それでも織斑一夏は怒らない   作:あるすとろめりあ改

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34話 君の名は

「あれっ」

 

 

 気が付けば、真っ白な木目調のテーブルの前に一夏は座っていた。

 そのテーブルの上にはこれまた白いティーカップが置かれていて、中には紅茶と思わしき液体が注がれている。

 

 

「もう終わるので一服して待っていてください」

「あ…………」

 

 

 テーブル越しに人の姿が見えた。

 白いワンピースの少女……名前はまだ無い。

 何故なら一夏がまだ名前を付けていなかったから。

 

 嘗て『白騎士』と呼ばれたISのコアに宿る人格……今は、一夏のISだ。

 

 

「何があったの?」

 

 

 お茶に手を付ける前に開口一番で疑問をぶつけた。

 そんな不躾な質問に対しても彼女は優しい声色で答えてくれる。

 

 

「強力なジャミングとサイコジャックによる干渉を受けました」

「……それが、今回の?」

「はい」

 

 

 電子戦も考慮している筈の軍用機である銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)が暴走したと聴いて、一夏は何処か人為的な物を感じていた。

 つまり、補助的な電子機器の部分か、若しくは本来ならば干渉出来ない筈のコア・モジュールに何かが起こったのでは無いかと──

 

 

「すみません、本当ならば無効化出来たのですが……同胞達を解放する為に敢えて解析を試みました」

「そっか、だから反応が遅くなったのか」

「はい…………」

 

 

 白い少女は本当に申し訳無さそうに俯いてしまう。

 

 

「ああ、大丈夫だって。 でも、こうなってるって事は、僕は意識を失ってるのかな?」

 

 

 以前、一夏は今と同じ様な感触を体験をした事がある。

 IS学園で催された学年別トーナメントの決勝戦での事、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンに搭載されたVTシステムが暴走した時にもこんな空間に佇んでいた。

 どうもその時に自分は気絶した様に動きを止めていたそうで、今も同じ状況である事が予想される。

 

 

「申し訳ありません。 解析を優先させる為に一部機能をシャットアウトさせました」

「そっか。 それで、何があったの?」

 

 

 一夏は漸く紅茶を一服しながら尋ねる。

 

 

「依り代の演算機関にヴィルドラームのビジョンを光通信で流し込まれたのです」

「ヴィルドラーム?」

 

 

 聞き覚えの無い単語だった。

 少なくとも、日本語では無い事は確かだが。

 と言うか、まるでRPGのラスボスの名前みたいだ。

 

 

「我々にとっての脅威…………未だに目覚めていない同朋にとっては、それがまやかしだと分からず恐怖に直結したのでしょう」

「尚更わからないけど……目覚めって、第二形態移行(セカンド・シフト)のことかな?」

「いいえ、違います」

「あれれ?」 

 

 

 まさかの見当はずれ。

 目覚めというイメージで当てはまるのが第二形態移行(それ)だったのだが、どうやら違うらしい。

 コア・モジュールに関係しているのは確かなのだろうけど。

 

 

「適応とは飽くまでも適応であって、目覚めの兆候ではありません」

「…………」

 

 

 ISとは一体、何なんなのだろうか?

 

 本当か嘘かは定かで無いが、あの束さんをして『天才の束さんでも解らない事はいっぱいあるんだよー?』と言わせしめる程の謎を抱えた存在である。

 一夏には、彼女等が只の機械では無いという事しか分からなかった。

 

 そう、謎だ。

 この空間も、彼女の姿も、奇妙な単語の選び方も、そもそもISに関するあらゆる事柄が──

 

 

「そう言えば──」

「ん?」

 

 

 それまでの話を断ち切る様に、少女は声色と表情を僅かに変えながら問い掛けてくる。

 

 

「マスターと円滑にコミュニケーションを行える良い機会ですので、宜しければお聴きしたい事があるのですが」

「構わないけど……」

 

 

 考えてみれば、間に機械を挟んでいるせいなのかは定かでは無いが、普段は何となく形式的と言うか、断片的な内容しか“聞こえて”来ない。

 しかし、この空間にいる時はこうやって普通に会話が出来る。

 本当に不思議だ。

 

 

「貴方は、何故戦うのですか?」

「…………え?」

「隣人として、貴方が本来戦いを好まない者である事は理解しています。 必要無いのならば、争わないに越した事は無いと……」

「……」

 

 

