やはり俺の人生はまちがっている。   作:にが次郎

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やはり彼らの日常はどこか間違っている。

 

 

 

昼食を取り終えた俺たちは若い男性向け用品が取り揃えられているフロアに来ている。

 

 

ここに来るなり、三科は自分の好きなブランドのショップを見つけて一目散に中に入って商品を物色している。由比ヶ浜もそれに同行し、これがいいだの、こっちのが似合うだのあれこれ楽しそうに会話している。

それを見ているとちょっと複雑な気分になる。なんだ。なんなんだ。この己の内側から湧いてくる気持ちは、、、。

 

 

「比企谷くん?嫉妬はよくないわ」

 

「ち、ちげーよ!由比ヶ浜が三科に騙されそうになっていないか心配なだけだ」

 

「あら?冗談のつもりだったのだけれど」

 

 

俺の隣に佇む雪ノ下は悪戯が成功して喜んでいるような笑みを見せる。

少し間を置いて今度は真剣な顔つきで問いかけてくる。

 

 

「その、由比ヶ浜さんから話は聞いたのでしょう?」

 

「ああ、お前に助けてもらったって言ってたぞ」

 

 

雪ノ下は俺の言葉を聞いて少し落ち込んだように言う。

 

 

「ええ、そうなのだけれど。あのとき、私がもう少し早く由比ヶ浜さんのところに行ってあげられていれば由比ヶ浜さんにあんな怖い思いをさせずに済んだのに、、、」

 

 

雪ノ下の言葉からは後悔の念が感じられる。

 

 

「いや、逆に言えば、お前の到着が少しでも遅れていれば今、由比ヶ浜の見せている笑顔はなかったんだ。だから誇れよ。お前は由比ヶ浜をちゃんと助けたんだ。そうだろ?」

 

「あなたに励ましてもらうなんて私も落ちたものね。禿げ増し谷くん?」

 

 

先ほどとは打って変わってまたあの悪い笑顔。

このアマ。どうにかして俺を貶めたいのか。あと字が違うからね!それだと俺の頭皮が寂しくなったように聞こえるからね?

雪ノ下はあの悪い笑顔を引っ込めて言う。

 

 

「でも、ありがとう。そう言ってもらえると少しは気が楽だわ」

 

「最初からそう言えっての」

 

 

そんな話をしていると買い物中の2人から声がかかる。

 

 

「2人ともこっち来て一緒に見ようよ!」

「やわたー!いいのあったぞ〜!」

 

 

雪ノ下の顔を見るとやれやれみたいな表情をしている。たぶん俺も同じような顔をしている。

 

仕方なく三科たちのいる店に入っていくと冬物のコートを手渡される。

 

 

「はい、これ。今年流行の一押し」

 

 

三科はなにか満足気な顔で手渡されたコートの説明をする。

何言ってんだかよくわからないので適当に流しているとチラッと値札が目に入る。こんなペラペラのコートが3万とか幾ら何でも高すぎだろ。

 

 

「えー、これ着れば絶対モテるよ?」

 

 

押し売りしてくるショップ店員みたいだからやめろ。しかし4人でいれば本物のショップ店員は話しかけてこないようだ。ふむ。覚えておこう。

そんなことを考えていると今度は由比ヶ浜が黄緑色の長袖のワイシャツを差し出してくる。

 

 

「ヒッキー!これ来てみて!似合うかもよ!」

 

 

なんだよ。かもって。

由比ヶ浜が持ってきたワイシャツは胸のポケットに可愛い刺繍が施されている。そんな派手な色のワイシャツ着るかよ。

するとそこに雪ノ下が違う色のワイシャツを持ってくる。

 

 

「由比ヶ浜さん、その色は比企谷くんには少し派手すぎないかしら?こちらのワイシャツの色の方が似合うと思うわ。たぶん」

 

 

なんでさっきから曖昧な言い方するんだよ。へっどうせ俺は何着ても微妙だよ。

 

 

「やわたー。こっちはどうよ?」

 

 

今度は三科がコートを2着持ってくる。お前の持ってくる服は高いんだよ。

 

 

そんなこんなで俺はこのあとしばらく着せ替え人形にされるのであった。

 

 

×××

 

 

1時間ほどで着せ替え人形の役目を終えた。

三科が勧めてきた一番安い冬物のコートを1着。雪ノ下が選んだポケットだけガラのついたワイシャツ。そして由比ヶ浜の一押しのロンT。それぞれを購入した。どれも俺の趣味じゃないってばよ。

”財布が薄くなった、、”とボヤいていると三科が肩を組んでくる。

 

 

「またにはいいじゃんか。それに給料入ったばっかだし。それを来て出かければやわたもモテモテだぜ?」

 

「じゃあ今からトイレで着替えてこようか?」

 

 

俺は三科に疑いの眼差しを向ける。

 

 

「あー、今は俺と一緒だからなー。俺よりはちょっと劣るというかね〜」

 

 

三科は胸を張ってドヤ顔を向けてくる。まじムカつくなお前。

俺たちの会話を聞いて雪ノ下が割って入ってくる。

 

 

「そうね。比企谷くんと三科さんでは確かにあなたの方が劣るわね。劣等谷くん?」

 

 

それを聞いて三科は”やっぱり?”とすこぶる嬉しそうに言う。

別にお前を褒めてるんじゃなくて俺を貶めたいだけだからね。

そんなことに気がつくはずもなく、三科は笑顔のまま俺の肩に手を置く。

 

 

「まっ、その服着るときは俺じゃない奴と出かけろよ!そしたらモテモテだから。でもやわたは、、、。なんでもない」

 

 

