後日談というか今回のオチ。
あれからよくよく話を聞いてみると、戸部は海老名さんと結婚を考えていたらしい。もう俺たちは25歳。それに付き合って6年と言っていた。そういう考えに至ってもなんら不思議ではない。
あの女性には海老名さんにプロポーズをするのに相談に乗ってもらっていたらしい。今日、一緒に出かけていたのは、相談に乗ったんだから買い物に付き合いなさいとのこと。全く、紛らわしんだよ!ちなみにその女性の旦那は戸部の大学時代の先輩らしい。戸部と出かけるのも了承済み。
これでようやく全ての謎が解けた。
戸部の不審な行動。それらは全て海老名さんにプロポーズするためのもの。戸部が宝石店であんなに真剣に考えていたのは婚約指輪を選んでいたからだ。
葉山は全ての事柄を知っていた。しかし、勝手に戸部のことに関して発言することを憚られ、結果、あんな中途半端なことしか言えなかった。
まぁ結局、あいつが戸部を呼んだんだけどね。
まぁしかし、なぜ海老名さんと仲のいい三浦や由比ヶ浜に相談しなかったのか、それについて戸部はこう説明していた。
「いーや、優美子は隼人くんに生殺し状態にされてるし、結婚のこと相談するのなんかかわいそーじゃん?あと結衣だけど、彼氏できたことないって言ってたしよ。それになんかポロっとバラされそうじゃん?」
確かに三浦は葉山にそういう状態にされている。しかし、真剣に相談すれば嫌な顔せず聞いてくれそうだが、戸部なりに気を使ったのだろう。
由比ヶ浜は、まぁそのあれだよね。戸部にまで信頼されていないとは、さすがアホの子。今回も余計なことポロっと葉山に言いやがったしな。
あらぬ疑いをかけてしまったこと謝ると戸部は笑顔でこう言っていた。
「いいっていいって!それに姫菜を不安にさせたのは俺だし。今度からはもうちっと上手くやるわ!」
「ああ、そうしてくれ」
「それから結婚式挙げたら、絶対ヒキタニくん呼ぶからよ!」
「え、別に気を使わなくてもいいぞ」
「いやいや、そんなんじゃないってー。ゆーて、俺ら友達じゃん?結婚式に仲いい友達呼ぶのなんて当たり前でしょー」
おお、嬉しいことを言ってくれる。そのセリフは是非、茶渡さんのボイス付きで聞きたかったぜ。
「それから一度は同じ女を好きになったもの同士だしよ」
「いや、それは」
戸部は勝ち誇った笑みで言った。
あの時の嘘告白を戸部は未だに信じていたらしい。そういえば俺の胸に1発拳をくれて”俺、負けねぇから!”と強く言い放っていたな。
しかし、その誤解を解く必要はないように感じられた。
それからすぐに戸部の携帯電話が鳴る。それに応答すると何やら焦り始めた。
「やばい、やばい、、、」
「ど、どうした?」
「なんか事件が起きたっぽいんだわー。悪いけど、ヒキタニくん。俺行くわ!」
そう言って軽く手を上げ、戸部は走り出していった。そういえば今日は非番と言っていたな。戸部、御愁傷様。
戸部を見送った後、海老名さんに依頼の完遂を報告する。しかし、全て包み隠さず伝えることはできないので、戸部の浮気疑惑は”白”とだけ伝えた。
そう聞いて、海老名さんは安堵した声を漏らしていた。良かったな。
しかしまぁ、戸部が結婚を考えていたとは。でも前述の通り、俺たちは結婚をしてもおかしくはない歳になってきている。海老名さんとの結婚のことについて真剣に話す戸部は凄くカッコよく見えた。本当、大人になったもんだ。
俺は今回の依頼の結末を幸福なものに変えることはできたのだろうか。いや、元々、不幸な結末を迎えるものではなかったように思える。しかし、杏里さんの言っていたジンクスとやらを打ち破る手立てがほんの少しだけ俺の手を掠めた気がした。
それから由比ヶ浜に連絡を入れ、落ち合う店の場所聞く。
