人生において、セーブポイントやチェックポイントがあったとして、そこに戻って自分の人生をやりなおせるとしたら、俺は間違いなく7年前のあの日、いやもう8年前か。その日に戻って痴漢で逮捕されることを回避しに行くだろう。昨日までの俺だったら。
しかし今日現在の今の俺なら8年前ではなく、昨日を選択する。
現実にセーブポイントやチェックポイントなど絶対に存在しないとわかっている。そんなことを考えても意味はないとはわかっているのにどうしても妄想をやめることができなかった。逆に言えばこれから先、自分がどうなってしまうのか怖くて考えたくなくて、自然と回避しているのかもしれない。
今までの人生の中でこういった想像や妄想を幾度となく繰り返してきた。その都度、後悔し、苦悩し生きてきた。
だが、今回の出来事は絶望度が桁違いである。悔やんでも悔やみきれない。
そう、俺はまた選択肢を間違えてしまったのだ。あの人の助言など頭の中からすっぽりと抜けていた。
彼女がどういう意味であの言葉を言ったのかはわからないがどれだけ足掻いてももうすでに後の祭りである。
あまりの寒さに目が醒める。だいぶ時は流れて季節は春だというのに何でこんなに寒いのかと自分の体を見ると、薄いくたびれた毛布しか掛かっていない。自分の部屋のベットではなく、固い簡易型のベットの上で身を起こす。一番最初に目に入るのは頑丈そうな鉄格子。我ながらあんなことに巻き込まれてよく眠りにつくことができたなと思う。
徐々に覚醒していく意識。やはりこれは夢ではないようだ。
結論から言おう。俺はまた”逮捕”された。
強盗強姦殺人の容疑者として。
もちろん、俺はやっていない。その場に居合わせただけだ。2度も冤罪で逮捕されるなんてどんな確率だよ。しかも今度は3つも容疑がかけられている。強盗、強姦、殺人。ここまで揃えば役満どころか、天和で九蓮宝燈を出すレベル。哲也もびっくり。
俺、死んじゃうのかなー。てか、この状況から逃げ出せるのならもう死んでしまいたい。
ふと、浮かぶ叶わない自殺願望を頭から払拭する。
いかん、こんなことを考えてはダメだ。もう逃げるのはやめたのだ。俺はやっていない。絶対に無罪を勝ち取る。しかし、また雪ノ下や由比ヶ浜。そして家族に迷惑をかけることになってしまった。それは本当に申し訳ない。くそ、あのときなんで俺は、、、。
ポジティブになったと思ったらネガティヴになったり、さすがの俺も2度目の逮捕で精神状態がおかしいのかもしれないな。
ダメだ、少し落ち着いて自分の置かれている状況を整理しよう。
昨日、三科にしては珍しく仕事をミスした。それが原因で夜の8時頃まで残業していた。それから三科と2人で牛丼屋で夕飯を済ませて、帰宅しようとしていた。
三科と別れて、自分のアパートのすぐ近くの公園の前を歩いていたときだ。誰もいない公園の中から女性と思しき悲鳴じみた声がした。
俺は幽霊の類は信じないタチだが時刻は既に9時を回っていたことをあり、少しビビり気味にすぐその場から離れようとした。
すると、公園の公衆トイレから人影が走り去っていくのが見えた。なにやら事件の香りがした。こういうときは知らないふりをするのが1番。厄介ごとの巻き込まれるのは御免である。
しかし、このときの俺はいらない正義感を働かせて公衆トイレの様子を見に行ってしまった。
恐る恐る中を覗くと案の定、若い女性が倒れていた。その女性は身ぐるみを剥がされ、あられもない姿を晒していた。声をかけても反応がない。本物の屍のようだ。顔を覗き込むと生気が感じられない。よく見ると顔や腕に暴行されたような跡がある。そして首には紐のようなもので締め付けられたような痣が出来ていた。俺はここで確信する。この女性は死んでいると。
どうしていいかわからず、とりあえず携帯を取り出して警察を呼ぼうとした。すると、後ろから声をかけられた。
後ろを振り返るとそこには警官2人と年配の女性が立っていた。
