やはり俺の人生はまちがっている。   作:にが次郎

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彼は正装を手に入れる。

 

 

探偵業についてから1週間。引越しも完了し、ひと段落したところである。結局、三科とは連絡が取れず、引越しは戸塚と材木座に手伝ってもらった。

 

 

それから仕事のことだが杏里さんの言った通り、この事務所の掃除から始まった。事務所自体はそれほどでもなかったのだが、過去の依頼など書類や使わなくなった備品などが押し込められていた倉庫はとんでもない有様だった。何十年前のものかわからない古びた手書きの書類やかなり年代物であろう備品が部屋に収まりきらないほどあった。この探偵事務所は杏里さんの叔父の代からだそうだ。その頃も思い出の品も数多く保管されていた。

 

 

いらないものと必要なものを杏里さんに確認をとりながら分別していく作業は丸3日かかった。どんだけほったらかしなんだよ。

叔父さんが亡くなってからずっと杏里さん1人で切り盛りしてきたらしいから、まぁ仕方のないことなのかもしれないが。

 

 

その他にもいろいろ掃除や片付けをしながら探偵の仕事を見てきた。

浮気調査や法人による依頼。企業信用調査、市場調査など。

よく耳にする一般的なものから、なんだかよくわからない堅苦しそうなものまで様々だ。ちなみに殺人事件などに探偵が関わることは殆どないそうだ。なんだよ、俺は比企谷八幡。探偵さ!って言いたかったのに。

 

 

それから1番数多く依頼されるのが、上記にもある通り、浮気調査だ。多いときは月に5、6件なんてザラだそうだ。今までで1番修羅場にだったのは、3人の女性から依頼を受け、その対象の人物が同一人物だったことがあるらしい。要は3股だ。なんか身近にそんなことしてる奴いたな。

 

 

まぁそんなこんなで1週間が過ぎ、明日から本格的に助手の業務に就くことになった。

 

 

「助手くん。仕事の方は大体把握したかな?」

 

「はい、なんとかなりそうです」

 

 

杏里さんはデスクの椅子に足を組んで、悩ましそうに顎に手をやる。

 

 

「服装のことなんだが」

 

 

服装?首を捻っていると杏里さんは自分の財布からクレジットカードのようなものを出す。

 

 

「これでスーツを購入してきたまえ」

 

「スーツですか?」

 

「ああ、助手といえど、探偵業に就くものは昔からスーツと決まっている」

 

 

その割にはあんたは着てないけどな。今日も今日とて、ワイシャツのボタンを開け放ち豊満な胸を曝け出し、下もショートパンツに黒いストッキングだ。ちなみに日によってワイシャツとショートパンツの色が変わる。

黒いワイシャツを着ている姿は破壊力満点だった。

 

 

「君が持ってきた衣類の中にはそういう類のものは見当たらなかった。持っていないのだろう?」

 

「ええ、着る機会もなかったので」

 

 

そういえば、俺は生まれてこの方スーツを着たことがない。結婚式や葬式に行ったことはないし、成人式にも出ていない。

 

 

「まぁ、突然そう言われても戸惑うだけだと思うから、君には今から教える店に行ってもらう。そういう正装を広く取り扱っている叔父の代から付き合いのある老舗だ。そこかで私の名前を言えばわかるように話を通しておこう」

 

「はぁ、わかりました」

 

 

それから言われるがままに事務所を出た。

 

 

×××

 

 

 

 

事務所から徒歩15分ほどでその店に辿り着いた。近いな。

とりあえず来てみたものの、杏里さんが言う店は見るからに敷居が高そうな店だった。さすが老舗というだけある。

意を決して店に入ると出迎えてくれたのは思いも寄らない人物だった。

 

 

「いらっしゃ、、、。比企谷!?」

 

 

青身がっかった長い髪を頭の高いところに色鮮やかなシュシュで縛っていて、前髪は高校時代から変わらず少し短い。元々、大人っぽかったが、化粧をしているせいもあって昔よりもずっと大人びた印象だ。久々に聞いたな、そのハスキーボイス。俺の誕生会以来か。

 

 

「よ、よう。久しぶりだな。川崎」

 

 

びっくりして普通に名前呼んじゃったよ。こいつとの鉄板ネタ、川なんとかさん忘れてた。

 