なんだよ。俺には一緒に出かけてくれる友達いないね!とでも言いたいの?ちょっとまじでイライラしてきた。

そこに雪ノ下が追い打ちをかける。

 

 

「その服を着ていればそれなりに見栄えると思うわ。でもその目が問題ね」

 

「あーそうですか」

 

 

適当に答える俺の隣に由比ヶ浜が駆け寄ってきてなにかを決したように言う。

 

 

「そのときは、わ、私が一緒に出かけてあげるよ!」

 

「いや、それじゃモテモテになっても意味ないだろ?」

 

「あはは〜。それは困るね」

 

 

由比ヶ浜は照れたような困り顔を見せて、右手で頭の右側をわしわししようとするが今日はお団子は結われていない。それに気づくとえへへーと笑って誤魔化す。

どうしたんだこいつとか思いながら由比ヶ浜を見ているとどこからか視線を感じてその方向を見ると三科と雪ノ下が冷ややかな目線を送ってくる。

 

 

「な、なんだよ」

 

「なんでもない」

「なんでもないわ」

 

 

2人は同時にそう言う。

お前らいつからそんなに仲良くなったんだよ。

 

 

そんな会話をしながら目的もなく歩いていると雪ノ下が立ち止まり指を指す。指した方向には眼鏡屋があった。

 

 

「少し寄っていいかしら?」

 

 

特に異論もなく4人で眼鏡屋に入る。

雪ノ下って目悪かったか?

 

 

「いえ、あなたの為よ」

 

「いや、俺目悪くないけど」

 

「この世には伊達眼鏡というものがあるのよ?昔、私に贈ってくれたじゃない」

 

 

ああ、そんなことあったっけな。

確かにブルーライトカットの眼鏡。あの眼鏡ってどうなったんだろ。まだ持っているのか。

そんなことを考えていると雪ノ下は眼鏡を1つ差し出してくる。

 

 

「はい、これ。掛けてみてくれる?」

 

 

雪ノ下が手渡してきたのはごく普通の黒縁眼鏡。なんの疑いもなくそれを掛ける。

俺の眼鏡姿を見て雪ノ下はむーとなにか気に入らない様子だ。

 

 

「あの噂は嘘だったようね」

 

「ああ、残念ながら眼鏡じゃ俺の目の濁りは取れない」

 

 

残念ながらこのSSでは眼鏡かけるとイケメンになる設定はない。まぁ目の濁りを取る方法は他にあるんだけどね。

眼鏡を外して棚に戻すと雪ノ下は少し落胆した様子だった。なに?そんなにイケメン八幡見たかったの?

 

 

「なにかしら?」

 

「いや、なんでも」

 

 

雪ノ下は怪訝そうな目線を送ってくる。やべ、またエスパーのんのお出ましか?

誤魔化すように他の眼鏡を手にとってカチャカチャ弄っていると後ろから由比ヶ浜の絶賛する声が聞こえる。

 

 

「ミッシー凄い。めっちゃ頭良さそうに見えるよ!」

 

「いやーそうかなー?」

 

 

どうやらミッシーと呼ばれるのは慣れたのね。というか由比ヶ浜。昔も同じようなこと言ったなかったけ?眼鏡かけたくらいで頭よく見えるとかいう発想が、、、。

 

 

由比ヶ浜に絶賛されていた三科が振り返りこちらを向く。

 

 

「どう?頭良さそうに見える?」

 

 

三科の眼鏡姿を見て驚愕する。

さっきまでのチャラそうな感じとは打って変わって完全にインテリ系に変身している。銀縁の細いフレームがそれを際立たせている。

三科は眼鏡をスッと人差し指であげる。認めたくないがめっちゃ頭良さそうだ。くそ、その流し目が腹立つ。

 

 

「さすがね。とてもよく似合っているわ」

 

 

雪ノ下の常套句に三科はまたも嬉しそうに”そんなことないよ!”と言いながら眼鏡を外す。

なにこいつ。本当に雪ノ下のこと好きなの?

 

 

「用も済んだし、他の店に行きましょうか」

 

「そーだな」

 

 

他の2人もそれに同意する。

俺たちはまたフラフラと店をひやかしながら歩みを進める。

 

 

 

×××

 

 

 

どのぐらいの店を回っただろうか。

半日かかっても全てを回り切れなきとはら◯ぽ広すぎだろ。

仕事してる時よりも歩いた気がする。もう足がパンパン。

雪ノ下もそれは同じようで2人でベンチに座っている。体力がないのは変わってないんですね。

 

 

「ちょっと、疲れたわ」

 

「さすがにこんだけ歩けばな。しかし、なんであいつらはあんなに元気なんだ?」

 

 

雪ノ下はさぁ?と疲れたように首を傾げる。どうやら疲労困憊ようだ。雪ノ下は先ほど購入したいろ◯すをチビチビ飲みながらぐったりしている。

そんなことはつゆ知らず、三科と由比ヶ浜はまだ店を回っている。

本当に元気いいなぁ。なんかいいことでもあったのかなぁ?

 

 

10分ほど休憩していると雪ノ下が再起動する。充電完了したのかな?

