蒼き鋼のアルペジオ 〜Change the chronicle〜   作:Cadenza

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修正
八年後→四年後に変更


chronicle.3

「初めまして。元総旗艦直衛艦隊第二水雷戦隊所属、駆逐艦ユキカゼ。此度は我らが旗艦、キイの御言葉をお伝えしに参りました」

 

 元とは言え、総旗艦直衛艦隊。その言葉にどれほどの意味があるか。

 霧を知る者、または霧世代と呼ばれる海域封鎖の時代に生きていた者なら、誰しも表情を険しくするだろう。

 霧の艦隊の中でも、唯一全人類に名を知られている艦隊だ。

 あの全世界に対する降伏勧告。それを告げた艦隊なのだから。

 千冬も一度はその名を聞いた事がある。なにせ学校の授業で出てくる程だ。

 

『……取り敢えず敵意はないらしいな。どうする束?』

 

 秘匿回線(プライベート・チャネル)で束へ問い掛ける。

 束はいつになく緊張した声色で答えた。

 

『戦わなくていいなら、それに越したことはないよちーちゃん。正直、試作機の白騎士じゃ勝ち目がないよ』

 

 束としては、霧の艦隊とは興味の尽きない存在である。

 データによって自由自在にあらゆる物質へと変化するナノマテリアル。空間を削り取る強力無比な重力子兵器。白騎士も搭載しているが、それとは比べ物にならない威力の荷電粒子砲。上記に必要なエネルギーを賄う縮退炉の類。全ての攻撃の方向性を逸らし、核すらも無効化するクライン・フィールド。

 どれもこれもが束の好奇心を刺激するものばかりだ。

 しかし、束は霧に手を出そうとは思わなかった。保有する戦力の強大さもそうだが、一番の理由は別にある。

 束にとって、霧の艦隊とは目標に至る為の目標なのだ。

 束の目標とはすなわち、宇宙への進出。その目標へ至る為に、まず目標とするのが霧の艦隊。

 正確に言うなら霧の科学力を模倣する事にある。本気で宇宙を目指すなら、少なくとも霧に匹敵する科学力が必要と束は考えていた。

 ISを作ったのも、その第一段階の為だ。

 故に、霧と事を構える気はさらさらない。出来る事なら直接会って色々と聞きたいくらいなのだが、この状況ではとても無理だろう。

 ならせめて、話をつけて敵対だけは避けなければならなかった。

 

「相談は終わったようですね。続けてもよろしいでしょうか? 先に御質問があるなら可能な範囲でお答えしますが」

 

 まるで秘匿回線の会話を聞いていた物言いに少々目を見開いたが、言葉に甘えて千冬が聞く。

 

「なら私から。我らが旗艦と言っていたが、キイという霧は聞いた事がないんだが」

『あ、それ束さんも気になってた。霧の事は結構調べてたけど、キイっていうのは私も知らないな』

 

 その質問にユキカゼは僅かに首を傾げる。すぐにああ、と納得した表情になった。

 

「確かに旗艦は人類の前に姿を見せた事がありませんでした。知らないのも当然ですね。霧のトップであった超戦艦級は二隻とされていますが、もう一隻存在します。そのもう一隻の超戦艦が旗艦キイです」

 

 ユキカゼの説明に千冬は、確実に厄介事だと頭を抱えたくなった。

 霧が出てきた時点で相当ヤバいというのに超戦艦ときた。

 マジで! とばかりに純粋に吃驚している束が羨ましい。

 本音はこれ以上聞きたくないのだが、そうはいかない。説明が続く。

 

「旗艦キイは超戦艦三姉妹の末妹にあたります。ヤマト、ムサシと共にかつて霧の全艦隊を率いていた総旗艦の資格を有する霧です。霧の艦隊最強の戦艦であり、その戦闘能力はヤマトやムサシをも上回ります」

 

 なぜこうも頭が痛くなるような単語が連発するのだろう。

 三隻目の超戦艦? ヤマトとムサシの妹? 霧の艦隊最強?

