やはり俺の人生はまちがっている。   作:にが次郎

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けれど、その想いを届けてはいけない。

 

 

あれからあーだこーだと会話を楽しみつつ、昼食を終えた。

 

 

「美味しかったですねー!」

 

「ああ、腹減ってたのもあるかもしれんが、予想以上に美味かった」

 

「このお店、ずっと来てみたかったんですよ!」

 

「結構有名なのか?あの店」

 

 

それから俺たちの入った店の口コミやら評判を聞く。一色によると雑誌にも取り上げられるほどらしい。今日は比較的空いていたのでラッキーだったようだ。

 

 

もう今は食事をする前の彼女に戻っている。だが、しかし俺は見逃さなかった。彼女はまたあの表情を浮かべる。

 

 

「でも先輩と来れてよかったです」

 

 

耳を澄ましていなけば聞こえないほどの声でそう小さく呟く。言い終えるとすぐにその表情を引っ込める。一体どうしたというのだ。今日の一色はどこかいつもと様子が違う気がする。何かを後悔しているような。いや、やめよう。裏を読むようなことわ。こいつにもいろいろあるのだろう。

 

 

「さっこれからどーします?ら◯ぽに戻って買い物続けましょうか?」

 

「まだ見たいものあるのか?」

 

「まぁないことはないですけど。あ!先輩の洋服選んであげますよ!」

 

「え、いいよ」

 

「いいじゃないですかー!元ショップ店員の私のセンスは確かですよ?」

 

 

そう言う一色に押し負けて引っ張られるようにしてら◯ぽまで戻ることにする。

 

 

その道中、ある人物に遭遇した。

俺たちの歩いている歩道に見覚えのある黒塗りの高級車が横付けされる。停車してすぐに真っ黒のスモークが貼られた後部座席のウィンドウの向こうからその人物は顔を出した。

 

 

「ひゃっはろー!比企谷くん。それと生徒会長だった、、」

 

「一色です」

 

「そうそう、一色ちゃん。久しぶりー」

 

 

突然、現れた陽乃さんは懐かしむような笑顔を見せて言う。

 

 

「2人ともこんなところでなにしてるのー?」

 

「あ、まぁ買い物ですよ」

 

 

俺が簡潔に答えると陽乃さんはなにやら思案顔をする。そして思いついたように言う。

 

 

「あ!もしかしてデート?」

 

「いや、違いますよ」

 

 

またしても簡潔に答える俺。一色は何も言わずに笑顔を浮かべている。俺の記憶では、ハルさん先輩ー!とか言って結構慕っていたような気がしたのだが。

 

 

「ふーん、そっか」

 

 

陽乃さんは興味なさそうに言った。そしてそのまま続けて訪ねてくる。

 

 

「あれからどう?大変だったんでしょ?」

 

 

あれとは春に俺が逮捕されたことだろう。俺は適当に思いついたことを言って流そうとする。

 

 

「ああ、なんともないですよ。葉山とかが頑張ってくれたんでね」

 

 

 

 

「”雪乃ちゃん”とは言わないんだ」

 

 

 

 

確信を突かれた気がした。俺はこの人に忠告を受けている。だが、別に意図的に名前を出さなかったわけじゃない。でもなぜかそんな気がした。

 

 

「まぁいいや。じゃあ雪乃ちゃんとはどうなの?」

 

「そう言われましても、あいつも仕事が忙しいみたいで全然会ってもないし、連絡も取ってないですよ」

 

 

こう言えば許してもられると思っている訳ではない。本当に雪ノ下とは戸部の件のときに由比ヶ浜と3人で食事したきり会っていない。

陽乃さんは俺の答えを聞いて満足したような顔をする。

 

 

「仕事ね。あの子はなんの仕事をしているのかしらね」

 

 

陽乃さんの言っていることがよくわからない。あいつの仕事は弁護士だ。それ以外に何があるというのだ。

そんな疑問を抱いていると陽乃さんは手首に巻かれた如何にも高そうな腕時計に目をやる。それから俺たちを一瞥して言う。

 

 

「私も仕事だからそろそろ行くね。じゃあ」

 

