蒼き鋼のアルペジオ 〜Change the chronicle〜 作:Cadenza
——インフィニット・ストラトス、通称IS。
篠ノ之束が作り出したマルチフォーム・スーツである。
元は宇宙活動を目的としたパワードスーツであったが、現在では専ら軍事転用しようとするのが殆どだ。
発表当初は関心を向けられなかったそれは、日本に飛来した二五〇〇発以上のミサイルの大半を墜とした事で驚異的な性能が証明された。
だが各国の上層部はそんな事などどうでもよく。最もはっきりさせたかったのは、ただ一つ。
ISが霧に通じる兵器となり得るか。それだけだった。
人類の切り札だった振動弾頭が無効化される事態が起きた今、早急に代わりとなる兵器の開発が望まれていた。
ではISが、振動弾頭の代わりとなるのか?
答えは否。
確かに性能は驚異的だ。現存する人類の兵器の大半を圧倒する性能を有している。
だが霧には通じなかった。
しかし全くと言うわけではない。ISの性能を解析して結果、出した戦力評価がこうだ。
駆逐艦級には有効。ただし速度では勝っているが火力が圧倒的に劣っており、IS装備の実弾兵器では打倒不可能。防戦ならば可能。早急に光学兵器の実装及び、時間を掛ければ動きを解析され不利になるので短期決着が望まれる。
軽巡洋艦には、少なくとも
重巡洋艦には、どんなに少なく見積もっても
大戦艦には、もう数とか関係ない。重巡一隻で国一つを墜とせるゆうのにどうしろってんだ。勝てるかバカヤロー。
超戦艦、論外。敢えて言うならとにかく逃げろ。
だいたいこんな感じである。
各国のIS科学者は、投げやりに報告したと言う。
ISは人が乗って動かす以上、疲れはするしミスもする。恐怖も抱く。
更に武器弾薬、機体の整備に操縦者のメンタルケアなど。
以上の事からISは、霧に対する兵器としては未だ振動弾頭が上だ。
だがISが強力なのは事実。元来の兵器の殆どは圧倒できる。女性しか動かせないと言う謎の欠陥があるとはいえ、国からしてみれば些細な事。
そんなものを各国が放っておくはずがなかった。
結果、IS操縦者を育成するIS学園が各国の協力の元、日本に創設され。IS学園第1期の生徒達が卒業した二年後、ISの世界大会モンド・グロッソが開催された。
第一回モンド・グロッソの総合優勝者、織斑千冬。ブリュンヒルデの称号を持ち、霧と直接接触した数少ない存在でもある彼女。
そんな彼女が再び霧と、それも旗艦と接触したのは、第二回モンド・グロッソ決勝戦間近。
自身の弟織斑一夏が誘拐され、ドイツより伝えられた現場へ急行した時だった。
◇ ◇ ◇
第二回モンド・グロッソの開催地、ドイツ首都ベルリン。
「〜♪〜♪〜♪」
古風な雰囲気が残るベルリンを一人の女性が歩いていた。スキップして鼻歌でも歌いそうな、いや、実際に鼻歌を歌いながら。
そうな彼女とすれ違う者は、殆どが振り返る。
彼女があまりにも美し過ぎたからだ。
スラリとした長身と完璧なプロポーション。陶磁器のような白い肌。腰辺りまで伸びた反射によって鮮やかに輝く金髪。人を超えたような淡麗な顔立ち。そして金の双眸。
十人中十人が確実に振り返るほどの美人だった。
人間とは思えない美しさだ。と言うか人間ではなかった。と言うかキイである。
いつものドレスにロングコートのミスマッチな装いではなく、ヤマトとムサシが見繕った服に身を包み、ベルリンをらんらん気分で観光していた。
いや観光じゃない。思いっきり満喫しているが、観光じゃない。
目的は二つある。一つは、第二回モンド・グロッソ決勝戦のデータ収集だ。
発端は、インフィニット・ストラトスの正式発表だった。
今では究極の機動兵器と称されるIS。その性能は霧から見ても、人類史上最強の兵器と言っても過言ではなかった為、こうして暇つぶ…観こ…調査の意味も込め、こうして来たわけである。
旗艦のキイ自ら来たのは、ムサシは全世界レベルで顔が知られ、ヤマトはその超然とした雰囲気による違和感により、他のメンタルモデルは色々な意味で向かないからだ。
(さて、次が決勝戦。何が起こるか)
言いつつも、キイは確信していた。
白騎士事件より七年。
第二回モンド・グロッソも第一回と同じく織斑千冬の優勝で終わると予想している。千冬があの時の白騎士だとは既に調査済みなので、それは確定事項に近かった。
だがそうなると動く者達も出てくる。日本に二回も総合優勝をされると困る勢力が。
ここまで動きはなかった。ならば決勝戦前に何か仕掛けるつもりなのだろう。
その一件を片付ける。それが二つ目の目的だ。
ならば理由は?
