昨日はほとんど眠ることができなかった。目も腫れている。
あんなことがあった次の日でも俺はきっちりと仕事をしている。
とうとう骨の髄まで社畜菌に侵されてしまったようだ。なんだよ社畜菌て。
あれから三科とは喋っていない。
三科があんなことをするとは思ってもいなかった。あんな踏み込んだことをするなんて。
一体、どうゆうつもりであんなことをしたのか。全く余計なお世話だ。
もういい。考えても虚しくなるだけだ。
俺は頭に浮かぶ邪念を振り払い、今日から入る現場の必要書類を提出する準備をする。
そんなことをしといると息を切らし、大層慌てた様子で元請けの現場監督がやってくる。
「比企谷。ちょっといいか?」
この人は高橋さん。俺に監督業を教えてくれている。
俺が”なんですか?”と尋ねると少し怒ったように言う。
「お前、今日から入る現場どうなっているんだ?」
「ええ、製作も終わったはずですし。今日、朝から現場に取り付けする予定ですけど」
「比企谷、お前、ちゃんと確認したのか?とりあえず一緒に来い!」
俺は訳も分からず、製作場所に連れて行かれた。
×××
驚愕した。その一言に尽きる。
俺が目にしたのは中途半端に作られ残された品物と散らかった製作場所だった。
「これは一体、、、」
「一体もなにもない!施工者はどうしたんだ!」
高橋さんは強く声を張る。
施工者とはあの物腰柔らかいリーダーのこと。
そうだ。あの物腰の柔らかいリーダーに電話して、、、そこで俺は気づく。昨日、電話して折り返しかかってきていない。
頭の中がこんがらがる。なぜ俺は製作が完了したと思い込んでいたんだ。どうして、、、。
焦りながらもあの物腰の柔らかいリーダーに電話する。もちろん繋がらない。
もうどうしていいかわからない。
なんで、どうして、3日前にここに来たときは順調に進んでいたはずなのに。
「あのリーダー。手に負えなくなってケツまくって逃げやがったな!」
ケツまくって逃げた?
それはどういう意味だ!?
「そのままの意味だよ!思うように進まなくて泡食って逃げたしたんだよ!」
「なんでだよ。そんなに難しい仕事ではないはずだ。図面の指示通りに製作すれば、、」
高橋さんは俺を睨んで言う。
「比企谷、お前には簡単な仕事かもしれない。でも周りもそうかと言ったら必ずしもそうじゃない。あのリーダーもそうだ。お前は監督だろ?なぜフォローしてやらないだよ!」
ちゃんと定期的に様子も見に行ったし、しっかり打ち合わせもやったはずだ。
俺の言い訳を聞くと、高橋さんは声に怒りを乗せて怒鳴る。
「馬鹿かお前は!それだけが監督の仕事じゃねえだろ!どういう風に仕事を進めたらいいか、職人さんが仕事しやすいようにするにはどうするか考えんのが監督の仕事だろ!打ち合わせして図面渡して終わりなら誰だって出来るわ!お前も職人だろ?逆に考えればわかるだろ!自分がリーダーで仕事するとき監督に何をして貰えたら仕事が上手く行くかよく考えてみろ!!」
高橋さんの説教で我に帰る。
確かに俺は最初に打ち合わせしたきりほとんど仕事を丸投げで俺はただ書類を作成してまたに様子を見に行っただけ。
勝手にあのリーダーにはこの仕事を終わらせられる能力があると思い込み、俺なんかが口を出すべきじゃないと決めつけていた。
でも実際はそうではなかった。あのリーダーにはそんな実力はなかった。俺は見誤っていた。
あのリーダーは頑張って仕事を終わらせようとしていた。誰にも頼ることが出来ず、たった一人で。
あのリーダーだけを責めることは出来ない。半分は俺の責任だ。
「まぁでもお前だけの責任じゃない。あのリーダーも出来ないこと出来ると言って見栄を張った。それも悪い。そんで、逃げることはもっと悪い」
さっきとは打って変わって高橋さんは優しくフォローしてくれる。
この人が上司でよかった。
そこに大慌てでもう1人の元請けの現場監督やってくる。
「高橋さん!大変ですよ!客先の◯◯さんにこのことバレてめっちゃ怒ってるみたい。今からここに来るって!」
客先の◯◯さんというのは今回の工事の大元の発注者。千葉市店のお偉いさん。
”それはまずいな”と考え込む高橋さん。これは結構やばい事態のようだ。
