それでも織斑一夏は怒らない   作:あるすとろめりあ改

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4話 変わるものと変わらないもの

 世間にISの名が轟いて2年と少しが経過した。

 その事によってISは世界にその存在を知らしめ、篠ノ之束は一躍時の人となった。

 

 それで織斑一夏の人生に何か影響を与えたのかと言えば、そんな事は無かった。

 それこそいつも通りの代わり映えの無い日常を生きていた

 

 

「ねえ、いっくーん!

どうして箒ちゃんはあんなヤツに肩入れするのかなー?」

 

 

 束は一夏の頭にもたれ掛かるようにして不満たらたらと言わんばかりの声色で聴いてきた。

 

 

「んー……十春兄ぃは頭が良いし剣道も強いし、顔も整ってるからなぁ」

「それならいっくんだって格好いいし賢いし剣道頑張ってるじゃん!」

「いや、ほら、何て言うの?僕と十春兄ぃとじゃレベルが違うじゃん」

「いっくんの方が圧倒的?」

「に、劣ってるよね」

 

 

 そんな事無いよーと否定しながら頭をポンポンと優しく抑えてくれる心地よさを堪能しながらも、どこか一夏は不安だった。

 

 一夏の眼前には黒い鍋と銀色のフィルムが広がっている。

 鍋には黄色味かかった液体がグツグツと煮えていて……つまり、夕食の用意のために揚げ物をしていたのだ。

 揚げ物という調理方法の特性上、どうしても油は周囲に飛び散ってしまうわけで、一夏は束に油が降りかからないかと不安で仕方なかった。

 

 

「む……今日の当番は一夏だったか……と、束?」

「お邪魔してるよ、ちーちゃん」

「お前……まさか、ウチに飯をたかりに来たのか?」

「違うよブーブー!

私はねー、いっくんに会いに来ただけなのですよー」

 

 

 織斑家にとっての不法侵入者の到来を察知してか、一夏の姉である織斑千冬がヌッとキッチンに現れた。

 束はと言うと、身体の向きは変えずに顔だけ傾けて友人に応対している。

 

 

「まあそんな事よりも一夏、今日の夕飯は何だ?」

「今日は唐揚げだよー」

「そうか、ここ暫く魚が多かったからな、肉が食べたくなってきた所だった……」

 

 

 と言っても一夏はそんな事を考慮して唐揚げを選んだ訳では無かった。

 行きつけのスーパーで鶏胸肉が安売りしていた事と、賞味期限を半年過ぎた醤油が見つかりそれを処理したいが為に唐揚げをチョイスしたに過ぎない。

 そんな事はつゆ知らず、千冬は久々の肉食を心待ちにしていた。

 

 

「あれ……そう言えば昨日も一昨日も一夏が夕飯を作っていなかったか?」

「作ったよ?」

「…………十春はどうした、夕飯の当番は交代のはずだろ?」

「十春兄ぃは遊びに行ったんだけどまだ帰ってこないみたいだから、さ」

「昨日は?」

「昨日も」

「十春……少し、お説教が必要みたいだな」

「………………」

 

 

 一夏はその言葉に何の反応も示さず、黙々と唐揚げのたれを作っていた。

 前に十春が夕飯を作ったのは何時だったかなと、1ヶ月前のメニューまで思い出してから考えるのを止めた。

 全部、自分が作っていたから。

 

 

「…………ねえちーちゃん、平等が不平等になる事もあるんだよ?」

「は?何の話だ?」

「まっ、私は贔屓するつもりだからそれ以上は言わないけどねー」

 

 

 そう言いながら一夏を抱き締める力を更に込める。

 一夏はそれを振り払うことも無く、煮え立った油に衣を付けた胸肉を投入し始めていた。

 

 

「おい、途中で止められたら気になるじゃないか」

「共産主義って働く量が違っても対価は同じなんだよ」

「…………それが、平等と何の関係があるんだ?」

「にゃははは、いつか分かる日が来たらいーね!」

 

