やはり俺の人生はまちがっている。   作:にが次郎

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初の尾行はなんとも残念である。

 

 

 

 

どうしたものかと思い悩んでいるうちにすぐに戸部を尾行する日はやってきた。どうも気持ちが進まない。

気持ちが進まないのにはもう1つ理由がある。由比ヶ浜だ。

昨日の夜に突然電話してきて、”明日、私も一緒に付き合うね!”と一方的に言われて待ち合わせ場所を伝えられ、切られてしまった。これ一応、仕事なんだけど。遊びじゃないんだよ?

 

 

戸部がどのように行動するか、全く予想がつかないため、俺は朝早くから行動を開始している。これは由比ヶ浜にも伝えてある。

 

 

待ち合わせ場所に到着すると、既に由比ヶ浜は来ていた。

 

 

「あ、ヒッキー。おはやっはろー!」

 

「おう、朝から元気いいな」

 

「ヒッキーは元気無さすぎ」

 

 

ほっとけ。まだ朝の8時前だよ?なんでそんなに元気出るんだよ。

由比ヶ浜の姿を見ると、動きやすような格好をしている。尾行をするからにはいきなり走ったりすることもあるかもしれないからな。いい心がけだ。

髪は後ろでお団子してまとめてある。一度しか会ってないから、記憶が曖昧だが、こいつの母親がこんな髪型だったな。そう思うと、ずいぶんと顔が母親に似てきたように思える。ママガハマさん元気かなー?とか思っていると由比ヶ浜は自分の髪を見られていることに気づいたのか、頭の後ろに手をやってお団子をわしわしといじりる。

 

 

「ああ、これ?髪が伸びちゃったからあの髪型出来なくちゃってさ。後ろに作ってみた」

 

 

由比ヶ浜はお決まりのえへへーと言って笑って言う。この前、依頼しに来た時は髪を下ろしていたな。再会した頃よりもだいぶ伸びてセミロングくらいにはなっていた。その長さでは、高校時代にしていたあの髪型は無理だろう。

 

 

「まぁそういうのも悪くねぇじゃねえの?」

 

「本当に!?やった!」

 

 

由比ヶ浜は嬉しそうに小さくガッツポーズを取る。そんなに嬉しそうにされると、俺がすごい褒めたみたいで恥ずかしくなるからやめてほしい。

由比ヶ浜はすぐにその表情を引っ込めて何か思案し始める。

 

 

「じゃあさ、この髪型とあの髪型。どっちがいい?」

 

「いや、そう言われてもな」

 

 

そう問われて困る俺に由比ヶ浜は上目遣いで返事を催促してくる。

わかったよ。答えればいいんだろ。しかし、どちらの方がいいだろうか。こういうときは直感を信じた方が良さそうだな。

 

 

「その髪型も悪くないと思うけどよ、やっぱり昔のあの髪型の方がいいかな。なんというか由比ヶ浜らしいというか」

 

 

由比ヶ浜は俺の素直な回答に驚いたのか、目を丸くする。

 

 

「ヒッキーが素直に答えた、、、」

 

 

なんだよ、その反応は。くそ、やっぱり俺の直感など当てにならんな。言うんじゃなかったぜ。

そんなことを思っていると、由比ヶ浜は微笑んで言う。

 

 

「でも正直に答えてくれてありがとね」

 

「いや、お礼を言われるほどでもねぇだろ」

 

「いいの!」

 

 

由比ヶ浜はまた上機嫌な顔でむっふーんと笑っている。なんなのかなーこれ。なんだかむず痒くなってくる。

 

 

そんな思いを胸に俺たちは戸部の家に向かうことにした。

 

 

×××

 

 

戸部の住んでいるアパートに到着したものの、奴がまだ家にいるかどうかわからないので海老名さんに確認を取ってもらうことにした。

 

 

「まだ戸部っち、家にいるって」

 

 

海老名さんの連絡先を教えてもらったが由比ヶ浜にしてもらった。別に電話をかけるのが気恥ずかしい訳でない。一緒に連れてきてやったのだ。由比ヶ浜にも少しは働いてもらわなければ。