 

俺と一色は陽乃さんに別れの挨拶を告げる。そして真っ暗スモークがかかったウィンドウが上がる。しかし、間髪入れずにまたウィンドウが開く。なんだよ。まだなんかあんのかよ。

 

 

「もう大丈夫だと思うから言う必要ないと思ったんだけど」

 

「なんですか」

 

 

俺のしかめっ面を見て彼女はあの強化骨格に覆われた笑顔を見せる。

 

 

 

「”もう間違えないよね?比企谷くん?”」

 

 

 

そう言われた瞬間、俺の中に眠っていた何かが呼び起こされるような感覚に陥る。なんだ。なんなんだこの感覚は。俺のずっとずっと深い奥底に閉じ込めておいたものが溢れ出そうになる。

俺はそれを必死に押し込める。かつて俺の中には理性の化け物が巣くっていた。でもそれはもう飼い慣らしたはずだ。完全に手懐けたとまでは言えないがそれでも充分と言えるほどには克服したと自分では思っている。

だが、今、俺の中に溢れ出そうになっているそれとは比べ物にならないほどの”何か”だ。一体、これは、、、。

 

 

「先輩、大丈夫ですか?」

 

「え?」

 

 

一色の声で現実に引き戻される。

既に陽乃さんの姿はない。

 

 

「ああ、悪い。ちょっと考え事をな」

 

「まぁなんでもいいですけど、先輩、陽乃さんとなんかあったんですか?雪ノ下先輩がどうとかって言ってましたけど」

 

 

一色は怪訝そうな視線を投げかけてくる。

 

 

「バカ、俺があの人となんかあるわけねぇだろ。それに雪ノ下のことなら昔からだろ」

 

 

そうだ。あの人は何かにつけて雪ノ下の名を出して俺を揺さぶってきた。それに何の意味があったのかは知らないが。

 

 

「まぁーそうですよね。陽乃さんはもう雲の上の存在ですからね」

 

「雲の上?」

 

 

一色の言葉に疑問を覚える。確かに昔からあの人は俺よりも遥か高い場所にいたけど。

 

 

「あれ?先輩。雪ノ下先輩のお家のこと知らないんですか?」

 

 

一色はやや首を傾げて問いてくる。

それはあの小屋で読んだ古新聞に載っていたことだろうか。全てを知っているわけではないが、一応は知っているのでそう答える。

 

 

「雪ノ下先輩のお家があんなことになっていろいろ大変だったみたいなんですけど、陽乃さんが大学を卒業してすぐにお父さんの会社を継いで、あっという間に立て直したんですよ」

 

「おお、そりゃすごいな」

 

 

やはりそうだったか。あの有能な人間たちが集まっているのだ。そうなっていてもおかしくはない。

 

 

「それで今や大企業のトップですよ。社長じゃないらしいんですけどね」

 

「ほー、参謀役って感じか。あの人らしいな」

 

 

陽乃さんは華々しい表舞台で活躍している姿も非常によく似合っているが、裏で参謀役として暗躍している姿もまたよく似合っている気がする。

 

 

「葉山先輩のお家ともいろいろあったみたいですけど、私もよくわかりません」

 

「まぁあれだけのことがあれば仕方ないだろ」

 

 

いくら家同士が親密な関係にあってもそれが揺らぐほどの事件なのは間違いない。でも今も葉山と雪ノ下の関係は良好だ。いや、高校時代よりもよくなっていると言ってもいい。何があったかはわからないが俺が心配するほどのことでもないだろう。

 

 

そんなことを思っていると一色はどこか羨むような顔をする。

 

 

「雪ノ下先輩は本当にすごいです。あんなことになっても負けずに自分を貫いた。本当に私の先輩”たち”はすごい人ばっかりですよ」

 

 

確かに雪ノ下はすごいと思う。そんな環境に置かれても負けず、挫けずに自分の夢を叶えた。一色は複数形で言ったが俺の周りにはすごいやつがいっぱいいるからな。俺とか。

 

 

「先輩は違いますよ?」

 

「なんでだよ」

 

「なんでもです♪」

 

 

一色は少し前かがみになって俺を覗き込むように言う。なんで最後に♪ついてんだよ。というか近い。ほら、前かがみになってるから胸元が開いて中が見えそうだから。俺も前かがみになっちゃうから!