 ユキカゼの説明が進む度に表情が引き攣っていくのが分かる。

 ヒャッハー! とばかりに興奮している束が恨めしい。

 だがまだ終わらない。

 

「かつての超戦艦同士による戦闘で船体を失いましたが、現在は三隻が融合。一隻の戦艦として我々の艦隊を率いています。もちろんメンタルモデルは三人存在しています」

 

 聞いてはいけない事を色々と聞いている気がするのは、私の考え過ぎでしょうか。

 超戦艦三隻が融合? そっちの方が三隻別々よりヤバいと思うのは私だけでしょうか。

 凄いこと聞いちゃったー! と気楽にはしゃぐ束が憎らしい。

 この歳で心労なんぞ負いたくないと思いながらも、まだまだ終わらない。

 

「あなた方が対処出来なかったミサイルを撃墜したのもキイです。旗艦キイ、延いてはヤマトもムサシも基本的に人類への介入は避けています。ですが、あなた方が目標とした横須賀市はキイ、ヤマト、ムサシの御三方が縁を持つ場所であります。その地を更地にされるのは、御三方も望むことではありませんので、此度の介入に至りました。これで大まかな説明を終わります」

 

 頭か胃、あるいは両方にあるはずのない痛みを千冬は感じていた。

 ただ単に助けられたと軽く思っていた自分を殴ってやりたい。

 つまるところ自分たちは、超戦艦三隻が直接介入してくるほどの何かを抱いている土地を荒らそうとしていたわけである。

 実行犯は束であり、千冬は巻き込まれただけなのだが、それを知らない者からすれば関係ないだろう。

 そういったところが抜けている束は、まだ気づいていないようだ。

 今回の件。

 場合によっては、霧の最高最強戦力を敵にまわす。そんな最悪の顛末で終わる可能性があると。

 むしろ千冬にはその顛末しか思い浮かばない。

 

「質疑応答も終わったところで、本題に入らせていただきます」

 

 ユキカゼの言葉に気を持ち直す。

 そう、未だ本題は始まっていない。ほぼ前座に等しい話で、既に千冬は限界だ。

 一体これからどんな話が飛び出るのだろうか。

 

「旗艦キイの御言葉をお伝えします。”これは忠告、そして警告である。我々からはお前達に介入しない。しかし逆ならば、然るべき対処を行使する。今回は警告に留めるとしよう。我々はお前を見ている。お前が愚かな人間でない事を願う”」

 

 以上です、と言ってユキカゼは終えた。

 暫し沈黙が場を包む。

 最初に口を開いたのは千冬だった。

 

「……忠告感謝する。お前の旗艦には承知したと伝えてくれ」

「わかりました。では、これで」

 

 そう告げると、ユキカゼの船体がその場で180度転身し始める。

 所属の艦隊へ帰るのだろう。

 転身していくユキカゼを見ていた千冬は、何を思ったのか、待ってくれと呼び止めた。

 

「まだ何かご用ですか?」

「ああ、いや。あの黒い光でミサイルを墜としたのは、そのキイという霧なのだろう?」

「黒い光? ああ、超重力砲の事ですか。ええ、その通りです。それが何か?」

「そうか……。なら、そのキイに礼を伝えてくれないか。思惑や目的が合ったとはいえ、私は助けられた。だから、ありがとうと伝えてくれ」

 

 一瞬、不思議そうな表情になったが、ユキカゼは頷く。

 

「承りました。キイにはそう伝えます。では、今度こそ」

 

 しゃんしゃんと鈴の音を鳴らし一礼すると、中途半端に旋回していたユキカゼの船体が完全に転身。そして加速。

 100メートルほど進むと船体が海へ沈み始めた。

 水飛沫を上げながら徐々に沈んでいき、やがて完全に潜行する。

 潜りきると同時に周囲の霧が晴れ、ユキカゼの姿もハイパーセンサーからすら消失した。

 辺りに広がるのは暗い海。さっきまでの事が夢のようだった。

 ここで千冬が大きな溜息を吐く。まるで溜まった疲れを吐き出すように。

 

「……はぁ〜〜〜。疲れた。それで……」

 

 思い切り脱力し、声を掛ける。

 ずっと喋らなかった束へと。

 

「お前はなぜ黙っているんだ? 束」

 

 問いには答えない。ただ「ねぇ、ちーちゃん」と真っ白な声で言う。

 

『今回の顛末を簡単に言うと?』

「私たち二人は霧の艦隊最高最強戦力である超戦艦三隻に目をつけられた、という事だな。良かったな束、これからは下手な真似は出来んぞ?」

 

 その日、うさ耳を引っ張られた兎のような叫び声がこだましたという。

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 北太平洋洋上。

 

