更新が遅くなって申し訳ないです。
年末年始でいろいろ立て込んでおりました。
これからはできるだけ間が空かないように努力していきます。
では、どうぞ。
あの砦から数キロ離れた地点で杏里さんと合流することになっている。
なんとかそこまで辿り着き、彼女の到着を待つ。
ボロボロになった体を休めるために地べたに腰を下ろす。疲労は限界にまで達している。目を瞑れば、一瞬で眠りについてしまいそうだ。時刻は既に丑三つ時を過ぎている。この分だと事務所に帰る頃には日が昇っているな。
度々、飛びそうになる意識をなんとか引き戻しながら今日のことを思い出す。
本当にこれが現実なのかと疑いたくなるような出来事が数多くあった。
玉縄から聞いたことも現実離れしすぎていてどうにもピンとこない。
それに三科。あいつは本当に何者なんだ。8年以上も一緒に居て、俺はあいつのことを何も知らない。いや、知らないわけではないが、今思うと、どれも表面的なものばかり。あいつの過去も知らないし、というか聞いたこともない。自分から語ろうとしたこともない。聞いたところで本当のことを話してくれるとは思えない。
そして一番の疑問。雪ノ下と杏里さんだ。彼女らは一体、何をしようとしている。なぜ俺は彼女らに守られなければならないのだ。
帰ってすべてを聞き出さねばならない。
杏里さんの言った”君について”。それは玉縄の狙っていた”アレ”とどう関係する。
それらは俺の人生にどう影響を及ぼす。
雪ノ下たちが隠していることを知った俺はどうなってしまうのだろう。彼ら彼女らの口ぶりから勘付いてはいる。信じたくない。そんなことがあるわけがない。怖いのだ。本当のことを知るのが怖くてたまらない。しかし、それと同じくらいに知りたいという感情もある。もし、俺の推理通りなら最悪のシナリオだ。でも聞かなければ何も解決しない。どんなに残酷で悲惨な真実でも確かめなければならない。
そんなことを考えつつ、時間を潰す。
何処かから車の走る音が聞こえてくる。ようやく来たか。俺は重い腰を上げて立ち上がる。そのすぐ前に見慣れた車が停車する。停車してすぐに運転席のドアが開かれ、数時間ぶりに杏里さんの姿を目にする。
杏里さんは降りてすぐに俺に駆け寄ってくる。
「遅くなってすまない!」
そう言いながら、ヨタヨタ歩く俺に肩を貸してくれる。たった数時間合わなかっただけなのにすごく久しぶりに会った気がするな。
「大丈夫かね!?」
「まぁなんとか」
そんな会話をしなから助手席に乗り込む。杏里さんもすぐに運転席に戻り、車を発進させる。
走り出してすぐに杏里さんはいつもとは違うトーンで話しかけてくる。
「助手くん。すまなかった」
「もういいですよ。生きて帰って来れただけで」
杏里さんの方を見ると、下唇を噛み締めて、本当に申し訳無さそうな表情をしている。なんで今更そんな顔をする。なら、最初から教えてくれていればよかったではないか。まさに失敗したという感じか。この人の思惑もまだはっきりとはわからない。なぜ雪ノ下と協力関係にあるのか。
考えなければいけないことは山ほどある。しかし、帰れるという安心感からか、俺は気付かぬうちに眠りに落ちていた。
×××
車のエンジンが切られて、目を覚ます。車から降りて、太陽の光を浴びる。ああ、帰ってきた。長い夢から覚めたようなそんな気分。先を歩く杏里さんについて雑居ビルへと入る。
「雪ノ下くんが待っている。さぁ行こう」
俺は頷いて答え、エレベーターに乗り、事務所へと辿り着く。
事務所の扉を開くと、神妙な顔をした雪ノ下が待っていた。
「おかえりなさい。お疲れ様」
「おう」
短く答えて、俺は来客用のソファに腰を下ろす。何気なく事務所内を見渡す。杏里さんは愛用のデスクチェアに座っている。雪ノ下は俺の対面にあるソファに腰を下ろしている。1人足りない。もう1人あの作戦に参加していた女性がいたはずだ。
