・和泉一舞→このシリーズの主人公。一人称はイブ。大学2年。彼氏あり。
・春日咲子→同じく大学2年。彼氏あり。
・山形まり花→同じく大学2年。彼氏なし。
今回のはヘタレイブブ全開です。
「…あと20秒…」
大学の講義の1限。イブの左手の時計は、午前10時と49分40秒を指している。講堂内は、白髪の混じった講師が張り上げる声、黒板にチョークを叩きつける音、そして板書をする学生達がシャーペンを走らせる音で満たされていた。
右隣では咲子が真剣な眼差しで前を見つめ、左隣ではまり花がジャンボちくパおかわりだよぉ……とか、人間離れした寝言を口にしている。
イブは少し気が早いが、腰に手を当て、後ろにのけぞる。述べ90分に及ぶ講義には、流石のイブにもこたえた。
ジリリリリリリリっ
「では講義を終了しまーす。質問のある方はどうぞー。」
「ん〜〜今日も睡魔さんには勝てなかったよぉ……」
うん、見事な爆睡っぷりだったよ。天使のような寝顔も拝めたことだし眼福眼福。
「それじゃ、私食堂でご飯食べてくる。」
「はいっ。お疲れ様です!」
そうして、まり花と咲子を残し、私は講堂を後にした。
えっーと、本日の日替わりメニューは……よし決めた。
「すみませーん、秋刀魚定食1つー。」
「あいよー。」
厨房の奥からは、いつものおじさんの野太い声。木曜日はちょっと変なコマのとり方してて、今は1限の終わりで10時台。だから、厨房にはおじさん1人しかいなかった。150はくだらない座席もほとんどが空白で、そこにいつもの喧騒はなく、かなり静まり返っていた。
「はい秋刀魚定食ー。」
「ありがとうございます。」
「彼氏君待ってるよ~。」
「もう、やめてください。」
下世話好きのおじさんを一蹴し、盆をもってテーブルと椅子のあるところに向かう。手元からは、グリルで焼かれた秋刀魚のいい匂いが香ってきた。
「…そういや、咲子もこのあと彼氏とご飯食べるんだっけ。」
今更のようだけど、咲子は彼氏が出来てから少し色々大胆になった気がする。いや、元からこういう感じなのかな?期間はイブ達の方が長いけど、むこうはもうベッタリ。大学内有数のバカっぷるぶりで、少しムカつくと同時に、そんな関係が羨ましかったりもした。
で一方、当の私はというと……。
……まあ、お互いを大切にしてるっていうか?まだ段階を踏む必要があるっていうか?
とにかくそんな感じで、驚くほど何もしてなかった。
あ、いたいた。私は2人席をあらかじめ陣取っているあいつのところに、背後からスタスタと近づいていく。
「……ちょっと。なんで先食べてんのよ。」
「遅刻しそうで朝飯食い忘れた。」
「だらしないわねー。」
「お前だって人のこと言えねぇだろ。」
「あれはまり花待ち。イブが寝坊なんてするわけないし。」
そう言い捨て、私は秋刀魚定食をテーブルに置き、前に座る。目の前のこいつは秋刀魚の首に箸の先を押し当て、上手に背骨を取り除いた。…またメニューかぶったし。なんかもうこんなんばっかで、いい加減突っ込むのにも飽きた。
「……いただきます。」
両手を合わせ、箸を右手に取る。そして左手にお茶碗を携え、黙々と箸を進めた。
……そうだ、あれ聞いとかなきゃ。
「…ねぇ、あんた傘持ってきた?」
すると、傘?と問い返し、窓の方を見て外の天気を伺う。
「曇ってるだけじゃん。」
「天気予報くらい見なさいよ。2時から降るって。」
「マジかー。」
マジかー、じゃないわよ。まあ、こんなこったろうと思ったわ。あんたが持ってても持ってなくてもいいようにって、遅刻覚悟で折りたたみ傘に取っ替えて損したし。
(恋人との相合傘って、とってもとっても特別な気分に浸ることができるんです!イブちゃんも一度、試してみたらどうですか?)
