まぁ、現実はさておき、やっと旅館にたどり着き、バイト編に入ります。旅館の知識など微塵もない僕が探り探り書いていますので、おかしい部分もあるかと思われますがご覧ください。
「いらっしゃいませ」
こう言って俺は入り口でお客さんを出迎えた。これが今俺に与えられた仕事だ。偽善の笑顔だが、全力でこの任務を遂行している。
もう、この旅館に来て2時間が経っている。2時間で何回お客さんを部屋に案内したことか・・・。
合計十二組くらいを出迎えた俺は、久しぶりに疲労感を覚えた。学校に行くのが疲れた時の感じではなく、何かをやりきった時の疲労感に近かった。さらに、うまいことで来ていたか、お客さんを不快に思わせていないか気になるところだ。
お客さんはある程度来たらしい。20分くらい誰も来ないので、俺も建物内に入ることにした。入ると、フロントにつくと誰もいなかった。おそらく、お客さんを部屋へ案内しているのであろう。そのため、フロントの空いている椅子に座らせてもらうことにした。そして、正面から見える景色を見ていた。いままで入口でずっとお出迎えをしていたのだが、外の景色をよく見ていなかったので、見てみたくなった。手前に道があり、奥にガレージ、その奥は山だ。俺が住んでいたところとは全くと言ってもよいほど違った。そんな景色が新鮮なのもあり、リラックスしながら息を抜いていた。
すると、フロントの後ろにある扉が開き、カップを二つ持った男性が出てきた。
「はい、お疲れ様」
「お疲れ様です」
立ち上がり挨拶をした。そして、席を退こうとした。
「座っとけ、座っとけ。俺より疲れてるやろうし、無理せんでええで」
彼は俺を思い、代わろうとした椅子を譲ってくれた。俺は会釈をして再び座った。座ると、彼は手に持っていたカップの一つをこちらに差し出してきた。
「とりあえず、お茶いれたからどうぞ」
「ありがとうございます」
俺は返事をしてカップを受け取った。中には冷たい緑茶が入っていた。俺はありがたく飲ませて貰った。飲んだあと、彼が俺に向かって話しかけてきた。
「お前ってスゲーな。すぐにここの間取り理解できるとかヤバいな」
「いえいえ、これくらい大した事じゃないですよ」
俺は否定した。
「いやいやいや。普通にすごいって。俺なんかここの間取りを覚えるのに半年かかったよ・・・」
逆に否定された。このことについては嬉しかった。だが、彼の半年の成果を一日でやってしまったことに罪悪感を覚えた。
「ちょい待ち。別に怒って何かないぞ・・・。マジで怒ってなんてないからな!」
彼は必死に否定していた。大事なことなのか、二度も言われる始末だ。そんな彼を見て笑みがこぼれた。ほんと、面白い人だった。
彼は、山科 夏弦という方だった。年齢は教えてくれなかったが、三十路が近いとおっしゃっていた。ちなみに、夏に弦とかいて『カイト』と読む。この夏弦先輩はフロントを任されていた。お客様を笑顔で出迎え、温かく歓迎していくのは先輩にとってピッタリな仕事だと思った。そんな夏弦先輩の話を聞いているとフロントに一本の電話が繋かってきた。先輩が出る。
「こちらフロントです。はい。あっ、京子さん。はい、拓海くんならここにいますよ」
どうやら京子おばさんが俺を探しているらしい。電話が切れると、改めて俺に連絡を言われた。
「食事処が忙しいらしい。拓海くん、ヘルプに行ける?」
「大丈夫ですよ」
俺は快く引き受けた。まぁどうせ、無理と言って拒否することも出来ないだろうが・・・。
「では、行ってきます」
「頑張って!」
俺は場所を地図で確認した。そして一礼し、急ぎ足で進んでいった。
*
食事処へ行ってみると席はほとんど埋まっていた。そういえば、旅館には部屋が二十部屋で、一部屋辺りの推奨人数が二人になっている。ゆったりとした一時を提供するために設定した人数なのだが、実際のところ一家族や、友人の集まりの人が多いため、大体四人が多い。つまりは満員と仮定すると八十人宿泊できるのだ。まぁ、これは家庭のため実際に八十人ものお客さんは来たことはないらしい。