 

 

「でもいつ出かけるかはわかんないってさ」

 

「そうか。じゃあ気長に待つしかねぇな」

 

 

まぁこれも仕方ない。これも尾行の仕事の内だ。俺たちは戸部がアパートから出てくるのが見える位置に陣取り、待機する。

特にやるとこもないので、ボーとすることにする。すると、由比ヶ浜が話しかけてくる。

 

 

「そういえばヒッキーさ、SNSとかやってないの?」

 

「やってない。使うことないし」

 

 

一応、俺の携帯はスマホだが、そういう類のアプリはダウンロードしていない。だって、使う用事ないし。

 

 

「じゃあラインとかもやってないの?」

 

 

由比ヶ浜の問いに頷いて答える。

 

 

「ラインぐらい使おうよ。メールだと面倒だし。今時、メール使ってる人なんていないよ?」

 

「なんでだよ。別にいいじゃねえか。メールでも。それに一色はメールでも文句言わなかったぞ?」

 

「いろはちゃんとメールしてるんだ?」

 

 

しまった。自分で墓穴を掘ってしまった。

 

 

「そうなんだ。いろはちゃんとはメールしてるんだ」

 

 

なんで2回言ったの?復唱することでもないだろ。由比ヶ浜を見ると、何か不服そうな顔をしている。

なにこの空気。すごく気まずいんですけど。暫しの沈黙の後、由比ヶ浜は諦めたように”まぁいいっか”と言っていつもの表情に戻る。一体、何がいいのか。

 

 

「じゃあさ、ラインに招待してあげるよ」

 

「招待?」

 

「うん。アプリ内でラインやってない友達を招待できるの。でも今時、ラインやってない人なんていないからやったことないんだけど」

 

「別にいいよ。使わないし」

 

 

そう言うと、由比ヶ浜は俺の肩に手を置いてグラグラと体を揺さぶってくる。あの、いきなりボディタッチするのやめてね?いきなり触られるとドキドキしちゃうだろうが。

 

 

「えー、やってよー」

 

「わかったから、揺らすのをやめてくれ」

 

 

はぁ、仕方ない。どうせアプリをダウンロードしても使わないし、スマホの容量もたっぷり余っている。アプリの1つや2つ入れても問題ないか。

俺は諦めて由比ヶ浜に自分のスマホを渡す。すると、彼女はぷっと吹き出して笑った。

 

 

「え、なに。今笑うところあった?」

 

「ううん、そうじゃなくて。ヒッキー、昔から自分の携帯を躊躇なく渡してくるじゃん?。そういうとこ変わってないなーと思って」

 

 

別にいいだろ。見られて困るようなものないし。

由比ヶ浜は俺からスマホを受け取り、操作し始め、もう一方の手で自分のスマホをいじり始める。こいつ意外と器用なんだな。これくらい誰でも出来るか。とかなんとか考えている内に由比ヶ浜は”よし、できた!”と言って満足気に笑う。

由比ヶ浜は操作を終えたようなのでスマホ返してもらおうと思い、俺は手を差し出す。しかし、由比ヶ浜は何かに気づいたのか、”あっ!”と声を上げる。

 

 

なかなか返してもらえないので、由比ヶ浜が手に持っている俺のスマホの画面を覗き込むと、そこには由比ヶ浜の名前以外に雪ノ下や小町、杏里さんや葉山の名前まで表示されていた。うん?どういうことだ?

 

 

「あー、そっか。ゆきのんたちの連絡先も知ってたんだよね。私だけじゃないんだった」

 

「なんでそいつらの名前が表示されてんの?」

 

 

由比ヶ浜は”えーとね”と説明し始めるが物凄くわかりにくい。まぁ画面の向こうの皆さんはわかっていると思うので深くは説明しないが、簡単に言うと、自分の携帯電話に登録されている人物はアプリ内でも同期され、表示されるらしい。これで合ってるよね?