そうこうしているうちに◯◯さんとやら製作場所に現れる。
「これは一体どういうことだ!!1つも出来上がっていないじゃないか!納期まであと今日を含めて4日しかない!そのあとには大事な設備と取り付けが待ってるんだぞ!この仕事の担当責任者は誰だ!」
現れるなり、ものすごい剣幕で捲し立ててくる。
俺はビビリなからも名乗り出る。
「なんでこんな大事な仕事をこんな若い奴に任せたんだ!高橋!どう責任を取るつもりだ!」
相当、ご立腹のご様子だ。
高橋さんが宥めてもまったく聞く耳を持ってもらえない。
あのときの俺は雪ノ下と由比ヶ浜にこんな風に見えていたのだろうか。
こんなことを考えている場合ではない。
「もういい!他の業者に頼む!」
「そこをなんとかお願いします!必ず納期までに間に合わせますから」
高橋さんともう1人の監督でなんとか頼み込む。
「高橋、業者に逃げられたんだろ。職人がいないのにどうやって仕事する気だ?」
その言葉に口を紡ぐ高橋さん。
どうすればいい。こうなったのも俺の責任だ。どうやったら責任を取れる。この問題の最適解はどこにある!?
考えろ。考えろ。考えろ。
頭をフル回転させる。俺に別の業者を用意する能力はない。他の協力会社の下請けも手一杯で力を借りることはできない。三科は、、、あいつにもまだ仕事が残っているはずだ。
ダメだ。打つ手がない。くそ!どう考えてもいい方法が浮かんでこない。
職人が必要だ。リーダーとして現場で働ける人間。
どこにいる。どうすれば、、、。
頭の中がぐちゃぐちゃになる。
ああ、万策尽きた。
もういい。わからないものは考えても無駄だ。職人の確保は他に任せて違うことを考えよう。
では、監督として俺には何ができる?何もできないな。というか、たぶん担当を外される。あれ?俺、なんにもやることないじゃん。
考える事を放棄してはダメだ。なんとしてしてでもこの状況を打開しなければ。
そうだ。さっき高橋さんに言われた事を思い出せ。
”仕事をどう進めるか”
”職人が仕事しやすくするにはどうすれいいか”
”お前も職人なら逆に考えればわかるだろ?”
何か引っかかる。逆に考える?
思考の転換。発想の転換。一体何を逆に考えたらいい。
今の俺に現場監督としてできる事はない。なら一体何ができる?
次の瞬間、頭に閃きが走る。ずっと合わなかったパズルの最後のピースが綺麗にはまったような感覚。
なぜ気づかなかったのだろうか。
いるじゃないか、ここに。”俺が”。
俺の本職は職人だ。何故、こんな簡単なことに気づかなかった。俺の仕事は現場監督と決めつけていた。焦りや動揺は思考を止める。
本当、冷静なってから気づくとはよくあるものだ。
俺は静かに申し出る。
「職人ならここにいます。俺がこの現場を引き継ぎます!」
◯◯さんは”何言ってんだこの馬鹿は”みたいな目で見てくる。
一方、高橋さんともう1人現場監督はなるほどと手を打っている。
「監督の仕事は現場で作業することではない。職人でもない技術もないお前に何ができる!?」
◯◯さんの威圧的態度に俺はどもっていまう。しかし、そこで高橋さんが口を開く。
「いえ、比企谷は現場監督ではなく本来、現場で働く職人なんです」
「でまかせを言うな」
「本当です。比企谷はずっと茨城支店の下請けとしてリーダーで仕事してくれていました。経験はまだ浅いかもしれませんが、技術や腕は確かです。その証拠に実績が認められて今回の応援にも参加しています」
え?そうなの?実績が認められて監督やらさせてるんだ。俺。
「下請け?会社名は?」
××工業ですと答えると◯◯さんは額に手を当てる。
「××工業さんのところの若い衆か。あーそういうことね」
なんかいきなり職人ぽい喋り方になったな。てか、うちの社長知ってるのかよ。
「じゃあしょうがねぇな。お前のところ社長に免じて今回は大目に見てやる。けどな、納期は延ばせない。延ばしたら止まってしまう工事も出てくるからな。だから、徹夜してでもなんでも絶対に納期に間に合わせろ! いいな!」
俺たちはありがとうございますと勢いよく頭を下げる。というか、”社長に免じて”ってうちの社長って実はすごい人?