「タクミさん!」
お客さんの食事している姿を見ていると、盆を持った赤い浴衣姿の大和がいた。
「や、大和!?」
「京子さんに着てほしいって言われて…どうです?似合ってますか?」
「お、おう…」
恥ずかしながら言った。おばさんが進めて今日初めて着たとはいえ、とても似合っていた。
「そ、そうですかぁ…」
大和もうれしそうだった。
そんな会話をしていると噂の主が来た。
「和ちゃん、5番のテーブルお願いできるかしら」
「わかりましたー。じゃあ行ってきますね」
こういって大和は急ぎ足で客間に向かっていった。
「タクミ、わざわざすまないわね」
京子おばさんだ。おばさんも迎えに来た時の服から浴衣に着替え、その姿はまるで女将さんようだった。
「どうしたんですか?」
「和ちゃんにも手伝ってもらってるんだけど…やっぱり厳しいの。拓海も手伝ってくれない?」
どうやら、今日来られたお客さんの対応が間に合わないようだ。実は、今日来るお客さんの予約が上手くできてなかったようだ。なんとか空き部屋や、余分の食事があるため泊まってもらうことにはなにも問題はなかった。だが、今の人数では対応しきれないようだ。車で電話が繋ってきたのはそのためらしい。
「わかりました」
俺は承知した。まぁ、拒否できる権利なんてないし、拒否できたとしてもやることなかったりしたので結局やらなければいけなかった。
「よかったわ。それじゃあついてきて」
京子おばさんの後に続いて食事処からでていった。移動中京子おばさんに質問した。
「おばさん、この服のままでいいの?」
そういえば、俺はずっと最初もらった服のままでやっていた。この服はフロントの夏弦さんも来ていたことから推測するにここの制服だろう。しかし、こういう厨房って、衛生的にきっちりとした服に着替える必要がある。しかし、その答えは単純だった。
「今から着替えを渡すところよ。その服とこれから渡す服は拓海用の仕事服だから大事にするのよ」
その後、歩きながら聞いた話、ここの旅館には服が2種類あるらしい。一つは接客用。今着ている服だ。そして、厨房用。どうして厨房用っていう服があるのかというと一番ヘルプが必要になるからだ。かといって初心者が料理できるわけもない。そのためお手伝いだけでもできるようにこの服が用意されている。
更衣室につくと、おばさんが棚から白衣をだした。だすと抜け出してきている食事処の接待に戻っていった。おばさんがいなくなると、早速それに着替えた。服の着方はよくわからんが適当に着てみる。大体どんな服でも着てみれば着られるものだ。ようやく着終わって鑑で自分の姿を確認するが、超新米臭がする板前みたいな感じになった。その格好でもう一度食事処へ行った。向こうではおばさんが待っていた。
「拓海、にあ…う?」
「なぜ疑問形?」
俺にはこの格好はダメみたいだ。自分でも思う。おばさん曰く、間違った着方ではないらしい。だが、様になっていないような気がする…と。
「まぁいいわ、とりあえずこっちで手伝いお願い」
もうどうでもよくなったおばさんは厨房に入っていった。俺はまた後ろをついていく。言われるままついていくと調理室の端まで来た。そこにある少し大きめのシンクの前についた。さらには、使われた後の食器がずらり…。大体言われずとも察した。
「洗い物くらいならできるわよね?洗ったら反対側にある籠の中に入れておいてね。頼んだわよ」
と言って客間の方へ向かって言った。俺は使われた食器を見て少し佇んでいたが、一枚の皿と洗剤が付いたスポンジを手に取り洗い始めた。5枚くらいをスポンジでこすると水洗い、真っ白なタオルで水気をふき取った。そして、言われた通りに籠の中へゆっくり入れた。この作業を永遠と繰り返していた。