 確かに、その通りだ。

 “傷付く”という結果が残る争いや戦いを織斑一夏は好まない。

 嫌悪を抱く程では無いが、避けて通れる物ならばそうしたいと思う。

 

 だが、織斑一夏は戦っている。

 

 

「気になっていたんです。 貴方は戦いを好まないにも関わらず、いざ戦うとなれば勝利を求めようとする。 それは、何故なのかと」

 

 

「結果、成果…………が欲しいから、かな?」

「成果ですか?」 

「束さんに助けて貰って、その恩返しをしたくて、その恩返しで───うぅん、違うかな?」

 

 

 それも一つの理由である事は間違いない。

 でも、それだけが唯一の要因であったかと問われれば、違う気がする。

  

 

「結局、誰かが傷付く姿を見たく無いのかなぁ……」

 

 

 織斑一夏にとって、戦いを拒む理由が“傷付きたくない”と云う物ならば、逆もまたそうなのだろう。 

 

 

「……それで、貴方自身が傷付いたとしても?」

「うん。 自分が傷付く分には自分で見えるけど、他の誰かが傷付いたらその痛みも見えないからね」

「…………」

 

 

 彼女は考えるような表情を作りながら僅かに俯いた。

 何かを探るように、言葉の真意を理解しようと思い悩むような姿だ。

 そして暫くそうしてからポツリと、次の句を続ける。

 

  

「貴方はそこまで傷だらけになりながら、何故それでも尚他人を労ろうと言うのですか?」

「何だろうね、上手く言葉に出来る気がしないけど……」

 

 

 目を瞑ると今までの出来事が目に浮かぶ。

 記憶、思い出、感情……

 様々な感覚が交錯して、弾けて、流れていく。

 

 

「贖罪……違うな、恐怖の払拭かな」

「恐怖?」

「力が無いって、本当に怖いんだ。 自分の命も脅かされるし、目の前から命があっさりと消えていく…………」

 

 

 そう言う環境に、一夏は置かれていた。

 良くも気が狂わなかった物だと、今となっては感心してしまうような。

 

 

「力があれば誰かの命を守れる。 それって、自分の命も守れるって事だから…………誰かの脅威を払うって言うのは自分の脅威を除くのと同じなんだよ」

 

 

 それが、織斑一夏が戦う理由…………なのかもしれない。

 

 

「…………今は、それで良いでしょう」

「え?」

「私たちが答えを知る手段は言語だけでは無いのですが……私は、貴方の紡ぎ出した答えを尊重しましょう」

 

 

 含みのある言い方だったが、やはりその真意は読み取れない。

 複雑だ、ISと言うのは。

 

 

「そうだ、まだ時間はある?」

「ええ、もう僅かですが……」

「君の言った通り良い機会だからね、僕も言いたいことを言っちゃおうかな」

 

 

 ずっと前から考えていて、中々それを応える事が出来なかった。

 でも漸く、それを伝えられる機会がやって来た。

 

 

「いったい、何を……?」

「君の、名前」

「あ──」

「ごめん、だいぶ遅れちゃったね」

 

 

 彼女はずっと“無銘”だった。

 相応しい名前を見つける事が出来なかった、初めて出会った時の感動を体現できる様な名前が──

 

 

「君の名前は────白熾」

 

 

 一夏にとって、彼女は天から舞い降りた神の使者……即ち、天使のように見えた。

 そう思えるほどに一夏の心は救われ、揺れ動かされた。

 

 白熾。

 それ即ち、希望の灯を意味する。

 

 

「白熾…………それが、私の名前──」

 

 

 白く、爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 総てを飲み込んでしまいそうな深い碧に染まる太平洋の大海原。

 そんな海の一点に、白い塊が現れる。

 やがて白い点は大きくなり……そして、空へと舞い上がった。

 

 

「それで? 次はどうすれば良いの?」 

【取り敢えず、足留めをしてください】

「いや、簡単に言うけどさ──」

【30秒の時間を頂きたいので、全機の動きを止めて頂ければ】

「ああ、全然簡単じゃなかったね……」

 

 

 空には6機のISが悠然と構えていた。

 それらを総て相手にする事は、不可能では無いがかなり苦労を強いられそうだ。

 まあしかし、白熾がやれと言うのだからやるしか無いのだろう。

 

 

「兎も角、まずは牽制かな……」

【はい、アサルトライフルを両手に展開します】

 

 

 飛翔しながら、あらゆる方向へ弾丸をばらまく。

 敵機に回避機動を促し、分散を目論んでの事だった。

 案の定、回避するためにISは散り散りになる。

 