◯◯さんはうちの社長によろしくと言って去っていった。
本当、宛ら台風のよう人だった。
高橋さんは”よくやった”と俺の肩に置く。
いや、俺は何もしてないし。
「あの人はな、元々は現場上がりの人なんだ」
俺が”現場上がり?”と尋ねると高橋さんは説明を始める。
「あの人は元々は職人だったんだよ。それから現場監督になって、あそこまで上り詰めた」
職人だったっことは大卒ではなさそうだ。良くて高卒。それで支店のお偉いさんになるとか可能なのだろうか。あの人も実は凄い人?
「職人だった頃にお前のところ社長と知り合って世話にでもなったんだろう。社長に感謝だな」
元はと言えば社長が俺を出張に行かせなければこんなことには、、、。いや責任転嫁はよくない。こんな捻くれたことを考えている場合ではない。しかし、何故こうもあっさりと許してくれたのか。
「たぶん昔の自分と今のお前。同じ境遇からなのか思うところがあっただろう」
同じ境遇ね、、、。
「じゃあ俺たちは他に人員確保できないかもう一度検討してみるから」
「わかりました。俺は社長に駄目元でかけあってみます」
これから地獄の4日間が始まる。
既に昨日の出来事は俺の頭の隅にひっそりと影を潜めていた。
×××
現場に出ることになった俺の代わりに高橋さんがこの現場の監督を引き継いでくれた。
あのあと、社長に相談してみたものの”検討してみるがあまり期待するな”とのことだった。
あれから連絡は来ていていない。まぁ、突然だったし仕方がない。
時刻は現在、午後5時。
本来なら仕事が終わる時間だが、今日はそうもいかない。
俺はあれから1人で中途半端に作られていた品物から手をつけることにした。如何せん、人のやった仕事を引き継ぎの説明なしに続きをやるのは本当に大変だ。何故、こういうふうにやってあるのか。どうしてここはやっていないのか。その意図を見極めるのは宛ら暗号を解読するようなものだ。
なんとか朝から始めてこの時間までにこの品物は完成させることができた。まぁ大体3分の2は出来ていたからな。しかし、残りの3分の1を完成させるのにこんなに時間がかかってしまった。製作しなければならない品物の図面は残り4枚。大物も残っている。他からの応援も望めない状況。これから残り3日半で全て製作、取り付けまで1人でやらなければならない。
はっきり言って絶望的だ。
たぶんずっと徹夜しても無理だ。ここまで追い詰められるとは。
こんなこと考えていても仕方がない。俺は散らかっている製作場所を一度片付けて、図面とにらめっこする。
しばらくにらめっこしていると後ろから声をかけられる。
「なにやら大変そうだな。やわた」
振り返るとそこには三科がいた。
俺はすぐに前を向き直り、”なんか用か?”と尋ねる。
「なんだよ。まだ怒ってんのか?」
俺は素っ気なく”別に”と答える。
すると、三科が隣にやって来て手を出してくる。
「1枚貸せよ」
「は?お前まだ自分の現場、終わってねぇだろ?」
俺の問いに三科は”今日は終わった”と答える。
「そういう問題じゃない。明日も仕事あるだろ。中途半端に手をつけられても困る」
「いや、今日で終わったんだよ。”俺の仕事”は」
は?どういう意味だ。三科の現場はまだ終いがまだ残っていただろう。
「俺が居なきゃダメな終いは全部終らせてきた。あとはあの2人でも出来る本当に簡単な仕事しか残ってない」
あの2人とは三科の下について仕事している奴らのことだ。
「いくら簡単な仕事だとしてもそんな勝手なことして大丈夫なのか!?」
そうだ。簡単な仕事だと舐めてかかって痛い目を見た。
「大丈夫。高橋さんにちゃんと許可もらったから。今日はあの2人、だいぶこき使って疲れ果ててたから帰した。明日、あの2人なら午前中で終わらせて午後にはこっちに合流出来るはずだ」
