どーも、にが次郎です。
今完成しているものはこれで最後になります。
また日を空けて投稿します。なるべく間が空かないように努力いたします。
投稿し始めてから約3月。気がつけば、40話も投稿していました。完結するまで後どのぐらいかかるのだろう、、、。
では、どーぞ。
自室に戻ってからは特にやることもなく、気がついたら眠ってしまってした。時刻は朝の午前6時。寝すぎたな。そのせいか体が怠い。
重い体を起こして自室を出て、事務所に向かう。中に入ると、来客用のテーブルの上にラップがかかった皿が置いてあった。中を確認すると、手作りされたであろうオムライスが入っている。隣には書き置きのようなものが残されていた。どうやら雪ノ下が書いたものらしい。
昨日、帰る前に作っていったのか。
なんか引きこもりの息子になんとか出てきて欲しくて毎日料理を作り続ける母親みたい。別に引きこもってたわけじゃないんだからね!
でもまぁ腹も減ったし、朝飯がてらに頂くとするか。さっそくレンジで温める。飲み物を冷蔵庫から調達し、自室に戻る。
適当にケチャップをかけて、スプーンで適度な大きさに卵を切り取って口に運ぶ。
え?なにこれ!超ーうまいんですけど。こんなオムライス食べたことない。別に一見普通のオムライスなのだが。あ、わかった。隠し味に愛情が入ってるんだ!などと意味のわからないことを考えているうちに完食する。ごちそうさまでした。
後片付けを終えて、また自室に戻る。
うまかったな。オムライス。
もし、今日も雪ノ下が来たらちょっとだけ優しくしてやろう。
というか今日は優しい八幡で行こう。
昨日、ちょっと狂った感じを見せたからな。今日は普通に接する。たぶん、てか、絶対に精神に異常を来していると思われる。それが狙いだ。
茂原から情報を聞き出した後、奴らを見つけ出し、ぶち殺すまで、結構な時間を要する。その間、ずっと事務所に居続ける訳にはいかない。それに奴らはもうこの街にはいないだろう。あの事件の後、拠点を移すと言っていた。
それも含めて、ここだといろいろと都合が悪い。
かと言っていきなり姿をくらますのも探されてしまう危険がある。
もし彼女らが俺のやろうとしてることに勘付いたとしても、うまく誤魔化せる方法。それは既に考えてある。
その方法。自宅療養だ。
真実を聞いたあの日から、俺は彼女らの目にはおかしく映っているはず。
俺が精神的に不安定な状態にあることを彼女らに把握させる。昨日の行動もその一環。これから今日と明日でさらにそういった行動を取り、俺の状態をよりよく知ってもらう。
彼女らも鬼ではあるまい。
オムライスを作り置きしておいてくれるくらいには心配してくれている。それを利用させてもらう。
すべてを見せつけた後に自ら自分の危うい状態を話し、休みを取る。まぁ1週間もあればいい。
休みを取るにしても、俺の家はこの事務所だ。さて、どうするか。実家を利用する。よくあるだろ?一人暮らしで風邪引いたから実家に帰るみたいな。あんな感じだ。やったことないから知らんけど。
実家に帰ると言えば、雪ノ下から小町に連絡が入るかもしれない。そこらへんは特に問題ない。小町に俺の真実を伝えることはできないだろうし、ましてや精神に異常を来しているとは伝えられまい。自分たちのせいなのだから。余計なことを言って、詮索され、ボロが出ればそれこそ面倒なことになる。それに小町はもう家を出ている。実家には両親しかいない。そこらへんもうまく誤魔化す。外出したとしても別に体の具合が悪いわけではないのだ。そこに突っ込まれてもいくらでも嘘はつける。
よし、算段はついた。まだ茂原から情報を得ていない今、俺にできるのはこの程度。そういえば後もう1つ。新しい携帯を手に入れておく必要がある。
もし今俺が持っている携帯のGPS情報を調べ上げられ、俺の居場所がバレてしまっては元も子もない。それに裏で連絡を取るためにも必要だ。
金なら問題ない。職人時代にたんまり稼いだからな。余裕で3桁あるから。使うところがなかっただけだけど。
×××
その日、雪ノ下は事務所に顔を出さなかった。杏里さんも昨日と一変する俺の態度を見て、少々困惑していたが、すぐに普段通りに戻った。その後は俺の仕草や態度を注意深く確認していたように思えた。杏里さんもプロの探偵だ。俺の変貌を見て、単に心配するだけでなく、俺の行動になにか意味があるのではないかといろんなことを勘繰っているはず。しかし、俺に抜かりはない。