そして俺はベンチから腰を上げ、戸部に貰ったマッカンを一気に飲み干し、ゴミ箱に空き缶をつっこんでから待ち合わせ場所に向かう。
そうだ、戸部の結婚式のエンディングには”Wherever ◯ou are”を採用してもらおう。あの曲いい曲だからな。エンドロールに写真付きで流れたら感動して泣いちゃうまである。
そんなことを考えながららしくもなく戸部と海老名さんの結婚式を楽しみにしている俺がいた。
彼と彼女がこれからもずっと幸せでありますように。
そんなことを思いつつ俺は歩みを進める。
×××
「へー、戸部っちが結婚をねー」
「ああ、さすがに思いつかなかったわ」
現在、由比ヶ浜たちと昼飯を済ませて、今はある喫茶店で談笑中。雪ノ下の姿は既にない。午後からまた仕事があると言って足早に去っていた。あいつも忙しそうだな。
「でもいいね!昔から知ってる友達が結婚するのってなんか自分のことみたいに嬉しい」
「ああ、それに俺らもう25歳だしな」
由比ヶ浜は俺の言葉を聞いて、何やら思案するような顔をしたあとに問いかけてくる。
「ヒッキーはさ、結婚とかそういうの考えたことある?」
「え、いや、ないな。つーか、彼女出来たことないし。相手がいなきゃ出来ねぇだろ」
彼女は”そっかー”と困ったように笑う。
確かに結婚についてなど考えたこともない。いつか、いつかはするときがくるんじゃないかと思ってはいたが、それはまだずっと先のこと。そう思っていた。だが、時が流れるのは早いものでいつの間にかそういったことが自分の身近なところまで近づいてきている。子供の頃は、大人になって、普通に働いて、普通に結婚して、自分も必ずそうなるものだと勝手に思い込んでいた。でも現実はそんなに甘くはなく、自分から何かしなければ勝手にそちらから近づいてきてくれることなどないと知った。
しかし、このままだとあっという間に30歳になり、40歳になり、気がつけば一緒独り身まである。孤独死は嫌だ。
「私はしたいなーと思うよ」
「ほお、まぁでも女の人はすべからく皆そう思ってんじゃねぇのか?」
「そんなことないよ。中には仕事や趣味に没頭して全然興味ない人だっているよ?」
「まぁ確かにそうか。男にもそういうやつ結構いるな」
由比ヶ浜は何やら楽しそうに笑いながら言う。
「それにさ、子供とかも欲しいし」
「子供ね。なんだか全然実感の湧かない話だな」
「そお?他に結婚してる友達いるけど、その子の子供、ちょー可愛いよ!」
このままだとヒッキーは子供何人欲しい?とか何とも答えづらい質問を投げかけてきそうなので、流れを別の方向に持っていく。
「まぁでも今の日本じゃ子供作れば作るほど生活は苦しくなっていくけどな」
「え?そーなの?」
由比ヶ浜はキョトンとした顔で首を傾げている。お前、何も知らんのかよ。
「詳しく説明すると長くなるからしないけど。いくら子供を増やしても国は助けてくれない。だから出生率も年々低下してる。そりゃそうだ、作ったってそれを養っていく金がない。国がまだ大丈夫、まだ大丈夫とずっと誤魔化し続けてきた結果が今の少子化だ。というか、結婚するメリットが昔ほどなくなったってのも大きいな」
「ほえー、ヒッキー物知りだね〜」
由比ヶ浜は感心したような顔で手をパチパチと叩いている。なんかバカにされてるような気がするな。
「まぁだからと言って俺が結婚したくないというわけじゃない」
「え?ヒッキーにしては意外」
「いや、俺の高校の頃からの夢を忘れたのか?」
そう言われて彼女はハッとしたような表情を浮かべた後、怪訝そうな顔で俺を見る。
「専業主夫、、、。まだ諦めてなかったんだ」
「当たり前だ。専業主夫。それは俺の人生のゴール地点だ」
「ええ!ヒッキーのゴール地点、しょぼ!」