 

「なんであんたがここに?」

 

「いや、スーツ買いに来たんだけど」

 

「あっ、ごめん。そうだよね。というか、あんた、逮捕されたって聞いたけど!」

 

 

一瞬、恥ずかしそうな表情したと思ったら、急に目を見開いて思い出したように尋ねてくる。てか、知ってたんだな。

 

 

「ああ、雪ノ下とかが頑張ってくれてな。無事、無罪放免で保釈されたよ」

 

「そっか。雪ノ下って弁護士になったんだっけ。へぇー、雪ノ下たちとまだ仲良くやってんだ」

 

「おかげさまで。つーか、川崎。お前は何やってんだ?」

 

「わ、私は、バイトだよ。ここ、親戚の店だから」

 

 

 

確か、川崎は介護職に就いたと聞いていたが。そう尋ねると、川崎はまた恥ずかしがるような表情になる。忙しいなこいつ。

そういえば店の看板に”川崎”と入っていたな。ハチマンナットク。

 

 

そんな会話をしていると、奥から店の主人であろう、年配の男性が顔を出す。その男性は優しい笑顔を浮かべて尋ねてくる。

 

 

「いらっしゃいませ。比企谷様でいらっしゃいますか?」

 

 

俺は頷いて答える。

 

 

「そうですか。市原様からお話は聞いております。さっ、どうぞ中へ」

 

 

そう言って店の奥へと通される。

そこには杏里さんの言っていた通り、様々な紳士服が取り揃えられている。他にも女性用の品々も取り扱っているようだ。

 

 

「今日はどのようなものをお探しで?」

 

 

しまった。どんなスーツを買えばいいか聞いてくるのを忘れた。

くそ、なんて言えばいいんだ。スーツの知識なんて全くない。

 

 

「えーと、その、たっ、探偵ぽいやつを、、、」

 

 

ああ、恥ずかしい!

なんだよ、探偵ぽいやつって。なんの捻りもねぇ!別にボケてるわけじゃないか。

俺の言葉に反応したのは店の主人ではなく、川崎だった。

 

 

「市原って聞いてまさかとは思ったけど、あんた、市原さんのところで働いてんの?」

 

「なんだ。知ってるのか?」

 

「知ってるも何もあの人はうちのお得意さんだよ。うちで扱ってるすごく高い海外の有名ブランドのワイシャツを月に何着も買ってくれる」

 

 

あのワイシャツ、シルク生地で凄い高そうだったけどやっぱり高かったのか。あの人、セレブだな。

 

 

「あれ、沙希ちゃん、知り合いかい?」

 

「ええ、高校時代の同級生です」

 

「そうか、それなら話は速い。沙希ちゃん、彼に似合うスーツを見繕ってやってくれないかい?」

 

 

川崎は渋々了解する。え、なに、嫌なの?というか、些か、丸投げされた感があったけど気にしない。

 

 

「どういうのがいいの?色は?」

 

「色は黒で、あんまり堅苦しくないやつで」

 

「じゃこういうのは?」

 

 

川崎は一着手にとって、俺に見せてくる。どれどれ、デザインは悪くない。今時のスーツという感じた。さて、値段は、、、。じゅっ、15万んっ!?まさかの二桁。

 

 

「あ、あの、もうちょっとお手頃なのをお願いします」

 

「あ。ごめん。デザインはこういうのでいいの?」

 

「ああ、そんな感じで頼む」

 

 

そこからしばらく2人で適当なものを探した。

そして、値段もそんなに張らないさっきのものとさほど変わらないデザインのスーツを見つけ、試着してみる。

 

 

「ああ、これでいいよ。これ2着くれ」

 

「まいどあり。じゃあ手直しするのに採寸するから薄着になって」

 

 

スーツを脱いで、Tシャツ姿になる。川崎は俺からスーツを受け取って店の店主に渡す。そして俺のところに戻ってきて、ポケットから巻尺を取り出す。

 

 

「腕上げて」

 

 

言われた通りにすると、川崎は巻尺を伸ばして俺の胸に回す。それから腰、腕と細かくメモを取りながら採寸していく。

同い年の女性、それも高校の同級生に自分の体を触られるとなんだか変な気分になる。川崎の髪からはシャンプーのいい匂いがするし、屈んで俺の腰を測ってる時に谷間が見えた。なんか最近、ラッキースケベ多いな。

