彼は陰陽師    作:ふじっちょ

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とある日、1人の英語教師が馬の様に豹変した。
昂弥は馬の霊による憑物と断定。
さて、昂弥はこの英語教師を救えるのか?


第2話 憑物

昂弥と付き合い始めて、1ヶ月が経った。私は毎日、昂弥と一緒に登下校している。途中からは香久楽と、昂弥の中学からの親友の置本伸二朗(おきもとしんじろう)も一緒だ。

 「杏理ちゃん、昂弥、おはよう~」

 今朝もまた、そう言いながら香久楽が私達の後ろから来た。その後ろを伸二朗がいつもの通り、香久楽とわざと距離を開けているかの様に追ってきた。

 「今日もお似合いの2人だね~」

 「香久楽、あんまり茶化(ちゃか)すなよ」

 「昂弥、ナイエ、おはよう。」

 私達に追いついた伸二朗がそう言った。彼は私の事をいつからか“ナイエ”と呼んでいる。私もその呼び方が嫌いじゃなかったので、()えてスルーしている。

 でも、毎朝伸二朗を見る(たび)に昂弥はよくも()()()()と友達でいられるな~、と不思議に思う。昂弥は、見た目だけでいうと地味で髪型もこだわってはいない。これは、陰陽師という特性からかもしれない。かたや伸二朗の方は、髪はヴィジュアル系バンドマンみたいに立させているし、指定の制服も登下校の時は着崩(きくず)している。昂弥とは真逆なのだ。

 

 「ホームルーム始めるぞ。みんな、席に着け」

宇田津先生が、そう言いながら教室に入ってきた。朝のHR(ホームルーム)は欠席者の確認と連絡事項を言って終わる。

「ちょっと、浄水」

HRが終わったところで、宇田津先生は昂弥に手招(てまね)きした。昂弥は1~2分何か会話を()わし、席に戻ってきた。

「どうしたの?授業、遅れちゃうよ」

「うん…。」

昂弥は2時限目の授業の用意をしながら、そう答えた。何か考えてる様だった。

2時限目は、私達2人はほかのクラスの教室で選択の授業だった。

 

「ホームルームの後、先生に何言われたの?」

昂弥はコロッケ定食の小鉢のきんぴらごぼうを食べようとしていたが、口寸前(すんぜん)のところで止め(おもむろ)(しゃべ)り始めた。

(ちな)みに、鶴谷丘高校には学食がある。そのほか、弁当を持ってくる子、移動販売やコンビニで買う子と様々(さまざま)である。

穂呂向(ほろむかい)先生が今朝の職員会議の時からおかしかったらしいんだ」

「穂呂向先生って…、英語の?」

「そうだよ。」

 「また、二日酔いじゃないの?」

 穂呂向先生は英語の女の先生だったが、1度も教わった事がなかったので、私は顔と名前が一致しなかった。でも、無類(むるい)の酒好きで度々(たびたび)二日酔いの状態で授業をするらしい事で有名な先生と、香久楽から教えてもらったことがある。

 「俺も初めはそう思ったんだけど、1限目に1年のクラスで人が変わった様に暴れだして、ほかの先生が羽交(はが)()めにしないとその場が収まらないそうだったってよ。それも、昨日までは何にも変わらない普通の穂呂向先生だったらしい。」

 「それって…、もしかして妖怪の仕業(しわざ)?」

 この1ヶ月間、私は昂弥や昂弥のおじいちゃんからいろんな妖怪や“(うら)み”の話を聞いてきたので、こんな私でも薄々(うすうす)分かった。

 「うん、俺もそう思う」

 