「由比ヶ浜はどうした?」
事務所内に由比ヶ浜の姿は見当たらない。
「由比ヶ浜さんなら帰ったわ」
「なんで?」
俺の疑問に雪ノ下は間髪入れずに答える。
「朝一で用事があると言っていたわ」
「どんな用事かは聞いてるのか?」
「いえ、それは彼女のプライベートなところだから。そこまでは詮索していないわ」
なるほど。雪ノ下はこう言っているが、おそらく本当のところは違う。今から話す内容は由比ヶ浜に聞かれてはまずいのだろう。由比ヶ浜がどの時点で帰ったのかはわからないが、適当に言いくめられ、帰された。彼女が納得した上で帰宅したのかどうかは定かではない。
彼女の気持ちを考えると、なんとも言えない気分になる。彼女もまた俺同様、利用されたのだ。雪ノ下に。
なぜだ。由比ヶ浜は雪ノ下に絶対的な信頼を置いている。高校時代から続く信頼関係を利用してまでもやらなければいけないことだったのか。
確かに、皆、大人になって変わった。
俺も、由比ヶ浜も、雪ノ下も。
でも雪ノ下の変わりようは異常だ。いつからこんなにも何降り構わずに行動するようになった。以前はもっと人を思いやれる女性だった。こんなことを俺に言われたくはないと思うが、全然、全くと言っていいほど人の気持ちを考えていない。目的達成のためならなんでもやる。そういったものを今の彼女からは感じられる。一体、何が雪ノ下を変えた。これから彼女らの口から語られる真実でこの疑問は解消されるのだろうか。
少し間を置いて、杏里さんが口を開く。
「まずは君に謝罪しなければならないな。本当に申し訳なかった」
杏里さんに続いて、雪ノ下も深く頭を下げる。
「比企谷くん。騙すような真似をして本当にごめんなさい」
彼女らはなかなか頭を上げようとしない。もういい。もう何度も謝られた。それよりも話を聞かせてくれ。
俺は頭を上げるように促し、彼女らに問う。
「今回の作戦。本当のところはどういう意図で行われたんですか?」
頭を上げた、杏里さんが咳払いをしてから俺の問いに答える。
「わかった。説明する。まずは今回の目的。ターゲットの確保は本当だ。でも私たちにはもう1つ目的があった。もうわかっていると思うが、玉縄の言っていた”アレ”だ」
俺は黙って続きを待つ。
「アレというのはある大企業が働いた悪事が記載されている機密文書だ」
「機密文書?」
それを聞いて、いくつかの疑問が解ける。玉縄も雪ノ下もある連中を潰そうとしている。その連中がその大企業とやらなのか。連中は多大な権力を有していると玉縄は言っていた。連中=大企業というなら納得できる。しかしそれほどの権力を持つ大企業をもひっくり返すほどの情報がその機密文書に記載されているのか。それがどう俺と繋がる。
「機密文書についてはまた後で説明する。まずは今回の作戦について。雪ノ下くん」
機密文書とはおそらくこの話の核になる部分なのだろう。まぁ慌ててもしょうがない。名前を呼ばれて雪ノ下が説明を始める。
「今回の作戦。稲毛さんからの依頼というのは本当よ」
ほう。それは本当なのか。しかし、なぜこんな形で潜入させたのだ。
「稲毛さんからの依頼。というかタレコミと言った方が正しいわね。稲毛さんはある情報を私たちに流した。それはある人物がその機密文書を持ち出したというもの」
どこからの情報かはわからないが、あの人は刑事としては大ベテラン。俺と違って信頼できる情報屋などに知り合いがいるのだろう。まぁ論点はそこじゃない。
「そのある人物というのが、ターゲットよ。これは事前にあなたに話した通り、ターゲットは大企業の重役だった。ターゲットは大企業の行った悪事の後始末を任された。しかし、失敗した。それで会社を追われた。ターゲットはこれまで会社を発展されるためにかなり尽くしてきた。なのにたった一度の失敗で会社を追われたことを納得できなかったのね。それで復讐のために機密文書を持ち出した」
なるほど。話の筋は通っている。
