よく見れば、白い天使の両手にはサブマシンガンのような武器が握られている。
そしてサブマシンガンの銃口を微調整すると、再びISに向けて連射した。
「う、おおおおっ!?」
ISは銃撃を防ごうと両腕をクロスしながら前に出し、丁度顔を庇うような体勢になっていた。
何千発もの弾丸の雨に、為す術も無いと言った格好だ。
【中距離戦用武装・残弾0・これより近接戦闘に切り替えます】
サブマシンガンを量子分解すると、今度は無骨な近接ブレードを二振り展開する。
そしてそのまま、背中のスラスターを噴かして、一気にISに接近した。
「な……速……っ!?」
左右のブレードを巧みに使い分け、片方のブレードで防御を崩した処に空かさずもう片方のブレードを打ち込み、確実にISにダメージを与えていく。
無駄のない、計算された動き。
そんな美しい機動に、一夏は思わず呆けながら見入ってしまっていた。
「な、ろぉ!!」
ISは接近されては不利と判断してか、急に後方へ大きくジャンプすると両手にライフルを展開、そのまま白い天使に向けて発砲した。
【銃器の発射を検知・回避シークエンス・・・却下・第一優先事項・対象の防衛・シールドエネルギーによる防御を選択】
銃弾を回避するかと思われたが、どうした訳かそのまま動かずに仁王立ちで防御し始める。
状況をよく見渡すと、その銃撃の射線上の先には…………織斑一夏の姿があった。
「はん…………っ!まさか、そのガキを庇ってるのか?」
幾ら撃たれても動く気配が無い相手に、ISの装着者もその事に気がついた。
「だったら…………そのまま一緒にくたばっちまえっ!!」
【シールドエネルギー・残・410・400・380・370・・・戦術の変更を検討・・・・・対象へ接近・後方へ下がります】
そして、そのまま一夏の居る場所へと徐々に接近してきた。
「え…………?」
状況はイマイチ呑み込めなかったが、その白い天使のような機械が自分を護ろうとしてくれている事は察しがついていた。
そして一夏は、何が起こっているのかを少しでも理解しようと思考を巡らせる。
(目の前のコレ…………多分、ISだ)
先程までの挙動。
空から舞い降りたり、武装を量子分解したり逆に展開したり…………
それらは、ISのコアモジュールが無ければ不可能な行為だった。
(だったら…………コレを作ったのは────)
そこまで考える頃には、機械仕掛けの天使は一夏の目前にまで迫っていた。
大きな身をいっぱいに広げ、一夏には微塵も傷を付けまいとしてか、全ての銃撃を一身に受け止めている。
「…………ねえ」
一夏のか細い声が、小さく空間の中に震えた。
「束、さん…………なんでしょ?」
もし仮に、一夏を助けてくれる存在がこの世にいるとすれば…………それは篠ノ之束という存在以外、心当たりが無かった。
加えて、この無人ISと思わしき機械を作れるのも…………篠ノ之束を他において、人類には存在しないであろう。
「………………」
暫く、一夏は喋れなかった。
大凡一年半振りに、沢山の感情が大時化の海のように奔流し、言葉を紡ぐことが出来なかったのだ。
感謝、謝罪、疑問…………様々な想いを伝えたいが、だがそれを口にしても足りない気がして────
「…………ありがとう」
漸く、口から出た言葉はそれだけだった。
そしてその感謝の気持ちを直接伝える為か…………
一夏は機械仕掛けの天使に、そっと右手で触れた。
【対象・織斑一夏・コアモジュールへのアクセスを確認】
そしてその時、
【警告・イレギュラー・イレギュラー・イレギュラーを感知・解析開始・・・・・・失敗・解析不可能・対象の防衛を優先します】
機械仕掛けの天使に搭載されていたAIは、自身の身に起きたエラーを修正しようと躍起になるが、全ての行為が失敗した。
だがそれは何かしら不具合を引き起こす物ではなく、飽くまでも想定外であるだけで些細な…………
そして、様々な解析を続けた中で、自身に与えられた裁量の範囲内で最適かつ最善と思われる行動を実行することを決意した。
【コンタクト・強制開始・・・織斑一夏を認証・装着シークエンス・実行】