そういうことか。どうやら高橋さんは人員確保に成功したようだ。本当に有難い。てか、三科の現場の終いは結構ボリュームがあったはずだ。それを今日1日でほとんど終わらせるとは。三科って結構有能なんだよな。
まぁそれはさて置き三科の現場はまだ納期まで余裕がある。なのに自分の仕事を急いで終わらせてきたということはつまり、そういうことである。
また三科に気を使わせてしまっている。そうだな。ここは正直に言うべきだ。
「いや、そのなんだ。昨日は悪かったな」
三科は俺の言葉聞くなりニヤニヤし始める。
「いや〜、俺も殴って悪かったな〜」
なんだよ、その腹立つ顔は。
「はい、これで手打ちな。ほら、早く図面寄越せ!」
その上から目線が少し気になるが、せっかく手伝いに来てくれたのだ。大目に見よう。
俺は図面を手渡しながら言う。
「悪い、助かる」
「おう、気にすんな。相棒が困ってんだ。当たり前だろ」
くそ。やめろ。恥ずかしくなるだろうが。
ふと、俺たちの後ろに気配を感じて振り返るとそこには俺たちの大先輩である”近藤さん”が立っていた。
「久しぶりだな。なんだ?青春ごっこか?」
「やめてください。そんなんじゃないですよ。てか、なんで近藤さんがここにいるんですか?」
近藤さんは首を傾げて言う。
「なんでって。お前が呼んだんだろ」
え?確か、近藤さんは明日から東京の方の現場に入る予定だったはず。
「いやな。またまた明日から入る予定だった現場が急にダメになってな。明日から3日間暇になったんだ。そしたら、社長が”お前の弟子が困ってるから行ってやれ”って言うから応援に来てやったんだよ」
まさか近藤さんが来てくれるなんて思ってもみなかった。いろんな現場に引っ張りだこの近藤さんが来てくれるなんてほとんど奇跡みたいなもんだ。社長に相談して本当に良かった。
「本当は今日、もう3人連れてくるはずだったんだが、都合がつかなくてな。明日から来ることになっちゃってな。悪い」
近藤さんは申し訳なさそうに言う。
「いえ、とんでもないです。近藤さんに来てもらえて、それに3人も連れて来てもらって本当に有難いです。ありがとうございます」
俺は深々と頭を下げる。
「なんだ、八幡。今日はやけに素直じゃないか。変なもんでも食ったのか?」
確かに俺は普段、捻くれて絶対こんなこと言わない。でも現にこうして助けてもらっている。お礼はちゃんとすべきだ。
「まぁ、俺たちに高級焼き肉でも奢ってくれたチャラにしてやるよ」
三科は悪い顔で言う。
近藤さんもそれに笑顔で同意する。
この件を高級焼き肉程度でチャラにしてもらえるなら安いものだ。
「で、さっそくだか、状況を説明してもらえるか?まだ何も聞いてなくてな」
俺は今の状況を細く説明する。
「こりゃ一筋縄では行かなそうだな。でも俺たち3人いればなんとかなるか!」
近藤さんは力強く言う。
「そーすね!てか、俺たち3人で仕事するのいつ振りすかね?」
三科の問いに近藤さんは”3年ぶりぐらいか?”と答える。
確かに久しぶりだ。3人、、、。
今まで影を潜めていた昨日の出来事がふと頭を過る。
あのとき、あの2人にもっと素直に対応していたら何か変わっただろうか。いや、俺はもう、、、。
俺は考えてるのをやめる。
ダメだ今は仕事に集中しろ。
さぁ本当の地獄はこれからだ。
×××
終わった、、、。
全部終わった、、。
あれから俺たちは3日間ほぼ徹夜で作業した。本当に皆、頑張ってくれた。
一時はどうなるかと思ったが、なんとか全ての品物を納品、取り付けが終了した。
三科や近藤さんたちには既に上がってもらっている。
ボロボロになっていたが仕事を終えた達成感からか、皆、笑顔で帰っていった。
あの人たちには感謝しても仕切れない。イヤな顔1つせずに俺に付き合ってくれた。高級焼き肉を奢る約束は早めに果たそう。
