昂弥は馬の霊による憑物と断定。
さて、昂弥はこの英語教師を救えるのか?
昂弥と付き合い始めて、1ヶ月が経った。私は毎日、昂弥と一緒に登下校している。途中からは香久楽と、昂弥の中学からの親友の
「杏理ちゃん、昂弥、おはよう~」
今朝もまた、そう言いながら香久楽が私達の後ろから来た。その後ろを伸二朗がいつもの通り、香久楽とわざと距離を開けているかの様に追ってきた。
「今日もお似合いの2人だね~」
「香久楽、あんまり
「昂弥、ナイエ、おはよう。」
私達に追いついた伸二朗がそう言った。彼は私の事をいつからか“ナイエ”と呼んでいる。私もその呼び方が嫌いじゃなかったので、
でも、毎朝伸二朗を見る
「ホームルーム始めるぞ。みんな、席に着け」
宇田津先生が、そう言いながら教室に入ってきた。朝の
「ちょっと、浄水」
HRが終わったところで、宇田津先生は昂弥に
「どうしたの?授業、遅れちゃうよ」
「うん…。」
昂弥は2時限目の授業の用意をしながら、そう答えた。何か考えてる様だった。
2時限目は、私達2人はほかのクラスの教室で選択の授業だった。
「ホームルームの後、先生に何言われたの?」
昂弥はコロッケ定食の小鉢のきんぴらごぼうを食べようとしていたが、口
「
「穂呂向先生って…、英語の?」
「そうだよ。」
「また、二日酔いじゃないの?」
穂呂向先生は英語の女の先生だったが、1度も教わった事がなかったので、私は顔と名前が一致しなかった。でも、
「俺も初めはそう思ったんだけど、1限目に1年のクラスで人が変わった様に暴れだして、ほかの先生が
「それって…、もしかして妖怪の
この1ヶ月間、私は昂弥や昂弥のおじいちゃんからいろんな妖怪や“
「うん、俺もそう思う」
昂弥は帰りのHRの後に、また宇田津先生と何やら話し込んでいた。今度は朝より長い。しばらくして、昂弥が席に戻ってきた。
「これから、穂呂向先生の
“浄体”とは、人に
私は「うん、良いよ」と二つ返事で了解した。
昂弥
職員室に入ると校長先生、教頭先生、用務員のおじさんの3人が首を長くして待っていた。私達と宇田津先生は来客との面会用
「浄水君、単刀直入に言おう。
そう校長先生が
「穂呂向先生は、“
「憑物?」
「はい、憑物とは人や動物、机やイスといった物全般に
「そんな事、この科学が発展した現代社会にあるわけないでしょ?そもそも、校長も教頭も
離れた所にある自分の机に座り何かをしていた
「では、説合先生はどう説明するんです?」
宇田津先生が
「
説合先生は自身ありげに言った。
「いや、あれはいつもの二日酔いの穂呂向先生じゃありませんでしたよ。そもそも、説合先生、あなた今朝の職員会議の時、お姿が見えませんでしたけど、どこにいらしたんですか。」
「研究室にいましたけど。それが何か?」
「校長、こんな事を許して良いのですか!」
「まあ、宇田津先生、落ち着いて」
校長先生が、説合先生に強い態度に出られないのには理由がある。説合先生は父親が中央政界の大物で、兄が教育を所管する中央省庁の中の“
父や兄の権威を
「で、方法は…?」
そう教頭先生が
「浄体ですね。これをしない限り、最後には死にます」
昂弥の“死にます”の一言に私を含め先生達は
「穂呂向先生は暴れた時、何かに似てませんでしたか」
昂弥は、私達が驚いている様子を
「そういえば…、
そう校長先生が言った。
「宇田津先生も職員会議の時にそう感じましたか」
「うん、そうだな」
「そうなると、馬憑
昂弥は納得する様に
「…、分かりました。これから浄体を始めます。始めるにあたり、力の強い先生2~3人に協力して頂きたいんです」
「教頭先生」
校長先生が、教頭先生に力の強い先生達を参集する様に指示を出した。
「はい、体育科の先生方と社会科の
「お願いします。あっ、それから
「分かった」
「お願いします」
「浄水、俺は?」
そう宇田津先生が聞いた。
「一応、お願いします」
「一応って何だ、一応って」
北棟は、今は1階だけが用務員室と合宿で寝泊まりなどができる多目的ホールとして使われている。2階から上は普段、鍵が
「でも、何でその“憑物”とかいうヤツは学校に入れたんだ?学校にはそいうものは入って来れないんだろ?」
十頃さんが2階に上がるための鍵を
「そうなんですけど、今回の場合、穂呂向先生という“
陰陽師の
「そうなのか…。ん~…、なんとも
宇田津先生と昂弥のやりとりを聞いていた野迫先生が、そう