 

 

「あー失敗した」

 

「なにを失敗したんだ?」

 

「な、なんでもない!」

 

 

彼女はそう言って取り繕ってはいるが、落胆しているのを隠しきれていない。一体、何がしたかったの?

由比ヶ浜の様子に疑問を抱いていると、踏ん切りがついたのか、俺のスマホを差し出してくる。

 

 

「じゃあ使い方教えるね」

 

 

そう言われてスマホの画面を見ると、画面の上に由比ヶ浜結衣と名前が表示されている。

 

 

「じゃあちょっと送ってみるね!」

 

 

由比ヶ浜はそう言って自分のスマホに何か打ち始める。

彼女の”よし、行け!”という掛け声とともに俺のスマホからピローンと音がなる。どうやらメッセージが来たようだ。そのメッセージを見ると”やっはろー”と書かれていた。

 

 

「なにこれ」

 

「メールみたいに受信時間もないし、すぐに届くの。そのメッセージを相手が見たかどうかも確認できるし、便利だよ」

 

 

そう言って由比ヶ浜は自分のスマホを俺に見せてくる。由比ヶ浜が俺に送った”やっはろー”というメッセージの下に既読と書かれている。なるほど、それが出ていれば相手が見たかどうかわかるのか。よし、さっそく既読無視してやろう。

 

 

「なんか私に送ってみてよ」

 

「え、いいよ。なんで隣にいるのにわざわざメッセージ送らなきゃいけないだよ」

 

 

由比ヶ浜は俺の言葉を聞いて、少しムッとした表情になり、自分のスマホをいじり始める。

すると、俺のスマホが連続で何度もピローンと鳴る。見ると、”やっはろー”というメッセージがいくつも表示されている。何してんだよ。ちょっと面白いじゃねえか。

 

 

「あのな、由比ヶ浜」

 

 

そう声をかけるも、彼女はプイとそっぽ向いてしまう。そんなに機嫌悪くならなくてもいいじゃねえか。仕方ない、返してやるか。

俺がメッセージを打ち込み、送信すると由比ヶ浜のスマホがピローンと鳴る。

 

 

「え、ぼっちろーってなに?」

 

「やっはろーに代わる新しいぼっちの挨拶だ」

 

 

由比ヶ浜はジト目を俺に向けてくる。え、面白くなかった?

 

 

「ヒッキー、人のパクるのはよくないよ」

 

「別にパクったわけじゃ」

 

 

由比ヶ浜は責めるような眼差しを向けてくる。い、いいじゃねえか。中の人が言ってたんだから俺が言ったのと同じようなもんだろ。

しかし、由比ヶ浜はその眼差しを緩めることはしなかった。

わかったよ。もう使いません。

 

 

そんなやり取りをしている間に時間は結構経過していたようで、時刻は午前9時。

ここでようやく戸部に動きがあった。

 

 

「あ!戸部っち出てきたよ」

 

「よし、追うぞ」

 

 

アパートから出てきた戸部を慎重に尾行する。戸部は何やら上機嫌で歩みを進めている。

 

 

「戸部っち、何しに行くのかな?」

 

「さぁな、ついていけばわかるだろ」

 

 

そんな会話をしていると、戸部が不意に後ろを向く。やべ!戸部!

現在、俺たちと戸部の距離は約20メートル程。姿を見られたらすぐにバレる。

俺は咄嗟の判断で道の角に上手く身を隠す。一緒に由比ヶ浜も引っ張りこもうとしたのだが、間に合わず、彼女は自分の判断で近くの電柱に隠れた。

 

 

そろりと戸部の方を覗き込むと、戸部 は俺たちの気配に気づいたわけではなく、何かを落としたようでそれを拾うために後ろを振り返ったようだった。戸部は落とした物を拾い上げると、また前を向いて歩き出す。

ふうー。危なかった。危うく俺の早起きが無駄になるところだったぜ。

由比ヶ浜の方を見ると、まだ電柱に隠れているようだった。俺から由比ヶ浜の姿は見えないのだが、ある部分だけが隠れていない。相変わらず、主張の激しい部位だ。その光景を見ているとなんだか可笑しくなってくる。電柱にその部位が生えているみたいで。生えているという表現で合っているかわからないが、電柱におっ◯いて、、、。何か新しい性癖に目覚めてしまいそうなのでこれ以上考えるのは止そう。

