彼は陰陽師    作:ふじっちょ

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男性だけを狙う狐の妖怪が出た。それは九尾の狐。絶世の美女の身と化し、夜な夜な男性達を口上手く手招きする。
最初は先生達2人が、次は生徒会副会長が狙われる。しかし、九尾の狐には逃げられてしまう。
そんな時、水泳大会の最中に生霊がある女子生徒に取り憑く。
昂弥がこの2つの事件に挑む!



第3話 九尾の狐と生霊(後編)

 光宏が九尾の狐に襲われてから半月が()った。この(かん)、九尾の狐について進展はなかった。

 「明日は水泳大会だ。生徒会は主催側の一員として、看視(かんし)の役目も同時に行う」

 「あの~、浄水先輩」

 会議が終わって自分の教室に戻ろうと廊下に出た俺に、光宏が話し掛けてきた。

 「ん?」

 「俺を襲った…、九尾の狐…、でしたっけ?あれってどうなったんですか」

 「あれな…。実はいまだにとらえられていないんだよ…。光宏が出遭(であ)った夜から目撃情報がパタッと()んで…、俺にもじいちゃんにも何が何だか理由(わけ)が分からないんだよ。ホントに面目(めんぼく)ない話だよな」

 「そんことありませんよ。あの時、浄水先輩と浄水先輩のおじいさんが来てくれなかったら、俺はどうなってたか…。」

 「ありがとな」

 

 翌日。水泳大会当日。

 うちの学校の水泳大会は、クラス対抗の競泳や騎馬戦(きばせん)あり、自由に遊ぶ時間ありの生徒同士の友和(ゆうわ)に重きを置いた行事である。因みに、浮輪(うきわ)持ち込み()である。

 「会長と中羽先輩も泳いできたらどうですか?俺と光宏が看視していますから」

 そう俺はテントの中で会長と中羽先輩に言った。

 「おお、そうか!?でも、生徒会長が仕事()っぽからして遊んでちゃいかんだろ」

 「そんなことないと思いますよ。会長だってこの学校の生徒なんですし」

 そう光宏が言った。

 「それもそうだな」

 「飯田先生もどうぞ」

 そう俺は飯田先生に言った。飯田先生は生徒会、とりわけ執行役員部の顧問の先生である。思春期の女子をそのまま大人にした様な先生で、生徒会の事に関しては頼りない。

 「私はやめとくわ。日焼けしてもいけないし」

 その日は、朝からうだる様なカンカン照りだった。今、テントの中にぶら下がっている温度計は、日陰だというのに27℃を指していた。この分だと、プールは30℃、特にプールサイドは日光が当たり続けているおかげで40℃といった塩梅(あんばい)か。俺はそんなことを思っていて、光宏の言葉が聞こえなかった。

 「浄水先輩?」

 「あ~、すまん、すまん!」

 「良かった~、この暑さで気が変になっちゃったのかと思いましたよ」

 「ちょっと考え事してた」

 「飲み物、何が良いですか」

 クーラーボックスを(のぞ)()んでいる光宏が、直立(ちょくりつ)している俺にそう聞いた。

 「ん~…、お茶で良いよ」

 「はい。ちゃんと水分補給しないと、熱中症になっちゃいますからね」

 「そうだな」

 俺はそう言って、お茶を一口飲んだ。

 「あっ、会長だ。内江川先輩もいますよ」

 「大丈夫そうだな」

 「誰がですか」

 「杏理だよ。杏理、カナヅチで、昨夜(ゆうべ)飯食いながら『明日、休む』って言って聞かなかったんだよ」

 「ハハハ、そんなに嫌いなんですか」

 「杏理の前じゃ、絶対笑っちゃダメだよ。()()()()から」

 そう俺は冗談冗談(じょうだん)()じりに言った。

 「杏理が小学生の時に水泳の授業で何回もれ(おぼ)たらしいんだ。それから水に恐怖心を(いだ)く様になったらしい」

 「へぇ~、そうなんですか。俺の妹もそうですよ。でも、海は好きっていうヘンなヤツなんですけどね」

 その時、反対側のプ-ルサイドから女子のキャ~!!という悲鳴が響いた。近くにいた凪奈香や近くのレーンで泳いでいた会長はじめ沢山の女子生徒や男子生徒が、その女子の周りに(むら)がった。

