やはり俺の人生はまちがっている。   作:にが次郎

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彼は何も知らぬまま巻き込まれてゆく。

 

 

逮捕されてから5日が経過した。取調室と独房を往復する毎日。逮捕された当初の恐怖や絶望感はとうに消え失せ、やや諦めムードになっていた。もちろん罪を認める気はなかったが、いささか疲れが出始めていた。

 

 

毎日繰り返される半ば脅しとも言える取り調べ。取調室の中は怒号が飛び交い、俺を取り調べる警官は何度も机を叩いた。今の時代にこんな取り調べがまだ現存していたなんてな。

そんな取り調べは着実に俺の心を蝕んで行き、どんどん荒んで行くのが自分でもわかった。

気づけば、独房に戻されても何も考えることが出来なくなるような状態になっていた。ただ時間が過ぎて行くのを待つだけ。

 

 

これは非常にまずい事態だった。

こんなことが続けばいつか心に隙が出来て、ポロと自白してしまうかもしれない。

でも今の俺には何もすることが出来ない。雪ノ下たちが上手くやってくるのを期待するだけ。とてもむず痒い日々だった。

 

 

そして逮捕から6日目を迎えた。

朝、目を覚まし、取り調べの時間を待つ。しかし、いつもの時間よりも早く独房の前に警官が現れた。

 

 

その警官は面倒くさそうに”釈放だ。出ろ”と素っ気なく言った。

なんがなんだか解らないうちに独房から出されて、警察署の裏口に連れて行かれる。

なんの説明もなくただ、”釈放”とだけ伝えられただけ。

警官のそんな粗暴な態度も釈放された嬉しさから特に気にならなかった。

早く、早く皆に謝りたい。その気持ちだけが俺を動かしていた。

 

 

外に出ると、雪ノ下と由比ヶ浜。家族が俺を迎えてくれた。

 

力無く歩く俺を小町が抱きとめてくれた。それに親父とお袋も加わる。

俺はひたすら謝った。それから一頻り、家族の愛を感じた後に雪ノ下にお礼を言う。

 

 

雪ノ下から事件の真相を聞いた。DNA鑑定の結果、別の事件で指名手配されていた容疑者と一致し、真犯人が逮捕されたと。それは葉山たちの尽力のおかげだと言っていた。葉山たちは関係ないが、あんな扱いを受けていた俺は素直に警察に感謝する気にはなれなかった。

今回の事件、特に俺が何かした訳ではないが、どこか釈然としない。なんかあっさりしているというか。まぁ考えても仕方ない。

 

 

そのあと、いろいろ面倒事を済ませて今に至る。

 

 

2日ほど実家に泊まったがなんというか、どう説明すればいいかわからない。なぜか居心地が悪くて、その場に居たくなくて早々に帰ってきてしまった。俺はあの時にちゃんと過去を清算したはずだった。そのはずなのにまだ心の中につっかえて取れない何かがあった。正直に言えば、あの時はその場に流されたような感じもあったが、それでも俺は許そうと思った。なのになぜなのか。わからない。知らず知らずの内に家族を避けてしまっている。もしかすると、俺が負っている心の傷は自分が思っているよりも深いものなのかもしれない。

 

 

釈放から3日経ち、特に何もせずに朝を迎えた。

釈放された直後に社長にお詫びと釈放された経緯を伝えるために連絡したところ、残念ながら解雇を言い渡された。社長はとても申し訳なさそうに話していたが、社長は悪くない。悪いのはあんな事件に巻き込まれた俺だ。

いくら誤認逮捕だったと言えど、客先の手前もあって、さすがに殺人犯に間違われた奴をそのまま雇っている訳には行かないだろう。痴漢で捕まった俺を8年もの間、世話をしてもらったんだ。俺は静かに身を引くことにした。

 

 

俺が任されていた現場は三科が引き継ぐことになったらしい。

三科にも謝罪と釈放されたことを伝えるために何度か電話したのだが、一向に出る気配がなく、折り返しかかってくることもなかった。

俺が突然抜けたせいで、たぶん現場は大忙しだろう。それが落ち着けばその内かかってくるはずだ。

 

