やはり俺の人生はまちがっている。   作:にが次郎

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彼らの夜会は最高潮に盛り上がる。

 

 

 

時刻は午後9時を回ったところ。本格的に飲み始めてから約1時間半。だいぶ酒も進んできた。

 

 

「ゆきのん、楽しそうだね」

 

「ああ、あんなに楽しそうに話してるの初めて見たかもしれない」

 

 

雪ノ下はさっきからずっと三科と3、4年ほど前に放送されていた某弁護士ドラマについて熱く語り合っている。

三科はそのドラマに出演していた女優さんの大ファンで毎週欠かさず視聴していたのを記憶している。

しかし、雪ノ下の振るマニアックなネタにここぞとばかりに食い付く三科。お前、そんなに詳しかったのか。

 

 

「第◯話の中盤からの流れは本当に最高だったわ。特に主人公と相手の検事の掛け合い。あのシーンは何度見ても飽きないわ」

 

「うんうん、わかるなー。で、その後にあの女優さんが凄いいいタイミングで登場するんだよねー。あの演出最高だわー!」

 

 

俺は見てないからよくわからないのだが、そこら辺のオタクと変わらないくらいにマニアックな話をしているのがわかる。てか、雪ノ下、普通に酒飲んでるな。酒乱のんはどこいったの?

 

 

「八幡?何か言った?」

 

「いえ、なんでもないです、、」

 

 

ただ大人しいだけで口調は変わらないんですね。

雪ノ下はすぐに三科の方に向き直るとまたあーだこーだと討論を始める。

余程、好きなんですね。そのドラマ。弁護士ものだから?

 

 

「ゆきのん、いつもこうだったらいいのにね」

 

「まぁ飲み慣れてくれば次第に変わってくるだろ」

 

「だといいね。私もゆきのんとあんな風に楽しくお喋りしたい」

 

「いや、いつもしてるだろ」

 

「素面のときとは違うの!」

 

 

いつも百合百合してるじゃないですかー。それでは物足りないんですかー?百合ヶ浜さんー?

 

由比ヶ浜は少し笑みを浮かべ言う。

 

 

「ゆきのん、酔ってるとなんだか可愛いし」

 

「由比ヶ浜。止めはしないが、雪ノ下は受け入れてくれるかはわからないぞ」

 

「だから、違うってば!なんですぐそういう風に持ってこうとするし!」

 

「そういう風?」

 

 

俺は悪い笑みを浮かべて問う。

すると由比ヶ浜は顔を赤くして、手を顔の前でブンブン振る。

 

 

「なっ、なんでもないし!ヒッキーのバカ!」

 

「へいへい。俺は低学歴のバカですよー」

 

「なんかその顔ムカつくし!」

 

 

由比ヶ浜はぷくーと膨れっ面を作った後、すっと俺の顔の前に手を出してくる。

 

 

「えい」

 

「いてっ!なにすんだよ!」

 

 

なにをするのかと思いきやいきなりデコピンをされた。

でこを押さえながら、由比ヶ浜の方を見るとプイとそっぽを向いている。

 

 

「やることがあざといんだよ」

 

「あざといってなんだし。どういう意味だし」

 

「さっきから”だしだし”うるせえんだよ。お前はカツオ出汁か!」

 

 

自分でも言ってて意味のわからない悪口に憤慨する由比ヶ浜。

 

 

「カツオ出汁とか意味わかんないし!ヒッキーマジきもい!」

 

「カツオ出汁と俺のキモさは関係ねぇだろ」

 

 

俺のキモさと引き合いに出されたカツオ出汁さんに失礼だろうが。カツオ出汁に謝れとか思っていると隣から視線を感じる。

 

 

「そっちも盛り上がってるね〜」

 

「いくら話す話題が尽きたからといってカツオ出汁の話を振るのは結衣に失礼じゃない、八幡?」

 

「べ、別にカツオ出汁の話はしてねぇよ」

 

 

どこから聞いてたの?

なんとなく身を捩りなくなる気分だ。由比ヶ浜もそれは同じようで。

 

 

「ち、違うよ!ヒッキーのキモさについて話してたの!」

 

「なんで自分のキモさを女の人と話さなきゃならんのだ。アホか」

 

 

由比ヶ浜はむーと顰めっ面をして睨んでくる。だからあざといって。あの子に伝授してもらったの?

