「おい……どういうつもりだよ?」
突如として目の前に現れた白い機体に対して睨みを利かせる。
ハイパーセンサーを参照するが【no name】と表示されるのみ。
しかし、その搭乗者の顔に見覚えがあった。
それもその筈だ、自分と瓜二つの…………双子の顔なのだから。
「止めに来た、それだけ」
「何ぃ?」
淡々と言われた事が尚のこと怒りの感情を強く沸き上がらせる。
「言っておくが、先に喧嘩を売ってきたのはそいつだぞ?」
「そう、関係ないね」
「はあっ?!」
意味がわからない。
やはり、小学生の時から変わらず馬鹿なのだろうか?
今回の一件、セシリアと鈴に喧嘩を売ってきたのはラウラで、それを止めに入った処で今度はラウラが十春にも仕掛けてきた。
だから、自分はそれに反撃したまでだ。
「俺達は正当防衛なんだよ!現に、セシリアも鈴も大怪我をして…………」
「だから?」
「だからも何もあるか!お前のやってる事は只の幇助だっ!」
「知らないよ、僕は自分がやりたい事をやってるだけだからね」
「………………」
やっぱり、コイツは只の馬鹿だ。
正論も理解できず、持論だけで行動する身勝手なヤツ…………そう言うのが、俺は一番大嫌いだ。
「正義の味方にでもなったつもりか?」
「いいや?」
「何のつもりか知らねぇが…………お前、2対1で勝てると思ってんのか?」
ISに限らず、戦いは基本的に数が多い方が勝つ。
しかも、此方には対IS戦の切り札とも言える零落白夜があり、万能で技能面で圧倒的な強者であるシャルもいる。
俺は近距離、シャルが中・遠距離と相性も抜群だ。
一夏が白式では無く妙なISを使ってるのは予想外だったが、鈴との戦いから砲撃戦メインである事は察しが付いている。
俺が囮になり、シャルが仕留めるという単純な作戦でも、確実に勝てるだろう。
「ううん、2対2だよ!」
しかし、思わぬ伏兵が現れた。
「簪さん……?」
「状況は良く分からないけど……私も、手伝う!」
参戦してきたのは、灰色の装甲で無骨で重々しいな印象を与えながらもシャープなフォルムが第三世代機らしさを訴える、打鉄弐式という名称の機体……
そして、その搭乗者の名前は更識簪。
1年4組のクラス代表で、日本の国家代表候補生だ。
「何で…………?」
なぜ更識簪がここにいる?
いや、そもそもどうして一夏の味方をするのか?
後方に位置しているシャルの顔にも驚きの感情が浮かんでいた。
「まあいいや……一度、お前は徹底的にやらなきゃならないって思ってたからな……!」
雪片・改二を両手で構え、僅かに身を屈める。
スラスターにもエネルギーを貯留させ、何時でもイグニッション・ブーストを発動させる準備は整えた。
「行くぞっ!!」
十春が今にも飛び出しそうになる、その瞬間だった。
両者の間を、突如として陰が割り込んだ。
「そこまでだ、馬鹿者ども!」
「千冬姉…………?!」
織斑千冬、1年1組の担任にして、十春の姉の姿がそこにはあった。
「模擬戦を行うのは一向に構わんが、重傷者を放置するのは看過できん。さっさと医務室に連れて行け!」
殺伐としていた場の空気は千冬姉の喝で静寂に陥り、一時休戦と相成った。
衝突を避ける為か、鈴とセシリアを運ぶ医務室とラウラが運ばれる場所は別々にするように指示が入る。
「この決着は学年別トーナメントでつけろ」
「…………はい」
渋々と、十春もその言葉を承諾した。
○
「う……くっ…………」
意識が覚醒すると、痛みにラウラは苦悶の表情を浮かべる。
ここまで打ちのめされたのは2年前に教官と格闘術の訓練を行ったとき以来だろうか?