 

 

そんなこんなで現在時刻は午前9時を回ったところだ。

絶賛ニートの俺は何もすることもなく、ただだらーと寝巻きのままベット上で横たわっている。

だかしかし、いつまでもこうしている訳には行かない。次の働き口を見つけなければいけない。今、俺が住んでいるアパートも直に出ていかなければならなくなる。このアパートは社長名義で借りている。社長は次の職場が見つかって安定するまでは住んでいてもいいと言われたがそんな訳にもいかない。

今からでもすぐにハローワークにでも行って職を探さなければ。

そう思い立つも、まったく動く気にならない。

 

 

つい先日、逮捕された奴を雇う会社なんてあるのかよ。とか思ってしまい、全然行動に移せない。幸い、貯金はある。だから今まで休まず働いた分、少しの休憩も含めて、のんびり探すことにすれば大丈夫か。

 

 

そして1日経ち、2日が過ぎ。1週間が経って、気づけば1ヶ月経っている。そうなればヒキニート完成だ。

やばい。このままでは予てからの念願であったニートになれる。働かなくていいって最高!俺は自由ダァー!とか考えるもそのあと不安になってくる。

 

 

でもなんだかなあー。やる気がおきないんだよなー。

ベット上で布団に包まりながらゴロゴロと意味のない時間を過ごす。

とりあえず、職を探すのは明日からにしよう。いろいろあって疲れたし、久々に1人でゆっくりできるんだ。今日ぐらいはダラダラしててもいいよね?明日から本気出すから!俺はまだ本気を出していないだけ。真顔。

 

 

そんなことを考えながら二度寝の体勢に入る。春の心地いい陽気に当てられ、早くもウトウトしてくる。そうして意識が飛びかけた瞬間にピンポーンとインターホンがなる。

なんだよ、面倒くせぇ。いいや、居留守にしよう。ごめんね。

 

 

もう一度、寝る体勢に入るも今度は連続でインターホンがなる。

しつけぇな、もう。布団を頭まで被り、完全に無視する。

すると、インターホンは鳴り止んだ。ふう、諦めたか。

安心して寝に入ろうとすると、カチャリと鍵が開く音がする。そして玄関の扉は開かれ、誰かが入ってくる。ええ!まじかよ!なんで合鍵の在りか知ってんだよ!?まぁ玄関の隣にあるポストに入ってるだけど。

 

 

着実に誰かの足音は近づいてくる。布団の中でガクブルしているとその足はベットの前で止まった。

 

ああー、もうダメだ。殺される。

目をぎゅっと閉じて縮こまる。

すると、次の瞬間、被っていた布団が勢いよく剥がされる。

 

 

「ベットの上で布団を被って縮こまって、一体何をやっているのかしら?」

 

 

恐る恐る目を開くとそこにはすこぶる不機嫌そうな顔をした雪ノ下が立っていた。

 

 

 

×××

 

 

 

突然、現れた雪ノ下は腕を組んで仁王立ちしている。

なにをしているのかしらってそれはこっちのセリフだ。なに勝手に入ってきたんだよ。

今の状況を全く理解できない俺を見て、雪ノ下は苛立ちを見せる。

 

 

「いくら電話しても出ないからこうやってわざわざこうやって出向いてきたのよ?感謝なさい」

 

 

携帯を見ると電源が切れていた。三科に電話してからほっときっぱなしだったからか。気づかなかった。まぁそれは悪かったけども。

 

 

「いやいや、全然意味わかんないからね。なんで俺の家知ってんだよ。てか、どうして合鍵の在り方がわかったの?」

 

 

雪ノ下は俺の疑問になんの悪びれもなく答える。

 

 

「三科さんに電話したら快く教えてくれたわ。鍵の在りかも」

 

 

あの野郎、プライバシーもへったくれもありゃしねぇ。

てか、なんで俺の電話出ないのに雪ノ下からの電話は出るんですかねぇ。私、気になります。

 

 

ため息をついてから雪ノ下を見ると、彼女も大きなため息付く。

 

 