 

 馬鹿にすると言うよりも、何か愉快な事があったとばかりに束は笑い出した。

 

 

「って言うかいっくん、暑くないの?」

「んー?そんなに暑くないよ?」

「ほへぇー、汗もかいてないし、いっくんって暑さに強いんだね!」

 

 

 昔は暑がりだったような気がしたが…………一夏はそれを数少ない自身の成長と判断して特にそれ以上は考えなかった。

 油が跳ね上がって額に飛んできたと気付いたのは5kg近くあった胸肉を総て揚げてからだった。

 

 

 因みに、2,3日は持つだろうと考えて大量に揚げた唐揚げは、食卓にのぼった物以外は冷蔵庫に保管しておいたのだが、目ざとく見つけた十春に完食されてしまい、一夏は予定が狂ったことに少しショックを受けることになる。

 

 

 

 

 

 

 一夏が4年生に進級してからも、さほど大きな変化は無かった。

 

 強いて挙げるなら、束が盛大な家出をして世間を騒がせたこと。

 それと、近所トラブルでもあったのか篠ノ之家が引っ越すことになった位だろうか?

 

 

「十春ぅ……ひっく……うあぁぁぁん……!」

「泣くなよ箒、これで会えなくなる訳じゃ無いんだからさ」

「だけど、だけどぉ……!」

「住所、まだ解んないんだっけ?

向こうに着いたら電話なり手紙なり送ってくれよ、俺も返事書くからさ!」

「…………ほんと?」

「本当さ!だから、何時までも泣いてないで、さ」

「うん…………」

 

 

 十春と箒の間では感動的な別れとやらをしているようだったが、一夏としてはあまり箒と会話をする機会も無かったため、特に思うところは無かった。

 

 

「柳韻さん、お世話になりました」

「うむ…………」

「千冬ちゃん、十春くんと一夏くんの面倒をしっかり見るのよ?」

「はい……!」

「一夏くんも、男の子なんだから千冬ちゃんを守れるくらいに強くならないとね?」

「ありがとうございました」

 

 

 篠ノ之神社の宮司にして道場の師範であった篠ノ之柳韻とは少しだけ接点があったので彼には一応の挨拶をした。

 とは言っても十春には良くアドバイスをしていたが、自分には極稀に指導があった程度で挨拶ぐらいにしか声をかけてこなかったなぁ、程度の印象しか無かったのだが。

 

 良く考えてみれば、自分は束以外に篠ノ之家の面々とは接点が無かったのだなと今更ながら気がついた。

 

 

「ばいばーい……」

 

 

 

 

 

 

 それからまた一年が経った。

 

 一夏は五年生になったが、やはりその生活に大きな変化は無かった。

 

 篠ノ之神社も親戚の人達が運営を引き継いだと言うし、道場も柳韻氏の友人の警察官だとか何とかが運営しているのだとか。

 ただ、篠ノ之家の引っ越しを機に十春兄ぃから「もう道場に行かなくても良い」とお達しが出た上に、十春に引っ張られて連れて行かれる事も無くなったので神社とはとんと疎遠になった。

 

 もちろん、クラスメイトが入れ替わったり別のクラスになった十春がまた別の女の子を家に連れて来るようになったりと言った小さな変化はある。

 だが、別にどんなクラスメイトだろうと只の友人以上の関係を構築出来なかったし、十春兄ぃの連れてくる女の子……鈴ちゃんとか言ったっけ?……とも特別仲が良くなる事も無かったし、やはりそれらの変化が一夏に何かしらの影響を与えることは無かった。

 

 本当、何の変化も無い…………

 

 

