篠ノ之神社は宮司の長女である篠ノ之束曰わく「由緒だけは正しい」神社であり、その敷地面積は普通の神社と比べても広大だ。
その一角には老朽化によって今は使われていない倉庫、と言うよりも蔵と言うべき規模の物があった。
蔵の戸は電子錠でロックされており、開くと驚くことにエレベーターが備え付けられていて、そのエレベーターを降りると地下では篠ノ之束が迎えてくれた。
「こんにちは、束さん!」
「いらっしゃーい、良く来たねいっくーん!」
あの吐瀉物の苦い思い出を契機に、どういう訳か一夏と篠ノ之束との交流は日に日に増していったのだった。
そして、暫くの付き合いで一夏は篠ノ之束という人間の在り方の一端を理解するにまで至った。
例えば、彼女は病的なまでに人見知りだった。
初対面の者とは絶対に口を聴かないし、話しかけられても徹底的に無視を通した。
それなら何故一夏に声を掛けたのかと言えば、一夏が彼女の友人である織斑千冬の弟であると言う情報を頭の片隅に残していたからであった。
「でも、十春兄ぃとはお話ししないよね?」
「だってアレ、気持ち悪いから」
「気持ち悪い……?」
「アレを見てると虫酸が走る。
まるで子供の皮を被った大人みたいに狡猾で意地汚くて頑固で、その癖して妙に馴れ馴れしいし…………」
篠ノ之束の織斑十春に対する評価は散々な物だった。
織斑十春の能力に嫉妬して酷評する者はかつて何人と見たが、篠ノ之束は彼の何十倍もの……否、最早数値では表せない程の開きがあった。
例えばその一例が、今一夏の目の前に忽然とさらけ出されている大きな機械群がそれだ。
「これは…………?」
「フフン、聞いて驚けぇ!」
その活気のある声には、先程までの不機嫌さは微塵も伺えなかった。
「この子はね、人が纏うとそのまま単体で成層圏の壁を突破して宇宙に飛び出して、そのまま活動できるパワードスーツなのさ!」
「おおっ……!」
数ヶ月前のNASAのロケット特集をテレビで視聴していた一夏にはその凄さを理解するに至った。
地球の表面には分厚い空気の壁があって、ロケットでそれを突破して宇宙に出るには莫大なエネルギーを必要とする。
しかも、人を大気圏外に送り出すだけでも大変なのに、宇宙には空気も食糧も無いため、それらの物資を打ち上げるだけでも目玉が飛び出るようなお金が必要なのだとか。
「この子がいれば一々酸素を地球から運ぶ必要も無いし、一年や二年くらいは何も食べなくてもヘッチャラなんだよ!」
「凄い……滅茶苦茶凄いよ!流石は束さんっ!!」
「ハッハッハ、もっと褒めるが良いぞー!」
そこには子供故の純粋で単純な賞賛の気持ちもあったが、何が凄いのかを具体的に理解していた一夏には、眼前の機械がそれこそ何千何万と量産された未来の予想図が既に頭の中で構築されていた。
その事から来る惜しみのない絶賛だった。
「ねえねえ、コレって何て名前なの?」
「この子の名前は…………インフィニットストラトス!