「でもその大企業は多大な権力を有している。その機密文書だけでは大企業を潰し切るにはやや火力が足りない。だからターゲットは身を隠し、力を溜め、機を伺った」
だから、あんなわけのわからないところに身を隠していたのか。まぁそれはいいとして、あの場所は映画の撮影をしていた。なぜ、エキストラとして潜入しなかった。
「それについてだけど、ターゲットはあなたの顔を知っていた。もちろん、あの場所にエキストラとして参加するには面接等がある。あなたの存在を悟られれば、警戒され、逃げられてしまうかもしれないという可能性があった。ターゲットがなぜあなたを知っていたかは大企業の悪事に繋がるわ」
それを聞いて、ドクンと心臓の鼓動が跳ねる。
「以上のことからあなたや三科さんにはああいった形で潜入してもらったの。三科さんだけはエキストラとして潜入してもらっても良かったのだけれど、本人がそれを拒否したわ」
「ああ、あいつならやりかねないな」
俺を助けに来てくれた時、意気揚々と”待たせたな!”とか言ってたし。
「今回の作戦の予定。本来のあなたの目的は陽動。砦付近まで潜入して騒ぎを起こしてもらうはずだった。それで現場を混乱させ、その間に三科さんにターゲット及び、機密文書を回収してもらうつもりだった。でも問題が起きた」
「一色か?」
雪ノ下は頷いてから続ける。
「ええ、彼女の出現は本当に予想外だった。本来、そういう事態が発生した場合はあなたに離脱してもらう予定だったの」
確かにあそこでこいつらの嘘がばれた。
「一色さんは誤算だった。でもあなたにはいつか本当のことに気がついて欲しかったの。だからそのきっかけになればと思って」
きっかけになる情報だけ与えて、真実には自分で辿り着かせる。昔、誰かがそんな理念を掲げていたな。
そんなことを思っていると、杏里さんが口を開く。
「それについては本当のことなんだ。だが、結果としてこういう形で真実を伝えることになってしまった。本当に申し訳ない」
自分で辿り着かせるということは、この人にとっては重要なことならしい。探偵としてのスキル向上が目的か?とかなんとかどうでもいいことを考えてしまう。
「でも、俺の潜入は続行させられた」
「ええ、それはもう1つ問題が起きたから」
「玉縄か?」
雪ノ下は瞑目して頷く。
「彼らの出現は想定内ではあったの。でも問題は彼らの数。いくらあの三科さんでも彼らすべてを1人で止めるのは無理があった。だから、あなたに真実を伝えると約束して、作戦を続行してもらった」
俺に本当のことを教えてまでも続行させた。ということはその機密文書は相当なシロモノってことだな。
「私たちは玉縄くんたちとは違う。ターゲットとは協力関係を築きたかった。ターゲットは機密文書以外にも私たちに有益な情報をたくさん持っていた。それにターゲットは命までも狙われていたの。本当は説得して協力を要請したかったのだけれど、玉縄くんのおかげであんな形で確保することになってしまった」
志は違えど、目的は同じ。
しかし、命までも狙われるとはな。その機密文書は大企業にとって余程やばい何かだ。しかし、結局奪われてしまったが。俺はそのことを投げやりに口に出す。
「いや、玉縄が奪ったのはターゲットが用意した偽物だ」
「本物の機密文書は三科さんが回収してくれたわ」
おいおい、三科さんどんだけ有能なんだよ。
一体どのタイミングでそんなことをしていたのだ。
たぶん俺がターゲットを追っている間にどこかで入手したのか。まぁ手に入っているならそれはもういい。
「作戦の意図はわかった。ターゲットが失敗した後始末ってのは何なんだ?」
俺にそう尋ねられて、雪ノ下は左手を胸の前にあげて、指で2という数字を作ってみせる。
「ターゲットが失敗した後始末は2つ。1つはあなたや三科さんが解決した今年の春先にあった一色さんの事件よ」
一色の事件?確か、あのナンパ男とかのあれか?