仕事を終えた後、近くの電気屋に閉店ギリギリに来店し、携帯電話を購入した。後をつけられたりはしていない。もしどこかで情報が漏れても、既に持っている携帯が壊れたからと誤魔化せばいい。その場合はまた新しく購入しなければならなくなるが、仕方ない。
俺はまたコンビニ弁当で夕食を済ませた。栄養?バランス?そんなもん知らん。
自室に戻る頃には、もう10時を回っていた。楽しいことしてると本当時間が過ぎるのが早い。
ベットに横たわり、今得ている情報で奴らを潰す構想を練る。
そんなことをしていると、不意に携帯がなる。茂原からだ。約束した日よりも早いな。
俺はすぐには電話に出ない。もしかしたらこの部屋が盗聴されている可能性もある。盗撮だってあり得る。それらを考慮して事務所の外へと出る。
「もしもし」
「私だ」
俺は茂原に素直に疑問をぶつける。
「まだ2日しか経ってないだろう」
「そうだが、予定よりも早くこの部屋を抜け出せる時間帯を見つけた」
ほう、それはすごい。大企業の重役を担っていた人間だ。それなりに有能。
「本当か?」
「ああ、その時間は2時から3時の間だ。その時間なら君に会うことができる」
「わかった」
なぜその時間帯に抜け出せるのかはわからないが今はこの男の言う通りにするしかない。最悪、罠だという危険性もあるが、それは実際に現場に言って判断すればいい。
「すまないが、落ち合う場所は私が決める。悪いが、まだ君を信用しきれない」
「ああ、それはこっちも同じことだ」
その後、俺の新しい携帯の番号を教え、落ち合う場所を聞き、電話を切った。
思ったよりも早かったが、こちらとしては好都合。ここで情報を得ることができれば、あの女に一歩近づける。
俺は喜びを噛み締める。
しかし、まだ安心はできない。気を抜いてはダメだ。さらに一層気を引き締めなくてはいけない。
俺は念のため、前から使っている自分の携帯電話を自室に置いて、指定された時刻に合わせて事務所を出た。
×××
深夜2時前に目的地に到着する。
指定された場所は住宅密集地から少し外れた人気のない錆びれた公園。
中にはぽつんと1つ街灯がある。それ以外の明かりはない。すべてが暗闇に包まれ、公園内にどんな遊具が設置されているのかも窺い知ることはできない。密会には絶好の場だ。
陰に身を潜めて、茂原の到着を待つ。
しばらくすると、携帯が鳴る。
「もしもし」
「到着した。どこにいる?」
「街灯のすぐ近くだ」
街灯の下に人影が1つ現れる。
それを確認して、俺は街灯に近づく。
「1人か?」
「もちろん」
茂原は控え目に周囲を見渡し、俺以外に誰もいないことを確認すると、すぐさま本題に入る。
「では、比企谷八幡くん。君の目的を聞かせてくれ。私から情報を得て、何をするつもりだ?」
茂原は俺に真っ直ぐな眼差しを向ける。口から発せられた声は真剣そのもの。俺は誤魔化すつもりなど毛頭ない。俺は間髪入れずに答える。
「”復讐”だ」
俺の言葉を聞いて、茂原は目線を下に落とす。少しばかり落胆しているように思える。
「そうか。で、君が私から得たい情報はなんだ?」
「あんたが失敗した後始末についてだ。あの時、上手く逃げおおせた奴がいるだろう。そいつらの情報を得たい」
茂原は目を見開いて驚いた顔をする。まぁそうだろう。
「君の事件ではなく、その後に起きた事件について知りたいと、そういうことか」
「ああ」
「それはなぜだ?君の目的は”陽乃ちゃん”だろう?なぜ今更になってそいつらの情報が欲しい?」
茂原は怪訝な視線を俺に向ける。
俺も茂原に同じような目線を送る。
この男は今、”陽乃ちゃん”と言った。まるで昔から知っているような呼び方だ。茂原と陽乃はどんな関係にあったのだ。まぁどんな関係にあろうと俺にはどうでもいいことだが。
少し間を置いて、茂原の問いに答える。
「そいつらには少し借りがあってな。それを早いうちに返しておきたい。それに雪ノ下陽乃は俺の手の届かない所にいる。まずはあの女の手足になっている連中を潰す。そこから更に悪事を暴いて証拠を集める。それが目的だ」
茂原は納得したのか、していないのか、どちらとも取れない微妙な表情を作る。
「そうか。わかった。君は私に協力すると言ったね。前にも言ったが、私の目的は陽乃ちゃんに復讐することではないんだ」
復讐ではないのなら、何が目的なのか。一体なんのために機密文書なんぞ持ち出した?