 

 

自分の中に芽生える謎の性癖を摘み取り、由比ヶ浜を呼ぶ。すると、ひょこっと顔を出す。

 

 

「バレてない?」

 

「たぶんな」

 

 

そう答えると、電柱の陰から体を出して俺の方に近づいてくる。

 

 

「本格的に探偵ぽいね!なんか探偵◯語って感じ!」

 

 

由比ヶ浜は”なんじゃこりゃー!”と言って手を広げている。それ、探偵◯語じゃなくて太陽に◯えろだから。てか、ネタのチョイスが渋すぎるぜ。

 

 

 

×××

 

 

 

それから戸部を尾行すること、約1時間。ところどころで寄り道しながら電車に乗り、だいぶ都会の方までやってきた。時刻は午前10時過ぎ。

 

 

戸部はよく待ち合わせに使われる公園の前で立ち止まり、何やら携帯を確認している。どうやらこれから誰かと落ち合うようだ。

 

 

すると、すぐに1人の女性が駆け寄ってくる。

 

 

「なっ!なっ!なんですの!」

 

 

由比ヶ浜はその女性の登場に驚愕している。まぁいいリアクションだけどさ、なんでお嬢様みたいになってんの?

 

 

「ひ、ヒッキー!どーしよ!飛べっちが!」

 

「わかったから落ち着け。あいつは飛んでねぇよ」

 

 

どんだけ動揺してんだよ。

まぁ仕方ねぇか。予想はしていたものの、友達の浮気現場に遭遇しているんだ。はぁ、こりゃ戸部は黒だな。

少しばかり落胆していると、由比ヶ浜がくいっと俺の袖を引っ張る。

 

 

「どうした?」

 

「なんか戸部っち、怒られてない?」

 

 

戸部の方に目線を戻すと、その女性は戸部を指差して何か注意しているようだった。戸部は誤魔化すように笑って頭を掻いている。

ここで稲毛さんが言っていたことを思い出す。

 

 

”最近、うちの課の女刑事とやたら仲がいいな”

 

 

これは勝手な俺の見立てだが、戸部と一緒にいる女性は外見的にはややキツそうな印象だ。職業が刑事と言われても納得できる。それに稲毛さんは女刑事は結婚していると言っていた。最悪、不倫という可能性もあるが、まだ結論を出すには早い気がする。

 

 

「あ、どっか行くみたいだよ」

 

「とりあえず、追うぞ」

 

 

由比ヶ浜は少し不安そうな顔つきで頷いた。俺は1つ気になることあるのでそれを彼女に尋ねる。

 

 

「由比ヶ浜。お前の基準で答えてくれて構わないんだが、浮気ってどこからが浮気だと思う?」

 

「え?うーんとね。どうだろ、私に内緒で連絡を取ったり、遊んだりしてたらかなー」

 

 

ほう、由比ヶ浜の浮気の査定基準は普通のようだな。ということは今、戸部の行っている行為は由比ヶ浜的には浮気ということになるな。海老名さんはこのこと知らなかったし。

 

 

「あ、でも、違う場合もあるよ?なんかさ彼女に内緒でサプライズしたいとかで相談したとか。それなら許すかも」

 

「おお、なるほど」

 

 

確かにその線もあるな。しかし、それで海老名さんが気にして不安がるほどにしてしまっては本末転倒ではないか。

 

 

「むー、戸部っちは何がしたいんだろ」

 

「まだよくわからんな」

 

 

まだ結論を出すには情報が足りない。一層の事、ホテルにでも入ってくれれば確定なのだが、まだ朝の10時過ぎだ。とりあえず、後を追うしかなさそうだな。

 

 

またしても俺たちは彼らの後を追う。

 

 

 

×××

 

 

 