野迫先生は社会科の中でも歴史担当で、野球部の顧問でもある。顔はチンピラの様にいかついが、生徒思いで人気のある先生だった。また、本人
2階に上がると、廊下は木造に変わった。なんでも昔は階段も木造だったそうだが、鍵付きの扉を取り付ける時にアルミ合金製の|固なものに替えたらしい。
と同時に、馬の鳴き声混じりの暴れている声が聞こえてきた。その事には誰も触れず、無言で隣の教室に入った。
教室の中はイスや机、それに段ボール箱が乱雑に置かれていた。
「十頃さん、あの段ボールには何が入ってるんですか」
そう私は気になったことを聞いてみた。
「あの中は、
「半分からこっちを使いたいので、まず、机とかを半分からあっちに片づけましょう」
昂弥の声を合図に、私達は教室を片づけ始めた。
「よしっ、杏理、五芒星描くの手伝ってくれ」
「うん」
「あっ、しまった!」
「どうかしたの?」
「戸のレールが金属だった!」
見ると、戸を開け閉めするレールは私達が普段使っている教室の
「十頃さん、金属マーカーってありますか」
「あるよ。今、持ってくるよ」
十頃さんはそう言って、用務員室に戻っていった。その間も隣の教室からは、
しばらくして十頃さんが帰ってきた。
「色は黒でも良い?」
「
五芒星というのは一筆書きでないと効力を発揮しないらしいが、今回は廊下に少しはみ出して教室の床に描くため、私が昂弥の体を支えている必要がある。やっとのことで描き上げた昂弥は野迫先生と
唐谷先生はいかにもスポーツマンという体育の先生だった。一方、仄四谷先生も体育の先生だが、握力が校内一強い事で有名だった。
「杏理と宇田津先生、それに十頃さん、廊下に出てなるべく戸から離れた方にいて下さい」
私達は昂弥に従い、教室から出て3人とも
しばらくして、野迫先生達が穂呂向先生を連れてきた。仄四谷先生が穂呂向先生の両手を引っ張り、野迫先生が羽交い絞めにしていた。唐谷先生はというと、隣の教室の戸を
穂呂向先生は暴れることを抑えられ、耳を
「穂呂向先生を五芒星の真ん中まで連れてってください」
「俺達が入って良いのか?」
「はい」
「真ん中まで来たぞ。…、穂呂向先生?」
「早く、教室から出て下さい!」
昂弥は野迫先生と仄四谷先生にそう促した。
野迫先生達が出た瞬間、唐谷先生が戸を
「先生方、戸を後ろから押しててください。」
野迫先生達は目で
「
昂弥は“ピース”を横にした右手を口許
穂呂向先生は、昂弥が呪文を唱え始めるとまた馬の鳴き声混じりに暴れだした。
「浄水、大丈夫なのか?」
昂弥は唐谷先生の問いに答えず、ただひたすら呪文を唱え続けた。しばらくすると、教室の中が静かになった。
「もう開けて良いです」
そう昂弥に言われ仄四谷先生が恐る恐る教室の戸を開けると、そこにはぐったりとしている穂呂向先生がいた。
「何で…、こんな所に…。」
「穂呂向先生、憑物とかいう
そう唐谷先生が言った。
「憑物…。」
穂呂向先生は何が何だか分かっていない様子だった。
「浄水がお
そう野迫先生が言った。
「野迫先生、“お祓い”とは違うんですけど…。」
「えっ、違うの?似た様なもんでしょ」
「…、もう良いです…。」
昂弥は、野迫先生のあっけらかんとした言い方に
「ありがと…、浄水」
「どういたしまして。ま、これが俺の仕事ですから。」「でも、穂呂向先生、先生に取り憑いてたのは馬の霊でしたが、言葉が悪いですが、これまでに馬に危害を加えたりいじめたりってことはありましたか」
返礼した昂弥は、少し間を置いて真顔でそう言った。
「…、もしかして、あの事…。」
穂呂向先生はしばらくの間
「2年前に私、乗馬クラブに行ったのね」
「乗馬体験をしに?」
昂弥はすかさず穂呂向先生に聞いた。
「そう。で、サラブレットに乗ったんだけど、転倒しちゃったの。今考えてみれば、あの時、私の
「その馬がケガ、またはその
「…!?」
「その乗馬クラブに行って、もしその馬のお墓や遺骨とかがあるならお参りする。ない時は関係者の人に2年前の事と今回の事を言うと良いと思います。それがその馬への
「分かった。必ず行く」
後日、穂呂向先生はその乗馬クラブに行ったという。
「…で、その馬はそれ以来一切、人を乗せて走りたがらなくなって1年半後に病気で死んでしまったそうだ」
昂弥は日替わり定食の切身の焼き魚を、箸で小さく切り分けながらそう言った。
「かわいそう…。」
私はカルボナーラをフォークでくるくるする手を休め、走ることを
「そうだな、ホントにれだよな」
昂弥は自分に言い聞かせる様に言った。