俺は訝しむ目線を送りながら、続きを待つ。
「私はね、陽乃ちゃんを止めたかったんだ」
「どういう意味だ?」
俺にそう問われて、茂原は懺悔とばかりに語り出した。
「陽乃ちゃんがあそこまで闇に染まった原因は私にもあるんだ」
何を言い出すかと思えば、あの女の堕ちた理由などに興味はない。しかし、この男は”原因”は私にも、と言った。この男は聞いて欲しいのだ。誰かに話したい。話して自分が背負っている責任を誰かと共有したい。楽になりたいのだ。その感情はよく理解できる。究極的に言えば、結局誰かの所為にしたいのだ。所詮、人間などどれも同じ。自分が一番大切なんだ。
しかし、いくら興味がないと言えど、ここで茂原の話をつっぱねれば情報を得られなくなる可能性がある。仕方ない。話くらいは聞いてやろう。
「陽乃ちゃんは8年前、君を貶めた時点でかなり大きな闇を抱えていた。それを見抜けていたのはたぶん雪ノ下だけだった」
「雪ノ下?」
「ああ、私の言う雪ノ下とは、陽乃ちゃんの父親のことさ。私は、あの会社の一番の古株でね。雪ノ下とは会社を立ち上げた当初からの付き合いだ。奥さんのこともよく知っている」
なるほど。そういうことか。陽乃のことをちゃん付けで呼ぶのは幼少の頃から知っているからか。では、妹の方はどうなのだろう。雪ノ下は茂原については何も言っていなかった。そういう関係あると知っていて黙っていたのか、本当に知らなかったのか。
幼い頃から表舞台に立つのは姉の陽乃だったと聞いている。姉の陰に隠れていた雪ノ下とはあまり親交がなかったのか。どちらにせよ、全く知らないということはないだろう。もう今更だ。どうでもいい。
「で、その闇に染まった原因はなんだ?父親の汚職事件か?」
茂原は目を瞑り、ゆっくり頷く。
「ああ、あの時は本当に大変だった。私以外の古株たちは皆、雪ノ下を裏切った。残ったのは若い奴らと、私の直属の部下だけ」
「皆、金で買われたのか?」
茂原は頷く。
「当時、今君が働いている事務所付近の土地をすべて買い上げて、大きなマンションや公園などを建設する計画があったんだ。しかし、その地域の住民が立ち退きに反対しデモとまではいかなくとも小さな反対運動が起こした。君は知らないかもしれないが、あの辺り一帯は8年前、今ほど住宅は多くなかった。本当に昔から住んでいる人間しかいなかった。そしてそのほとんどが老人。反対運動が沈静化し、住民たちが立ち退かされるのも時間の問題だった」
ほう、そんなことがあったのか。
まぁ杏里さんの叔父や川崎がバイトしていたあの呉服店の店主が黙っているとは思えないな。
「もちろん、その計画にはうちの会社も絡んでいた。その計画は県側から打ち出されたもの。所謂、公共事業ってやつだ。その公共事業には莫大な資金が投資される予定だった。雪ノ下は県議会議員も務めていたし、うちの会社はその事業の上位層に食い込んでいた。そこから生み出される利益はとてつもないもの。事業が成功すれば会社を更に発展させられる可能性もあった。しかし」
茂原は言葉に詰まる。
まぁ雪ノ下の親父が何をしたのかは大体予想がつく。
茂原は遠い昔を思い出し、悔やむような表情をする。
「雪ノ下はその事業に反対した。理由は説明しきれないほどあるが、君に伝えるとするなら、自分の旧知が古くから守ってきた土地を奪いたくなかった。旧知とは君を雇っている探偵の叔父と事務所の近くにある呉服店の店主だ」
茂原は言葉の最後に本当に馬鹿な男だよと言い添えた。
確かに馬鹿な男だ。旧知との友情を守る為に自らの会社を発展させるチャンスを無駄にした。陽乃が言っていたつまらない信念とはこれのことだったようだな。ここまで聞けば、この後の展開は予想がつく。
「もちろん、私は止めた。でも彼は信念を貫いた。本当に強い男だよ」
「その件で雪ノ下の親父は嵌められたのか?」
「ああ、雪ノ下は見かけに寄らず情に熱い男だった。たかが、土建上がりの人間があそこまで上り詰めたのは人望があったからだ。その人望からたくさんの人から信頼され、支持されていた。当時の議会でもそこそこ権力を有していた。それをよく思っていない連中がいたんだ」
「その連中ってのは?」
