やはり俺の人生はまちがっている。   作:にが次郎

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あいつと誰かの青春ブルース その2

 

 

 

 

 

 

 

男は未だに警察の追跡を逃れられずにいた。原因はバイクの不調。なぜか一定のスピード以上出すことができないのだ。

男は焦る。その間にも警察はどんどん車間距離を詰めてくる。そのことに苛立ちを覚えた男はがむしゃらに叫ぶ。

 

 

「警察が煽ってくんじゃねぇよ!!」

 

 

ごもっともである。

しかし男も暴走族という身であるからに文句は言えた柄ではない。

 

男は焦りながらもこんなことを考える。

今捕まったら間違いなく少年院にブチ込まれる。そうなったら女の子と遊べなくなる。それだけは絶対に嫌だ。それに随分とご無沙汰なんだ。この欲望を発散する前に捕まるのはごめんだ。

 

 

______鑑別所とか年少でティッシュ使い過ぎると怒られるんだよなー。

 

 

性欲の化け物。

これまでに関係を持った女性たちにそう言わしめるほどの男は変態である。

 

 

それはさておき、バイクには不調が出始めてからもう半刻近く経つ。

今にも息絶えそうなエンジンに鞭を打ち、逃走を続ける。しかし、もう持ちそうにない。

このバイクは地元の先輩から激安で譲り受けたものである。もちろんナンバープレートなどは付いていない。盗難車ではないかとの疑いもある。

男はこのバイクにそんなに思い入れはなかった。最後の手としてはもうバイクを乗り捨てて逃げたっていい。このバイクが押収されたところで何のダメージもない。

 

 

そんな考えに行き着いたと同時にエンジンが動きを止めた。

 

 

男は何の迷いもバイクを乗り捨てて走り出した。

テレビなどでやっているあの風景が再現されている。暴走族の少年と警察が走っている絵だ。

しかし、テレビでよく目にするものはすぐに少年が警察に取り押さえされているが、男は違う。

男は恵まれた運動神経のおかげで足はすこぶる早かった。この時の男の必死さは言葉では表現できないほど。ぐんぐんと警察官たちとの距離を離していく。きっと火事場の馬鹿力でも出したのだろう。もう100m、9秒で走れちゃうんじゃね?ってレベル。

 

 

深夜の街中を走り抜ける。

幸い、この辺りを男はよく知っていた。生まれ育った町だ。もう庭と言ってもいい。

しかし男からまだ焦りは消えていない。当たり前だ。今現在、逃げる手段は自分の足しかない。普段、警察に追いかけられても落ち着いていられるのは”バイク”という武器があるからだ。それを失った男はただ少年。国家権力に対抗できる手段など持ち合わせているわけがない。

 

 

息を切らしながら、ひらすら足を回転させる。後ろからはまだ警察官の制止を促す叫び声が聞こえる。

 

 

_____思っていたよりもしつこいな。どこかか隠れられる場所を探さなければ。

 

 

そう思いつくも、適当な場所が見当たらない。焦りながらも男の頭に閃きが走る。

 

 

____そうだ!いつもの場所だ!

 

 

男が閃いたいつもの場所というのは、警察にこうして追いかけられた時に使う抜け道だ。

体力に限界を感じながらも男は走る。いつもの場所までもう少し。

そう思った男の前方に突然パトカーが飛び出してくる。すぐに中から警察官が降りてきて、男の方へと一目散に走ってくる。

 

 

前にも警察。後ろにも警察。

 

 

男は覚悟した。

 

 

_____ああ、こんなことになるならデリヘル呼んどけばよかったな……。

 

 

性懲りも無くそんなことを考えた男の足は止まっていた。

その姿を見た警察官たちは"確保"と叫びながら男へと近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

____終わった……。

 

 

 

 

 

 

男が諦めたように両手を挙げた瞬間、どこからともなく爆音が鳴り響いてくる。

 

 

 

その音を聞いて、消えたはずの男の闘志に再び火が灯った。きっと仲間が助けに来てくれたんだ。

男はそう思った。

 

 

 

男の前方に止まっているパトカーの後ろから1台のバイクが現れる。

警察官たちはそれを見て、足に込める力を一層強める。

しかし、当然のことながら人間の足がバイクに勝てるはずもなく、すぐに考えを切り替えた警察官たちはバイクを停止させるために警棒を手にバイクの前に躍り出る。

 

 

警察の努力も虚しく、鮮やかな蛇行を切るバイクは警察官たちの間をすり抜ける。

 

 

男は疑問に思っていた。なぜ1台だけ現れたのだと。

仲間が助けに来たのなら集団で現れるはず。

この時の男には焦りよりも抱く疑問の方が強くなっていた。

 

 

 

あれは誰だ?