考えてもみよう。
織斑千冬の優勝阻止。その為に最も効果的なのは、弟織斑一夏の誘拐だ。
千冬は唯一の家族である一夏を大切にしている。そんな弟が誘拐されたと知れば、決勝戦だろうと放り投げて駆けつけるだろう。
そしてドイツ軍が知らせた情報を辿って弟の元へ急ぎ、監禁場所へ突入するわけだ。着いてみれば監禁場所で弟の側にいる人物。
さて、千冬はその人物を何と判断するか。
(現時点でデータ上は人類最強。戦闘能力を測っておく事に損はない)
織斑千冬のIS搭乗時に於ける戦闘能力の測定。二つ目の目的だ。
弟の誘拐という事態で頭に血が上った状態の千冬は、ほぼ確実に敵と見做し、襲い掛かるはずだ。
そこでキイが千冬と戦えばデータ収集は容易である。
(……ん、やはり動いたな)
ラファエルによる監視とキイ自身の索敵に早速引っ掛かったようだ。
見たところISの反応も確認出来る。
誘拐犯達がISを保有している事に一瞬迷うが、千冬以外のデータがあっても良いと結論し、人気がない道を選びながら監禁場所へ向かう。
(さてさて、ISとの戦闘は初だな。どれほどのものか確かめさせて貰おう)
獲物を見つけた狩人のような笑みを浮かべ、キイは跳んだ。
◇ ◇ ◇
織斑一夏は普通の少年である。
容姿は良いし極度の朴念仁ではあるが、いたって変わったところはない。
だから今の状況に理解が追い付いていなかった。
姉と共にベルリンへ赴き、姉が出る決勝戦を観戦しようと会場に行こうとしたまでは良い。
だがホテルから出て暫くして、唐突に横切った車に一瞬で連れ込まれた。
そして今は椅子に両手両足を縛られ、口も塞がれて身動きがとれなくなっている。
何処かは全くわからない。部屋全体は生活感がまるでなく、冷たい印象を抱く。
周りを見れば映画やドラマに出てくる兵士のように身を固めた五人の男と水着のような格好をした茶髪の女が一人。
六人共に普通ではない雰囲気をしていた。
「たっくメンドい仕事だな。なんでこんなガキ攫うのに私が出なきゃならねんだっつうの」
ぼやくコードネームでオータムと呼ばれる女性の目が一夏を貫く。それだけで竦み上がった。
日本でいるお遊びのような不良とは桁違いだ。
紛い物ではなく本物。本物の裏の住人。
所詮お遊び程度の奴らしかしらない中学生の一夏に耐えられるはずがなかった。
「私が出なくても下の奴等で十分だろうに……スコールの奴め……」
ぼやき続けるオータムを諌める者はいない。
男達とオータムの関係は、上司と部下のそれだ。更に彼女の沸点がとても低い事を男達は理解している。
下手な事を言ってプッツンされても困るので、口を出せるわけがないのだ。
一夏はそれを忙しない目で見ていた。
男達は、分かりやすい暴力の具現である銃火器を持ち、女性は男達に恐れられているように見える。
いつその暴力が自分に向けられるか。
叫び泣いてもおかしくない。むしろ普通の反応だ。
しかし一夏は違う。
未だ困惑が強いのだ。
ただのドッキリではないか。何かのサプライズではないか。あの女性の雰囲気や目付きも芝居ではないのか。だとしたら驚く演技力だ。きっと有名な人に違いない。
そう自分を誤魔化しても現実は現実。何も起こらない。アニメや特撮のヒーローみたいに誰かが助けに来てくれる事もない。
(俺……ここで死ぬのか?)
