番外編
梅雨時の夕暮れ。
真っ赤に染まった太陽がゆっくりと沈んでいく。
先ほど突然訪れた夕立が嘘のような綺麗な夕焼け。それを眺める男が1人、道端に佇んでいた。
男はタバコを咥え、彼を思い、1人黄昏る。
男は彼を昔の自分に重ね、複雑な感情を抱いていた。自分にもそんな時期があったと。だが、全てが同じわけではない。ただ少し似ているだけ。
きっと彼は今こう考えているのではないかと勝手に想像し、懐かしいけれどどこか虚しいようななんとも言えない感情を胸に抱いていた。
男は彼に教えてやりたかった。
けれど彼が昔の自分と同じ場所を彷徨っているとすれば何を言っても無駄なのだとわかっていた。
こればかりは人に言われて納得できるものではない。男も彼もそんなに器用な人間ではないから。
自らその道を突き進み、傷つき、苦しみ、そしてようやく理解することができる。人はそうやって成長していくと男は学んでいた。
もう守るだけではない。
かつての約束を果たすならばその選択肢が一番正しい。男はそんな考えに行き着いていた。
咥えているタバコから勢いよく煙を吸い込んで肺へと流し込む。そして吐き出された煙はゆらゆらと空へと登っていた。
思い返せば、見守っていてくれる人間が自分にはいただろうか。
そんな問いを自らに問いかけた。
しかし思い出せたのは母親と妹の顔だけだった。
男はフィルターギリギリまで吸ったタバコを携帯灰皿に捻り消す。
もう夕陽は沈みかけていた。もうすぐ夜がやってくる。
すると、どこからともなく鳴り響く地鳴りのような爆音。男はその音に耳を傾ける。
男は懐かしいと感じていた。久しく乗っていない"それ"の感覚は今も色褪せることなく男の手に残っている。
男は思い出した。
家族以外に自分を思っていてくれていた彼女たちの顔を。
懐かしく、残酷で、虚しい青春の中にいた彼女たちとの日々を。
これから語られる物語は今から10年前。若い世代に未だに伝説として語り継がれる男の苦い青春物語。
×××
夜の闇を切り裂くようにけたたたましく鳴り響く爆音。
その音は列を成し、群れるかのように轟音を掻き鳴らす。
いくつものヘッドライトが夜道を照らし、違法改造の限りを尽くした二輪バイクたちが駆け抜けていく。
暴走族。
平成の年号を掲げてからもう20年以上経つというのに、若い彼らはまだ昭和の遺産を受け継いでいる。
しかし全盛期に比べれば、かなり規模も縮小しており、台数は10数台。
近年は旧車會と名乗る連中が白昼堂々と改造バイクを乗り回しているが、彼らはそれとは違う。
警察の取り締まりも厳しさを増す中、現役を貫き通している彼らはもはや天然記念物と言ってもいいだろう。
そんな彼らの先頭を走るバイクに跨っている男が今回の主人公。
男は若干17歳にして逮捕歴は2回。
これまでに悪の限りを尽くしてきた彼の人生は大きく狂ってしまっていた。
傷害、窃盗を繰り返し、好きに放題に生きてきた男は既に壊れてしまっていた。
何かが足りない。そう気がついた時には男の心には大きな穴が空いていた。それを埋めるために必死にもがき、足掻いていた。
しかし、結局、それを見つけることはできず、まだ若い彼の有り余る元気の矛先は暴走に向けられる。
端から見れば完全な不良少年。
本人もそんな自分を諦めていた。
何をやっても上手くいかない自分はもうどうすることもできないと。
なら、適当に生きるべきだと。
そう思い込んでいた。
爆音を鳴らして走る彼らは今日も元気に暴走を続ける。
だが、今日の本当の目的は集会ではない。
喧嘩だ。
今日は隣町の敵対しているチームと喧嘩集会。
これまでは共に走ることもあったが、些細なきっかけでの小競り合い、そして事は大きくなり、とうとうリーダー同士の決闘という形になった。
千葉県某所、海岸沿いを走る彼らは約束の場所に辿り着く。
海を一望できる展望台。その下にある大きな駐車場。ここは民家からも離れており、ちょっとくらい騒いだところで通報される心配もなかった。
彼らはその駐車場に乗り入れる。
敵チームは既に到着しており、大きな駐車場の真ん中に陣取っている。