 「やめて!!お願いだから出ってって!!」

 俺はその女子の一言に、何かを感じた。

 「光宏!ここ頼んだ!」

 俺はそう言って、プールサイドを(つた)いながら現場に到達した。

 「浄水、これはどういうことだ?」

 そう唐谷先生が聞いた。

 「何か憑依的(ひょういてき)なものを感じます。とにかく別の場所へ」

 「うん、分かった」「さぁ、行こうか」

 「ごめんなさい、ごめんなさい」

 その女子は突然そう言った。しかし、誰に謝ってるのか分からなかった。

 「守瀬、あと頼むな」

 そう唐谷先生がやじうまの処理を会長に頼んだ。

 「はい!」

 一方、唐谷先生はじめ俺達は体育科研究室に向かった。

 「ここに座りなさい。今、お茶()れるからね」

 「式神(しきがみ)、生徒会室に行って装束(しょうぞく)一式取ってきて」

 俺は電車のチケットぐらいの大きさの白い紙に、フウッと息を吹き掛けて式神を出現させた。そして俺が用を言うと、式神は小さく(うなず)き研究室のドアをすり抜けていった。

 「で、どうしたんだ?」

 そう唐谷先生が聞いた。

 その時、研究室に3人の女子生徒が血相抱えて入ってきた。

 「先生!!千夏ちゃんがそうなったの、私達のせいでもあるんです!!」

 「落ち着いて話しなさい」

 そう仄四谷先生が言った。

 「理由(わけ)を短めにお願いします」

 そう俺は言った。

 「同じクラスの子をいじめてたから、こういう結果になったんだと思います!」

 そうさっきとは違う女子が言った。

 「何組の何さんですか」

 「1年C組で、いじめてた子は鞠子沚渚(まりこなぎさ)と言います。あの子は千居千夏(かずいちなつ)、私は近藤菊乃(こんどうきくの)と言います。」

 そうさっきの女子が言った。

 「私の名前は林マリー、この子は守田綾実(もりたあみ)です」

 そう3人目の女子が言った。

 「先生方、分かりました。正体は、生霊(いきりょう)です。」

 「()()いてるのか」

 そう仄四谷先生が聞いた。

 「いいえ、取り憑いてるのではなく、他人の精神に入り込んでる状態です。つまり、鞠子さんの情念(じょうねん)(みずか)らの肉体を離れて、千居さんの肉体と精神を苦しめてるんです」

 「違いがよく分からんが」

 そう唐谷先生が言った。

 「まあ、精神を支配するか、しないかの違いですよ、簡単に言えば」

 その時、式神が戻ってきた。

 「ごくろうさま」

 俺はそう言って、またフウッと息を吹き掛けて式神を消した。

 「…、保篠(ほしの)先生のあの、ぬいぐるみを少しお借りできませんか」

 俺は少し思案した後、仄四谷先生の2つ隣の机に置かれていたキャラクターのぬいぐるみを(ゆび)さしながらそう言った。保篠先生は、体育科主任である。

 「一体、何に使うんだ?」

 そう唐谷先生が聞いた。

 「千居さんから鞠子さんの情念を離れさせて、一時的に何かに憑依させて理由(わけ)を聞く必要があります」

 「五芒星は?」

 そう仄四谷先生が聞いた。

 「まだ生命(いのち)ある情念には使えません」

 「やむえんな」

 そう唐谷先生が言った。

 「ありがとうございます。では、早速始めましょう」

 俺はそう言って、制服のブレザーとネクタイを脱いで麻の装束を身にまとった。そして、唐谷先生にお願いしてぬいぐるみを千夏の顔に近づけて、「憑念遷移(ひょうねんせんい)、憑念遷移…」と呪文を(とな)え続けた。

 「あれ?体が軽くなった」

 「千夏~!」

 「まだです!」

 俺は、千夏に()()ろうとする3人にそう言った。そして、唐谷先生から受け取ったぬいぐるみを静かにイスに置いた。

 「出せ!!私をこんなものに閉じ込めやかって!!」

 そうぬいぐるみの中の沚渚の情念が言った。

 「(すべ)てが終わったら出してあげますから、辛抱(しんぼう)して下さい」

 「私を閉じ込めたのはおまえか!!」

 そうぬいぐるみの中の声が言ったが、俺は(かま)わず話を続けた。

 「あなたは鞠子沚渚さんですね。鞠子さん、あなたはここにいる4人からいじめられてたんですね」

 「…。」

 「で、あなたは4人のうちの一人の千居さんに憑依した。千居さんだけに憑依したところを見るに千居さんがこの3人のリーダー格かもしれない、違いますか」

 「そうよ」

 さっきとは確実に声のトーンが(おだ)やかになった。

 「情念が肉体と離れてしまうほど、何をされたんですか」

 「SNSで罵詈雑言(ばりぞうごん)言われたり、不快な写真()げられたり」

 今どきの女子高生らしからぬ言葉遣い(ことばづか)いだった。これも憑依のためか?