とうとう涙が出てきた。
女性が嗜虐的な笑みを浮かべる。
「なんだ? やっと理解したのか? おつむの足りねぇガキだ」
ツカツカと一夏の目の前まで歩いてくる。少しでも逃れようと身動ぎするが、縛られているので意味はない。
顔を近づけ、ネットリとした声で言ってきた。
「この私が親切に教えてやるよ。いいかガキ、私達が用があんのはお前の姉だ」
姉という言葉に身体がピクリと動き、椅子がガタリと音を立てた。
それを見て更に笑みを深める。
「お前の姉が優勝するのが気に入らねぇ奴がいんのさ。だからお前を攫ったんだよ。弟を返して欲しいなら決勝戦を辞退しろ、って感じでな。日本人は危機感が足りないって言われてるけどよ、お前は特にだな。のこのことホテルから一人で出てくるんだからよ」
一夏は目を見開いた。つまりは自分の所為である。
自分の所為で捕まり、自分の所為で姉は辞退し、自分の所為でモンド・グロッソ二連覇の快挙を逃す。
一夏にとって千冬の存在は憧れであり、誇りだ。千冬に影響されて剣道を始め、その背中を追いかけた。
だが今、その千冬の栄誉を自分の所為で穢そうとしている。
死にたくなるような気持ちだった。
「お前の姉も気の毒にな。お前がもっと注意してれば、棄権なんてならなかったのに」
嬲る声も最早耳に届かない。意識が闇に落ちそうだ。
だが楽にはしてくれないらしい。
「おらっ、しっかり見てろ! 織斑千冬が棄権する瞬間を」
「ッ!」
落ちかけた意識は、髪を掴まれた事によって覚醒させられる。
そうして一夏の目の前に投影式のモニターを女性が突き付けてきた。
画面に映し出されているのは、モンド・グロッソの生中継。
まもなく決勝戦が始まる。
その時、グシャッ! という音が響いた。
「あぁ? なんだ?」
オータムが訝しむ声を出しながら音の方向、部屋の出入口を見、男達は全員が銃口を向ける。
ここは廃倉庫の中にある一室だ。今の音は部屋の外、倉庫の扉がある方向から聞こえてきた。
ならば予測される事態は……
「ちっ、見つかったってのか……早過ぎんだろ。おいお前ら」
舌打ちしながらも、男達へ指令を出す。
リーダー格らしい男が頷くと、ハンドサインを出しながら配置を変える。
左右に三人ずつ。出入口からくる敵を迎え撃つ。
数秒程経つとガンッ! と音が響き、扉の中央が外から殴られたように形を歪に変えた。
何者かが扉を殴って破ろうとしている。
もう一度ガンッ! と扉が歪む。
この扉は鋼鉄製だ。マシンガン程度の弾丸なら弾く強度を持っている。
それを殴って破れる力を持つ何か。もしや敵はIS持ちではないかとリーダー格の男は思った。
と、次の瞬間、とうとう扉が弾け飛び、男達の脇を通過して壁に激突した。
「……ッ!」
一斉に引き金を引いた。
弾丸の嵐が扉の外へ襲い掛かる。もし相手が人間なら瞬く間に蜂の巣になる弾幕だ。
五秒程で嵐が止む。空の弾倉を交換してハンドサインを送り、それに従って二人の男が確認に向かう。