男は知らなかった。長い髪をなびかせてこちらに向かって走ってくるバイクを。

 

 

男はすべてを忘れ、その場に立ち尽くしていた。

鮮やかな運転技術に驚愕したわけではない。

突然、登場したバイクに惚けていたわけでもない。

 

 

 

男は見惚れていたのだ。

灰色がかった綺麗な髪をなびかせて走る少女の姿に。

 

 

 

その少女は男の前まで来ると、10代の女性とは思えない華麗なドリフトを決め、停車する。そして一言。

 

 

「乗る?」

 

 

男はすぐさま返答することができなかった。警察がすぐそこまで来ているというのに男はまだ見惚れていたのだ。

惚けている男に少女がもう一度問いかける。

 

 

「乗んないの!?」

 

 

ようやく我に返った男は返事をする前にバイクに跨った。

すると、少女は”振り落されんなよ!”と力強く声を上げ、またも華麗にアクセルターンを決め、急発進する。

 

少女はアクセル全開で警察官たちに突っ込んでいく。これには警察官たちも為す術はない。

 

 

警察官たちはすぐにパトカーに乗り込んで追跡してきたが、少女はあっという間に振り切ってしまった。

 

 

 

バイクに装着された三段シートにしがみ付いていた男は心の中でこんなツッコミを入れた。

 

 

_____おいおい、かっこよすぎるだろ……。

 

 

 

×××

 

 

 

警察を振り切ってしばらく走った後、人気のないコンビニにバイクは停車した。

男はバイクから降りると、少女は何事もなかったかのように走り出そうとする。

 

 

「ああ!ちょっと待った!」

 

「なに?まだなんかあるの?」

 

 

引き止められた少女は年齢に似つかわしくない鋭い眼光で男を睨め付ける。

男はその突き刺さるような眼差しに柄にもなく臆してしまった。男が黙り込んでしまった理由は他にもある。それは少女の容姿だ。

 

美しくしなやかな灰色がかった長い髪。白く透き通るような肌。綺麗に整った目鼻立ち。

 

少女はとても美しかった。

男がこれまでに出会った女性の誰よりも、というか比べ物にならないほどの容姿を持っていた。

 

 

少女の訝しむ視線に耐えかねた男は言葉を捻り出す。

 

 

「あ、ありがとう。助かったわ」

 

「そう。じゃあ」

 

「いやいや、だから待ってって!」

 

「なに?」

 

 

____なに?そんなにお家に帰りたいの?

 

男はそんな疑問を抱くも簡単に帰すわけには行かなかった。それはなぜか。答えは単純。

男はもしかしたらこれイケるんじゃね?なんてふしだら考えに行き着いていたからだ。

こんなにも美しい少女。おまけにスタイルも抜群。なんなら今すぐにアイドルデビューも夢じゃない。あの千年さんにも負けないくらいの上玉をみすみす逃すわけにはいかなかった。

 

 

男は己から溢れ出る下心をひた隠しになんとか会話を繋ぐ。

 

 

「助けてもらったんだ。なんかお礼を……」

 

「いらない。大丈夫」

 

 

どんなに冷たく言われようと、男は折れない。

 

 

「んじゃ、名前くらい教えて……、ってまずは自分から名乗るべきだよな。俺は……」

 

 

男が名乗ろうと口を動かすもそれは遮られてしまう。

 

 

「知ってる」

 

「え?」

 

「あんた、〇〇ってチームのリーダーでしょ?」

 

 

男は地元の同世代にはそこそこ有名だった。悪名高きという意味で。

それをなしにしてもこんな改造バイクに乗って、同胞とも呼べる少女が知っていてもおかしくない。というか当たり前である。

しかし男はまだ少年。しかも年がら年中、女のことしか考えていない生粋の変態。その単純過ぎる思考回路では、”この子は俺に気があるじゃないか”というあまりに残念な答えにしか辿り着かなかった。