そう朝に教えてくれたのは、他でもない咲子だった。思えば相合傘なんてしたことなかったな。後で咲子にお礼言わなきゃ。
それにしてもこいつ、天気予報すら確認しないなんて、どんだけものぐさなわけ?言っとくけどあんた、イブがいなきゃずぶ濡れになるとこだったし。あんたに風邪引かれて看病に行くのも面倒だから、今日のところは私の傘に入れてあげる。このイブ様に感謝しなさいよね。
……口には出さなかったが、そう思ってイブはほくそ笑んだ。
「あ、骨、気をつけろよ。」
「……余計なお世話だし。」
そうして私達は、再び食事に意識を向けた。
「まり花お疲れー。」
「あ、イブおかえりなさいだよ!」
食事を済ませ、3限を受けに講堂へと戻り、コンビニのおにぎりをその小さな口いっぱいにほうばるまり花の隣へ腰を下ろす。1~3限までぶっ続けなんだって。どうせ寝るけど。
「それでそれで、彼氏さん傘持ってた?」
「それがないってさ。だったらいつもの長傘にすれば良かったし。」
「ふおおおお!じゃあ私は二人のお姿を後ろから眺めることにするよぉ……。」
「…まり花、レポートは?」
「忘れた!」
何その潔さ?何にせよまり花居残りけってーだわ。悪いけど、イブ達先帰るから。
はぁ…しかし……
相合傘かぁ。楽しみだなぁ……
「やっぱ雨降ったな……」
「だからそういったじゃん。」
「このままだと風邪引くな……。」
「ふーん。で?」
「えっーと……」
「お願いしますイブ様相合傘してください」
「もう、仕方無いわね。いいよ。」
「ありがとうございますぅーー!」
「────でーあるからして……」
「おしゃぶり…昆布…………」
「…はっ!……夢か……」
イブにしては珍しく、いつの間にか寝落ちしていた。正面のボードの文字はだいぶ増え、ノートにはミミズのようなシャーペンの跡がうっすらと刻まれている。
「んー?イブ、どんな夢みてたの?」
「…あいつと相合傘する夢…。」
…あたしってばホント馬鹿。こんな夢見るなんて、よく分かんないけどなんか悔しい。
「そうだと思ったよ~。イブ凄く嬉しそうな顔してたもん!」
「アハハ……マジで?」
「うん!これはきっと正夢さんだね!放課後が楽しみだよぉ!」
そっかー。大方超だらしない顔してたんだろうなー。どこかの誰かさんみたいにヨダレは垂らしてなかったけど。ホント正直。それと、繰り返すようだけど、あんたは居残りだって。
正夢かー。まあ、そうだよね。あいつ傘持って無いんだし。私は放課後に訪れるであろうイベントに胸を弾ませ、板書を再開した。
「…………」
「……あの…イブ様?」
「…なによ。」
いつもは一舞って呼ぶくせに。こういう時のこいつは、ふざけてるのか、私の顔色を伺っているかのどっちかだ。まだ分かんないけど、ごまをするような表情からして多分後者。
「俺なんか悪いことした?」
「…別に。」
ついさっきのこと。予報通り降り始めた雨粒の元、私達は大学の入り口の屋根下にたたずんでいた。
「やっぱ雨降ったな……」
「だからそういったじゃん。」
そういって、私はカバンから取り出した雨傘を開く。
「このままだと風邪引くな……。」
「ふーん、で?」
ここまではさっきの夢と一緒だった。しかしこいつは、突如ガサゴソと、本やらプリントやらが詰まったリュックを開き、中身をあさる。
「あ、傘入ってた。」
そして、そのリュックの底辺りから、よれよれの折りたたみ傘を引っこ抜いた。
「……はぁ?」
「ワリワリ、待たせたな。んじゃいくべ。」
……そんでいまここ。もしかしてこいつ、イブと相合傘したくないのか?いやそんなはずはない、いつものように、私のことを思って……
……たかが相合傘だぞ?端的に言えば傘を共有して雨露を凌ぐだけだぞ?大切にする要素がどこにある?