『——以上、報告を終わります。尚、織斑千冬から旗艦へありがとうと承りました』

『こちらにはそういった意思はなかったが、結果的には助ける形になったようだ。ご苦労だったユキカゼ』

 

 概念伝達で会話しているのは、キイとユキカゼの二人。

 ユキカゼは千冬たちへの伝言を終え、艦隊に帰還してキイへ報告を行っていた。

 

『旗艦の命とあらばいつでも。お借りしていた演算をお返しします』

 

 ユキカゼの艦橋からメンタルモデルの姿が消える。

 元より駆逐艦級にメンタルモデルを形成する演算リソースはなく、今回は使者として派遣するためにキイの演算の1パーセントを貸し与えられていたのだ。

 

『では、私は戦隊に戻ります』

『ああ。ご苦労だった』

 

 報告を終えたユキカゼは、キイから離れて所属する戦隊へ戻っていった。

 同じように概念伝達を終えたキイは、自身の艦橋屋上へ腰掛ける。

 そうすればキイの膝にムサシが、右側にヤマトが座る。

 この艦隊では見慣れた光景だ。

 

「ねぇキイ。この程度で良かったの?」

 

 ムサシが聞く。

 聞かれたキイは薄く笑い、

 

「これで充分だ。元凶の片割れである篠ノ之束は、私たち霧をよく知っている。なら超戦艦と敵対するという愚行は犯さないだろう」

 

 ムサシがキイを見上げる。

 

「もし、その愚行を犯したら?」

「その時は対処すればいい。今の私たちが対処出来ない存在はいない。敢えて言うなら千早群像と401だが、彼らに関しては私自身が敵対する気はない」

「大なり小なり、私たちは彼らに恩があるものね」

 

 ヤマトがしみじみと言う。

 認めたくはないが、事実であるためムサシも否定しない。

 

「でもいいのかしらね。今回は私たちが直接介入したけど、人間たちもそれに気づくはず。また騒ぎにならないかしら」

 

 ヤマトの心配は尤もだ。

 基本的にヤマトは、人類側に対して友好的である。元から争いを好まない穏和な気質であるため、戦闘も極力避けたいと思っている。(だからと言って調子に乗ろうものなら地獄を見る羽目になるが。主に妹二人によって)

 たとえ人類側から仕掛けてこようとそれは変わらない。

 そんな心配をキイはきっぱりと否定した。

 

「無用な心配だよヤマト。少しは騒がれるだろうが、我々の介入が公に知らされる事はない。それによって再燃し、どこかの輩が暴走して被害を受けるのは人類側。それは振動弾頭無効化の一件で身を以て感じているはずだ。同じ轍を踏むほど愚かではないだろう」

「キイの言う通りね。ヤマト、たとえ人間たちが来ようと私たちには勝てない。ならいつも通りに対処すればいい。何度も来るなら、こっちも同じように何度も。そうでしょう?」

「……そうね」

 

 二人の言葉に暫く思惑うも、ヤマトは頷いた。

 ムサシとキイ。この二人はヤマトと違い、人類に対して友好的というわけではない。

 キイは中程度、ムサシに至っては極低だ。

 千早群像や401との出逢いでキイは中まで回復しており、人類側から来ない限り攻撃を加える事はない。だが本来なら戦いに於ける容赦や慈悲といったものが無いはずなのだ。

 同族である霧に対してならばあるだろうが、人間に対しては皆無といっていい。

 キイという超戦艦は、どこまでも戦闘に極特化した霧なのだから。

 ムサシもそうだ。千早翔像を殺された憎悪を忘れてはおらず、その炎は未だに燻り続けている。きっかけを与えれば、すぐにでも燃え上がるだろう。

 それでも。

 人類が仕掛けて来ても殺さず、無効化して見逃すというキイの姿勢にムサシが不満を抱かないのは。

 キイが本来ならありえない、見逃すという行動を取るのは。

 それは等しくヤマトの存在があるからだ。

 かつての降伏勧告。確かに千早翔像の復讐の面もあっただろうが、無意識下ではヤマトとキイに会いたいと思っていたムサシ。

 ヤマトを目の前で何も出来ずに失い、ムサシを止められなかったキイ。

 結局のところ、今のムサシとキイの根幹にあるのは、姉妹と共に過ごせればいいというものなのだ。

 つまり何が言いたいかというと、二人共ヤマトを悲しませたくないという姉妹愛(シスコンとも言う)によるものである。

 

