身を隠しながら、またホームレスを数人やり過ごして3つ目のチェックポイントの前までやってきた。途中に盗聴したホームレスの会話で得た情報によると先ほどの敵襲騒ぎは鎮火したようだ。しかし、俺たちとは別にいる侵入者を捕らえることは出来なかったようでホームレス達の動きが活発になっている。まだ警戒態勢も解かれていない。全く余計なことをしてくれたぜ。
現在、俺の目の前にある3つ目のチェックポイントはこれまでとは違い、小さな集落のような感じだ。よって巡回しているホームレスの数も今までとは段違いに多い。今確認できているだけでも14人。遠くから双眼鏡で覗いだけなのでおそらくまだマーキング出来ていない奴も多数いるはず。4つ目のチェックポイントは雪ノ下の情報によると小さな小屋が1つあるだけで人気はないそうだ。5つ目は砦の中心に位置する本丸なので、そこに辿り着くまでの道のりの中ではここ、3つ目のチェックポイントが鬼門になりそうだ。
先ほど、雪ノ下に通信を行った際、三科は4つ目のチェックポイントに到着したとのことだった。俺も負けてはいられない。
俺は場所変えて、少し高くなっている見晴らしのいいところからマーキング作業に徹する。三科に遅れを取っているからといって慌てても仕方がない。俺は俺の取れる最善の方法で潜入するだけだ。
新たに6人ほどマーキングに成功し、潜入ルートを考える。今確認出来ているホームレスの数は20人。今までのように集落の外側を迂回して行くルートは今回は使えない。敵襲騒ぎの影響でホームレスの巡回が集落の外まで拡大している。それのさらに外側を大回りしていってもいいのだが、それでは時間がかかり過ぎてしまう。さて、どうするか。
少し悩んでいると雪ノ下から通信が入る。
「潜入ルートを決めかねているようね」
「ああ、敵襲騒ぎは予想外だったからな」
「今回の潜入ルートは絶対というわけではないわ。こちらで別のルートを策案しても構わないわ」
「いや、大丈夫だ」
「そう?それほど大変な作業ではないわよ?」
「いや、この潜入ルートはお前が考えた最短、かつ安全なルートなんだろ?今から別のルートを模索するより、ここを安全に抜けられる方法を考えてもらったほうがいい」
「そ、そう。高く買ってもらって光栄だけれど、私も潜入については素人よ。あまり信用しすぎないで。最終決定は現場のあなたに任せるわ」
「わかった」
雪ノ下の言う通り、彼女は素人かもしれない。それについては俺も一緒だ。
これからどうするかの相談をしようとすると雪ノ下が言う。
「ごめんなさい。三科さんから通信が入ったわ。一旦切るわよ」
「おう」
通信を切ってすぐにまた雪ノ下から通信が入る。
「三科さんが敵ホームレスから得た情報なのだけれど」
「なんだ?」
「現在、ターゲットがその集落の中に潜伏しているそうよ。双眼鏡を使って探してみてくれるかしら?」
「了解」
俺は双眼鏡で集落の中を見渡す。その中に一箇所、ホームレス達が5人ほど集まっている場所がある。そこにズームする。ホームレス達が集まっている場所はその集落の中で一番大きな建物の前。しばらく観察していると、大きな建物の扉が開き、中から1人出てくる。
「比企谷くん。その人物が今回のターゲットよ」
「ほう、あいつか」
俺はその人物にマーキングをつける。