あー、いっそのこと今傘閉じて突っ込んじゃおうかな……いやムリだわあたしにそんな図々しさない。
「あれ、イブちゃんどうしたんですか?」
作戦が失敗し、おそらく一抹の哀愁を漂わせていたであろう、イブの背中に声がかかる。
足を止め振り向くと、そこには他の学生の目に余るイチャイチャっぷりで有名なバカっぷるが降臨されていた。
どうやら彼女の作戦は成功したようだ。咲子とその彼氏の頭上を覆う、1つの傘が何よりの証拠で、二人の表情は完全にゆるみきっていた。
「……どうもこうも、ご覧の有様よ。」
少し足早に歩き、咲子たちがイブ達に追いつくと、あいつのいる逆側に沿い、歩調を合わせてきた。
「咲子が傘忘れてくれたからな、咲子と雨に感謝せねば!」
「もう、とってもとっても恥ずかしいですっ♪」
また始まったよこの応酬合戦。咲子の彼氏めっちゃ咲子のこと褒めまくってる。よくこんなに相手のいいとこ話せるなぁ……超アツアツだし。なのにうちの彼氏ときたら……。
「…やっちまった……」
「え?」
「……なんでもねっす。」
いやいや、今あんたやっちまったって……
はっ!まさか咲子達を見て、傘を出したことを後悔してるのか!二人して相合傘の発想がないとかどんだけだし。
いや~やっぱりあんたも相合傘したいんじゃん。そうならそうと言いなさいよ。今日は特別にイブの傘に入れてあげるし。
…いや、これって女の子の方から入って行くものなのかな?だって私の方が身長低いし……。
いやでも、私はさっき誘ったんだから、次はあんたの番じゃね!?(←意味不明な発言)
そうだよそうだよソースだよ!ほら、チキってないで誘うし!「俺の傘に入らないか?」って言えし!
ダーーメーーだーー!こいつがそんなこと言える奴ならあたし達とっくのとうにチューしてる!こんなんだから3年たっても手さえ繋げないのよ!
いっそイブがいうか?いやムリ隣に咲子いるし、それ以前に「相合傘しよっ(はーと♡)」とか恥ずかしすぎだし!
「あ~~んっん~。」
なにそのわざとらしい咳!?イブが誘えってこと!?
「ゲホーッゲホゲホ!」[訳:ふざけんなし!次あんたの番なんだからね!(←なお意味不明)男なら勇気出せし!]
「ゥオッホン!」
「ゴホゴホ!」
「ハークション!」
「アッカンベー!」
「……なあ咲子、こいつら何してんの?」
「二人なりにイチャイチャしてるんですよ。」
「「違うわ!」」
あーもうこーなったら意地でも言わない。あんたが言い出すまで絶対しないから。私達は長い咳ヶ原の戦いの末、お互いにそっぽを向いた。
ああ……そっか。結局今日も進展無し。相合傘でさえこんなで、あたし達どこまで行けるんだろう。そう思うと、急に雨の冷たさが身にしみてきた。
もしかしたら、このままいつか悲しい結末を迎えるかもしれない。あんたはそれでもいいかもしれないけど、私は……
「……そういえば、こう横並びだと、後ろの人の邪魔になっちゃいますね。」
「……ふぇ?」
長い沈黙を経て、突如咲子が口を開く。
「縦にというわけにもいかないので……せめて3つ並びの傘を2つにしてもらえませんか?」
私は、咲子の言葉の意味を掴んだ。そして何も考えずにあいつの方を向く。
目と目があった。やっぱりあんたも相合傘、したかったんだよね。
あ、でもこれからどうしよう……。
すると、目の前のあんたは握り拳を振り、こう言った。
「さーいしょーはグー……」
何それ。結局チキってんじゃん…てそれは私も一緒か。
「待って、負けたほうが?」
「傘をたたむ。」
「了解。」
「じゃーんけーん」
「「ポン」」
……負けたし。でも、勝敗なんてどうでもいいか。
私が傘を前に倒すと、イブが濡れないように、すっとあんたの傘で覆った。そしてそのままイブに身を寄せる。顔ははっきり言って全然イケてないけど、私はこういう些細な気づかいが、大切にされてるかんじがしてすごく好き。
……いつか咲子たちみたいに、はっきり言える時が来るのかな?
……うん。いつか来るよね。だってお互い大好きなんだもん。
だからいつか来るその日まで。二人で気長に待てばいいし。
1つ傘の下、身を寄せる恋人の体温は、とても暖かく、優しくイブを包んでくれた。
まり花「レポートさん終わらないよぉ……。」