 

 

 

 

×××

 

 

 

それから俺たちはら◯ぽに戻って買い物を再開した。

一色にリカちゃん人形の如く着せ替え人形にされ、夏物の服を何点が購入した。

 

 

「私が選んであげたんですから大事に着てくださいね!」

 

「あー」

 

「どうしたんですか。そんな声出して」

 

「財布が薄くなった」

 

 

俺の大事な諭吉さんと英世くんがいなくなった。一色は元ショップ店員なだけあって洋服を進めるのがうまい。似合ってますよーという口車にまんまと乗せられて値段を気にせず購入してしまった。今月はもう厳しいな。でも貯金は切り崩したくない。給料日までマッカンで凌ぐしかないな。

 

 

そんなこんなでもうだいぶいい時間だ。そろそろいいだろう。帰ってから食べるのは面倒なので、出先で夕食を済ませておきたかったのだが、お金がないので我慢しよう。

 

 

そんなことを考えていると一色が尋ねてくる。

 

 

「これからどーしますか?」

 

「そろそろ帰るか。もういい時間だし」

 

「じゃあご飯食べて帰りましょうか」

 

「え、いいよ」

 

「なんでですか。あ、お金使い過ぎちゃいました?なら、私が奢りますよ?今日、付き合ってもらったお礼です」

 

「いや、いいよ。その、女の人に奢ってもらうのはあれだから」

 

「この間も奢ったじゃないですか」

 

「あれは違うだろ」

 

 

あれは報酬という形で甘んじただけだ。俺は施しは受けないタチなんだよ。ほら、後が怖いから。特に一色はな。

 

 

「えー、行きましょうよー」

 

 

一色は俺のTシャツの裾を掴んで揺らしながら言う。ああ!もう!やめろって伸びちゃうだろ。

俺が何も答えずにいると、諦めたのかようやく離してくれる。ふぅー。助かったぜ。

 

 

あざとい後輩の攻撃から解放されて一息ついていると、一色は黙り込んでしまう。どうしたん、いろはす?

 

 

黙り込んだ一色を見ると、目を潤ませて顎に手をやり言う。

 

 

「せんぱいっ。私とじゃ、、イヤ、、ですかぁ?」

 

「い、イヤじゃねぇけど、、、」

 

 

キラキラしたオーラを纏った一色に惑わされてつい答えてしまう。その答えを聞いて、彼女はニヤっと笑って俺の肩を叩く。

 

 

「じゃあ決まりですね!行きましょー」

 

 

元気よく言う一色。お前、どんだけ俺と飯食いたいんだよ。

 

 

「今度は何食うんだよ」

 

「うーんと、”最後”ですからね。先輩にお任せします!」

 

「最後?」

 

 

一色の言った”最後”という言葉にやや疑問を覚えるが、俺がその言葉を繰り返してもスルーされたのでこれ以上は聞くまい。まさかあれじゃないよね?実は不治の病で余命1カ月みたいな。んな訳ねえか。いろはす殺したら画面の向こうの皆さんに怒られそうだし。

 

 

という訳で夕食も共にすることになったのだが、お任せと言われてしまった以上、俺が決めねばなるまい。

 

 

さて、どうするか。昼食に行ったような店を俺は知らないし、かといって安いサ◯ゼと言っても拒否されるのは目に見えている。よし、ここはやはりラーメンで行くか。

 

 

「一色、ラーメンでいいか?」

 

「え?ああ、私はなんでもいいですよ!」

 

 

あれ?いつもと逆のパターンだ。いつもならなんでもいいと言われてから自分の提案を出すと拒絶されるという悲しいオチが待っているのだが、今回は逆だし、一色はニコニコと笑っている。まぁお気に召して頂けたらな光栄です。

 

 

ら◯ぽを出て、近くのラーメン屋で夕食を済ませる。

 

 