今、俺は事務所で明日、他の業者に引き継ぎするための書類を作成し終えたところだ。事務所には俺しかいない。もう時刻は午後11時半を回っている。
すると、そこに高橋さんが現れる。
「比企谷、お疲れ様。今回は本当によくやってくれた。ありがとう」
俺に感謝される謂れはない。俺1人では何もできなかった。感謝するなら三科や近藤さんにした方がいい。
「そう謙遜するな。お前の人望が無ければあの人たちは集まらなかった」
人望ね。俺にそんなものあるのだろうか。
「それから千葉支店の◯◯さんも凄い褒めてたぞ。”若いのに珍しくガッツのある奴だ”ってな」
俺にそんなものはない。今回のこともやるしかないからやっただけだ。
「なんだ。まだ捻くれてんのか。それともまだ昔のこと気にしているのか?」
高橋さんは俺に逮捕暦があるのを知っている。
「気にするなとは言えないが、お前は力のある人間だ。それにお前を認めてくれる人がたくさんいる。もう少し前を向いてもいいんじゃないか?」
前を向く、、ね。
前を向くとはどういう意味だろう。
俺は前を向いて何をしたらいいのだろうか。
高橋さんは”戸締まりよろしく”と言って帰っていった。
俺はまた1人になる。
ふと、自分のデスクに目をやると先日、手に入れたいろ◯すが置いてあった。二日酔いの三科に渡すのを忘れた。まぁそんな時間なかったけど。
俺はいろ◯すを手に取り、キャップを開けて口をつける。
常温で置いてあったので温いただの水だった。しかし、その水は俺の中の渇いた部分を潤わせてくれている気がした。俺は温くなったいろ◯すを一気に飲み干し、飲み干したペットボトルを小さく潰してゴミ箱に放り込む。
「サンキュー。いろはす、、、」
俺は事務所を後にした。
×××
1人で帰路につく。
まだ梅雨は明けておらず、深夜になると少し肌寒い。
道路が濡れている。仕事している時は雨は降っていなかった。俺が事務所に籠っている時に降っていたのだろうか。帰っている途中にまた降ってきた堪ったものじゃない。俺は早足で宿を目指そうとするも、足が言うことを聞かない。
それもそうだ。3日間ほぼ徹夜仕事していたんだから疲れていないわけがない。
まぁでも宿まではゆっくり歩いてもあと5分もかからない。
濡れてもすぐ風呂入ればいいか。
俺は大きな交差点の前で信号待ちしている。この時間だ。車は一台も通っていない。信号が変わり、横断歩道を渡り始める。
横断歩道を3分の1ほど渡った時、不意に携帯電話が鳴る。ポケットから取り出すとそこには”非通知着信”と表示されていた。
なんだ、こんな時間にイタズラ電話か。迷惑な話だ。
俺が立ち止まっていると、空からパラパラと雨粒が落ちてくる。やっぱりきたか。
着信はまだ鳴っている。切ろうと携帯電話を操作しようとするとどこかで俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。こんな時間に大声出して本当に迷惑な奴しかいないな。
「、、谷ー!、、、ろー!」
俺が歩いてきた道の方に人影が見える。暗くてよく見えないが、どうやら走ってこちらに来ているらしい。
その人影との距離はどんどん近づく。
「比企、、ー!に、、ー!」
強くなっていく雨音のせいでよく聞こえない。
俺は来た道をゆっくり一歩踏み出す。
目を凝らしてみると、その人影は俺の昔の知り合い似ているような気がした。
「葉山、、、か?」
葉山らしき人物はもう一度叫ぶ。
「比企谷ー!逃げろー!」
え?にげ、、?
気付いた時にはすでに遅かった。
俺の2メートル先には自動車が迫ってきていた。
さっきまで車は一台も通っていなかったはず。こんな見通しの良い交差点で見落とす訳がない。第一、今は夜だ。普通、ライトで気づくはずなのに、なぜ!?
俺は必死に身を捩る。ダメだ。避けられない。
次の瞬間、ドンっと大きな音がして俺の意識は消失した。