敵チームを目にした彼らは煽るようにアクセルを開け、空吹かしをしながらゆっくりと近づいていく。
すると、敵チームの少年たちはずらりと整列し、彼らを待ち受けた。
それぞれにバイクを止め、待ち受ける彼らに対抗するように整列する。
さっきまでの轟音が嘘のような静けさ。その静けさを破るように敵チームのリーダーが一歩前に出る。
「遅かったじゃねえか。バックれたのかと思ったぜ」
その一言を皮切りに一斉に怒号が飛ぶ。若い彼らは汚い言葉でお互いを罵り合い、今にも大乱闘が起きるのではないかと思わせるほどの緊張感が漂う。
それを収めるように手を挙げた男は一歩前に出て、口を開く。
「めんどくせえからさっさと始めようぜ」
「生意気言ってんじゃねぇえー!!」
その叫び声を合図に彼らの喧嘩は始まった。
×××
「痛てえ」
男はそんな言葉と共に目を覚ました。
昨日の喧嘩で負った傷がズキズキと痛む。
結果から言えば、男は喧嘩に完勝した。
男は生まれつきの頑丈な身体と高い運動神経に恵まれていた。しかしいくら恵まれていたとしても一対一で戦って無傷で勝利できるほどは強くなかった。
と言ってもかなり喧嘩は強い方。今までの通算で負けたのは3回だけ。
幼い頃に習っていた空手や柔道が男の喧嘩術を支えている。
そんなこんなで男が目覚めた場所は友人の家。暴走族仲間の1人だ。
しかし、部屋の中には友人の姿は見えない。友人は仕事に出かけているのだ。
男の所属しているチームの中で高校に通っているものは1人もいない。皆、中退したか、そもそも受験していない。ちなみにだが、男は高校の受験日は独房の中にいた。
本人は至って何も後悔していない。
中学校もろくに行っていなかったし、そもそも行く気がなかった。中学を卒業したら社会に出て、働くつもりだったからだ。
しかし、どの仕事についても長続きすることはなく、初めては辞めを繰り返していた。
ということで絶賛ニートの男は家に帰ろうともせず、友人の家を渡り歩く日々を過ごしていた。
こんなダメダメな男だったが、仲間からは厚い信頼を得ていた。
その理由はなんと言ってもその男らしさ。
どんなことがあろうと、仲間を見捨てることはせず、仲間が傷つけられようものならヤクザだろうが、警察だろうが御構い無しに突っ込んでいく。筋金入りの大馬鹿野郎だった。
その大馬鹿野郎は布団から身を起こし、部屋の中にある冷蔵庫へと向かう。中から友人が購入しておいたであろう食材を勝手に取り出して、口に運ぶ。男気は満点なのだが、いかんせん手癖が悪いのが男の難点。特に食べ物に関してはかなり酷い。
そんな男は取り出した食材をぺろりと平らげ、他にも何かないかと物色するも食べ物が見つかることはなかった。
仕方ないと諦めて、早々に食後の一服に走る。部屋の窓を開け、火をつけた。
わざとらしくプハーと声を出してタバコを吸うのが男の楽しみでもあった。
タバコを吸う片手間に携帯を取り出す。時刻は午後2時を指していた。
特になんの予定とあるわけではない男はそこから携帯弄りに没頭する。
男の趣味はもっぱらアダルトサイト巡り。1人、暇を見つけてあれを求めてサイトを巡回する。なんとも悲しい話だ。
男の顔は決して悪くなかった。寧ろ、イケメンに分類されるだろう。しかし、残念なことにまったくモテない。
ちなみに男の夢は彼女をいっぱい作ること。
「はぁー、女の子と遊びてえなー」
携帯画面に映る裸体を眺めながら男は呟いた。デリヘル呼ぼうかなーとか思いつくも自分のいる場所が友人の家だということを思い出し、踏み止まる。
そんな不毛な時間を過ごすこと1時間。午後3時を回った頃だった。突然、男の携帯が鳴った。画面に表示されている名はこの家の主人からだ。
「もしもし」
「あー、起きてたのか」
「ああ、さっき起きた。もう1回寝ようかと思ってたわ。体痛いし」
男は友人にダルそうに返答する。
3時ということもあり、友人はおそらく休憩中なのだろう。そんなことを思いつつ、男は友人に用件を尋ねる。
「どうしたんだ?」
「聞いて驚け!今日の夜、ごめんね集会を開くことになりました!」
「はあ?」
