蒼き鋼のアルペジオ 〜Change the chronicle〜 作:Cadenza
ヒュウガ達及び、その後コンゴウや他霧の艦隊旗艦クラスのメンタルモデルと概念伝達を終えたキイ。
キイは今、自身の艦橋に膝を抱えて座り込んでいた。
普段の雰囲気は霧散し、何処かとても弱々しく見える。表情にも笑みはなく、浮かんでいるのは憂いを帯びたものだった。
「…………」
原因は、今の世界。
ヒュウガにも語った、見るに堪えない世界の現状だ。
千早群像達が変えた世界。辿り着いた結果がこれでは、彼等が成した事の意味がなくなってしまう。
ヒュウガにはああ言われたが、これはあまりにも酷過ぎた。
「……私はどうすればいい」
”人間が戻る事を選択するのなら、いっそ本当に戻してしまおうか”
己が発言を思い出した。
やれなくはない。己単体でも可能だろう。だが実行した場合、全人類は勿論の事、同族である霧をも敵に回すことになる。
キイは身内を何よりも大切にする。仲間意識が強いのだ。むろん同族の霧に対しても。たとえ同じ霧が敵にまわろうと、キイは沈めることはしないだろう。
故に、同じ霧と敵対するのは望ましくない。
それにあくまで最終手段である。キイ自身もなるべく避けたい選択なのだ。
だが今の世界の現状を見てしまうと、そんな最終手段の実行まで考えてしまう。
それほどまでに世界は腐敗する一方だった。
「何故人間は、ここまで両極端なのだ……」
キイにだって人間を信じたい気持ちはある。
霧との会話の道標を切り開いたのは人間であり、それを実行し、実際に分かり合うことも出来た。
言わずもがな、千早翔像と千早群像だ。霧と知りながらも友達になれた刑部蒔絵もそうだ。姉ヤマトも人間を信じている。
しかし、ヤマト、ムサシ、キイの三姉妹が仲違いしてしまう原因を作ったのも、また人間なのだ。だが、三姉妹の和解が叶ったのも人間である千早群像のおかげときた。
いっそ人間全てを拒絶してしまえればどれだけ楽か。千早群像と言う人間を知っているからこそ、拒絶を許すことが出来ないのだ。
人間はバラバラ過ぎる。似通ったものが居たり、両極端だったりする。かつてのコンゴウ――変化に戸惑い拒絶したコンゴウも似た様な気持ちだったのだろうか?
人間について考えれば考えるほど、分からなくなってしまう。
もうキイの思考は滅茶苦茶だった。
「どうしたの? キイ」
「……ヤマト」
そんなキイの様子に気付き、ヤマトが現れた。
膝を抱えて座り込むキイにヤマトは屈んで視線を合わせる。
キイは姿勢をそのまま呟くように言う。
「なあヤマト。私は人間を理解しきれない。今の腐敗し始めた世界は人間によるものだ。だが私は、千早群像のような人の輝きを見た。しかし世界を腐敗させているのは千早群像と同じ人間。何故だ? 何故人間は漸く変革した世界を台無しにしようとする? 何故人間は愚行を繰り返す? 人間にも千早翔像や千早群像、刑部蒔絵のように輝きを持つ者は居るだろう。だから分からない。こんなにもバラバラで、両極端な人間が――」
とうとうキイは、俯いて顔を膝に埋めてしまった。
「私には、分からない」
ヤマトは何時に無く感情が不安定になっているキイを見て、戸惑っていた。
「……キイ」
こんなキイはこれまでなかった。
ムサシを止められず、
そんなキイは今、答えを出せずに悩み苦しんでいる。
「本質は結局のところ兵器である我々には、やはり人間とは理解出来ない存在なのか? 人間に近付けても人間にはなれない。それが我々なのか? 駄目なんだ。考えるほど思考が複雑化してしまう。何度やっても答えが出せない」
キイは更に続ける。
「ヤマト。お前は何故、人間を信じられる? 私も人の輝きというものを信じたい。だが今の世界を見て、それが揺らいでしまう。教えてくれ。私では答えが出せない。私はどうすれば――」
