それでも織斑一夏は怒らない   作:あるすとろめりあ改

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43話 祭りの場所はここか

 場所は生徒会室。

 9月の初旬、まだ残暑の猛威に冷房での対処が必要なこの時期が実はIS学園の生徒会では最も忙しい時期だったりする。

 まず、二学期の行事が立て込む。

 文化祭から始まってキャノンボール・ファスト、専用機タッグマッチ、修学旅行……等々、更に読書週間の様な小さな物も加わるので多岐に渡ることに。

 

 

「文化祭のテーマか…………『織斑一夏争奪戦!』なんてどう?」

「真面目に仕事してくださいお嬢様」

 

 

 自主性を重んじる、なんて方針を理事が掲げている為に案外と生徒会の仕事は多い。

 特に文化祭は学園で完結するイベントという事もあってか主催から生徒会が計画していかなければならないのだ。

 出し物の審査、会場の分配、申請された物品の注文、スポンサーの目録、会計…………

 

 

「えー、そんなぁ……一夏くんも何とか言ってよ!」

「すみません、今は業者の選定で忙しいので後にしてください」

「……本音ちゃーん、一夏くんが冷たいよぉ」

「おー、よしよし」

 

 

 そう言って、本当にのほほんさんこと布仏本音さんは楯無さんの頭を撫で始めた。

 上級生、もとい、お家の事情を感じたら当主である人にその態度はどうなんだろうか、と疑問に思わないでも無いが……まあ当人達がそれで良いのなら良いのだろう。

 

 

「本音、いい加減にしなさい。……一夏くんもごめんなさいね、本当は本音の仕事なのに」

「いえいえ、このくらい大丈夫ですよ」

  

 

 そうこうしている内にタピオカの大量発注に応じてくれる業者を見つけた。

 やたらとタピオカを入れた飲み物をメニューに入れるクラスが多いな……流行っているんだろうか、チンジュウナイチャだかジュンズナイチャとかいう飲み物が。

 

 

「少しくらい構ってよー、ブー!ブー!」

「せめてこの仕事が終わってからにしてください」

「仕事が終わったらいいのね!よーし、即行で終わらせるぞー!」

「…………」

 

 

 黙々と仕事をする生徒会長を後目に一夏は少し安堵する。

 どうやら違和感なく接することが出来ているか、若しくは悟られずに済んだ、と。

 

 

「あ、そうだ一夏くん」

「はい!……?」

 

 

 だから、そうやって油断して気の緩んだ時に声を掛けられたから、過剰に反応してしまう。

 しかし悟られぬようにと顔に表情は出さず……なんだか、ここ最近でそういう事だけ巧くなってしまった気がする。

 

 

「文化祭の初日なんだけど、巡回に入って貰える?」

「巡回……警備みたいな物ですか?」

「まあそのまま見回りよ、変な事してる処が無いかチェックする程度ね」

 

 

 様々な国籍の生徒が在籍するIS学園での文化祭において特に懸念すべきなのはアルコールと薬物の取り扱いだと言う。

 日本では20歳以下のアルコール接種が法律で禁止されているがドイツやオーストラリアは16歳で解禁され、世界という視点で見れば18歳というのが一般的だ。

 つまり在学中にその年齢に達する生徒もいて……基本的に通常の学校生活においては『他生徒へ影響を与えずモラルを持って』等、条件は勿論あるものの申請をした上で許可されている。

 しかし、外部からも多少の人が入る文化祭では万が一にでも問題になってはいけないと飲酒は一切が禁止されているが……これが中々、ひっそりと飲んでいる生徒が少なからずいるのだという。

 

 

「まあ、飲酒の感覚が日本と根本的に違うのよね……特にロシアなんて酷いわよ?かつてはビールなんてお酒じゃないって未成年でも飲めてたんだから」

 

 

 ロシアの国家代表が言うと妙な説得力があった。

 昼でも平気に黒ビールを飲むドイツなんて何のその、十数年以前までの話に遡るとは言え、かつてはビールでさえ清涼飲料水として未成年にも販売されていたらしい。

 誰が言ったかおそロシア、流石はアルコール濃度40%のウオッカの語原が水という恐ろしき酒豪国家である。

 