俺はなぜ今更その話を引っ張り出してくるのかと疑問に思いながら続きを待つ。
「あの事件で逮捕されたのは末端の人間。裏には彼らを操っていた黒幕がいたの」
「それがその大企業なのか?」
雪ノ下は俺の発言に首を横に振る。
「大企業はあくまで間接的。黒幕というのは某暴力団よ」
「ぼ、暴力団?」
まじかよ。ヤクザまで出張ってくるとは。あの事件、確か覚せい剤の出処はわからなかったと聞いている。
「逮捕された彼らが行っていたのは所謂、シノギと呼ばれる行為。大企業は暴力団と裏で繋がっていて何らかの協定を結んでいる。おそらくお金を支払う代わりに何かあった時に尻拭いをしてもらう等だと思うわ」
「んで、ターゲットはそれを失敗した」
雪ノ下は頷いて答える。
「おそらく警察の介入を阻止、もしくはあの場にいたリーダー格の人間だけでも逃す算段だった。でも葉山くんや稲毛さんの尽力によってそれらはすべて阻止されてしまった。これが1つ目の失敗」
本当にとんでもない話になってきたな。そこまで警察に圧力をかけられるなんてありえるのか?しかし、葉山や稲毛さんがいなければそれらはすべてまかり通ってしまっていた。警察の内部や上層部にも悪いやつがいるということが確定したことになる。ここまで聞いても俺に関する事柄が一向に出てこない。
あともう1つに隠されているのか?
「あともう1つはなんだ?」
「それは、、、」
雪ノ下は俯いて黙ってしまう。おいおい、ここまで来てやっぱり無理なんてのはやめてくれよ。そんなことされたらマジでお前のこと嫌いになりそうだから。嘘じゃないぞ。
「雪ノ下?」
優しめに声をかけてみても、雪ノ下の姿勢は変わらず。仕方なく、杏里さんの方へと視線を送ると、やはり渋るように顔をしている。
「助手くん。今から話す内容は君にとっては非常に残酷なものだ。聞いてしまえばあとには引けなくなる。いいかね?」
やはりそうなのか。心がキュッと締め付けられる。でも怖気付くわけにはいかない。しかし、どんどん心臓の鼓動は早くなっていく。
「い、今更何言ってんすか。ここまで来て聞かないわけには行かないでしょう」
そう、聞かないわけには行かないのだ。俺は高鳴る鼓動を抑えつつ、雪ノ下に目線を送る。
俺の真っ直ぐな目線にようやく答える気になったのか、雪ノ下は顔を上げる。そして大きく深呼吸をしたあとに彼女は言う。
「比企谷くん。落ち着いて聞いてちょうだい。もう1つの失敗。それはあなたの巻き込まれた殺人事件よ」
その言葉を聞いた瞬間に衝撃と痛みが胸に走る。予想はしていた。でも、それでも。
息が上がり、じわじわと体温が上がっていく。そして、視界が滲んでいく。
込み上げてきたものが、溢れださないように右手で目を覆い隠す。
出来るだけそれが声に乗らないように話す。が、それには少し無理があった。
「雪ノ下、、、。続きを、、頼む」
俺は自分の手で目を覆い隠している。よって今の雪ノ下がどんな表情をしているかはわからない。
少し間をあけて、彼女は語りだす。
「あの事件はすべて何もかも仕組まれたものだった。あなたを嵌めるために」
「は、嵌める、、、?」
「そう。すべては大企業が企てた計画だったの。目撃者等はすべて大企業が用意したもの」
一体なんのために。人1人死んでるだぞ。そこまでしてなぜ?
「あの事件は一切公表されていない。マスコミも全く報道していない」
確かにあの後、冤罪だったにも関わらず、マスコミは俺に取材すら来なかった。完全に情報が封じ込められていたのか。
「葉山くんや稲毛さんの尽力によってあなたは釈放された。そしてターゲットはその後の後始末を失敗したの」
そういうことか。俺が逮捕されたのは約2ヶ月前。一色の事件も大体のそのくらい前だ。ターゲットの失踪と重なる。
もうなんなんだよ。一体何がしたい。その大企業ってのはなんなんだ!!