 「SNS、ソーシャルネットワーキングシステム。ネットの裏掲示板とかですか」

 「そうです」

 「分かりました。では、この方法を誰に聞きましたか」

 俺は沚渚を(そそのか)した“真犯人”がいると思っていた。

 「それは…。」

 沚渚の情念は口籠(くちごも)ってしまった。

 「それは、誰ですか」

 「…。」

 「さしずめ、『名前を口にすれば、この世から抹消(まっしょう)する』とか言われたのでしょうね?」

 「…。」

 沚渚の情念はそれでも口籠っていた。

 「誰に聞いたって言ってるんですよ!あなたは今、自分の肉体に戻りたがってる。私ならあなたの情念をあなたの肉体に(かえ)す事ができる、どうです?」

 その時、沚渚の情念が苦痛に()えている様な声を発した。

 「どうしたんだ?」

 そう仄四谷先生が言った。

 「他力失消(たりきしっしょう)救救此力(きゅうきゅうしりき)、他力失消、救救此力…」

 そう俺は語気を強めて言って、沚渚の情念を抹消しようとしている誰かに対抗した。俺の呪文の詠唱力(えいしょうりょく)の強さのせいで、プリントなどの紙やファイルなどの軽い物が宙に()った。

 しばらくして、その抹消しようとしていた誰かに打ち勝った。この時、俺は真犯人の思い当たる目星(めぼし)はついていた。だが、その人物は(とう)の昔にじいちゃんの父さんと母さん、俺のひいじいちゃんとひいばあちゃんと対決して陰陽師としての力を()がれていた。

 (ちな)みに、その対決は凄絶(せいぜつ)なものだったという。何しろ、じいちゃんがまだ俺の今の(とし)より少し上だった頃に起きた事で、じいちゃんも参戦したかったが“生半可(なまはんか)の力で対抗できる相手ではない”との理由(りゆう)から叶わなかった。対決には勝ったものの、ひいじいちゃんは対決の時に()った傷が元で亡くなった。ひいばあちゃんは命からがら帰ってきたが、左腕を()くしていたという。

 「私はこのままなんですか」

 沚渚の情念が泣きながら嘆願(たんがん)する様に聞いた。

「自分の肉体に還りたいですか」

「はい。」

「還れますよ。ただそれには、あなたの肉体のある場所に行かなければなりません」

「私の家です」

「分かりました」「唐谷先生、鞠子沚渚さんの家の場所、調べられますか」

「1年C組の担任は穂呂向先生だから、俺、聞いてくる」

「ありがとうございます。よろしく頼みます。あと1つ頼み、良いですか」

「何だ?」

「俺と同行してきてほしいんです」

「しょ~がね~な」

「ありがとうございます」

「何回ありがとう、言うんだ」

「じゃ、いじめの件も含めて仄四谷先生、4人の事、よろしくお願いします」

「分かった」

「あなた達、真相追及などは先生方の本分(ほんぶん)なので俺はやめときますが、一言言わせてください。自分達のいじめによりこうなったこと、(きも)(めい)じといて下さい!」

そう俺は最後に加害者側の4人の女子生徒達に言った。俺は彼女達からの返答というか謝罪の前に、唐谷先生に用件を言った。

「じゃ、唐谷先生、俺はこのぬいぐるみ持って生徒玄関で待ってます」

「分かった」

 

 学校から沚渚の家までは駅2駅分の距離なので、唐谷先生が車を出してくれた。

沚渚の家のチャイムを押すと、俺より齢上(としうえ)の若いチャラそうな男が気怠(けだる)そうにドアを開けた。たぶん沚渚の兄だろう。

 「なんッスか~?」

 「鞠子さんのお宅でしょうか」

 そう唐谷先生が(うやうや)しく聞いた。

 「表札見りゃ、分かんでしょ!大体(だいたい)、おまえら誰?どっかのセールス?なら、帰って。俺、今ゲームの途中だから」

 「セールスなどではありません。鶴谷丘高校の生徒会の者です。隣は唐谷先生。あなた、沚渚さんのお兄さんですよね?」

 俺は怒りを爆発させそうになっている唐谷先生を手で制し、そう言った。俺の肩書きについては陰陽師にしようかと思ったが、信じてもらえる保証はないので“生徒会の者”というアバウトな表現に落ち着いた。この時、俺はどうやったらこの家にく上がり込めるか思案していた。