意味は、無限大の宇宙!」
まるで幼子みたいに束ははしゃぎながら誇らしく語った。
「インフィニット、ストラトス……!」
一夏もまた、珍しく年相応の輝いた眼でISを見つめていた。
○
何故、病的なまでに極度の人見知りの篠ノ之束が織斑一夏に対して興味を抱いたのかと言えば、それは自身との共通点を見つけたからと言うのが大きな理由であろう。
自身も狂っていると称したように、篠ノ之束には倫理観と言う物が欠如していた。
篠ノ之束は天才だった。
一を聞いて十を知り、と言うが篠ノ之束に至ってはそこから更に裏に隠された零までを知り得てしまう様な規格外だったのだ。
故に、篠ノ之束は世界の矛盾に対して嫌悪感を示した。
勉強をしろと言う、頭が良い事は優れた人間であると言う証明だから。
しかし協調性を持てとも言う、周りに合わせることは美徳だからと。
運動をしろと言う、健やかな身体は正しい人間の在り方なのだから。
しかし暴力を振るうなと言う、危害を与えるのは度し難い事だからと。
勝手なルールで縛り、自分の言いなりになる奴隷を作ろうとする大人が束は大きらいだった。
だから、その漢字はまだ習ってないから使うなと言われても平気で書いたし、ちょっかいを出してきて気に食わない男子は拳を振るって排除してきた。
IS、インフィニット・ストラトスもそんな束の世間に対する一つの抵抗の形だった。
しがらみだらけで息苦しいだけの地球から抜け出してやろうと息巻いていたのだ。
或いは、ISを宇宙フォーラムに発表したのも、ある意味世間に対する当て付けだったのかもしれない。
○
結果だけ言えば、それは間違いだった。
ISは人類に受け入れられ無かったのだ。
フォーラムでの反応は総じて「非科学的だ」「ここはファンタジーを発表する場では無い」「中学生の女の子にそんな物が作れる訳がない」と言った懐疑的な意見ばかりだった。
この結果に対する束の怒りは、一年に満たない付き合いの一夏には計り知れない物だった。
「あーっ!もう!何でこの子の凄さを理解出来ないのかなーっ!!」
「…………」
「分からず屋共にこの子の凄さを見せ付けてあげようかな…………
ねえいっくん、何をしてやったら良いと思う?
宇宙に上がって月の石でも取ってこようか、火星の写真でも撮ってくるかな、もっと遠くまで行ってはやぶさ2を持って帰ってきてやろうか!
それとも、いっそのこと分かり易くISS(国際宇宙ステーション)でも破壊しちゃおうかな?」
「んー……戦争でも起こすとか?」
「ふぇ?戦争?」
「ほら、ロケットって元々は大陸弾道ミサイルを造るために培われた技術で開発されたんでしょ?
何かの本で平和は文化を生み、戦争は文明を生み出すって書いてあったし……なーんて、ね」
それは、何気ない一言に過ぎなかった。
しかしそれでも大きな間違いとも言えない言葉ではあり、ある程度の説得力を持ち合わせていた。
一夏の挙げたロケットしかり、飛行機しかり、インターネットや携帯電話しかり……現代人が恩恵を受けている機械による潤沢な文明は元々戦場で使うために生まれた技術であった。
戦争を起こすと言うのは、一夏なりに考えた束への励ましの言葉であり、一夏にとっては飽くまでも冗談の範疇でしか無かったのだ。
しかしその軽率な言葉は、あろう事か彼女に閃きを与えてしまった。
「戦争……ロケット……大陸弾道ミサイル…………」
「あれ……?束さん?」
「うん…………そう、それだよいっくん!
アハハハ!私、何で気付かなかったんだろぉ?!
そうだよ、どんなに頭の悪い連中でも自分の目の届く所で圧倒的な力を見せつけてやれば流石に理解出来るよね!
うんうん!あったまいーね!いっくん!いっくんのアイデアいっただきぃー!!」
それに対して一夏の反応と言えば
「えっと……どういたしまして?」
呆けたような一言を返すのが精一杯であった。
それは、人としては正しい反応だったのかもしれないが。
○
結果だけ言えば、それも間違いであった。
大人としての矜持と天才への嫉妬による否定により、世界の条理は崩されることになった。
それはある意味、一つの物の見方からすれば………………篠ノ之束の思惑の通りに行ったとも言えるのでは無いだろうか?
そして──
後に白騎士事件と呼ばれる人類史史上最も最悪な未遂事件の幕開けは、そんな一人の少女の軽い悪戯程度の気分で引き起こされた大人への、世界への仕返しでしか無かった。
その事を知っているのは……事件の真犯人である彼女と、殆どとばっちりとも言えるが共犯者であり、元凶とも言える一人の少年だけである。
「2341発のミサイルかぁ…………
ても束さん、こんなに沢山あったのに一発も日本に当てなかったんだね?」
「だっていっくん、洗剤の店頭販売で態と汚した汚れが残ってたら宣伝にならないでしょ?」
「あっ、そっか!」
せめてあとがき位書いてみようかな、と。
サブタイはダブルミーニング……なんて、高度な物でもありませんが。
ほのぼのな雰囲気が大好き。もっとほのぼのさせたい。