「そんなだらしない格好で、髪もボサボサだし、とりあえず顔を洗ってきて頂戴。話はそれからよ」

 

 

言われてから今の自分の格好に気づく。ヨレヨレの着古したTシャツにダサい柄の半ズボン。顔には剃り忘れた髭。髪は寝癖で酷いことになっている。

やだ、恥ずかしい。こんな姿、家族と三科以外には見せたことのない。その場から逃げるように洗面所に向かう。

髭を剃って、顔を洗い、寝癖を直す。

 

 

しかし、雪ノ下の奴。無断で男の部屋に上がってくるなんて昔のあいつからしたらありえない所業だ。

直接に家にまで来たということは、余程大事な用でもあるのだろうか。

まさか、あの事件の弁護代を請求しに来たのか。そんなことを考えながら居間に戻ると、雪ノ下は姿勢正しく座っていた。

 

 

「悪いな、散らかってて。なんか飲むか?缶コーヒーぐらいしかねぇけど」

 

「いえ、お構いなく。その缶コーヒーとやらはあのコーヒーでしょう?」

 

 

雪ノ下は怪訝そうな顔で尋ねてくる。

なんだ、あのコーヒーとは。マッカンは千葉のソウルドリンクだぞ!

仕方なく、自分の分のマッカンを冷蔵庫から取り出し、居間に戻る。

 

 

「男の人の部屋に初めて上がったけれど、酷い有り様ね。キチンと掃除はしている?脱いだ服はそのまま。読んだ雑誌のそのままだし、あら?あの本はなにかしら?」

 

 

雪ノ下は部屋に隅に置いてある〇〇本を指差して言う。

まずい。ひっじょーにまずい。散らかってるのは仕方ないとして、あの本が見つかったのは非常まずい。

なんで隠しとかないのかって?だって普段、三科以外に誰も来ないし、そんな大事なものでもないし、隠す必要もないかなって。まさか抜き打ちで雪ノ下が訪問してくるなんて予想外にもほどがある。

 

 

雪ノ下は立ち上がり、その本を手に取ろうとする。俺は光の速さで雪ノ下を制してからその本を取り、ゴミ箱に突っ込む。

 

 

「なにをするのよ。危ないじゃない」

 

「なにするのはこっちのセリフだ!人の部屋に上がり込んで勝手に物色するな」

 

 

雪ノ下は眉間に皺を寄せて見るからに不機嫌そうな態度を取る。いや、お前さ。これがなにか気づいてんだよな?

雪ノ下はその顔のまま周囲を見渡す。ふふん、この部屋にはそういう雑誌は他にない。あの雑誌はそのまま出しっぱなしだったけど、他の大事な〇〇グッズやDVDの類はちゃんとしまってある。俺に抜かりはない。

 

 

「では、こちらの本はなにかしら?」

 

 

しまった、ぬかった!

 

雪ノ下は満点の笑顔で1冊の本を手に取る。その表紙には下着姿の派手めの若い女性が写っていた。

それを見て俺は目を丸くする。え?そんな本、いつ買ったっけ?ふと、記憶を巡る。そして思い出す。それは逮捕される前に三科がコンビニで買って俺の家に忘れていったものだ!

雪ノ下はふむふむ言いながらペラペラとページをめくる。

雪ノ下がそんな本を読んでいる姿を見ると何かくるものがあるな。

 

 

「へぇー。あなたはこういう女性が好みなのね。今度、由比ヶ浜さんに伝えておくわ」

 

「ち、違う!それは三科が勝手に置いていったものだ!てか、なんで由比ヶ浜が出てくんだよ」

 

 

雪ノ下はあの悪い笑みを浮かべている。どうやら俺の弁解は意味をなさないようだった。

 

 

「では、こういう女性は嫌い?」

 

「いや、きら、、。なに言わせようとしてんだよ!」

 

 

危ねぇ、うっかり認めるところだったぜ。いや、でも男はみんな好きだよね?黒ギャル。

 

 

俺は深呼吸して落ち着きを取り戻そうとする。つか、こんな女性が男の家に遊びに来たときのお約束みたいなことをしに来たわけではあるまい。

雪ノ下は再び、住まいを正してこちらを向く。

 