 

 

「ごめんなさい。私のせいで付き合わせてしまって。まだ行きたいお店があるなら付き合うわ」

 

「いや、もういい。今日は金使い過ぎたし、もう見たいところもない」

 

 

雪ノ下は静かに”そう”と一言言って目を瞑り、また充電態勢に入る。まだダメなんじゃないすか、、、。

そんなことを考えていると雪ノ下は目をクワッと開けてまた再起動する。なんだよ、壊れかけのロボットみたいに動きやがって。お前はロボのんか。

 

 

「ひ、比企谷くん」

 

「急にどうした?」

 

「あの、、。これを」

 

 

雪ノ下は鞄から綺麗にラッピングされた袋を俺に差し出してくる。

 

 

「なに、これ?」

 

「た、誕生日プレゼントよ」

 

 

俺の誕生日、だいぶ前なんだけど。というか誕生日の日は一緒に酒を飲んでいたじゃないか。なぜ今更になって。俺の怪訝そうな眼差しに雪ノ下は俯いて消え入りそうな声で答える。

 

 

「あなたの誕生日に渡そうと思っていたのだけれど、渡しそびれてしまって」

 

「ああ、お前めっちゃ酔っ払ってたもんな」

 

 

俺が思い出したように言うと雪ノ下は顔を赤らめて顔が見えないくらいに俯いてしまう。

さては、あのときのことを思い出したな。

 

 

「なにも覚えていないのよ。誰に聞いても教えてもらえなくて」

 

 

覚えてないのかよ。今度は動画でも取っておいてやろうか。

 

 

「その、あなたに失礼なことはなかったかしら?」

 

「気にするな。なにもなかったよ」

 

 

めっちゃあったけどね。まぁ知らない方が身の為だろう。自分のあんな姿を見たらさすがの雪ノ下であっても発狂間違いなしだ。

 

 

「そう。ならよかったわ。それで、これは受け取ってもらえるかしら?」

 

「一応受け取るけど、なんで今更くれたんだ?」

 

 

雪ノ下はモジモジしながら答える。

 

 

「昔、あなたにプレゼントをもらったでしょう?だから私からはなにも贈らないのは気がひけてね」

 

 

そうですか。本当、こういうとこはきっちりしてるな。

 

 

「開けていいか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

 

その場で包みを開く。中から出てきたのは目の荒いニットの赤いマフラーだった。

 

 

「おお。マフラーか。ありがとよ。これから寒くなるからな。大事に使うよ」

 

 

これは素直に嬉しい。

俺の言葉に雪ノ下は微笑んでから頷く。しかし、あのときくれるはずだったならなぜマフラーなのだ?

 

 

「あのとき贈ろうとした物は夏物だったから。それに自分で持っていても困らない物だったし。それで買い換えたのよ」

 

「そうか。わざわざ悪いな」

 

「そんなことないわ。喜んでもらえてよかった」

 

 

プレゼントをもらったなんていつ振りだろうか。もらったマフラーを綺麗に畳んで袋にしまう。

これでモテアイテムが一つ増えたぜ!(照れ隠し)

 

 

 

 

 

 

 

そんなやりとりをしているうちに時刻は午後6時を過ぎていることに気がつく。もうすぐメシ時だ。俺は三科たちを呼びに行こうと立ち上がる。

 

 

「三科たち呼んでくるわ。もういい時間だし」

 

「ええ、お願いするわ」

 

 

歩き出そうとすると向こうから2人が歩いてくる姿が見える。

俺を見つけるなり由比ヶ浜がおーいと手を振りながら駆け寄ってくる。ちょっと由比ヶ浜さん。恥ずかしいからやめて!

 

 

「遅くなってごめんね!」

 

「別にいいけど。なにやってたんだ?」

 

 

そう尋ねると由比ヶ浜は”ちょっとねー”とはぐらかされる。え?2人でなにやってたの?八幡、気になります。

 

 

一方、三科は両手を後ろに回してゆっくりこちらにやってくる。なにか後ろに隠しているようだ。黒い手足のような物が見える。

 

 

 

 

「ゆきのん。ちょっと立って!」

 

「な、なにかしら?」

 

 

恐る恐る立ち上がる雪ノ下。その前で三科が立ち止まる。

そしてニカっと笑って後ろに隠していた物を勢いよく前に差し出す。

 

 

「じゃじゃーん!巨体パンさん!」

 

 

後ろに隠していたのは三科の上半身と同じくらい大きさのパンさんの人形だった。懐かしい。雪ノ下はディスティニーランドのキャラクターであるパンダのパンさんが大好きだったっけな。

 

雪ノ下は感動しているのか微かに体を震わせている。どうやらまだパンさんは好きならしい。

 

 

「これは、、、」

 

「私とミッシーで頑張って取ったんだ!ゆきのんにあげるよ」

 

「なんか巨体UFOキャッチャーってのがあって、やってみたら意外に楽しくて。それで雪ノ下ちゃんがパンさん好きだっていうから取ってきた」

 

 

いくら何でもデカすぎるだろ。買ったらいくらするんだろうか。

 

 

「本当にいいのかしら?」

 

「うん!俺が持っててもしょうがないし」

 

「受け取ってゆきのん!」

 

「そう。じゃあ有難く頂くわ」

 

 

雪ノ下はとても嬉しそうにパンさんの人形を抱きしめる。その顔は普段よりもいくらか幼く見えた。

 

 

「よかったな。雪ノ下」

 

「ええ、本当に嬉しいわ。これほどの大きさのパンさんはさすがの私も持っていなかったから」

 

 

さらりと暴露したね。一体、どのくらいパンさんの人形を持っているのかしら。

 

 

「昔、あなたにも取ってもらったわね。これの半分ほどの大きさだったけれど」

 

 

懐かしい。そんなことあったな。

 

 

「ああ、正確には店員に取ってもらったんだけどね」

 

「そうだったかしら?」

 

 

そうだ。取った人形を押し付けあったりしたな。確か。

今回は随分素直に受け取ったな。

 

 

「それじゃあ帰りますか」

 

 

そう言う俺に三科と由比ヶ浜は不満そうな顔する。なんだよ。まだなんかあんの?