あれから彼らはすぐに近くのカフェに入り、戸部が持参した雑誌を見ながらあーだこーだと仲良さそうに談笑していた。その光景を見ているとなんだか複雑な気分になってくる。それは由比ヶ浜も同じようで終始、むーと唸っていた。

 

 

しばらく話し込んだ後、彼らは店を出て、近くのデパートに向かった。

中に入ると、その女性は戸部をやや引っ張り気味に某有名ブランドショップに入っていた。俺たちは少し離れた場所から2人の様子を伺う。

 

 

「バック見てるね」

 

「如何にも高そうだな」

 

 

由比ヶ浜によると、戸部たちがいるブランドショップは他のブランドに比べるとやや高めであるらしく、所謂、ハイブランドというやつだ。

その女性はしばらくブランドバックを物色した後、気に入ったものを1つ手に取り、レジへ向かう。

 

 

「戸部っちが買ってあげるのかな」

 

 

由比ヶ浜はそう言ったが、どうやらそうではなく、女性は財布取り出し会計を済ませる。

ブランドバックが手に入ったことが余程、嬉しかったのか、その女性は戸部そっちのけで喜んでいる。戸部ェ。

 

 

戸部は少し落胆した表現を浮かべていたが、すぐに気を取り直して隣にある宝石店へと入っていった。

宝石店に一体、何の用事があるのか?

今度は戸部が真剣に並べられた宝石たちと睨めっこしている。その横で興味なさそうに女性は携帯を弄っている。何度か戸部に意見を求められるような様子が見て取れたが、適当にあしらわれていた。戸部ェ。

 

 

結局、戸部は宝石を購入することなく、店を出た。

 

 

それからは特に変わった動きはなく、1時間ほどデパート内を散策した後、戸部とその女性は別れた。

 

 

「結局、何の収穫もなかったねー」

 

「ああ、この時間に別れたってことは浮気相手なわけでもなさそうだしな。余計、謎が深まった」

 

 

そろそろ昼食の時間だ。どこかで空腹を満たしておかなければ。

 

 

「ヒッキー、この後どーするの?」

 

「ん?ああ、一応まだ尾行は続ける。まだなんかあるかもしれないしな」

 

「そっか、じゃあなんかご飯食べよっか」

 

 

そう提案してくる由比ヶ浜。だが、いつものようにのんびりファミレスで食事というわけにもいかない。戸部の行動に合わせた方法で済ませなければならない。まぁ最悪、そこら辺にあるファーストフードでもいいし、なんならコンビニの弁当だって俺は構わない。構わないのだが、由比ヶ浜がどう返事をするか。まぁ駄々をこねられても、今は一応仕事中だ。これを口実にすれば由比ヶ浜も文句は言うまい。

 

 

「悪いな、由比ヶ浜。ゆっくりと食事をしている暇はないから、、」

 

「わかってるよ、ヒッキー!はい、これ!」

 

 

由比ヶ浜はカバンからあんパンと紙パックの牛乳を差し出してくる。

 

 

「やっぱり張り込みとか尾行にはあんパンだよね!」

 

 

そう言ってカバンから自分の分のあんパンと紙パックの牛乳を取り出す。

あの、由比ヶ浜さん?これ、ネタでやってるんですよね?

 

 

「え、ヒッキー。あんパン嫌い?」

 

「いや、そーじゃねえけど」

 

 

あー、本人は至って真剣のようですね。はぁ、この子。やっぱアホの子だわ。

由比ヶ浜のボケ?にやや呆れていると戸部の姿が見当たらないことに気づく。

 

 

「と、戸部はどこ行った?」

 

「え、ついさっきまであそこに、、」

 

「やばい、見失った!」

 

 

くそ、油断した。もうあんパンなんか食べてる場合じゃない。

俺たちはすぐさま戸部の捜索を開始する。しかし、走り回って探すわけにもいかない。やつに見つかってしまってはそこで尾行には終了してしまう。

 

 

しばらくデパート内を探したが、戸部の姿を発見することはできなかった。

 

 

「戸部っち、帰っちゃったのかなー?」

 

