一口口に入れた瞬間、その刺身は今までに無い極上のうまみを各人の舌の上に乱立させていた。
「塩で食べる刺身が、ここまでうまいものだったとは・・・」いつもは解けた昆布巻きのかんぴょうみたいな顔をしているコウヤが珍しく顔を引き締め、真面目な表情をするほど、この刺身は感動的な味だった。
「これ、空腹と極限状態って補正抜きに考えてもおいしすぎる・・・」頭を落として高笑いをあげていたわれらが断頭台も、そのうつぼの味に驚愕し、高笑いはおろか、薄ら笑いでさえ浮かべられないでいる。
リョウはといえば、これぐらいは食べなれているのか、特に表情を変えることなく淡々としている。「まぁ、ろくな調味料がなければこんなもんだよな。」とこの板前の息子はのたまっているが、少々腹が立つ。それはカナも同様らしく、
「作ってもらった恩とこの怒りは別物だよな・・・」といいつつシャドーボクシングを始めた。「まずは体を温めて、本気の一撃を・・・」と、不吉なことをいいつつ繰り出した拳が空を裂いた真空波だけで、薄皮が切れたのはここだけの話だ。
リョウは萎縮した。「わかったごめんなさいあやまるからいのちだけは」超高速でつむがれた言葉は、唇の動きと音の聞こえるタイミングがわずかにずれるほどのものだった。
するとカナは、わかればよろしい、のような雰囲気を出して、また食事を始めた。僕は心の中ででかしたぞ、カナ。とガッツポーズをしていた。まったくもうすこしで仲間がもう一人減っていたというのに、不謹慎極まりないな。
・・・・・しばらく無言が続く。みんなおいしいものを食べると無口になり、食べることに集中してしまうようだ。カニでもないのに無口とはこれ如何に。
すると、静寂を切り裂いてもう二度と聞けないであろうと思っていた声が聞こえた。
「いってててててて・・・・・なぁ、俺の飯まだ?」
ショウが立っていた。カナは驚愕の表情を浮かべている。
「馬鹿な・・・世界のかなたまで貴様をぶっ飛ばしたはずだ・・・今頃貴様はあの世かアンドロメダかイスカン●ルのはずだ・・・」カナは震えながら何か言っているが、人を一人宇宙に飛ばせる勢いで殴りつけたのか?ありえん。というか、物理法則はどうした。そもそも人間をそんな超高速で吹き飛ばしたら、大気圏中で燃え尽きるに決まってる。衝撃波はどうなった?ほんとにどうなっているんだ・・・
物理法則「わしゃ知らん」
そんな投げやりな・・・
僕の思考は、ショウの一言で簡単に無駄になった。
「何で帰れたってきかれてもなぁ・・・カナお前自分で答えを言ってるぞ。」
カナは怪訝な顔をする。
ショウはドヤ顔で言い放った。
「俺が、 馬 鹿 だからだ。」
次の瞬間、彼に椰子の実が飛んできた。人智と物理法則を超越したその実は、ショウの頭と衝突し、ミサイルをぶち当てたような轟音とともに砕け散った。両者共々。
コウヤはその一連を眺めて「なむなむ」と一言言い放ち、食事へ戻った。
「それにしてもうまいよな、これ。」コウヤはどうやら、潮汁が気に入ったようだ。
「いや、じつはさ、まだ鍋に残ってた汁と刺身でしゃぶしゃぶしてたんだよ。」潮汁と組み合わせたしゃぶしゃぶを気に入っていたようだった。
卑怯者、と理不尽な一撃をカナにもらいながら、みんなは〆のしゃぶしゃぶへと移る。
ちなみに鍋は、漂流物のドラム缶をカナが手刀で手ごろなサイズに切ったものだ。普通、金属製のドラム缶は、手刀で切れるものではないが、事実として切断されているので何も言わない。またしばらく無言の時間が続き、誰が言うともなしにみんなは声をそろえて
「「「「ご馳走様でした。」」」」
と、食後の挨拶をし、後片付けに移った・・・といっても、簡単に食器を洗い、骨や鱗、内臓をベースキャンプにしようと思っているところから少しはなれたところに埋めるだけなのだが。
「まったくひでえな。何で椰子を投げつけるんだよ。てかおれのめしh・・・」また目を覚ましたショウが怒鳴ろうとする時にはもう、残りの四人の影は遥か彼方、そこにあるのは後始末された焚き火だけ。
「ちょっと待ってーや!!!」
状況が飲み込めていないショウを置き去りにして、残りの四人は作っておいた即席テントへと向かった。