言葉が途切れる。唐突に暖かい何かが自分を包んだからだ。
俯いていた視線を上げる。何かの正体はヤマトだった。ヤマトがキイを抱き締めていた。
負の感情に傾きかけていたキイを落ち着かせる様に頭を撫でている。
「落ち着いて。答えを焦ってはいけないわ。――キイ、かつてコンゴウがヒエイに言った言葉を憶えてる?」
頭を抱き締めたまま訊いてくる。
「……”何処へ行き、何処へ帰るかは自分で決める”、か?」
「そう。私は思うの。何処へ行き、何処へ帰るにしても合間の過程が必要だと」
「合間の過程?」
「コンゴウも変化を受け入れる為の時間、つまり過程が必要だった。ヒエイとムサシもそう。何かを為すには、為すまでの過程が必要なの」
「為すまでの過程……」
「今の世界や人間達は、きっと過程の途中なのよ。私は過程がどうあれ、最後に辿り着く結果が良いものなら、それは素晴らしい事だと思う。だから焦ってはいけない。過程だけを見て決めてしまっては駄目。過程を見守るのも必要なことよ」
抱き締めるヤマトと視線を合わせる。
その瞳には意志が戻っており、投げかける疑問の答えを待っていた。
「その見守った結果、行き着く先が最低のものだったらどうする」
「確かにいつも結果が良いものとは限らない。でもねキイ。過程の途中ならまだ変える事が出来る。やり直す事も出来る。そう望む存在は世界にも居るだろうし、出てくると思うわ。お父様やその息子の様に」
ヤマトの答えにキイは何か、胸にストンと落ちる感覚を覚えた。
「もう少しだけ、人の輝きを信じて。私達を生み、救ってくれたあの親子のような輝きを」
キイから弱々しさが霧散する。そして復活する正気と活力。
小さく、しかしはっきりとした意志と力を宿し、キイは言った。
「ああ、そうだな。そうしてみるよ。ありがとう、姉さん」
「どう致しまして。困っている妹を助けるのは当然よ。だってお姉ちゃんですもの」
答えを得たキイ。何時もなら立ち直り、堂々とした雰囲気に戻るところだ。しかし未だヤマトに身を任せている。
「ヤマト」
「何?」
「もう少し、このままで頼む」
珍しい頼みに驚いた表情になるヤマトだが、直ぐに笑みを浮かべてキイを抱き締めなおした。
「ええ、いいわよ。キイもムサシと同じく意外と甘えん坊さんなのかしらね」
「今だけだ。たまには悪くない」
暫し、二人だけの時間が続いた。
キイが「もう大丈夫だ」と言ってヤマトから離れる。立ち上がり、前を見据えた。
「ヤマトの言う通り、もう少し信じてみよう。――ヤマト、暫く艦隊の指揮を任せてもいいか?」
「任されたわ。何処かに行くの?」
「ああ。もう少し信じてみると決めた。なら先んじて今の世界のきっかけとなった者に会いに行こうと思う」
一度区切り、その名を言った。
「篠ノ之束のところだ」
丁度その頃。
『黒の艦隊』所属、海域強襲制圧艦ズイカク甲板上。
赤いレインコートにツインテールの少女の姿をしたズイカクとムサシが話し込んでいた。
「おいムサシ、いいのか? お前もキイの姉だろ?」
「いいのよ。今回は私ではなく、お姉ちゃんが適任なの。私ではキイの悩みを分かってあげられないもの」
人間について悩むキイを何とか出来るのは、人間に理解があるヤマトのみ。
人間に対して無関心のムサシでは、キイを慰める事は出来ないのだ。
「お前は人間が好きじゃないもんな。私も昔はよく陸に上がって、獲った海産物で色々と交換して貰っていたが、最近じゃその機会もなくなった」
「貴女なにやってたの……。それにしてもキイのあんな弱々しい姿は初めてね。……ちょっと可愛い」
少しばかり頬を上気させて何やら危ない言動をするムサシ。元の病みの性質がそっちに傾いてしまったのだろうか。
