始まってしまえば早いもので、既に出張14日目を迎えている。予定を大体約3分の2を終えて、今日も含めてもあと8日だ。特別、トラブルもなくここまで順調に来ている。
現在、俺が任されている現場は2件。一件は三科たちの現場だ。こちらは今から大きな工事を控えている。
しかしまぁ、三科の実力であれば問題なく施工できそうだ。
あと一件は、今回、元請けに新しく下請けとして協力会社に加わった会社に施工してもらっている。こちらも大した仕事ではない。大きな設備を据え付けるための架台や設備に付属する配管のサポート架台の製作、取り付けである。
大きな設備を据え付けるの架台取り付け後。また別の業者さんの仕事だ。
俺の仕事は別の業者に現場を引き継ぐまで。
今回製作する架台は数が多い為、製作に4日。取り付けに3日取ってある。
製作は今日からスタートしている。
新しく下請けに入った協力会社のリーダーさんはとても物腰が柔らかく、スムーズに打ち合わせも進んだ。
そして今、俺はこの現場使う必要機材や立ち入りの申請書類の作成。それから三科の方の現場で急遽、追加で必要になった材料の注文などの業務に就いている。
いやー事務所の中で仕事するって最高だなー。エアコンガンガンで涼しいし。
×××
一通り仕事終え、ひと息つく。
時刻は午後3時。おやつのじかんだ。
事務所の外の自販機にあの伝説のコーヒーを買いに行く。
自販機に小銭を入れ、ボタンを押すと黒と黄色に身を包んだ俺のソウルドリンクが出てくる。あー会いたかったよマッ缶。
自販機から愛しのMAXコーヒーを取り出していると、自販機が喋り出す。まぁよくあるやつだ。
「お仕事、ご苦労様で〜す。本当に暑い中頑張ってるじゃないですかー。だから私からのプレセントが当たるチャンスです!当ったるかな〜?」
きゃぴるん♪とした声が聞こえたあとドュルルルルとドラルロールが鳴り、表示されている数字が回転する。てか、どっかで聞いたことある喋り方だな。
回転している数字が一つづつ止まっていき最後の数字がとまる。そしてファンファーレが鳴る。
「すごーい!当たりましたよ!私からプレセントです。この中から好きな私を一つあげちゃいます!さっ!選んでください♪」
俺は反射的にいろ◯すのボタンを押してしまった。
そしていろ◯すが自販機から出てくる。なぜ俺はこれを選んでしまったんだ。てか、”好きな私を”ってなんだよ。
「ご利用ありがとうございま〜す♪ではではまたのご利用よろしくでーす♪」
なんだよこの自販機。あざとい自販機ってどういうこと?引くなぁ!
もう押してしまったものは仕方ない。自販機の中から取り出したいろ◯すを手に取るとなせだか感慨更けってしまう。
頭に過る遠い記憶を払拭するように愛しのMAXコーヒーを一気に煽る。
まぁいい。二日酔いの三科にでもやろう。
×××
短い休憩を終え、三科に現場の進捗状況を確認するため、三科に電話を掛けようと着信履歴を見ているとなんと向こうからかかってきた。何この以心伝心。やっぱり俺とあいつって相棒なのかな?照
どうでもいい事を考えなから電話に出ると開口一番、”やわたー大変だよー”と聞こえてきた。
「どうした?なんかあったのか?」
「なんかさー、他の下請けの業者さんがさー、明日から俺らの現場に入ることになってるらしくてさー、そんで明日やる仕事の場所が被っててさー」
サーサーサーサー、うるせぇんだよ。お前卓球の愛◯ゃんか!あと語尾伸びすぎ。
”ちょっと待ってろ”言いながら、現場の日程表を見る。
あれー、どういうことだろー。日程表には載ってないー。
しまった。動揺して語尾が伸びるのが移ってしまった。
それはどこの下請けの業者なのかを聞き、確認して折り返すと伝えて電話を切る。
こういうちょっとしたトラブルで動揺してしまう。俺の悪い癖だ。落ち着け俺。落ち着て素数を、、、。
違う。そんなことしてる場合じゃない。
三科に聞いた他の下請け業者の元請けを調べて電話して状況確認する。
今回の仕事はとても大きな現場だ。もちろんこの仕事に参加しているのはうちの元請けだけじゃない。たくさんの元請け会社、そしてその下請けが参加している。
よって工事現場が被ることなどよくあることだ。俺は初体験だけど。なんかいやらしいな。
俺はその元請けの現場担当者の監督の電話番号調べて電話する。
×××
結局、他の下請け業者が現場に入ることになり、明日、三科たちは午前中は休みという形で落ち着いた。
そして、現在、俺は元請けが催した宴会場にいる。宴会場と言っても俺たちが宿泊している旅館のすぐ近くの居酒屋の二階席を貸し切りにしているだけの簡易宴会場。
