どうなるんだこれ…
華やかなイルミネーションが街を彩る中、少年が人混みを掻き分けって逃げていた。
逃げるのは10代後半と思われる少年。追うのは彼と同世代と思わしき少女。
一見すれば、ただのじゃれあっているカップルに見えないことも無いかもしれない。
しかし、その表情は鬼気迫るものがある。
どう見ても遊びとは言えない代物だった。
彼らの雰囲気に押されてか、周囲の人々は道を開けていく。
当然だろう、彼らの邪魔をしていらない迷惑を被りたくない。
その光景はまるで、マラソンのランナーが走っているのを沿道で応援しているようなものに酷似していた。
ただし、観客の走者に対する声援は無かったが。
彼も彼女も何かをいう余裕もないのだろう。
礼も謝罪の言葉も無いまま、人々の間を駆け抜けていった。
一瞬呆気にとられた通行人たちだったが、先ほどのことは直ぐに忘れてそれぞれの時間へと戻っていく。
口々にこの後の予定を話す様は幸せに満ちていた。
後日、件の街からそう遠くない所で血塗れの包丁が発見された。
DNA鑑定をするも一致する人物はおらず、事件の可能性が高いが捜査は難航していき、ちょっとした都市伝説のようなものになっていった。
だめだ
今回もまた、殺されてしまった
もう残機は半分を切ってしまっている
このペースで行けば、あと数年で僕は本当に殺される
そうなれば、彼女の計画は達成される
とある民家の一室。
物憂げな表情で1人の少年が佇んでいた。
その目に生気はなく、表情も欠落していた。
その様は、まるで等身大の人形のようだった。
少年の名前は遠藤命という。
頭がとても良いわけでもない、しかし悪いわけでもない。
運動は、陸上部に所属していたせいか人よりは出来る、といったもの。
マンガやアニメの様な特別な力もなく、誰でも惹きつけるようなルックスを持つわけでもない。
親の都合で一人暮らし、というわけでもなく一般的な家庭で暮らしている。
そんな、平凡な学生だった。
そんな彼のそばには、1人の少女が居た。
名前は結城カンナ。
世間一般でいう、幼馴染というものだ。
勉学面も運動面でも優秀で、それを鼻にかけるわけでもない。
顔もよく、誰とでもすぐに打ち解ける事のできる器量の良さ。
部活には所属していなかったが、持ち前の明るさから、友達が少ないということもない。
誰から見ても”理想の女性”と言われるほどの少女だった。
一見不釣り合いに見える彼らだったが、産まれた時から家が隣とあって、とても仲が良かった。
周囲からは不釣り合いだと言われても、2人の友情が崩れることは無かった。
そんなある日の事。
彼は彼女に一通の手紙をもらっていた。
「放課後に屋上に来てください。
待ってます」
彼女の愛用していた様々な種類の花がデザインされた便箋には、一見すれば告白をするための甘酸っぱい青春の象徴のような定型句が書かれていた。
便箋に描かれた花はクロッカス。
彼女が花言葉に詳しいせいか、彼も同じくらいには詳しくなっていた。
クロッカスの花言葉は「青春の喜び」、そして「あなたを待っています」。
こういう細かいところにも気を配るのが彼女らしい、と苦笑いをしながら屋上へと向かう。
彼の頭の中は歓喜で満ちていた。
幼いころからずっと隣りにいた少女。
初めは、普通より中が良い女友達というくらいの認識だった。
彼女に抱いていた思いは、何時からか恋情へと変わっていった。
彼女を見れば胸が高鳴る。
彼女の隣を歩く度に心が踊る。
しかし、告白するほどの勇気を少年は持ち合わせていなかった。
断られたら自分たちの関係はどうなるのか?
失敗した後のクラスでの自分の立ち位置はどうなるのか?
そもそも、自分では彼女にふさわしくないのではないか?
