(悪い人では無さそうなんだけどなぁ…………)
それが、シャルル=デュノアの織斑十春に対する人物評を端的に表した言葉だった。
「どうしたシャルル?」
「う、ううん!何でもないよ?!」
「そうか……?」
織斑十春という人間は、客観的に見れば有能だ。
知識レベルも高く、身体能力にも優れ、IS戦闘に於いてもその強さを伺わせる。
それは、国家代表候補生の2人に対して圧勝している時点で揺るぎない事実である。
その事実は既に各国の当局に伝わっており、シャルル=デュノアが急遽IS学園に派遣されたのもそう言った事情から由来するものだった。
幾度の模擬戦からも、その強さが本物である事はシャルル=デュノアも確認済みだ。
(ISの出所も結局不明だったし……織斑千冬みたいに篠ノ之博士と懇意だったりするのかな?)
能力面では、誰から見ても客観的に優秀であるという評価は揺るぎないであろう。
だが人格面においては、分かれるのでは無いだろうか?
「十春!」
「おう、鈴か」
「今から夕飯?一緒に行きましょう!」
「ああ、構わないけど……シャルルはどうする?」
「ボクはちょっと部屋に戻って荷物を整理したいから、夕飯はまだ良いかな……」
「わかった、なら先に行ってるぞ」
基本的に、主にその交友関係の密度の関係から代表候補生が中心ではあるが、彼の女性に対する態度は紳士的と言える。
だが、敵対的な人物に対してはかなり辛辣だ。
先日のラウラ=ボーデヴィッヒとのやり取りから見て、その容赦の無さは戦慄さえ覚えた。
「凰さんとオルコットさんが負傷していたのも原因かも知れないけどね……」
また、彼の弟である織斑一夏とのやり取りからも伺える通り、織斑十春という人間は非常にプライドが高い。
その能力の高さから故なのか、彼には他人を見下すきらいがある。
しかも質が悪いのは、恐らくは意識をせずに無自覚でそのような立ち振る舞いをしていることだ。
その態度を一本筋で信念があるという捉え方が出来るか、それとも自分勝手で頑固な性格であると捉えるかは、それこそ人それぞれだとシャルルは思う訳だ。
因みに、シャルル本人は後者である。
「後は……視線かなぁ」
彼の癖と言うのか、女性と会話をする時に胸の辺りに視線が向かっている。
本人はチラ見のつもりかも知れないが、女性からすればガン見である。
それを不快に思う女子生徒も少なからずおり、男の子だから仕方無いと思えるかどうかも評価の分かれ目だろう。
「彼を賞賛し同調する様な者ならば手綱を握るのは容易であり、逆に真っ向から衝突しようとする者にとっては厄介な相手であろう…………」
ひとまず、本国への報告は以上のようなものであった。
「あ…………セクハラされた事も書くべきだったかな?」
女性からの視線も多いIS学園では彼も禁欲的な生活を強いられているだろうし、そう言ったストレスからの行動だと思われるが…………
織斑十春という人間は明らかに鈍感で機微にも疎そうであり、まさか自分の正体を悟られたとは思えない。
…………同性愛者の可能性があるとは、流石に報告書には書けなかった。
○
「あれ……篠ノ之さん?」
「む……デュノアか」
報告書を書き終え、漸く夕飯を頂こうと食堂にたどり着くと、偶々座った席で篠ノ之箒さんと相席になった。
彼女はあのISの開発者である篠ノ之束博士の妹で、しかも織斑十春の幼馴染みなのだとか。
とは言え、シャルル=デュノアが転校して来てから観察する限り、篠ノ之箒は織斑十春に遠慮している様子が垣間見えるが。
織斑十春の親しくしている者が二人とも代表候補生で気後れを感じているのだろうか?
「大丈夫?何だか顔色が優れないみたいだけど……」
「…………そうか?」
「うん。もしかして、何か悩み事でもあるの?」
別に他意は無かった。
実際、顔色は僅かに青かったし、悩み事があるのか眉間に皺が寄っている。
「悩み…………悩みか……」
そう言うと、篠ノ之箒は自嘲気味にフッと軽く笑ってからポツリポツリ僅かに語った。
「悩みがあるとすれば、己の心の弱さだろうか…………」
「心の、弱さ?」
「うむ…………私は、未熟で半端者だ」
口ずさむ間にも、篠ノ之箒は箸を巧みに操りながら和定食に舌鼓を打っている。
ナイフとフォークでならいざ知らず、箸で同じ事をするのはシャルル=デュノアには不可能だろうと、純粋に感心した。
「勇気が足りず、あと一歩が踏み出せない……臆病な己が自分自身で嫌になる…………」
「…………」
それはもしかして、織斑十春に関する事だろうか?