なぜこの微妙な出張14日目に宴会を開いているのか。本来なら出張2日目に行われる予定であったらしいのだが、何かのトラブルで延期になり、今日行われることになったとか。
しかも、もともと予約していた和風の居酒屋ではなく、なんか小洒落た店だ。こんな店にきったねぇおっさん達が集って騒いで何やってんだか。まったくため息しかでねぇ。
さて、本題はなぜ俺がここにいるのか。である。
そう、これは三科の仕業だ。タダ酒が飲めること。明日、午前中が休みになったこと。まぁ、休みじゃなくてもあいつなら来たか。
仕事が残ってると理由をつけてバックれるつもりだったのだが、元請けの監督連中も全員参加するとのことで無理やり三科に引っ張られてきた次第である。
”やわた!ほら飲めよー!”と焼酎の水割りが入ったグラスを口に近ずけてくる。
「わかったから。自分で飲むから。ほら、あっちの◯◯さんとこお酌でもして来いよ」
「えー。俺、あの人嫌いだしー」
三科さん。やめなさい。聞こえるでしょう。あの人一応、偉い人だから。
「つかさ、やわたと飲むのあの時以来じゃね?」
あの時とは社長と出張の話をしたとき。
”そーだな”と適当に返すと三科はニヤニヤしながら何かを思い出したように話し始める。
「あん時のキャバクラでお前、超面白かったよな〜。酔っ払って女の子にめっちゃガッついてさ」
「あーそーだっけか?よく覚えてねえな」
「嘘つけ。あの店で一番可愛い子がついてくてたときにめっちゃガッついて話してたけど、結局連絡先教えてもらえなくてすげー落ち込んでたじゃんか」
やめて。その話はもうやめて。
くそ!覚えてるよ!しっかり全部覚えてます!
だって久しぶりに女の子にちやほやされてさ。普段、女の人とあんなに喋ることないし。向こうは客商売ってわかってんだけどさ。なんか舞い上がって、勇気を出して連絡先を聞くも、やんわり拒否られるとかまじ黒歴史。中学時代の経験がまったく生きていない。
しかし、根暗でぼっちの俺がその日にあった女の子に連絡先聞くとかお酒の力ってマジ怖い。
直近の黒歴史を思い出して、ため息をつく。
まぁ、お酒を飲んでやらかしたことなんて一度や二度じゃない。酒を覚えたての頃は喧嘩なんかもしたりした。原因は三科だが。
これだけ聞けばリア充ぽい。俺は酒は好きだが、基本的に飲みに行くのは三科とだけだ。あとたまに会社の人。
ごく稀に三科主催合コンの数合わせに呼ばれることもあるけど、1時間もすれば、合コンぼっちの誕生だ。
人間、歳を取っても、周りの環境が変わっても本質的なところはなかなか変わらない。
ちなみに茨城に来てからだいぶ経ったが、気軽に喋れる友人と呼べそうな人は1人も出来ていない。なんか八幡悲しくなってきた。
というか、俺がぼっちになるのわかってて呼ぶ三科も鬼だよね。行く俺も俺だけど。
でもそろそろ厳しい年齢になってきている。彼女いない歴=年齢っておとぎ話かと思ってた。こんなに出会いが無いなんて、、、。
高校時代の恩師の気持ちがちょっとだけわかった気がする。でも俺は童貞でない。素人童貞だ。プロにお世話になったことはある。
しまった。口が滑りすぎたぜ。酔ってきたのかな?
気がつくと三科はいなくなっている。見ると他の下請けの人たちとわいわいやっている。楽しそうだなー。棒読み。
時刻は午後8時半すぎ。開始から約1時間半。
酒も進み、皆いい感じなってきている。あと1時間くらいでお開きになるかどうか。まぁ、どうせ次の店に行くのだろう。俺は絶対行かないけど。
×××
しばらくして尿意を催した俺は席を立った。
俺って酒飲むとすごくトイレが近くなっちゃうんだよね。肝臓と腎臓が頑張ってくれている証拠だ。うん、八幡健康。
それでトイレの前まで来たのだが、中から苦しそうな声と嘔吐音が聞こえる。
この居酒屋の二階のトイレは個室式のトイレが男女一つづつしかない。さすがに女子トイレに入るのは気がひけたので一階に下りることにした。
俺は後悔した。このとき、女子トイレに入ってさっと済ませてしまえばよかったと。もし誰かに遭遇しても酔っているからとかなんとか誤魔化せばよかったと。
”俺は選択肢を間違えてしまったのだ”
一階に下りて、用を足し、二階に戻ろうとしたとき、ドサッと何が落ちる音がした。
反射的にそちらを見るとどうやら鞄を落としたようだ。会計カウンターの前で2人の女性がいる。片方は目に涙を浮かべて、手で口を覆っている。もう片方は幽霊でも見たかのような驚きと困惑を秘めた目でこちらを見ている。
俺は眼を疑った。見間違えではない。見間違えようがない。そこには記憶の隅に打ち捨てた筈のあの2人が立っていた。
”どうしてお前らが、ここに?”