「おいしかったですね!もうお腹いっぱいですよ」

 

「お前、結構がっつり食ってたもんな」

 

「え、私の食べてる姿、そんなに見てたんですか?」

 

「いや、テーブル席で食ってたんだからイヤでも目に入るだろ」

 

 

一色はそれもそうかと納得する。しかし、一色はマジで結構がっつり食べていた。女性なら口臭の元になるニンニクの類は嫌がると思ったのだが、そんなことはなく、彼女はラーメン一杯と餃子、俺と半分こにしたチャーハンをペロリとたいらげた。いろはすお腹空いてたのかな。

 

 

ラーメンを食べたせいでやや高くなった体温を梅雨時の夜の風がすーと冷まして行く。

 

 

「よし、そろそろ帰るか」

 

「はい」

 

 

俺たちは静かに駅までの道のりを歩く。先ほどまで元気だった一色はなぜだか名残惜しそうな顔を浮かべている。なんでだ。なんでそんな顔をしている。今日、時折見せていた表情と何か関係があるのか?

しかし、そう思ってもその理由を尋ねるのは憚られてしまう。

 

 

そんなことを思っていると一色はようやく口を開く。

 

 

「先輩、今日は楽しかったですか?」

 

「なんだよ。急に」

 

「どうだったんですか?」

 

 

急にどうしたというのだ。先ほどの空気感のせいでなんとも答え辛い。

しかし、一色の真剣な眼差しに根負けしてしぶしぶ答える。

 

 

「まぁ楽しかったよ。ありがとな」

 

「はい!」

 

 

彼女が笑顔で答えた後、またしばしの沈黙。駅まではもうすぐだ。

そのとき、どこかから鼻をすするような音がする。一色か?

聞こえた後に彼女の足取りがやや早くなり、俺よりも前を歩く。

 

 

そして少し歩いて一色は立ち止まった。

 

 

「先輩」

 

 

彼女は振り返らずに言う。気のせいだろうか。どこか涙ぐむような声だ。

 

 

「ど、どーした?」

 

 

×××

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

 

 

私も本物が欲しくなった。

 

 

先輩の言葉を聞いて、私も欲しくなった。

私は空っぽだった。だから欲しくなった。

私は恋をしていた。先輩言うそれが欲しくなって行動に移した。

 

 

けれど、手に入らなかった。

手に入れるどころか、私は私を見失った。

 

 

それからだ。自分がよくわからなくなったのは。

 

 

私の好きだった人は完璧で全てを兼ね備え、私の理想の人だった。

突然現れた先輩はその人にはどう比べても及びもつかない。でも。

 

 

”俺は本物が欲しい”

 

 

そのたった一言で全てをひっくり返してしまった。

 

 

けれど、それは私に向けられた言葉ではない。

私はそれを盗み聞きしただけ。

 

 

先輩には大切な女性が2人いた。

私では到底勝ち目のない2人。

 

 

でも時間が過ぎて行けば行くほどに私の中に燻っていたものがどんどん大きくなっていった。

 

 

気づいたときにはもう隠しきれないほどになった想いは私を変えていた。もう誤魔化すのはやめよう。私にだって本物を欲する権利がある。それは人それぞれ平等にあるはず。

 

 

だから負けない。絶対に勝ち取る。

そう決めた。

 

 

 

 

でも先輩はいなくなった。

 

 

 

 

突然だった。理解できなかった。

そんなことするばすない。ある訳がない。でも現実は違った。

 

 

 

事件当時は皆の話題をさらった。

でもそれは一瞬であり、次第に先輩の存在は薄れていった。その後に起きた雪ノ下先輩の家の事件で先輩の存在は完全に消えてしまった。

先輩と近しい人たち以外、皆、誰もが彼を忘れていった。

元々、陰が薄い存在ではあったけど、でもそれは私にも影響を及ぼした。

 

 

 

どこにいるのか。なにをしているのか。全くわからない。

何処かへと消えてしまった先輩。残ったのは私の想いだけ。

 

 

 

どうしたいいのかわからなくなった。もう届けることのできないこの想いを一体どうしたらいいのか。どこへ向ければいいのか。

 