 

 

「こんな時間だし、なんか食べて行こうよ」

 

「賛成ー!」

 

 

えー。八幡お家帰りたい。

雪ノ下の方を見ると仕方ないみたいな顔している。お前、さっきまで疲労困憊だったじゃないか。さてはパンさんもらって元気になりやがったな。単純な奴め。

 

 

「はあー。わかったよ。んで、なに食うんだ?」

 

「はいはーい。俺、いい店知ってるからそこ行こー!」

 

「よし、いこー!」

 

 

三科に続く由比ヶ浜。お前、もう男性恐怖症治ったんじゃないの?

 

 

2人について行く俺と雪ノ下。

雪ノ下は大事そうに巨体パンさんを抱きしめている。

すこぶる笑顔で抱いているけど恥ずかしくないのかしら?

 

 

「雪ノ下。お前、それどうするんだ?」

 

「え?ああ、そうね。さすがにお店の中には持って行けなさそうね」

 

 

俺に指摘されてようやく気づく雪ノ下。どんだけ嬉しいだよ。

そこに三科が言う。

 

 

「それなら今から行く店の近くにおっきい荷物も入れられるコインロッカーがあるから大丈夫だよー」

 

 

ほう。お前はなんでも知ってるな。

 

 

「何でもは知らないよ。知ってることだけ」

 

 

 

こいつ、できる、、、。

 

 

 

×××

 

 

三科に連れられてやってきたのは前回のような小洒落た店ではなく、どこか落ち着いた雰囲気のある居酒屋だった。まだこっちに移り住んで2ヶ月しか経っていないのによくこんな店を見つけられるな。

 

 

「飯食いに来たんじゃないのかよ」

 

「ここは普通にご飯も食べれる居酒屋なんだって。だから雪ノ下ちゃんたちには普通にご飯食べてもらって、俺たちはちょっと飲んで行こうぜ!」

 

「昨日も飲んだじゃねえか」

 

「今日は今日。昨日は昨日だ」

 

 

出たよ。このアル中め。まぁ少しくらいならいいか。

俺は念のために雪ノ下たちに確認を取る。

 

 

「ええ、私は構わないわ」

 

「私もちょっと飲もうかなー?」

 

「そーか。じゃあ入りますか」

 

 

店に入ろうとすると雪ノ下が引き止めてくる。

 

 

「ちょっといいかしら?」

 

「なんだよ?」

 

「その、三科さんには彼女がいるのでしょう?それなのに私たちと一緒にご飯を食べたりして大丈夫なのかしら」

 

「大丈夫!さっき連絡してOKもらったから。気にしないでいいよ。結構理解のある子だから」

 

 

だからさっき隠れて3回も電話してたのね、3回も。大事なことだから2回言いました。

しかし、雪ノ下。それを言うなら昼間も一緒食べたじゃないか。というか今日1日、一緒に買い物をしたではないか。

 

 

「それにやわたの友達って言ったらすんなりOKしてくれたから大丈夫じゃない?」

 

「え?お前の彼女た、、じゃなくて、その俺のこと知ってるの?」

 

 

危ねえ。彼女”たち”って言いそうになった。彼女なのに複数形っておかしい。

 

 

「うん。一応。フフフ」

 

「いや、なんで最後笑ったんだよ」

 

「なんでもなーい」

 

 

このやろ。どうせ俺がボッチだってこと彼女たちに伝えてあるのだろう。三科の彼女たちは、そのボッチ(笑)の数少ない知り合いなんてたかが知れていると思っているのはず。三科の彼女たちがどんな容姿をしているか知らないが雪ノ下や由比ヶ浜がそれに劣っているとは思えない。よくわからない優越感に浸る。だって三股かけられるくらいのアホだし。

 

 

「へえー。いい彼女さんだね!」

 

 

由比ヶ浜は元気よく言う。

そういえばこいつもアホの子だったっけな。

 

 

 

そんなこんなで店の中に入る。

 

 

「いいお店ね。さすがだわ」

 

「うん!なんか大人の”ふいんき”だし」

 

「”ふいんき”じゃなくて”ふんいき”な」

 

「わ、わざとだし!」

 

 

俺のツッコミに憤慨する由比ヶ浜。わざとってなんだよ。

しかし、本当にいい店だ。居酒屋特有の喧騒も感じられないし、まだ時間が早いからなのか土曜日なのに全く混んでいない。所謂、穴場というやつだ。

 

 

「俺もまだ2回目なんだけど。この間、◯◯ちゃんと来た時もこんな感じだったよ」

 

「◯◯ちゃん?」

 

 

由比ヶ浜は首を傾げて三科に尋ねる。

 

 

「ああ、ごめん。彼女の名前だよ」

 

「女性といるときは他の女性の名前を出さないのがマナーだろ?」

 

 

俺は口を科させて言う。

三科は”悪い”と舌を出して頭をガシガシ掻いている。

 

 

「まさかあなたからそんな言葉が出るなんて」

 

「ヒッキーも大人になったね!」

 

「そりゃそうだ。もう25だからな」

 

 

昔、小町に教えられたんだけどな。

あ〜小町、今頃なにしてるかな〜。

妹への想いに耽っていると女性店員が出てくる。

 

 

「いらっしゃいませー。何名様でしょうか、、、?」

 

「4人で」

 

 

三科が簡潔に答える。

なんか今この店員、三科を変な目で見なかったか?