 

 

「もういい。ヒッキーとは喋んない!」

 

 

由比ヶ浜は拗ねた子供のように言う。

 

 

「なら、あたし達とお話ししましょうか」

「弁護士ドラマについて」

 

 

雪ノ下と三科が間髪入れずに言う。

なにそれ。めっちゃ息ピッタリじゃねえか。2人は阿吽の呼吸とばかりに由比ヶ浜を勧誘する。

由比ヶ浜は”うー”と唸って俺に目線を送ってくる。いや、俺とはもう喋んないじゃないの?

 

 

「み、みんなが意地悪するー」

 

「なんのことかしら?」

「さー?」

 

 

雪ノ下たちはまたしても息ピッタリで首を傾げながら言う。

共通の話題のせいなのか2人の仲は急激に近くなった気がする。ついさっき浮気のことで険悪なムードになってたのに。全ては酒の力か。

 

 

「由比ヶ浜さん。この弁護士ドラマの魅力はね、、、」

 

「ほら、ガハマちゃん。ちゃんと聞いて!」

 

 

2人は由比ヶ浜の返事も聞かずに弁護士ドラマのあらすじや見所などを勝手に説明し始める。

由比ヶ浜は2人の威圧感に押されてあわわーとたじろいでいる。

雪ノ下と三科。悪い意味でいいコンビになりそうだ。こいつらが共謀して策を練られたら太刀打ち出来無さそう。

 

 

「その辺にしといてやれ。由比ヶ浜がお前らの威圧にビビって縮こまってる」

 

「あら、ごめんなさい。つい、このドラマの話になると暑くなってしまって」

 

「ごめんごめんー」

 

 

俺の制止をすんなり受け入れる2人。

そのあと、雪ノ下は意味ありげな表情で言ってくる。

 

 

「八幡は相変わらず結衣に甘いのね」

 

 

いやいや、それはあなたを同じでしょうが。てか、俺ってそんなに由比ヶ浜に甘いか?

三科もうんうんと頷いている。お前はまだ何回しか合ってねえだろ。

 

 

なぜか静まり返る室内。気まずい雰囲気が流れる。

すぐさま由比ヶ浜が場を取り持つ。さすが由比ヶ浜である。

 

 

「み、みんなこの後どうする?だいぶいい時間になってきたし。カラオケでも行く?」

 

 

ちょっと待って!そこは”お開きにする?”だろうが。

もう9時過ぎてるから。良い子はもう寝る時間だから。

 

 

「いかな、、、」

「行く行くー!」

「それは良い提案ね」

 

 

俺の言葉はかき消され、賛成の声に飲まれる。まさか、雪ノ下がカラオケに同意するとは。昔はあんなに嫌がってたのに。実は行きたいけどキャラじゃないから行きたくない振りしてたの?そういえば誘われたら必ず行ってたし。そうだ、そうに違いない。

 

 

「よし!じゃあ行こっか〜」

 

「何処にしましょうか」

 

「近くにカラオケ屋あった気がするけど」

 

「じゃあそこにしよー」

 

 

どうやらもう決定事項のようですね。相変わらず俺に拒否権はないですか。そうですか。

 

そんなことを考えていると三科がチラッとこちらを見る。

 

 

「なんだよ」

 

「やわたはどうする?行きたくないなら、、、どうする帰る?」

 

 

なにその言い方。まじムカつくんですけど。俺のボッチ心をくすぐるような言い方しやがって。わかったよ。行けばいいんだろ!

 

 

「ああ、ついてくよ、、」

 

「よし!そうと決まればすぐ出発ー」

 

 

八幡よ、こんなに簡単に乗せられてしまうとは情けない。もういいや。どうせ俺は聞き役だ。

 

 

店を出る前に雪ノ下と由比ヶ浜が”ミッシー、ヒッキーの扱い方上手いね”とか言ってたのは気にしない。

 

 

 

×××

 

 

 

んで、カラオケに着いたはいいが、すでに満席で30分ほど待つことになった。今日は土曜日だから混むのは仕方ない。でもカラオケするのに並ぶのはなんだかバカらしい。俺はラーメン屋以外は並びたくない。