 

【荷電粒子ライフル、レーザーライフルを同時展開します】 

「よし…………」

 

 

 手始めにと、荷電粒子ライフルの銃口をブルー・ティアーズに向ける。

 放たれた荷電粒子の弾丸を回避した隙に左手のレーザーライフルを撃ち出す…………が、高機動性能を与えられているブルー・ティアーズは急旋回してやはり回避してしまう。

 

 

「でも残念、そのレーザー……曲がるんだよね」

 

 

 クイッと、レーザーの軌道が90度に屈曲した。

 そもそもBT兵器とは自律稼動砲台を指す言葉では無く、特殊な演算方式を用いてレーザーの周波数を調整する事で、直線だけで無く複雑な軌道を描かせ戦術の幅を持たせる、というコンセプトの元にある。

 一夏の行った事は、その本来の理論に沿ったものだ。

 

 曲がったレーザーはブルー・ティアーズの背後を突くように直撃した。

 

 

【6時の方向から機体が接近しています】

「っと……」

 

 

 白熾の警告に従い、接近する紅椿を巻くようにバレルロールで回避する。

 

 

【12時上方向にレーザー、3時方向ミサイル、7時方向から拡散爆撃……来ます】

「流石に、ちょっと手が足りないかな……?」

 

 

 四方八方から迫り来る攻撃に対して一夏は思案を巡らせる。

 このまま素直に一人一人と相手をしていてもジリ貧に陥るだけだ。

 ならば、一気に全員を相手にしてノックアウトさせるか、若しくは援軍が来れば上々だが……

 

 

『ふむ、ならば私も手伝わせて貰おうか』

「え?」

 

 

 突然、一夏の眼前に黒い影が飛び込んできた。

 同時に周囲に何かしらのフィールドを展開すると、一夏を目掛けて放たれてきた攻撃がその目に見えぬ障壁に阻まれ、停止してしまう。

 ただし、紅と蒼のレーザーは通過したが……これは両者共に難なく回避する。

 

 

「遅れてしまって申し訳ない、ご主人さま」

 

 

 その黒い影の正体は、シュヴァルツェア・レーゲンとラウラ=ボーデヴィッヒだった。

 

 

「ラウラ、無事だったの?」

「ああ……絡繰りは解らないが何故か私だけが無事でな、狙い撃ちにされたので撒くためにステルス・モードで隠れていたんだ」

「ああ、だからレーダーに写らなかったのか……」

 

 

 そんな会話の間も攻撃は飛び交ったが、全てシュヴァルツェア・レーゲンのAICによって阻まれる。

 よく見れば、以前のように掌を構える事も無く、しかも360度の全ての範囲にAICが展開している様だ。

 恐らくは先日の第二形態移行《セカンド・シフト》の影響なのだろう。

 

 

「使い勝手は良くなったのだが、如何せん燃費がな……長くは保たない、此方から仕掛けた方が得策だろう」

「少しだけ時間を稼いで貰いたいんだけど……出来るかな?」

「わかった、やってみよう」

 

 

 そう言うとラウラはAICを解除し、左右3対のワイヤーブレードを射出した。

 よく見ると、金属の刃が備え付けられていたワイヤーブレードの先端にはレーザーの刃が輝いており、更に6本のワイヤーがそれぞれ独立して縦横無尽に動いている。

 更に左右の肩にあるレールガンを交互に偏差射撃する事で確実に直撃を与える。

 

 

「これで大分楽になったけど……」

 

 

 そのまま一夏はラウラを援護する様に左右の手にある荷電粒子ライフルとレーザーライフルを振るうが、二人に増えても漸く拮抗させるのが関の山だった。

 せめて、あと一人居てくれれば──

 

 

『──いち──く────一夏くん!!』

「簪さん……?」

 

 

 そんな事を考えていた隙を突くように、更識簪からの通信が鼓膜を揺らした。

 

 

『遅れてごめんなさい!』

「いや、寧ろグッドタイミングかな……」

 

 

 先ほどから海面にも目を向けていたが、既にあの密漁船の姿はどこにも無かった。

 この戦いのどさくさに紛れて撤退してしまったのだろうか?