「教……か、ん……」
落ち零れだったラウラを鍛え上げ、シュヴァルツェ・ハーゼ《黒兎隊》の隊長まで登り詰められたのは、彼女の指導の賜物であることは疑う余地も無い。
そんなラウラが尊敬して止まない織斑千冬は、誰しもが認める世界最強の女性であり、ISにおける最強の称号であるブリュンヒルデというの名を欲しいままにした。
第二回モンドグロッソでも勝利し二連覇を達成する……その、筈だった。
しかし、それを妨害したのは他でもない、身内の織斑十春の存在だったのだ!
「織斑……十、春っ!」
ヤツが軟弱で無ければ、誘拐さえされていなければ…………今頃、織斑教官はこんな子供騙しのISごっこに勤しむ様な場所で教師などしていなかっただろう。
そうだ……全部ヤツが、織斑十春がっ!
「あ、眼が覚めた?」
「!?」
目を見開けば、織斑十春の顔が飛び込んできた。
「貴様があああっ!!」
ラウラは殆ど反射的に拳を突き出していた。
鍛えられたドイツ軍の男性兵士を一撃で屠った経験もある必殺の拳には、並々ならぬ殺意が籠められている。
男とラウラには十数センチ程度の距離しか無く、その攻撃を避けることは物理的に不可能だった。
案の定、男の顔面にラウラの拳は深く突き刺さった。
「うわあー」
気の抜けた声と共に、男は座っていた椅子ごと背中から盛大に倒れた。
数秒、男の動きが止まったが、直ぐにムクリと立ち上がる。
気絶どころか、あわよくば殺すつもりで殴ったのだが……思いの外、男はタフだったようだ。
「あー、ビックリした」
「ひゃっ……?!」
思わず、変な声が出てしまった。
何のためらいも無く立ち上がったので、ラウラは勝手に男が軽傷であると決め付けていたが…………とんでも無い。
まず、男の顔の下半分は血塗れだ。
鼻血が泉水の如く溢れ出し、鼻の穴が見えなくなってしまっており、更に口唇も切ったのだろう、上唇からも血が並々と零れ落ちているため、鼻と口の境目が見えなくなってしまっている。
加えて、ラウラの拳は男の顔の真ん中に突き刺さったので、鼻が折れた。しかも骨が変形して稲妻のような波状になってしまったようだ。
重傷、間違い無く重傷だ。
そう言った負傷に慣れているであろうボクサーでさえ悶絶しそうな大怪我にも関わらず、男の表情は平然としている。
その異常さには肝の据わったラウラと言えども恐怖を抱くに値した。
「うーんと、まずは落ち着いて聞いて欲しい」
「は、はい!」
並みのスプラッター映画よりも酷い有り様の顔がゆっくりと諭す様な口調で話すものだから、珍しくラウラは素直に返事してしまった。
と言うか、半睨みな上に身体を僅かに前屈みにしながら話してくるものだから、恐ろしくて堪らない。
よ、寄るなっ!
「まず、僕の名前は織斑一夏。織斑十春の双子の弟だ」
「え」
つまり、今のラウラの行為は…………盛大な人違い?