「当時、もっとも権力を持っていた県議会議員に癒着していた企業だよ。うちのライバル会社だった。業績で言えばうちは負けていたが、うちは連中にないものを持っていた」
「それが信頼と?」
茂原はゆっくり頷く。
「雪ノ下をよく思っていない連中はうちを潰したくて仕方がなかった。そこで連中は雪ノ下が反対した公共事業を利用した。権力のある政治家を金で動かした。裏金というやつだ。そこからだ。うちの会社に風当たりが強くなったのは」
本当に腐ってやがるな。所謂、賄賂を受け取って、裏で暗躍していた。これだから政治家は。
「みるみるうちに会社は失速し、雪ノ下の持っていた力は緩やかに落ちていった。雪ノ下を支持していた連中も金で買われたんだ」
「そこまでして連中は公共事業をやりたかったのか?」
「公共事業をやることによって儲かる連中がたくさんいたからな。皆、金に目がくらんだんだ。本当に人間は残酷な生き物だよ」
茂原は大きなため息をつく。そして左手をこめかみに当てる。確かに頭の痛くなる話ではある。
「そこから雪ノ下の夫婦仲も悪くなっていった。奥さんは少し横暴なところもあったが、真っ直ぐ筋の通った人だった。今の現状をなんとかしようと動いたが、それが裏目に出た。会社からは1人辞め、2人辞め、どんどん規模が縮小していった。確か、その辺りだ。陽乃ちゃんが君を嵌めたのは」
あの時、雪ノ下の家はそんなに大変な状況にあったのか。あの当時に雪ノ下が抱えていた家族の問題はこんなに深刻なものだったのか。あの2人が全て知っていたのかどうかはわからないが。
「雪ノ下の家族も私も誰も彼女の変調には気が付かなかった。丁度、時を同じくして雪ノ下の体調にも異変が起こり始めていた。本人は隠していたようだが、私と奥さんにはバレていた。あの時、無理にでも病院に連れて行くべきだった。悔やんでも悔やみきれん」
確か、死因は癌だったと聞いた。病に侵されながらも会社を立て直そうと必死になっていた。なんとも涙ぐましい話だな。
「残ってくれた人間たちのおかげでなんとか持ち堪えていたが、トドメを刺すようにあの事件は起きた」
「それが汚職事件か」
「そうだ。もう猫の手を借りたい状況にあったうちの会社の内部は更にぐちゃぐちゃになった」
そんな最中に俺や由比ヶ浜に悪事を行ったあの女はもう人間ではないな。
茂原は項垂れたように肩を落とし、目を瞑る。
「私たちに残されていた手段は1つ。罪を認めて謝罪すること。もちろんやっていないことを認めることなどやってはならないことだ。しかし、それ以外に方法がなかった。戦うという選択肢もあったが、私たちの肩を持ってくれる人間は居なかった。勝てる見込みのない戦いなど意味はない」
「”勝てる見込みのない戦い”ね」
俺はぼそりと呟いた。
それが聞こえていたかどうかはわからないが茂原はそのまま口を動かす。
「最終的には雪ノ下がそう判断した。ここまで支えてくれた人たちにこれ以上迷惑はかけられなかった。自分の家族もそうだが、うちの会社に残ってくれた人間たちの中には、妻や子供がいる者もいた。その者たちを路頭に迷わせるわけにはいかなかったんだ」
「どっちにしたって、そうなることは変わらないだろう」
自分で残酷なことを言っているのはわかっている。でもそれが現実だ。
茂原は薄く目を開いて、俺を見る。
「ああ、そうだ。でもこれ以上足掻いてもいいことはなかった。自分の首を絞めていくだけ。だから1度、全てをゼロにしてまた一から始めよう。そう考えた。本当に苦渋の選択だっただろう。今まで築き上げてきたものが全部なくなったんだ。雪ノ下の泣き顔を見たのは後にも先にもあの一度だけだ」
茂原は俺から目線を外し、下に落とす。眉間にしわを寄せ、拳は握り締められている。その姿からは悔しさが滲み出ている。そりゃそうだ。ずっとともにに働き、ともに作り上げたものが全て壊れたのだ。もう言葉では言い表わせるものではない。
「本当に大変だったのは罪を認めた後だった。その時の記憶が曖昧でな、その辺りはよく覚えていない」
俺は何も言うことができない。かける言葉が見つからない。
「そこからしばらくして世間から雪ノ下の汚職事件が薄れ始めた頃、すべての真相を知った。雪ノ下が連中に嵌められたことを。私は復讐心にかられた。でも何もすることができなかった。それよりも早く会社を立て直すことが先決だった。しかし、現実は残酷なものでな。ほとんど倒れてしまった会社を立て直そうと、決意を新たにしたとき、雪ノ下は病に倒れた」