 

自分を助けてくれた。

自分を知っている。

 

たった2つの少女漫画に出てくるようなありふれた要素が男のやる気を最大限に引き出す。

 

 

再度、男が名前を尋ねると、少女は嫌そうに渋ったが、なんとか自分の名を口にする。

 

 

素敵な名前だね!と男はいつもの軽口で口に出しそうなったが、それを喉の奥に引っ込める。おそらくこの少女にこういう手は通じない。どの少女になら通じるのかと疑問だ。それに男はとんでもなく馬鹿だったが、それくらいはわかる馬鹿だった。

そして即座に次の会話を紡ぐための言葉を選ぶ。頭の回る馬鹿はなかなかに厄介である。

 

 

少女は”もう帰っていい?''と言わんばかりの表情。

男はいやらしくニヤニヤと口元を緩ませている。

端から見ればただのナンパだ。いや、見なくてもナンパだ。

 

 

男は少女に一番の疑問をぶつけてみることにした。

 

 

「どうして助けてくれたの?」

 

 

男の問いに少女は面倒くさそうに答える。

 

 

「たまたま」

 

 

素っ気ない答えが帰ってくるも、この程度で折れる男ではない。

 

 

「じゃあさ、なんであんなところにいたの?」

 

「それは……」

 

 

少女は口籠ってしまった。

男はここぞとばかりに畳み掛ける。

 

 

「なになに?今日他の集会もあったの?あ、てか、どっかのチーム入ってるの?」

 

 

男のしつこい質問責めに嫌気が指したのか、諦めたように少女は口を開く。

 

 

「私はどこのチームにも入ってない。今日は……あんたらの集会に行こうと思ってたんだけど、遅刻して……」

 

 

男は少女の言葉を聞いて、今日の集会に1人遅刻してくるとあのヤンキー女が言っていたことを思い出す。

 

 

「追いかけたんだけど、追いつけなくて仕方なく1人で走ってたら警察に追い回されてるあんたを見つけたから」

 

「もしかして君が”いっちゃん”?」

 

「そのあだ名で呼ぶな!」

 

 

少女は恥ずかしそうに顔を赤らめて、鋭く男を睨みつける。

これで全ての謎が解けた。

 

 

なぜ少女が1人で走ってたのか。

なぜ自分を助けられたのか。

それに少女の名前から”いっちゃん”というあだ名は容易に想像できる。

 

 

男はすべての経緯を理解した。

プンスカと怒る少女を尻目に男は用意した口説き文句を告げる。

 

 

「そっかそっかー。じゃあ……」

 

「気安く話しかけるな!私はもう帰る!じゃあ!」

 

「あ、ちょっと待っ……」

 

 

男の制止を払い除けて少女は走り去ってしまう。そして1人取り残される。

しかし、男はスーパーポジティブ。

こういうバイクに乗っている限り、またそのうち会えるだろう。そして何度か会う内に仲を詰めていって……。

 

 

男はそんな作戦を思い付く。

少女を追う手段が無い以上、今日のところは一先ず退散。

 

 

だが、男は一番大事なことを忘れていた。

 

 

「どうやって帰ろう……」

 

 

そう1人呟く男だった。

 

 

 

これが少女と男の一番最初の出会いである。

 

 

 

×××

 

 

 

次の日から男は働き始めた。

理由は一つ。新しくバイクを購入するためだ。

チームリーダーとしてみんなを引っ張る立場にある自分がバイクを持っていないのはなかなかに情けないからである。

しかしそれが一番の理由かと言えばそうではなかった。

 

昨日出会った少女。男の目には彼女の姿が焼き付いていた。彼女にもう一度会いたい。

バイクに乗って集会に出ていればいつかまた会えるかもしれない。

 

まぁ簡単に言えば一目惚れしたのだ。

単純と言えば単純。しかし今回に限っては下心だけではなかった。彼女に助けられた。その恩をなんとか返したい。遊ぶとか付き合うとかはその後。

 

男はその恩返しをするために身を粉にして働いた。

 

もちろん業種はガテン系。十代で学歴もない男にはそれしかなかった。

意外なことに男は一度働き出せばちゃんと真面目にやるのだ。もともと体を動かすことが好きだった男にとっては天職だったかもしれない。ちなみに長続きしない理由は人間関係。いつも上司の理不尽な要求に耐えかねてトラブルを起こし、クビになる。それがお決まりのパターンだった。