 

「それよりも怖いのはドラッグ……大麻なんて日本以外では比較的簡単に手には入っちゃうのよね」

 

 

 実はIS学園には喫煙所まである。

 それは酒と同じように煙草の喫煙が寛容な国があるのと同時に……大麻に関しては寛容な国や自治体も幾らか存在するからだ。

 特に大麻の規制緩和はアメリカを皮切りに近年ではラッシュと言って良い程に盛んになってしまっている。

 

 

「IS学園が治外法権だからって、幾ら何でもやり過ぎじゃないですか?」

「大麻って国絡みで結構なビジネスになるらしいのよね……」

 

 

 まあ、その辺の善し悪しは偉いお爺ちゃんとお婆ちゃん達が議論を交わす事だろう。

 兎に角、学園祭の開会期間中は御法度という事に何ら変わりは無いのだから。

 

 

「そう言う訳で、風紀委員と協力して悪さをしてる生徒がいないか見回って欲しいのよ」

「はい、わかりました」

 

 

 一夏の在籍する5組でも出し物があるが、きちんとシフトを相談すれば問題ない筈だ。

 当初に挙がっていた執事喫茶やらホストクラブが可決されていれば一夏が居ることが前提で不可能だっただろうが……結局、モデルガンによる射的大会で落ち着いた。

 

 

「そうそう、巡回する時はちゃんと催しも見るのよ?」

「はい?」

 

 

 なんでそんな必要が、とも思ったが。

 反論の根拠も思い付かず、その場は肯くしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 そして、文化祭の当日。

 少し前にスピーカーから楯無さんの声で開会が宣言されると、瞬く間に校舎は人で埋め尽くされた。

 招待客と企業からの参加枠では大した動員にはならないだろうと思っていたが、甘い見通しだったようだ。

 一夏は特に腕章を付けたりする事もなく何時も通りの制服で巡回を開始する。

 

 

「あっ!あれって織斑十春くん!?」

「いや、織斑一夏くんの方じゃない?」

「一夏くーん!ウチのクラスに来てー!」

 

 

 此方は予想通り、一夏は往く先々で声を掛けられた。

 幸いな事に強引に連れ去ろうとする者は居らず、それとなく無難にあしらいながら随分と細くなった廊下を歩いていく。

 

 

「ご主人様」

「え…………あ、ラウラ?」

 

 

 歩いているとメイドさんに腕を掴まれた。

 誰かと思って見てみれば、それはラウラ=ボーデヴィッヒ。

 彼女はメイドの衣装を纏って客引きをしていたのだ。

 

 

「どうしたの、それ?」

「私のクラスはメイド喫茶をやっていてな…………その、私の格好は何か、変だろうか……?」

「ううん、そんなこと無いよ。僕は可愛いと思う」

 

 

 実際、ラウラのメイド服姿は新鮮で可愛らしい印象を受けた。

 平均よりも幾らか小柄な背格好のラウラにフリルの付いたエプロンドレスはまるで人形のようでとてもマッチしている。

 いわゆるコスプレであったが、衣装に着られている事もなく十二分に着こなしており、ラウラらしい魅力を醸し出しているようだ。

 

 

「そ、そうか!」

 

 

 それでも慣れない服装に不安だったのか、浮かない表情のラウラだったが、一夏の肯定の言葉に安堵したのか照れ混じりの笑顔を浮かべる。

 

 

「良かったら、ウチのクラスにも来てくれないか?」

「ああ、そのメイド喫茶にね」

 

 

 そう言えばと、楯無さんがクラスの催しも見てくるようにと言っていたのを思い出す。

 今にして思えば巡回にばかり気を取られずに肩の力を抜いて遊ぶ余裕も持て、くらいの腹積もりで言っていたのかもしれない。

 飽くまでも想像でしか無いが、自分の良い方に解釈してしまうことにした。

 

 

「わかった、それじゃあ行ってみようか」

「うむ!」

 

 

 そうしてそのまま、ラウラに手を牽かれて1年1組の教室まで誘導される。

 なるほど、外観までファンシーな門で装飾されていて如何にもメイド喫茶という風貌になっていた。

 しかし店名は『ご奉仕喫茶』、説明によれば織斑十春も燕尾服を纏い執事として接客するようだ。

 