 「学校の方が何ですか?沚渚なら上に。今日は休むって言ってましたけど」

 「その沚渚さんがですね、…」

 ここぞとばかりに切り返した唐谷先生を尻目に、俺は「動止封(どうしふう)!」と唱えて彼の動きを止めてしまった。

 「さ あ、入りますよ」

 「浄水!こんなことして良いと思ってるのか。不法侵入だぞ!これ」

 「急がないと取り返しのつかないことになりますよ」

 「それはどういうことだ?」

 「日没までにやらないと、彼女の情念を(とど)めておくことがかなり難しくなります。一種の浮遊(ふゆう)状態です。そうなると、肉体に戻すことも高度な()()が必要になってきます」

 俺と唐谷先生は玄関を上がって、2階に行く階段を上がりながらそう言い合った。

 「ここか!」

 ドアを開けると、そこにはベッドに眠っているかの様な仮死(かし)状態の沚渚の肉体が横たわっていた。俺はぬいぐるみを静かに床に置いて、沚渚の肉体をベッドから抱きかかえてぬいぐるみの隣にそっと寝かせた。

 「唐谷先生、部屋から出て下さい。それと、彼に掛けた呪文がもうすぐ()ける頃なので、事情説明、よろしくお願いします」

 「元体遷還(がんたいせんかん)、元体還遷、…」

 そう俺は呪文を唱え続けた。風が巻き起こってカーテンが大きくはためいた。それとともに閃光(せんこう)が辺りを包んだ。俺は一心に唱え続けた。この(じゅ)は高い集中力を要する。なので、成功した(あかつき)には(はか)()れない疲労という代償を払わされる。

 しばらくして、辺りを包んでいた閃光が沚渚の肉体に吸い込まれるかの様に消えた。これは成功を意味していた。と同時に、俺は床に(ひざ)から崩れ落ちた。

 「沚渚~!!」

 兄と(おぼ)しき彼がそう言いながら、ドアを開けて部屋に入ってきた。

 「浄水!!おい!!どうしたんだ!!」

 「唐谷先生、この呪文は体力をかなり使います。でも、休めば治りますからどうか心配しないで下さい」

 俺は唐谷先生の腕の中でそう言った。

 「浄水先輩、ありがとうございました!!」

 「まあ、これが俺の仕事だから」

 「でも、何で俺に相談してくれなかったんだ?」

 そう兄と思しき彼が沚渚に聞いた。

 「だってお兄ちゃん、いっつもゲームのことばっかじゃん。それに、お母さんは仕事でいないし」

 沚渚はそう言いながら、泣き出してしまった。

 「沚渚さん、失礼だけどお父さんは?」

 唐谷先生は、答えは分かっているが確認するかの様に聞いた。

 「うちは離婚して、シングルマザーなんッスよ」

 沚渚の代わりに沚渚の兄がそうあっけらかんと答えた。この“沚渚の兄”という男は、離婚という事実を、また妹がいじめに()っていたという事実をどう(とら)えているのか。

 「鞠子さん、また何かあったらその時は遠慮せずに生徒会室に来て下さい。生徒会の執行役員(メンバー)が相談に乗りますので」

 「ありがとうございます!」

 「じゃ、沚渚さん、また来週な」

 「はい!」

 沚渚は(わず)かではあるが元気を取り戻した様に見えた。たぶん、それは自分に親身(しんみ)になってくれる人がいるということを再認識したからだろう。

 俺は唐谷先生に車の後部座席に乗せられるまで、終始抱きかかえられていた。俺は断ったが、結局は唐谷先生のご厚意(こうい)に甘える形になってしまった。

 「浄水、大丈夫か?あんまり無理すんなよ」

 「陰陽師として(まっと)うした上での疲れですからしいですよ」

 「そうか」

 唐谷先生は納得した様に言った。

 

 「おのれ、浄水昂弥め!!今度こそおまえの鼻を明かしてやる!!」

  蝋燭(ろうそく)()(とも)る薄明かりの部屋で、男がそう言った。男の視線は制服姿の昂弥にそそがれていた。

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