三崎鉄道物語   作:元町湊

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901仕業その1

 花火大会を見に行った次の日、私達は普通に日勤だった。

 

 

「今日のはどれだっけね」

 

「901だよー」

 

「901,901っと……」

 

 

 運転士と車掌の仕業表は同じところにあるので、私も文ちゃんと一緒に仕業表を探した。

 

 

「祭りダイヤも今日が最後だね」

 

「やっと終わって清々するよ」

 

 

 花火大会開催中は祭りダイヤと呼ばれる臨時ダイヤで運行しており、普段各駅停車などの鈍行列車でしか走らないような車両も準急や準快といった準優等種別で走ることもあるため、大きなお友達には大変人気があるが、その一方で、本数増加により乗務員の人数が足りなくなって休憩時間が短くなったり、先行列車との間隔が詰まってノロノロ運転せざるを得なくなったりと、乗務員(特に運転士)には大変不評なダイヤである。

 

 

「あ、あった901」

 

「どこどこー?」

 

 

 私が先に見つけ、そこへ文ちゃんが来た。

 2つの仕業表を取り出し、車掌用のそれを文ちゃんに渡す。

 

 

「あ、ありがとー」

 

 

 と、仕業表を受け取った文ちゃんは目を丸くしていた。

 

 

「どうしたの?」

 

 

 と私が聞くと、

 

 

「こ、これ……」

 

 

 と言って、仕業表を見て固まっていた。

 

 

「今日の901はお前らか」

 

「ご愁傷さま」

 

 

 後ろで出発を待っていた運転士たちがそんなことを言っていた。

 

 

「それってどういうこと?」

 

「ん?その行路は臨時の各停にしか乗務しないからな。こまちゃんがそうなるのも無理はないさ」

 

「こまちゃん言うな!」

 

 

 文ちゃんは各停の乗務が嫌いだ。

 前に理由を本人に聞いたところ、駅を通過しないから、と言われた。

 

 

「じゃあ、甲特急ばっかりのダイヤにしてもらいますか?(ニッコリ)」

 

「そ、それはそれでいや!」

 

 

 甲特急(に限らず、特急系統)は検札が面倒とのこと。

 

 

「じゃけん、諦めて乗りましょうねー」

 

「うぅー……」

 

 

 そんな文ちゃんを引き連れて、私は点呼場に向かう。

 

 

「点呼願います」

 

「点呼、礼」

 

 

 互いに敬礼して点呼を始める。

 

 

「第901仕業、担当運転士千林樟葉、車掌は狛田文。

 乗り出しは9603B、途中省略で乗り終わりは171Mに便乗。

 時刻変更、着発線変更、徐行関係、工事情報全てなし。以上」

 

「徐行関係はありませんが、各駅混雑が予想されますので、進入発車共に注意してください。それでは安全運転でお願いします。礼」

 

 

 最後にまた敬礼して点呼を終える。

 床に置いておいた乗務員鞄を持ち、私は青葉車両所に、文ちゃんは青葉駅に向かった。

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 青葉車両所は、三崎急行の持つ車両所の中で一番大きい。

 この車両所は2つの区画からなり、1区と呼ばれる区画では主に車両の留置や仕業・交番検査用の施設があり、留置線場は上下2層構造で片層25本ずつで合計50本、それに加えて臨時で使う用の留置線が何本かある。

 一方、2区と呼ばれる区画では重要部検査や全般検査、車両の解体等の大掛かりな施設を持つ。

 新車搬入時に使用するのもこの区画だ。

 なので私はこれから1区に向かうのだが、この1区は滅茶苦茶広い。

 いや、正確に言えば縦に長く、その長さは2km。幅はそんなに無いが、あるところは500mくらいある。

 こんな距離、いちいち徒歩で移動していたら面倒だし時間がかかるので、この車両所には職員が使える自転車がある。

 車両所を入ったところに駐輪場があり、そこでどれでも乗りたい奴に乗る。あるのはどれも前かごのあるママチャリタイプの自転車で、鍵だけが改造されて忍錠でも使えるようになっている。

 そこから自転車に乗り、自分が乗務予定の車両が留置されている場所まで行き、そこの指定の置き場に置く。

 この自転車を元の位置に戻すのは、次ここに車両を止めた人だ。

 

 続いて私は出区点検を行う。

 

 まずは足回りの点検。これを全車両やると、次は手歯止めを外してから運転台に乗り込んで電源を入れる。

 

 

「札外して、パンタ上げて……電源投入よしっと」

 

 

 そこでまた外に出てパンタが正常に全部上がってるかの確認。

 確認を終えると今度は起動試験。

 ブレーキ試験をしてから車両を前後に動かして正常に動くかの確認。

 これも異常なしっと。

 

 さて、と、保安装置も入れ終わり後は出発を待つだけだ。

 

 

「今日は最終日(フィナーレ)かぁ……今日行きたかったなぁ」

 

 

 最終日の閉会式には40号玉の打ち上げもあったりするので中々盛り上がって面白いのだが。

 

 

「まあ、インフラ職員だし、|仕方なし≪しゃーなし≫」

 

 

 昨日休みが取れただけありがたいな。なんて自嘲しながら待っていると、出区時刻になり、構内信号機が進行を示した。

 私は制帽を被りなおし、列車を発車させた。

 

 

「構内進行。進路、出区1番」

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「保安停止」

 

 

 青葉駅手前の出区線までくると、その手前にある信号機は赤だった。

 この信号機はATCの指示速度を示したもので、ATCが入っていない、または指示速度が0km/hのときは赤を示し、それ以外のときは橙が点灯するようになっている。

 ATCを投入すると、頭上からジリリリ……とベル音が聞こえ、チンという指示速度を示す音と共に消えた。

 

 

「保安、ATC進行、信号35」

 

 

 パァン!と軽く警笛を鳴らしてから列車を動かす。

 

 

「停目10両、信号P35」

 

 

 ホームの中ほどまで来るとORPの照査速度を示す赤針が跳ね上がる。

 それに触れないよう速度を落とし、列車を停車位置に止めた。

 停車位置に止めると、予め開けておいた乗務員室の窓から文ちゃんが手をつっこみ、客室のドアを開けた。

 私は急いでマスコンを非常位置に、レバーサーを切位置にして乗務員室を出た。

 

 

「文ちゃん、あとよろしく!」

 

「はいよー」

 

 

 ホームを走らず、だが歩かずの速度で歩き、だがそれでも反対側の運転台につくころには発車ベルが既に鳴動していた。

 

 

「やばっ」

 

 

 ポッケから忍錠を取り出して鍵を開け、運転台の準備にかかる。

 

 

「保安装置投入して……非常緩解(EB緩)よし、ブレーキ緩解(B緩)よし、EB点灯よしっと。次は前面……」

 

 

 また外に出るとベルは鳴り止んでいた。

 

 

「前照灯よし、行先、種別、列車番号よし」

 

 

 また急いで乗務員室に戻ると、ちょうどそこで文ちゃんからの出発合図が送られてきた。

 

 

「ふう……戸締め点灯、合図よし。ATC進行、信号60、進路芝山よし」

 

 

 席に着く前に喚呼し、しながらマスコンを引いた。

 

 

「青葉10秒延、各停次駿河停車」

 

 




 こん○○は。

 花火大会の話は……気にしないでください。
 きっと2人で楽しんだんですよ。きっと。

 あと、今まで保安装置のモデルをATC-Pだとか、CS-ATCだとか言ってましたが、私が考えていたのはATACSでした。知人に言われて気付きました。すみません。

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