今まで体を騙し続けたツケが回ってきた。残酷にも程がある。
「本当にあっという間だったよ。末期と宣告されてすぐだった。雪ノ下は最後に娘の育てからを間違ってしまったと言っていたよ。今思えば、その時には陽乃ちゃんの仕出かしたことを雪ノ下は気がついていたんだろうな」
星の浮かんでいない空を見上げて、茂原はそう言った。
「雪ノ下は娘の将来の為にと幼い頃からいろんな教育を施した。詳しくは知らないが、それが彼女を歪めた原因になってしまったようだ」
「良かれと思ってやったことがこんなことになるとは皮肉なもんだな」
上を見上げたまま、乾いた笑みを浮かべる。
「ああ、確かに皮肉なもんだな。まさか尽くした男の娘にここまで追いやられるとは思ってもみなかった。まぁでも彼女の邪悪な部分を更に助長させたのは私でもあるんだがな」
ようやく”原因”とやらが出てくるのか。
「雪ノ下が死んでもすべてが終わるわけではない。そこから数年、私は雪ノ下の奥さんとともに会社のために奮闘した。一度失った信用を取り戻すのは容易なことではなかった」
「でも雪ノ下の母親も倒れてしまったんだろ?」
「ああ、彼女は自分の娘たちを守りながらだったというのもあった。幸い、大事には至らなかった。しかし、奥さんが抜けたのは非常に痛かった。その穴を埋められる人材はうちの会社にはいなかった。だが、奥さんが倒れたのと同時に陽乃ちゃんが大学を卒業し、うちに入ったんだ。彼女の能力は本当に素晴らしいものだった。両親の良い部分をすべて受け継いでいた」
確かに俺の知る限り、あの女は昔からずば抜けて有能ではあった。しかし、たかが、大学を出たばかりの小娘に何ができるというのだ。
「彼女とともに働いて半年が過ぎたある日、私は呼び出された。そこであることを持ちかけられた」
「あること?」
「復讐だよ。父親を嵌めた奴らに復讐がしたいと、陽乃ちゃんはそう言った。もちろん最初は止めた。しかし、彼女がどこかから調べ上げてきた情報と提示されたプランは魅力的なものだった。我ながら自分の娘ほど歳の離れた女の子に誑かされるとは情けない話だがな」
「で、あんたはそれに協力した」
「葛藤はあった。そのやり方は雪ノ下が一番嫌った方法。連中が私たちにしたのと同じ。私は躊躇した。しかし、陽乃ちゃんの再三に渡る説得にかつて自分の中にあった復讐心が目を覚ました。兎にも角にも、連中に復讐するためには金が必要だった。私はそれをかき集めるのに躍起になった」
しかし、そこまで落ちぶれてしまった雪ノ下の会社では集められる金額もそう多くはないだろう。
「汚いことにも手を染めた。しかし金額はたかが知れていた。でも陽乃ちゃんはこれでいいと言った。陽乃ちゃんは連中の下請けに入ると言い出した。そんなことをすれば、虐められるだろうし、仕事の金額も安く買い叩かれる。何よりいいように使われる。しかし、陽乃ちゃんは躊躇わなかった」
「目的は別にあるという感じか」
「あの時、私は本当に彼女に恐れを抱いたよ。最初は怪しまれていたが彼女は連中に一瞬で取り入った。陽乃ちゃんは美人だからね。かき集めた金を使って、連中に豪遊接待を繰り返し、時には自分の身を捧げることも厭わなかった」
「そりゃすごい」
あの雪ノ下陽乃がそこまでするとは。目的達成の為ならなんでもやる。どんなに汚い手を使っても。
心の底から震え上がるほど、恐ろしい女だ。
「それと同時に会社は少しずつ活気を取り戻していった。たった数年で雪ノ下が経営していた頃と変わらないほどに。しかし、その時には雪ノ下が掲げていた信念はもうどこにもなかった」
茂原は力なくそう言った。
「時が過ぎ、私たちは復讐を達成する時が来た。様々な分野に根を張り、味方につけ、今までの連中のやってきた悪事をすべて暴露し、陥れた。連中が雪ノ下にやったことと同じことをした。そして彼女は連中にすり変わり頂点に立った」
この話がすべて事実なら、これをもとに映画でも作れば大ヒット間違いなしだな。しかし、すべての悪事を暴露したのなら雪ノ下の父親の汚名も晴れたのではないのか?