 

「ごめんなさい。おふざけが過ぎたわね。そのあれからどうかしら、生活の方は」

 

 

なんだ、そんなことを気にして来たのか。意外に優しいところあるんだな。

 

 

「いや、普通だよ。所詮、人間なんてタンパク質と電気信号で動いてるからな。何ともねぇよ」

 

 

雪ノ下はまた大きなため息をついてから、目を伏せて、こめかみに手をやる。お決まりのポーズですね。

 

 

「やはり、腐っているようね」

 

 

腐ってるとは失礼な。俺は人間の動く構造原理を解いただけだ。それに百歩譲って腐っていたとしてもあんなことがあった後だ。仕方ねぇだろ。

 

 

「結局、今日はなにしに来たんだ?」

 

 

雪ノ下は真っ直ぐ俺を見据えて、口を開く。

 

 

「今日、私がここに来たのは、比企谷くん。あなたに仕事を紹介するためよ」

 

 

仕事?はて、そんなこと頼んだ覚えはないが。というか、仕事をクビになったことは家族にしか伝えていないんですけど。

 

 

「三科さんから聞いたわ。勤めていた会社を解雇されたと。だから、今、あなたは絶賛ヒキニートでしょう?」

 

 

またあの野郎か。あいつ口軽いなー。別に隠してたわけじゃないけど。

 

 

「そうだけど、”ヒキ”はいらねぇよ」

 

「あら、さっき布団の中に引きこもってたじゃない。比企ニートくん?」

 

「いや、お前。それが言いたいだけだろ」

 

 

雪ノ下は悪い笑顔で言う。本当に楽しそうですね。ふざけるのやめるんじゃなかったのかしら。

俺の不服そうな視線を感じたのか、雪ノ下は咳払いをしてから今日、ここに来た理由を説明し始めた。

 

 

「あんな事件に巻き込まれて、あなたのせいではないけれど、現在職を失っているでしょう?だから、あなたにぴったりの就職先があるから紹介しに来たのよ」

 

「ぴったり?見るからに怪しいんですけど」

 

 

俺の疑うような言葉を聞いて、雪ノ下はムッとした表情をする。

 

 

「なにかしら?せっかく紹介してあげると言っているのに。それにあなた、このアパートも直に出なければならないのでしょう?今回、私が紹介する職場は住み込みで働けるところよ」

 

 

はぁ、もう何から何まで筒抜けなのね。俺のプライバシーは一体どこへ?

 

 

「まぁ、紹介してくれるのは有難いけどよ。俺みたいなのを雇ってくれるのか?」

 

「ええ、話はもう通してあるわ」

 

 

へぇ、随分と話が早いこと。てか、さっきから肝心の仕事内容が全く説明されてないんですけど。

 

 

「それは現地に行ってからのお楽しみよ」

 

 

雪ノ下はとてもいい笑顔でそう言ったのだった。

 

 

 

×××

 

 

 

寝間着から私服に着替えると当然の如く雪ノ下からダメ出しを受け、雪ノ下流ファッションチェックを受けてから家を出た。

しかし、雪ノ下がわざわざ家にまで来くるほど大事なことなのだろうか。着替えている最中もすごく急かされた。起きたばかりなんだからもうちょっとゆっくりさせてくれてもいいのに。

 

 

外に出ると、雪ノ下の自家用車が止まっており、それに乗り込んで出発する。ゆきのん、免許持ってたんですね。

 

 

「いい加減、行き先ぐらい教えてくれよ」

 

「ダメ。着いてからのお楽しみよ」

 

 

はあー。もう嫌な予感しかしないんですけど。しばし、車に揺られること20分。だいぶ都会の方に出てきた。そして着いたのは4回建ての雑居ビル。看板を見ると、1階は飲食店。2階は清掃業者の事務所。3階は空いていて、4階には探偵事務所と書いてあった。

 

 

