事務所を飛び出して、何の目的もなく、ふらふらと彷徨い、ある橋の上に行き着いた。
ようやく落ち着いた。いやこれは嘘だ。落ち着けるわけがない。必死に自分に落ち着けと言い聞かせて、平静を装っているだけ。本当は喚き散らしたい。叫び回りたい。でもそんなことをしても意味がないとわかっている。まだ整理がついていない。
もしも本当に雪ノ下たちが言ったことが事実なら。心にぽっかりと穴が空いたような気分だ。なんなのだ、この喪失感は。
なんで雪ノ下は俺に教えなかったんだ。あいつはどうしたかったんだ。
大切な人だと思っていた。真っ暗な穴の底から俺を連れ出してくれた。俺に再び光をくれた。確かにこれは事実だ。でも。
懐かしい。かつてまだ子供だったときに似たような感情を何度も味わった。
それでわかった。知ったつもりでいた。でも俺は全然わかってなかった。本当に信頼していた人からの裏切りはこんなにも辛いものだということを。
また自分の奥底から熱いものが込み上げてくる。それは目を通して外に流れ落ちる。
俺は橋の手すりに手をかけて考える。
思い返せば本当にロクな人生じゃなかったな。
ガキの頃からずっと1人で、ようやく見えた光は幻のように消えた。
そこからも酷い人生だったな。休みもなく、奴隷のように働き続け、やっと手に入れた地位も一瞬で消し飛んだ。車に轢かれて死にかけるし、誤認逮捕で社会的に殺されるし、それでも負けずに生きてきたら、実はすべて誰かに仕組まれたものでした。本当笑える。このネタ使えば1本小説が書けそうなくらい酷い人生だ。
俺はこれからどうすればいい。
この手すりの向こうに飛び出せば、楽になれる。そんなことが頭を過る。
やばいな。俺が思っているよりもずっと俺は酷い状態にあるらしい。死んでしまえばすべてが終わるというのは幻想だ。わかっている。俺が死んでも何も解決しないし、ただ誰かを悲しませるだけ。
今までに死にたくなることなんて腐るほどあった。その度どうにか乗り越えきた。でも今回は違う。乗り越えるとかもうそういう問題じゃない。
おそらくこの後、どうしよもない絶望感が俺を襲うだろう。そのとき、俺は正常な判断ができるかどうか。もう誰も信用できない。あの三科でさえ、何を考えているかわからない。
一番何を考えているかわからないのは陽乃さんだ。すべて本当だったとしたらとてもじゃないが正気の沙汰とは思えない。
ふと、あることを思い出す。確か、あの日、雪ノ下に関わるなと言われたのも同じような橋の上だったな。
遠い昔の記憶を巡る。
その言葉を言われたときとそこまでの経緯を思い出す。
確か小町の受験日。あの雪が降った日。
俺、雪ノ下、由比ヶ浜の3人で水族園に行き、観覧車に乗った後、3人でこれからどうするかを話し合った。
そして、雪ノ下の依頼を受けると決めた。
しかし、あの場で雪ノ下の依頼を聞くことはできなかった。
彼女が依頼の内容を話し出そうとした瞬間、現れたのだ。
どこからともなく現れた陽乃さんは雪ノ下を迎えに来たと言った。当然、雪ノ下はそれを拒否した。しかし、陽乃さんはこれまでに見せたこのない威圧感を前面に出して、雪ノ下の言い分をすべて論破した。
その一部始終を見て、いても立ってもいられなくなった俺と由比ヶ浜は雪ノ下の援護に出た。しかし、これは雪ノ下家の問題。他人が口を出すなとひと蹴りされてしまった。そう言われてしまっては俺たちはどうすることもできなかった。そしてダメ押しとばかりにもう1つ陽乃さんはこう言った。
「雪乃ちゃん。あなたは私に1つ借りがあるでしょう?」
借り。
それは文化祭の時にいなくなった相模を探し出すための時間稼ぎに即席で結成したバンドに陽乃さんを引き入れる時に雪ノ下が作ったもの。
陽乃さんはそれを今返せと言ってきたのだ。
「別に雪乃ちゃんに意地悪したい訳じゃないの。でもここでまた大人しく帰ったら私がお母さんに怒られちゃう。雪乃ちゃんならわかるでしょ?」
前に聞いたことがある。雪ノ下の母親。なんでも決めてやらせたがる。雪ノ下や陽乃さんよりも怖い。
雪ノ下はそう言われて力なく頷いた。
そしてさよならの挨拶も忘れてゆらゆらと陽乃さんの後をついてその場を去っていった?