年配の女性が”あの男です。あの男が女性をこのトイレに連れ込んで”と言った。俺にはなにを言っているのか理解できなかった。近づいてくる警察。このままでは捕まると思い必死に弁明する俺。しかし、全く聞く耳を持ってもらえず、”話は署で聞くから”と俺の腕を掴む。俺は混乱の余り、その腕を振りほどこうとしてしまった。次の瞬間、俺の体は宙を舞い、トイレの床に叩きつけられる。そして、俺の腕に手錠がかけられ、2度目の逮捕をされた。
絶望と恐怖で頭の中が真っ白になった。程なくして到着したパトカーに乗せられ、警察署に連行。気がつくと取調室の中にいた。時間も遅いこともあって簡単な取り調べを受けた後、留置所に入れられ、現在に至る。
思い出してみても、なぜこうなってしまったのか理解できない。
これからどうすればいいのだ。
そろそろ看守の警官が俺を起こしに来る時間だ。正確な時間はわからないが、俺の体内時計はまだそうずれていないはずだ。
そんなことを考えていると、足音が近づいてくる。やはり来たか。
「囚人番号、8番。起きろ。朝だ」
ここでは名前ではなく、囚人番号で呼ばれる。それにしてもなんでこんなときまで”8”なんだよ。
恐らく、これから本格的な取り調べが始まるはずだ。前回もそうだった。もちろん俺は罪を認めるつもりはない。
しかし、誰かが助けてくれる見込みもない。はあー、完全に詰んだ。
これから長い闘いになりそうだ。
こんな俺の獄中記を読んでいても面白くはないと思う。ここらで語り部を誰かに譲ろう。
×××
×××
ここからは私こと雪ノ下雪乃が比企谷くんに代わって語り部を務めさせてもらうわ。
昨日の夜、葉山くんから連絡をもらって耳を疑った。第一、彼がそんなことをするはずがない。
私は上司に無理を言ってこの事件の弁護を申し出た。私はこの春から晴れて弁護士になった。今は朝一で警察署に向かっている。まさか弁護士になって初めて弁護を担当する事件の被告が比企谷くんだなんて。こんな皮肉なことがあるかしら。
それから由比ヶ浜さんには申し訳ないのだけれど、まだ伏せてある。まだ状況がハッキリしない今は由比ヶ浜さんを混乱させてしまうだけ。
まずは比企谷くんに直接あって確認することが先決だわ。
警察署に到着すると、玄関で葉山くんが出迎えてくれた。
簡単に挨拶を済ませ、事件の概要を聞きながら面会所に向かう。
「昨日の夜、9時過ぎに不審な男が若い女性を公園の公衆トイレに拉致している様子を目撃した近隣の住民から通報があった。それで警官2人が駆けつけると公衆トイレの中で倒れている女性と比企谷を見つけた。事情を聞こうとした警官に抵抗したとして比企谷は緊急逮捕された」
「被害者の女性のほう?」
「被害者は事件現場の近くに住む23歳、家族の証言によると仕事から帰宅している途中で事件に巻き込まれたと見ている。残念ながら警官が駆けつけたときにはもう、、」
葉山くんは下を向いて本当に悔しそうに言う。
「そう、残念ね」
私はそうとしか言えなかった。
「じゃあ近隣の住民からの証言はどうなのかしら?」
「近隣の住民の年配の女性は目撃した不審な男は比企谷で間違いないと証言している」
「目撃者はその人だけかしら?」
「ああ、もう夜遅かったし。人通りの少ない道だからね。他の目撃者からの証言は望み薄だね」
ここで1つの疑問点が浮かぶ。
夜9時過ぎにそんな人通りの少ない道を若い女性が帰り道にわざわざ選ぶかしら。
「では、比企谷くんの現在の様子は?」
「比企谷はかなり憔悴している様子だったよ。2度目の逮捕だからね。それに彼には前科があるということになっている。前回も性犯罪。今回も性的暴行を働いとして逮捕されている。取り調べを行った警官からもそういう目で見られて精神的に参っているのかも」
確かに彼には前科がある。私は比企谷くんがそんなことを絶対にしていないと信じている。今回も同様。しかし、彼がかつて言っていたように一般世間からすればそういう目で見られても仕方ないのかもしれないわね。
「でも罪を認めるようなことは口にしていない。”俺はやっていない”の一点張りだと調書に記載されていた」
それを聞いて一先ず安心する。