 昂弥は帰りのHRの後に、また宇田津先生と何やら話し込んでいた。今度は朝より長い。しばらくして、昂弥が席に戻ってきた。

 「これから、穂呂向先生の浄体(じょうたい)をやるから五芒星(ごぼうせい)()くの、手伝ってくれる?」

 “浄体”とは、人に()()いた怨霊(おんりょう)などを洗い(きよ)める事である。

 私は「うん、良いよ」と二つ返事で了解した。

 昂弥(いわ)く、校長先生の一存で穂呂向先生を北棟北棟(きたとう)の今は使われていない教室に閉じ込め、外から南京錠(なんきんじょう)施錠(せじょう)しているという。そのため、穂呂向先生の担当していた4限目と5限目の授業は自習になったらしい。

 

 職員室に入ると校長先生、教頭先生、用務員のおじさんの3人が首を長くして待っていた。私達と宇田津先生は来客との面会用(けん)生徒の相談に乗る時に使う、長方形の机を(はさ)んで対面する形の長イスの一方に座る様に(うなが)された。

 「浄水君、単刀直入に言おう。()()は何だ?」

 そう校長先生が重々(おもおも)しく口を開いた。

 「穂呂向先生は、“憑物(つきもの)”という動物などの霊に取り憑かれています」

 「憑物?」

 「はい、憑物とは人や動物、机やイスといった物全般に宿(やど)った怨念(おんねん)が霊となり人間に取り憑いてしまう事です」

 「そんな事、この科学が発展した現代社会にあるわけないでしょ?そもそも、校長も教頭も浄水(この生徒)を買()(かぶ)りすぎなんですよ」

 離れた所にある自分の机に座り何かをしていた説合(ときあい)先生が、こちらに近寄ってきながらそう言った。説合先生は物理の先生で、非科学的な現象には否定的な立場だった。なので、昂弥をはじめ昂弥に信頼を寄せる先生達を(うと)ましく思っている様だった。

 「では、説合先生はどう説明するんです?」

 宇田津先生が嫌味(いやみ)っぽく聞いた。宇田津先生は説合先生を毛嫌(けぎら)いしていた。

 「()()()()()()()()()()()()()でしょう」

 説合先生は自身ありげに言った。

 「いや、あれはいつもの二日酔いの穂呂向先生じゃありませんでしたよ。そもそも、説合先生、あなた今朝の職員会議の時、お姿が見えませんでしたけど、どこにいらしたんですか。」

 「研究室にいましたけど。それが何か?」

 「校長、こんな事を許して良いのですか!」

 「まあ、宇田津先生、落ち着いて」

 校長先生が、説合先生に強い態度に出られないのには理由がある。説合先生は父親が中央政界の大物で、兄が教育を所管する中央省庁の中の“私学局(しがくきょく)”の局長という権力者を身内に持つからであった。

父や兄の権威を(かさ)()る説合先生は、校内敵なしの状態だった。でもそれは、裏を返せば校内に味方がいないことでもあり、実際多くの先生や生徒が嫌っていた。

 「で、方法は…?」

 そう教頭先生が(おそ)(おそ)る聞いた。。

 「浄体ですね。これをしない限り、最後には死にます」

 昂弥の“死にます”の一言に私を含め先生達は(みな)、驚いた。

 「穂呂向先生は暴れた時、何かに似てませんでしたか」

 昂弥は、私達が驚いている様子を尻目(しりめ)淡々(たんたん)と話を続けた

 「そういえば…、度海(のりみ)先生が『まるで馬の様だった』と言ってった」

 そう校長先生が言った。

 「宇田津先生も職員会議の時にそう感じましたか」

 「うん、そうだな」

 「そうなると、馬憑馬憑(うまつき)か…。」

 昂弥は納得する様に(つぶや)いた。

 「…、分かりました。これから浄体を始めます。始めるにあたり、力の強い先生2~3人に協力して頂きたいんです」

 「教頭先生」

 校長先生が、教頭先生に力の強い先生達を参集する様に指示を出した。

 「はい、体育科の先生方と社会科の野迫(のざこ)先生に連絡しときます。」

 「お願いします。あっ、それから十頃(ところ)さんも来て下さい」

 「分かった」

 「お願いします」

 「浄水、俺は?」

 そう宇田津先生が聞いた。

 「一応、お願いします」

 「一応って何だ、一応って」

 