「もうこのデパートを出たのかもしれないな。とりあえず出るぞ」

 

 

由比ヶ浜と2人はデパートを出る。しかし、戸部がどこに向かったのか見当もつかない。仕方なく先ほどのカフェの前辺りまで戻ってきた。

すると、由比ヶ浜がそのカフェの中に見覚えのある人影を見つけた。

 

 

「あれ、ゆきのんと隼人くんじゃない?」

 

「え?」

 

 

由比ヶ浜の指差す方を見ると、そのカフェの窓側の席に何やら真剣そうな顔つきで話をしている雪ノ下と葉山の姿を発見する。

 

 

「何やってんだ、あいつら」

 

「なんか真剣そうだね」

 

 

由比ヶ浜も2人の顔つきを見てそう察したようだった。少しだけその姿を見ていると葉山が俺たちの視線に気づいてしまう。しまった。ここであいつに会うのはあまりよろしくない事態だ。

しかし、気づかれてしまったものは仕方ない。逃げるわけにもいかず、会計を済ませて店から出てくる2人を待つ。

 

 

「やあ、奇遇だね」

 

「や、やっはろー」

 

「こんにちは、由比ヶ浜さんに比企谷くん」

 

「お、おう」

 

 

普通に挨拶を交わす。こんなところで油を売っている暇はない。すぐにでも戸部を追わなければ。

雪ノ下は何の気なしに尋ねてくる。

 

 

「2人は何をしているの?」

 

「えーとね、そのヒッキーの仕事のお手伝いをね」

 

 

バカ、余計なことを口走るんじゃない。

 

 

「そう、比企谷くんは真面目に仕事しているのかしら?」

 

 

雪ノ下は由比ヶ浜に微笑みかけながら聞いている。由比ヶ浜も困ったように答えている。まぁそれはいい。問題は葉山だ。案の定、葉山は勘付いたのか、少し笑いながら俺に問いてくる。

 

 

「仕事って戸部の件かい?」

 

「さぁどーだろうな」

 

 

適当に答えてあしらう。葉山はやれやれといった笑顔を浮かべながら言う。

 

 

「戸部のことだけど、もう放ってもいてもらえないか?」

 

「どーいう意味だ」

 

「君が心配するようなことは何もない。なんなら戸部に直接聞くといい」

 

 

何言ってんだこいつ。教えてもらえるわけないだろう。俺が葉山に訝しむ目線を送っていると、ふと、携帯電話が鳴る。どうやら葉山の携帯のようだ。葉山は”ちょっとごめん”と言って少し離れた場所で電話に対応する。すぐに電話を終えて、またすぐにどこかへ電話をかける。そして電話を終えて戻ってくる。

 

 

「ごめん、雪乃ちゃん。そろそろ行くよ」

 

「ええ、気をつけて」

 

「隼人くん、またね!」

 

 

別れの挨拶を交わして、この場を去ろうとする葉山。最後に俺に謎の困ったような笑顔を向けてから葉山は人混みの中に消えていった。

 

 

「ゆきのんは何してたの?」

 

「え、ああ、ちょっと仕事の打ち合わせをね」

 

 

由比ヶ浜に尋ねられて、一瞬雪ノ下が動揺したように見えたが、気のせいだろう。2人ともスーツを着用しているし、こいつらは警察と弁護士だ。何か事件でもあったのだろう。

 

 

「由比ヶ浜、今日はもう終わりにしよう。付き合ってくれてありがとな」

 

「ううん、こっちこそ」

 

 

もうこうなってしまった以上、戸部を追うのは得策でない。葉山が戸部に何か伝えているかもしれない。深追いは危険だ。しかし、葉山のやつ、俺の心配するようなことはないとはどういう意味だ。くそ、ここで考えていても埒があかない。一旦、事務所に戻るか。

そんなことを考えていると、由比ヶ浜が昼飯について尋ねてくる。

 

 

「ゆきのん、お昼まだなんだって。だから一緒にどっか食べに行こうと思うんだけど、ヒッキーもどう?」

 

 

