん?」
同室の、織斑一夏の姿がそこにあった。
ハイパーセンサーを調整し視界を広く取ると、黒いISの頭部がひしゃげ、先程よりも少し離れた場所で転倒していた。
理解が追い付かないが……今の状況で、こんな事が出来るのは…………
「ごめんね、ちょっとそこで待ってて」
「え────?」
「今からアレ、僕が倒してくるから」
そしてそのまま、スラスターに灯を入れ、飛び出していった。
「あ………………」
都合の良いヒーローは助けに来なかった。
いや…………
簪にとってのヒーローは、確かに目の前にいた。
「織斑、一夏くん…………!」