「いろいろアウトだぞ」
「あら失礼。でも最近は私の妹化が進んできてるから、姉としてキイを慰めたかったわ。ただでさえ見た目からして妹っぽいのに……。なんでキイとヤマトはあれなのに私は……」
気にしてたのかと、ムサシを見て同情するズイカク。
ヤマトとキイは女体の理想の様な容姿をしており、身長も女の武器も大きい。ムサシにとっては割と問題だった。ムサシも十二分に可憐で美しく、そっち系の人が見れば一発K.O.ものなのだが。
「あっ、でもキイの膝に乗れるし、ヤマトにも後ろから抱き締められるからいいかも」
「やっぱりお前が一番妹らしいよ」
同情して損したと思うズイカクだった。
◇ ◇ ◇
篠ノ之束は稀代の天才である。だが同時に夢を抱く一人の少女であった。
そんな彼女の夢とは、未知なる無限の
基礎理論、構想・開発は順調に進んだ。親友に内緒にしながら手伝ってもらったとは言え、当時中学生の少女がほぼ単独で開発したのだから、性格に難はあるがその頭脳は推して知るべしである。
ここまでは順調だった。だがいざ発表というところで失敗した。
普通に考えて中学生の少女が既存の常識を覆すパワードスーツを開発したなど、信じられるはずがない。
小娘の戯言、机上の空論と突っぱねられた。これがかつての霧の海洋封鎖の時代ならば違っていただろうが、すべては昔のこと。
ふざけるな。束は憤った。深く考えず、自分達が理解出来ないという理由だけで否定された。私の夢を否定された。
だから実力行使に出た。それが白騎士事件。結果としては上手くいった。霧に目をつけられたのは完全に予想外だったが。
だが予想は裏切られた。ISは宇宙活動用のパワードスーツでは無く、元来の兵器を置き去りにする超兵器として認識されたのだ。
束は絶望した。ISを兵器としてしまった世界に。
結局、親友やその弟、そして自分の妹以外はただの有象無象に過ぎなかったのだ。
既に完成していたISコアを適当に各国に与えた。
そして束は世間から姿を消した。
もうどうでもいい。好きにしろ。こんな世界なんか知らない。
世界に絶望した束。ただ、ISの開発だけは続けた。今のISはまだまだ未完成。プロトタイプの白騎士だって第一段階に過ぎない。世界に絶望しても、夢を投げ出すのは嫌だった。
だから今もこうして続けているのだ。
いつか辿り着く、無限の
「う〜ん、やっぱり永久機関を作るのは難しいな〜」
一見無秩序に様々な機械が並べられた部屋。
そこには複数の投影モニターをうんうんと唸りながら、何か作業をしている一人の女性がいた。
「宇宙に出るならエネルギー問題の解決の為に永久機関は必要だよね〜。でも中々進展しないしな〜」
女性の名は篠ノ之束。
ISを開発し、そして世間から姿を消した稀代の天才である。
ここはあらゆる国家から追われる身となった束が用意した、数ある研究所の一つだ。
姿を消した束は、複数用意した拠点を転々として逃げ延びている。
今、行っているのは永久機関の開発だった。
(エネルギーの増幅機能は大体完成したけど、永久機関には程遠い。何があるか全く予測不可能な宇宙に飛び出すなら、永久機関は絶対に必要。でも――)
「こんなに前途多難なんて予想外だよー。なんで霧の艦隊は縮退炉を標準装備しちゃってるのさー。理不尽だー」
ぐでー、とキーボードの上に突っ伏す。
流石の束もかなり苦労していた。なにせいきなりSFの出てくる様な永久機関を作ろうと言うのだ。
だが不可能ではない。それは霧の艦隊の存在が証明していた。
以前にちょっと政府のコンピュータをハッキングをした時に覗いたデータ。それによると霧の動力源は
実際にあるのだから作れないはずがない。それが束の活力となっていた。
「霧と接触できたら一番近道なんだけど……無理だよね」