「比企谷くん。潜入ルートを変更するわ。これからはターゲットを追う形にしてもらうけれどいいかしら?」
「了解」
しばらく観察しているとターゲットに他のホームレス達も寄ってくる。10人ほど集まったところでターゲットに動きがあった。
「ターゲットは他のホームレスを引き連れて移動するようね」
「ああ、随分厳重な警備だな」
「それほど重要人物ということかしら」
「まぁまだよくわからんな」
「あれだけの人数を従えていては安易には近づけないわね」
「そうだな。ターゲットが向かう先でホームレスが捌けたところを狙ったほうが良さそうだ」
そんな会話をしていると、別の場所にもホームレスの集まりを見つける。人数は5人ほど。
「あっちは何やってるんだ?」
「彼らはなにかしらね。見た所、彼らも別の場所に移動するようだけれど」
雪ノ下の言った通り、ターゲットとは別の部隊も連なって集落の外へと出て行く。
「別の場所を巡回に行くようね」
「よし、これで警備は手薄になったな。ターゲットの追跡を開始するわ」
「ええ、でも気を抜いてはダメよ」
「了解」
そう言って俺は通信を切る。
この集落にこれだけのホームレスが集まっていた理由はターゲットが潜伏していたからだったのか。でもターゲットに10人。別部隊に5人。ということは残っているのは5人。まだ他にもいるかもしれない。先ほど寝ていたホームレスの件もある。慌てず、慎重に行動しよう。
そろりそろりと歩みを進め、集落の中に潜入する。この集落は焚き火や松明、発電機からの照明が数多くあり、身を隠すのも一苦労だ。
建物の影や無造作に置かれた資材などに身を隠して進む。しかし、この短期間でこれほどの建物を建築できるものなのだろうか。ホームレスが集まり始める前はここら辺一帯は何もなかったらしい。ここまで目にした建物はどれも古びていたように思える。ホームレス達がどこかから調達してきたもので建築されたものかもしれないが、どこか腑に落ちない。これだけの規模のものを一体どうやって?何も知らない人が見たら映画の撮影に使うセットか何かと勘違いするかもしれないな。
俺はマップにマーキングされているホームレスの位置を随時確認しながら慎重に進む。確認できているホームレス5人のうち3人は焚き火の周りに固まっている。残るは2人。そいつらはターゲットが通っていた道に陣取っている。そこを進まなければターゲットを追うことができない。何か奴らの気をそらす手を考えなくてはいけない。
俺は現在、この集落の一番東に位置する小屋の裏に身を潜めている。
ここにはダンボールやらが無造作に置かれている。ここには使えそうなものはなさそうだな。
別の場所へと移動しようとした時、杏里さんから通信が入る。
「助手くん。いいものを手に入れたな」
「いいもの?」
「目の前にあるではないか」
「いや、ダンボールしかないんですけど」
「私が言っているのはダンボールのことだよ。かの有名な英雄は潜入時にそれを被っていくつもの戦場を潜り抜けてきたそうだ。君も試してみればどうだ?」
やっぱりか。あんた、M◯S好き過ぎるだろ。それにあれはゲームの中でこそ出来ることであって、現実には無理なことだ。俺はその旨を伝える。
「杏里さん。俺は戦場でダンボールを被る趣味はないですよ」
「では、卑猥な雑誌を見る趣味はあるのかい?」
まだ引っ張るのかよ。もうやめて!