 

「…………奴は午前中は自由時間だ」

「ん?」

 

 

 確かに、その旨も看板には記載されている。

 それを見てか、また午後に来ようと去る客も多く、『ご奉仕喫茶』の客入りは疎らだった。

 

 

「だから、何の問題も無い」

「うん、そうだね」

 

 

 導かれるままに入店すると、流石はメイド喫茶と言うだけあって出迎えたのもメイド服姿の生徒達だ。

 

 

「いらっしゃいませご主じ……ん、様」

 

 

 しかし、金髪にヴァイオレットの眼を持ち、どこかメイドらしさを醸し出す白人の生徒は一夏の姿を見るとぎこちなく言い淀んでしまった。

 その少女を以前にどこかで見たことがある気がするのだが……はて、何処だっただろうか?

 

 

「どうした、シャルロット」

「え、いや、だってラウラ……えー……?!」

 

 

 ああ、そうだ、シャルル=デュノア改めシャルロット=デュノアだ。

 ちょっとした一件でほんの少し関りがあったが、それ以来とんと会話を交わす事も無かったのでうっかり忘れてしまっていた。

 なんだか、束さんの人覚えの悪い癖が移ってきてるような……まあ、いいか。

 

 

「なんて言うかさ、僕この人の事ちょっと苦手で……」

「そうなのか?まあ、私が招いた客なのだから私が接客しよう」

 

 

 何か手続きでもあったのか、会話を終えたラウラは「行くぞ」の一言で再び一夏の腕を引っ張り、教室の奥の方の席へと案内してくれる。

 

 

 

「さて、何を頼む?」

「うーん……ん、う?」

 

 

 ラウラから渡されたメニューを見て思わず固まってしまう。

 値段が高いとか、そういう話では無い。

 メニューの中には『湖畔に響くナイチンゲールのさえずりセット』とか『深き森にて奏でよ愛の調べセット』なんて奇怪な、クラシック音楽のタイトルみたいな名前が踊っていたからだ。

 何なんだ湖畔に響くナイチンゲールの囁きって……看護師じゃなくて鳥の方にしたって、サヨナキドリは水鳥でも無ければ森とか藪の中にいるから湖畔でさえずりなんて聞こえないんじゃ……?

 

 ともかく、メニューの文字の羅列からはそれらを頼んでどんな代物が飛び出してくるのか全くの謎だった。

 

 

「あ、これは?」

 

 

 その中で、まだ日本語の体を為している文字列を見つける。

 『当店おすすめのケーキセット』と『メイドにご褒美セット』……前者は今まで見たメニューからすれば驚く程に平凡で逆に驚きだが、一夏が興味を抱いたのは後者の方。

 現在、メイドに扮するラウラにそれを問うてみた。

 

 

「…………ご主人様、当店おすすめのケーキセットは如何でしょうか?」

 

 

 豹変した。

 前々から人形みたいに端正で整った顔の美少女だとは思っていたが、本当のお人形さんみたいに柔らかくて可愛い笑顔を浮かべてメニューの提案をしてくる。

 でもしかし、一夏は追及の手を緩めることはない。

 

 

「うん、それも頼むとしてコッチの『メイドにご褒美セット』ってどんなの?」

「…………」

「すみませーん、メイドにご褒美セットとケーキセットを一つずつお願いしまーす!」

「あ、こらっ!!」

 

 

 常備してあるのだろうか、『メイドにご褒美セット』は注文して直ぐに他のメイドに扮した生徒がキッチンから持ってきてくれた。

 

 

「お、お待たせしました」

「あれ、篠ノ之さん」

 

 

 その店員は篠ノ之箒さんだった。

 束さんの妹で、どういう経緯があったのか定かでは無いが最近では簪さんと仲良くなったという。

 これまた篠ノ之さんも僅かにぎこちない様子だったが、先ほどのシャルロット=デュノアよりは幾分かマシな動きでテーブルの上に商品を並べる。

 

 並んだのは、ケーキセットと思わしきシンプルなショートケーキとアイスティーが二つに冷やしたポッキーがグラスのフチに沿うようにトッピングされていた。

 これで合計八百円なのだから……まあ、妥当なのだろうか?