 

 

しかし今回の男は違った。

 

 

彼女にもう一度会いたい。

それだけが男を突き動かした。

 

そしてその願いは本人が思っているよりも早く叶うことになる。しかしそれは男が願った形とは少し違っていた。

 

 

働き出して二週間。だいぶ仕事にも慣れてきた頃のこと。男はバイクを持っていないので、職場までは自転車で通っていた。

 

 

男が通勤で使っている道は大通りから外れた裏道。理由は単純。近道なのだ。

その裏道はあまり人通りがなく、治安はあまり良くなかった。だが、男にはそんなことは関係ない。襲ってくるような奴らには鉄拳制裁してやればいい。そう考えていた。

 

 

その日も仕事を終え、友人の家まで帰宅している途中、何やら路地の裏の方から怪しげな声が聞こえていた。

 

聞こえてしまったものはもうしょうがない。人間、好奇心には勝てないのだ。もしもカップルがイチャコラしてたらドヤしてやろうとその方向へと自転車を走らせる。もうただの嫉妬。

 

しかしその方向へと近づいていくにつれて聞こえてくる声は男の想像していたものとは随分と外れていた。

 

 

「や、やめてくださ……、ぅう」

 

「大声出すなよ。おら」

 

「早くしろよ、次が詰まってんだ」

 

 

そこには制服を剥がされ、半裸になった女子高生といかにも悪そうなチンピラ風の男三人。

女子高生は弱々しく涙を流して体を震わせていた。外見はすこぶる真面目そうな感じ。男はその制服を見たことがあったが、どこの高校のものかは思い出せなかった。

 

女子高生の言動やチンピラ達の風貌で男はすぐにピンときた。

彼女はたった今乱暴されている。

ならば男が取る行動は決まっている。

 

 

男は自転車を止め、チンピラ達の元へと近づいていく。すると、チンピラ達はすぐに気がつく。

 

 

「おい、誰か来たぞ」

 

「あー?」

 

 

絵に描いたような行動を取るチンピラ達。

 

 

「えーと、何やってんのお前ら?」

 

「見てわかんねえのかよ、殺されたくなかったら消えろ」

 

 

チンピラの言葉にカチンと来た男だったが、ここは冷静な返答をする。

 

 

「いやー悪いこと言わないからやめといた方がいいよ。強姦は罪重いよ?」

 

 

これでも男にとっては言葉を選んだ方。しかしこれが余計にチンピラ達を苛立たせてしまう。

 

 

「もうめんどくせからやっちまうぜ!」

 

 

そう言ったチンピラの一人が男へと向かって歩き出そうとする。が、それをもう一人のチンピラがそれを止める。

 

 

「待て、そいつ、〇〇ってチームのリーダーやってる奴じゃねぇか?」

 

 

〇〇というのは男の所属してるチーム名。そこそこ有名だった男をチンピラ達は知っていたのだ。腕っ節が強いことももちろん知っていた。そして自分たちが敵わないこともわかっていた。

 

 

「えっ、マジかよ」

 

「ついてねぇ……」

 

 

男の正体を知ったチンピラ二人は情けない声を出して後ずさる。それを見た男は自分も有名になったな!ワハハ!これで女の子も無事助かる。そしたら助けてもらったお礼に……ヒャッハー!なんて全然関係ないことを考えていると、チンピラの中の一人がおもむろに携帯を取り出し、カメラを起動して女子高生の写真を撮った。そしてそれを男に見せる。そこには半裸の女子高生がバッチリと写り込んでいた。

チンピラはニヤリと笑う。

 

 

「おい、こればら撒かれたくなかった黙ってやられろ」

 

「……お前、汚ねえぞ」

 

 

男は拳を握り締める。

何より腹が立ったのは判断を誤った自分だった。この現場を見つけた瞬間にすぐさまチンピラ達を倒してしまうべきだった。バカなことを考えていた自分をぶっ殺してやりたかった。

 

写真を撮られた女子高生は泣き崩れてしまっている。

 

チンピラ達はジリジリと詰め寄ってくる。そして男の前までやって来た三人は勝ち誇った笑みで殴りつけてくる。

 