初めて本物の銃声を聞いた一夏は、絶望的な心境だった。
最初は助けが来たのかと喜んだのも束の間、よしんば本当に助けだったとしても今の銃撃で死んでしまっただろう。
また自分の所為。自分を助けに来たから死んだ。
二人の男が確認の為に出入口に近付いている。部屋の外には見るも無惨な光景が広がっているはずだ。
そう思っていた。確かに人間なら死んでいる。ISでも持っていない限り無事では済まない。
いや、
弾痕だらけになった扉の外から”影”が飛び込んで来た。
「なん——……ッ⁉︎」
確認しようと扉の近くにいた二人の男の片割れが真っ先に餌食となる。
男の急所、ゴールデンボールに正面から蹴りが炸裂した。白目を剥く男。痛みを感じる暇もなく一瞬で気絶したのは幸運か。
蹴りの体勢を戻しながら身体をクルリと右回転。その勢いのままもう一人の男の水月へ右肘鉄を叩き込む。
防弾ベスト諸共身体を衝撃が貫通した。
それでは足りないとばかりに”影”は、肘鉄の姿勢のまま拳を上げ、眉間へ裏拳の追撃。二人目が無効化。
ここで残り三人が事態を認識する。
上げられる二つの銃口。
”影”は慌てずに何かを投擲した。銃口を向けようとしていた二人の顔面に直撃。正体は肘鉄の祭に抜き取ったハンドガンの予備弾倉だ。
条件反射で思わず顔に手をやる二人。
引き金を引こうとしていた力が緩み、銃口の向きもズレる。
二人の間を走り抜けるように”影”がダッシュした。すれ違い様に両腕を水平に伸ばし、ダブルラリアット。
身体が空中を回転し、地面に仰向けで叩きつけられる。
三人目、四人目が無効化。
速度を緩めず最後のリーダーに向かう。
「おのガッ⁉︎」
四人を無効化し、向かってくる”影”にハンドガンを向けようとした。
だが霞むような速度で一瞬のうちに懐へ入られてしまった。
そして下から振り上げられる拳。
華麗に決まるアッパーカット。打ち上げられた顎。脳が揺れて意識を奪い去る。
五人目が無効化。ここまで僅か四秒の早業だ。
そして、漸く”影”の動きが止まり、姿を鮮明に捉える事が出来た。
「テメェ、何もんだ?」
オータムの怒気を孕んだ声。
”影”の正体は人間、それもオータムと同じ女性だった。
ピッチリと肌に密着する黒のコンバットスーツ。その上から羽織るこれまた黒のロングコート。膝裏まで届く純金のような金髪。そして白い肌と金の双眸。
誰あろう。キイであった。
「何者? わざわざ訊くのか? だとしたら状況判断能力が低いな。反応も遅い。あの男達の上司らしいが、これなら反応出来た分まだあっちの方が優秀だな」
口を開けば炸裂する罵倒というか毒舌。
一瞬でオータムの沸点を振り切った。
「殺す!」
部屋を染める展開光。次の瞬間には、オータムの姿は激変していた。
四対の装甲脚を持つ第二世代IS『アラクネ』を纏った姿へ。
装甲脚の一本がキイへ振るわれる。
(危ない!)