 

 

「なに?」

 

「なんでもないです」

 

 

睨まないで、怖いから。

その睨みは高校の時から変わらないですね。

採寸を終えて、ようやく煩悩から解放される。

 

 

「2、30分で終わると思うからそこにかけて待ってて。なんか飲む?」

 

「いや、大丈夫。それより川崎が手直しするのか?」

 

「そうだけど、なんか文句ある?」

 

「いや、ないけど」

 

 

だから、怖いから睨まないで。

そういえば川崎は裁縫の類は得意だったな。文化祭でも体育祭でも衣装作ってたっけ。介護職よりこっちの方が向いてるんじゃないか?

 

 

そんなことを考えていると、店の店主が口を開く。

 

 

「沙希ちゃん、手直しは私がやるから休憩行って来なよ」

 

 

そう言われて川崎は少し悩んでいたが、もう一度店主に促されてそれに応じる。

そして2人で店の前にある自販機の前までやってきた。

 

 

「なに飲む?」

 

「いや、いいよ」

 

「スーツ、2着も買ってくれたんだから奢るよ」

 

 

川崎に押されて了承する。

 

 

「んじゃ、マッカンで」

 

「あんた、ホント好きだよね。太るよ?」

 

 

川崎は少し意地悪そうに言う。

大丈夫。まだ気にするような年じゃない。

 

「あんたの友達、えっと、、、。ざい、ざいもく」

 

「材木座な」

 

「そう、それ。あんたも材木座みたいになっちゃうよ?」

 

 

それは材木座に失礼だろ。というか、この間あいつに会ったらまた少し痩せてたぞ?

川崎からマッカンを受け取ると隣にあるベンチに腰掛けて、缶のふたを開ける。

 

 

「じゃっ、頂きます」

 

「どーぞ」

 

 

くうー、やっぱりいつ飲んでも変わらないこの味、この甘さ。最高だぜ。

マッカンを勢いよく煽って一息つくと、川崎が尋ねてくる。

 

 

「それにしてもあんたが探偵とはね。どういう経緯?」

 

「なんか雪ノ下が杏里さんの知り合いでな」

 

 

それから簡単に経緯を説明する。それを聞き終えると川崎は意外そうな顔をする。

 

 

「市原さんを名前呼びしてるのなんか笑える」

 

「呼べって言われたんだよ。知らんけど」

 

 

川崎は楽しそうに笑いながら先ほど購入した紅茶に口をつける。

 

 

「そういや、お前こそなんでバイトなんかしてるんだ?介護職の仕事はどうしたんだ?」

 

「介護の仕事は続けてるけど、、、」

 

 

川崎の言葉はどんどん尻窄みになっていく。どうしたんだ?

川崎は下を俯いて、言いづらそうにモジモジしている。その癖は変わらないな。里芋の煮っころがし。

 

 

「笑わない?」

 

「なんか訳があるのか?別に笑ったりしねえよ」

 

 

俺の言葉を聞いて、話す気になったのか、こちらを向く。

 

 

「私の妹、京華って覚えてる?」

 

「ああ、けーちゃんな。覚えてるよ」

 

 

けーちゃんと呼んだのがまずかったのか、川崎は少し控えめに睨みを利かせてくる。だから怖いって。

 

 

「その、京華がね。今度、中学に上がるんだけど」

 

「ほー。でかくなったな」

 

 

まぁあれから8年も経ってるんだから当たり前か。他人の子供は育つのが早い。子供じゃねえか。

 

 

「それでね、中学に上がったらテニスがやりたいって」

 

 

そう言うと川崎はまた下を俯いてしまう。

 

 

「その、あんたは知ってると思うけど。うち、兄弟多いからさ、経済的に余裕なくて」

 

 

そういえば高校の頃もそんな理由で深夜にバイトしてたっけな。

まぁここまで聞けばなんとなく察しが付く。

 

 

「その要費をお前が出してやろうってか」

 

 

川崎は黙って頷く。でも普通に仕事をしているのだからそれくらいは出せそうだが。テニスってそんなに金がかかるのか?