俺に飲食業は無理だ。探偵事務所もないな。ということは2階にある清掃業者で決まりだな。雪ノ下とどういう繋がりで俺に紹介してきたのだろう。まぁそんなことはどうでもいい。雪ノ下には悪いが清掃業というのはたぶん俺には向いていない。わざわざ何も伝えずにここまで連れてきたのは俺が拒否するのをわかっていたからだろう。てか、連れて来られても嫌なものは嫌だ。

 

 

「さぁ行くわよ」

 

 

車から降りて颯爽と歩く雪ノ下。

しかし、俺は立ち止まっている。きっとついて行ってしまったら、強引に就職先が決定されてしまう。掃除のおじさんになるのは嫌だ。一層の事、バックれてしまおうか。今ならまだ間に合う。ここからダッシュで逃げれば何とかなりそうだ。雪ノ下って足速かったっけ?ふと、昔の記憶を辿る。速かったかどうかはわからないが持久力はないはずだ。確か、高校時代のマラソン大会も途中棄権させられていた気がする。

 

 

そんなことを考えていると、俺がついてこないことに気づき、雪ノ下は立ち止まってから俺を一瞥すると、落胆したように言う。

 

 

「まさかここまで来て怖気付いたわけじゃないでしょうね」

 

「いや、そういう訳じゃねぇよ」

 

 

そう言って俺は笑らいながら誤魔化す。

そんな俺を見て、なぜか雪ノ下も笑顔になる。そして片足を軽く上げて、所謂、ケンケンのような体勢をとる。そして次の瞬間、目にも留まらぬ速さで一瞬のうちに俺のと距離を詰める。こ、これが噂の神速の縮地!(この表現はあくまで比喩です)

 

 

そうして雪ノ下は俺の前に立ち、物凄いいい笑顔になる。

 

 

「比企谷くん?逃がさないわよ?」

 

「ひっぃ!」

 

 

後ずさる俺の腕を小さな手でガシッと掴みながら言った。

なんでそんな笑顔なのに、そんな冷たい声が出るんですかね。さすが氷の女王だ。

 

 

「なにか?」

 

「な、なんでもないです、、」

 

 

というか何も言ってないです。またエスパーしやがって。雪ノ下はその笑顔まま、少し首を傾げている。くそ、その仕草やめろ。めっちゃ可愛いじゃねぇか。

 

雪ノ下はギュッと俺の腕掴んだまま、体をくるりと回して引っ張るようにして雑居ビルの中に向かって歩いて行く。

 

 

はぁ、もう逃げるのは無理そうだ。諦めよう。俺は渋々、雪ノ下について行く。

雑居ビルのエレベーターの前まで来ても雪ノ下は腕を離してくれる様子は無い。

 

 

「もう逃げようとしたりしねぇから、離してくれよ」

 

「いやよ。信用できないもの」

 

 

雪ノ下はプイッと顔を背けたままだ。

あれー、おかしいな。ちょっと前まで”あなたを信じているもの”とかめっちゃ言ってくれてたのに。

そんなことを考えていると、エレベーターが1階まで降りてくる。

乗り込むと雪ノ下は2階ではなく、4階のボタンを押した。あれ?4階は確か。

 

 

「雪ノ下。清掃業者の事務所は2階だぞ。4階じゃない」

 

「何を言っているのかしら。あなたの就職先は清掃業ではないわよ。それとも掃除のおじさんになりたいのかしら?」

 

「いえ、なりたくないです。てか、なんで4階なんだよ。4階には探偵事務所しかないだろ。そこになんの用事があるんだ?」

 

 

「ひ・み・つ」

 

 

なんて破壊力なんだ、、、。

雪ノ下は片目を瞑って、ウインクをしながら空いている方の手の人差し指を唇に当てながら言った。

並の男なら1発でに落ちている。耐性のある俺でもやばかった。

そんなやりとりをしているうちに4階に到着する。

わかった。今のは俺を骨抜きして抵抗できないようにしてから連行しようとして狙ってやったんだな?恐るべき武器を持っていらっしゃる。

 

 

だがしかし、俺には効かないぜ!