「雪ノ下。その大企業。それは一体、、、」
俺の言葉に雪ノ下は答えない。
答えない彼女の代わりに杏里さんが答えた。
「その大企業とは雪ノ下くんの父の会社だ」
それを聞いて何かが弾けてしまった。
辛うじて保たれていた理性が吹き飛んでしまう。
俺は感情のままに雪ノ下に言葉をぶつける。
「雪ノ下、どういうことだ」
雪ノ下は何も答えない。
「どういうことだって聞いてんだ!!」
「助手くん!落ち着け!」
「落ち着いてられるかってんだよ!!」
俺は杏里さんの制止を振り払い、雪ノ下に問い質す。
「雪ノ下!!」
「ご、ごめんなさい、、、」
「謝ってほしいわけじゃない!」
雪ノ下に食ってかかろうとする俺の肩を掴んで杏里さんが言う。
「気持ちはわかる!でも雪ノ下くんが悪いわけじゃない!!」
「じゃあ誰が悪いってんだ!!雪ノ下の親父か!?」
そうだ。自分で言って思い出す。
こいつの親父は汚職事件を起こしたはず。なのに大企業?辻褄が合わない。
まさか、こいつらはまた俺を騙そうとしてるのか?感情を制御できない。頭の中がぐちゃぐちゃになる。
杏里さんの手を振り払って近くにあった戸棚を力一杯に殴りつける。
木製の戸棚には大きな穴が開く。俺の拳には小さな木片が突き刺さり血が流れる。
痛え。畜生が。
思いっきり殴ったはずなのに手よりも胸が痛え。なんなんだよ。もう。
雪ノ下の親父の会社?大企業?
汚職事件を起こした奴の会社がどうやってそんな権力を、、、。
「お前の親父は何を考えてんだよ!!」
そう言って雪ノ下を見ると、彼女は今の状況とは合わない表情を浮かべていた。
俺の問いには雪ノ下ではなく、杏里さんが答えた。
「君は知らなかったのか」
「知らない?何を!?」
「雪ノ下くんの父は8年前に亡くなっている」
は?じゃあ誰が経営して、、!
「まさか、、、」
雪ノ下は何も答えず、俯いたまま。
「おい、なんとか言えよ。嘘だろ!!なあ!?」
そんなこと。あるはずがない。
嘘だろ。なんであの人が、、、。
「亡くなった父の代わりに会社を経営しているのは、、、」
やめろ。言うな。やめてくれ。
「雪ノ下くんの姉。”雪ノ下陽乃”だ」
その名を聞いて、崩れるように膝を付く。
嘘だ。嘘だろ。確かにあの人は今や大企業のトップ。でもそんな、、、。
「ひ、比企谷くん、、、」
「大丈夫かね、、、?」
俺は返事を返すこともできず、頭を抱える。
杏里さんに手を借りて、再び、来客用のソファに腰掛ける。
頭で考えるよりも先に口から言葉が出る。
「な、なんであの人はこんなことを、、、?」
彼女らは共に眉間にしわを寄せて、難しい顔をしている。
「わ、わからないのか?」
「ごめんなさい。姉さんがなんでこんなことをしたのかはまだわかってないわ」
雪ノ下は申し訳なさそうに言った。
「それについては陽乃本人に聞かなければわからない」
杏里さんは先ほどの表情を浮かべたまま言った。
「なんなんだよ。意味わかんねえんだよ、、、」
俺の予想を遥かに上回る真実。
覚悟はしていたはずなのに。俺の大事な部分が。俺がこれまで積み上げてきたものがグラグラと大きく揺れる。
今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに。
どうすればいい。俺はこれから、、、。
絶望の淵に立つ俺に雪ノ下が途切れ途切れになりながら言う。
「比企谷くん。その、、これだけではないの、、、」
「え、、、?」
「去年の事故にあったでしょう?あのときの犯人は未だに捕まっていない」
確かにあの後、警察からはなんの連絡もない。
「あれも、、おそらく」
「う、嘘だ、、そんな、、、」
今までの話がすべて本当なら陽乃さんは完全に俺を殺しにきてる。
「それからあともう1つ、、、」
雪ノ下は悲しげにそう言った。
やめろ。もうわかってるんだ。あと一つが何なのかを。俺に降りかかった不幸はあともう1つある。それは。
雪ノ下は意を決したように言った。
「8年前の痴漢事件。それも姉さんが、、、」
「「もうやめてくれ!!!」」
俺は気付かぬうちに立ち上がり、怒号を上げていた。
「雪ノ下!!もうやめろ!!そんな話信じれるわけないだろ!!8年前はまだ雪ノ下さんは大学生だったはずだ!!それにまだ何の証拠も出されていないじゃないか!!証拠もなしになにを、、、!」
そうだ。まだ何の証拠も見せられていない。
雪ノ下は俺の怒号に体を少し震わせながら鞄から1つ手紙を取り出す。
「確かに姉さんは8年前、なんの権力も持っていなかった。でも人脈はあった。それに証拠ならあるわ、、、」
雪ノ下は下唇を噛み締めながらその手紙を俺に差し出してくる。
その手紙は日に焼けて古ぼけていて最近のものではないことが見て取れる。こんなものが一体?