 

 

「その介護の仕事は大変な割には給料が安くてね。私が1人で暮らしていくので手一杯」

 

「そうなのか」

 

 

噂では聞いたことがあったが、やはり介護の仕事はいろいろキツイんだな。

 

 

「私は親にいろいろやらせてもらったのに妹にやらせてあげられないのは可哀想で」

 

「相変わらず、兄妹思いなんだな」

 

 

俺の言葉を聞いて、川崎は顔を赤くする。

 

 

「ば、バカじゃないの!」

 

「へいへい」

 

 

その口癖も治ってねぇな。昔、罵倒されたときのそのまんまだ。

しかし、テニスと言えば。

 

 

「テニスなら戸塚に相談したらどうだ?」

 

「戸塚にならもう相談したよ。来年から通う中学に戸塚が勤めててね、テニス部の顧問やってるだって。だからテニスを始めるのにいろいろ相談に乗ってもらって、、、」

 

「もらってどうしたんだ!?」

 

 

川崎の言葉を遮って尋ねる。

川崎は少し困惑したように続ける。

 

 

「高校時代はあんまり関わりがなかったんだけど、テニスのことで相談したら快く相談に乗ってくれて、、、」

 

「それで、それで!?」

 

 

俺の急かすような態度に川崎は怪訝そうな表情する。

 

 

「なに?急にがっついて」

 

「いや、そのだな」

 

 

俺が言葉に詰まっていると川崎は何か思いついたように言う。

 

 

「ああ、あんた。戸塚のこと」

 

「言うな!それ以上!」

 

 

川崎はプッと吹き出して笑う。何がおかしいんだ!

 

 

「あんた、高校んときからそうだよね」

 

「なにがだよ」

 

「なんでもない」

 

 

川崎はまだ笑っている。だから何がおかしいんだって!

 

 

「話戻すけど、戸塚は快く相談に乗ってくれて。いろいろ教えてくれたりしてさ。今、休みの日とかに京華にテニス教えてくれたりしてる。京華もすっかり懐いちゃって」

 

「そりゃ戸塚だからな」

 

 

川崎は少し照れたようになりながら、恥ずかしそうにそっぽを向いて言う。

 

 

「高校の頃はなんかナヨナヨしてて男らしくないと思ってたんだけど、なんか案外頼り甲斐があってね」

 

「ああ、戸塚は頼り甲斐があるぞ。だって天使だもん」

 

「は?」

 

 

川崎はなに言ってんだこいつみたいな目を向けてくる。

 

 

「すまない、妄言だ」

 

 

ふと、我に帰る。はあ、戸塚が川崎とかあー。あまり触れてこなかったけど、戸塚は男だからな。この歳になればいい感じになる女性の1人や2人くらい現れるか。

よし!意を決して聞いてみよう!

 

 

「その、付き合ってるのか。戸塚と?」

 

「そこまでは行ってないけど」

 

 

 

ああ、よかった。俺の戸塚は守られた。

 

 

 

「って、なんであんたにこんなこと言わなきゃなんないの」

 

「いや、話してきたのはそっちだぞ」

 

 

川崎は顔を赤らめて、またそっぽを向いている。まぁ意外な組み合わせだが、悪くはないか。

川崎はしばらくそのままでいたが飽きたのか違う質問をぶつけてくる。

 

 

「あんた。由比ヶ浜とはどうなの?」

 

「どうなのって?」

 

「進展はないの?」

 

「別にねえけど」

 

 

はて、なぜ、ここで由比ヶ浜の話が出てくるのだ。俺が首を傾げていると川崎はジト目で見てくる。

 

「ヘタレ」

 

「なんだよ」

 

「ヘタレ!」

 

「2回言うことねぇだろ」

 

 

まぁ、俺もそんなに鈍感ではないが、まだそういう状況には至っていない。

 

 

「こりゃ、あいつも大変だね」

 

「どういう意味だよ」

 

「教えない」

 

 

川崎は勝ち誇ったような顔をしている。なんなんだよ、もう。

そんな会話をしていると店主から声がかかる。どうやらスーツが出来上がったようだ。

俺はカードで支払いを済ませてスーツを受け取る。

 

 

「もし、不具合があったり、解れたりしたら持ってきて。ただで直してあげるから」

 

「ほお、アフターケアもバッチリだな」

 

 

川崎は”当たり前でしょ”と言わんばかりの顔だ。さすが古くからある老舗。

 

 

「それじゃ、ありがとな」

 

「うんん、気をつけてね」

 

 

そんな言葉を交わして、店を出る。店の扉を閉める時、”ありがとうごさました”と元気のいい声が店に響いていた。

 

 

×××

 

 

 

事務所のある雑居ビルまで戻ってくると、駐車場に雪ノ下の車があった。

俺が真面目に働いているか様子でも見に来たのか?それともまた依頼でもあるのか。なんにせよ、弁護士って意外に暇なんだなとか思いながら事務所の前までやってくる。

 

 

なにやら中から賑やかそうな声が聞こえる。お客さんかな?