突然意味のわからないことを言い出した友人に男は言う。
「意味わかんない」
「だから、昨日喧嘩したろ?んで、あっちから謝ってきたんだよ。仲直りしようぜって」
「いや、まだ意味わかんないから」
なぜあんなに壮絶なタイマンを張った相手と昨日の今日で仲直りしなきゃいけない。しかもリーダーの俺に直接言ってくるのが筋だろ。
男はそう思った。しかし、友人の一言でそれらはすべて吹き飛ぶ。
「それとさ、今日の集会。女の子も来るってよ」
「行く」
まさに即答。
女の子と聞いた瞬間に急変した男に友人はしめしめと思うのだった。
「まぁそういうことだから。準備しとけよ。じゃあな」
「おう!」
元気よく返事をして電話を切る。
そして勢いよく立ち上がった男は久々の女の子との戯れに備えるべく風呂に向かう。
やっぱり仲直りって大事だよね。喧嘩したあとはラーメン食べるのが常識だよね!なんて能天気なことを考えながら男は風呂に入った。
×××
準備万端で仕事から帰ってきた友人と共に集会の待ち合わせ場所に男は肩を落としていた。
「お前、騙したな」
「いや、嘘は言ってないっての。ほら、見ろよ」
「いや、あれは女じゃない」
失礼極まりない発言だが、男がそう言うのも頷ける。
男の前には確かに女がいる。しかし、なんというかとても残念なのだ。
ボサボサの金髪にダルダルのスエットを着て、顔にはマスク。もう田舎のヤンキー丸出し。お前何時代やねん!とツッコミたくなるほどだ。
男は恨めしそうに友人を睨みつける。
「しかも1人かよ。てか、あれ彼氏いるのよね!?」
そう、そのヤンキー女の隣に立っているのが、昨日喧嘩した敵チームのリーダー。腫らした顔でぺこりとこちらに頭を下げる。
「昨日は悪かったな!これからも一緒に走ろうぜ!」
男は複雑な気分になっていた。
喧嘩で負けたのなら自分のチームの傘下に入るべきではないのかと思ったからだ。あれだけ威勢のいいことを言っておきながら負けた途端、ごめんね!これからも仲良くしてね!なんて言われて納得できるだろうか。いや、できない。
男はみるみるうちに不機嫌になっていった。
男が不機嫌になった理由はもう1つある。
なんで自分には彼女ができないのに、こんなクソッタレゆとり野郎に彼女ができるのか。それが一番納得できなかった。もうただの嫉妬でしかない。
あれは女ではない。女じゃないから彼女じゃない。じゃあなんだよ。
なんて意味のない押し問答を自分の中で繰り返し、俺が本気出したらもっと可愛い彼女作れるもん!とか負け惜しみを心の中で嘆いて無理やり自分を納得させる男だった。
そんなこんなで時間は過ぎ、メンバー全員が集合場所に集まった。
すると、敵チームのリーダーが声を上げる。
「よし!そろそろ行くか!」
既にルートの打ち合わせはしてある。
誰がケツ持ちになるのかそういう取り決めも済んでいる。
ちなみにケツ持ちは友人が担当する。
ケツ持ちというのは簡単に言えば暴走族の最後尾を走り、警察の追跡を阻止する役目のこと。
敵チームのリーダーが発した言葉に皆、大声で気合の入った返事をする。
集会前の行事みたいなものだ。走り出す前に必ず誰かが声を上げて、それに皆で答える。
それがスイッチみたいなもので、それを機に集会が始まるのだ。が、皆の気合の入った大声の後に気の抜けたダミ声が後を追う。その声の主はヤンキー女だ。
「いっちゃん、遅れるって」
いっちゃんって誰だよ。
その場にいた全員がそう思った。
「まぁすぐに追いついてくるだろ」
「そーだねー」
気の抜けたダミ声に男は苛立ちを覚えていた。友人も同じようで顔には出さないものの、少しだけ今日の集会を開いたことを後悔していた。
×××
走り出してしまえば、つまらない苛立ちや憂鬱は吹き飛んでいた。
今日も元気に荒れ狂う若者たち。
彼らは皆、自分たちが行っていることが犯罪行為だとはっきりと認識している。それでも辞めようとはしない。
彼らは一度しかない青春、若気の至り、それらを免罪符に暴走行為を行う。
いや、ここまで深く考えているものはこの中にはそれほどいないのかもしれない。ただ単純に楽しいから。それだけなのかもしれない。