彼が罪を認めてしまったら、これからの弁護に差し支えることになる。
彼が本当にやっていないのだとしたら。
ダメね。こんなことを考えてわ。私は比企谷くんの無罪を証明するために来たのに。
そうこうしているうちに面会所の前に到着する。そこには酷く落ち込んだ彼の家族がいた。
そのうちの1人が私に気づいて駆け寄ってくる。
「雪乃さん!お兄ちゃんが!お兄ちゃんが!」
「落ち着いて、小町さん」
小町さんは目を真っ赤に腫らしている。彼のご両親も私に気付くも力の無い視線を送ってくるだけ。
「ご無沙汰しています。雪ノ下雪乃です」
「ああ、八幡の友達の、、、」
前回の痴漢事件の件で何度か彼の実家にお邪魔したことがある。一応面識はあるはずなのだけれど、今はそれどころでは無いようね。
「まだ家族の面会も許可されていないんだ」
葉山くんはそう言った。
小町さんも悲しそうな表情をする。
彼もこんな事件に巻き込まれて酷く傷ついている。そして彼の家族も同じように傷ついている。
なら私が何よりも先に彼の無罪を証明して見せなければ。
私は小町さんと彼のご両親に向かって話し始める。
「小町さん。それから比企谷くんのご両親、少し宜しいでしょうか?」
「なにかね?」
彼の父親は怪訝そうな顔をする。その表情には悲壮と絶望が含まれているように見えた。
「私は弁護士です。彼の、比企谷くんの無罪を証明するためにここに来ました」
「え?!雪乃さん、弁護士なったんですか!?」
比企谷くんから聞いていなかったのかしら。小町さん、それからご両親も目を見開いて驚く。
「お兄ちゃん、今年に入ってから仕事が忙しいみたいで全然連絡くれなくて」
昔の彼からは想像もできないわね。あんなに溺愛していたのに。
こんなことを考えている場合ではないわね。
「私は彼の弁護を担当します。これから面会する予定です。だから伝えて欲しいことがあれば伝えることができます。何かありますか?」
私の問いかけにさっきまで悲壮に満ちた目をしていた彼の母親が顔上げる。
目に涙が溜まっているものの今は力強い目をしている。
彼の母親は父親と小町さんに目配りをすると2人共頷いてそれに答える。そして目に溜まった涙を手に持っていたハンカチで拭き取ると決したように口を開く。
「雪ノ下さん。息子に伝えてください。私たち家族は大丈夫。私たちはあなたを信じている。だから必ず無罪を証明して帰ってきて、待ってるからと」
「わかりました。伝えます」
ご両親は腰を掛けていた長椅子から立ち上がると深々と頭を下げる。
「「息子をよろしくお願いします」」
どこか湿った声だったけれどとても力強い言葉だった。
それからすぐに面会室の扉が開き、中から1人の警官が顔を出す。
「葉山さん、準備できました」
「わかりました。ありがとうございます」
葉山くんの言葉を聞いて警官はすぐに中に戻る。そして、葉山くんは私を中に案内する。
そこで小町さんに呼び止められる。
「雪乃さん!兄を、どうか兄をよろしくお願いします!」
今にも泣き出しような顔で小町さんは言った。私は笑顔で頷き、それに答える。
小町さんは私を表情見て、安堵するような微笑みを浮かべて私を見送ってくれた。
×××
中に入ると透明なガラスの向こうに力無く下を俯て、座っている彼がいた。
「おはよう。比企谷くん」
「雪ノ下?なんでお前がここにいるんだよ」
顔を上げて彼はそう言う。
その表情は酷く落ち込んでいて、目の下には幾らか隈が出来ている。目も半開きでもう腐っているなんてレベルではないわね。
私はガラスの前に用意されている椅子に腰を下ろして彼の問いに答える。
「私はあなたの弁護を担当することになったの」
「はあ?お前、まだ弁護士になったばかりだろ」
彼は目を見開いて驚く。
「それは私では不満ということかしら?それともまだ新人の私の弁護士としての能力を訝しんでいるの?」
「そういうこと言ってんじゃねぇよ」
「ではどういう意味かしら?」
彼は目線を下の落とし、とても言いづらそうに口を開く。
「俺はまたお前を裏切った。また傷つけた。お前の信用を踏みにじった」