俺は事務所の扉を開ける。

 

 

「戻りましたー」

 

「あっ!本物だ!本物の先輩だぁ〜!」

 

「え?」

 

 

俺はその声の主の姿を見て、目を丸くする。かつて、俺が総武高校の生徒会長に仕立て上げた人物。”一色いろは”がそこにはいた。

突然の登場に困惑して言葉をなくしていると彼女は得意のあの甘ったるい声で喋り出す。

 

 

「えー、先輩、私のこと忘れちゃったんですかー?酷〜い。私ですよ、一色いろは♪」

 

 

最後に♪が見えたのは気にしない。

 

 

「いや、忘れてねぇけど。急だったからびっくりしただけだ。まぁ久しぶりだな」

 

 

俺の言葉を聞いて立ち上がり、とてとて俺の前までやってくる。

 

 

「先輩、遅いですよー。それから今までなにやってたんですかー?」

 

 

俺の前にずいっと顔を出してものすごくいい笑顔で言う。

”今までなにやってたんだよ。遅せんだよ、登場させるのが”みたいな意味が含まれていそうだ。べ、別に忘れてた訳じゃないよ?

 

 

「いや、悪い。ちょっと買い物をな」

 

「なに買ってきたんですかー?」

 

「仕事用のスーツだよ」

 

「へぇー」

 

 

うわ、スッゲェどうでも良さような返事。興味ねぇなら聞くなよ。

 

 

「てか、先輩テンション低くないですか?可愛い後輩と久々に再会したっていうのに。ほら、もっとテンション上げていきましょうよ?満を持しての一色いろはの登場ですよ!!」

 

「そんなこと言われてもだな」

 

 

確かに、話数ももう20話近いのに原作での主要人物の中で登場していないのはこいつだけだ。何度か登場させるタイミングはあったんだけど、スペースが足りなくて。ほら、原作でも登場するの結構巻数進んでからだし。本当に忘れてた訳じゃないからね?ごめんね、いろはす。

まぁいろはすって名前だけなら何度か登場していたけど。

そういえば一色に確認しなければいけないことがあった。

 

 

「一色、お前、自販機の声当ての仕事やったことあるか?」

 

「なんですか、急に。それって喋る自販機のことですか?」

 

 

俺は頷いて答える。

詳しくは4話の”彼は選択肢を間違える”をお読みください。

 

 

「ああ、それは”あやねる”の声じゃないですか?ほら、私の中の人」

 

 

うほ、いきなりすげぇネタぶっ込んできたな。満を持しての登場だからやっぱりインパクトがほしいのかな?佐倉さん、応援してます!

 

 

俺たちの会話を聞いて、うんざりしたような顔で雪ノ下が言う。

 

 

「久々の再会で積もる話もあるでしょうけど、そろそろ依頼の話を始めてもいいかしら?」

 

 

一色は”はーい”と適当に返事をしてソファに腰掛ける。あれから何年も経ってるのにキャラが全く変わらねぇな。全然ブレてない。

しかし、雪ノ下は依頼と言ったが、やはりなにか困っていることでもあるのだろうか。

今まで、俺たちを微笑ましく見守っていた杏里さんが口を開く。

 

 

「では、改めて内容を伺いましょうか」

 

 

一色は住まいを正してから、話を始める。

 

 

「えーと、私、一昨年ぐらいに出来たこの近くの大っきいショッピングモールの服屋さんでショップ店員やってるんですけど」

 

 

ほう、あのショッピングモールで働いているのか。あそこは若者の好む店が軒を連ねているからな。それにショップ店員とは。通りでお洒落してる訳だ。てっきり、俺に会いに来るのに気合い入れておめかししてきたのかと思ったぜ。

 

 

まぁ、ここまで聞く限りでは探偵に依頼するようなことはなさそうだが。

 

 

「最近、やたらとナンパしてくる男がいて。最初は1週間に1回くらいのペースで来てたんですけど、だんだん回数が増えてきて、今は2、3日に1回必ず来るんですよ」

 

「ストーカーかなにかか?」

 

「まぁそんな感じですね」

 

 

ストーカーの類なら警察に相談した方が早いんじゃないか?