ゆとりだろうとなんだろうといつの時代の若者たちはそれほど変わりはない。
有り余る元気を向ける矛先をちゃんと教えてくれる大人たちに出会えたかどうかで決まる。
彼らの中に両親が揃っているものはごく一部。片親かもしくはどちらもいない。皆から疎外され、社会から外れたものたちなのだ。
しかしそれらがすべてではない。ちゃんと両親が揃っていて、何不自由なく育ったものもいる。
若者たちが暴走する理由は様々だ。
ちょっとしたきっかけで始まってしまう。
男もその1人。
幼い頃は何不自由なくそこそこ裕福な家庭に育った。
両親は自営業をしており、好きなものはなんでも買ってもらえた。
しかしある日、男は気がついてしまった。面白くないと。
男を歪ませた原因は少なからず両親にあった。自営業ということもあり、朝早くから仕事に出かけ、帰ってくるのは夜。酷い時は深夜になることもあった。
男は年の離れた幼い妹の面倒を見る傍ら、出来る家事は全てこなした。
両親は一緒にいてやれない代わりに欲しいものはなんでも買い与えた。
しかし、そんなものでは男は満足できなかったのだ。
男は幼い知恵を振り絞り、子供ながらに家出を計画した。
4歳になったばかりの妹を連れ、貯めたお小遣いを握り締めて家を出た。
行く宛などない。でも男は諦めなかった。
男は自分たちの存在を両親に示したかったのだ。
もっと一緒に居たい。
もっと一緒に遊びたい。
子供が愛情を求めるなど当たり前のこと。それをずっと我慢してきた。
両親が自分の為に働いてくれていることなどわかりきっていた。それでも男は願った。
男は妹を連れ、日が暮れても歩き続けた。
きっとお父さんやお母さんが探しに来てくれる。そう願って歩き続けた。
儚くも願いは届くことはなかった。
男は警察に補導されたのだ。
妹と2人、心細く歩き続けた男には抵抗する力は残っていなかった。
しかし、男は内心、安心していた。
これでお父さんやお母さんが迎えに来てくれる。男はそう思った。
しかし、待てど暮らせど迎えには来ない。
警察は家に何度も電話を掛けていたが、繋がることはない。そう、両親はまだ家に帰ってきていなかった。
それどころか自分たちが家出したことにすら気がついていなかった。
男は胸に痛みを感じていた。
罪悪感と後悔から来る痛み。
こんなことをしても意味などなかったのだ。そう気がついてしまった男は涙を零した。
両親が交番に現れたのは深夜になってから。
男は叱られることを覚悟した。
どんなお説教を食らうのかビクビクしていた。もしかしたら叩かれるかもしれない。でもワクワクもしていた。
普段、両親に叱られることなど皆無。
こんなことをやらかした自分はどうなるのだろうか。
おかしな話だが、男は期待を胸膨らました。
しかし、その期待すらも応えられることはなかった。
両親は男を叱ることはなかった。
それどころか家出した理由すらも聞いては来なかった。
父親は疲れた顔でタバコを吹かしながら車を運転していた。母親は車の後ろの席で妹と一緒に寝てしまっていた。
男は絶望した。
自分は叱ってすらもらえない。
両親はもしかしたら男がやらかしたことを家出とは思っていないのかもしれない。ただ遊んでいたら帰り道がわからなくなって迷子になった。そう思っているのかもしれない。
男はそんな考えに行き着いたが、もうどうでもよかった。
この人たちは自分を見てくれていない。
男はそう思い込んでしまった。
実際に両親がそうだったかというとたぶんそうではない。あまりに多忙な日々に疲れ果ててしまっていた。所謂、大人の事情というやつだ。
しかしそんなものは子供には関係ない。親に愛情を求める子供に罪などありはしない。
その日から男は両親に自分の存在を認めてもらうために必死に努力した。
子供というのは純粋なものだ。
どんなに突き放されようとも、愛情を求めてしまう。
男は勉強した。
テストでいい点を取り、いい成績を残せばきっと両親は振り向いてくれる。
男は結果を出した。だが、両親は振り向いてはくれなかった。褒めてはくれる。しかしそれだけだった。
男はわかってしまった。