「陽乃ちゃんはそのことについては暴露しなかった。悲劇のヒロインにはなりたくなかったのかもな」
そうか。父親の信念をつまらないものと切り捨てた女だ。今更、そんなことするはずもないか。
「私たちの計画は完璧だった。何1つ狂うことなく達成した。達成したはずだったんだ。しかし、陽乃ちゃんは止まらなかった。そこからさらなる金、権力を求めて突き進んでいった。当時の私もそれが正しいことだと信じきっていた」
「なるほど。それが大企業への成長に繋がるわけか」
「ああ」
ここまで聞いて中途半端になっている事柄が1つ残っている。それについて尋ねる。
「さっき出てきた公共事業はどうなったんだ?まだうちの事務所が現存してることから実行されてないようだが」
「あの計画は凍結されたままだ。雪ノ下が死んで、誰も邪魔するものはいなくなったはずなんだが、突如、凍結された。理由は様々あるようだが、どれもよくわからないものばかりだ」
雪ノ下の父親を潰してまでも実行したかったはずの計画が突然凍結された。これには何か意味があるのか?また別の力が働いている可能性もある。まぁ今このことに関して深く考えても仕方がない。
俺は続けてもう1つ尋ねる。
「雪ノ下の母親はどうなったんだ?」
「ああ、復讐を達成した後、奥さんの体調はすごく回復してね。何かと陽乃ちゃんに口を出すようになった。私から見れば、懐かしい姿だった。雪ノ下のやることに口を出さずにいられない昔の奥さんに戻ったようでね。でも、陽乃ちゃんはそれをよく思っていなかったようだ。奥さんが目を光らせているうちは何もできない。そのうち奥さんを邪険に扱うようになった。そしてあの事故が起きた」
「それが2年前の交通事故か?」
茂原は少し驚くような顔をする。
「知っていたのか。あの事故で奥さんは足を悪くしてしまってね。そのせいで家に引きこもってしまった。昔の奥さんからは考えられないことだ。後になって知ったことだが、その事故は陽乃ちゃんが企てたもの。私の知らないところで彼女はそれを実行した。奥さんはそれに勘付いていたのかもしれないな。実の娘にそんなことをされて少し精神を病んでしまったのかも」
「その事故は確かに陽乃が企てたものなのか?」
「ああ、間違いない。裏は取れている。まぁそのことを奥さんには伝えていないがな」
まぁそうだろうな。というか言えないだろう。夫を先立たれて、必死に頑張って会社を立て直そうとし、ようやく会社が立ち直ったと思ったら、今度は娘に嵌められる。この物語の本当の被害者は雪ノ下の母親なのかもしれないな。
「私がその事故が陽乃ちゃんが企てたものだと知ったのはだいぶ後になったからだ。君の殺人事件の少し前あたりかな。あの時、もう少しちゃんと調べていれば陽乃ちゃんの変貌に気付けたかもれない」
「あの女の変貌など、今に始まった事ではないだろう」
俺の言葉に茂原は首を振る。
「いや、彼女が本当におかしくなり始めたのはすべてを手に入れてからだ。暴力団と関係を持ち始めたのもその頃だったな」
具体的にどのくらいの時期なのだろう。まぁそれはいいとして。
「おかしくなったというのは?」
「企業関連以外の悪事にも手を出し始めた。君も知っているはずだ」
「ああ、だがそんなことをして何になる」
「権力保持のためだよ。それに少し手を貸すだけでうちに大きな利益が入る。金だけではない。それをやることによって儲かる連中がたくさんいる。それになにも陽乃ちゃんが社会のトップな訳ではない。更にもっとその上にいる連中に自分を売り込むための人望集めさ。より多くの人間と繋がりを持ち、その人間を傘下につける」
「本当に腐ってやがるな」
「腐っているね。こんなもの当たり前さ」
「何が言いたい」
茂原は顔を上げ、俺を見る。
「腐っているというのなら、もうそれはこの国自体だ。何も陽乃ちゃんやその連中だけが悪な訳ではない。すべからく社会の、この国のトップにいる連中は善ではない。確かにすべてが悪とは言わないが、善ではない。政治家でこの国を思って頑張っている連中なんて一握りだ。大抵、金や自分のことしか考えていない。裏金や天下り、そんなもの当たり前だ。皆やっている。要はバレたか、バレていないかの差だ」