結局、俺は何も言えず、ただ雪ノ下の後ろ姿を見送った。
8年前、雪ノ下の姿を見たのはこれが最後である。
その後、俺と由比ヶ浜。モヤモヤしたものを心に残して帰宅した。
でもこの時、俺にはまだ希望があった。そう、次の日になれば学校で部活に行けば雪ノ下に会える。
そうすればあいつの話を聞ける。あいつの依頼を聞ける。そう思っていた。しかし、次の日、雪ノ下は部室に姿を現さなかった。それどころか学校を休んでいた。
雪ノ下が学校を休むほどの事。
それはいままでの起きたどの出来事よりも事の深刻さを物語っていた。
そのことにしばらく落胆していたが、由比ヶ浜のところに雪ノ下から一通のメールが届いた。
内容は明日は必ず学校に登校する。
そしてすべてを話す。
それを聞いて一先ず安心した。
部活は休みにすることにした。この部室の主である部長様が休みとあっては勝手に依頼を受けるわけにはいかない。それに雪ノ下のことが気がかりでそれどころではなかった。
由比ヶ浜と別れて、学校を後にした。
しかし、このまま家に帰っても余計なことを考えてしまうだけ。雪ノ下から話を聞いてからでなければ何を考えても意味をなさない。
どうするか迷った俺はその月に出たライトノベルの新刊を買いに行くことにしたんだ。
以下回想
×××
×××
×××
真冬の寒さに耐えながら、口からもくもくと白い煙を吐いて自転車を漕ぐ。最寄りの駅までやってきた俺は電車に乗り、隣町にある大型ショッピングモールを目指す。休みでもないのに俺にしてはかなりの行動力である。少しでも時間を潰したかったからだ。家に帰ってもやることないし。
昨日は小町の受験日だった。小町のこれまでの頑張りを労っても良かったのだが、既に昨日の十分過ぎるほどやった。あまりやり過ぎてしまっても、もしものことがあったとき辛い思いをするのは小町だ。
何事を程々が丁度いい。
そんなことを考えつつ、目的の駅へと辿り着き、ホームに降り立つ。夕方ということもあり、それなりに混雑している。きゃぴきゃぴ騒ぐ女子高生。くたびれた中年サラリーマン。幼い子を連れた母親。皆それぞれに目的地に向かう電車を待っている。
そんな人々を目にしつつ、駅の外へと出る。
歩くこと約5分。目的地である大型ショッピングに到着し、早々に中に入る。
店の中は売れ残ったバレンタインデーのチョコやらが在庫処分とばかりにずらっと並んでいた。並ぶ商品には半額のシールが貼られている。
バレンタインデーの当日まではあんなに煌びやかに見えた商品は、今やただの売れ残り。それを見ているとなんだか切なくなってくる。
時期を過ぎると一気に価値が下がる。それはどんな物にも言えることだ。そんなことを考えているとある人物の顔が思い浮かぶ。やめておこう。
俺も売れ残らないように頑張るぞいとよくわからない決意を胸に書店へと足を運ぶ。
目的の書店へと到着し、購入予定だったラノベを2冊手に取った後、他にもめぼしいものがないか書店内を練り歩く。
そんなことをして数十分時間を潰す。結局、他にいい本は見つからず、手に取ったラノベだけ購入して店を後にした。
ショッピングモールを出て、来た道を引き返す。あー寒い。店を出るときに愛しのマッカンを購入した。それをカイロ代わりに手の上で転がす。ふと、歩いている道の端に目をやる。昨日降った雪はまだ少し残っている。結構、降ったはずなのだが、今日の晴天のお陰でほとんど溶けていた。
明日の朝まで残っているかどうか。
もう今年は降るとこはないだろうと空を見上げる。空は既にオレンジ色。家に帰る頃には暗くなっているだろう。そうすればまた一段と冷える。そんなことを考えていると、不意に俺の携帯が振動する。見ると、表示されているのは知らない番号。出るか無視するか迷っている。もしかしたら雪ノ下かもしれない。しかし、彼女は明日話すと言った。その間もずっと携帯は振動し続けている。こんなにも長く鳴らしているのだ。余程、俺に用があるのだろう。いつもなら知らない番号など無視する俺だが、もしもに備えて出ることにした。受話器の向こうから聞こえてきた声は俺の期待した雪ノ下とは違う雪ノ下の声だった。