「今日のいっくんチのご飯は何だーい?」

「えっとね、カレーだよ」

「おおぅ!良いなー、カレーかー!豚肉?それとも贅沢に牛肉?」

「どっちも外れでどっちも正解だよ。

今日のカレーに使うお肉は合い挽き肉だからね」

「合い挽き肉?ハンバーグとかの?」

「そっ、キーマカレー風カレーを作るんだ」

「成る程成る程、それは美味しそうだねぇ…………ジュルリ」

「作り置きしてタッパーに入れてあげるから持っていったら?」

「さっすがいっくん!だから大好きだよぉー!」

 

 

 世界から壮大な家出をした束さんは時折……毎週くらいのペースで……一夏の前に現れる様になった。

 恐らくその目的はご飯のお裾分けを貰いに来るのがメインみたいだが…………織斑家では希望を聞いても「何でも良い、任せる」しか返ってこないが、束さんは具体的なリクエストをして来てくれるので助かる事もある。

 

 因みに料理に限らず洗濯や掃除などの家事は当番制がいつの間にか自然消滅していたので毎日一夏が総てをこなしていた。

 一夏としては、どの道昔から変わらずやってきた事だし、今更千冬や十春に包丁を持たせたりコンロの前に立たせたいとは思えなかったので全く気にしていなかった。

 

 

「あれ一夏か?」

「え?あれ?」

 

 

 背後から声をかけられ、振り返るとそこには十春の姿があった。

 それと同時に、ついさっきまで目の前にいたはずの束の姿は忽然と消えていた。

 

 

「今、誰かと話してなかったか?」

「あっ、十春兄ぃ……あのね」

「まあどうでもいいや。それより、今日の夕飯は何だ?」

「今日はカレーだよ」

 

 

 スーパーの袋を掲げながら応えるが、聞いてきた当人もさして大きな興味があった訳では無いようで、チラと見ただけで中身を改めたりはしなかった。

 

 

「カレーかぁ……俺の皿は肉多めにしとけよ!」

「あっ、いや、今日のカレーは」 

「それじゃ、俺はこれから遊びに行ってくるからさ、ちゃんとカレー作っとけよ!

サボんじゃねぇぞ!」

 

 

 そしてそのまま踵を返すと十春は駆け去ってしまう。

 突然現れたと思ったら急に去ってしまう……まるで台風みたいだなぁと一夏は十春の背中を眺めながら思った。

 

 

「アイツ、日本語が解らないの?いっくんの話まったく聞いて無いじゃん」

「わあっ!?」

 

 

 いなくなったと思っていた束の姿と声がいきなり目の前に現れる。

 驚きはしたが、それくらいの事を束さんならやってのけてしまうだろうな……と考えてドクドクと拍動を荒げる心臓を抑え込もうとした。

 

 

「急に消えて急に現れたね……」

「ん?ああ、光学迷彩装置の『カメれオン君8号』だよ。

しつこいストーカーとかから逃げるのに結構役にたつんだよね~」

 

 

 ISにはISコアと呼ばれる心臓部にして殆ど本体とも言えるパーツがあるのだが、それを造れるのは世界でもISの生みの親である束さん唯一人であり、その製造過程の困難さや使用されるレアメタルの都合上量産が利かず、現在でも世界のISはコアの総数と同じ467機と限られている。

 しかし、世界の核ミサイルの数にも満たないその数で世界が納得する訳も無く、コアの増産をするようにと各国は束さんに働きかけたのだとか。

 その働きかけは時に過激が度を越し……時には拉致未遂なんかも……結局、束さんは遂に世界に見切りを付けた。

 

 

「じゃあ、いっくんのカレー楽しみにしてるよ~」

「うん、冷蔵庫から勝手に持って行っていいからね?」

「あいあい、サー!」

 

 

 一夏を取り巻く環境が多少変化しようが……やはり一夏の中で何かが変わるようなことは無かった。

 それが悲しいとか、残念だとは微塵も思わないが。

 

 

「あっ、でも……」

 

 

 最近、流血するような怪我をしても気付くまでに時間がかかることが度々あるな、と小さな変化を一夏は思い出していた。

 

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