そんなことを思っているとすぐ近くに足音が聞こえる。やはり全てのホームレスをマーキング出来てはいなかったか。
「助手くん!そのままでは見つかってしまうぞ!早く、早くダンボールを被るんだ!」
そんなに被って欲しいのかよ。やっぱあんた変わってる。
しかし、このままでは本当に見つかってしまう。仕方ない。俺は体を覆い被せるほどのダンボールを手早く見つけて中に身を潜める。ちょうど目線の位置に丸く切り抜いてある部分がある。本来なら取っ手の部分だ。俺はその部分から外を覗き込む。すると、向こうから歩いてくるホームレスを発見する。双眼鏡でマーキングをつけるのも忘れない。
そのホームレスはここに置いてあるダンボールを1つ手に取り、来た道を引き返していく。マジやべぇ。めっちゃドキドキする。
緊張からか息も上がってきた気がする。俺はゆっくりと息を吐き、通信を再開する。
「助手くん。言ったではないか。ちゃんと身を隠せただろう?ダンボールは有能だ」
「確かに出来ましたけど、、」
「では、ダンボールを使って潜入を続けてくれ」
「はあ、、」
杏里さんは満足げにそう言って通信を切る。今の俺、ハタから見たら変態だよね。
でも確かにダンボールが使えることはわかった。使えるものはダンボールでも使う。当たり前か。
俺は一旦、ダンボールをバックパックに仕舞い込んで、先に進む。どうやってしまったのか?それは聞かないでくれ。
俺は道を塞いでいる2人のホームレスの前までやって来た。2人は特に武装しているわけではなさそうだ。
俺が進もうとしている道は煌々と光が照らされており、いくらダンボールを被っていても容易に見つかってしまう。何かこれを上手く利用出来ないだろうか。
悩む俺の所に雪ノ下から通信が入る。
「比企谷くん。ダンボールを手に入れたようね」
「ああ」
「ダンボールには様々な使い方があるわ。被って身を隠したり、隠しながら移動することも可能よ。宛先を書いて配送所に置いておけば目的地まで配達してもらうこともできるわ」
最後に言ったのが本来の使い方なのだけれど、、、。まぁいい。杏里さんに感化されている今の雪ノ下に何を言っても意味はなさそうだ。
「あともう1つ」
「まだあるのか」
「ええ、バックパックの奥の方にポスターが入っていると思うから取り出してみてくれるかしら」
腰のバックパックに手を突っ込んで弄る。確かに一番奥の方に小さく折り畳まれた紙が入っている。広げてみるとそこには等身大の水着姿の由比ヶ浜がいた。なんでこんなものが入ってんだよ。あとで家に持って帰ろう。
「こんなポスター、どうやって手に入れたんだよ」
「ネットに売っていたわ」
ファ!?なぜ由比ヶ浜の水着姿がネットに流出しているんだ。あ、最近、抱き枕カバー発売されたっけな。俺は戸塚のが欲しい。
「そのポスターをダンボールに貼って敵の気を引くことが可能よ。それを使ってそこを切り抜けて」
「いや、これ使ったら由比ヶ浜に怒られるだろ」
至極もっともな意見である。先ほどの公衆トイレのくだりで散々気持ち悪がられたのにこんなものを使っているのがバレたら本気で嫌われるまである。
しかし、これを用意したのは雪ノ下だ。もしバレたらすぐさま雪ノ下のせいにしよう!そうしよう!名案。
「ん?何やらクズの考えが見え透いているわ。私のせいにしようとしても無駄よ。それはあなたが作成してそこに持ち込んだことにするなんて簡単なことよ?」
「、、、」
まぁそうだよね。雪ノ下さんがそんなヘマするわけないよね。うん、わかってた。
「早くしてちょうだい。今、由比ヶ浜さんは席を外している状態よ。彼女が戻ってくる前に早く」
これを使っているのを由比ヶ浜に見られるのはお前も嫌なのね。まぁいい。