叫ぶ事も出来ない一夏。
脳裏に浮かぶのは撒き散らされる血肉。ISの力の前では、人間の身体など紙にも等しい。
オータムもそれを確信していた。自然と笑みがこぼれる。
だがキイは、振るわれた装甲脚を掲げた右腕の手の平で受け止めた。
「なっ⁉︎」
目を見開くオータム。
キイは受け止めた装甲脚を掴むと、ミシミシと指をめり込ませてグイッと引っ張る。
そのままオータムを部屋の隅へ投げ飛ばした。
「ぐはっ……ふざけんな⁉︎ テメェは本当に何もんだ⁉︎」
投げ飛ばされたオータムは装甲脚で受け身を取り体勢を立て直すが、その声と表情は信じられないものを見たようになっている。
人間がISを力づくで投げ飛ばしたのだ。普通なら絶対にありえない。
「まだ訊くか? 敵に決まっているだろう」
対してキイは声も表情もいたって冷静。笑みすら浮かべている。
それがオータムにとって余裕に映り、激情を更に煽る。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
四対の装甲脚が蠢き、八つの砲門がキイを狙う。
このまま撃てば一夏にも当たるが、既に人質云々の考えは頭からすっ飛んでいる。
たださっさとこの生意気な奴を殺す。それが頭を締めていた。
「死ね!」
響く銃声。轟く爆音。飛び散る金属片。
しかしその銃声はアラクネではない。
キイの両手にいつの間にか握られていた二丁の黒いリボルバーからだった。
爆音と金属片は、アラクネの装甲脚が破壊されたからだ。
「んなッ⁉︎」
何度目の驚愕だろう。
見た目はただのリボルバーが装甲脚を破壊したのも驚きだが、抜く動作が全く見えなかった事だ。全ての装甲脚に攻撃された。ならば撃たれたのは少なくとも八発。
刹那の間にそれだけ連射した事になる。それが本当なら人間業ではない。
無論の事、キイが使う武器が普通であるはずがない。
このリボルバーの正体はレールガンである。名は”シュラーゲン”。必要な電力はキイ自身から供給され、マッハ十に迫る狂気染みた速度で弾丸を放つ超兵器。
弾丸自体もナノレベルで合成された特別製であり、結果ISの装甲を破壊しうる威力を実現していた。
難点は引き金を引く瞬間に放電現象が起こり、発射の予兆がわかってしまう事だが、キイの早撃ちとマッハ十という速度が相まって欠点とはなりえない。
だがそんな事を知る由もないオータムにとって、今の状況は理不尽もいいところである。
先の銃撃で全部ではないが五基の装甲脚がイカれた。残り三基も無理に扱えば自壊するダメージだ。
(ふざけんじゃねぇぞこの私が⁉︎ ISを使ってただの人一人相手にッ⁉︎)
「さっさと死にやがれエェェッッ!」
その事実がオータムを煽る。
彼女の気はとても短い。年下に呼び捨てされて一気に沸点を超えてしまう程に。
ならISを使っている自分が生身の人間、しかもたった一人から良い様に翻弄されている現状に耐えられるはずがない。
残った装甲脚、両肩から伸びる二本の機械腕、両手にコールしたマシンガンを以って手当たり次第に乱射し始めた。
「全く粗い射撃だ」
しかしキイには当たらない。まるで弾道が見えているかの如く優雅に回避する。
それどころかオータムの乱射によって破壊され撒き散らされた壁の破片を弾いて飛ばし、一夏を拘束していた縄を切り裂く所業までやってみせた。
自由になった一夏を巻き込まれぬように肩に担いで回収する。
「おわっ、ちょっ、待っ……」
「口を閉じてろ。舌を噛むぞ」
再び回避行動。地面を滑るように移動しながらアラクネの懐へ迫る。
対するオータムは火力を前方へ集中。一夏諸共蜂の巣にせんばかりにキイの胸辺りを狙う。
その意図を銃口の向きと視線の動きから読み取ったキイは、弾道と地面の間へ飛び込む。
真上を通過する弾丸。
アラクネから一メートルの距離で慣性を重力制御によって殺し、危なげなく着地する。そして晒されたアラクネの胴体をメンタルモデルの脚力を以って蹴り飛ばした。
「グハッ⁉︎」
トラックにでも轢かれたように吹き飛ぶアラクネ。そのまま壁を破壊しながら部屋の外へ飛んでいく。
数秒程の猶予を得たキイは、担いでいた一夏を部屋の隅へ降ろした。
「あの……」
「ここに居ろ。動かなければ安全だ。直に助けが来る。いいな?」
「は、はい」
「良い子だ」
一夏に柔らかく微笑む。踵を返すとアラクネが吹き飛び破壊された壁に向かって行った。
その背中を一夏は惚けたような表情で見つめていた。
浮かんだ感情は、かつて姉への羨望に似た、されど全く違うモノ。
一瞬で男達を薙ぎ倒し、ISすらも圧倒する。自分を助け、心配ないと微笑んだ顔。
思い出す度に不思議な暖かい何かが胸の奥に灯る。
同時に沈んでいく意識。極限状態が過ぎ、安心して力が抜けたのだろう。
一夏は身を任せる事にした。あの人の心配はいらない。自分の心配など余計な御世話になる力をあの人は持っている。不思議と確信があった。
安堵の表情で意識を失う一夏だった。
◇ ◇ ◇
断続的なマルズフラッシュが薄暗い倉庫内を照らす。
両手のマシンガンと両肩の機械腕から弾丸を連射するオータムは、ひたすら苛立っていた。
どれだけ撃ち込もうと避けられる。
残像が出るスピードで、地面を滑り踊るような動作で、身体を僅かに逸らすだけで。
全ての弾丸を避けられる。
肉体的なダメージは殆どない。しかし精神的なダメージがオータムを蝕み続けていた。
ISが人間一人に圧倒させる理不尽。ISの攻撃を生身で受け止め、殴り蹴り飛ばす不条理。
夢、それも悪夢を見ている気分だ。
こんな事があって良いはずがない。何故自分が圧倒されている? 何故勝てない?