「でもあなたはやっていないのでしょう?」
私の問いに彼は勢いよく顔を上げて”当たり前だ!!”と言った。しかしまた顔を俯かせて力無く続ける。
「でも。それでも、俺は逮捕されたんだ。何を言ってももう遅い。手遅れだ。だから、、、もうこれ以上、お前に迷惑はかけられない」
2度目の逮捕で彼の精神状態はあまり芳しいものでないようね。仕方のないことだけれど。
私は彼を刺激しないよう、今出せる精一杯の優しい声で諭すように語りかける。
「大丈夫よ、比企谷くん。遅いなんてことはないわ。その為に私はいる。その為に弁護士になったの。それに迷惑だなんて、、、」
「だからそういうのはもういいんだって!!もう終わったんだ!俺は!」
刺激しないようにしたつもりだったのだけれど、逆効果だったようね。
今の彼にこんなことを言うのは少し酷かもしれないけど、ここははっきり言った方がいいようね。
少し間を置いて私は言う。
「しっかりしなさい!あなたはやっていないのでしょう!?なのにあなたが諦めてしまっては身も蓋もないじゃない。あなたの帰りを待っている人たちがたくさんいるのよ!あなたを信じている人がたくさんいるのよ!だから、あなたは帰らなきゃならない。あなたを信じて待っている人たちのところに!」
私の強い口調に彼は驚いた表情している。少し言い過ぎてしまったようね。
「ごめんなさい。こんな事件に巻き込まれて一番傷ついているのはあなたなのに」
彼はすぐに驚いた表情を引っ込めて少し笑うような顔をする。
「いや、こっちこそ悪かった。わざわざ助けに来てくれたのにな。ありがとう、雪ノ下。目が醒めたよ」
私を真っ直ぐ見て彼はそう言った。
先程のこの世の終わりのような目ではなくどこか希望を灯した瞳で。
強く言い過ぎてしまったこと後悔していたけれどどうやら杞憂に終わったようね。
「そう、ならよかったわ。それに前にも言ったじゃない。”今度は私が助ける番だ”と」
呆気にとられたような顔をした後に少し笑みを浮かべて彼は言う。
「悪い、雪ノ下。頼めるか?」
「ええ、もちろんよ」
それから弁護士するにあたって必要な事柄を済まして面会終了時間を迎える。
「雪ノ下、その、ありがとな」
「気にすることないわ。友達を助けるのは当たり前でしょう」
彼は目を丸くして驚いている。そして小さく”友達”とつぶやく。気にせず、私は続ける。
「ええ、あなたは私の大切な友人の1人よ。だから気にすることないわ」
私の言葉を聞いてらしくもなく、彼は深く頭を下げた。そして顔を上げた彼は少しばかり笑っていた。そこで自分がとんでもなく恥ずかしいこと言ったことを自覚する。きっと顔が赤くなっているわね。たぶん。
誤魔化すように咳払いをしたあとに最後に言っておかなければならないことがあったことを思い出す。
「比企谷くん。家族からの伝言よ。”私たち家族は大丈夫。私たちはあなたを信じている。だから必ず無罪を証明して帰ってきて、待ってるから”と」
家族からの伝言を聞いて、彼は眉間にしわを寄せて歯を食い縛るような表情する。そのあと少しばかり湿った声で言う。
「じゃあ雪ノ下。家族に伝えてくれ。”心配かけて悪い”って」
「それはできないわ」
彼の頭の上にははてなマークが浮かんでいる。
「それはここを出て自分で家族に伝えて頂戴。そうするべきよ」
彼は目に溜まった涙を袖で拭ったあとにいつもの捻くれた表情で言った。
「こんなときでもお前は厳しいんだな」
「ええ、妥協は許せないもの」
同席していた警官から面会終了を告げられ、彼と別れの挨拶をする。そのあと彼は警官に連れられて面会室を去っていった。
×××
面会室を出てると、比企谷くんの家族の姿はなかった。代わりにスーツ姿の戸部くんと老刑事が立っていた。
戸部くんは私たちに気づくと元気よく手を上げて挨拶してくる。
「おはよー。隼人くーん。それと雪ノ下さん」
葉山くんと私は簡単挨拶を済ます。
しかし、なぜ戸部くんがここに?なぜかスーツを着用している。確か、彼は交番勤務だったはずではなかったかしら?