茂原の言葉を聞いて、玉縄のことを思い出した。あいつが言っていた連中とはそいつらのことか。そいつらを潰し、自分がそれに成り替わる。大した野望だ。人に言えば、間違いなく馬鹿にされる。しかし、おそらくあいつは本気で言っている。やっぱり意識が高いところに行っちゃってる人は考えることが違う。
「君は陽乃ちゃんを潰したいんだろ?少なからずそういう連中を相手にしなきゃいけなくなるぞ?連中は陽乃ちゃんを必ず守る」
茂原は言い切った。
「なぜかと思っているかい?それは彼女が”まだ金になるから”だよ」
そいつらの信用は金で買ったもの。金が続く限り、守ってくれるって訳か。本当に笑える。
茂原は一変して真面目な顔つきになる。
「それでだ。彼女を止める方法。それは君にある」
「どういう意味だ?」
「これまでの陽乃ちゃんは悪事に必ず間接的だった。 だが、君の件に関しては違う」
間接的だったのはおそらくバレても自分まで辿り着かせないための策略だろう。しかし、俺の件については違うとはどういう意味だ?
「君を轢き殺そうとしたのも、殺人事件の犯人に仕立て上げたのも、すべて彼女が単独で企て、実行したものだ」
「どういうことだ。どちらにしてもあの女が直接俺に手を下した訳ではないだろ」
「確かにそうだ。業者なり、警察なりに圧力をかけたのは間違いない。だがね、私の言いたいのは彼女が深く関わっているということだ」
まだこの男の意図が見えない。一体何が言いたいのだ。
茂原は少し間を空けて言う。
「君の事件の真相を暴き、公表することができれば必ず陽乃ちゃんに辿り着く」
なるほど。そういうことか。今までの悪事はもはや大企業となった会社のトップである陽乃が直接何かする必要ない。それに陽乃は社長ではない。もしバレても責任を負うのは別の人間。しかし、俺の事件は違う。陽乃が直接事件に関わっている。
だから玉縄は俺をキーパーソンと呼んだ。陽乃を潰すことができれば、更に上位の人間に近づける。点と点が繋がった。
「他の悪事を暴こうとしても、必ず邪魔が入る。金にしろ何にしろ、多くの人間が関わっている。それらを暴くのは無理に等しい。だが、君の事件は違う」
「それが俺に会って話した理由か」
「そうだ。私はどんな形であれ、陽乃ちゃんを止めたかった。責任は私にもある」
茂原は反省したように言った。陽乃を止めたい。だからこの男は俺の事件に関しての機密文書を持ち出した。
あの女もこの男の反乱分子を感じ取っていた。だから追放した。そして命までも狙った。
「だが、機密文書を持ち出したところで私1人にできることは何もなかった。昔の知り合いが匿ってくれなければ私はもうこの世にはいなかっただろう。そして君にも助けられた」
「だから俺は何も」
「あの場所に隠れているのも限界があった。匿ってくれた監督には申し訳ないことをしたが、君たちが私を救い、稲毛のところまで連れてきてくれなければどうなっていたことか」
この男を救ったのは厳密に言えば三科だ。何度もいうがそんな謂れはない。
「それにだ。君は陽乃ちゃんを止められる可能性がある。彼女がなぜ君にあんなことをしたのかはわからないが、それは君を恐れていたからじゃないのかい?」
俺は首を振る。
そうではない。単純に妹に近づく害虫を駆除したかっただけだ。
「そうか。まぁいい。稲毛にも救われた。昔は手のつけられない不良だったんだが、いつの間にか頼もしい男になっていたよ」
不意に登場した名前にあることを思い出す。そういえば茂原は稲毛さんに何か言われたと言っていたな。それについて問う。
「ああ、簡単なことだよ。私に危害は加えない。私の代わりに目的を達成しようとしている人間がいる。だから1人で背負いこむ必要はないと言われた」