女性店員は三科の返事を聞いてから少し間をおいて”4名様ご来店でーす”と言って俺たちを案内する。

 

 

「三科さん。あの店員さんはお知り合いかなにか?」

 

「いや、知らないよ。前に来たときにあったかな?」

 

 

雪ノ下も先ほどの店員の不自然な態度に気がついたようだ。

俺はここで1つの答えに行き着く。なるほど。いつこの店に来たのかは知らないがたぶんまだ最近のことだ。そしてまた三科が違う女性と一緒に来たもんだから合コンかなにかと勘違いされたのだろう。”なにこいつ、また違う女連れてるよ”とか思っていたのかもしれない。

 

 

そんな妄想をしているうちに案内された個室にたどり着く。

席に着いて、最初の飲み物を頼み終えると店員は意味ありげな視線を送りながら”ごゆっくりどうぞー”と言って去っていった。俺が三科の立場だったらもう2度とこの店には来ないな。

 

 

「ゆきのん、なに食べるー?」

 

「どれもこれも美味しそうね」

 

 

雪ノ下と由比ヶ浜はくっついてきゃぴきゃぴしながらお品書きを見ている。相変わらず百合ってますね。てか、雪ノ下さんはもうくっつかれても”近い”とか言わなくなったんですね。7年前と比べてだいぶ調教が進んでいるようです。

 

 

「やわたー?なに食う?」

 

「そうだな。腹減ったし、がっつりしたもの頼むか」

 

「りょーかい」

 

 

お品書きを見るため少し三科に近づく。ふと、前方に座る2人から目線を感じる。

 

 

「なに?」

 

「やっぱり仲良い」

 

「ええ、そうね」

 

 

いやいや、2人だって仲良くくっついてお品書き見てたろ。お前らには言われたくない。

それにこの個室にはお品書きが2つしかないんだから自然とこうなるだろ。これは不可効力だ。

しかしこういう言い訳をすると逆に怪しいので心の中に留めておく。

 

 

「そんなんじゃねえーよ」

 

「あら、変に言い訳しないのね。賢明な判断だわ」

 

 

あーよかった。言わなくて。

 

しばらくお品書きとにらめっこしていると注文した飲み物が到着する。そのついでに食べ物を注文する。

 

 

「そんじゃとりあえず乾杯!」

 

「「「乾杯!!」」」

 

 

三科の音頭で飲み会兼御食事会がスタートしたのであった。

 

 

 

×××

 

 

この店に入って1時間ほど経っただろうか。もう食事も終え、俺、三科、由比ヶ浜はそれぞれのお酒を飲んでいる。雪ノ下はウーロン茶。

 

 

「やわたー。ボトル入れる?」

 

「いや、そんなに長居しねえよ」

 

「あーそれなら私を飲むよ!」

 

 

三科の提案に乗っかる由比ヶ浜。

これじゃあ完全に飲みに来たみたいじゃねぇか。俺は軽く一杯やるつもりだったのに。

 

 

「いいじゃん。また今度××ちゃんと来た時に飲めるし」

 

「なんでお前の彼女のために金払わなきゃいけないんだよ」

 

「ヒッキー大丈夫だよ。私が残さず全部飲むから!」

 

 

三科と由比ヶ浜はガハハハと笑っている。この酒豪どもめ!

どうでもいい会話をしていると雪ノ下がなにか怪訝そうな顔をしているのが目に付いた。

 

 

「どーした?」

 

「あの”××ちゃん”というのは誰かしら?」

 

「え?俺の彼女だよ?」

 

 

 

あ、、、。

三科め、自分で墓穴を掘りやがった。

雪ノ下は三科の言葉を聞いて尽かさずつっこむ。

 

 

「三科さんの彼女は”◯◯ちゃん”というじゃなかったかしら?」

 

 

笑ってる。めっちゃ笑ってるけど目が全然笑ってない。

由比ヶ浜はこのやり取りを聞いて首を傾げている。なんのことかよくわかっていないようだ。

 

 

「え?あー。へへっ」

 

「笑ってないで答えなさい」

 

 

雪ノ下の問い詰めるような声はどんどん強くなる。一方、三科は一応笑顔を保っているものの、顔は青ざめていっている。

 

 

「いやー。その酔っ払ってきたからかなー。元カノと間違えちゃった」

 

 

三科は苦し紛れの言い訳をする。さすがにそれはないだろ。

 

 

「そう?あまり酔っ払っているようには見えないけれど。それに比企谷くんにあなたは凄くお酒が強いと聞いているわ」

 

「いや、量は飲めるけど。すぐに酔っ払うんだよ」

 

「そんな言い訳が出来るのだからまだそんなに酔ってはいないでしょう?正直に白状しなさい。その2人とはどういう関係なの?」

 

 

雪ノ下はすごい勢いで捲し立てる。

あーあ。もう知らん。

関係ない雪ノ下が怒るのも無理ない。はっきり言って三科みたいなやつは女の敵だからね。

三科は笑顔のまま黙りこくっている。

 

 

「はぁ。失望したわ。まさかそういう人だったとはね。比企谷くん。あなたはこのことを知っていたのかしら?」

 

 

まさかのとばっちり。ハチマンワルクナイ。

 

 

「え?いや、そのだな」

 

 

雪ノ下は大きく溜息をついてこめかみに手をやる。

 

 

「全く、どうして男の人はこうなのかしら。まぁいいわ。三科さん。ちゃんと白状するまで今日は帰さないわよ」

 

 

雪ノ下の言葉に三科はとうとう笑顔を保っていられなくなって驚愕したような表情になる。

最後のセリフだけ聞けば非常に魅力的なのだが。

三科はチラチラとこちらに助けを求める視線を送ってくる。

ようやく雪ノ下の怖さがわかったか。

 

 

「比企谷くん。あなたもよ」

 

「いや、俺は関係ないだろ?」

 

「いえ、あなたにも知っていることを洗いざらい吐いてもらうわ」

 

 