「この手紙には8年前の真実が記載されている。だから、、、」
雪ノ下の言葉をすべて聞く前に彼女の手から手紙を乱暴に奪い取る。そして中を開く。
その手紙は謝罪から始まっていた。
”こんな形で謝罪することをお許しください。私の名前は〇〇。私は2年前にあなたを痴漢の犯人にしてしまいました。私はあなたの人生をめちゃくちゃにしてしまった。本当にごめんなさい。謝って許されることではないとわかっています。でも本当のことを伝えなくてはと思い、この手紙を書きました。当時の私は遊ぶ金欲しさにある女性の頼みを聞きました。あなたを痴漢の犯人だと仕立て上げてくれと。本当に馬鹿なことをしてしまいました。本当にごめんなさい。今更こんな手紙を書いてどうにかなるものでもないかもしれません。でも伝えます。その女性の名前は”雪ノ下陽乃”です。”
俺の思考は完全に停止してしまう。
まだこの手紙に続きがあったが読むことはできなかった。
「ゆ、雪ノ下。こ、これは、、、」
「この手紙は本来あなたに届くはずだった」
「はずだった、、、?」
「ええ。でも姉さんが手を回してこの手紙があなたに届くのを阻止した。あなたに真実を知られないために」
「この手紙を書いた女性は、、、?」
「この手紙が書かれたのは6年前。彼女はすでに他界しているわ」
嘘だろ。死んでるなんて。
「この手紙は本物よ。彼女の生前の字と比べて鑑定した結果、直筆だと判明している」
もうそんなことはどうだっていい。なんで。なんで彼女は死んでいる。
「おそらくあなたを陥れた罪悪感から」
罪悪感、、、だと?
「ふざけんなよ。人の人生ぶち壊しといて自分は辛いから死にます?意味わかんねえんだよ!!じゃあ俺はどうなんだよ!!!あんな酷い目にあっても必死に生きてきた俺がバカみたいじゃねえかよ!!!!!」
半ば叫び声のような俺の怒号を聞いて雪ノ下は俯向く。
もうダメだ。頭が痛い。何も考えられない。
暫しの沈黙。
あまりに残酷すぎる真実に頭を抱えていると雪ノ下が静かに語り出した。
「比企谷くん。まだ話さなければいけないことがあるの。私の家族について。姉さんについて。姉さんがどうやってそんな権力を手に入れたのかを。聞いてもらえるかしら」
俺は目線だけで返答する。
それを見て雪ノ下は語り出した。
雪ノ下の声は今の俺にはただの音声にしか聞こえない。
「比企谷くん。私の家が8年前に没落したのは知っているわよね?」
「8年前。私の父は汚職事件を起こした。でも本当は父は嵌められていたの。当時、父はそれなりに権力を有していた。当然、それをよく思っていない連中もいた。その連中は父の取り巻きや会社の上層部の人間を金で買った。父は裏切られたの。連中はそれらの人間を使って父を陥れた」
「誰も父を助けてはくれなかった。葉山くんの両親も。それどころか一目散に逃げたわ。そして私の家は没落した」
「当時のマスコミからのバッシングは想像を絶するものだったわ。でも両親は私や姉さんを必死に守ってくれた。それが少し治まってきた頃に父は病に倒れた。末期癌だった。本当にあっという間に逝ってしまった。それから母が私と姉さんを傾いた会社をなんとか経営しながら貯金を切り崩して面倒を見てくれた。でも母にも限界が来ていた。母もとうとう倒れてしまったわ。それと同時に姉さんが大学を卒業して父の会社を継いだ」
「そこからの姉さんは本当に凄かった。みるみるうちに会社を立て直し、私が大学を出る頃には、父が経営していた頃と変わらないほどに回復していた。そして今やとてつもない規模を誇る大企業へと成長した。私は本当に姉さんを尊敬していた。あの人は本当に凄い人間なんだとそう思っていた。でも現実は違った。たった数年であそこまで会社を立て直せたのは理由があったの。信じたくはなかったけど、これは真実だった」
「姉さんは事もあろうに父を嵌めた連中に近づいた。そして持てるあらゆる手段を使って取り入った。会社の躍進はそこから始まっている。姉さんの目的は会社を立て直すことではなかった。姉さんの本当の目的は連中に復讐することだった。姉さんは会社を立て直すと同時にいろんな人間に手を回した」
「姉さんは連中と同じ手を使った。すべてを金で買い、連中を陥し入れた。そして確固たる地位を築きあげ、絶対的な権力を手に入れた。復讐は終わったはずなのに姉さんは止まらなかった。それから警察、政界、マスメディアに至るまですべてを牛耳るまでに権力は拡大していった。もう妹である私ですら手の届かない存在になってしまっている」
そんなことがありえるのか?