作業を始めて5分といったところか。後ろから肩を叩かれた。俺が振り向くと。そこにはここの調理人と思われる男性が立っていた。彼は白衣を着ており、一目で熟練の調理人だと見抜けるくらい様になっていた。
「この鍋、洗っておいてくれない?」
「わ、わかりました」
俺は鍋を受け取り、洗い終えていない皿が並ぶところに置いた。置く様子を確認すると、彼は部屋のほぼ反対側にある調理スペースへ向かっていった。俺は、洗い物をしながらたまに仕事風景を見ることにした。
冷蔵庫から赤いなにかを取り出した。肉か魚だ。このブロックの一部を切り取り残りをまた冷蔵庫にしまった。そして、切り取ったブロックをさらに切っていた。そして、目の前にある皿に載せていく。一皿一皿に心をこめ、盛り付けを行っているように見えた。
彼は、ここの料理長かなにかのようだ。ここの料理は全て彼が手掛けているのであろう。人数の多いこんな日でも一人で頑張っている彼の姿はとても凛々しく、かっこよかった。俺が、尊敬の眼差しでシェフを見ていると急に女の声がした。大和でもおばさんでもない。なにか若い女性の声だ。
「西京さん、5番テーブルの人にデザートをそろそろ」
「おう、わかった。準備を頼むわ」
「わかりました」
シェフが会話をしているようだ。しかし、その相手の姿が見当たらない。厨房どこを見渡しても特に姿を確認できなかった。すると、また声がした。
「あなた誰?」
俺は振り返る。すると、やっと姿が見えた。
「えっ、え!?」
そこには明らかに小学生の少女がいた。身長とかベストだ。すると、彼女が起こった口調で言う。
「初対面の相手に“え?”はないでしょ?」
まぁ確かに…。俺は顔色を変え言った。
「京子さんの親戚の北大路 拓海です。よろしくお願いします」
「あっ、今日から入ってくる予定の?」
「はい」
「マジ!?一日目から皿洗い手伝ってくれてるとか超ありがたいんですけど」
彼女は急にギャルのような口調で俺をほめてきた。うれしいのだが、言っている本人がこんな体格だから説得力が…。苦笑いしかなかった。
*
食事時も終わりようやく仕事も終了だった。仕事の途中であの小学生とたまに話していた。彼女の名前は 御池 優。小学生だと思っていたが高校生だった。でも、俺はまだ信用していない。そんな彼女は大和やおばさんと同じように客間で接客し、たまに調理を手伝っていたそうだ。さすが、スーパー小学生だ。そして今、彼女は先に上がった。そろそろ俺も上りたかった。
だが、現実は甘くない。汚れた皿はなかなかなくならなかった。俺が一つ一つ丁寧にやり過ぎているという事もあると思うがそれにしても酷かった。一回この皿は永遠に増え続けているのではないのか?とまで考えたほどだ。
そんな俺の元にさっきのシェフが現れた。
「君。拓海君・・・だったかな?」
「はい。そうですけど?」
「皿洗いやめてガレージへ向かってくれ。女将が呼んでたぞ」
そう言って腕まくりをした。その後俺の右に立ち、洗い物の続きをやっていた。
「全部やらなくていいんですか?」
「皿洗いとか、元々俺の仕事だし、やってもらえただけで有り難いよ」
彼はそういいながら洗い物をしていた。俺はさっきと同様に一礼してから玄関に向かった。俺が去った後でも静かに作業を進めていた。そこに優が現れる。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ」
しばらく沈黙があったがコックの方が話しかけた。
「なぁ、あいつら、どう思う?」
「別に普通じゃないですか。まぁ、上から言いますけど、私的にも使えない人達とは思わないですね」
「そうか・・・」
またしばらくの沈黙だ。すると、今度は優から話した。
「そろそろ私たちも飯食べませんか?用意して待ってますよ」
「了解」
彼女は去っていった。