「あー、やっと出た。もしかして無視しようとしてた?」
「いや、そういうわけじゃないですよ」
誰かと問うまでもない。昨日ぶりに聞いた声だ。その声は主。それは雪ノ下陽乃。
「妹ちゃんに電話したら、まだ帰ってないって言われたから直接電話しちゃった」
「はぁ、そうですか」
受話器から伝わってくる声に昨日の威圧感は感じられない。
しかし、小町のやつ、よりによってこの人に教えちゃうとは。それにも俺の許可なしに。俺のプライバシーは一体どこへ?毎度のことながら、自分の個人情報の軽さに落胆していると陽乃さんは言う。
「比企谷くん。今からちょっと会えないかな?」
「え?」
聞き取れなかったわけではない。当然の申し出に驚いてしまったのだ。わざわざ電話してきて、直接会って話すこと。まぁ内容は大体予想はつく。それにここで断ってもどうせ別の手を使ってくるに違いない。折本のときもそうだったし。
「まぁいいですけど」
「じゃあさ、比企谷くん。今どこにいるの?」
どう答えるか、一瞬迷う。今俺はショッピングモールと駅の丁度境目、真ん中あたりにいる。ショッピングモールと答えて、話し終えた後に買い物に付き合わされるのは御免だ。雰囲気的にその可能性は限りなく低いが。しかし、この人の行動は読めない。
それらを考慮して結論を出す。俺の返答はもちろん駅にいる、だ。
「〇〇駅の前です」
短くそう答えると、陽乃さんはテンションの上がった声で言う。
「え?本当に?実は私、その近くのショッピングモールにいるんだよねー」
何の偶然だろうか。本当に偶然なのか?しかし、そんなことを考えていてもしょうがない。
「そうですか。じゃあ」
諦めてショッピングモールに引き返すことに決め、ショッピングモール内にあるカフェにでも待ち合わせ場所にしようかと提案しようとすると、それを陽乃さんが遮る。
「じゃあさ、この近くの橋の上で待ち合わせしよっか?」
「〇〇橋ですか?まぁいいですけど」
確かにこの近くには〇〇橋という短い橋がある。なぜこの寒いのにそんな場所を待ち合わせ場所選んだのか。結局、その理由はわからないまま電話は切れてしまった。
その橋までは約5分ほど。そこまでとぼとぼ歩く。寒い。マフラーに顔半分を埋める。
ゆっくり歩いたつもりだったが、すぐにその橋に到着してしまった。
その橋の中央に陽乃さんの姿を見つける。
「ども」
「ひゃっはろー。悪いね。わざわざ来てもらって」
俺の姿を見て、軽く目を挙げて笑顔で言った。
橋の下は川になっている。そこから吹き上がってくる風は非常に冷たい。その風は俺の体を震わせる。しかし、陽乃さんはこの寒さに体を震わせることもなく、平然としている。
「寒い?」
「そりゃまぁ」
俺の姿を見ればわかるだろ。陽乃さんはこの場を移動する気はないようだ。
「まぁそれはいいですけど、何の用ですか?」
「ふふ、わかるでしょ?雪乃ちゃんのことだよ」
陽乃さんは先ほどの電話のテンションのまま、にこにこしながら言う。この人は一体何を考えているのだ。
そのまま後ろに手を組んで、少し前かがみになり、俺の顔を覗き込んでくる。
「またその顔。私の言葉や行動の裏を読もうとしてる。変わらないね。君は」
「、、、!」
陽乃さんは挑発的にそう言って、一歩詰め寄ってくる。その表情は俺が今まで見た中で一番冷たく、且つ魅力的なものだった。このまま目を合わせていれば間違いなく骨抜きにされる。
得体の知れない恐怖を感じた俺は咄嗟に目をそらす。
すると、陽乃さんはすぐに姿勢を戻す。
「なんですか。俺をおちょくりに来たんですか?」
少し声のトーンを落として、キツめに言った。しかし、彼女は気にもせずに言う。
「ごめんてば〜、怒らないでよ比企谷くん〜」
陽乃さんはアハッといつもの調子に笑ってみせる。
その笑いを引っ込めて、瞑目。そして目を開くといつなく真剣な表情になる。