 

 

「なんだよ。急に」

 

「そこになんの用事があるのか、し・り・た・い?」

 

 

雪ノ下は顔を近づけて、濡れた瞳で俺を見つめながら、普段とは違う色気のある声で言った。

 

 

「し、しりたいです」

 

 

うーん、見事に骨抜きされましたね。はい。てか、エレベーターという密室の中でこんな美人に迫られた落ちない奴いないよ。

雪ノ下も大人になったな。こんな汚い手を使ってくるなんて。普段の雪ノ下なら絶対こんなことをしない。そんなに俺をそこに就職させたいのだろうか。

 

 

「では、行きましょうか」

 

 

エレベーターの扉が開くと、すぐに普段の雪ノ下に戻って、俺の手を引く。俺はされるがままに連れて行かれる。

 

 

エレベーターを出て、すぐに右側に探偵事務所の看板が入った扉が見える。そこまで行くと、雪ノ下はようやく腕を離してくれる。

 

 

「では、入るわよ」

 

 

俺は意を決して、その扉を潜った。

 

 

 

×××

 

 

中に入ると、すぐ目の前に来客用の革製のソファが木製のテーブルを挟むように向かい合って置いてあり、テーブル上には大きなガラス製の灰皿がある。

 

 

その先には、大きなデスクがあり、その上にはデスクトップのパソコンとサブモニター。その周りは書類などで少々、散らかっている。その右隣にはホワイトボードがあって、いろんな写真やらメモ書きやらが貼り付けてある。

如何にも探偵事務所という感じだ。

 

 

そして、さらにその先に1人の女性が立っている。その女性は俺たちに気づくと窓のブラインドを覗くような素振りをやめて、こちらに振り返る。

 

 

「おはようございます、市原さん。彼を連れてきました」

 

 

「おはよう、雪ノ下くん。ご苦労だったね。それから、、、」

 

 

その女性は問うような目線を送ってくる。

 

 

「ああ、比企谷です」

 

「そうか、まぁ座ってくれ」

 

 

そう言われて、雪ノ下ともにソファに座る。おおスゲェ、このソファふっかふかや。

 

 

「まずは自己紹介だ。私は市原杏里(いちはらあんり)。この探偵事務所を経営している」

 

 

その女性はデスクの後ろにある高そうな椅子に座りながら言った。髪は灰色がかった黒い綺麗なロング。ワイシャツの前を大きく開けて、豊満な胸を惜しげもなく披露している。谷間が丸見えだけど、それ下着つけてるのかしら?

下はややローライズのショートパンツ。そこから伸びる太過ぎず、細すぎない素晴らしい美脚は黒いストッキングに包まれている。まさに男の理想するような女性だ。オトナの色気が満点。エッロい。

 

 

しかし、そんな女性が俺になんの用事があるのか。

そんな疑問を浮かべていると市原と名乗った女性が口を開く。

 

 

「私は今、この探偵事務所を1人で切り盛りしていてね。丁度、助手を探しているところなんだ。それで雪ノ下くんから有能な人材がいると聞いてね」

 

 

え?は?助手?

なにこれ、超展開!

訳も分からず連れてこられて、いきなり助手ならないかなんて。なんか昔にそんな漫画あったな。いや、そうじゃなくて。

雪ノ下に訝しむ目線を送ると、ペロッと可愛く舌を出している。くそ、可愛いだけじゃねえか。

 

 

「どういうことだ。雪ノ下」

 

「あなたも丁度、職を失っているところでしょう?だから、win-winよ。win-win」

 

 

そんな言葉を使っても誤魔化されないぞ。2回言ってもダメだ。

 

 

「まぁ突然、助手と言われても困惑すると思うが、単純に私の仕事を補佐してくれればいい。慣れてくれば、簡単な依頼なら任せても構わない。あとは、そうだな。この事務所の管理だな」

 

「簡単に言うと雑用ってことですか」

 

 

市原さんとやらは俺の言葉を聞いて、驚いたよう目を開いてから、とても可笑しそうに笑う。

 

 

「ふふ、雪ノ下くんから聞いた通りだな。ますます興味が湧いた」

 

 