「雪ノ下。このことはいつから知ってたんだ?」
「あなたが殺人の罪で逮捕された時から、、、」
「なんでその時に言わなかったんだ」
「それは、、、」
「俺を”守る”ためか?」
俺たちの会話に杏里さんが割って入る。
「ああ、その通りだ。君を探偵にしたのもそれが理由だ。私のところに君を置いておけば陽乃も簡単には手を出してこない」
あんなに俺を探偵にしようとしたのはそれが理由か。ここで1つ疑問が浮かぶ。なぜ杏里さんは雪ノ下に協力している。
「私の叔父は雪ノ下くんのお父さんとは盟友だったんだ。それで雪ノ下くんの亡くなったお父さんの汚職事件の名を晴らすために稲毛さんとともに動いていた叔父の後を継いで調べているうちに雪ノ下くんに出会った」
回らない頭を必死に回転させて考える。陽乃さんがとてつもない権力を有しているのはわかった。それだけの権力を使えば俺を殺人事件の犯人に仕立て上げることは可能かもしれない。雪ノ下の話は真実をもとにしているが、少し飛躍し過ぎている。確かに陽乃さんならやりかねない。ターゲットも雪ノ下に雇われた輩か?と言っていた。辻褄が合わないわけではない。
でも結局、陽乃さんがそんなことをする理由が見当たらない。
いや、陽乃さんが俺にこんなことをした理由にまったく見当がつかないわけではない。何度も忠告を受けている。俺が8年前に痴漢で捕まる前に彼女は俺にこう言った。
”雪乃ちゃんに関わるのはやめなさい”
もしも。もしもである。
今までのすべての事柄が陽乃さんが俺を雪ノ下から引き離すためにやったことだとしたら。あの人もかなりのシスコンだったが、はっきり言って異常だ。頭がイカれてるとしか思えない。
あまりの衝撃に一度引っ込んだ怒りがまた沸々と噴き上がる。
「雪ノ下。俺は一体どうしたらいい?」
雪ノ下は目に溜まる涙を拭って真剣な表情で真っ直ぐ俺を見据える。
「私たちはあなたと協力して、姉さんを止めたい」
雪ノ下が言い終えたと同時に杏里さんが口を開く。
「私たちは陽乃を止める。そのためには君の力が必要だ。私たちは信頼関係を築いて仲間にならなければいけない」
協力?仲間?雪ノ下や杏里さんが言う言葉を心の底から信用することができない。まだ彼女たちの言っていることが真実だと信用しきれない。雪ノ下はあの手紙を本物だと言った。しかし内容はあまりに陳腐なものだ。誰かが捏造したものだという可能性だってある。
もし陽乃さんがすべての元凶だとして、彼女の妹である雪ノ下は本当に味方なのか?本当に俺を守ろうとしているのか?
考えれば考えるほど、すべてが疑わしく思えてしまう。
守ると名を打っておきながらあんな危ない事をさせ、尚且つ、真実を隠していた。そんな奴らが信用に値するのか?