「戦闘中に余所見とは感心しないな」
「ッ⁉︎」
現実逃避にも似た思考は、耳元に囁かれた声によって戻される。
そして後頭部に衝撃。またもや残量が減少するシールドエネルギー。
全ての元凶である張本人がアラクネの前に降り立つ。
「テメェ、良い加減にしやがれ‼︎」
「何に対してだ? 言葉が足りないな」
降り立ったキイは余裕の表情。
その表情もオータムの苛立ちを助長させる。
「さて、もう十分か。そろそろ飽きたし、終わらせよう」
「上等だ! オータム様を舐めんじゃねぇぞ‼︎」
「舐める必要もないな」
ありがちな台詞を吐き、アラクネが突っ込んでくる。
タンッと床を打ち鳴らし、次の瞬間には向かって来ていたアラクネの目の前に現れる。
そのまま胴体へ拳を叩き込む。
正直キイは、これで決まったと思った。
だが実際には違うらしい。
グシャ! と、金属のひしゃげる音。
狙ったのは胴体。胴体には装甲がなく、直撃したのならシールドエネルギーが発動するはず。ならこんな音はしない。
キイは、拳が
「ほう」
「捕まえたぜぇ!」
オータムはアラクネの残った装甲脚を以って、キイの拳を受け止めていた。
無事で済むはずがなく装甲脚は自壊寸前だが、確かに受け止めた。
ここで初めてキイが明確に止まったのだ。
両肩の機械腕から白い糸が射出される。
糸はキイに絡み付くと四肢に巻きつき、その身体を床に固定した。
「さぁ〜て、調子に乗った礼をタップリさせて貰おうか」
嗜虐に満ちた目を向け、キイの顔へ手を伸ばす。
「まずはその綺麗な顔からだ。楽に死ねると思うなよ?」
手にナイフをコールするオータムを見て、危機のはずのキイは、ただ溜息を吐いた。
「はぁ。私の拳を受け止めたのには感心したが、所詮はその程度か」
「あぁ⁉︎ テメェ状況分かってんのか⁉︎」
「それはこちらの台詞だ。お前はお前の犯した失策に気づかないのか?」
問い掛ける様な言葉に、しかしオータムは理解出来ない。
この時のオータムの失策は二つ。
一つは、ISを殴り飛ばし、破壊するパワーを持った相手に拘束という手段を取った事。
もう一つは、蜘蛛の糸と機械腕を繋げたままにした事。
「相手を縛っている状況を逆に利用されるとは思いつかなかったか?」
キイが腕を振るう。それだけで蜘蛛の糸は、いとも容易く千切れた。
「……はぁ⁉︎」
「ほらほら、まだ終わってないぞ」
千切れた蜘蛛の糸を左手で掴み、力のまま思いっきり引っ張った。
そうなれば蜘蛛の糸と繋がっていたアラクネは、キイの元へ引き寄せられる事になる。
自分から向かってくるアラクネ。
その胴体へ、キイは、全力で拳を叩き込んだ。
たとえまた受け止められようと、諸共粉砕せんばかりに。
破城槌をも遥かに上回る破壊の権化がアラクネへ吸い込まれる。
「グッハァァァアァァッッ‼︎⁉︎」
これまでで一番の苦悶の声。
シールドバリヤーはおろか、絶対防御すら貫通して衝撃がオータムを貫通した。
流星のように殴り飛ばされたアラクネは、倉庫の壁を破壊しながら外へ飛び出す。本日二回目の壁破壊だ。
シールドエネルギーがとうとう尽きたらしく、ISの反応が消失する。
キイは警戒を解いた。