え、なにこれ。なんかの取調べなの?というか何も知らないんだけど。そこで1つ思い出す。本当は2股じゃなくて3股。このことを雪ノ下に伝えて逃げるか。いや、そんなことしたらもっと酷い状況になりそうだ。

なんで彼女も出来たことのない俺が浮気の修羅場に付き合わねばならんのだ。しかも本人たちにバレたわけじゃないし、ましてや雪ノ下はその知り合いですらない。まぁ雪ノ下の性格上仕方のないことだが、こんな特殊な状況に遭遇するなんて不幸だ、、、。

 

 

俺と三科は余りの恐怖に戦慄している。彼女に浮気がバレて問い質されてるときってこんなに怖いんだ、、、。彼女出来たことないから知らなかった。誰か助けて、と願っているとそこに大天使ガハマエルが降臨する。

 

 

「まぁまぁゆきのん。落ち着いて」

 

「由比ヶ浜さん?この男たちは女性の心を弄ぶ最低の行為をしているのよ?落ち着いてなんかいられないわ!」

 

「え?そーなの?」

 

 

まだ理解してなかったのかよ。てか、俺は何もしてない。

 

 

「とりあえず、一旦落ち着こ?飲み物でも飲んでさ」

 

「由比ヶ浜さんは優しすぎるのよ」

 

 

雪ノ下は落胆したように目を瞑り、自分の飲んでいたウーロン茶のグラスを手に取ろうとする。

三科はその一瞬を見逃さなかった。雪ノ下が目を閉じている間に目にも止まらぬ速さで自分の飲んでいたウーロンハイのグラスと雪ノ下のグラスを取り替える。お前は手品師か。

 

 

以前、雪ノ下が酒を飲んだらやばくなると三科に話したことがあった。それを覚えていたのだろう。この状況を酒を飲ませてなんとか誤魔化そうとしているみたいだか、それ逆にヤバいから。

 

 

こともあろうか雪ノ下はグラスに入っていたウーロンハイを全て飲み干してしまう。そしてまたあのときのように可愛くけふっとげっぷをする。すると、みるみるうちに顔は赤くなり目がとろんとする。

三科はそれを見てテーブルの下でガッツポーズ取る。

あーあ。やっちゃったよ。もう本当にどうなっても知らん。

 

 

「三科〜?本当のこと言えと言っているじゃない?さっきから黙りこくってどういうつもり〜?」

 

「え?」

 

 

雪ノ下の変貌に戸惑う三科。

俺に小声で問い質してくる。

 

 

「や、やわた?!話が違うじゃんか!」

 

「いやいや、どういう風に解釈したか知らないけど、雪ノ下はかなりの酒乱だから。酒乱のんだからね!」

 

 

普段、大人しい人は酒を飲むとかなりの確率で酒乱だから。ソースは雪ノ下。

 

 

由比ヶ浜は雪ノ下が突然、酔い出したことに戸惑っている。

 

 

「え?なんで?まさか!」

 

 

由比ヶ浜は先ほど雪ノ下が飲み干したグラスを手に取り、ほんの少し残っていたウーロンハイに口をつける。

 

 

「これお酒じゃん!どーしてミッシーが飲んでたやつをゆきのんが飲んでるの!」

 

「いやー間違えちゃったのかー?」

 

「そうだな。間違いは誰にでもあることだ」

 

 

仕方ない。ここは一先ず三科に協力するしかなさそうだ。

まずは由比ヶ浜を丸め込むか。作戦を考えていると由比ヶ浜はなにやらふむふむと頷いている。

 

 

「そっかー。ならしょうがないね」

 

「え?」

 

「ん?どーしたの?」

 

 

なんか勝手に納得してくれたようだ。やっぱりアホの子だわ。

 

 

「ねぇ、ゆきのん。どうしてお酒飲んじゃったの?」

 

「そこにあったからよ」

 

 

おお、なんとも的確な答えだ。

よし、その調子で話を反らしてくれ。

 

 

「もーいいじゃない。それより三科!早く答えなさい!」

 

 

ダメかぁー。

そんな簡単に忘れてくれないですか。このままだと酒乱のんに浮気の件について懇々と説教されそうだ。なんとしても阻止しなければ。

 

しかし、良い案は何も浮かんでこない。ああ、万策尽きた。

頭を抱えていると三科がポンと手を打つ。何か思い付いたようだ。

 

 

「やわた。ちょっと耳貸せ」

 

 

小声でそういう三科に耳を貸す。

ごにょごにょっと作戦を伝えられる。

さすがにそれは無理があるんじゃないか?まぁでも他に方法がない。一か八かの勝負だ。

三科は意を決して口を開く。

 

 

「実は、、」

 

「実は?」

 

 

三科の言葉を復唱する雪ノ下。

早く言えよ。こういうのは勢いが大事なんだ。

俺は三科の背中を叩いて急かす。

 

 

「いてっ。わかったよ。その、実は××ちゃんてのは俺の生き別れた妹なんだ、、、」

 

 

「は?」

「ひ?」

 

 

まぁそうなるよね。さすがにこの言い訳は厳しかったか。しかし、三科は臆することなく続ける。

 

 

「実は俺には年の離れた妹がいて、俺が15歳の時に親の離婚で離れ離れになってたんだ。その妹と半年前に偶然再会して、何度か一緒にご飯を食べに行ったりしてたんだ。で、この間、その妹が成人して、それでこの店でお祝いしたんだった。彼女と行ったのは違う店だったよ。勘違いしてた」

 

「そ、そうだったの」

 

「へえー妹いるんだー」

 

 