セシリア=オルコットさんや凰鈴音さんに比べれば少ないが、それでも他の生徒に対して篠ノ之箒の接触時間は長い。
幼馴染みだと言うし、ひょっとしたらひょっとするかも知れない…………
こう言うのを野次馬魂と言うのだろうか、もう少し詳しく聞いてみたくなってしまった。
「それはもしかして…………織斑くんに関わること?」
「む、むぅ……一面ではそうとも言えなくは無いが…………」
「へぇ、そうなんだ…………」
言い淀んだのは羞恥心に依るものだろうか、シャルル=デュノアはますます興味を抱いてしまう。
だからこそ、らしくもないアドバイスをしてしまう。
「一回、二人きりで話す機会を設けたらどうかな?」
「それが出来れば苦労はしない……」
「でも、何もしなかったらそれこそ何も変わらないよ?」
「それは、そうだが……」
「何事もチャレンジだよ篠ノ之さん。成功するか失敗するかだなんてやって見なければ判らないんだから!」
「…………」
未だに迷いは抜けていないようだったが、最初から比べれば幾分か顔色が良くなってきた。
「そうだな……何もせず悔いるよりも、罵られる方がマシだな」
「そ、それはどうかと思うけど……そうなのかな?」
そこまで自分を蔑んでいる理由も気になったが、吹っ切れたのならそれで良いのかもしれない。
これ以上踏み込むのは野暮と云うものだ。
「相談に乗ってくれてありがとう、デュノア」
「いやあ、ボクは好き勝手に話しただけだから、全然構わないよ」
「それでは、私はこれで失礼する」
「あ、うん」
いつの間にか食べ終わっていた篠ノ之さんはそのままそそくさと食器を片付けに行ってしまった。
眼前には、まだ半分も食べ終わっていない洋定食が鎮座している。
「早く食べなきゃ……」
○
何とか洋定食を平らげ、漸く自室に戻った。
時刻は既に午後の9時を回り、中には既に就寝してしまった生徒もいる頃だ。
シャルル=デュノアも、さっさとシャワーを浴びて寝てしまおうと胸の内で予定を組み込んでいた。
「十春、入るよ?」
ノックをしてから同居人に声をかける。
しかし、返答は無かった。
「いないのー?」
室内は電気が点いておらず真っ暗で、当たり前だが人影も無い。
どうやら同居人はまだ部屋に戻って来ていないようだ。
「こんな時間にどこ行ったんだろ?」
疑問には思ったが、それよりもシャワー浴びたさが勝った。
早速バスルームに入り、そそくさと服を脱ぐ。
蛇口を捻り、温かい湯に包まれると、思わず声が漏れた。
「ふぁぁ……」
狭く閉鎖された空間の筈なのにこれ以上に無い程の開放感を感じる。
何故ならば、この仕切られた密室の中でだけ、本来の己に回帰する事ができるからだ。
それ故に、自分が何者であるのかが曖昧になってしまう。
そんな快感と恐怖が綯い交ぜになった感覚に浸っていると酔いそうになるが、それもまた楽しみであった。
「…………あれ?」
ふと、髪を洗ってしまおうとシャンプーの容器に手を伸ばしたが、肝心のシャンプーが手の平に溜まらない。
どうやらシャンプーが切れてしまったようだ。
「シャンプーの換えってあったかなぁ……?」
このまま今日の洗髪は諦めるという手段も有ることには有ったが、髪に脂が残ってギトギトするのは勘弁こうむりたかった。
脱衣場に替えのシャンプーがストックしてあることを祈って扉を開ける──
「おーいシャルル 、ちょうどシャンプーが切れてたから替えを……」
扉の先には、織斑十春の姿があった。
「え──?」
「あー……………うん、そっか……」
呆然とした表情から、直ぐに苦笑に変化する。
だが、その表情が