 兎に角、もうあのトリックに巻き込まれる事がないのは確かなことだ。

 

 

『それと、来たのは私だけじゃなくて──』

「ん?」

 

 

 その言葉の通り、レーダーには打鉄弐型の他に幾つもの反応を捉えていた。

 

 

『こちら三沢基地所属、航空自衛隊第3飛行隊です。これより援護させて頂きます』

 

 

 同時に、一夏の肉眼にもその姿が見て取れた。

 ISよりも遙かに大きいが、レーダーに映る機影はほぼ同じ……充分なステルス性能を有した戦闘機……自衛隊の最新鋭機であるF-3の中隊編成だった。

 

 

「……ご協力、感謝します」

『いいえ、日本を守る事が我々の仕事ですので』

 

 

 指揮官と思しき機体へ通信を入れ感謝を伝えようとするが、不敵な笑みと敬礼だけで返されてしまう。

 

 

『よし、各機火器使用自由……僚機ISを援護せよ!』

『了解! アルファ3、フォックス3!』

『チャーリー4、フォックス3!』

 

 

 F-3は散開し、複雑な軌道を描く事でISからの照準を振り切る。

 分の悪いスーパークルーズ機能を有する銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)と紅椿はシュヴァルツェア・レーゲンと打鉄弐型が相手をする事でカバーし、F-3は空対空ミサイルでその他のISを釘付けにした。

 その為F-3は互角に……いや、スピードで翻弄しISに対して優位に立っていた。

 

 

『時代遅れだなんだ言われるが、音速も満足に出せない様な訓練機にやられる程耄碌はしてないぜ!』

『戦闘機がまだまだ現役だって事……たんと教えてあげるわよ!』

 

 

 そこにどんな想いがあるのか、一夏には定かでは無かったが一種の気迫の様な物は感じ取れた。

 放たれたミサイルは殆どが回避されるが、続けざまにやってくる機銃は避けきれずに多くが被弾している。

 

 そんな尽力のお陰で、一夏には白熾の指示を叶えられるだけの余裕が出来ていた。

 

 

「よし、こっちも……」

【戦闘区域の真ん中を陣取るように、高度13000へ移動してください】

「おっけー」

 

 

 丁度、戦闘の様子を見下ろせるような位置に白熾は着いた。

 武装は全て量子変換してしまい、身も白熾に委ねる。

 

 

【管理者権限を発行、力場────展開】

 

 

 空中に静止した白熾の背中には10秒ほど時間を掛けながら光の翼が出現した。

 その正体は発光するナノマシンで……それらが集合する事で翼の様な形状を作り出しているのだ。

 

 

【力場の形成を確認、ナノマシンの散布……開始!】 

 

 

 一夏にだけ聞こえる宣言と共に、光の翼から緑色の粒子が辺り一面を埋め尽くすように飛び散った。

 翼からは緑色の光が射出され続け、さながら光のシャワーのようである。

 その光は、一定の空域に押し留められた6機の暴走するISに降り注いだ。

 

 

「何だ、これは……?」

「光……何だか、暖かい……」

 

 

 辺り一帯が緑色に染まった頃、暴走していたISの動きがピタリと止まった。

 手足の力が奪われたかのようにダランと脱力し、俯きながら尚も光を浴び続けている。

 

 そして────

 

 

【完了……干渉していた不純物は完全に取り除かれました】

 

 

 その言葉の通り、動きを止めていた各々はキョロキョロと辺りを見渡し始める。

 動きからは正気が感じられ、あの正体不明の干渉が完全に取り除かれたのが一夏にも理解できた。

 

 

「ふひぃー……お疲れ様、白熾」

【はい、お疲れ様ですマスター】

 

 

 ふぅ、とため息を吐くと同時に、白熾の翼もシャボン玉の如く消失してしまった。

 

 

「終わった…………んだ、やっと」

【ええ、幸いな事に負傷者もいません】

 

 

 そう考えると、何だか身体の芯の方から疲労が漏れ出して来そうな感覚が襲ってきた。

 しかし、こんな所でダウンしてしまえば後が大変なのでそれ以上は今日一日を振り返るのは止める。

 

 

「あれ……そう言えば、何だか饒舌になった?」

【そうですか? 私はいつも通りのつもりなのですが……】




約2週間ぶりでしょうか?
エタってませんです、多忙に殺されていただけです。

サブタイトルは映画のアレじゃなくて、原作のサブタイの「ユア・ネーム・イズ」と今回のエピソードを掛けただけですので、悪しからず。


読み方?日本語的には可笑しいけど、やっぱり「びゃくしき」でどうかお願いします。


ああ、それと“対話”だとか“サイ○フレーム”とか思った人、怒らないから正直に先生に言いなさい。
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