どんなに努力しても報われないのなら意味がない。
男は考えた。
どうしたら両親は自分を見てくれるのか。頑張っていいことをしても意味がない。なら、どうすれば……。
男は両親の気を惹くために悪事に手を出した。
男の心が歪み始めたのはここからだ。
一番最初は万引きだった。そこからどんどんエスカレートしていき、男は染まっていった。
中学に上がる頃にはもう既に両親への執着は薄れていた。その代わりに残ったのは悪しき心だけ。
中学生になったことにより、男の悪事は一層酷さを増していった。窃盗、傷害。好きなように暴れた。
そして今に至る。
男は何も後悔していない。
自分はなるべくしてこうなった。
そう言い聞かせ、爆音を響かせながら夜道を走った。
×××
楽しい集会ももう終盤。
夜道を走るバイクは1台また1台と数を減らしていく。
こういった集会はだいたい流れ解散になることが多い。
20台ほどの集団だった彼らは徐々に減少していき、今や5、6台。
そんなとき突如として赤いパトランプが現れる。彼らの天敵、警察だ。
「来たぞー」
「任してー」
彼らにまったく焦る様子はない。慣れてしまっているのだ。それどころか楽しささえ感じている。
低速で走るバイクたちは道路を占拠し、右往左往に車体を蛇行させ、アクセルを捻り上げて、爆音をかき鳴らす。
警察の停止命令など彼らの耳には届いていない。
しかし、集会終了後ということもあり、鬼ごっこは長くは続かない。
男の友人は徐々にスピードを落としていき、後ろに下がっていく。
「ケツ持ち任せろー」
「おーう」
友人はスピードを極端に落として、警察の追跡を阻む。
それと同時に他のバイク達はスピードを上げる。
普通なら2、3台でケツ持ちをするのだが、今日はパトカーは1台しか追跡してきていない。
友人の運転技術なら、問題なく振り切れるだろう。それに警察は本気で捕まえに来るわけではない。
今の警察は事故などを防ぐために行き過ぎた追跡はしない。その代わりに写真や動画を撮影するのだ。警察はそれを証拠に少年達を割り出し、逮捕する。それが今の警察のやり方だ。
男を含む、他のバイクと友人の距離はどんどん開いていく。
しかし、どうしたことか友人はスピードを上げて大慌てで男に追いついてきた。
男は友人に尋ねる。
「どうしたー?」
「ガソリンなーい!」
「マジかよ」
友人のバイクはガス欠寸前だった。
バイクには予備タンクというものがあり、自分の家まではどうにか走ることは出来そうだが、警察の足止めをして尚且つ、回り道をして帰るには無理があった。
男は仕方ねえなと呟いて、名乗りを上げる。
「んじゃ、俺やるから先いけー」
「サンキューなー」
そう言葉を交わし、男はスピードを緩めていく。
男も運転にはそこそこ自信があった。
それに前述の通り、警察も深追いはしてこない。
少し遊んでから帰るかーなんて能天気なことを考えながら警察の追跡を阻止する。
友人たちのバイクが見えなくなった頃、男は逃げる算段をつけ始める。
どのルートで振り切るか、どの裏道を使うか考えながら走っていると急にバイクが失速し始めた。
「え!なにこれ!?」
原因に全く見当がつかない。
ガソリンはまだ入っているはず。そう思ってメーターを確認するも、表示はまだ半タン。
まだまだ余裕のはずなのだが、今のバイクの症状から察するにガス欠のときによく似ている。
焦りながらもタンクに付属されている予備タンクとの切り替え弁を捻る。
すると、エンジンが息を吹き返した。
「マジかよ。どうすんだよ」
自分のバイクがなぜそうなったのか、理由を考えている暇はない。が、おそらくガソリンメーターが故障していたのだろう。よって本タンクのガソリンの残量はゼロ。予備タンクにしか残っていない。
男は焦っていた。やばいやばいと心中で繰り返し叫ぶ。
もう最悪、家に帰れなくてもいい。警察さえ振り切れれば何の問題もない。
だが、警察も馬鹿ではない。
先ほどのバイクの変調を警察は敏感に感じ取っていた。長年の勘というやつだろう。警察は追跡の勢いを強める。
そこから男と警察の熱い夜が始まった。