この男は何か勘違いしてはいないだろうか。俺は稲毛さんとは直接協力関係にある訳ではない。
「わかっているよ。君は稲毛たちとは別の手だろ?私が君に話す理由は止めて欲しいだけではない。君への謝罪も含まれている」
「俺の目的は復讐だ。稲毛さんたちとは違う」
「わかっている。私もいろんな悪事に手を染めた。今更、善悪などこだわりはない」
この男の本心が見えない。陽乃を止めたいと言っておきながら、その手段が復讐であろうと構わない。この男もまだ何か思惑がある。そうでなければこんな話は俺にしないだろう。この男も俺を利用したいのだ。
「そうか。あの女を止めることができるなら、手段は厭わないと。で、結論は出たか?俺に協力してくれるのか?」
茂原は薄い笑みを浮かべる。
「もちろん。そのためにこの話をした」
俺は誤魔化されない。この笑みの向こう側には何かおぞましいものが隠れている。それが何であろうと構わない。俺もこの男を利用するのだ。信頼関係など必要ない。
「じゃあ情報の提供してほしい。話し始めたときに言ったが、俺はある男を探している」
「ああ、君の探している男のことなら知っている。逃がしたのは私だ。だが、複数人いる。顔は知っているのかね?」
「いや」
茂原は携帯を取り出して、証明写真のような画像を見せてくる。
「この男か?私が逃した中では、この男が一番偉い立場にいた」
その画像を見た瞬間、電撃が走ったように体の全身がビクッとなる。ああ、この男だ。何の根拠も保証もない。しかし、まだこの世を彷徨っているあの女性がこの男だと俺に教えてくれている気がした。
「ふふっ」
「どーした?」
「いや、なんでもない」
あまりの嬉しさに笑みが溢れてしまった。まずい。抑えないと頭のおかしいやつだと思われる。
「この男は今どこに?」
「私の知っている最後の情報によれば、〇〇市に拠点を移したと聞いている。また同じようなことをやっていると」
〇〇市。ここからは随分と遠い。
「奴らは携帯のサイトやSNSで女性を集めている。この街を拠点にしていたときに使っていたサイトは既に閉鎖されているが、確かそのページにリンクが貼られていた気がするな」
そう言ってポチポチ携帯を弄る茂原。歳の割には軽快に操作しているように思える。
「ダメだ。飛べない。まぁこれに関してはこちらで調べてみよう」
えらい協力的だな。ますます怪しい。
「他に何かあるかね?」
「いや、今日はとりあえずいい。それよりその男の写真を俺に送ってくれ」
「わかった」
思ったよりも得られる情報は少なかったな。まあいい。目的の男の顔は知れた。
「先ほど、調べてみると言ったが、私は今この携帯以外に電子器具を持っていない。少々、時間がかかるかもしれない」
「ああ、構わない」
そう告げて、俺は身を翻す、少々話し込んでしまった。
「また連絡する」
そう言ってこの場から離れようとする俺を茂原は引き止める。
「最後に1ついいかね?」
「なんだ?」
茂原はゆっくりとした口調で言う。
「もし、君が陽乃ちゃんを潰すのに成功したとしよう。そうすることによって起きることがたくさんある。それについて君はどう思う」
「そんなことを聞いてどうする」
「いや、ただの興味本位だ」
俺がやることによって起きること。数多くあるが、一番の被害を受けるのは陽乃の会社の人間だろう。上層部の人間はどうだっていい。一番の被害を受けることになるのは何も知らずに働く下々の人間だ。大企業ともなればたくさんの雇用を抱えている。必死に努力し、入った大企業が摘発されれば、最悪、職を失い、路頭に迷うことになる。
確かに可哀想ではある。しかし、だからなんだというのだ。そんなことでは俺の復讐は止められない。
知らない人間がどうなろうと知ったことではない。現に雪ノ下の父親や母親、茂原の話を聞いても俺はどうとも思っていない。
俺は正直に言う。
「特にはなにも」
「そうか」
茂原はそれ以上何か聞いてくることはなかった。俺は再度、身を翻して、それじゃと言ってその場を後にした。