「寒いし、手短に済ませようか」
最初からそうして欲しい。先ほど購入したマッカンはポケットの中でとうの昔に冷たくなっている。
陽乃さんは大きく深呼吸をしてから真っ直ぐ俺を見据えて言い放った。
「”もう雪乃ちゃんと関わるのはやめなさい”」
冷たい声が俺の胸に突き刺さる。
何故突然そんなことを言い出すのだ。
その言葉の意図が見えない。
何も言えずに立ち尽くしていると、陽乃さんは少しだけ笑みを浮かべる。
「比企谷くん。君じゃ雪乃ちゃんは救えない」
「どういう意味ですか?」
「そのまんまの意味だよ」
またも冷たい声で言い放つ。
いつものように俺をおちょくっている訳ではない。笑みこそ浮かべているのものの声は真剣そのもの。
笑みを浮かべたままそんな冷たい声でこんなことを言えるなんて。本当にこの人は底が見えない。
「雪乃ちゃんはとても弱い子なの。でも君はもっと雪乃ちゃんを弱くした。それは君にも言えることだよね?」
話の意図が見えない。昨日の出来事が関係しているのは間違いない。
俺の知っている雪ノ下は強い女の子だ。でもそれは俺が勝手に押し付けていた理想。陽乃さんは彼女を弱いと評した。確かに彼女にも弱い部分はあるだろう。それに俺と違って十数年間ずっと見てきたのだ。俺なんかよりも彼女の本質をずっと理解している。
しかし、俺にも言えることとはどういう意味だ。
「君は私と初めて会った時はもっと強かったよね?なのに、今の君はとっても弱い」
「お、俺が強かったことなんて一度もありませんよ」
どもりながらもどうにか返答する。変わらず、陽乃さんは笑みを浮かべたまま。俺はきっと苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
「ううん、弱くなった。感じていたでしょう?違和感を」
あのとき、皆でバレンタインのイベントを行ったときに突きつけられた。そんなものは本物ではないと。信頼などではないと。それはもっとひどい、おぞましい何かだと。
それを陽乃さんは再び突きつけるのだ。
「この間も言ったけど、今の君はつまんない。本当に弱くてつまらない。だからね。もう終わりにした方がいいと思うの」
その言葉を聞き終えると、俺はいつの間にか陽乃さんを強く睨みつけていた。そんなことをするのは本当に恐れ多いことだ。わかっている。でもそうせずにはいられなかった。そう、俺は腹が立っていた。こんなにも他人に腹が立ったのはいつぶりだろうか。
こうなるのも当然だ。この人は今の俺。いや、俺たちを頭ごなしにすべてを否定している。
「比企谷くん。今は君が、周りがどうな状況にいるかわかってる?」
「どういう意味、、、ですか?」
辛うじて敬語を保つ。
「君たちはとても危うい状況にいるんだよ?一歩間違えば全部壊れる」
「それは、、、」
「それで壊れてしまうならそこまでのものだった。とはもう言えないよね?」
またも陽乃さんの言葉が胸に突き刺さる。確かに今の関係が壊れてしまうのを俺は恐れている。でもそれは欺瞞だ。俺は由比ヶ浜の提案を否定した。だから俺は、、、。
「また雪乃ちゃんが選ばれなかったら可哀想だもの。それは雪乃ちゃんにはあまりに残酷すぎる。だから止めるには今しかない」
「、、、」
「君には期待してたんだよ?でも比企谷くんがあまりにも間違えてばかりだから正解を教えてあげる」
「正解、、、?」
陽乃さんは少し間をおいて言った。
「本物なんてこの世には存在しない」
彼女の口から発せられた言葉。それに俺。比企谷八幡の人生。生き方。何もかもを全否定されたような気がした。
俺が欲してやまないそれは、そんなものは、存在しないと彼女はそういうのだ。
「そんなもので雪乃ちゃんを誑かすのはもうやめて。今のあなたではもう救えない」
「誑かしてなんか、、、」
「君が否定しても、君の欲するそれが雪乃ちゃんの心を揺らしているのは間違いないでしょ?」
「、、、」
何も反論することができない。