 

 

私はズルをした。

この想いをどうにかしたかったんだと思う。

どんなに追いかけても届かないものを求めても仕方ない。

 

 

 

私は諦めてしまったのだ。

 

 

雪ノ下先輩や結衣先輩のように私は強くなかった。私は弱かった。そんな弱い自分を隠すために私はもう一度葉山先輩を好きになることにした。

先輩に対する想いを葉山先輩にすり替えた。

元に戻っただけだ。そう自分に言い聞かせた。でもそれはやがて歪んで行く。気づいた頃にはただ葉山先輩に執着していただけ。固執していただけ。

 

 

もう恋とは呼べないものへと変わってしまった。

 

 

 

当然、そんな歪なものが実るはずがない。

 

 

 

しかし時間は雄大なもので全てを風化させてくれる。そんな想いも私の思い出となっていった。

 

 

 

 

 

しかし、あの2人は諦めていなかった。

 

 

 

どんなに辛くても。

 

 

 

自分の家が没落しても。

 

 

自分が男の人に乱暴されそうになって酷く傷ついても。

 

 

 

あの2人は私の尊敬する人だ。

 

 

 

彼女らの想いは私とは比べ物にならない。比べてはいけない。

 

 

 

 

時は過ぎて、大人になった。

私は相変わらず不毛な日々を過ごしていた。

 

 

 

そんなある日。先輩が戻ってきたという噂を聞いた。それは私の心をざわつかせた。

 

 

先輩に会いたい。でも会いには行けなかった。

 

 

遠い昔にすげ替えた大切な想いが溢れ返ってしまいそうで。

 

 

 

 

私にはもうそんな権利はない。私は先輩を諦めてしまったから。

先輩にはあの2人がいる。だから私は必要ない。

 

 

そう自分に言い聞かせて必死に誤魔化した。

 

 

でもダメだった。

 

 

自分が困っているということを理由に雪ノ下先輩に頼んで会いに行ってしまったのだ。

 

 

 

案の定、私の心の中の想いは溢れ返った。

 

 

8年越しの再会だというのに先輩は私の依頼を快く受けてくれた。そして解決してくれた。

 

 

 

もう私の心を再び射止めるには充分過ぎるほどだった。

 

 

 

私は後悔した。なぜ会いに行ってしまったのか。

 

 

 

もうこの想いを押し留めることはできない。

 

 

 

でもこの想いを届けることは許されない。

 

 

私は諦めてしまったから。だからもう欲しいなんて言えない。

 

 

私は知っている。

 

 

結衣先輩の先輩に対する想いを。

雪ノ下先輩が先輩に抱いている想いを。

 

 

 

だから私はもう邪魔はしない。もう勝ち目がないから。

どんなに取り繕ったところでいつかはボロが出る。もしそうなったとき、先輩をもう一度失ってしまったら私はどうなってしまうのだろう。考えたくもない。

 

 

 

だから私は本当に諦めることにした。

 

 

 

この傷を胸に生きていくことを決めた。

 

 

 

でも最後にもう一度だけ我が儘を聞いてもらえるなら。

 

 

 

先輩を好きな私で一緒に居たかった。

 

 

 

もうそれだけでいい。それだけで満足だ。

 

 

 

 

なのに、満足したはずなのに。

帰り際になって迷っている。

 

 

 

先輩は私には問いかけてくる。

 

 

 

「ど、どーした?」

 

 

今、先輩に告白したらどうなるのだろう。もしかしたら付き合ってくれるかもしれない。そんなことが頭を過る。

 

 

「先輩、、、」

 

 

私は振り返ることができない。

今の顔を見られたら悟られてしまうかもしれない。

 

 

 

ダメだ。私には出来ない。もうこれ以上ズルをしてはいけない。

 

 

「おい、一色。大丈夫か?」

 

 

そんな優しい声をかけないでくれますかね。今にも泣いちゃいそうですよ。

 

 

 

ダメだよ。頑張れ私。負けるな一色いろは!