「えっ…………?」
突然、本当の天使のようにソレは光を帯びた。
それも、何かしらの光源ありきのライトの点灯の様な物ではなく、その装甲自体が発光して────
「なっ、何だ?!」
異常事態に、思わずISの装着者も銃撃の手を休めてしまう。
そして、機械仕掛けの天使は…………
織斑一夏と、同化した。
【装着成功・これより離脱を前提とした撤退戦を行います】
「えっ、何、これ…………?」
瞬間、織斑一夏の脳内には様々な情報が雪崩れ込んで来た。
PICの運動制御、ハイパーセンサーの有効視野圏内での照準同期、スラスターのスタビライザーの有効可動角度、近接ブレードの推定耐久値…………
ISの動かし方の全てを、正に一瞬の間に刻み込まれた。
【戦術プランを提示・急速接近・攻撃・離脱】
「………じゃあ、それで」
ISの声が、聞こえた。
そう、これは矢張りISだったのだ。
無人の、AI制御のISは…………何故か、男である筈の織斑一夏が装着している。
その事に一番驚いたのは、今一番近くにいる、ISの装着者だった。
「な……に……?IS?でも、アイツは…………」
その隙を、一夏とISは見逃さなかった。
「行くよ…………」
【了解】
一夏は膝を曲げ、身を屈むような姿勢を取ると、意識を背中のスラスターに集中した。
エネルギーの流れにリングの様な動きをイメージし、循環させる。
そしてスラスターの中でエネルギーは再燃を繰り返し……徐々にエネルギーが増幅していく。
二振りの近接ブレードを構えると…………一気に、スラスターのエネルギーを爆発させるように背後に吐き出した。
「え…………いぐにっしょん、ぶーすと?」
言うなればアフターバーナーの一種で、エネルギーをスラスターの中に溜め込み、一気に放出する事で爆発的な加速を生み出すISの操縦技術である。
しかし、その際にスラスターから噴き出すエネルギーは縦横無尽に暴れまわり、自分を真っ直ぐ飛ばすのにも苦労する諸刃の剣でもあった。
ところが一夏は…………今この瞬間、生まれて初めてISを装着したにも関わらず、そのテクニックを使用した。
だから、驚かれたのだ。
「…………っあ!」
そして近接ブレードを大きくクロスさせ……爆発的な加速の力をそのまま、左右に大きく振り抜く。
Xの字を描くような剣閃──
運動エネルギーをそのまま近接ブレードに込めた一撃は、相手を大きくふきとばすのに充分以上の力を持っていた。
「ぅあああああああっ!?」
シールドエネルギーと絶対防御によって装着者へ直接的ながらダメージは与えられないが、それでも衝撃を殺すことは出来ない。
ISは慣性の法則に従い、そのまま10m近く吹き飛ばされる恰好となった。
【進路修正・高度上昇・スラスター出力・全開・目的地まで離脱します】
「………………」
そして機械仕掛けの天使は、再び空に消えた。
○
何故、一夏がISの上級者向けテクニックであるイグニッション・ブーストを、そもそも戦闘機動自体を初見で行う事が出来たのか?
ISコアのログを解析する中で、その種が判明した。
あの時、一夏の脳とISのAIは同期していたのだ。
つまり、AIの解析結果や分析を直接一夏は理解し、逆に一夏の“こういう動きをしたい”という脳からの指令が直接ISのAIに伝わっていた事になる。
「でも、そんな事…………」
本来ならば、有り得ない事だった。
ISは誕生から10年にも満たない浅い歴史しか持たないが、少なくともその中では一度も脳とAIの同期と言った現象は過去に例が無い。
そもそも、その様な仕様は設計上では存在しないのだ。
ISのAIはブラックボックスであり、開発者であれとおいそれと弄れるような代物では無い。
しかし現実にそれは起こった。
それは何故か?
そのISコアが特殊だった?それとも、織斑一夏が特別だった?
「ほら…………やっぱりいっくんは凄いじゃん!」
ISの開発者である篠ノ之束は、飛び跳ねるように喜びを表現した。
これは正に奇跡だ。
その奇跡を自分のお気に入りの人物が起こすとは…………なんと素晴らしい事だろうか!
「早くおいでよ…………いっくん♪」