 北棟は、今は1階だけが用務員室と合宿で寝泊まりなどができる多目的ホールとして使われている。2階から上は普段、鍵が()かっている。その理由はいわくつきなどではなく、単に古くて数十人だと床が抜け落ちてしまう危険があるからである。

 「でも、何でその“憑物”とかいうヤツは学校に入れたんだ?学校にはそいうものは入って来れないんだろ?」

 十頃さんが2階に上がるための鍵を(はず)すのを待ちながら、宇田津先生が聞いた。

 「そうなんですけど、今回の場合、穂呂向先生という“実体(じったい)”があるので入って来れるんです」

 陰陽師の装束(しょうぞく)姿の昂弥が答えた。

 「そうなのか…。ん~…、なんとも厄介(やっかい)なヤツだな」

 宇田津先生と昂弥のやりとりを聞いていた野迫先生が、そう思案(しあん)する様に言った。

 野迫先生は社会科の中でも歴史担当で、野球部の顧問でもある。顔はチンピラの様にいかついが、生徒思いで人気のある先生だった。また、本人(いわ)く霊感が強いらしく、先生達の中でも特に昂弥の力を信じていた。

 2階に上がると、廊下は木造に変わった。なんでも昔は階段も木造だったそうだが、鍵付きの扉を取り付ける時にアルミ合金製の|固なものに替えたらしい。

 と同時に、馬の鳴き声混じりの暴れている声が聞こえてきた。その事には誰も触れず、無言で隣の教室に入った。

 教室の中はイスや机、それに段ボール箱が乱雑に置かれていた。

 「十頃さん、あの段ボールには何が入ってるんですか」

 そう私は気になったことを聞いてみた。

 「あの中は、暗幕(あんまく)だとか卒業式で使う紅白幕だとかだよ」

 「半分からこっちを使いたいので、まず、机とかを半分からあっちに片づけましょう」

 昂弥の声を合図に、私達は教室を片づけ始めた。

 「よしっ、杏理、五芒星描くの手伝ってくれ」

 「うん」

 「あっ、しまった!」

 「どうかしたの?」

 「戸のレールが金属だった!」

 見ると、戸を開け閉めするレールは私達が普段使っている教室の()()とは違い金属()()しのやつだった。

 「十頃さん、金属マーカーってありますか」

 「あるよ。今、持ってくるよ」

 十頃さんはそう言って、用務員室に戻っていった。その間も隣の教室からは、()えず馬の鳴き声と暴れる穂呂向先生の声が響いていた。それはまるで、穂呂向先生が苦しみ(あえ)いでいるかの様だった。

 しばらくして十頃さんが帰ってきた。

 「色は黒でも良い?」

 「(かま)いません。ありがとうございます」

 五芒星というのは一筆書きでないと効力を発揮しないらしいが、今回は廊下に少しはみ出して教室の床に描くため、私が昂弥の体を支えている必要がある。やっとのことで描き上げた昂弥は野迫先生と唐谷(からたに)先生、それに仄四谷(そくしがや)先生に、穂呂向先生を連れてくる様に頼んだ。

 唐谷先生はいかにもスポーツマンという体育の先生だった。一方、仄四谷先生も体育の先生だが、握力が校内一強い事で有名だった。

 「杏理と宇田津先生、それに十頃さん、廊下に出てなるべく戸から離れた方にいて下さい」

 私達は昂弥に従い、教室から出て3人とも窓際(まどぎわ)に避難した。その間も穂呂向先生の暴れる声が、さっきよりも増して響いていた。たぶん、野迫先生達に抵抗しているんだろう。

 しばらくして、野迫先生達が穂呂向先生を連れてきた。仄四谷先生が穂呂向先生の両手を引っ張り、野迫先生が羽交い絞めにしていた。唐谷先生はというと、隣の教室の戸を阿吽(あうん)の呼吸で開け閉めしたりする役を買って出ていた。