 

 

先輩を好きな私はもう終わり。

今からは先輩を応援する私。

 

 

大きく深呼吸をしてから私は言う。

 

 

 

「先輩。結衣先輩とはどーなってるんですか?」

 

「は?なんだよ、急に」

 

「いいから答えてください!」

 

「どうって言われてもな。特になにもないとしか」

 

 

先輩はきっと今、呆れたような表情をしているんだろうな。こんなこといきなり言われたら誰だってそうなるよね。

 

 

「じゃあ雪ノ下先輩は?」

 

「それは昼間言ったろ。最近、会ってないって」

 

 

ああ、そうだっけ。

先輩は奥手の中の奥手だから、自分から何かしようとしたりはしない。だから私が背中を押してあげる。

 

 

「じゃあ連絡取ってください。それでデートに誘ってください」

 

「は?いきなりなに言ってんの?は?」

 

 

先輩は本当に困惑している声を出す。

もうわけがわからないよ!とか思ってるんだろうな。たぶん。

 

 

「ほら、今日1日私とデートできたじゃないですか。今日はその為の練習だったんですよ?」

 

「はぁ。なんか裏があるのかと思えばそういうことかよ。てか、余計なお世話だ!」

 

「昔、葉山先輩とのデートのプランを一緒に考えてもらったじゃないですか。それのお返しです」

 

 

そう。これは8年越しの恩返し。

 

 

「というか、一色さん?いつまでそっち向いてるの?」

 

 

痛いところを突いてくる。声はまだ普通に出せているけど、私の今に泣き出しそうな顔は絶対に見せられない。もう少しだ。頑張れ私。

 

 

「ということなので、ちゃんと誘ってくださいね!約束です!」

 

「なんで女の人をデートに誘う約束をお前としなきゃならないんだよ」

 

「いいんです!約束ですからね!破ったら、、、」

 

 

私の言葉を全部聞く前に先輩は落胆したような声で言う。

 

 

「わかったよ。誘う。これでいいんだろ?」

 

「誘わなかったら後でちゃんとわかるんですからね?」

 

「、、、」

 

 

ふふっ。先輩は絶句している様子だ。私の怖さは先輩も知っているですよね?

 

 

よし。そろそろ終わり。もうここで終わり、、、。

 

 

「先輩」

 

「なんだよ」

 

 

先輩はいままでの私の不審な言動に気づき始めているかもしれない。これ以上長引かせてもいいことはない。

 

私はさっと振り返って顔が見えないように深く頭を下げる。

 

 

「先輩。今日はありがとうございました!」

 

「お、おう」

 

「本当にありがとうございました、、、」

 

「いや、そんなにならなくても」

 

 

先輩は困ったように言う。大丈夫です。もう先輩を困らせるようなことはしませんから。

 

 

 

「いえ、先輩は私の恩人ですから。だからありがとうございました」

 

 

 

 

私に大切なものをくれて。

私に大事なことを教えてくれて。

 

 

私に人を好きになるということを教えてくれて。

 

 

「本当にありがとうございました、、、」

 

 

 

 

 

まずい。言葉の最後に涙篭るような声が出てしまった。

もういい。これでいい。感謝の気持ちは伝えた。私の気持ちは伝わらなくとも。

 

 

私は頭を上げて、さっと身を翻す。

 

 

「それじゃ、先輩。さよならです」

 

 

私は走り出す。

 

 

「お、おい。駅、すぐそこだけど。一緒に、、、」

 

 

先輩の制止を振り切って私は走る。

これでいい。ここで先輩を好きな私とさよならするんだ。

 

 

 

 

もっと遠くに行かなければ。既に涙は溢れ出している。こんな顔を見られるわけにはいかない。

 

 

しかし、左足からバキッと嫌な音がして私はその場に倒れ込む。見ると左側ののヒールが見事に折れている。はぁ、ついてない。あと痛い。

 

 

けれど、立ち止まっている暇はない。もう先輩の姿は見えないけど、こんなところで泣いている姿は他人に見られたいものではない。

 

 

立ち上がろうにも左足に力が入らない。捻ったのかな。もう最悪。

 

 