由比ヶ浜は置いといて、普段の雪ノ下ならまず納得しないだろう。酒を飲ませて正解だったな。

てか、雪ノ下が酒を飲む前に言っていたこと全然チグハグなこと言ってるけどまぁ納得してくれたならそれでいいか。

 

 

「そうなんだよ。同じ妹がいる身としてはいても経っても居られなくてな」

 

 

適度なことを言って場をつなぐ。

そういや俺も小町とは7年離れ離れだったんだっけ。

 

 

「へー同じ境遇というわけねー。2人ともシスコンなのね。疑ってごめんなさい」

 

 

もうシスコンでもなんでいいよ。とりあえず危機は脱したようだ。

由比ヶ浜が訝しがるような視線を送ってくるが気にしない。

あとは酔ってしまった雪ノ下をどうするかだ。

 

 

「いいよ。気にしないで。てか、雪ノ下ちゃんも飲んじゃったことし、まだ時間も早いし、このまま飲んじゃう?」

 

 

おいおい、確かにまだ7時半だけども。このまま雪ノ下を飲ませたらまた明日二日酔い確定じゃないか。

 

 

「そうしましょう。八幡、焼酎のボトルセットを注文しなさい」

 

「は、はい」

 

 

どうやら俺に拒否権はないようです。由比ヶ浜もさっきの訝しがるような視線はもう送ってきてはいない。空気読んでくれたのかな?

 

 

俺はささっと注文を終わらせる。すると、すぐに焼酎のボトルセットが届いた。

 

 

「みんな水割りでいいのかな?」

 

 

三科の呼びかけにそれぞれ頷く。

そのあとに由比ヶ浜が手を上げて言う。

 

 

「あ、ミッシー。私作るよ?」

 

「いいよ。大丈夫。それともあれかな?男が作った酒は信用できない?」

 

 

さっきの出来事などとうに忘れた三科である。

三科は冗談で疑うような顔つきで由比ヶ浜を見る。

 

 

「あーいやー。そういうことじゃないんだけど」

 

 

由比ヶ浜は困ったように笑っている。

 

 

「安心しろ。三科は女好きだが、女に酒飲ませて酔わせて悪いことするほど汚いやつじゃない」

 

 

3股はするけどね。と心の中で付け足す。そこに雪ノ下が割って入ってくる。

 

 

「結衣、大丈夫よ。そんなことしたらあたしが懲らしめてやるわ」

 

 

三科に酒を飲まされたお前が言うな。と心の中でつっこむ。さっきから心の中だけでつっこんでるな俺。

言いたいことも言えないこんな世の中じゃ、、、。おっとこの辺でやめておこう。

 

 

全員に酒が行き渡り、再び乾杯する。

乾杯するないなや、雪ノ下は焼酎の水割りを一気に飲み干す。

 

 

「おかわり」

 

 

そう言って三科にグラスを差し出す。三科はそれを受け取り、いそいそと酒を作る。

 

 

「いやー、雪ノ下ちゃん。いい飲みっぷりだね〜。はいどうぞ」

 

「そ、そうかしら?」

 

 

グラスを受け取りながら照れる雪ノ下。え?今、照れる要素あった?

またしても受け取った酒をぐびぐび飲む雪ノ下。

 

 

「あれ?照れ隠しかなー?意外に可愛いとこあんだね」

 

 

さっきのお返しとばかりに攻める三科。本当、怖いもん知らずだな。

 

 

「ば、バカにしないでちょうだい!」

 

 

昔、”私、可愛いもの”とか自信満々に言ってなかったっけ?

よし、俺も酒の勢いに任せて普段の罵倒のお返しをしてやろう。

 

 

「雪ノ下は酒に酔うと口調もちょっと変わるし、そういうとこ可愛いよな」

 

 

よし!噛まずに言えた。はー恥ずかしい。

雪ノ下を見ると頭から煙を噴く勢いで顔が真っ赤になる。

なにやらボソボソ何か言っている。

 

 

「八幡が、、可愛い、、って」

 

「ど、どーした?」

 

 

声が小さすぎて何を言ったいるかよく聞き取れない。

雪ノ下の急変に少し心配になる。あれ、やり過ぎた?

 

 

「あーもう!2人がイジメるからゆきのんがおかしくなちゃったよ!これじゃあデレのんだよ!」

 

 

そういうこと言うのは俺の役目だからね?

ふと、三科の方を見ると何やらニヤついている。お前はいつもニヤついているな。

 

 

 

「”その呼び方やめてもらえるかしら?”」

 

 

 

突然、いつもの雪ノ下の口調に戻る。え?いきなり酔い醒めた?

 

 

「うわっ!いきなり素に戻らないでよ。ゆきのん」

 

 

由比ヶ浜も俺同様、驚いている。

しかし、肝心の雪ノ下を見ると顔を朱色に染めたまま”えへへー”と笑っている。か、かわいい!!

そんな顔でえへへーと笑うなよ。それは由比ヶ浜の専売特許だろうが。今のはやばかった。戸塚の最大級の笑顔並みの威力だった。危うく俺の心のダムが決壊しそうになったじゃねえか!