 穂呂向先生は暴れることを抑えられ、耳を(つんざ)くほどの馬の鳴き声を発していた。

 「穂呂向先生を五芒星の真ん中まで連れてってください」

 「俺達が入って良いのか?」

 「はい」

 「真ん中まで来たぞ。…、穂呂向先生?」

 「早く、教室から出て下さい!」

 昂弥は野迫先生と仄四谷先生にそう促した。

 (とう)の穂呂向先生は暴れることもなく、今までの馬の鳴き声もピタリと()んだ。まるで体を見えない糸で(しば)られ、口を見えない何かで封じられている様だった。

 野迫先生達が出た瞬間、唐谷先生が戸を素早(すばや)く閉めた。

 「先生方、戸を後ろから押しててください。」

 野迫先生達は目で(うなず)き、戸の後ろに手を掛けた。

 「人体非憑(じんたいひひょう)、人体非憑…」

 昂弥は“ピース”を横にした右手を口許口許(くちもと)に持っていき、呪文を呟く様に(とな)え続けた。

 穂呂向先生は、昂弥が呪文を唱え始めるとまた馬の鳴き声混じりに暴れだした。

 「浄水、大丈夫なのか?」

 昂弥は唐谷先生の問いに答えず、ただひたすら呪文を唱え続けた。しばらくすると、教室の中が静かになった。

 「もう開けて良いです」

 そう昂弥に言われ仄四谷先生が恐る恐る教室の戸を開けると、そこにはぐったりとしている穂呂向先生がいた。

 「何で…、こんな所に…。」

 「穂呂向先生、憑物とかいう悪霊(あくりょう)に取り憑かれてたんですよ」

 そう唐谷先生が言った。

 「憑物…。」

 穂呂向先生は何が何だか分かっていない様子だった。

 「浄水がお(はら)いしてくれましたから、もう大丈夫ですよ」

 そう野迫先生が言った。

 「野迫先生、“お祓い”とは違うんですけど…。」

 「えっ、違うの?似た様なもんでしょ」

 「…、もう良いです…。」

 昂弥は、野迫先生のあっけらかんとした言い方に(あきら)めモード全開だった。

 「ありがと…、浄水」

 「どういたしまして。ま、これが俺の仕事ですから。」「でも、穂呂向先生、先生に取り憑いてたのは馬の霊でしたが、言葉が悪いですが、これまでに馬に危害を加えたりいじめたりってことはありましたか」

 返礼した昂弥は、少し間を置いて真顔でそう言った。

 「…、もしかして、あの事…。」

 穂呂向先生はしばらくの間熟考(じゅっこう)した。

 「2年前に私、乗馬クラブに行ったのね」

 「乗馬体験をしに?」

 昂弥はすかさず穂呂向先生に聞いた。

 「そう。で、サラブレットに乗ったんだけど、転倒しちゃったの。今考えてみれば、あの時、私の手綱(たづな)(くら)の操り方が未熟だったのかなぁって…。」

 「その馬がケガ、またはその怪我(ケガ)が元で死んだのかは分かりませんが、その馬が先生に対する何らかの憾みを持った可能性はありますね」

 「…!?」

 「その乗馬クラブに行って、もしその馬のお墓や遺骨とかがあるならお参りする。ない時は関係者の人に2年前の事と今回の事を言うと良いと思います。それがその馬への供養(くよう)になりますから」

 「分かった。必ず行く」

 

 後日、穂呂向先生はその乗馬クラブに行ったという。

 「…で、その馬はそれ以来一切、人を乗せて走りたがらなくなって1年半後に病気で死んでしまったそうだ」

 昂弥は日替わり定食の切身の焼き魚を、箸で小さく切り分けながらそう言った。

 「かわいそう…。」

 私はカルボナーラをフォークでくるくるする手を休め、走ることを最期(さいご)まで拒否した馬をイメージしながらそう言った。

 「そうだな、ホントにれだよな」

 昂弥は自分に言い聞かせる様に言った。

 

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