 

 

「では……『メイドにご褒美セット』の説明をさせて頂きます」

「え?」

「『メイドにご褒美セット』は……その名の通りメイドにご褒美を与える事ができるサービスになっております」

「つまり……お菓子を食べさせるの?」

「…………はい」

「だから嫌だったんだ……」

 

 

 秋葉原のオタクブームが過ぎ去り、駅前の一部を残し以前の電気街の姿を取り戻して久しい昨今、一夏はメイド喫茶がどのようなサービスを行っているのか殆ど知らないが……こういう、モノなのだろうか?

 少なくとも商品を注文して店員に食べさせるなんて他に類を見ないと思うのだが……少し考えてから、ホストやホステスなんかは酒を注文して店員にも飲ませるでは無いかと気が付いた。

 なるほど、メイド喫茶とは未成年でも入れるホステスクラブのような物なのかと、独りで勝手に納得してみる。

 

 

「そっか、じゃあ箒さんも座って」

「…………はぇ?」

「『メイドにご褒美セット』なんでしょ、ほらほら良いから」

 

 

 半ば強引に、箒さんを椅子に座らせる。

 ポカンと呆けた顔で、特に抵抗することも無く座らせることが叶った。

 では、と冷えたポッキーを一本グラスから取り出すと、先にラウラの方へ向く。

 

 

「はい、あーん」

「な──っ!?」 

「ほら、あーんして?」

 

 

 顔を真っ赤にして狼狽えるラウラを余所に、一夏は容赦なくポッキーを口元に突きつける。

 やがて観念したのか、ラウラは大人しくポッキーに噛り付く。

 

 

「どう、おいしい?」

「う、む……その、まあまあ……だな!」

「そっか」

 

 

 まあ只の市販のポッキーなのだから、それ以上の感想を期待するのも野暮というものだろう。

 今度は向き直って、取り出したポッキーを箒さんに向ける。

 

 

「はい、箒さんもあーん」

「う、えっ、なに?」

「あーん」

「あ、あーん……」

 

 

 此方も人に食べさせられるという行為に羞恥を感じるのか、顔を紅潮させて眼を瞑りながらも口を開けた。

 喉の奥に突き刺すことの無いように、長さを調整しながら箒さんの口元に挿入し、やがて箒さんも齧って咀嚼する。

 

 

「どうかな?」

「おいしい……の、かな?」

「あはは、そんな気を使わなくても大丈夫だよ」

 

 

 そうやって交互にポッキーを食べさせてあげていると、ポッキーのグラスの底に敷かれた紙の存在に気が付く。

 てっきり普通のコースターだと思っていたが、良く見れば何やら文字が書かれていた。

 五千円(税別)と、他のメニューと比べても圧倒的な高値が付いているが、どうにも裏メニューのようだ。と言うかそう書いてある。

 

 

「えっと特別料金で……ポッキー、ゲーム…?」

「「それは駄目だっ!!」」

「うわっ!?」

 

 

 しかし、両脇から強奪する様に紙は引き千切られ、一夏の指に残った僅かな紙片からは読み解くことは不可能になってしまう。

 何か、マズイ事でも書かれていたのだろうか……?

 『ポッキーゲーム』というゲームを知らない為に少し気になったのだが、後で覚えていれば検索してみるかとその場では追及しないことにした。

 何となく、二人に怒られそうな気がするので。




かつてイギリスへ短期留学した時のこと、16歳頃の同世代でやたらと歯がボロボロなフランス人がいました。
何かで削り取ったんじゃないかってぐらいに無惨で、どうしてそうなったのかと聞けば「大麻を吸ってるからさ」と…………日本人からしたら衝撃でしたね。
更に「君も吸うかい?」とお誘いまで、勿論お断りましたよ。
英語のスキルは全く伸びませんでしたが、そう言う意味での学びや発見は多かったので有意義でした。


それはさておき、織斑一夏の名を持つ限り女誑しのスキルは常設の模様。
例えクラスがバーサーカーでもね

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