「織斑十春って叫んでたから、多分人違いしたと思ったんだけど……どうかな?」
「あっ、あ……」
「まあ、この通り瓜二つだからさ、子供の頃から良く間違えられるんだよね」
「あ、あのっ!」
「ん、どうかしたの?」
「痛く……無いんですか?」
ラウラの言葉が丁寧な口調になってしまうのはご愛嬌だ。
「うーん、別に痛くは無いけど……?」
「っ!?」
ラウラは軍人だ。
戦うことが本懐とは言え、軍人が学ぶのは戦う術だけでは無い。
例えば応急処置。仲間や自分の命を救うことは明日の勝利に直結する。
当然ながらラウラも基礎的な知識は習得しており、その知識と符合すると、重傷にも関わらず痛みを感じないという症状は…………
「ざ……ザニテータアアッ!!」
「ちょっと、元気なのは良いけど怪我人なんだから、あんまり激しい動きはしない方が…………」
「どっちが怪我人だ!どっちがっ!!」
○
ラウラ=ボーデヴィッヒの叫び声を聞きつけ、校医が飛んでくるように駆けつけてきた。
そして医務室に入るやいなや、一夏を見て顔を真っ青に染めたかと思えば、慌てて治療器具を取りに引き返してしまう。
何事かと思い戸惑っていると、鏡を見せられた事で漸く自身の顔の傷に気が付いた。
僕はてっきり、織斑十春と瓜二つの顔にとまどっているとばかり思っていたが…………何処か萎縮していたのはこの怪我のせいか。
これは、少し悪いことをしてしまったかもしれない。
「まあまあ、人違いだったんだから仕方が無いって」
「人違いで済まされる程度の怪我では無いと思うのだが…………」
そうは言うが、止血は完了したし鼻骨の固定も出来たので特に問題は無い。
何なら、ISの機能を使えば傷も修復してしまうので、一夏としては特に尾を引く様な事でもなかった。
「助けて貰った恩人に仇で返すのは私の気持ちが赦さないんだ」
「うーん……でも僕が助けたのもある意味人違いだった様なもんだし…………」
「どういう事だ?」
「あ、いや…………月並みかも知れないけどさ、お世話になった人と君が似てて、さ」
「…………私と、か?」
「だから、何と言うかその人と重ねて……思わず身体が動いた、みたいな?」
「そうか…………」
…………こんな事、話すつもりじゃ無かったんだけどなぁ。
やっぱり、容姿が酷似しているからだろうか?
それがあんな突発的な行動に出ちゃうんだから…………良くはないな。
「…………少し、話をしても良いか?」
「構わないけど?」
「ありがとう。織斑、一夏と言ったか…………」
「うん」
ラウラ=ボーデヴィッヒは、口をモゴモゴ忙しなく動かしながら……語る言葉を探るように逡巡する。
「今思い出したんだが、お前の事は何度か教官から聞いたことがある………」
「…………」
「教官は、お前がいなくなった事を憂いていたぞ」
「そう」
「何故お前は、教官を哀しませたんだ?」
「何故って言われてもね…………会えなくなったから、かな?」
「どういう意味だ?」
「…………」
別に話すつもりも、その必要も無かった筈だ。
話した処で意味は無いし、どちらにせよ此方のメリットが見当たらない
だから誤魔化すように口を閉ざす…………それで、良かった筈なのに。
「その頃、僕は半ば軟禁されているようなもんだったし、自力で抜け出すなんて不可能だった。
つまり、それだけだよ」
「何…………?」
「…………」
これ以上話すとボロが出そうなので口を閉ざす。
いや、この場にこれ以上留まるのも良くないだろう。
「じゃあ、僕は部屋に戻るから」
「あ…………」
ラウラ=ボーデヴィッヒは呼び止める様に腕を伸ばしかけたが、直ぐに引っ込めた。
「4022…………」
「……え?」
「部屋の番号。何か用があったら、そこに」
そして今度こそ、医務室を後にした。
○
そして──
「い…………一夏くん!?ど、どうしたのその怪我!!」
自室に入るやいなや、同居人に顔を突き刺すように指し示された。
顔に何か付いてるかな……と言う冗談も通じなさそうな剣幕で。
「あー、大したことは無いよ」
「大したこと無いって、鼻どうなってるの!制服も血だらけっ!」
指摘されて気がついたが、制服の襟元から胸のあたりまで 自分の血で真っ赤に染められていた。
これは洗濯…………では落ちないだろうから、予備の制服を購買で調達しないと駄目かな?
「ちゃんと説明して!」
「うーん…………」
はてさて、何処からどうやって話したら良いものか…………
Q.ザニテーター、ってなんぞや?
A.ドイツ語で衛生兵、看護師を表す言葉。今回は前者の意。
Q.痛てぇ……
A.残酷な描写にご注意ください。
Q.いっくん、十春におこなの?
A.私の力量不足が要因ですが、十春に対しては怒りも何も思いはありません。
敢えて十春視点で展開したのが分かり辛くなった原因かも。