どうしたらいい。誰を信用したらいい。
俺は雪ノ下に尋ねる。
「雪ノ下。その機密文書を持って被害者である俺本人がマスコミにでも告発すれば雪ノ下さんの悪事を暴くことが出来るんじゃないのか?」
雪ノ下は間髪入れずに答える。
「今飛び込んでも大したダメージは与えられないわ。出来たとしても上手く丸め込まれて有耶無耶にされてしまう」
陽乃さんはどれだけの権力を持っているんだ。もうほとんど漫画の世界の話だ。俺は殺人の罪で逮捕された時、あの警察官たちから随分とぞんざいな扱いを受けた。それも一緒に告発すれば、陽乃さんだけじゃなく、警察にも。
そうだ。俺はなぜ釈放されてすぐにマスコミに駆け込まなかったんだ。あの時すぐに告発していれば。
確かにあの時は家族や皆に謝りたいという一心でしかなかった。なぜ思いつかなかった。今考えてみればおかしなところだらけだ。
なぜ思いつかなかったのか。もう理由はわかっている。あの時、一緒に居た人物。その中に俺がそういった行動を起こさないように誘導していた奴がいる。その人物は俺の目の前にいる。
クソったれ!雪ノ下は俺が逮捕された時には真実を知っていたと言った。あの時からもう始まっていたというのか。
なんでだ。なんで俺に教えなかったんだ。あの時真実を知れていたら多少なりとも取り乱したかもしれない。でも今とは全然違う展開になっていたはずだ。なのにこいつらは俺に隠れて行動していた。
ダメだ。もうまともに物事を考えるこもとできない。
俺は感情のままに彼女らに言葉をぶつける。
「仲間?協力?ふざっけんな!!!」
俺の怒鳴り声だけが事務所内に鳴り響く。
「俺に真実を隠し、俺のわからないところでこそこそと計画を立てて、状況が悪化したら本当の事を教えて、実は真実はこうでした?協力しましょう?ふざっけんな!!!」
彼女らの制止は俺の耳には届かない。
「すべては俺を守るためだった?ふざっけんな!!!納得できるわけねぇだろ!!」
気づけば。俺の目からは涙が溢れていた。
「「俺はお前らの操り人形じゃねえんだ!!!」」
もう感情を制御できない。
「私たちはそういうつもりでは、、、」
雪ノ下は立ち上がり、ゆっくりと俺に手を伸ばしてくる。
「触るな!!!!」
俺の大事なものたちが大きな音を立てて崩れていく。
それに耐えられなくなって事務所の外へ飛び出した。
×××
彼が去った後、もう一度扉が開かれる。
「もう少し違うやり方があったんじゃないのか?」
「聞いていたのか」
「ああ、途中からだけどな」
「そうか」
「もともと危うい状態だったあいつにすべて包み隠さずに伝えたらこうなると予想できなかったのか?」
「彼がそう望んだから、、、」
「望んだから?雪ノ下ちゃん。君はもっと有能な人間にだと思っていたよ。真実はあいつのすべてをぶち壊してしまうほどのものだ。それを望まれたからと言ってやすやすと教えていいものでもない。あいつと協力関係になりたかったんなら最初から教えてやるべきだったんだ。こんな中途半端な形じゃなくな」
「それは私の責任だ」
「責任って。本当の事を知ったあいつはこれから何も仕出かすかわからないぞ」
「大丈夫。私たちが責任を持って対処する」
「どうやって?」
「それは、、、」
「そんなんだからあいつに信用してもらえないんだよ。それにその喋り方いい加減やめたらどうだ?俺にする必要はないだろ?」
「あなたは一体、、、」
「まぁいい。雪ノ下ちゃん。もうあいつを君やこいつに任せきりにはできない。この意味はわかるよな?」
「ええ、、、」
「俺たちはあいつを守るという目的が一致しているから協力しているに過ぎない。それを忘れないでくれ。それからもう1つ」
「なにかしら」
「雪ノ下ちゃん。俺からすれば君はあいつの大事な心の支えだった。今のあいつは君に裏切られたと思っている」
「、、、」
「姉貴を止めるのも大事かもしれないが、もう少しあいつの気持ちを考えてやったらどうだ?」
「それは、、、!」
そう言い残し、彼も事務所から出て行く。