どうでもいいことを考えながら俺は受付から少し離れたソファに座っている。右隣に三科がいる。

雪ノ下と由比ヶ浜はこのカラオケ屋のロビーの隅に置いてあるUFOキャッチャーに興じている。中の商品はパンさんようだ。その様子をしばらく見ていると商品が取れたのか2人はきゃぴきゃぴ喜んでいる。

 

 

「いやー目の抱擁になるね〜」

 

「まぁあの2人だからな」

 

「おっ、素直に認めるじゃん」

 

 

うるせえな。あの2人は誰がどう見たって美人だろうが。俺が認めようが認めまいがそれは揺るがない。

そんな会話をしていると雪ノ下たちはまだUFOキャッチャーを続けるようだ。さっきでっかいパンさんもらったじゃねぇかよ。

楽しくUFOキャッチャーに興じる2人に見覚えのある男2人組みが近づいてくる。なんであいつらがここに?とか思ってると三科はナンパと勘違いしたのだろうか、”ちょっと行ってくる”と行って立ち上がり、2人のもとへ向かう。

俺の制止も聞かずに行ってしまう三科。こういうところは男気があるんだよね。

 

 

「あれ?結衣たちもカラオケ?」

 

「あっ隼人くんじゃーん。あと戸部っちも」

 

「俺はついでかよー。てか、優美子と日菜もいるって!」

 

「そうなんだー。でも今満席で入れないよー」

 

「それなら大丈夫。予約しておいたからすぐに入れる。もしよかったら結衣たちも一緒どう?」

 

「私は全然いいけど、、、」

 

「遠慮することないって!女の子いた方が盛り上がるっしょー!」

 

「こら、戸部。お前には日菜がいるだろう?」

 

 

葉山にそう言われて”今の内緒で!”と頼む戸部。

少し離れた俺にも聞こえる声で話しているのにも関わらず、向かっていく三科。今の会話聞けば知り合いってわかるよね、普通。なんだか面倒なことになりそうだ。

 

 

「おい、そこの金髪とロン毛。その子たち、俺らの連れなんだけど」

 

 

物凄い威圧的なオーラを全開に出しながら問う、三科。

さすがのイケメンリア充の葉山も一歩引いている。戸部は葉山の後ろに隠れている。お前、警察官だろ。

 

 

「あー、ミッシー?この人たちは、、、」

 

「隼人ー。先行かないでよー」

 

 

由比ヶ浜の説明を制して店内に三浦と海老名さんが入ってくる。最悪の展開だ。面倒くせぇけど、助けに行ってやるか。俺が立ち上がり三科のもとへ向かおうとしていると三浦が口を開く。

 

 

「何この人?結衣の知り合い?」

 

 

三浦は不機嫌オーラ剥き出しで言う。やめろ。それ以上ことを荒立てるな。

三科は三浦を睨む。しかし怯むことなく睨み返す三浦。やばい、なんか一発触発の雰囲気。

由比ヶ浜も”あのー””えーと”と説明するタイミングを失っている。

 

 

「なんなのこいつ。結衣、こんなガラ悪いの付き合ってんの?まじウケる」

 

 

三浦は吐き捨てるように言う。その言葉に反応したのは三科ではなく、雪ノ下だった。

 

 

「三浦ー?あたしの友人にケチつけるつもり?」

 

 

さっと三浦の前に出て、挑発的言う雪ノ下。余りにも普通だったから忘れてた。雪ノ下は酔ってたんだ。酒乱のんだったんだっけ。

酒乱のんの出現に”ひぇっ”と飛び上がって後ろに下がる三浦。あのときのトラウマは消えてないんですね。

 

 

「ほらーなんとか言いなさいよ。三浦ー?」

 

 

雪ノ下の突然の変貌に目を丸くする三科。今だ、今しかない。俺は雪ノ下と三浦の間に体を入れる。

 

 

「あー、悪い。こいつは三科。俺の会社の同僚なんだ。んで、こっちが右から、葉山、戸部、三浦、海老名さん。この人たちは俺の高校の同級生なんだよ」

 

「へえーで?」

 

 

で?じゃねえよ。この説明聞いて理解できねぇのかよ。仕方ないリーサルウェポンを出すしかないか。

 

 

「そこの戸部は現職の警察官だ。でそっちの葉山は警察学校に通ってる。来年の4月から警視庁で働くらしいぜ」

 

「へ?」

 

 

へ?じゃねえよ。俺の説明を聞いて固まる三科。どうやら効果はばつぐんのようだ。

 