俺は1つ疑問が浮かんだのでそれを雪ノ下に尋ねる。
「由比ヶ浜だけしかないのか?」
「なっ!」
「え?」
「あ、あなたはバカなの?なぜ私の水着姿のポスターをあなたに渡さなければいけないの?そんなものを見ても誰も得はしないし、第一、私では敵の気は引けないわ!」
雪ノ下は突然捲し立てるように言う。
「いや、誰もお前のポスターなんて言ってないんだけど」
「、、、」
無言のまま、通信は切れてしまう。
雪ノ下の奴。一体どうしたんだ。いや、確かに由比ヶ浜に比べれば雪ノ下の胸部は薄いかもしれないが、一部の人には需要がある。それに顔は一級品だ。そこそこ、気は引けると思う。というか、そもそも女性の水着ポスターで気を引こうというのが間違っている気がするのだが。
まぁ、考えていても仕方がない。試してみるか。
俺は由比ヶ浜の水着ポスターをダンボールに貼り付けて、それを被ってゆっくりと進み始める。
道を塞いでいるホームレスから見えないギリギリの位置まで行き、ダンボールから這い出て、近くの草むらに身を隠す。
由比ヶ浜ダンボールは道のど真ん中に位置している。
これで設置は完了だ。先ほど入手しておいた空き缶を取り出す。それを由比ヶ浜ダンボールに向かって投げる。許せ、由比ヶ浜。
俺の手から放たれた空き缶は見事にダンボールに当たって、カランと音を立ててくれる。
「なんだ?」
「確認しに行こう」
よし、反応してくれた。ホームレス達はすぐにダンボールに気がつく。
最初は少し離れた場所で疑い深く様子を見ていたが何かに気がついて2人とも全力疾走で由比ヶ浜ダンボールに駆け寄ってくる。
ホームレス達は由比ヶ浜ダンボールの前でうっとりした表情を浮かべている。なんかよくわからんけど、上手くいったようだな。
由比ヶ浜ダンボールに夢中になっているホームレス達の後ろを通って俺は集落を抜けた。許せ、由比ヶ浜。
×××
集落を抜けて、マップに表示されているターゲットのマーキングを頼りに後を追う。ターゲットは緩やかなペースで進んでいるため、俺との距離はそう開いてはいない。ターゲットが進んでいるルートから察するにやはり中心にある砦に向かっているようだ。雪ノ下が用意したルートとは違う道を進んでいる。俺はもう少し先に行くと少し開けた場所に出るようだ。ターゲットはその場所を既に抜けている。
俺は細心の注意を払いながら進む。
俺は先ほどの少し開けた場所に到着した。そこは身を隠せるようなところは少ない。辺りは月明かりによって照らされている。
ここで突然、雪ノ下から通信が入る。
「比企谷くん。ちょっと待って」
「どうした?」
「そこには腕利きの女スナイパーが出没するという噂があるの」
スナイパーって。打たれたら死ぬじゃん。八幡まだ死にたくない。よし、帰ろう。今すぐ帰ろう!
というか、それはどこ情報なんですかね?
「砦まではそこを通っていくのが本来最短ルートなのだけれど、その女スナイパーとやらが厄介でね。だからその道は採用されなかったの」
「んじゃ、遠回りするしかねえな」
「そうね。ターゲットの目的地は砦なのは間違いわ。ここは安全策を取りましょう」
「わかった。じゃあ他のルートを、、、」
言い終える前に俺の左腕に何かが直撃した。
「いってぇ!」
「比企谷くん!?」
あまりの痛さにその場に跪く。
「比企谷くん!大丈夫!?」
雪ノ下の問いに答えようとした時、俺の跪いているすぐ近くをパシュっと何かが通った音がする。それは続けて何回も。
「比企谷くん!隠れて!」
俺は痛む左腕を押さえながら、近くの岩陰に身を隠す。
「な、なんだよ!今の!」
「どうやら現れてしまったようね」
おいおい、マジか!
こんな暗闇の中でも正確に撃ち込んでくるのかよ。どこのクワ〇エットさんだよ!