そんな考えが浮かぶが、すぐに否定した。
自分は霧の超戦艦に目を付けられている。元とは言え霧のトップ。その影響力は未だ健在だと思っていいだろう。ならば下手に霧へちょっかいを掛けて、アボンにでもなったりしたら洒落にならない。
「どうすればいいのかな……」
『いきなり難易度が高過ぎるのではないか? まずは核融合炉あたりから初めてみれば』
「おおっ、なるほど! その発想はなかった! どんどん難易度を上げてって、積み重ねればやれるかも!」
『難点は時間がかかる事だな』
「そんな道理、束さんの無理でこじ開ける! いぇい! なら早速初めて――アレ?」
そこではたと気づく。
自分は誰と会話していた? そもそも此処には自分だけしか居ないし、浸入出来るわけもない。百歩譲って出来たとしても束特製のセキリュティが働くはずだ。なら、誰だ。
バッ、と後ろを振り向く。誰もいない。
次は左右に。誰もいない。
真上、自分の股下。当たり前だが誰もいない。
再び正面を向く。あるのは展開された複数の投影モニター。モニターの一つに金髪の女が映っている以外異常はな……
「って、何ですと⁉︎」
『やっと気付いたか。結構前から映ってたのだが』
普通に金髪の女が喋り出す。
束の顔から表情が抜け落ちた。冷たい声で問う。
「おまえ何なのさ? 束さんのコンピュータは有象無象共にハッキング出来るほど柔じゃない」
『そう思うのならおのずと答えは出るのではないか?』
そう言われ、考えを巡らせてみた。
そんな事が出来る存在など、束が知る限りではただ一つしかいない。
「まさか……霧の艦隊?」
『正解だ』
「ならば改めて自己紹介をしよう」
「わひゃあッ⁉︎」
その声は目の前のモニターではなく、背後から聞こえた。
驚きのあまり椅子から跳び上がり、床に尻を打ち付けてしまう。
痛む臀部を摩りながら振り向けば、
「私の名はキイ。『
優雅に一礼をする、今の今までモニターに映っていた金髪の女――キイがいた。
何時からいた? て言うか何処から入った? て言うか何しに来た?
などなど疑問が浮かぶが、重要なのはそこじゃない。束にとって重要なのは、彼女の名だった。
「キ、キイって……あの時の……」
「あの時が白騎士事件を言うなら、その通りだ」
束は自分の身体が僅かに震えているのを自覚した。
霧の艦隊は興味深い存在ではあるが、同時に恐怖を抱いてもいる。
きっかけは横須賀市湾内のかつて霧の大戦艦二隻が沈んだ場所をバレないように調べた時だ。いや、正確には調べようとした、である。
なにせ沈没位置の数キロ手前で断念したのだから。
十数年経った現在でも、未だ沈没位置から半径数百メートルには重力異常と空間変異が。半径数キロ間には重力場の不安定化が続いている。中心部にいたっては無闇に近付けばあの世逝きというレベルだった。爆発の場所がもう少し陸に近かったら吹っ飛んでいただろう。
こんな現象を永続的に起こすなんて、一体どうやったら。そう束は思ったのだ。霧の艦隊に興味を、同時に恐怖を抱いた瞬間だった。
そんな存在の、元とはいえトップが目の前に立っている。しかも前に一度、警告を告げられた相手。知らぬ内に何かやってしまったのだろうかと、不安になってしまう。
ましてや自分に彼女に対する抵抗手段など皆無。いくら細胞レベルでオーバースペックと自称する自分でも、メンタルモデルに勝てるわけがない。
なにせメンタルモデルは、彼女が目指す完成系でもあるのだから。
「そこまで怯えられると、さすがに少しショックだな」
一方のキイは、束の震えた身体を見て若干ショックを受けたようだ。
「取り敢えず今お前をどうこうする気はない」
「ホ、ホント?」
「嘘を言ってどうする」