どうも気分が乗らない。てか、さっきのあんパンはどうしたんだよ。

 

 

「3人で食事するのも久しぶりだから。どうかしら?」

 

 

雪ノ下もまんざらではない様子だ。どうするか少しばかり考えていると、遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。まさか。

 

 

「おーい!ヒキタニくーん!」

 

「え、なんで戸部っちが、、、」

 

 

まじかよ。なんてこった。なんでここに戸部が。まさか、さっき葉山が電話していたのは、、、。

 

 

小走りで俺たちのところまでやってきて、息を整えてから戸部は言う。

 

 

「うっす!ヒキタニくん!それから雪ノ下さんと結衣!」

 

 

突然現れた戸部に驚きつつも挨拶を返す一同。

それから少し間をおいて、戸部は俺を真っ直ぐ見据えて口を開く。

 

 

「隼人くんからヒキタニくんが俺に話があるって聞いたんだけど何?」

 

 

やっぱり葉山か。あの野郎。あの修学旅行の時と同じだ。俺の邪魔ばかりしやがって。こうなりゃ仕方ない。直接聞いてやる。

 

 

「由比ヶ浜。悪いけど、先にどっか店に入っててもらえるか?俺は戸部と話を済ませてから行くわ」

 

 

由比ヶ浜は少し戸惑っていたが、すぐに頷いて了承してくれた。雪ノ下は何が何だかわからないといった様子だったが、何かを察してくれたのだろう。特に何も言ってくることはなかった。

 

 

「では、比企谷くん。後ほど」

 

「じゃあ終わったら連絡ちょうだいね!」

 

 

そう言って2人はこの場を後にした。

 

 

「んじゃ、ここで話すのもなんだからさ。近くに公園あるからそこ行くべ」

 

「おう」

 

 

戸部の提案に短く返事をして、朝、戸部が待ち合わせに使った公園に向かった。

 

 

 

×××

 

 

 

 

俺は公園のベンチに腰掛ける。戸部はその隣にある自販機で飲み物を購入している。まぁ走ってきたからな。喉が渇いたのだろう。そんなことを思っていると戸部はほいと1本のコーヒーを差し出してくる。

 

 

「これ、俺が好きなの知ってたのか」

 

 

手渡されたのは俺のソウルドリンク、マッカンであった。

 

 

「あー、昔、結衣がヒキタニくんのマネしてよく飲んでたべ?」

 

「そーなのか」

 

 

あいつ、そんなことしてたのかよ。俺がわざわざ布教活動するまでもなかったな。ってこんなこと考えてる場合じゃない。俺は受け取ったマッカンをギュと握りしめて意を決して、戸部に尋ねる。

 

 

「海老名さんのことなんだが、、、」

 

「え?ヒキタニくんが聞きたいことって姫菜のこと?まあいったなー」

 

 

何がまあいったのか。戸部は笑いながらしきりに長い襟足を引っ張っている。

 

 

「ヒキタニくん。それどこで聞いたん?」

 

「いや、本人から」

 

「え!まじか。バレてたんかー」

 

 

その反応からしてやはり戸部は黒か。しかし、なぜこいつはさっきから照れ臭そうにしているのか。

 

 

「じゃあ認めるんだな」

 

「え、ああ。もちのろんでしょー」

 

 

なんなんだこいつは。罪を認めるどころか、全開の笑顔でサムズアップしやがって。なんか腹立ってきた。だが、しかし、海老名さんの要望は制裁ではない。俺は自分の中に沸き起こる怒りを抑えつつ、静かに語りかける。

 

 

「じゃあ戸部。海老名さんに洗いざらい全部話して謝れ。今ならまだ間に合う」

 

「へ?謝れって、ヒキタニくん何言ってるん?」

 

「いや、だからお前の”浮気”についてだな、、、」

 

「いやいやいや、俺が浮気なんてするはずないでしょー。第一、今から”結婚”しようとしてるってのに」

 

 

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

俺たちは豆鉄砲を食らった鳩みたいな顔を見合わせる。

 

 

 

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