ダメだ。俺の思考は完全に停止してしまっている。
それとは裏腹に心臓の鼓動は速くなるばかり。
俺は機能停止したロボットの如く立ち尽くしている。
「うそ。ヒッキー?ヒッキーだよね?」
落とした鞄を拾うことも忘れ、ゆっくりと一歩一歩彼女は近ずいてくる。もう一人もそれに習い、歩み寄ってくる。
「ねぇヒッキーだよね?ちょっと雰囲気違うけど、ヒッキーだよね?そーだよねぇ!?」
俺の前まで来ると両肩に手をかけ、彼女は必死に問い掛けてくる。
「落ち着いて。”由比ヶ浜さん”」
由比ヶ浜と呼ばれた女性は一瞬ビクッとして俺の肩に乗っていた手を素早く引っ込めさっと一歩下がる。
俺を'ヒッキー”と呼ぶのこの世に1人しかいない。
彼女は”由比ヶ浜結衣”だ。
そしてもう一人。
「久しぶりね。比企谷くん」
本当に久しぶりにそう呼ばれた。
呼んだ彼女の名は''雪ノ下雪乃”。
俺たちはこうして7年ぶりに再会することとなった。
×××
雪ノ下に名前を呼ばれ、俺はなんとか声を捻り出して返事をする。なんとも情けない声だ。
由比ヶ浜は肩に髪がかかるほど伸びている。そして、トレードマークでもあったお団子は無くなっている。
一方、雪ノ下は長かった髪をバッサリと切り、ショートボブが少し伸びたような感じた。
「2人ともちょっと変わったな」
「ええ、あなたも」
「ヒッキー髪短くしたんだ」
違う。こうじゃない。情けない声など出している場合ではないのだ。思い出せ。雪ノ下や由比ヶ浜に街角で再会する妄想など何百回したことか。思い出せ。俺が夜な夜なベット上で妄想に構想を練って積み重ねてようやく出た答えがあるではないか。もう過去は切り捨てたのだ。落ち着け。初めから俺の選択肢は決まっている。
「本当にヒッキーなんだよね?」
「ああ、久しぶりだな。7年ぶりくらいか?」
できるだけ平静を装い、俺は答える。
「あなた、今の今まで一体どこで何をしていたの?」
雪ノ下は少し責めるような口調で言う。
よし、これも想定の範囲内だ。これに返す言葉は決まっている。
「いや、あれから茨城の方に移り住んでてな。そっちで仕事してて。んで、今は出張でこっちに来てるんだ」
俺の答えに納得がいかなかったのか、雪ノ下は眉間に皺を寄せて強い口調で捲くしててくる。
「比企谷くん。それで説明責任を果たしているつもりかしら。わたしが聞いているのは、なぜ私たちに何も告げずに勝手にいなくなり、7年間もの間、何の連絡もなしに一体何をしていたのかを、、、」
「待ってゆきのん落ち着いて!」
「私は十分落ち着いているわ。彼が説明責任を果たしていないだけ。私たちにはそれを聞く権利があるのよ?」
取り乱すのも仕方ない。
ああ、本当に嫌になる。俺は本当に畜生だ。
こんなにも素敵な女性たちが手を差し伸べてくれているのに。俺はそれを無碍にしようとしている。だけどこうする他道はない。俺たちの道は1度違ってしまっている。もう2度交わるべきではない。
別に自己犠牲とかそういうことじゃない。
この2人はおそらく真っ当な人生を歩んでいる。そこに俺のような最低辺の人間が関わるべきじゃない。
下手をすれば2人の人生を狂わせてしまうかもしれない。
いや、既に狂わせてしまっているのかもな。
ならばここで終わらせる。ずっと逃げてきたから。今日、ここで終わらせる。
「いや、そのなんだ。悪かったな。そのいろいろあって、、、な」
何を迷っている俺は。
たった今さっき終わらせると決めたばかりなのに。
俺は畜生の上に根性無しのヘタレか。
用意してきたセリフを言うだけではないか。
言う当てもない言葉を心の中で何度も何度も繰り返し復唱してきた。それを今、声に出して言うんだ。
頭の中にぐるぐる回る言葉を口に出す前に由比ヶ浜が諭すような優しい口調で話し始める。