いや、湧いてんのはあんたの頭だよ。雪ノ下の奴、どうせ俺が捻くれ者とか言ったんだろ。

 

 

「いや、俺はつい最近その、、、」

 

 

市原さんは俺の言葉を遮るように言う。

 

 

「雪ノ下くんから話は聞いている。誤認逮捕だったのだろう?その事なら気にする事はない」

 

 

くそ、断る理由を1つ潰された。

 

 

「それから君は今、住むところにも困っているのだろう?このビルの4階のフロアは半分ほどウチが借りている。余っている部屋がいくつかあるんだ。そこを自由に使ってもらって構わない。もちろん、家賃などは取るつもりはないよ」

 

 

ええ?!雪ノ下が住み込みで働けると言っていたが、ここに住むの?確かに魅力的な話だが、こんな美女と2人で?

 

 

「大丈夫だ。私にはちゃんと家がある。私がいない間は、ここは事実、君だけの家になる」

 

 

ああ、帰っちゃうのね。ちょっと残念。その気持ちを顔に出したつもりはなかったのだが、尽かさず雪ノ下にエスパーされる。

 

 

「比企谷くん?」

 

「な、なんでもないです」

 

 

心を読まれて、居心地が悪くなっていると市原さんは今度は給料に関する話を始める。

 

 

「給料だが、最初のうちは固定給にさせてもらうが、君が一人前になって、1人でも仕事をこなせるようになり、頑張ってくれればその分給料も弾むつもりだよ」

 

 

まぁともあれ、そんなに悪い話ではないようだ。しかし、引っかかるところはまだある。

俺は”1ついいですか?”と前置きしてから言う。

 

 

「なんで俺なんかを助手に?さっき有能とか言ってましたけど、俺は大した能力もないですよ。ましてや探偵業なんて全く素人だ。探偵の仕事なんてテレビや小説で少し聞きかじった事のある程度だし、とても役に立てるとは思えないんですけど」

 

 

市原さんは少し考えるような素振りを見せてから口を開く。

 

 

「全くの素人ではあるまい?高校時代に似たような内容の部活をやっていたのだろう?」

 

 

そんなことまで知ってるのかよ。雪ノ下め、要らんことまで教えやがって。

雪ノ下の方を見るとやけにニコニコしている。なんでそんな機嫌良さそうなんだよ。てか、普段からそうしていればさぞやモテるだろうに。

 

 

「それに1つの理由としては、君の洞察力や判断能力。それも雪ノ下くんから聞いている。それから前職から察するにガタイもいいし、体力もあるだろう。探偵業は時折、そういった要素も必要になるからな」

 

 

要するに危ない目に合うかもよってことだよね、それ。

 

 

「それから強いて挙げるなら、君の持つ経歴かな」

 

「経歴?」

 

 

俺ははてなマークを添えて尋ねる。

 

 

「こう言っては君に失礼かもしれないが、君は2度も冤罪で逮捕されているのだろう?私は今、ある事件を追っていてね。その君の運の悪さが役に立つときがくるかもしれない」

 

 

不思議と怒りとかそういう感情は湧き上がってこなかった。それよりも”はぁ?何言ってんだ、こいつ”見たいな呆れの方が強かった。

まぁこの市原杏里という女性が変人ということはよくわかった。

 

 

「で、どうかね?私の助手になる気はないか?」

 

 

市原さんはそう尋ねてきた。

雪ノ下も頼み込むような目線を送ってくる。一応、雪ノ下には借りがある。彼女がわざわざ俺を家に迎えに来てまで紹介してくれたのだ。さすがにそれを無碍にはできまい。

はぁ、このまま断り続けてもこの2人が折れてくれるようには思えなかった。仕方ない、気は進まないが必要とされているならやりますか。

 

 

「まぁ最初はお試しでやらしてもらえるなら」

 

 

俺の了承を聞いて2人はぱぁと明るい笑顔になる。そんなに嬉しかったの?

 

 

「そうか!ならこれからよろしく頼むぞ。助手くん!」

 

 

 

 

こうして比企谷八幡は探偵になるのであった。

 

 

 

 

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