一応安心したようで、束がホッと身体から力を抜く。そして立ち上がり、椅子に座り直した。
「で、話を戻すけど。霧の超戦艦が何の用? 私としてはあの警告は破ってないと思うけど」
「その通り。今回は警告とは無関係。私の個人的な行動だ」
素っ気なく肯定された。
警戒心MAXの束も何だか拍子抜けする。
だから冷静になれた。改めて目の前のメンタルモデルをまじまじと見る。
女性の理想とも言える肢体に鮮やかな金髪と金色の瞳。顔立ちも人間離れして端麗で、まるで人形の様にも思えてしまう。
ただし服装に少し違和感を感じる。
肩と胸元が露出し、所々に白いフリルが彩られたロングスカートの黒いドレス。両手には同じく白いフリル付きの黒長手袋。ここまではいい。ただその上からこれまた黒いロングコートを羽織っているのが違和感の正体だ。
自分も機械のウサ耳に不思議の国のアリス風のドレスという変わった服装だが、彼女も大概である。
「ねえ、私が言えた事じゃないけど、服ミスマッチ過ぎない?」
「そうか? これはこれで長年着ているもので気に入っているんだけどな。それにロングコートは、内側に武器を隠し易い」
「まあ私が気にしても意味ないか。――それで、結局何の用なの?」
そろそろ焦ったくなってきたので、単刀直入に訊いた。
キイは何ら雰囲気を変えず、逆に問いを投げかけた。
「なに、簡単だ。ただお前に聞きたい事があっただけだ。篠ノ之束、お前は何故インフィニット・ストラトスを作った?」
「え? 何故って……。それを聞く為にわざわざ来たの?」
「そうだ。私にとっては重要な事だ。今後を決める為に、な」
予想外の質問に戸惑ってしまう。
キイは続けた。
「今の世界は女尊男卑などというくだらない思想に傾きつつある。その原因となっているのがISだ。元から兆候はあったとはいえ、ISがその起爆剤となったのは明らかだ」
一瞬、思考が真っ白になる。束の中で何かが燻り始めた。
「私は今の世界を快く思っていない。世界は腐敗の一方を辿っている。それに拍車をかけているのはISだ。見るに堪えない。確かに我々から見てもISの性能は画期的と言える。だがそれで人類は調子に乗り、世界を腐敗させる尖兵となって――」
何かが弾けた。キイの言葉を遮って束が叫んだ。
「違う! 私はそんな事の為にISを作ったんじゃない‼︎」
「……なら何の為に作った?」
怒りの感情の爆発に驚いたキイだったが、激昂する束に真剣な表情で問い直した。
束から怒りが一気に引く。そして暫く沈黙してから、俯き気味にポツリポツリと語り始める。
自分が抱いた夢。何の為にISを作ったか。何故白騎士事件を起こしたか。
本来なら”あの”篠ノ之束がここまで本心を言葉にする事などありえない。他の有象無象に何の価値も見出せないあの束が。
だが目の前の彼女、キイは違う。霧の艦隊、その中でも最上位たる超戦艦級。有象無象などではなく、散々異端と呼ばれた自分と同じ特別な存在。
だからなのだろう。親友の千冬のように、本心を言えたのは。
「これがISを作った理由だよ。認めて貰おうと思って白騎士事件を起こしたのに、実際には兵器としか認められなかったんだから。しかも結果的に霧の艦隊にまで目を付けられちゃって、こうして自分の首を絞めてる。ホント、笑っちゃうよね」
束は自嘲するように言った。
私の夢を、彼女はどう受け取るだろうか。あの有象無象共のように否定するのか、馬鹿にするか、不可能だと断定するのか。
「フッ、ハハハハ!」
果たして彼女は、笑っていた。それは盛大に。
やっぱり無理か。期待してたけど無駄だったらしい。私の夢を理解出来るのは、やっぱりちーちゃん達だけだ。そう思いかけた時、キイが哄笑が止んだ。
「いいな。面白い」
「……、……え?」