「そのびっくりしたよね。私たちもどうしていいか正直よくわかってないし。ヒッキーがあんなことになってさ。私たちはヒッキーはやってないって信じてるから。ずっと心配してたんだよ?ヒッキーのお家にも行ったんだ。でも何も教えてもらえなくて。なにか力になれないかと思ったんだけど。ヒッキーはどこにいるかわからないし。でも時間は待ってくれなくてさ。こんなに時間立っちゃった」
やめろ。俺はそんなことを言って欲しいんじゃない。
「でもさ、なんかの偶然でまたこうやって会えたわけだし。ゆっくりでいいからちゃんと話して欲しいな。それで昔みたいに、、、」
「由比ヶ浜さん、、、」
やめろ。やめてくれ。俺にはそんなこと言ってもらえる資格ないんだ。あんなことやらかして。勝手にどっかいなくなって。お前らを裏切った。傷つけたんだぞ。
なのになぜ、お前はそんなことが言えるんだ。
なんなんだよ。本当に。今にも泣き出しそうだ。
断ち切ると決めた筈なのに、由比ヶ浜の優しさに甘んじようとしている自分が気持ち悪くて仕方がない。
この場から一目散に逃げ出したい。
もう一層の事消えていなくなりたい。
結局、何も言えずに立ち尽くしている。
すると後ろから軽快な足音がする。振り向く気にもならない。が、なんとなく誰だかは見当がついた。
「やわたー。こんなとこでなにやってんだよー。もう宴会終わっちゃったぜ?」
そう言いながら現れた三科は俺に肩を組む。
「お前。なに泣きそうな顔してんだよ、、、ってあれ?なに?お取り込み中?」
俺は”いや、別に”と答える。
三科。お前の空気読めなさにこれほど感謝するときが来るとはな。三科の登場で俺は平静を取り戻す。
雪ノ下は怪訝そうな顔で”どちら様?”と尋ねる。
「えーと、やわたの、、、じゃない。八幡の相棒やらしてもらってる三科慶次って言います!てか、2人とも超〜美人さんじゃん!なに?八幡のお知り合い?」
「やわた?相棒?まぁいいわ。私は雪ノ下雪乃。比企谷の、、、旧知かしら?」
雪ノ下は少し首を傾げていう。
おい、そこはしっかり答えてくれよ。
由比ヶ浜は雪ノ下の背後に隠れて蚊の鳴くような声で由比ヶ浜ですと答える。
すると雪ノ下は”大丈夫よ、由比ヶ浜さん”と手を取り優しく言う。
なにか違和感を感じる。由比ヶ浜はこんなに人見知りだったであろうか。まぁでも三科は超DQNだ。怖いのも致し方ない。
「あなたにもアダ名で呼ばれる”相棒”なんて呼べる人が出来たのね」
「まぁな。こいつはただの同僚だ。相棒じゃない」
「なんだよ、やわた。つれないなー」
どうでもいい会話をしていると二階から宴会を終えたおっさんたちがぞろぞろと降りてくる。
よし、ナイスタイミングだ。これを逃す手はない。
おっさん達の中に俺や三科を呼ぶ声が聞こえる。
「比企谷、お前、急にいなくなりやがって。宴会終わっちゃったぞ。ほら、次行くんだろ?」
俺は誤魔化すように笑いながら”すいません”と答える。
押し寄せてくるおっさん達が俺を飲み込む前に雪ノ下たちに声をかける。
「雪ノ下、悪い。俺、行かなきゃいけないから。またな」
雪ノ下たちはなす術もなく、廊下の端による。
俺は流れに乗り、店の外に出る。
最後に雪ノ下たちにの方に目をやると、由比ヶ浜はギュッと目を瞑って雪ノ下の手を握っている。
そして雪ノ下は今までに見たことのない程の強い眼差しを俺に送っていた。
×××
今は次に行くためタクシーを待っている。
店を出ても、雪ノ下たちは追ってくることはなかった。
代わりに少し遅れて三科が出てくる。
「やわたー。よかったのか?」
「ああ、たまたまあっただけだし。そんなに仲がいいわけでもないしな」
”本当かー?”と三科は怪訝そうな目で見てくる。
「いいんだよ。もう終わったことなんだ。俺の中ではもう終わったことなんだ」
三科は少し笑いながら言う。
「なに?酔ってんの?」
俺は先に帰ると告げて一人歩き出す。
三科は”バックれんなよー”とかなんとか言っているが俺は歩みを止めない。
くそったれ。酔いならもう醒めたよ。