おそらくもう戻ってこない。死んだわけではなく、オータムが所属している組織が撤退を指示するだろう。
もし戻って来ても人間がメンタルモデル相手に如何にか出来るとも思えない。
「……ふぅ」
一息つき、足を部屋の方へ向ける。中に戻れば一夏は気を失っていた。一夏を抱え、ナノマテリアルでシーツを作り出して床に敷き、寝かせてやる。
ずっと冷たいコンクリートの床に寝てては、身体的に悪いと判断したからだ。
既にあのISを殴り飛ばして数分経つが、案の定戻ってこない。
蜘蛛ISの事は意識から排除し、部屋から出て視線を倉庫の入り口へ変えた。
索敵に高速で接近するIS反応を捕捉したからだ。
腰に手を回し、ホルスターから”シュラーゲン”を抜く。
暫くすれば倉庫の扉が斜めに切り裂かれ、一機の白いISが飛び込んできた。
織斑千冬の専用機『暮桜』である。
ここからが本番だった。
◇ ◇ ◇
一夏が目を覚ました時、陽は既に沈みかけていた。
救急車の中らしい。窓からはドイツの軍人らしき人達が忙しなく動き回っているのが見える。
背に伝わるのは柔らかい感触。
どうやら自分はストレッチャーか何かに寝かされているようだ。
「目が覚めたか一夏」
横から声がかかる。
顔を向ければそこには姉である織斑千冬が居た。
「ち、千冬姉……」
「無理に起きるな。身体に異常はないが、精神的な疲れが酷いらしい」
身を起こそうとするが、千冬の手がそれを制する。
温順しく横になったまま話を続ける事にした。
「俺が気絶してどれくらいたった?」
「私が見つけた時点から約一時間だ。——すまない一夏、私の所為でお前が……」
「ちょ、どうしたんだよ千冬姉。らしくないって」
弱々しく涙まで浮かべる千冬に一夏は慌てる。
ふと視界に何かが映った。視線を向ける。
向けて、一夏は呆然とした。
「なんだこりゃ……」
正体は一夏が監禁されていた倉庫。正確にはだったものだ。
今や壁と屋根は穴だらけ。ところどころ斬られたような跡も見える。極めつけには、倉庫の一部が斜めにぶった斬られていた。
「ああ、あれか……ちょっとあってな」
一夏が呆然した事に気付いた千冬も、どこか遠い目をしている。千冬のみぞ知る事だが、少し冷や汗もかいていたりする。
と、突然、ハッと何かを思い出した一夏は千冬に詰め寄った。
「千冬姉! 俺の他に誰かいなかったか⁉︎ 具体的には金髪金眼の超絶美人さん! 俺を助けてくれたんだ!」
「お、落ち着け一夏。それは今から話す」
一夏の勢いに珍しく千冬が押され気味である。どうどうと落ち着かせ、千冬は話し始めた。
「あいつは私が来たら直ぐに去ってしまった。素性も分からん」
「そう、か……名前は? 名前も分からないのか?」
その問いに千冬は、これは困ったと悩む。
一夏の状態にまさかと不審に思うが、名前くらいならいいだろうと結論付けた。
「……キイ。あいつはキイと名乗った」
「キイ…さん……」
何やら想うような表情になる一夏。
ああ、これはマジだと千冬は確信した。
姉として応援するべきなのかもしれないが、一夏の気持ちが自分が思っている通りのものなら、相当苦労するだろうと頭を抱える。
この時が、少年織斑一夏の初恋の瞬間だった。
感想、くれてもいいんですよ?