「人間に相応しい馬鹿げていて壮大な素晴らしい夢だ。篠ノ之束、お前は何も間違っていない。どんな夢を抱くのも自由。ならばそれを実現しようとするのも自由だ。そうしてこそ人間。それこそが人間。嗚呼、嬉しかな! ここまで笑ったのは久しぶりだ!」
再び満面の笑みで哄笑する。
だが束はそれを気にするどころではなかった。
思いもしなかった肯定。本心からそうであると、湧き上がる感情のまま笑う様子を見れば分かる。
理解されないと思っていた。馬鹿にされると思っていた。不可能と言われると思っていた。また否定されるのを何処かで恐れていた。
しかし、どうだ。理解してくれている。肯定してくれている。素晴らしいと、認めてくれている。
「……ああ」
それが荒んでいた束の心を癒した。何か心に温かいものが宿るのを感じた。
「……ん? どうした? 泣いているぞ」
「え? アレ、なんで……」
言われ、初めて気づく。目元に手をやり涙を拭おうとするが、止まらず溢れ出してきた。
それほど嬉しかったのだろう。いつしか束は、声を上げて泣いていた。
「お、おい、どうした? なぜ泣く? 何かしたか?」
泣く束を前にオロオロとするキイ。
誰かに泣かれるなんて初めてなのだ。どうしていいか分からない。
割と急いで対処法を模索する。結果、姉ヤマトを見習う事にした。
「ふえ?」
束の頭を抱き締めながら慰めるように撫でる。束は目をパチクリとしていたが、暖かさを感じて身を任せるのだった。
数分後、泣き止んだ束は顔を紅潮させながら、キイと座って対峙していた。
泣いたり抱き締められたりと、束も恥ずかしかったらしい。
「オホン、いやいや束さんとした事が。ありがとね、キーちゃん」
「キーちゃん? ああ、キイだからか。礼を言われるような事をした覚えはないが」
「あるよ。私の夢を理解してくれて、私の夢を肯定してくれて、私の夢を認めてくれて。本当に、ありがとう」
深々と頭を下げる。
そんな束を見て、キイは思った。ヤマトの言う通り、信じてみてよかった、と。
キイは束に見失いかけていた人の輝きを見た。まるで千早群像のように、個人に過ぎた夢を抱いて実現しようとする姿。
(私こそ礼を言いたいくらいだ。人間も捨てたものではない。久しく忘れていたな)
成果は十分に得た。輝きを持つ人を見れただけで満足だ。
「ああ、本当に、よかった」
「ん? 何か言った?」
「いや、何でもない」
キイの返しに束は深く追求しなかった。今更ではあるが、気になっていた事があるのだ。
「ねぇキーちゃん。結局、何の為に私にISを作った理由を訊きに来たの? ただ訊いて終わり、ってわけじゃないよね」
「ああ、最初に言った通り、私はISこそが世界の腐敗の要因と思っていた。その製作者は、何を思ってISを作り、世界を変えたのか気になっただけだ。まぁぶっちゃけ、答えによっては一斉砲撃も視野に入れていたんだが」
「怖っ⁉︎ 超戦艦の一斉砲撃とかマジで洒落にならないからね⁉︎ やらないでね? ふりじゃないからね⁉︎」
「随分とテンションが変わったな。心配するな。お前の夢の為に作ったというなら問題はない。今の世が望むものでないのなら尚更だ」
目に見えて、と言うか大袈裟に胸を下ろす。
キイが呆れる程、束はハイテンションになっていた。
「面白いなお前。個人的に気に入ったし、まぁある程度の頼みなら出来る範囲で訊いてやる」
キイは身内に甘い。それはそれは甘い。もし助けを求められたら、『黒の艦隊』全艦を率いてフル装備で向かうくらい。
束もその中に入ったという事だ。
「え? ホント⁉︎ じゃあ縮退炉とか超重力砲とか侵蝕兵器とか調べさせて‼︎」
「ある程度と言ったろう。話を聞いてたか。ちゃんと分かってるかボケ兎?」
「キーちゃん毒舌⁉︎」
この辺は変わらないが。
感想をください。