そんな負の感情ばかりが募っていき、今まで告白することなど出来なかった。
しかし、そんな思い焦がれていた彼女から告白されるかも知れない。
彼が喜ぶのも当然だろう。
誰かのいたずらの可能性もあったが、十数年共に過ごしてきた幼馴染の字を見間違えることなどありえない。
心のなかで彼は確信していた。
少し肌寒くなり始めたこの季節。
屋上に吹く風は、少年の肌を冷やしていった。
もっとも、興奮を覚ますのには丁度良かったのかもしれないが。
果たして、彼女はそこにいた。
その姿を見た時、確信こそしていたが心の何処かではホッとしてしまったのは仕方がないだろう。
いつもと変わらない、安心感を与えてくれる笑顔で彼女はそこにいた。
「よかった、来てくれたんだ…」
「お、おう…」
「あのね、あなたに言いたいことがあるの」
それは、青春を題材にした作品のある1ページの様な風景。
顔を染めた彼女が、意を決して思いを伝える。
そんな、美しい光景。
それは、一瞬で崩れ去った。
「私のために、死んでほしいの」
反応するまもなく、少年は彼女に腹部を貫かれていた。
凶器は包丁
明らかに少女の細腕で出せる力を超えて繰り出された一撃は、容赦なく少年を襲った。
悲鳴を上げる間もなく、少年は血溜まりへと沈んでいった。
今の彼の頭を支配するのは疑問。
なぜ、彼女はこのようなことを?
それだけが少年の頭を満たしていた。
少女は、倒れる少年の頭に手を添えて耳元で囁く。
その表情は恍惚の色に染まっていた。
「いきなりごめんね…でも、次で説明するから安心して…」
つぎ?つぎとはなんだろうか…?
今の少年には、まともな思考ができる力は無かった。
ただ、頭のなかに直接響いてくるような彼女の声だけが、脳に深く刻まれていった。
その日、1人の少年が世界から消えた。
ごめんね…
私にはもうこの方法しかないの…
あなたにいくら恨まれても構わない
どれだけ嫌われても構わない
でも、この終わり方だけは嫌なの
もうこれ以外にわがままは言わない
あなたの言うことなら何でも聞く
だから…
1度だけわがままを聞いて…
「…はっ!」
目が覚めて最初に目に入るのは部屋の天井。
周りを見れば、何も変わらない自分の部屋。
デジタル時計が表示する日付は、一度見た記憶のあるもの…
あれは夢だったのだろうか?
だとしたら、なんて最低な夢を見てしまったのだろうか。
カンナに刺されたはずの腹を触るが何も違和感が無い。
恐る恐る服の裾を捲ってみるが、そこには傷一つない自分の肌があるだけだった。
やっぱり夢だったんだ…
朝から寿命が縮まるような思いをしてしまった。
途中までは良かったんだけどなぁ…と思うが、夢なんてものはそう思い通りに行くものではない。
弱くなりかけた気分を取るために、いつもどおり洗面台へと向かった。
朝食のメニューも夢と同じ。
まさか正夢か?なんて思ってしまったが、一つだけ昨日と違うことがあった。
食事が終わるか終わらないかといったタイミングで、昨日はならなかったインターホンが鳴った。
母親は洗い物で手が離せそうだし、自分が出るしか無いだろう。
「おはよう!」
扉の先には、満面の笑みを浮かべるカンナがいた。
夢の筈なのに、何故か不安を感じてしまうのは仕方ない。
さり気なく手元を見てみるが、包丁のようなものは無い。
そこまで確認してからやっと返事をすることが出来た。
「おはよう、いつもより早いんだな?」
「うん、ちょっと言いたいことがあって」
言いたいこと、という部分で夢の中の「次で話す」という台詞が何故か浮かび上がってきた。
そのまま最悪な想像までしてしまうが、そんなことはこの幼馴染に限ってはありえないだろう。
一言断ってから学校へ行く支度のために自室へと戻る。
部屋から戻る頃には、先ほどの想像など忘れてしまっていた。
「今日、学校サボっちゃお?」
「え?」
通学中に幼馴染から発せられたのは以外な言葉だった。
根が真面目で、今までサボりなんてことはありえなかった彼女の言葉とは思えなかった。
むしろ、俺が宿題などをサボった時に怒る、というのが普通だった。
「命に伝えたい事があるの…でも、学校じゃ恥ずかしいから…」
夢で見た展開とは全く異なる展開。
しかし、状況的には何ら変わりない。
それに安心してしまったのか、深く考えずに了承してしまった。
僕たちは家からそう遠くない場所にある公園にやって来ていた。
それなりに大きな公園なのだが、この時間から遊んでる子供も居るはずもなく、辺りは閑散としていた。
昨日の夢の経験を活かせていれば、人気のない場所に連れてこられたことに違和感を持てたはずなのだが、僕にはその考えに到れるだけの頭がなかった。