「発砲した音は聞こえなかったぞ!」
「敵はサプレッサーを使用しているようね。比企谷くん。撤退しましょう。まずはあなたの安全が最優先だわ!」
「ああ、わかってるが、ここから出ればまた撃たれる」
くそ!マジで痛い。銃で撃たれるとこんなに痛いのかよ。銃?あれ?血出てない。俺は撃たれた左腕の袖を捲り上げて確認する。そこには青く痣ができていた。
「雪ノ下、敵は本物のスナイパーライフルを使ってるわけじゃなさそうだ」
「ええ、そうね。実弾ならあなたはもうこの世に居ないわ」
撃たれたの腕だからね?対物ライフルでもない限りは1発で死ぬことはないだろう。いや、撃たれたことないからわからんけど。
「敵はゴム弾を使用している模様よ」
「ゴム弾?」
「まぁ要するに非殺傷武器ね」
なるほど。スタン系の武器を使ってらっしゃるのね。麻酔弾じゃなくてよかった。てか、俺をスタンさせてどうするつもりだよ。まさかフルトン回収するつもりじゃ。
「相手のマザーベースに回収されたくなかったら早く逃げなさい!いい?」
「わかってるが、この状況をどうしろってんだ。ここから出れば撃たれるぞ」
「ちょっと待ってちょうだい。何か作戦を練るわ」
そう言って雪ノ下は一度通信を切る。くそ、ターゲットとの距離がどんどん離れていく。しかし、ここでじっとしているわけにもいかない。俺は岩陰からそろりと顔を出して、様子を見る。
向こう側からは一本の赤いレーザーサイトが俺の隠れている岩に向かって伸びている。俺が顔を出しているのはバレていないようだ。そうだ。このレーザーサイトの先を見れば敵の姿を確認できるはず。俺は双眼鏡を取り出してレーザーサイトの先を覗く。暗視モードにするのも忘れない。
レーザーサイトの向こう側。よし、あともう少し。
ここでまた雪ノ下から通信が入る。
「ちょっとあなた!何やってるの?」
「よし、できた!」
マーキングを完了した瞬間、自分の頭にレーザーサイトが向けられる。やべ!
すぐに身を引っ込める。間髪入れずに敵スナイパーが放ったであろう弾丸が俺が顔を出していた方とは逆側の岩陰に飛んでくる。なんでそっちなんだ?
「敵スナイパーをマーキングしてどうするつもり?」
「いや、ここから逃げるにしても敵の位置が把握できていた方が有利だと思って」
「そう、まぁいいわ。それから他のルートを模索してみたのだけれど、やはり来た道を戻って、今回の私が用意したルートを通っていくしかないわね」
「そうか。でもそれだと時間がかかり過ぎるな。どうするか」
俺も自分なりに策を模索する。今の現状、俺は敵スナイパーに対抗する手段はない。敵は女だ。由比ヶ浜ダンボールでは効果はない。さて、どうするか。俺はやっと痛みが引いてきた左腕を押さえながら考える。そういえばなぜ左腕を狙ったんだ?雪ノ下によれば敵は腕利のスナイパーのはず。やろうと思えば初弾でヘッドショット出来たはずだ。いくらゴム弾といえど頭に直撃すれば気絶ぐらいはするだろう。それに続けて放たれた弾丸も全然明後日の方向に飛んで行っていた。今もそうだ。レーザーサイトは俺の頭に向けられたものの、弾丸は逆側に飛んできた。このことから察するに本当に腕利きのスナイパーなのだろうか?
でも雪ノ下が嘘を言っているようには思えない。そんなことをする必要がないし、現に女スナイパーは現れた。まだ女かどうかもわからないが。というか、そもそもホームレスの集団の中にそんな人間がいることがおかしい。まぁ今回の依頼はおかしなところだらけだけど。
よし、ここは勝負に出た方が良さそうだな。来た道を戻っていたら、たぶん三科が先に砦に辿り着いて、ターゲットを捕獲するかもしれない。それはそれでいいかもしれないが、俺たちとは別の侵入者もいるようだし、三科に任せきりというわけにもいかない。ここをなんとか切り抜けて砦まで辿り着かなければ。
俺が考察するに敵はそれほど熟練のスナイパーというわけではない。今までの狙撃は陽動で俺を誘い出す為だとしたらもうお手上げだ。それにヘッドショットされたからといって死ぬわけではない。相手は同じ人間だ。何も怪物と戦うわけじゃない。というか戦うわけじゃない。