 

「あー、あー、ははっ!どうもー八幡の同僚の三科ですー」

 

「ど、どうも葉山隼人です、、」

 

「と、戸部です」

 

 

三科は警察官と聞いて熱い手のひら返しを決める。あの葉山でも引きつった苦笑いを浮かべるレベル。

一方、三浦は雪ノ下にビビって海老名さんの後ろに隠れたままだ。海老名さんも困ったように笑っている。

 

 

「比企谷たちもカラオケか?ならよかったら一緒にどう?」

 

 

葉山の提案に乗るかどうか考えていると雪ノ下がスパッと答える。

 

 

「隼人たちがいいならご一緒させてもらおうかしら。ねぇ八幡?」

 

「あ、ああ、別に構わねえけど」

 

 

三科の方を見ると笑顔で頷いている。そりゃ断れねぇよな。三浦は悔しそうに恨めしい目で雪ノ下を見てる。それを海老名さんが宥めている。なんかいつもと逆だな。

そして由比ヶ浜が場を取り持つように言う。

 

 

「んじゃ、行こっかー」

 

「そうしましょう」

 

 

由比ヶ浜と雪ノ下に連なり歩く俺たち。

海老名さん以外は全員飲み放題を選択し、指定された部屋に向かった。

 

 

×××

 

 

カラオケが始まってすぐ、三科は先ほどの失敗を帳消しにする勢いでガンガン飲んでいる。なぜか雪ノ下もそれに続く。

 

 

「よぉしーいくわよー!」

 

「おお〜!」

 

 

なにやら雪ノ下と三科が立ち上がる。デュエットするようだ。

始まって1時間ほどで2人ともデロデロに酔っている。

カラオケの大きなモニターには英語で曲名が表示されている。ざ?びぎ?読めん!

 

イントロからすぐさま歌い出す三科。

先ほどまで皆が歌っていた盛り上がる曲とは少し音質が違うと感じた瞬間に突如、ロックなサウンドが大音量で流れ、それに合わせて雪ノ下が歌う。上手いな。酔ってるとは思えん。

 

 

モニターにはその曲のPVと思われる映像が流れている。確かこのバンドは海外でも活躍している若者に人気のロックバンドだ。yo◯tu◯eで見た。

ほぼ英語の曲に初めは皆、少し戸惑っていたがサビに差し掛かる頃には全員、手を上げて曲に乗っている。

三科と雪ノ下の交互に歌い、またにハモる歌声に皆熱狂している。お前ら歌手になった方がいいんじゃないの?

 

2番のサビに入ると皆が乗ってくれていることに調子づいたのか三科が頭を振る。雪ノ下もそれを真似てヘッドバットする。あーもうキャラが原型とどめてない。

 

 

Cメロに入ると曲調が静かになる。そして三科がニヤリと笑ったのが見えた。まさかあれを出すのか、、、。

 

先に雪ノ下が歌う。そしてあとに三科。だが、聞こえてくるのは雪ノ下の声。皆、呆然としている。

 

 

Cメロが終わるとまた激しいサウンドが鳴るサビ。

そして雪ノ下の声が二重に聞こえる。皆、なんかよくわかんねぇけどすげぇみたいな感じで受け入れている。

曲も終盤に差し掛かり、綺麗にハモる雪ノ下の声。

曲が終わると歓声が上がる。もうライブだなこれ。

 

 

「雪ノ下さんもさすがだけど、三科さんも凄いね。どうやって出したの?」

 

「まじ超ーすげえ!ミッシーどうやったの?」

 

「女の人の歌声を完璧に真似するってなかなかできることじゃないよ」

 

 

皆に質問攻めにされる三科。満更でもない顔だ。

そこで三浦が質問する。

 

 

「誰でも真似できんの?」

 

「まぁ聞いたことあれば」

 

「じゃあ隼人の声、やってみて」

 

「三浦」

 

 

三科の葉山声を聞いて目を輝かせる三浦。そしてなにか思いついたのか、三科に駆け寄ろうとする。しかし三浦が何をしようとしたのか勘付いた葉山に止められる。

 

 

「その辺にしとこうな、優美子」

 

 

しぶしぶやめる三浦。何しようとしたんだよ。

一方、雪ノ下は歌い終えるとともに俺の隣に座る由比ヶ浜の肩にグデーともたれかかっている。体力ないくせにあれだけ暴れて歌えば当たり前だ。

 

 

「もうダメー。気持ち悪いー」

 

「無理するからだよ、ゆきのん」

 

 

由比ヶ浜に介抱される雪ノ下。もう目を瞑って今にも眠りに入りそうだ。

そんな姿を見ていると次の曲が流れ始める。

 

 

「あんなの見せられた後じゃ歌いづらいでしょー」

 

「戸部ー、愛の力でなんとかしろー」

 

「やめてよ、優美子」

 

 

三浦に煽られて照れる2人。なんで照れてんの?