 

 

「それも考えたんですけど、まずは店長に相談しなきゃと思ってしたら、警察沙汰は勘弁してくれって取り合ってくれなくて」

 

 

なるほど、そりゃ店側もことを大きくしたくはないわな。

 

 

「それで困った一色さんが弁護士の私に相談してきたの」

 

「はい!そしたら先輩が探偵事務所で働いてる聞いて来ました!」

 

 

一色はにこやかに笑っている。本当に困ってんのか、お前?

また面倒くさい依頼を持ってきたもんだ。その意を含めた目線を雪ノ下に送るとプイッと目を逸らされる。え、なに?怒ってるのん?

 

 

「では、一色さん。今回の依頼はそのナンパしてくる男をどういう人物なのか調べとほしいという事でいいかな?」

 

 

一色は元気よく、はいと返事をする。

まぁ、困っているなら仕方ないが、探偵に依頼するほどのことか?男友達にでも彼氏のふりをしてもらってガツンとそいつに言って貰えばすぐに済みそうだが。

 

 

「一色、彼氏とかいねぇのか?」

 

「なんですか、口説いてるんですか、ごめんなさい。このタイミングでなに考えてるですか、久々の再開で少し感動しましたが、もうちょっと段階を踏んでからにしてください」

 

「いや、そうじゃねえよ」

 

 

久しぶりにこのやりとりしたな、懐かしい。てか、お前、俺と再会して感動してたのかよ、そんな素振り全然なかったけどな。

 

 

一色は少し落胆したように言う。

 

 

「まぁ、今はいませんけど」

 

「そうか。なら男友達にでも頼んで彼氏のふりをしてもらえよ。そのナンパ男に見せつけてやれば諦めるんじゃないか?」

 

「じゃあ先輩やってくださいよ」

 

「え、やだよ」

 

「なんでですか。私のこと嫌いなんですか?」

 

「そうじゃねぇけど。ほら、俺、彼女出来たことないから、彼氏のふりとかよくわかんないし」

 

 

俺の言葉を聞いて、一色は口を開けてポカンとした表情になる。そのあと何か思いついたように口走る。

 

 

「先輩、もしかしてどう、、」

 

 

俺は一色の言葉を遮る。

 

 

「違う。強いて言うなら俺はしろ、、。ってそういうことじゃない」

 

 

危ねえ。危うく自分の下半身事情を赤裸々に語るところだったぜ。

雪ノ下はため息をついて、目を瞑り、お決まりのポーズを取る。

 

 

「あなたが素人童貞なことなんてどうでもいいのだけれど、この依頼受けてくれるのかしら?」

 

 

このやろ、言いやがったな。

雪ノ下は怪訝そうな目で、一色は助けてください!と懇願するような目線を送ってくる。

いや、俺に決定権ないからね。

困って杏里さんに助けを求めると、両手を上げて、やれやれと言ったポーズを取る。

 

 

「依頼者が君の知り合いでもあるんだ。この件は、助手くん。君に一任するよ」

 

「え?いや、俺はまだこの仕事始めたばかりだし」

 

「君なら大丈夫だ。雪ノ下くんの依頼もサッと解決したんだろ?それにサポートはしっかりやらせてもらうから安心したまえ」

 

 

杏里さんは有無を言わさない威圧感を放っている。

雪ノ下の方を見るとまたプイッと顔を逸らされた。わかった。あの猫の件、まだ根に持ってるんだな。

 

 

しかし、こうなってしまっては逃げられない。くそ、当初の話と全然違うじゃないか。慣れてきたら依頼を任せると言っていたのにまだ1週間しか経ってないですけど。

 

 

「わかった。受けるよ」

 

 

渋々、そう告げると一色は”やったー!”と両手を上げて喜んでいた。

 

 

 

 

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