え?八幡はこんなキャラじゃない?仕方ないだろ。そんなことを言うならばそもそも前提が間違っている。本来の俺なら潜伏開始地点からビビって一歩も踏み出せない。しかし、これはご都合主義というやつだ。俺が動き出さねば先へとは進まない。
「雪ノ下。俺はここを突破する」
「正気かしら?あなたにそんな危険な事をさせるわけにはいかないわ」
こんな場所に潜入させておいて、そんなことをどの口が言うのだ。
「いや、いつまでもここにいるわけにもいかない。敵が使っているのはゴム弾だ。死ぬ事はない。最悪、気絶ぐらいで済むだろう。それに敵スナイパーが他のホームレスに応援を要請しているかもしれない。新手が来る前にカタをつけたい」
「わかったわ。あなたがそこまで言うのなら協力するわ。ところで何か策はあるの?」
ない訳ではないが、まだ確証が取れない。俺は雪ノ下にそれを説明する。
「敵のスナイパーは腕利きでないと?」
「ああ、たぶんだがな。だからゆっくりと身を潜めて進めばやり過ごせるかもしれない」
「でもあなた、さっきそこから出れば撃たれると言っていなかったかしら?」
「そうだ。それが問題なんだ。今俺がここに隠れているのはバレている。敵にバレずにここから這い出る事ができればまだ可能性はある」
これが一番の問題だ。おそらくまだレーザーサイトはこちらを向いている。何か身を隠せるものがあれば。ダンボールではダメだ。あまりにも怪しすぎる。なんかステルス迷彩みたいなものがあればいいのだが、そんなものはない。
そんなことを思っていると雪ノ下が言う。
「ステルス迷彩なら既にあなたは装備しているじゃない」
「は?」
雪ノ下の言っていることの意味がわからない。ステルス、、、。あ!
「お前な、、、」
「冗談ではないわ。比企谷くん。素人のあなたがここまで発見されずに来れたのもそれがあったからこそよ」
マジかよ。俺のステルス性能パネェな。さすがステルスヒッキー。恐るべし。
「比企谷くん。戦闘は避けてね。あくまで敵をやり過ごすのよ?いい?」
「わかってる。武器もないし、近接戦闘になっても俺じゃやられるのは目に見えてるからな」
「そう、自覚があるならいいわ。では、何かあれば連絡をちょうだい。それからあと1つ」
「どうした?」
「あなた、敵に自ら突っ込んでいくなんて、随分と男らしくなったのね?」
「うるせ、ほっとけ」
短くそう言って通信を切る。仕方ないだろ。物語の進行上こうしなきゃいけないんだよ。八幡はそんなことしないなんて言われちゃ元も子もない。俺だってまたには男らしくなるときだってあるのだ。
マップに隠れられそうなところを3つほどマーキングして進むルートを決める。よし、いくか!
俺は人生初の匍匐前進で岩陰から這い出る。ゆっくりと岩陰から離れる。レーザーサイトは追ってきていない。俺のステルスヒッキーがこんなところで役に立つとは。
着ているスーツが汚れる事など全く気にせず、ゴロゴロと転がったりしながら先へ進む。ようやく1つ目の身を隠せるところまでやってきた。敵は俺に動きがあったことにまだ気づいていないようだ。現在、俺と敵スナイパーの距離は200メートルほど。先に進めば進むほど正確に狙撃される可能性が高くなる。慎重に行動しなければいけない。
少しだけ休憩してまたすぐに先へ進む。今回は匍匐前進ではなく、中腰になって早歩きで行く。地味に辛い。
極度の緊張からか、息が上がり、心臓の鼓動も随分と早い。
なんともあっさりと2つ目に到達した。そこから敵スナイパーを双眼鏡で覗き見る。先ほどは暗くてよくわからなかったが、距離が近くなったおかげで暗視モードにしなくても月明かりだけで姿を確認できる。スナイパーライフルのスコープを覗き込んでいるため顔までは視認出来ないが髪の長さから女性であることがわかる。それにしても結構華奢な体をしているように見える。
まぁそんなことはどうでもいい。早くこの緊張感を解き放ちたい。先へ進もう。