 

「おらっ!」

 

 

一発、二発と男を殴る。

男は耐えることしかできない。

 

 

そこからは酷いものだった。チンピラ達はチームのリーダーとして有名な男を一方的に暴行できるのが余程嬉しかったのか、息が切れるほど腕を振るった。

体が頑丈なことだけが取り柄だった男だったが、さすがに三人を相手に無抵抗でやられ続けて立っていられなかった。

 

 

地面に倒れ伏した男を見たチンピラは満足したのか、女子高生のもとへと戻っていく。

 

 

もうほとんど意識の残っていない男。

それでも必死に手を伸ばす。

 

チンピラのうちの一人が男を殴って出来た手の傷をさすりながら言う。

 

 

「もう疲れたから後でよくね。この写真ネタすればもっといいところで出来るっしょ」

 

 

それに同意したチンピラ達は怯える女子高生から携帯を取り上げ、彼女の携帯番号を手に入れる。そしてチンピラ達は去っていた。

 

 

どれくらいの時間が経ったか、朦朧とする意識の中、何処からともなく爆音が響いて来た。

 

 

 

 

そこからの記憶はほとんどない。

ただ一つ覚えているのは、灰色がかった髪の少女が必死に自分の体を揺さぶりながら何かを問いかける姿だけだった。

 

 

 

×××

 

 

 

男が目を覚ますと、そこは病院だった。痛む身体をベットから起こす。

 

意識が徐々に覚醒していく。

 

何故自分はこんなところに寝ているのか。そんなことを考えた瞬間、記憶がフラッシュバックする。

 

____そうだ。あの後、どうなったんだ?!

 

男はあのチンピラどもにやられたことよりもあの女子高生が心配だった。

病室の窓からは日が差している。あれからどのくらい立ったのか、とりあえずナースコールを押そうと手を伸ばした時、病室の扉が開かれた。

そこには驚いた顔をしたあの女子高生が立っていた。

 

 

「あっ!目覚めたんですね!」

 

 

そう言って女子高生は男へと近寄っていく。そして男の返事を待つ前に勢いよく頭を下げた。

 

 

「あの、すいませんでした!!私のせいで!」

 

 

その声色は湿っていた。

それに男は優しく答える。

 

 

「いいよ。気にしないで。ごめんね、役に立たなくて」

 

 

女子高生は顔を上げると首を横に降った。目には涙が溜まっている。

 

 

「もし、あなたが来てくれなかったら……」

 

 

確かにあの場に男が行かなければ彼女は二度と消えない傷を負うことになっていた。それを回避できただけでよかったと言えるかもしれない。しかし解決したわけではなかった。

 

男の頭にはいろんな事が過ったが、とりあえず病院に運んでくれたことに礼を言った。すると女子高生はブルブルと首を横に振り、申し訳なさそうに口を開く。

 

 

「いえ、救急車を呼んだのは私じゃなくて”市原”さんです。私は何もできなくて」

 

「え?」

 

 

その名前に男は首を傾げた。

おそらくは女子高生の友達なのだろう、と思っているとうっすらと記憶が蘇ってくる。

 

 

意識が途切れる瞬間、どこからともなく聞こえた爆音。灰色がかった長い髪。それは間違いなく男が恋い焦がれる彼女そのものだった。しかし彼女があんな場所に現れるわけがない。そもそもこんな真面目そうな女子高生と暴走族少女が友達なわけがない。そんな偏見を元にどうせ夢でも見たのだろうと断片的に蘇った記憶を消し去る。それを見た女子高生が問いかけてくる。

 

 

「あれ?お知り合いではないんですか?」

 

 

女子高生の問いかけに男は再び首を傾げる。

 

 

「どういうこと?」

 

「市原さんはあなたのことを知っていたので、というかさっきまで一緒にいたんですけど……あっ」

 

 

女子高生は最後まで言い切る前に何かに気がついて言葉を切った。

男はますます首を傾げる。なぜ自分のことを知っているか?

 

男の頭の中で市原という名前がぐるぐると回る。

 

市原。その名は男を助けた少女の名と同じ。

市原?灰色がかった長い髪?

 

市原?いちはら?いち……

 

いっちゃん?