私の疑問に葉山くんがすぐさま答えてくれる。
「ああ、雪乃ちゃんには言ってなかったね。戸部は4月からこの警察署の刑事課に配属されることになったんだ」
「そーそー、いきなりだったからまじビビったわ〜」
戸部くんは相変わらずの軽口でニカっと笑って言う。
すると隣に立っている老刑事が戸部くんにデコピンをして注意する。
「こら、戸部!おめぇももう刑事なんだからそんな軽口叩くんじゃねぇ」
「ちょっ、痛いっすよー。稲毛さーん」
戸部くんはおでこをさすりながら言う。”稲毛さん”と呼ばれた老刑事は眉間に皺を寄せている。
少々強面で如何にも頑固で気難しそうな外見をしている。例えるなら某大捜査線に登場した名刑事に似ている。こんな人に軽口を叩くなんて戸部くんもなかなかやるわね。
稲毛さんは目線をそのまま私たちに向けて”そちらさんは?”と尋ねてくる。
「申し遅れました。私は警視庁捜査一課の葉山隼人です。今日は昨晩起きた、強盗強姦殺人の件で参りました」
「ほー、お前さんが警視庁にいる戸部の友達ってのは。そんでそっちのべっぴんさんは?」
稲毛さんは表情を変えずに私に問う。
私は間髪入れずに答える。
「私は〇〇弁護士事務所の雪ノ下雪乃の申します。今回の事件の弁護を担当させていただきます」
私たちの名前を聞いて少しばかり驚いたような顔をしてから”そういうことか”と呟く。一体、何がそういうことなのかしら。
私の抱いた疑問は答えてもらえず、稲毛さんはそのまま続ける。
「警視庁のエリート様がわざわざ弁護士を連れて来るためにこんな所までこねぇだろ」
稲毛さんの鋭い指摘に葉山くんは観念した様に話しだす。
「実は今回の事件の被疑者が私と戸部、それから雪ノ下さんの旧友でして」
「そーなんすよー。ヒキタニ君ていうんすけど、絶対そんなことしないつーか」
葉山くんに続いて戸部くんが言う。
稲毛さんは怪訝そうな顔で首を傾げていう。
「ますますおかしいじゃねえか。そんなのが友達だってバレたら出世が遠退くぞ?」
さっきからこの刑事なんなのかしら。稲毛さんの言葉に葉山くんは少しばかり声を荒げて言った。
「私はそういうつもりで警察官になったわけではありません!」
葉山くんの勢いに全く臆さない稲毛さん。
険悪なムードに戸部くんが割って入る。
「まぁまぁ2人とも、熱くならないで。稲毛さん。どーしたんすか?らしくないっすよ」
「俺はいつもこんなもんだろうが」
「すいません。失礼な態度を」
更に悪態を吐く稲毛さん。
一方、葉山くんは先程の発言に対した謝罪する。
「まぁいい。こんな臭え事件に首ツッコマねぇ方が身の為だぞ?」
臭い?それはどういうことかしら。
今まで沈黙を守っていた私が口を開く。
「それはどういう意味でしょうか?」
「そのまんまの意味だよ。何から何まで全然辻褄が合わねえ。こんな臭え事件は久しぶりだぜ。嬢ちゃん、あんたも気をつけな」
私がその続きを尋ねようとしたとき不意に葉山くんの携帯電話がなる。
葉山くんは”すいません”と告げてから電話に出る。一言二言で電話を切り、すぐに会話に復帰する。
「ごめん、雪乃ちゃん。すぐに本庁に戻れと」
葉山くんは軽く頭を下げて言う。
「大丈夫よ。気にしないで」
今の電話で続きを問うタイミングを逃してしまった。すると、稲毛さんは身を見る返して立ち去ろうとする。
「稲毛さん、どこいくんすかー?」
「捜査だよ!バカ」
戸部くんは先を歩く稲毛さんについていく。そして後ろを振り返りながら私たちに手刀をきっている。口は”ごめん”と動いていた。
「あの刑事、なんだったのかしら」
「この警察署じゃ有名人だよ。あの人は」
「あんな人につけられて、戸部くんも災難ね」
「いや、稲毛さんは一見あんな感じだけど、面倒見はいいんだよ。噂で聞いただけだけどね」
葉山くんは去っていく2人を見ながら何か含んだ様な表情で言った。
「ごめん、俺、すぐに戻らないといけないから。今日の夜、時間あるかな?」
「ええ、大丈夫よ。あの刑事が言っていた”臭い事件”というのも引っかかるもの」
私たちは会う約束を取り決め、その場を後にした。