しょぼいとは失礼な。結婚して家庭に入り、専業主夫になってしまえば勝ったも同然。俺は何と戦ってるんだよ。現実という名の怪物です。ドヤ顔。
「でも結婚して子供作るのが全てじゃないじゃん?ほら、家建てるとか」
「あー、家か。自分の城を作るという意味では悪くないかもな」
確かにそれに関しては少しは興味を惹かれる。全て自分の思い通りに建てられるのだ。
「ほら、庭で夏はバーベキューとか出来るし!」
「それはいいけどよ。建てるにしたって莫大な金がかかる。それに一度立ててしまったらほとんど取り返しがつかないしな。家は3回建ててようやく満足するっていうし」
「3回?なんで?」
由比ヶ浜はまた首を傾げている。お前は本当何も知らないんだな。仕方ない、説明してやるか。
「当然、家に住むのは建て終わってからだろ?いざ住んでみて、やっぱりここはこうすればよかったとかいろいろそういうのがたくさん出てくるらしい。知らんけど」
「あー、確かにそーゆうのあるかもねー」
由比ヶ浜はふむふむと納得している。
まぁ要は結婚するにしても、何をするにしても金がかかるってことだ。
「じゃあ戸部っちは貯金とかあったのかなー?」
「さあな。それはわからんが結婚を決めたのは仕事もだいぶ安定してきたからと言っていたな」
由比ヶ浜はそう聞いて何かに思うところがあったのかむーと考えるような顔を作った後に尋ねてくる。
「ヒッキーは貯金ある?」
「は?」
「ヒッキーは貯金ある?」
全く同じこと言ったよ、この人。てか、何で俺の貯金の有無を教えなければならんのだ。なんとなく気が進まないので適当にはぐらかすと由比ヶ浜は簡単に諦めた。
「じゃあさ、仕事はどう?安定してきた?」
「いや、俺の職種は中々安定しないだろ。俺が探偵事務所開いてるわけじゃないし。俺の足元はグラグラだよ。なんなら今すぐ崩れ落ちるまである」
「落っこちちゃうんだ!」
由比ヶ浜は俺にツッコミを入れた後にまたすぐさま質問してくる。
「じゃあさ、もし今の仕事辞めたら、どーするの?」
「ニートに俺はなる!」
某海賊漫画風に言ってみたのだが、由比ヶ浜は気に入らなかったようで、半目で俺を睨む。ごめんなさい、冗談です。
「冗談だよ。いざ、ニートになってみるとわかるが、あんまり気持ちのいいもんじゃない」
「体験者は語るってやつだね!」
ちょっと違う気がするがまぁいい。
「いざ、ニートになって俺は自由だー!てなるけどすぐに不安になって働かなきゃって焦燥感に駆られる。んで、また結局社畜に戻るわけだ」
「社畜ってどこの会社も全部ブラックってわけじゃないじゃん」
由比ヶ浜にしてはまともなことを言ったな。感心していると彼女はまた半目で俺を睨む。
「なんだよ」
「なんでもない」
エスパーされたのかと思ってびっくりしたじゃねえかよ。
そんな感じでしばらく会話をした後、俺たちは店を出た。
×××
さっきの店でだいぶ話し込んでしまったせいでもう日が傾きつつある。
「そろそろ帰るわ。杏里さんに依頼の結末を伝えなきゃならないから」
「うん!じゃあ私も帰ろうかなー」
そんなことを話しながら俺たちは2人で歩く。
「さっきの話なんだけど」
「ん?まだなんかあるのか?もう随分と話しただろう」
由比ヶ浜は何か思いつめたような顔で俯いている。
「どーした?」
「ううん!やっぱなんでもない」
彼女はすぐに笑顔を取り戻してそう言った。
「今日はありがとね。いろいろ勉強になったし、それに楽しかった!」
「楽しんでたのかよ」
一応仕事なんですけどね、これ。
まぁあんパンのくだりとかすごい楽しそうだったけど。
「じゃあ私、こっちだから。バイバイ、ヒッキー!」
「おう、またな」
彼女のどこか気を落としたような背中を見送った後、俺は帰路に着いた。