 

 

確か彼女はそう呼ばれていた。

男はすぐに女子高生に尋ねる。

 

 

「市原っていっちゃんのことか?」

 

「あ、はい。そうですけど。そう呼ぶと怒られます」

 

「そう、怒られる。そうじゃなくてなんで彼女がここに?なんで?」

 

 

男は畳み掛けるような口調で問いかける。

 

 

「あ、えーと、市原さんは私と同じ高校に通っている同級生で……」

 

「ど、同級生!?」

 

 

男は驚きのあまり声を荒げてしまう。

女子高生の着ている制服はこの辺りじゃそこそこな進学校のもの。女子高生の言っていることが本当ならばいっちゃん改め、市原はその高校に通っていることになる。進学校の生徒がバイクに乗って警察と鬼ごっこしてるなんて世も末だ。まさに開いた口が塞がらないと言った感じの男。しかしそんなことはどうでもいい。

 

 

男の驚き具合に少々引き気味になりながら、女子高生は続ける。

 

 

「それで昨日の件のお礼とお見舞いに市原さんと一緒に来たんですけど……」

 

 

女子高生の声は尻窄みになっていく。

どうしたというのか。男は状況をうまく飲み込めない。

 

 

「どうしたの?」

 

「あ、いえ、なんでも……」

 

 

女子高生の目には再び涙が浮かび始めていた。スカートの裾を握りこんで俯いている。それを見た男はなんとなく勘付いた。

 

 

「市原はどこに行ったんだ?」

 

「い、言えません」

 

「どうして?」

 

 

男はなるべく優しく問いかけたつもりだった。しかし女子高生の目からは堪え切れなくなった涙が溢れていた。

 

 

「い、言えません。それに市原さんからも言うなと言われました。なによりもうこれ以上あなたに迷惑をかけられません!」

 

「じゃあ彼女がどうなっても?」

 

「それは……」

 

 

女子高生が先ほど口籠もった理由はどうやら市原に口止めされたかららしい。彼女はそれきり黙ってしまう。

男は優しく諭すような口調で問いかける。

 

 

「大丈夫。俺がなんとかする。君のことも市原のことも助ける。だから話して」

 

 

女子高生は声を上げて泣いた。

男を巻き込んだ罪悪感。友達に迷惑をかけている自分。何より自分の半裸の写真を撮られたことによる嫌悪、それをネタに脅される恐怖感。

 

彼女はもうどうしていいのかわからなくなってしまっていたのだ。

 

 

少しの間を置いて、泣き止んだ女子高生に事情を聞く。

 

 

男が目覚める少し前、女子高生の元に昨日のチンピラから連絡が来た。その電話の対応があまりに不自然だったことを市原に問い正され、全てを話してしまった。それを聞いた市原は憤慨し、チンピラ達が呼び出した場所には私が行くと言って飛び出して行ってしまったらしい。

 

なんとも男らしい。男よりも漢らしい。

 

____私に全部任せて。あなたはなにも心配しなくていいから。

 

そう言い残し、市原は行ってしまった。

 

それを聞いた男はすぐさまベットから立ち上がる。それを見た女子高生はすぐに止めに入る。

 

 

「どこに行くつもりですか!?」

 

「決まってんじゃんか。市原のとこだよ」

 

「ダメです!そんなボロボロで!」

 

 

確かに女子高生の言う通り、男はボロボロ。頭には包帯が巻かれ、頬は腫れ上がっている。着ている服で見えていないが、体だって同じくらい怪我をしている。それなのに男は平然と立ち上がっている。

 

 

必死に制止する女子高生を払い除けるようにして男は病室を外へと出ようとする。振り切ろうとする男の手を掴み女子高生が言う。

 

 

「ダメです!もしこれ以上怪我をしてもしものことがあったら……」

 

 

女子高生の目からはお大粒の涙が溢れていた。男はそれに優しく返答する。

 

 

「大丈夫。俺、体だけは頑丈だから」

 

 

そう言ってニカッと笑う。

確かに男の体は頑丈だった。でも痛みがないわけではない。しかし行かねばならない。昨日の事件は自分の失態でもある。あの時、判断を間違えなければこんなことにはならなかった。それより何より自分が惚れた女が危機的状況に陥っていると知り、黙って寝てられるわけがなかった。

 

 

女子高生に市原が呼び出された場所を聞き、病室を飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

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