俺は3つ目の場所まで移動することに成功する。再度、双眼鏡で覗き見る。ここで搭載されている集音機能が働く。スピーカーから聞こえてくるのは鼻歌。なんで鼻歌なんか歌ってんだよ。そんな事してるから全然俺の事見つけられないんじゃん。てか、そっちの方が好都合だけど。しかし、どこかで聞いたことのある声のような気がする。んな訳ねぇか。
敵スナイパーはやはりこちらに気がついている様子はない。現在、距離は50メートルほど。敵スナイパーはここら辺の一番高くなっている場所に陣取っている。そのすぐ横を通っていかなければならない。通る時は細心の注意を払って行かなければ。そういえばこのスナイパーはなぜ1人なんだろうか。普通は狙撃手には観測手(スポッター)がついているはず。敵の位置や情報。風向きや距離を教えてくれる人。まぁ居たら俺は絶対にここまで来れなかったけどね。
俺はマップにさらに細かくマーキングを置いて行く。ここが一番の鬼門。できることは全てやる。
そろりそろりとゆっくり踏み出していく。細かくマーキングした場所を回収しながら進む。スナイパーとの距離は約20メートル。俺は再び、匍匐の体勢取り、ゆっくりと進む。
その時、何処かから声が聞こえる。
「んっんーー!」
聞こえた瞬間、心臓が飛び出るかと思うくらいに驚く。やばい、心拍数が限界を超えている気がする。緊張し過ぎて気持ち悪くなってきた。
その声は背伸びをした時に出るような声で、尚且つ若い女性の声。この場所は酷く静かだ。小さな声でもよく通って聞こえる。ここで焦って動き出せばすぐにバレてしまう。落ち着け、俺。
俺は匍匐の体勢のまま、振り返る。敵スナイパーはライフルから手を離して立ち上がり、今までずっと同じ体勢でいた為か、体をほぐす体操をしている。腰を下ろすと近くに置いてあった鞄からスマートフォンを取り出す。え、ホームレスなのにスマホ持ってんのかよ。
敵スナイパーはスマホを弄り始める。なに?飽きちゃったの?俺は敵スナイパーの行動に驚きを隠せない。しばらくその姿を観察しているとなにやら”あー”とか”どーしよ”とかなんとかいいながらスマホをポチポチ弄っている。まるで諦めてしまった想い人にメールする内容を考えているような、、、。なんでこんなに的確なのかって?いや、俺もよくわからん。
敵スナイパーはようやく送る内容が決まったのか、”よし!行け〜”とか言いながらスマホを眺めている。間髪入れずに俺のスマホが振動する。あー、びっくりした。よかったマナーモードにしといて。というか、タイミングよすぎないですかね。俺はスマホを取り出して確認する。
【一色いろは】
こんばんわでーす♪
先輩、この間の約束守りましたか?
いや、まさかね。そんなことがあるはずない。まぁでもこのメールに返信すれば全てわかる。俺は適当なことを打ち込んで送信する。
「あ!返事きた!」
もう声からしてあいつなんだけど。まだわからないからな。
【一色いろは】
なんでですかー?
早くしないと誰かに取られちゃいますよ?
取られるってなんだよ。まぁいい。さっさと確認を済ませてしまおう。俺は今どこにいる?という趣旨のメールを送る。
彼女らしき女スナイパーはスマホを確認する。すると、なにやら体を揺らしてクネクネしている。なにやってんだよ。早く返事くれよ。
それからしばらく何かを迷っているような素振りを見せた後にまたスマホをポチポチ操作している。するとすぐに俺のスマホが振動する。
【一色いろは】
どうしたんですか?まさか、口説いてるんですか?
じゃあ先輩はどこにいるんですか?
見事にはぐらかされたぜ。しかし、俺にはまだ最後の手を残している。それを彼女に送信する。
【お前の後ろにいるよ】
なんともホラーちっくだが、仕方ない。彼女はそのメールを見るとすぐに後ろを振り返る。というか、男からこんなメールきたら気持ち悪いよね。
こちらを振り返った彼女の顔を見て俺は愕然とする。なんでここにいるんだよ。そう、彼女とは一色いろはである。