 

 

そんなことは今はどうでもいい。

雪ノ下が酔っ払ったままということは導き出される答えはひとつだ。

 

 

「ヒッキー?今の聞いたよね?」

 

「え!?今、私の声がしたぁ!!」

 

 

この状況を理解できずにオロオロする由比ヶ浜。三科の方に目をやると頬杖をついて口元を隠している。やっぱりお前か。

 

 

「え!?ナンなの?私もゆきのんも喋ってないのに声が聞こえるよ!!」

 

「落ち着いて、由比ヶ浜さん」

 

「ああ、、。また聞こえたぁ、、」

 

 

かわいそうにめっちゃ怯えてるじゃないですか。三科は楽しそうに笑っている。そろそろネタばらしてやるか。

 

 

「三科。その辺にしとけ」

 

「えー、ヒッキーネタバレ早いよー」

 

 

お前にヒッキーって呼ばれるのは気分が悪くなるからやめろ。

由比ヶ浜は三科の口から自分の声が発せられていることに気づいて呆然としている。

 

 

「ミッシーの口から私の声が聞こえる、、、」

 

「ごめんなさい。由比ヶ浜さん。少し驚かしてしまったかしら?」

 

 

三科は意地の悪い顔をして雪ノ下の声で喋る。

ますます状況が理解できなくなる由比ヶ浜。

仕方ない俺が説明するか。

 

 

「びっくりしたか?三科は人の声を真似るのが得意なんだよ」

 

「そういうことよ。由比ヶ浜さん」

 

 

由比ヶ浜は口を開けたままホゲーとしている。そして3秒ほど経ってからようやく理解する。

 

 

「えー!?もうそれモノマネってレベルじゃないよ!もう本人だよ!」

 

「俺も最初聞いたときは耳を疑ったよ」

 

 

三科は得意げに笑っている。

もう本当にお金稼げるくらい上手い。

由比ヶ浜は三科の声真似に興味津々ようで状況を理解した途端に食いついてくる。

 

 

「だ、誰でもできるの!?」

 

「うーん。誰でもって訳じゃないけど、よく聞く声ならできるかなー」

 

 

三科の返答に驚く由比ヶ浜。

生唾を飲み込むような仕草をした後、少し照れたように訪ねてくる。

 

 

「じゃ、じゃあヒッキーのもできるの?」

 

「やわたの声真似なんて朝飯前だ。なんならずっとこの声で喋れるまである」

 

「やめろ、気持ち悪い」

 

 

俺の口癖まできっちり真似してんじゃねぇよ。

由比ヶ浜は”すごーい!”と手を叩いて喜んでいる。てか、なんでさっき照れたの?

 

 

「じゃあそのまま私の名前を呼んでみて!」

 

「結衣」

 

 

おい、勝手に俺の声で喋るな。

由比ヶ浜は少し頬を染めて喜んでいる。そんなに嬉しいなら本物の声で呼んであげるよ?

 

 

「じゃああたしの名前も呼んでもらえるかしら?」

 

「うわ?!びっくりした。いつの間に戻ってきてたんだよ」

 

「あたしはさっきからずっとここに居たわ。それより今は三科に喋りかけているの!八幡、あなたは黙ってて」

 

 

そういうことじゃねえよ。

というか、そのうん、なんだろう。この気持ち。

雪ノ下と由比ヶ浜は俺の声を求めているけど、求められてるのは俺自身じゃない。

 

 

「仕方ねぇな。雪乃ちゃん」

 

「ちゃんはいらないわ」

 

「じゃあ雪乃?」

 

 

三科にそう呼ばれてまたも二ヘラと笑う雪ノ下。怖い怖い。

 

 

「やめろ、三科。聞いてるこっちが恥ずかしくなる」

 

「そう照れるなよ、やわた。モテモテじゃんか」

 

 

べ、別にモテてねぇよ。

江口さんの声はいい声だからな。名前を呼んでもらいたくなる気持ちもわからんでもない。

 

 

「じゃあ意地悪したお詫びにガハマちゃんの声で言ってもらいたいことある?」

 

「ねぇよ、別に」

 

 

三科はまた意地の悪そうな顔になり、俺に耳打ちしてくる。お詫びするじゃなかったのかよ。

 

 

「◯◯◯しよ」

 

「わー!なんてこと言うんだお前は!?」

 

 

三科の言葉に飛び上がる俺。

今、全開放送禁止用語言ったよね?18禁なるからやめて!

顔が熱くなっていくのが自分でわかる。由比ヶ浜本人に言われた訳ではないのだが、なぜか由比ヶ浜を直視できない。

 

 

「なになに?なんて言ったの?」

 

「な、なんでもねぇよ!」

 

「いや、ちょっと、、、ぅぐ」

 

 

慌てて三科の口を塞ぐ。

そこに雪ノ下が言う。

 

 

「まさか、結衣の声で何か卑猥な言葉を発したんじゃ、、、」

 

 

さすが雪ノ下。酒乱のん状態でもえすぱーのんは健在ですね。てか、今日は比較的大人しいですね。

 

 

「なっ、なっ、ミッシー何してんだし!」

 

 

由比ヶ浜は顔を真っ赤にして憤慨する。

 

 

「もっ、もう声真似禁止!私の声で喋るの禁止!」

 

 

由比ヶ浜は顔の前で大きくバッテンを作る。

なんでお前までそんな反応するんだよ。さらに恥ずかしくなるだろうが。

 

ふと、雪ノ下の方に目をやるとあの悪い笑顔で笑っている。

なに?なに考えてるの!?

 

 

「じゃああたしの声でお願いできるかしら?」

 

 

いやいや、キャラ崩壊ってレベルじゃないからそれ。雪ノ下が卑猥なこと言うなんて想像できない、、、。スケベのん、、、。いや、煩悩に身を任せてはダメだ!

 

 

「ダメダメだめー!ゆきのんの声真似も禁止ー!」

 

 

由比ヶ浜が慌ててまたバッテンを作る。

もう終わりにしよう。いろいろ疲れたよ、、、。

 

 

「そう、残念だわ」

 

「そうしてくれ」

 

「残念なのはあなたでしょう?」

 

「ゆ、雪ノ下がビッチになってしまった、、、」

 

 

お前は露骨すぎるんだよ。反応に困る。

 

 

 

 

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