疑問に思っていると隣にいる由比ヶ浜が答えてくれる。

 

 

「あの2人付き合ってるんだよ」

 

「まじか!いつから?」

 

「大学の頃からだからもう5年くらいかなー」

 

 

ほほう、戸部のやつやりおるわい。てか、戸部って一途だな。俺が邪魔した告白事件からめげずに想いを告げたんだな。おめでとう戸部!

 

 

「なんかいいよねー。ああゆうの」

 

「そうだなー」

 

 

確かに仲よさそうで。俺にもあんな彼女がいればなー。

ふと、由比ヶ浜の方を見るとチラッと視線を送ってくる。

 

 

「なんだよ」

 

「なんでもない」

 

 

 

 

そんなやりとりのあと、俺と葉山で歌わされたり、復活した雪ノ下と三科がもう一度デュエットしたり、由比ヶ浜と三科がデュエットしたり(三科が由比ヶ浜の特徴をよく捉えていて非常に面白かった)、いつの間にか凄く仲良くなっていた戸部と三科で歌ったり、三浦と海老名さんのラブソングを聞いたりしてカラオケは終了した。

 

 

×××

 

 

「ゆきのん、大丈夫?」

 

「だいじょうぶよ、ゆい」

 

「全然大丈夫じゃないよな、お前。全部ひらがなになっちゃってるからね」

 

 

雪ノ下は精魂尽きたような表情をしている。あんだけやればそうなるよ。

こんな状態の雪ノ下を1人で帰すわけにはいかず、由比ヶ浜が付き添うことになった。帰りはタクシーを選んだ。現在、そのタクシー待ち。

他のメンバーは先に帰っている。三科はすぐ近くに彼女家があるからとふらふら夜の街に消えていった。大丈夫か、あいつ。

 

 

「ちょっと寒いね」

 

「もう10月も半ばだからな。夜になると急に冷え込むな。この時間になればもっとだな」

 

「今日は昼間暖かかったから上着着てこなかったんだ。失敗したなー。ゆきのんは大丈夫?」

 

「だいじょうぶよ、ゆい」

 

「お前、さっきとまるっきり同じこと言ってるよ」

 

 

そんな会話をしていると呼んだタクシーが到着する。

 

 

「ほら、ゆきのん。タクシー来たよ」

 

「わかったわ、ゆい」

 

 

その場を動こうとしない雪ノ下。いくら華奢で軽そうな雪ノ下でも由比ヶ浜、1人では担ぐことはできまい。こうなりゃ仕方ない。

 

 

「由比ヶ浜、もう面倒くさいから雪ノ下を担ぐぞ」

 

「え!うーん、わかった」

 

 

なんだその反応は。一応、雪ノ下にも許可を取って置こう。俺、一回痴漢で捕まってるから女性に触れるときは最善の注意を払うことにしている。

 

 

「悪い、雪ノ下。ちょっと触るぞ」

 

「ええ、どうぞ。すきなだけさわってちょうだい」

 

「お前はいちいち言い方が悪いんだよ」

 

「今のはヒッキーが悪いんだよ!」

 

「え!なんで?」

 

 

そんな会話をしながら雪ノ下の肩を担ぎ上げる。由比ヶ浜もそれを手伝ってくれる。

雪ノ下から漂う酒臭さといい匂いに惑わされそうになりながらタクシーを目指す。

しかし、本当寒いな。由比ヶ浜の言った通り、今日は暖かい日だった。俺も結構薄着だ。そこで今日、雪ノ下にもらったマフラーを思い出す。

タクシーにたどり着いて、先に由比ヶ浜が乗り込んで雪ノ下を引っ張り込む。

 

 

「よし、これでOK。◯◯までお願いします」

 