「それで、話って?」
人気のない場所で、高校生の男女が二人っきり。
なんと素晴らしい響きだろうか。
男というのは単純な生き物で、こういう状況になれば本能が理性を追いやり始めるのだ。
何故か、と問われてもそういうものとしか答えられない。
「うん、先に見てもらった方が良いかな…」
そう呟くと、彼女は着ていたブレザーを脱ぎ始めた。
頭のなかでは、早くもその後の行為を想像し始めていたが、彼女がカバンから取り出したものを見て呆気無くかき消されていった。
彼女が取り出したのは包丁だった。
太陽の光を受けて輝くそれを見て、昨日の夢がフラッシュバックする。
言葉を発しようにも、口が動かない。
背中には嫌な汗が垂れ始めていた。
「今の私のこと…命には教えてあげる…」
そう言うと、彼女はナイフを自らの腕へと躊躇なく突き立てた。
何かを言う間もなかった。
その凶器は途中で止められる事なく、彼女の腕を貫いた。
鮮血が辺りに飛び散り、僕の顔も濡らした。
常人なら痛みで叫びを上げそうな傷を負っても、彼女は眉1つ動かさなかった。
「命、見てて…これが今の私…」
嫌な音を立てながらナイフが引き抜かれる。
思わず嘔吐しそうになってしまったが、なんとか飲み込んで堪える。
ナイフを突き立てたのだから、彼女の雪のように白い肌には大きな刺し傷が刻まれている。
しかし、彼女がナイフを抜くやいなや、傷がどんどん塞がり始めたではないか。
まるで、漫画に登場する「不老不死」の人物を眺めている様な気持ちだった。
先程までの彼女の笑顔が、途端に歪なものに見えてくる。
一度は堪えた吐き気にも二度目は勝てずに、あえなくその場で吐き出してしまった。
「ごめんね、気持ち悪いよね…でもね、命には知ってほしい…ううん、知ってもらわなきゃいけないの」
普段は鈴の音のように聞いているだけで心地よくなる声が、不協和音のように感じる。
しかし、ここで彼女に言っている事を聞いておかねば何が起こっているのか分からない。
逃げ出したいという感情を抑えて、何とかその場に立ち止まる。
「お…親とかには…?」
「ううん、まだ言ってない。だって、言ってもしょうがないもの」
どこか悲しげな表情を浮かべ彼女は続ける。
「私はね、不老不死になったの。何が起きても死ねない、年も取れない、そんな身体になったの
いつか私は独りになる。でもね、それだけは嫌。だったら、この場で消えてなくなりたいけど、それも出来ない。
だからね、命には、ずっと私と一緒に居て欲しいの」
こいつは何を言っているんだ…?
一緒にいたくても、彼女の言葉が正しければ彼女は不老不死なんだ。
そんな事は物理的に不可能じゃないか。
「それでね、1つ見つけたんだ。命とずっと、一緒に入れる方法を」
「おい、それって…」
「命も不老不死になればいいんだよ。その方法も見つけてるし、もう既に初めてる。もう、1回体験してるでしょ?」
目の前の彼女の言葉で、理解してしまった。
昨日のは夢なんかじゃない。
あれは現実だったんだ。
不老不死になる方法とやらは分からないが、恐らく僕を殺す事に何か鍵があるんだろう。
「命ならもう気付いたかな?命を殺し続ければ、いずれ命も不老不死になる。そんな呪いを見つけたんだぁ。」
「ぼ、僕は不老不死になりたくない!」
「やっぱりそう言うよね…でもね、私も独りになりたくないの」
そう言いながら彼女がゆっくりと近づいてくる。
逃げようにも、脚が動いてくれない。
情けないことに、その場で尻もちをついてしまった。
「く、来るな!」
「ごめんね、命…」
腰を抜かしては逃げれるはずもなく、あっという間に僕の目の前までカンナがやってくる。
そのまま目線を僕に合わせ、倒れた僕を労るように頭に手を伸ばした。
彼女から見れば、恐怖で顔がグチャグチャで、見るに堪えない顔をしていることだろう。
しかし、そんなことなど気にした様子もなく、彼女は囁いた。
「この呪いが叶えるためにはね、1年で命を100回殺さなきゃいけないの。それが、君のタイムリミット。1年逃げれれば命の勝ちだよ。」
まるで向日葵が咲くような、満面の笑みを浮かべて彼女は続ける。
その笑顔は、どこか泣くのを堪えるために浮かべたような、そんな儚さを感じさせるものだった。
「このわがままを聞いてくれれば、命の言うことなら何でも聞く。どんなお願いでも許してあげる。だから…このわがままだけは…」
どんどん彼女の顔が近づいてくる。
抵抗しようにも、身体が麻痺したかのように動いてくれない。
そのまま、お互いの唇同士が重なった。
初めてのキスは、血の味がした。
その日、少年は二度目の生を終えた。