しかしここでもっと最悪なことが起きる。

 

 

「おーい。一色ー!」

 

「せ、先輩、、、」

 

 

なんで?どうして?私は駅とは逆の方に走り出したのに。

先輩は私の近くまでやってきて腰を下ろす。

 

 

「一色。これ、、、。ってなんで泣いてんだよ」

 

 

私はなにも答えることができない。

先輩は私の足を見て言う。

 

 

「転んだのか?」

 

「は、はい」

 

「そんなに痛かったのか?」

 

「え?」

 

「いや、だって泣くほどだから」

 

 

先輩は心配そうな顔で言う。

それがなんだかおかしくなってぷっと吹き出す。足が痛いわけじゃないって。でも上手く誤魔化すことができたみたいだから良しとしよう。

 

 

「な、なんだよ。人が心配してるってのに」

 

「なんでもないです。でも先輩らしいなと思って」

 

「らしい?ああ、そうだ。めっちゃ心配してる。いつも心配してるぞ。なんなら人の心配し過ぎて自分の心配を忘れるまである」

 

 

先輩はそっぽ向いてそう言った。本当に先輩らしいですね。

 

 

「歩けるか?」

 

「無理そうです」

 

「まずいな。電車乗っても歩けないんじゃ家まで帰れないよな。そうだ。駅のタクシー乗り場まで行くか。タクシーなら家まで直で帰れるだろう」

 

 

やめてくださいよ。そんなに優しくされたら私の決意が折れたヒールよろしくバキッと折れてしまいそうになります。

 

 

「はい、、、。じゃあそうします」

 

「んじゃ、肩貸すから」

 

 

先輩に肩を借りて立ち上がる。

そしてヨタヨタと歩き出す。

 

 

「先輩、歩きにくいです。それと痛いです」

 

「ああ?じゃあ仕方ない。お前が良ければおんぶするけど」

 

 

は!?おんぶって!!

私の固い決意がどんどん揺らいでいく。そんな先輩と密着するようなことしたくないです!てか、先輩ってそういうことあざといですよね。というか歩きにくいって言った私が悪いんですけど。

 

 

「どーする?」

 

「お、お願いします、、、」

 

 

はぁあー!私としたことが欲望に負けてしまった。でもこれは先輩も言ったように仕方ないこと。そう!そういうことにしよう!

 

 

「よっこいしょっと」

 

 

先輩は私をいとも簡単におぶって歩き出す。先輩の背中はとても大きかった。いつの間にこんなにガタイ良くなったんですか?あとちょっと男臭いです。

 

 

「なんか言ったか?」

 

「なんでもないです!」

 

 

やばい。男臭いとか思ってることがバレたらすぐさま下される。なんならここに置いていかれるまであります。

 

 

そんなことを考えていると、ふと、あることに気づく。それを先輩に尋ねる。

 

 

「なんで先輩追いかけてきたんですか?」

 

「ああ、忘れてた。これ、お前が落としたから届けようと思って」

 

 

先輩はポケットから私の携帯を取り出す。あーあ、なにやってんだろ私。これじゃ全部台無しじゃん。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

「おう」

 

 

それから特に会話もなく駅のタクシー乗り場に辿り着き、私は近くのベンチに腰を下ろす。

 

 

「先輩、もう大丈夫です。ありがとうございました」

 

「え?まだタクシー来てないけど」

 

「大丈夫です!」

 

 

一緒にタクシーを待とうする先輩をなんとか押し返す。

 

 

「そ、そうか。なら行くわ」

 

 

そう言って先輩は私の元を去る。

これ以上一緒に居たら、また惚れてしまう。好きになってしまう。それだけはダメなんだ。

 

 

この想いは届かなくていい。この想いを届けてはいけない。この想いは私だけが知っていればいい。

 

 

私は大きくため息をつく。

 

結局、私をこんなにした”責任”取ってもらえなかったな。まぁ私が悪いんだけど。

 

 

私は捻った足よりもズキズキと痛む胸を押さえながら、先輩の後ろ姿を見送る。

 

 

 

 

 

私の頬に一筋の涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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