「気をつけてな」

 

「あなたもね」

 

「バイバイ、ヒッキー!」

 

 

俺が軽く手を上げたあとにドアが閉まる。

俺はタクシーが走り出す前に雪ノ下にもらったマフラーを取り出して首に巻きつける。

由比ヶ浜が車内から何かいっているようだったがよく聞こえなかった。タクシーが走り出す瞬間、雪ノ下が嬉しそうな笑顔を浮かべているように見えたような気がした。

 

 

「よし、俺も帰りますか」

 

 

そう、1人でつぶやく。てか、俺もタクシー待ちなんだけどね。この時間じゃ終電も終わってるし。

俺は先ほどまで座っていたベンチに向かって歩き出す。そこで声をかけられる。

 

 

「比企谷くん、久しぶり」

 

 

声がする方を見るとそこには”雪ノ下陽乃”が立っていた。

 

 

 

×××

 

 

 

どうしてこの人がここに?そんな疑問が浮かぶ。

まぁいい。何か用があって現れたのだろう。だったらさっきと済ませてしまいたい。昔からそうだが、この人は苦手だ。

 

 

「こんな時間になんか用ですか?」

 

「久しぶりの再会なのに冷たいなー」

 

 

そう言いながら俺の近くまで歩いてくる。俺の前まで来ると笑いながら問いかけてくる。

 

 

「今日は雪乃ちゃんたちと一緒だったんでしょ?1人で何やってるのー?」

 

「ついさっき別れたばかりです。今は帰りのタクシーを待ってるんですよ」

 

「へー。じゃあお姉さんと少しお話ししようっか!私も迎え待ってるところだし」

 

 

俺の嫌そうな顔を見て、陽乃さんは嬉しそうに次々と尋ねてくる。相変わらずだな、この人。

 

 

「いつ、こっちに戻ってきたの?」

 

「6月くらいすかね」

 

 

陽乃さんはは”ふーん”と興味なさそうに言う。ないなら聞くなよ。

 

 

「比企谷くんさ、あのとき言ったこと覚えてる?」

 

「なんのことすかね?」

 

 

笑みを浮かべならが言う陽乃さん。笑みを浮かべてはいるが目は全く笑っていない。いつの日か見たあの真っ暗な瞳。見続ければ吸い込まれてしまいそうなほど真っ暗な闇を灯した瞳。

 

 

「そっかー。思い出せない?じゃあもう一度言うね」

 

 

少し間を置いてゆっくりと口を開く。

 

 

 

「”もう雪乃ちゃんと関わるのはやめなさい”」

 

 

7年前のあの日に言われた言葉。忘れてなどいない。

俺の言葉を待たずにそのまま陽乃さんは続ける。

 

 

「こんなことを言うのは失礼だけど、今のあなたには前科がある。自分でもわかっていると思うけど、あなたは底辺の人間よ。雪乃ちゃんはね、今から弁護士として華やかな道を歩んでいくの。あなたのような人間と関わるべきじゃない」

 

 

陽乃さんに言われて少しカチンときた。酒が入っているからだろうか。

 

 

「そんなこと言うためにわざわざ来たんですか?それならもう自分で雪ノ下に伝えましたよ。でもそれでもと雪ノ下が選んだんです。それを俺に言うんじゃなくて雪ノ下さんがあいつを直接説得した方がいいんじゃないですか?」

 

「それが通じるならとっくにやってるよ。無理だから比企谷くんにお願いしに来たんだけど」

 

 

それはお願いではなく命令の間違いでは?と喉元まで出掛かったが寸前のところで飲み込む。この人怒らせたら怖そうだからな。

 

 

「まぁ雪ノ下さんがそういうなら善処してみますよ」

 

「相変わらず捻くれてるねぇ〜、君は」

 

「これでも改善した方ですよ」

 

 

俺の言葉を聞いて陽乃さんは満足したのか、車道の方へ歩いていく。そしてそこに待ってましたと言わんばかりに黒塗りの高級車がやってきて停車する。

 

 

「じゃあまたね、比企谷くん」

 

「うす」

 

 

俺は短く返事をして頭をさげる。

そして陽乃さんは車に乗り込む寸前にこちらを向いて一言”じゃあ間違えないように気をつけてね”と言って去っていった。

 

 

それは一体、どういう意味なのか。今の俺にはわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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