怒りに任せて、何か言ったとしても状況を悪化させるだけ。
というか先ほど湧き上がった怒りは何処かへと消えてしまった。
それよりも今は違う感情が俺を支配している。恐怖だ。
俺はこの人に言い知れぬ恐怖を感じている。その得体の知れない恐怖は俺の思考を停止させる。
「だからもう終わりして。お姉さんからの最後のお願い」
最後のお願い。今まで陽乃さんに何か頼みごとをされたことがあっただろうか。そんなことはどうでもいい。
陽乃さんが言ったことを素直に受け入れる訳にはいかない。
俺がこれから間違えない保証はない。でも。それでも。未だ手に届かぬそれを俺は諦めることはできない。
「俺は、、、」
そこまで言って口籠ってしまう。なんと言えばいい。なんと言えばこの人を納得させられる。陽乃さんにつまらない誤魔化しは通用しない。
しかし、本音で話して理解してもらえるはずもない。どうしたらいい。
雪ノ下の問題。由比ヶ浜との勝負。まだ何も決着していないし、解決もしていない。まだ、まだ諦める訳にはいかないのだ。
しかし、結局何も言葉にできず、目線だけを陽乃さんに送る。
「ふーん。それが君の答えか。わかったよ」
陽乃さんは腕を組んでうんうんと頷く。なんだ?俺の表情だけで何かを読み取ったというのか?
陽乃さんは薄い笑みを浮かべ、最後にこう言った。
「比企谷くん。いい目になったね」
そう言い残してすぐに身を翻して手をひらひらとさせながら去って行った。
あの人は何がしたかったのか。結局、何もわからないまま。最後に言った言葉の意味。いい目になった。それはどういう意味だ。
もやもやした物を胸に残したまま、俺もその場を後にした。
そしてこの後、俺は帰りの電車で痴漢に間違われることになる。
×××
×××
×××
思い出してみても何もわからない。
あの時言われた言葉の意味は今もわからないまま。あの時、陽乃さんは俺に忠告していたのか。雪ノ下と関わるのをやめなければ痛い目に遭うと。それにしたってやり過ぎだ。
俺はそれほどに陽乃さんに嫌われていたのか?わからない。あの人の心情を読み取ることはできなかったから。
昔、葉山に言われたことを思い出す。
”好きなものを構い過ぎて殺すか、嫌いなものを徹底的に潰すことしかしない”
俺がどちらに分類されていたかはわかりかねる。葉山が言うには好かれていたようだが、後になって後者に変わった。それで俺は潰された。
確かに納得はできる。でも理由はなんだ?雪ノ下が関係していることはわかっている。あの人は俺では雪ノ下を救えないと言った。それどころか壊してしまうかもと。
陽乃さんはそれ恐れ、回避するために。邪魔者である俺を排除するためにあんなことをしたのか。確かに生半可なことをしてもあの時の俺は諦めなかっだろう。雪ノ下も由比ヶ浜も。
雪ノ下の語った真実が本当ならすべてがうまく繋がる。
なぜ俺は8年間もの間、気付かなかったのだ。
いや、普通気づかないか。
いくらあの人が全てを兼ね備えていたとしても、こんなことをするはずかない。こんな真実に辿り着けるわけがない。俺は名探偵ではないのだ。
それにあの当時の俺は考えないようにしていた。考えても仕方がない。誰のせいにもすることはできない。そうやって心の奥底の深いところに封じ込めていたのだ。
そうだ。俺は誰のせいにもできなかった。誰のせいにも。
あの場に居合わせてしまった俺が悪いのだと。そう思い込んでいた。
心の奥底に眠っているものがざわつき始める。それをグッとこらえて空を見上げる。
空は曇天。今日は晴れていたはずなのにいつの間にか真っ黒な雲に覆われて今にも雨が降り出しそうだ。
さて、どうするか。いつまでもこんなところにいる訳にもいかない。
でも俺に行くところなどない。俺に帰る場所などない。
また当てもなく歩き出す。
すると、俺のすぐ近くに1台の見覚えのある車が停車する。
ゆっくりと後部座席のドアが開かれる。
中からは今、俺が最も会いたい人物が姿を現した。