「さて、この話はここまでにしよう」

 

 キイがムサシを膝から降ろし、立ち上がりながら話題を変える。

 艦橋屋上の手摺に背を預け、腕を組んで話を始めた。

 

「既に五年が経過した。各国の復興も順調に進んでいる。そんな時にあのパワードスーツ——確かISと言ったか。そのISの出現だ。どうなると思う?」

 

 問い掛けるようなキイの言葉にムサシが続く。

 

「確実に荒れるでしょうね。あのパワードスーツ、一機で駆逐艦級と戦えるだけの性能を持ってる。人間たちからしてみれば、画期的な新兵器の誕生よ」

 

 ムサシの見立てには、キイとヤマトも同意見だった。

 ISは、勝てはしなくとも駆逐艦級とまともに戦える性能を持っていると予測していた。

 クライン・フィールドを有していない駆逐艦級でも、その防御力は強大である。人類の戦力では、駆逐艦級にすら手が出せなかったのが証拠だ。

 光学兵器ならともかく、実弾兵器では通常時の駆逐艦級の装甲を突破する事は出来ない。

 そんな駆逐艦級と戦えるのだから、人類側が保有する殆どの兵器がISの前では無力になると見ていい。

 もちろん方法によっては破壊可能だろうが、ISの出現で世界の軍事バランスが変動するのは目に見えていた。

 

「まったく、面倒なものを作ってくれたものだ」

「振動弾頭の時のようにならなければいいのだけれど」

 

 ヤマトとキイが危惧しているのは、ISを獲得した者たちが増長するのではないかという事だ。

 人間とは愚かな生き物だ。こればかりはどれだけの年月が経とうと覆しようのない事実である。

 霧の海洋封鎖が終わった矢先、早速とばかりに世界を誰が先導するのかで争っているのだから、そう認識せざるを得ないだろう。

 そんな人類が、見方によっては振動弾頭以上の兵器であるISを手に入れればどうなるか。

 容易く想像出来すぎて笑えもしない。

 

(……ハルナとキリシマに忠告しておくか)

 

 この一件でハルナ・キリシマと共にいる刑部蒔絵を狙う勢力は増えるはずだ。

 キイ自身は別に人間を嫌っているわけではない。

 人間を国や組織という勢力に区切れば嫌い警戒するが、人間個人の場合はむしろ好意的だ。千早群像や401クルー、刑部蒔絵などの人間は好いているのだ。

 

「ひとまず直接的な問題が出るまでは静観だな。わざわざ私たちから関わるのも面倒くさい。他の霧たちに一報を入れるくらいはしておくか」

 

 キイが締め、ヤマトとムサシも頷く。

 方針も決まったのを確認し、それにしてもと、ムサシが口を開いた。

 

「よかったわね、色々ゴタゴタが早く片付いて。これなら支障はなさそうね」

「確かにな。これなら充分に間に合う」

「私たちにとっては、一番大事なことですもの」

 

 そうだなと同意する。同時にキイに金色のバイナルが浮かび、全艦隊へ通信をつなげた。

 

『全艦に通達。これより移動を開始する。艦隊陣形を変更。私を中心に前後へ八隻。7列の単縦陣へ。詳細な配置は追って指示する。陣形変更後、方位174へ全艦一斉回頭。速力30ノットに加速。ショウカク、ズイカク。艦載機を八機ずつ十六方位へ飛ばせ。我々の動きに反応する勢力がいるはずだ。追ってくるなら、対処はいつも通りだ』

『了解した』

『了解』

 

 指令に従って艦隊が動き始める。

 さすがに旗艦のみで行動するのも問題な為、毎度こうして艦隊で行くわけだが、その度に色々な勢力が監視の目を向けてくる。

 年に一度の大切な事とはいえ、人間たちは敏感に反応し過ぎてはないかと思う。

 そう考えると並列して配置の指示を出していれば、陣形の変更が終わっていた。

 

「では行くとしよう。全艦発進」

 

 ヤマト、ムサシ、キイ。明日は三人にとって大切な日。

 目的地は北極海。

 明日は千早群像率いる401と会う日。

 そして、千早翔像の命日である。

 

 

 

 

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